激震、堕天狗党! 〜二人の藁木屋錬術〜
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■シリーズシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月12日〜06月17日
リプレイ公開日:2005年06月19日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「‥‥はい、これ。というわけで協力しなさい。でないと殺すわよ」
「な、なんですかいきなり!?」
いつものように京都冒険者ギルドで仕事をしていた西山一海に、突如通貨の入った袋が突きつけられたのだ。
突きつけたのは、腰までもある豊かな黒髪が特徴的な女性‥‥アルトノワール・ブランシュタッド。
「‥‥言った通りよ。ちょっと厄介なことになっちゃったから、助けを借りにきたの。嫌とは言わせないわ」
「べ、別に嫌とは言いませんけど‥‥もう少し世間体ってものを考えませんか? 依頼を出すにしても、ちゃんとした手順を踏んでくださればいいのに‥‥」
「‥‥面倒臭いから嫌。それに、あなたに頼んだ方が速いでしょ」
「そりゃあそうですけど‥‥」
迂闊に反論すると本気で殺されかねないと思ったらしく、なるべく言葉少なげに応対する一海。
そのやり取りを聞いていたのか、ひょこっと大牙城が顔を出した。
大牙城とは、虎覆面を常用する一海の同僚‥‥はっきり言うなら『変な人』である。
「むッ? 一海殿、その女性はどなたかッ!? 何やら雲行きが怪しいがッ!」
「‥‥誰?」
「あぁ、彼は大牙城さんといって、この京都冒険者ギルドの職員です。で、こちらはアルトノワールさん。藁木屋錬術さんの相棒さんですよ」
「おぉッ! あなたがアルトノワール殿か‥‥お噂はかねがねッ! して、今日は何のご用件かッ!?」
一海がお互いのことを紹介してくれたので、大牙城は喜び勇んで話を促す。
京都に一海が引っ越してきてから、藁木屋やアルトノワールのことをちょくちょく聞いていたので、興味もあるのだろう。
「‥‥ねぇ。こいつ鬱陶しいんだけど」
「私に言われても(滝汗)」
「‥‥まぁいいわ。京都から東にちょっと行ったところに村があるのよね。今錬術は迂闊に外を歩けないから、そこで身を隠しながらドッペルゲンガーを追ってたの。けど間が悪いことに、そこに錬術のニセモノが襲撃をかけて来たってわけ。しかも本物がいると分かるや、村の集会所で遊んでた子供数人を人質にして立て篭もっちゃったのよ、面倒くさいことに」
「そ、それはまたなんとも。けど、なんでアルトノワールさんがなんとかしないんですか? アルトノワールさんの性格上、真っ先に手を出しそうなのに」
「‥‥んー‥‥すぐにでも殺したかったんだけど、錬術がやめろって。人質が危険だから、とか言ってたわね」
「むぅ‥‥なんとも卑劣なり、藁木屋殿のニセモノッ! よもや幼き子供を人質とするなどとッ!」
「‥‥だからこうしてわざわざ来たの。村の連中はもう錬術がホンモノだってことは分かったみたいだけど、ついでだから京都の連中にも分からせた方がいいんじゃない? ‥‥あぁ、もしかして錬術、これも計算に入れてたのかしら」
「恐らくそうであろうッ! では依頼内容は、藁木屋殿のニセモノの撃破でよろしいかッ?」
「‥‥別に子供たちの救出でいいわよ。人質さえいなくなれば私が殺すし」
「藁木屋さんにやめろって言われてるんでしょーに」
「‥‥あ。‥‥じゃあそれでいいからよろしくね。あとは勝手に決めていいわよ」
「えっ、ちょっと!? 情報提供とか、報酬の金額とかはどうするんですか!? この袋の中身、随分多いですよ!?」
