激震、堕天狗党! 〜憎悪の還る場所〜
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■シリーズシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 29 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月13日〜07月18日
リプレイ公開日:2005年07月19日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「すまないな、一海君。少々時間が掛かったが‥‥やっと見つけたぞ」
「藁木屋さん。そうですか、彼の居所を掴んだんですね」
藁木屋と呼ばれた男は静かに頷くと、京都冒険者ギルドの職員、西山一海に小袋を渡した。
その中身は金子‥‥つまり、この場で依頼を持ちかけているということだ。
「準備はもう出来てますよ。いつでも正式な依頼として申請できます」
一海はさらりと言って、依頼の紙を取り出す。
藁木屋錬術という京都の便利屋が情報を掴んだ後、すぐに行動を起こせるようにしておいたらしい。
「むッ!? 藁木屋殿、今日は如何なる‥‥ぬぉぉッ!?」
「‥‥今日はギャグ無し。私たちは外すわよ」
「何故にッ!? 私はオモシロ発言をしたことなど‥‥!」
「‥‥存在自体がオモシロキャラなくせに何言ってるの。殺すわよ」
何やら入り口の方で妙な会話があったが、藁木屋と一海はキッパリと無視している。
襟首掴まれて追い出される大牙城は、なんだかよく分からないうちに退場となった。
「ニグラス・シュノーデン‥‥通称憎悪の騎士。私もニセモノなど作られて酷い目にあったからね‥‥個人的にも許してはおけない。まぁそれ以前に、彼の行動はあまりに非人道的だが」
「にしても、随分時間掛かりましたね? 普段の藁木屋さんたちなら、2〜3日もすればすぐに見つけてきそうなのに」
「まぁこちらにも少々事情があってね‥‥調査に遅れが出ていたのだよ。ニグラスも中々やり手で、上手く尻尾を掴ませてくれなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが」
「別にそんなこと思ってませんよ。で、肝心のニグラスの居場所は?」
「京都の西‥‥丹波藩の国境辺りにある森の中だ。その森の奥に打ち棄てられた寺あって、そこに身を隠している」
「お寺? なんか‥‥凄く場違いなような気が」
「私もそう思うが、これは事実だ。手入れをするものが居なくなって久しいのか、その寺は荒れ放題荒れ、雨露が凌げる程度の寂れた場所になってしまっているらしい。‥‥人斬りが死者を祭る寺に潜むというのも、どうなのだろうな」
「でも、案外京都から近いところに居たんですね。神出鬼没なヤツですから、どこに居ても不思議じゃありませんけど」
「そういうことだ。現場はよく霧が立ち込める一帯で、見通しが悪い事が多い。さらに寺がある森には人喰樹が出没し、退治されたばかり。ほら、君も覚えがあるだろう? 八卦衆の砂羅鎖嬢が来た時の依頼だ」
「えっ、あの森なんですか。じゃあよかったですね、ニグラスを追う前に憂いが無くなって」
「運も実力の内と言うからな。天は我らに見方せり‥‥というところか」
ニグラス・シュノーデンは部下にと見込んだドッペルゲンガーを制御できず、単身。
さらに堕天狗党の面々からも裏切り者として粛清の対象とみなされてしまっている今、何を思うのだろうか。
これ以上被害を出さないためにも、是が非でも逃がすわけには行かない。
逃げられれば探すのにまた多大な時間が掛かることは明白なのだから。
「依頼内容、ニグラス・シュノーデンの撃破。生死は問わず‥‥でいいですね?」
