【戦慄の裏八卦】裏八卦の挽歌
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■シリーズシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月03日〜08月08日
リプレイ公開日:2006年08月11日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「‥‥どういうことです、これ?」
「ん? 何か不明な点があったかね?」
「いいえ。これ以上なく明瞭で、とても分かり安い内容です。しかし、その内容についてどういうことかと聞いてます」
今日も賑やかな京都冒険者ギルド。
その一角‥‥職員の西山一海が担当するスペースで、いつものように二人の青年が会話していた。
即ち‥‥スペースの主である西山一海と、その友人にして京都の便利屋、藁木屋錬術である。
今日は、ついにと言うかやっとと言うか、裏八卦の処遇及び顛末を聞かされると思っていた一海だったのだが‥‥。
「『先日、裏八卦を全員捕縛せしめたものの、我が八卦衆も同時に打ち倒された。本来であれば裏八卦を一人開放という流れになるが、一人だけを自由の身にしても逃走などの恐れあり。よって最後の機会として、八卦谷にて御前試合を組むものなり。丹波藩城主、山名豪斬を筆頭に丹波藩士が見守る中、見事裏八卦が冒険者を打ち倒せば酌量を、負ければその場で処刑を執り行うものとする』以下略。なんですか、これは」
「‥‥‥‥」
「もう意味が分かりません。これだけ長い時間と多くの冒険者さんたちに協力してもらって、やっと全員捕まえたんですよ? そこで機会を与えるとか、酌量がどうとか‥‥頭おかしいんじゃないですか?」
「‥‥言いたいことはよく分かる。が、少々言い過ぎではないかね? 一海君らしくないぞ」
「別に私は豪斬様が嫌いってわけじゃないですよ。珍しく温情のある、いい藩主様だとも思います。ですが、ここはきっちりけじめをつけるところでしょう。時には非情にならなくちゃあ政治はできません」
「‥‥それは庶民の意見だ。実際に藩主の家に生まれ、お家騒動を経て弟を殺し、国を統治する苦労など、その立場に立たされてみねば分からんよ。豪斬様は‥‥人間らしすぎるのだろうな。そういう意味では、君の言うことも正しいが‥‥」
「まぁ私は仕事なので? 依頼とあれば受け付けますけどね‥‥」
「またトゲトゲした言い方だな‥‥」
「‥‥私は心配なだけです。豪斬様の優しさが、いずれ国を危うくさせないといいな、と。苦しむのは我々庶民ですから」
「ふ‥‥そうだな‥‥。では、追加で知らされた規約を伝える。これも合わせて記載しておいてくれ」
つまり、纏めるとこうなる。
・いつものように、八卦谷にて裏八卦と戦う。しかし、八卦衆は参加せず、他の丹波藩士や豪斬と一緒に見に回る。
・裏八卦は全員八卦谷に連れてこられるが、実際戦うのは二人。相手は冒険者が任意に選べる。
・冒険者が勝てば、裏八卦はその場で処刑。負ければ酌量(命だけは助けるというレベル)。
・場所は開けた草原空間。豪斬たちは八卦衆が守るので気にしないでよい。
「どう転ぶにしても、これが最後ですか‥‥。長かったですね」
「まぁ‥‥な‥‥」
歯切れの悪い藁木屋の呟き。
今日こそは、一海はなんとなく察した。
藁木屋は、何かを危惧している。そしてそれは、かなりの確率で現実のものとなるのであろう、と―――
●リプレイ本文
●命を背負って
「それでは、真紅! 水銀鏡! 前へ!」
某月某日、八卦谷。
じりじりと照りつけるような快晴の空の下、丹波藩主山名豪斬以下、数十名の丹波藩関係者がその場に居た。
即ち‥‥裏八卦8人の生死を分ける、御前試合という名の戦い。
豪斬は八卦衆や丹波藩士に守られ、ただ成り行きを見守っている。
「‥‥言われなくても、わかってるのだわ‥‥」
「‥‥やるわよぉ‥‥やればいいんでしょぉ‥‥」
対戦相手である裏八卦に選んだ二人を見て、冒険者一行は息を飲んだ。
そんなにまじまじと相手の顔を見たことがあるわけではなかったが‥‥その表情に、覇気がない。
加えて言うなら、何やらふらふらしている‥‥。
「ど、どうしたんですか? 本当にそんな状態で戦えるんですか!?」
「飯さ食わしてもらってねぇんだべか!?」
雨宮零(ea9527)と郷地馬子(ea6357)が、ぎょっとして二人に問う。
真紅たちが言うには、飯は最低限食べさせてもらっていたし、特別虐待されたわけでもないという。
‥‥が、逆にそれが辛かったらしい。