「‥‥だから勝手に決めていいって言ってるじゃない。情報提供は嫌。面倒だから」
「藁木屋殿のためにも、ここは協力すべきではないのかねッ!? 何故ニセモノが集会所に立て篭もっているのか、等ッ!」
「‥‥仕方ないわね‥‥錬術は村にいるから、来たら協力してくれるでしょ。ニセモノの事情なんて知らないわよ。ニグラスってヤツの指示じゃないの? 以上」
「情報少なっ!?」
「‥‥私はとっとと帰って錬術に甘えたいの。じゃ」
そう言い残して、振り返りもせずにアルトノワールは去っていく。
言いたいことだけずけずけ言って、後は完全に知らん顔‥‥我侭と言うかなんと言うか。
「‥‥一海殿ッ! どうする、この依頼ッ!?」
「どうするも何も、依頼出さなかったら私たちが殺されちゃいますよ。報酬額から余ったお金は、依頼を受けてくださった方に特別報酬として分配すればいいのでは?」
「ぬぅ‥‥聞きしに勝る謎っぷりだな、あの女性はッ!」
ホンモノが身を隠していた村にやってきた藁木屋のニセモノ。
考えようによってはこれは藁木屋の汚名を晴らす絶好のチャンスなわけだが‥‥さて、どうなるか。
藁木屋と子供たちの運命を握るのは、参加する冒険者たちの腕と知恵であろう―――
●リプレイ本文
●まずは再会
「久しぶりだね。藁木屋君の無実が証明出来そうで何よりだ」
「‥‥や、わらっきー。色々大変みたいじゃないか」
8人は件の村にたどり着き(と言っても半日ほど移動しただけだが)、懐かしい顔‥‥本物の藁木屋錬術と顔を合わせた。
蛟静吾(ea6269)とヘルヴォール・ルディア(ea0828)は、素直にその再会を喜んでいるようである。
「おぉ‥‥見知った方々ばかり、ご助力忝い。私ごときのためにご足労いただき、感謝に絶えません」
その声も表情も、見知ったもの。間違いなく本物と断言できる、藁木屋本来の穏やかな笑みだった。
「‥‥藁木屋さん、お久しぶりね‥‥。でも再会を喜ぶ前に、人質の解放をどうするか考えないといけないわ‥‥」
「そうだな。藁木屋君、積もる話は後にして、今は事件の解決に全力を注ごう」
昏倒勇花(ea9275)と蒼眞龍之介(ea7029)の言葉に藁木屋も頷き、一同は気を引き締めた。
確かにこの二人をはじめ、今回の作戦を決行するメンバーは手練ぞろいだが‥‥ただ戦えばいいというものではないのが厄介と言えば厄介だ。
人質となっている子供たちの救出‥‥実行するのは勿論、口に出して言うのすら難しい。
「ところで‥‥失礼ながら、そちらのお二人とは面識がなかったはず。できれば自己紹介をいただけるとありがたい」
作戦行動を取り始めるからこそ自己紹介が必要と思ったのか、藁木屋が初対面の女性二人に問うた。
「自分はキルスティン・グランフォード(ea6114)。『江戸霜月闘武神』とか『ワンヒット・キラー』って言った方が通りがいいかもしれないがね」
「私はティアラ・クライス(ea6147)。これでも商人やってるわ」
クレイモアや様々な防具で武装した屈強な女戦士と、スクロールを数多く所持し、達人級の魔法を使いこなすシフール‥‥ある意味正反対な二人だが、『頼りになる』という点では二人ともいささかも劣らない。
「痛み入ります。私は藁木屋錬術‥‥元江戸奉行所同心です」
「何? 藁木屋殿、今、『元』と言わなかったか? まさか‥‥」
「まぁ予想の範疇ではあるのう。わらわたちですら見間違いかねないそっくりさんがあちこちで殺人を犯していれば、例え無実でも奉行所としては同心の職を続けさせるわけにはいかんのじゃろう」
本来着く筈のない『元』などという単語。
それを聞いたデュランダル・アウローラ(ea8820)は、思わず聞き返してしまっていた。