「あぁ。だが、寺にはなるべく被害を出さないで欲しい。棄てられたとはいえ、丹波藩の息が掛かった建物だからな‥‥後で問題になっても困る。勿論ニグラスが寺に何かしたというのなら話は別だがね。こちらが彼の居所を知り、攻勢に転じようとしていることはニグラスは知らないはずだから、それがこちらの勝機になるだろう」
「了解、追記しておきます。あとは冒険者の皆さんにお任せしましょう」
多くの人々を殺め、全てを憎んできた憎悪の騎士。
自分が追い詰められたということさえ知らない孤独な男の最後や如何に。
今確かなのは‥‥この京都で、また猛者の星が落ちようとしていることだけである―――
●リプレイ本文
●我侭
「ということでやってまいりました丹波藩」
「‥‥さてと‥‥絶対と思ってた組織に捨てられた挙句に、狙われる身となった事は憐れだけど‥‥だからと言って、あいつのしてきた事が帳消しになる訳じゃないしね‥‥きっちりと罰を受けてもらおうか」
丹波藩の国境の、木々が密集する森。
その森を奥へ奥へと進んだところに、霧に隠れるようにして問題の寺は建っていた。
道中の森で元人喰樹だったらしき物体を発見したが、一行はキッパリと無視していた。
そして目的地に着いたティアラ・クライス(ea6147)とヘルヴォール・ルディア(ea0828)は、人間の腰よりも高く伸びた雑草に囲まれながら呟いていた。
「よし、じゃあ僕たちは寺の反対側で待つよ。必要最低限の雑草の状況確認だけしてね」
「霧が濃いのもまずいな。昼間にも関わらずこの濃さでは、正直視認に苦労する」
辺りに立ち込めている白い霧。
運悪く今日は霧が濃い方らしく、少し離れれば仲間の姿さえ見失ってしまいそうな感じだ。
蛟静吾(ea6269)と蒼眞龍之介(ea7029)の師弟コンビは、そんな中で少なからず焦りを感じているようだ。
「‥‥で‥‥私は‥‥追い立て役、だっけ‥‥。すぐに行動、開始する‥‥?」
「どうかしらね‥‥あたしは、もう少しこの辺の状況を把握しておいた方がいいと思うのだけれども‥‥」
「かと言ってあまりうろつくのもどうかと思うのじゃ。現時点ですらニグラスに気付かれている可能性があるのに、更にその可能性を上げることも無いと思うがのう。鳴子などを鳴らしてしまったらそれこそ元も子もないじゃろう」
幽桜哀音(ea2246)、昏倒勇花(ea9275)、三月天音(ea2144)。
いずれも堕天狗党に少なからぬ関わりを持つ猛者たちである。
ニグラス・シュノーデンなる人物を知るが故に、『事は慎重に運ばねばならない』という認識は、8人共通のものである。
「‥‥蒼眞。行くぞ」
「あぁ。頼むぞ、白峰」
皆が談義をしている最中、白峰虎太郎(ea9771)は同門の蒼眞に対して呟き、返事があったことを確認すると、自分の役割である遊撃班としての行動を開始してしまった。
いや、正確には全員に言ったはずなのだが、蒼眞以外はびっくりして返事ができなかったのだが。
「‥‥し、白峰殿が口を開いたのは初めてですな」
「‥‥喋れるのね。ま、ペラペラ五月蝿いのよりはマシだけど」
白峰が去ってしまった後で、京都の便利屋である藁木屋錬術と、そのパートナーであるアルトノワール・ブランシュタッドが、皆を代表するように呟いていた。
今回はこの二人も戦うつもりで同行しているのだが‥‥。
「あーあ、行っちゃったわね。気取られる前に動いた方がいいんじゃないの?」
「‥‥そうだね。わらっきー、哀音、行こうか。‥‥じゃ、わらっきーを借りるね」
ティアラの進言もあってか、一行は一刻も早い突入を決めた。
まぁ想定の範囲内なので問題はなかったのだが‥‥。
「嫌。駄目。反対」
ヘルヴォールに声をかけられたアルトノワールが発した言葉は、完全に一行の予定を狂わすものだったのだ。
事前の談義で藁木屋が突入組に確定していたため、いきなり駄目と言われても困るのである。
「君はまたそういうことを‥‥。道中でもきちんと説明したはずだが」
「藁木屋くんが行くのは決まったことだろう? アルトくんも承知してたじゃないか」