暗い地下牢の中で、自分たち以外誰も居ない。誰も構いに来ない。
牢の隅に顔を出すネズミが自分たちの死を待っているようで、空恐ろしかったと‥‥。
「おたくら、なぜ藩主殿に恭順せずにまだ戦う? 烈斬殿への忠誠ではあるまいに‥‥」
「あらあら、顔色がお悪いです‥‥。休んでいらしたほうがよろしいのでは―――」
「そんなわけにはいかないでしょお!? 自分たちだけならともかく‥‥!」
「他の6人の命まで背負わされた、こっちの身にもなって欲しいのだわ‥‥」
黒畑緑太郎(eb1822)、シルフィリア・カノス(eb2823)の言葉を受けて、真紅が叫ぶ。
悩んでいる。
今まで、身一つ、自分たちの力だけを頼りに生きてきた裏八卦が、他人の命を背負わされたことで悩んでいた。
「仲間を背負っての、仲間を守る為の戦い‥‥。君たちはそれをどう感じている? また‥‥どうありたいのかな?」
「俺達が苦労したとか、長い時間がかかったとか言うのはどうでもいい事なんだ。俺達は裏八卦を倒す事を望まれ、それに全力で答えただけの事なんだから。だが今、君たちは気づいた。気づくのが遅かった‥‥とは言わない。今からでも‥‥」
「おうよっ! 仲間のために命を懸けて戦うなんざ、泣かせるじゃねぇか! 俺たちがとりなしてやっても‥‥」
「うるさいのだわっ! わからない‥‥わからない‥‥! そんな‥‥情けばかりかけられたら、惨めなのだわ‥‥!」
動揺する二人。
ヒースクリフ・ムーア(ea0286)、アリアス・サーレク(ea2699)、伊東登志樹(ea4301)の言葉を受け入れていいのか‥‥.
もしかしたら、何を言われているのかも分からないのかもしれない。
「‥‥問答はいいでしょう‥‥。俺たちは、やつらを倒すために依頼を受けた‥‥。説得するためじゃない‥‥」
そう言うと、緋室叡璽(ea1289)はライトニングアーマーを発動する。
その目が語っている‥‥手加減はしない、と。
「‥‥そうだな。これが私たちの仕事だ。私は丹波藩士として‥‥みんなは、冒険者として」
「そうなのだわ‥‥その方が分かりやすいのだわ。その方が‥‥悩まなくて、済むのだわ‥‥!」
「‥‥貴方達は光から目をそむけて、道を歩いているのと同じだ。石に躓きもすれば穴にも落ちる‥‥。それで良いの‥‥? 何故もっと前を向けないんだろうっ! 変わろうとしない限り、何も変わらない‥‥!」
「五月蝿いわねぇ! そんな優しい言葉‥‥今更ぁっ!」
黒畑の言葉と、雨宮の言葉。ベクトルは違うが、裏八卦二人を思うが故の言葉。
だからこそ、揺れる。惑う。顧みる‥‥。
やがて、両者は距離をとり‥‥冒険者の魔法等の準備が完了した後。
「始め!」
名も知らぬ丹波藩士が、非情にも開始を告げた―――
●命を賭して
始まってしまえば、あとは簡単であった。
迷いとか、苦悩とか‥‥そんなものを気にしている余裕などない。
「シャドウフィールド‥‥連打なのだわ!」
開始早々、水銀鏡は自分たちの周りに隙間なく闇を作り出していく。
360℃どこから見ても、彼女たちの姿は確認できない。
「何だぁ!? 自分たちまで闇の中に取り込んじまってるぞ、おい!」
「やってくれる‥‥! あぁも広範囲に闇を展開されると、動きが取れない!」
伊東やアリアスたち前衛組みも、まだ距離的に闇の影響は受けていない。
が、接近しようとすれば当然闇に突っ込むし、遠距離から狙うことも無理。
「ふむ‥‥いざ戦闘となれば流石だね。彼女たちは足元の草の音で、私たちを感知するわけか」
「草原地帯ってのが仇になっちまったべなぁ。けんど、真紅さんの魔法だと草が燃えるんでねぇべか?」
「大丈夫です。こんなに青々と水分を含んだ草は、意外と燃えにくいものですよ」
シルフィリアの言葉を聴いて、ヒースクリフと郷地は頷く。
今回、真紅たちは逃げられない。
となれば、このまま待ち続け‥‥魔力が無くなるまで持久戦をしかけても問題はない。
だが勿論‥‥誰一人としてそんな戦法を選ぶ人間は居なかった。
「‥‥これで最後か‥‥出来得る事ならこの手で引導を渡してやりたかったが‥‥己が望む戦いなど出来ぬ方が多いという訳か‥‥それもまた良い。そう吹っ切れれば心置きなく戦える‥‥今は目の前にいる敵を血祭りに挙げることのみ‥‥」
緋室は走り出す。
戦って、倒すこと‥‥それが彼が望む最上の決着。
「裏八卦の二人は、自爆も辞さないでファイヤーボムを撃つつもりのようだ! 各自、防御を怠るな!」
唯一の後方援護、黒畑がフォースノリッジのスクロールで得た情報を元に声を出す。
続けてのムーンアローで、援護を開始!