一方、三月天音(ea2144)は、さもありなんとばかりに状況予測を呟く。
「流石三月嬢、鋭いな。まさにその通り‥‥私自身、あんなことがあっては同心を続けて行く自信がなくてね。デュランダル殿もお分かりでしょう‥‥人は、一度植え付けられた印象をそう簡単に変えられない。それがよく知らない他人のことなら、尚更」
苦笑い気味に言う藁木屋。
彼の言葉を参照するなら、依願退職という形で奉行所を辞め、現在はアルトノワールと一緒に、冒険者として生活しているらしい。
「‥‥なるほどね‥‥じゃあアルトさんは喜んでるんじゃないかしら? 好きな人と一緒に居たいと思うのは、乙女の常識だもの♪」
「ええ、それはもう。『‥‥錬術と一緒に居られる時間が長くなるから、私はこの生活の方がいいわ』と‥‥」
「‥‥前々から思ってたけど、わらっきーって‥‥‥‥御免、やっぱいい、忘れて」
「こほん。やはりどうも雑談が先にたってしまうな‥‥私も聞きたいことは色々あるが、脱線はやめようではないか」
やんわりとした蒼眞の言葉に、一同は苦笑いを漏らしてしまう。
確かに子供たちが人質になっていると言うのに、救出する立場の人間が談笑していては話にならない。
「じゃあ改めて話し合いを再開だ。藁木屋、捕まってる子供の数や集会所の構造なんかはわかるかい?」
「そこら辺は調べてあります。人質は4人、いつも仲良く遊んでいる仲良し組みで、男の子が二人、女の子が二人。集会場については残念ながら見取り図も設計図も現存していませんが、勝手口のある裏に回れば容易に進入できるでしょう」
「へぇ、流石に抜け目ないわね。でも見取り図がないなら、私の出番はなくなりそうにないか」
キルスティンもティアラも、やると決めれば切り替えは早い。
すでに現場の状況と事前の作戦を加味し、一同は作戦の最終的な打ち合わせに入った。
「そう言えば、アルトノワールはどうしたのかのう? 保険程度と考えておるのじゃが、ニグラスが襲撃してきた時のために救出班の警護役に回って欲しいじゃ」
「あぁ、アルトでしたら今は変魔を監視しているよ。勿論、手を出すなと念を押してある」
「しかし‥‥藁木屋殿の前でこう言うのも何だが、アルトノワール殿は堪え性がないような気がする。ふと見境がなくなりそうで、少しばかり不安があるんだが」
デュランダルの言葉に、藁木屋は引きつった笑いを浮かべ、しばし硬直する。
怒っているわけではなく‥‥それは『アルトなら充分あり得る』と思っている顔だ。
「‥‥こ、堪え性がないと言うか、彼女の場合は『興味がない』のですよ。子供たちの安全も、事件の結末も‥‥それこそ彼女自身にさえも。ですから、その‥‥最悪の場合は‥‥」
「‥‥せ、先生‥‥アルト君と合流してから作戦を練るなり、今すぐ行動に回るなりしないと、まずい様な気がしませんか?」
「‥‥言わずもがな。藁木屋君、急ごう」
「御意!」
一同は藁木屋の案内の元、アルトノワールと合流すべく集会所へと向かった。
その胸中は一つ‥‥『早まってくれるな!』である―――
●救出作戦、開始
「ヒヒヒ‥‥ヒャハハ、何故邪魔をする!? 俺はお前の好きな男だろう!? なら、俺を逃がしてくれ、あるとのわーる!」
「‥‥誰が。私は錬術の姿形を好きになったんじゃないもの。‥‥っていうか名前呼ばないでくれる? 腹立たしいから」
集会所の玄関に陣取っているドッペルゲンガー‥‥和名・変魔は、子供の一人に太刀を突きつけながら叫んでいた。
本人は交渉をしているつもりなのだろうが、相手がアルトノワールでは暖簾に腕押しである。
アルトノワールは、ふん、と軽く笑うと、近くにあった木に寄りかかって監視を続けた。