「‥‥した覚えないんだけど。話作らないでくれる?」
そういえば説明があった時、彼女は『‥‥ふーん』とか『‥‥あっそ』としか行ってなかったような気はするが‥‥。
「テコでも聞いてくれそうに無いわね‥‥(汗)。どうするの? どうしてもって言うならあたしが行くけれど‥‥(溜息)」
「‥‥別にあなたが行く必要ないわ。私が錬術の代わりに行くから」
『なっ!?』
それこそ白峰の時以上に全員が驚愕する。
突入班に加わるということは、戦うということだ。
藁木屋よりも強いという噂のアルトノワール‥‥だが彼女が戦っているところなど見たことがない。
「アルト‥‥だが、君では‥‥」
「‥‥大丈夫よ。力をセーブして戦えばそんなに壊れないでしょ。それでも壊れたら、やわな寺の所為」
「いや、開き直られてもだな‥‥」
「‥‥錬術、バックパック預かっといて。‥‥ほら、行くわよ。余計な面倒かけないで」
「‥‥面倒かけてるの‥‥アルトノワールさんだと、思う‥‥」
「黙っておいた方が身のためだと思うのじゃ‥‥」
幽桜も三月も、不承不承だが承知したようだ。
ヘルヴォールは納得がいかないというような顔をしていたが、ふと質問してみる。
「‥‥なんで今回に限って手伝う気になったんだい? いつもは不干渉なのに」
「‥‥気まぐれよ。それに、たまには私が錬術に頼られたっていいじゃない」
それは、恐らく偽らざる本音。
嫉妬とかそういうものではなく、ただ単に気が向いたから‥‥というのが正しいのだろう。
納得できたような出来ないような‥‥一同はそんな微妙な雰囲気の中、作戦を開始したのであった―――
●堂々
「何者だ!?」
「‥‥あなたを捕まえに来たわ。大人しくしないと殺すわよ」
「貴様‥‥アルトノワール・ブランシュタッド! それにヘルヴォール・ルディアだと!?」
本来、一行が想定していた攻撃法は『奇襲』。
ということは、突入班に求められるのも当然隠密性の高い行動のはずだったのだが、アルトノワールは気配を消すこともせずにずかずか乗り込む『強襲』という形を取った。
「‥‥また作戦が無茶苦茶だね」
「‥‥私は‥‥もう、諦めてたし‥‥」
溜息をつくヘルヴォールの肩をぽんと叩いて、幽桜が少し前に歩み出る。
「私は哀音‥‥幽桜哀音‥‥。『死を求める傀儡』と言えば‥‥聞き覚え、あるかと‥‥思うけど‥‥」
「ふん、知ってはいるが貴様がそうか。で、その木偶人形が何の用だ」
「少し‥‥知りたかった‥‥。何故‥‥そこまで、その手を‥‥血で‥‥汚してまで‥‥理想を、追い求められるのか‥‥」
「知れたこと。そうすることでしか理想の実現などありえんからだ。話し合いで世界が変わるなら、当の昔にこの世は理想郷になっている。だが現実はどうだ。日本という国の内部だけでどれだけの勢力がある? どれだけの野心が潜んでいる? 所詮人間は‥‥いや、生物というものは戦わずして生きられん!」
「‥‥勝手だね。いや‥‥勝手と分かった上でやってるんだからタチが悪い」
「貴様も他の国からこの地に渡ってきたクチだろう。ならば何故分からん? 世界はどこも‥‥特にこの国の人間は腐っている。だから私はあのお方のお考えに賛同した。誰もやらんのであれば、出来るだけの力を持った人間がやる‥‥それだけだ!」
「‥‥私は別になんでもいいんだけど‥‥問答はまだ続くの?」
幽桜、ヘルヴォールVSニグラスとのやり取りを聞いていたアルトノワールは、ぼそっと呟いて得物を取り出した。
その両手に握られたのは、縄金票と呼ばれる武器だ。
アルトノワールがどかどか入ってきたせいで、ニグラスの方も戦闘準備は万端で、すでに忍者刀二本を抜刀済みである。
「馬鹿め‥‥どうせ外に何人か来ているのだろう。お前たちで私を外へ追い出し、取り囲むつもりだな。だがこういう可能性は考えなかったのか? 『私がお前たちを殺し、堂々と寺の正面から逃げる』という可能性だ!」
「‥‥無理ね。だって‥‥」
ヒュオッ!