「くっ! 相変わらず鬱陶しいわねぇ!」
構わず高速詠唱でファイヤーボムを放つ真紅。
だが‥‥!
「はっはー! そう何度も何度も同じ手にかかるかよっ!」
「助かります、シルフィリアさん!」
「なっ‥‥!?」
そう、冒険者たちの準備は万端だったのだ。
闇の外で‥‥つまり、爆発の瞬間さえ見えれば、盾防御なりホーリーフィールドなりで防ぐのは容易。
緋室、雨宮はシルフィリアに守ってもらい、他の面々は盾で。
唯一の例外は‥‥。
「‥‥大丈夫かね?」
「こ、こんくらいなんてことねぇべよ!」
高速詠唱ブラックボールを失敗し、中傷を受けた郷地だけ(すぐにポーションで回復したが)。
勢いよくヒースクリフの前に出て、庇おうとしたところまでは格好よかったのだが‥‥。
「なら、闇の中まで近づいたら撃つだけだわぁ!」
更に冒険者たちが突っ込んでくるのを音で聞き分けた真紅は、自分たちを巻き込まないギリギリのラインめがけて撃つ!
「うわっ‥‥! くっ、だが‥‥!」
「‥‥ちぃ‥‥! 進むのみだ‥‥!」
闇の手前で歩を止めたシルフィリア。
その加護を得られなくなった雨宮と緋室が中傷を受けたが、他の面々は盾を構えたまま進んだので、堪えられた。
ちなみに郷地は、シルフィリア同様、闇の前で止まっている。
「まずいわねぇ‥‥! 水銀鏡、あなたは闇の外へ逃げなさぁい!」
「わかったのだわ!」
「やらせん! 正確には無理でも‥‥!」
アリアスが、オーラシールドを構えたまま闇の中で声がするほうにひた走る。
目標は‥‥真紅!
「うぁっ!?」
「違う!? 水銀鏡のほうか!」
突き飛ばされた形になったのは、水銀鏡。どうやら本来の目標とは違うほうに体当たりしてしまったらしい。
そのままアリアスに拘束され動けない。
「んじゃ、真紅はこっちかぁ!?」
伊東が短刀を振るい、真紅の肩口にヒット!
浅いが、ダメージには違いない!
「このっ‥‥! まだ諸共にするには、連中の傷が浅すぎるわぁ‥‥!」
「‥‥なら‥‥大人しく黄泉路を辿るんだな‥‥」
「すいません‥‥でも、今は‥‥!」
緋室と雨宮が、同士討ちを避けるために刀を使わずにつかみかかる。
そこで女の声がすれば、当然‥‥。
「‥‥終わりだ‥‥」
「くっ‥‥うぅっ‥‥!」
闇でも分かる、喉元に刃を突きつけられた感触。
これにて勝負ありであった―――
●命の行方
真紅と水銀鏡は負けた。
闇が晴れた後、裏八卦八人が並ばされる。
「‥‥すいません、私は‥‥退出さていただきます」
「それがいい。豪斬様には私から話しておく」
黒畑とシルフィリアにそんなやりとりがあった時だ。
「‥‥豪斬様。処刑役が決まっていないのなら‥‥俺がやってもかまいませんか?」
言い出したのは、緋室。
豪斬はしばし悩んだ後、構わん、と言った。
「緋室さん! 何もそこまで‥‥!」
「‥‥黙っていてください‥‥。‥‥処刑と謳われて手加減するだろうとは思っていないだろうが‥‥もはや貴様らにかける慈悲など一欠けらも無い‥‥。仲間諸共、惨めな最後を迎えるが良い‥‥」
真紅に刀を突きつける緋室。
だが、裏八卦は誰一人として騒がない。媚びない。命乞いをしない。
それが‥‥負けた彼らの、覚悟。
「‥‥いい心がけだ‥‥。お前たちにはこの手で引導を渡してやりたかったんだ‥‥。血祭りに‥‥上げてやる‥‥!」
そして‥‥緋室が、刀を振り下ろさんとした時!