「キキキ‥‥おのれおのれおのれぇぇぇッ! 嫌だろうと何度でも呼んでやる! アルトノワールあるとのわーるアルトのわーるあるとノワール! 俺を逃がせぇぇぇッ!」
「‥‥五月蝿い。名前を呼ぶなって言ったでしょう‥‥死にたいの?」
「キ!? キ‥‥キキ‥‥!」
ぎらりと睨みつけ、軽く戦闘体勢をとるアルトノワールに、流石の変魔もたじろぐ。
彼女ならやる。人質などお構いなしで、変魔を殺すだろう。
「やめたまえ、アルト! 子供に危険が及ぶ!」
後方から聞こえた叫びに、アルトが振り向く。
その視線の先には、本物の藁木屋と、8人の冒険者たちの姿があった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥! まったく、君は‥‥手を出さないでくれと言っただろう」
「‥‥だって鬱陶しいんだもの。それに、まだ手出してないわよ」
(「出す気じゃったな」)
(「‥‥出す気だったね、絶対」)
(「‥‥子供みたいな人ね、アルトさんて‥‥(溜息)」)
(「アルト殿‥‥『手は出してない』と言って足を出すタイプと見た」)
(「藁木屋君も大変だなぁ‥‥」)
(「商売じゃ絶対成功しないわね、あの人」)
(「『まだ』という辺りがなんとも‥‥合流を薦めて正解だったようだな」)
(「やれやれ、ガキだねぇ。結構いい年だろうに」)
「‥‥皆様方、仰りたいことは大体分かりますが、その沈黙が痛いです」
わりと情けない声を上げ、藁木屋がうなだれる。
「キ! ホンモノが来たか‥‥それに後ろのは、この間の強い奴らだな!? ヒ‥‥ヒヒッ‥‥こ、こんなことならニグラスの指示に従っていればよかったか!?」
「何!? おい、お前はニグラスに言われて立て篭もりをしたんじゃないのか!?」
「俺が!? あいつの言うことを聞いて!? ヒャハハ、そんなはずがあるか! 俺はもう誰にも縛られない! 俺は自由に生きるんだァァァ!」
蛟の問いに、変魔はきっぱりと答えた。
「‥‥駄目じゃな、あれは。結局ニグラスはまたあの変魔に裏切られ、その変魔は頭が足りず、自滅街道まっしぐら‥‥か」
「馬鹿だわ、このモンスター」
三月とティアラは呆れたように呟くが、ヤツが頭が悪くても状況がよくなるわけではないのである。
「‥‥仕方ないね‥‥考えても埒が明かないよ。いっそ作戦通り、救出に回ろう」
「‥‥そうね‥‥じゃあ私とキルスティンさん、デュランダルさんは誘き出しに専念しましょ」
「と言っても、もう玄関まで出てきてるけどね」
「茶々を入れないでくれ、キルスティン殿。囮の役目、俺たちが引き受けよう」
「僕とヘルヴォール君は村人の護衛だ。いくら裏切られたからと言って、ニグラスが嗅ぎつけてこないとも限らないし」
「そして私、三月君、ティアラ君が救出班だな。しかしいくら頭が悪いと言っても、目の前で強敵がこの場を去れば、不審に思わないだろうか?」
「大丈夫じゃろう。その為の誘き出し部隊じゃ」
「なーんか当初の目的とは違う気がするけどね」
もちろん変魔に聞こえない程度の声でだが、8人は作戦の確認をしていた。
「蒼眞殿、私とアルトは何をしていればよいでしょうか。昏倒殿たちの陽動に参加しますか?」
「いや、藁木屋君にはニグラスがやってきた時のため、蛟君たちと共に村人の護衛に回って欲しい」
「‥‥私は?」
「アルト君は、我々救出班の補助・誘導を頼めないだろうか」
「‥‥嫌。面倒だから」
「言うと思ったよ。しかしここで変魔を獲り逃せば、藁木屋君がか・な・り危ないんだ。協力してくれないかな?」
蒼眞の要請を0.5秒で拒否したアルトノワールだったが、蛟の言葉にしばし考える。