アルトノワールが左手を振りぬいたと思った瞬間、風を切って縄金票がニグラスへ肉薄する!
「何っ!?」
避けはしたものの、その攻撃の鋭さ、精度、射程の長さに戦慄するニグラス。
「‥‥もしかして‥‥シューティングポイントアタック‥‥?」
「‥‥ち、力をセーブしてあの鋭さか‥‥恐いね、まったく‥‥!」
何事もなかったかのように縄金票を巻き取り、手元に戻すアルトノワール。
飛来する飛び道具を武器で受けられる人間など殆どいないが、ニグラスの場合は避けるだけでいい。
だがニグラスの回避力を以ってしても、普通に放たれると避けるのが厳しいという恐ろしさ。
「‥‥欲張りすぎたかしら。じゃあ次は‥‥」
「させるか! 接近すれば貴様など‥‥!」
「‥‥それこそさせないよ。私たちを忘れてるんじゃないのかい? ‥‥月並な台詞で悪いけど‥‥今日こそ年貢の納め時だよ」
「あなたのような‥‥純粋な人、嫌いじゃない‥‥。‥‥だけど‥‥私は‥‥あなたを、倒す‥‥」
再び縄金票が放たれる前に接近しようとしたニグラスの前に、ヘルヴォールと幽桜が立ち塞がる。
「ちっ、邪魔な‥‥うぉっ!?」
二人の間のわずかな隙間から、例の縄金票が飛んでくる。
ただ真っ直ぐ飛ぶだけの飛び道具と違い、この武器は手元のスナップ次第で軌道が変化するという特徴があり、アルトノワールほどの腕になれば、放物線を描いて引き戻し、背後からの攻撃とすることさえ出来るだろう。
「ぐ‥‥ドッペルゲンガーが怯えるわけだ! 策に嵌るようでいい気はせんが‥‥!」
最後まで言わずに背後のボロボロになっている障子を開け、霧の中に飛び出していくニグラス。
「‥‥ティアラ、聞こえるかい? 紆余曲折あったけど、作戦通り追い出したよ」
『テレパシーを使わなくても聞こえてたわよ、ニグラスの声。それじゃ昏倒さんに伝えておくわ』
テレパシーのスクロールで会話していたヘルヴォールとティアラのおかげで、待ち受け班も滞りなく迎撃できそうだ。
また縄金票を巻き取っていたアルトノワールを促し、ヘルヴォール、幽桜もまた、ニグラス包囲のために後を追う―――
●還
寺。
寺の裏というものは、普通どうなっているか‥‥お分かりだろうか。
そう、大概の寺の裏は墓地になっているのである。
だがまるで手入れが行き届いておらず、墓石よりも高い雑草に覆われたその場所は、最早死者を祀る場所としてはおよそ不適当なものだった。
しかも濃い霧が立ち込めているため、戦闘場所としてはかなり劣悪な部類に入るだろう。
「こちらの方に他のやつらが居るのは間違いないだろうだろうが‥‥地の利はこちらにある! 私は何ヶ月もここで雨露を凌いでいたわけだからな!」
「あらそう? なら試してみようかしら」
「ちっ!?」
ニグラスが速度を落としながらも人並み以上の速度で墓場を駆けていたその時、不意に大柄な人影が現れ、彼の正面を塞ぐ!
「あたし、目の良さが自慢なの。乙女の抱擁を受けなさい!」
「昏倒勇花‥‥貴様の弱点も研究済みだ!」
軍配でガードする姿勢を見せていた昏倒に対し、二刀流でのダブルアタック+シュライクを放つニグラス。
一方は防いだ昏倒だったが、もう一方の斬撃をカバーしきれない!