「ま、待て!」
―――言ってはいけなかったのに。
―――ここまで我慢して、押し殺していた言葉なのに。
「頼む‥‥その者たちを助けてやってくれ‥‥!」
山名豪斬の発した言葉で、家臣たちに動揺が広がる。動じないのは、八卦衆と冒険者たちだけ。
「ふ‥‥そう言ってくださると思っていました、豪斬様。しかし、少々違うかと思われます」
ヒースクリフが、まるでそのことを予期していたかのように言う。
「助けるのは、緋室君ではなく‥‥。豪斬様の御意思にあらせられます」
「‥‥!」
「殿! 今彼らを許しては藩の面目に関わりまする! どうか、ここは心を鬼に!」
家臣の一人に進言され、豪斬は迷う。
しばし、心の底から苦悩し‥‥豪斬が出した結論は。
「‥‥丹波藩主、山名豪斬の名において命ずる。『裏八卦』の処刑、すでに完了したものなり。つまり、目の前に居る8人は罪人にあらず。その類稀なる力を評価し‥‥丹波家家臣、『八輝将』として召抱えるものとする!」
ざわざわざわざわ!
「殿! それがどういうことかお分かりになっておられるのですか!? これ以上、魔法分野に卓越した者たちを召抱えては、平織派にも源徳派にも睨まれますぞ!」
「それ以前に、家臣の中に動揺が広がりまする! ご再考を!」
古参の家臣団が言うことももっともである。
が、彼らも知っている。そして、予想していた。
豪斬が、こういう甘い結論を出すことくらい、長い付き合いのうちに覚悟はしていた。
それでも、止めなければならない‥‥丹波のために。
「‥‥すまぬ。だが、余には出来ぬのだ。元をただせば、彼らは我が弟、烈斬によって反乱のために集められた被害者‥‥。もう、あの反乱の犠牲者を出すのは御免なのだ‥‥!」
「お気持ちは分かります! 我々とて、彼らに恨みがあって申し上げているのではありませぬ! ええい、お前たちもなんとか言わんか! 殿を御止めしろ!」
だが、八卦衆の面々は動かない。
豪斬様の意思がすべてと主張するように。
「おまえたち‥‥! この不忠者めが!」
「待ってください! 豪斬様の決定が正しいかどうかは分かりませんが‥‥命を無駄に散らさなくて済めばいいじゃないですか! さっきの言葉は嘘ですか!?」
「主を諌めるのが忠義なら、決定に従うのも忠義‥‥。これは西洋も東洋も変わらないと思うが‥‥如何か?」
雨宮とアリアスの言葉に、古参の家臣たちも言葉を詰まらせる。
自分たちも言ったのだ‥‥『彼らに恨みはない』と。
「どんな苦労が起こるかはわからねぇけんど‥‥みんなで頑張って乗り越えればいんでねぇべか?」
「そうです‥‥死ななくてもいい命を奪うなんて、間違っています」
郷地に連れられ、シルフィリアも戻って来る。
「おひけぇなすって。親分の言うことにケチをつけちゃあいけませんや。それが、義理と人情からきたお裁きとくりゃ、尚更でさぁ。いいじゃあねぇですか‥‥子分思いの親分さん、貴重ですぜ」
この場で使う言葉遣いとしては大分違う気もするが、伊東の言い分も間違いではない。
家臣団も黙り‥‥場の流れは決定したらしい。
「‥‥すまぬ。感謝する‥‥!」
この甘さが、山名豪斬。
本当に‥‥政治をするには向かないのかもしれない。
「ヒースクリフ・ムーア‥‥だったな。裏八卦に関わるすべての依頼を受けてくれたそちに、『八輝招』の名を与えよう。黒畑緑太郎の『八卦招』と同じようなもので‥‥八輝将に協力を求められる名だ。有効に使ってくれ」
「は。謹んで承りましょう」
これから、どんな苦難が丹波に降りかかるのか‥‥まだわからない。
だが、人の絆を‥‥命を斬り飛ばすことだけで、解決したくなかったという藩主。
彼は‥‥藩主失格だろうか。
裏八卦を庇った冒険者たちは、間違っていたのだろうか。
それは、誰にも分からない。
「‥‥やれやれ‥‥結局殺しそこねましたか‥‥。残念ですね‥‥」
「何を言う。最初から悪役を買って出て、豪斬様からあの言葉を引き出すのが目的だったんだろう? ‥‥感謝する」
「‥‥さて? なんのことでしょうか‥‥。黒畑さんは私を買い被りすぎですよ―――」
普段無表情な緋室‥‥その口元は、かすかに緩んでいたと言う。
裏八卦改め、八輝将。
彼らと丹波藩の未来や如何に―――