「‥‥仕方ないわね‥‥でも私、手は出さないわよ。錬術に怒られたくないから」
「充分じゃ」
「‥‥まとまったみたいだね。じゃ、行動開始だよ!」
こうして、ヘルヴォールの合図の元、全員が動き出したのである―――
●要は頭の出来の問題
「‥‥まああたし達相手だと、貴方程度なら人質なしでは何も出来ないわね‥‥」
「キ!? な、なんだと!?」
「先日の決着を付けに来た。剣を捨ててもまだ怖くて出てこれないか」
「キキッ!? 馬鹿に‥‥馬鹿にするなぁっ!?」
「生意気な冒険者が好きに斬らせてやるって言ってるんだ、魅力的な提案とは思わんかい?」
「キィィィッ!? ヒ、ヒヒ‥‥ヒヒヒヒヒ!」
なんというか、面白いくらい挑発に反応する変魔。
飛び掛ってこようとして慌てて思い直し、子供に突きつけた太刀をふらふらさせる。
知恵をしぼって考えた結果、人質を取っていた方が安全だと分かってはいるのだが、身体が勝手に反応するのだろう。
それでも実際玄関から出てこないのは、最後の理性とでも言うのだろうか。
「‥‥意外とノリ易いみたいね。(軍配を団扇の様に扇ぎながら)本物でないなら、あたしはこれ(←軍配)で戦っても十分だわね(笑)」
「しかし実際は人質も離さない‥‥意外と手強いな。‥‥どうした、俺が恐いのか? 強いやつと戦いたいと言っていたのは嘘か」
「ああいうのは臆病って言うんだよ。‥‥あー、子供を連れられたまま襲い掛かられたら困るなー」
三人は仲間内での会話をしながら、変魔への圧力も忘れてはいない。
出てきてくれれば御の字‥‥だが現状でも、充分意味はあるのだが―――
一方、こちらは潜入班。
「壁に耳あり庄子に目あり。天井裏にシフールあり‥‥ってね」
救出班は勝手口に回り(鍵どころか扉すらなかった)、いとも簡単に集会所へ潜入する。
せめて板張りなり物を置くなりで塞いでおけばいいものを、とは蒼眞談だ。
それでも用心のためと、ティアラに天井裏に上がってもらい、テレパシーのスクロールまで用いて集会所の様子を伝えてもらう。
「わかったのじゃ。ではわらわたちは残りの子供たちを救出しよう」
「子供たちの安否はどうなのだ?」
「全員無事らしい。血の跡も見えないから、怪我もしていないだろうと言っておったのじゃ」
テレパシーの中継役は三月。ティアラからの報告を受け、蒼眞とアルトノワールにも同じ事を正確に伝えていた。
「不幸中の幸いだな。ならばすぐに救出し、最後の一人をどうするか考えよう」
「‥‥変魔を後ろからグサリ、でいいんじゃないの?」
「相変わらず過激なことを言うのう。わらわはそれでも構わんが、もし反動か何かで子供が怪我をしたらどうするのじゃ」
「‥‥怪我なんてそのうち治るわよ。我慢させなさいな」
「‥‥君はよくよく藁木屋君にしか興味がないのだな。万が一子供が死んでしまったらどうする」
「‥‥運が悪かったとでも思うしかないわね」
「本気で言っておるのか? 親の気持ちを考えてみぃ」
「‥‥想像すら出来ないわね。私には親なんていないもの。元々興味ないし」
実にあっけらかんと、普段と同じ口調で。
三月と蒼眞の質問に答えたアルトノワールは、すたすたと三月が言った部屋の方へ歩いていった―――
●『コピー』の意味
「ゴキブリか!?」
突然上を見て叫んだ変魔に、囮組みの三人もちょっと驚いた。
どうやらティアラが天井を這い回っている音を聞きつけたようだが、当然外のキルスティンたちには聞こえない。
「どうやら潜入は上手く行っているようだな。あとは蛟殿たちのほうにニグラスが現れなければ最良だが‥‥」
「まぁね。けど、正直これじゃつまらないな。せっかく重装備してきたって言うのにさ」
「‥‥まぁいいじゃないの。それに、まだあの子を助け出すって言う仕事も終わってないわよ?(溜息)」