「くぅっ!? け、けどまだよ! 掴みさえすれば‥‥!」
「ふん、傷を負っていて私を捉えられるものか!」
昏倒が伸ばした腕を掻い潜り、ニグラスは昏倒を尻目に駆け出していく。
すぐにリカバーポーションで回復した昏倒だが、歩きにくいせいでとてもではないが追いつけない!
「抜けられると思うな。この霧の中での白刃‥‥どう見切る?」
「やはり貴様も居たか、伏龍! 貴様には恨みもあるが‥‥個人的な怨嗟で死ぬわけにもいかん!」
今度は蒼眞が立ち塞がり、ブラインドアタックの構えを見せた!
「貴様の弱点は‥‥これだ!」
「何‥‥くっ!?」
「体勢の崩れた抜刀術など死に剣! この霧では無闇にソニックブームも放てまい!」
懐から手裏剣を取り出して蒼眞への先制攻撃。
ニグラスの射撃術はお世辞にも卓越しているとは言えないが、蒼眞があまり避けるのが得意な人間ではない。
身体に突き刺さった手裏剣の痛みと衝撃で、少なからず体勢が崩れ、そこをニグラスが襲う!
「伏したまま天に召されるがいい、伏龍よ! 蒼眞龍之介よ!」
「‥‥‥‥白峰!」
「なん‥‥ぐはぁっ!?」
ニグラスが間合いを詰めるその横から、突然一人の男が現れ、ソードボンバーを放った。
遊撃役として味方にも姿を隠していた白峰が、蒼眞の声に応じてニグラスへ奇襲をかけたのである。
流石のニグラスも回避しきれず、衝撃波に巻き込まれて中傷を負う。
「助かった、白峰。君なら確実に応えてくれると思っていたぞ」
「‥‥‥‥あぁ」
ニグラスがすぐに起き上がったので二人も構えを取ったままだが、同門であるが故の信頼感が二人を繋いでいた。
白峰は無愛想にポツリと答えただけだが、それで充分なのだ。
「ぐっ‥‥くそっ、何故だ! 何故貴様らは私の位置が正確に判る!? この霧で! 慣れぬ土地で! 何故なのだ!?」
「それは私が居るからだったりするのよね〜。マグナブロー!」
「わらわも手伝おうかの。ファイヤーボムじゃ!」
吐き捨てられたニグラスの台詞に対し、上空に居るティアラと地上に居る三月がさらりと答えた。
ごぅん、と音を立て、誰も居ない地面から炎の柱が吹き上がり、あらぬところ火の玉が炸裂する。
それらはすぐに拡散してしまったが、炎の熱で付近の霧が少し晴れていた。
見回してみれば、すでにニグラスは冒険者一行に囲まれてしまっていたのである。
「追い詰めたぞ‥‥ニグラス! 今日こそ、友の仇を!」
「もう降参した方がいい。いくらなんでもこうなってしまっては君に勝ち目はない」
蛟、藁木屋の言葉に、ニグラス舌打ちして周りを警戒する。
すでに昏倒はおろかヘルヴォール、幽桜、アルトノワールまでも囲みに参加しているのだから、敵は計10人。
地の利を生かしても、流石に保ちそうにないのは彼自身が一番よくわかっているだろう。
「ならば問う! 貴様らが私の立場ならば素直に投降するか!? 軽々しく尻尾を振るか!? 私の信念を、この程度で曲げられると思うな!」
「んー、気持ちはわからなくはないけどね。悪いけどキミのことを調べさせてもらったわ。キミの過去のこともね」
「な‥‥に‥‥?」
「わらわも協力したのじゃ。お前は子供の頃にこの国に家族とともにやってきて、とある場所に住んでいた。現地の日本人も最初は外国人と警戒していたが、次第に打ち解けていった‥‥」