やがて、にらみ合いと挑発がまた幾分かやり取りされた後。
『いいわよ。残りの子供たちの救出は無事終了。後は変魔に抑えられてるその子だけ』
「む、ティアラ殿か、了解した。どうやら作戦は上手く行ったようだ」
「あ、そう。なら‥‥ドッペルゲンガー、人質は返してもらった! 嘘だと思うなら確認してみな!」
「ちょ、ちょっとキルスティンさん、いくらなんでもそんな見え見えの手じゃ‥‥」
「ナニ!? 馬鹿な莫迦なバカナァァァッ!?」
変魔はあっさりと子供を離すと、超特急で集会所へと入っていく。
キルスティンはささっと泣きじゃくる子供を保護し、子守の技術を用いてあやし始めた。
「‥‥少し悲しくなってきたような気がする」
「‥‥同感ね‥‥強さと頭のよさは必ずしも比例しないって言ういい例だわ‥‥(溜息)」
最早全殺しにする気力もなくなったのか、デュランダルも昏倒も疲れたように呟く。
「何故だ‥‥貴様らどうやった!? そ、そうか‥‥他の連中が忍び込んだな!?」
これが藁木屋と同じ格好、同じ声、同じ顔で展開されるものだからなお哀愁が漂う。
「ちょっと離れてるんだよ。さて‥‥人質も居なくなったところで、ケリをつけようか?」
「‥‥そうね‥‥これで年貢の納め時よ」
「ヒャハハ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!」
昏倒に太刀の攻撃を仕掛ける変魔。だがそれはあっさり軍配で受け止められ‥‥。
「いくわよ、乙女必殺技! 愛暗苦労(アイアンクロー)ッ!」
「ギィィィ!?」
ホールドでのカウンターを受け、ふらふらと後退する。
よせばいいのに、錯乱したのか今度はキルスティンに向かっていく!
「いい度胸‥‥ってわけでもないか。うろたえざまの一撃がなんになるんだい」
堅固な防具の数々とデッドorライブで、キルスティンはかすり傷程度のダメージしかない。
それに引き換え、カウンター以外のCOを何も使われなかったはずなのに、変魔はクレイモアの一撃で即重傷。
「ヒ‥‥ヒヒヒ‥‥お、俺は‥‥俺はァ‥‥! 強く‥‥強く、なりたかった‥‥だけだァァァッ!」
何を思うのだろう。
何故戦うのだろう。
勝てないと悟っていてなお‥‥己の存在を誇示するかのように、狂ったように叫んで、デュランダルへと向かっていく。
「‥‥そうか‥‥そういうことか。なら‥‥俺はお前にこれを贈ろう‥‥」
ティアラにクリスタルソードを投下してもらう余裕はもうない。
だがすでに十手を装備し、太刀を拾いなおしていたデュランダルは、十手で攻撃を受け流し‥‥。
「ブラストセイバー・クロス。俺の魂の一撃だ‥‥!」
スマッシュEX+カウンターアタック。
変魔が重傷を負っていなければ成功率は低かったであろう大技を喰らい、変魔は瀕死状態になって動かなくなった。
「‥‥ヒ‥‥ヒ、ヒ‥‥つよ‥‥く‥‥おれ‥‥いき、もの‥‥ころ‥‥す‥‥」
かすれた呟きもやがて聞こえなくなり‥‥変魔は本来の姿であるというゲル状になり、消滅した。
誰かに成りすまさなければとても弱い存在。
しかし、誰かになってしまえばそれは自分ではないのだ。
他者を殺し、否定しなければ、自らの存在意義さえ見失ってしまうのが、彼ら‥‥変魔という種族なのかもしれなかった。
「‥‥本当に弱かったのは‥‥お前の身体ではなく、心の方だったんだぞ―――」
呟いたデュランダルの背中は‥‥声をかけるのが躊躇われるくらい、悲しげだったという―――
●運命に見捨てられし者
「くそっ‥‥何故だ、何故なのだ! 何故何もかもが上手く行かない! 私はただ、よりよき未来を作るために‥‥!」
蒼い刀身に真っ赤な鍔の忍者刀を二本装備するナイト。
憎悪の騎士こと、ニグラス・シュノーデン。
「‥‥あんたさ‥‥何時までもこんな事続けてたら、堕天狗党に復帰どころか‥‥粛清されるかもね‥‥連中だって、自分達の悪評が広まるのだけは避けたいだろうし。‥‥これこそが最良の方法だって思い込みって‥‥大概、傍迷惑でしかないんだよね」
「粛清‥‥ははっ、そうだ、確かに刺客を差し向けられた! 堕天狗党の騎士たる私に、堕天狗党から刺客が来たのだ! こんな馬鹿な話があるものか! さらに下僕にと思って引き込んだモンスターにも裏切られ‥‥なんなのだ、私は!?」
村人を緊急招集し、一箇所に集めた蛟、ヘルヴォール、藁木屋たちは、予想通りニグラスと遭遇した。
だが彼は忍者刀を抜いてはいるが、斬りかかってはこない。
「まさか、殺したのか!? 刺客の堕天狗党員を!」
「はっ、馬鹿を言え。私の目的はあのお方のため理想を実現すること。堕天狗党員が減ってはそれが遠ざかる‥‥殺しはせん。避けることには少々自信があるしな」
「‥‥どんな気分だったんだい? かつての仲間から追われるっていうのは」
「ふん‥‥辛かったとでも言えば貴様らは満足なのだろうな。だが生憎、私はそんな惰弱な神経を持ち合わせていない」
「じゃあ何のためにここに来た? 変魔を連れ戻しにか!」
「そのつもりだったのだがな‥‥もう無理だろう。私の耳にも届いたぞ、あの馬鹿が立て篭もりなどしていた、とな。お前たちがこの場にいると言うことは、他の冒険者も居るはず‥‥対象者を完全にコピーできないあいつでは勝てん」
「‥‥じゃあどうしてさ。村人を襲うわけでなし、変魔を連れ戻すわけでなし‥‥」
「自分でもよくわからん。だが、あえて言うなら愚痴を言いたかったのかも知れんな。ケチの付き始めは貴様らに負け、嵐馬に連れ戻されたこと‥‥そしてあのお方に追放を言い渡され、ちっぽけな命ごときを救おうとした貴様らに、再び敗れた‥‥」
「ニグラス、貴様は民の命を『ちっぽけな命ごとき』と言ったな。そうさ、確かに民草の命の存在なんて小さいさ‥‥雨の一滴の雫の様に。だがな、その一滴一滴が集まって、いつか大河となって、海へ流れ着く。そして全てを飲み込む大海に変わるんだ。この意味、わかるかっ!」
「‥‥‥‥」
ニグラスは答えない。
その目に憎悪を宿していることに違いはないのに、何故かいつもの彼と違うような印象を受けるのは何故だろう。
「‥‥偉そうに。ならばその大海が、弱者という小さな島を飲み込み、排除するということも理解しておくんだな! 洪水で中州が飲み込まれることを是とするような世界を認めるわけにはいかんのだ! ならば私は、どこまでもあのお方の理想を追い求める! 私が私である以上、それ以上の解決法など見つかるはずもない!」
そう言って、ニグラスは踵を返した。
今度会うときは、どちらかが死ぬことになるかも知れんなと言い残し、またその行方をくらましたのである。
「‥‥なんで追わなかったんだい? わらっきーもいるんだし、三人一緒に掛かれば何とかなったかもしれないよ?」
「‥‥村人が危険に晒されるかもしれない。それじゃ本末転倒だからね」
「‥‥ふぅん。意外と冷静だね」
「からかわないでくれ。今はそんな気分じゃないんだ‥‥」
結果から見れば、作戦は完全に成功だ。
人質は全員無事、ニセモノも倒し、村人たちの証言や陰陽寮の資料による変魔の存在の確認などで、藁木屋の無実は証明され、藁木屋も大手を振って京都に住むことが出来るだろう。
だが、蛟の心はしばらく晴れなかったという。
それが何のせいであるかは誰にも分からない。
当の本人であるはずの、蛟にも‥‥そして恐らく、神にさえ―――