ティアラと三月が調査したニグラスの過去。
ニグラスが制止しないので、二人はそのまま続けた。
「幸せだったみたいね。両親と兄との四人暮らし。近所付き合いも良好」
「父君から剣を習い、村でも有数の実力であったおぬしは、頼りにされる兄貴分でもあった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、そんなの初耳だ。そんな男が何故、こうも憎悪を振りまくんだ!?」
「最後まで聞くのじゃ、蛟殿。問題はここから‥‥。ある時、その村で疫病が流行ったのじゃ。不治の病と診断され、村人たちは次々に死んでいった」
「ところがニグラスくんたちの家族は誰一人としてその病気にかからなかった。村の神社の神主は、病気で死ぬ前にこう高らかに宣言したのよ。『この災厄は異人を住まわせたことによる土地神様のお怒りじゃ! シュノーデン家が現れなければこんなことにはならなかったのじゃ! 殺せ! 今からでも奴らを殺さなければ、村は全滅じゃ!』」
「‥‥無茶な話‥‥」
「‥‥確かに無茶だけどね、哀音。村というコミュニティにおいて、神に仕える者の言葉っていうのは思った以上に影響力があるのさ。‥‥その辺は日本もイギリスもノルマンも変わらないはずだよ」
「結果は想像の通りじゃな。シュノーデン家は暴徒と化した村人により、虐殺された。唯一残されたニグラス少年だけが命からがら逃げることに成功し、当てもなく日本中を彷徨ったのじゃろう」
「そして堕天狗党の首領と会い、現在に至るわけね‥‥(溜息)」
「だからって‥‥だからと言って‥‥!」
「同情はする。だが容赦は出来ん。蛟君、君のその憤りもまた正しいものだ」
ニグラスを囲んだまま、一同はしばし心を震わせる。
恐怖でも、同情でも、憐憫でもなく‥‥言葉に表しようのない何かが身体の内から湧いてくるのだ。
「ふん‥‥同情など真っ平だ! 私はあの一件で知ったのだ‥‥人間の汚さを! 弱さを! 貴様らは見たことがあるか!? 昨日まで友人面していた人間が突然鍬を持ち出してきて自分を襲う時の顔を! 何かに取り付かれたかのような狂気の沙汰で、説得しようとするナイトを虐殺するその表情を! 笑えるんだ! 人間は親しい間柄だったはずの人間を殺す時にも、狂ったように笑えるんだ!」
「それだけが人間の本性じゃない! お前はお前が過ごした幼少の頃の幸せな記憶さえ否定するのか!?」
「そんな価値観など吹き飛ぶさ! 貴様も体験してみればいい!」
「ニグラス‥‥!」
どうすればいいというのか。
人間を裁いてきたと言う憎悪の騎士は、すでに狂気の隣人に裁かれていたという。
なら、何を言ってやれる? 何を以って人間の強さ、尊さを語れる?
「‥‥ごちゃごちゃ五月蝿いわね。さっさと殺して終わりにしましょう」
「アルト! それでは彼を襲った村人と変わらん!」
「‥‥行為的にはね。でも状況が違うじゃない。あいつはたくさん人間を殺した。だからこれ以上被害を増やさないために殺す。ほら、防衛策ってやつよ」
「物事はそんなに単純ではないのだよ、アルト。私と君との解り合い方のほうが不自然なんだ!」
「‥‥ふーん。でも、私にとってはあれが唯一無二の答えだったんだもの。それに‥‥」
ヒュンッ‥‥ドスッ!
「ぐっ!?」
「‥‥こいつ、『曲げない』って顔してるもの。錬術とは目標が違うけど、殺されたって意志を曲げないって気持ちは同じでしょ。なら殺しでもしないと止まらないわ」
ニグラスに突き刺さった縄金票を引き抜いて手元に戻し、涼しい顔で言ってのけた。
「ふ‥‥ふふふ‥‥そうだ‥‥その女の言うとおりだ。私は‥‥死んでも意志を曲げん! この場で殺さねば必ず被害者を出す! 理想のために生き続ける! 負けは‥‥しない‥‥!」
「‥‥憎悪が還る場所、それは己自身に他ならない。それを忘れた時点でお前は負けていたのだよ」
「貴方はどうして、こんな所へ来てしまったのかしら‥‥? もっと違う道だって、選べたはずなのに‥‥」
蒼眞も昏倒も、ただ運命が悲しかった。
曲がってしまった想い。
もしかしたら共に戦えていたかも知れない人間。
だが‥‥今この時だけが、偽らざる真実なのだ。
「押し通る!」
「行かせない! ニグラスッ! 人は、ひとりは何処まで行っても一人だ!」
重傷状態でなお、前進をやめないニグラス。
冒険者たちは万感の想いで、それを受けてたった―――
●蒼き水龍
「‥‥何か言い残すことはあるか?」
「‥‥ない‥‥。私は‥‥精一杯生きた‥‥。自分の‥‥思ったとおりにな‥‥」
結局、最後の一撃を加えたのは蛟だった。
重傷状態ですら、スマッシュを絡めた蛟の攻撃を避けそうだったニグラスに、蛟はブレイクアウトで体勢を崩してからスマッシュを叩き込んだのだ。
瀕死状態のニグラスに、何故か蛟は手を差し伸べて、その言葉を聞いていた。
「‥‥いつか必ずお前の主の所に辿り着いてみせる。伝えたい事はあるか?」
「‥‥あぁ‥‥それなら‥‥頼もう‥‥。理想‥‥実現を‥‥願って‥‥おります、と‥‥」
「‥‥ニグラス‥‥僕は‥‥!」
「‥‥蛟‥‥静吾‥‥。今こそ、お前は‥‥蒼、き‥‥水‥‥龍だ‥‥な‥‥。‥‥わか‥‥らん、が‥‥何故か‥‥み、満ち‥‥足りた‥‥気分、だ‥‥」
蛟はもう何も言わなかった。
ニグラスの命の炎が完全に消えるその瞬間まで、ただ手を握っていたのだ。
一陣の風が吹く。
この場の全員の頬を撫で、涼やかに駆け抜けていく‥‥。
「‥‥そう、か‥‥はは‥‥世界‥‥は‥‥意外と‥‥優し‥‥かった‥‥のだ‥‥な‥‥。‥‥なぁ‥‥蛟‥‥う、生まれ‥‥変われた、なら‥‥今度‥‥‥‥は‥‥‥‥友、に―――」
それが、憎悪の騎士の最後の言葉。
最後の最後に、彼は憎悪から解放されたのだ。
確実に言えることは、憎悪を断ち切ったのが冒険者で‥‥それをニグラスが感謝したこと。
「‥‥みんな。僕は‥‥」
「何も言わなくていいと思うのじゃ。きっと皆、分かっているじゃろう」
三月の言葉に、全員が頷く。
蛟はそれを見て、目を閉じて穏やかに微笑んだ。
「私も‥‥きっと、すぐ‥‥そっちへ逝くから‥‥その時は‥‥‥‥」
「‥‥‥‥諸行無常。なれど人に情ありき」
幽桜がポツリと呟いたのを聞いていたのか、今までずっと黙っていた白峰が口を開いた。
霧は再び辺りを包み、無常の空間を作り出す。
しかしその中でさえ‥‥一行は三月の提案にしたがってニグラスの墓を作った。
墓標はありあわせのもので間に合わせたが‥‥遺体と共にニグラスの使っていた忍者刀の欠片を埋める。
蛟はニグラスに親友が奪い取られた方の刀を叩き折ったが、『これもある意味絆だ』と言う。
「蛟くん、もう一本はどうする気?」
「‥‥渡すんだろ? 奴らにさ」
「あぁ。必ず‥‥」
ティアラもヘルヴォールも、その言葉を聞いてふと笑った。
これは、悲しい物語。
最後の最後に友人同士になれた強敵(とも)たちの、悲しい絆の物語―――