【吸血婦人】 そはいかなる者か?

■シリーズシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2005年11月24日

●オープニング

「どうやら待ち人はこずだったようだな」
 ギルドからきた手紙を一読したダンテスに、悪友がニヤニヤとした顔で声をかけてきた。ダンテスは肩をすくめる。
「冒険者のみなさんも暇ではないということでしょう。参加者がそろわずに、ギルドから仕事はキャンセルだったとの連絡でしたよ」
「お前の落胆ぶりを見ると、そのようだな。どうだ、あきらめるか?」
「いえ、あきらめるつもりはありませんよ」
 ダンテスの真摯なまなざしが友人を貫く。
「それでまた同じような依頼をだすのか?」
「すこし、方向を変えてみようかと思うんです」
「方向性を変える?」
「交渉をしてもらおうかと‥‥」
「交渉? だれとなにを?」
「あの女――ドゥブロフカに遺跡の調査に協力していただけるかと交渉をしてもらおうと思うんです。本当は遺跡をもっと探索してからやりたかったのですけれどね」
「ドゥブロフカ?」
「このあたりの領主の女性です。僕にいわせれば遺跡の管理人みたいなものです」
「思い出したよ。魔女と言われて村人たちに恐れられている未亡人だったな」
 友人は、豪胆な性格の男であるが、それでもその声はささやくようになっている。
「ええ。姿を人前にあらわすことはめったにないそうです。そして、村人たちもその屋敷に好んで近づくことはない‥‥まあ、そんなところです」
「卵が先か鳥が先かの話だな。まあ、それはいい。それで、どんな風にお願いするんだ? まさか土下座でもするのか?」
 あいかわらず友人の口と表情はひとが悪い。
「相手の手の内が読めないうちはなにもできませんよ。なんにしろ交渉といっても、今回は、相手がどんな人間なのかを人生経験の厚い冒険者のかたがたに見極めてもらおうという趣旨です」

●今回の参加者

 ea4943 アリアドル・レイ(29歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 eb1878 ベルティアナ・シェフィールド(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2411 楊 朱鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3076 毛 翡翠(18歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 木々の葉が赤く染まり、吹く風もまたきたる季節を告げている。
 午後の弱い日差しが、開け放たれた窓辺からさしこみ、憩いのひとときを過ごすかれらを照らしていた。
「ふ〜、お茶が旨い‥‥」
 湯気のゆたう茶を飲み干し、毛翡翠(eb3076)は満足したように小さな体を大きく伸ばし、楊朱鳳(eb2411)は無言のまま茶を喫する。ベルティアナ・シェフィールド(eb1878)は優雅に午後の紅茶を楽しんでいた。
 堅苦しい交渉の席から開放され、四人はそれぞれのスタイルで、一服をついていた。
 茶を前にした、アリアドル・レイ(ea4943)の脳裏には昼間のことが浮かんでいた。
 その日、交渉のため、この屋敷にやってきた四人が通されたテーブルで待っていたのは、喪服の女であった。
 魔女――
 領民たちがそう呼び、恐れ、その所業どころか、実の名前を呼ぶことさえも忌む存在は情報を集めた段階ではベールに隠された存在でしかなかったが、その素顔もまた黒いベールで隠されていた。
 前の領主が死んでから、すでに十余年になろうかというのに、いまだ喪に服しているのだという。部屋へ来る途中、廊下に美しい女性の肖像画がかざってあったが、それがその婦人であるのだとメイドは語ったことが思い出される。そうであるのならば、年老いた姿はいかほどのものなのであろうか。
(「あるいは、それが理由なのでしょうか‥‥?)
 客人の前にしてもベールをとらぬ主人を見つめながら、ふとアリアドルは老いた女とはいかなるものか、そして、それがかつて華やかな美姫であったとき、その老いとはどれほど残酷なものなのだろうかと考えていた。
 本当であるのならば、調査の依頼人を騙るアリアドルこそが交渉の主役とならなくてはならなかったのだが、交渉は貴族のたしなみだとでもいうかのように、護衛を名乗っていたベルティアナがいつしか主導を握っていた。
「もちろん、タダでとは申しませんわ‥‥」
 まるでお金を賭けたカードでもしているかのような素振りでベルティアナは話をふっかける。
「タダではないと? そなたらを禁忌の地へ招き入れ、わらわがが何を得ると?」
「私たちが迷宮で見つけた宝やアイテムについては、あなたが気に入った物を優先的にとっていただくとか、鑑定士に判定していただいて得たアイテムを六対四――もちろん、あなたが六の割合――で分配するというのはいかがですか?」
 未亡人が知る限りでは、まだ手付かずだというその迷宮は、かつて夫であった人物が先祖伝来の土地として受け継いできたものなのだという。
「おもしろい提案だな」
 そして、子孫を残せぬまま行き暮れた女にとってそれは自分の代で無くしてしまってもかまわないものだと考えているのかもしれない。 
「一晩、考えさせていただけぬか?」
 そういって手を叩くとメイドたちを呼び、ドゥブロフカは四人を部屋へ誘うようにと命じると、食事とベットを提供することを約束した。
 完璧な女主人ぶりであった。
 ただ‥‥――
「なんでしょうか‥‥この胸にささった針のような違和感は‥‥」
 みずからの直感にアリアドルは、なおも戸惑わずにはいられなかった。
「そういえば、ギルドで以前ダンテスさんが依頼した遺跡の調査報告書を閲覧して、流れてしまった依頼も確認をとっていたけれど、できれば実際に関わった人物にも話を聞いておきたかったな」
 楊の言葉に、三人の顔が固まった。
「私が何かヘンなことをいったか?」
 わしじゃ、わしじゃといった具合に毛が手をあげる。
「参加しておったぞ‥‥記憶喪失のシフールの娘の件じゃったが。まあ、滝にぶちあたってしまって、そこで、その仕事は終えさせてもらったのであるがな」
「ああ、そうだったな」
 いっとき間を置き、ぽんと手をたたくと楊は笑った。
「確か、その近くの別の迷宮には、石化した悪魔がいて、それが気になると報告書にもあったな」

 ※

 翌朝となる――。
 廊下の蝋燭は燃え尽きたにもかかわらず、明朝というにはまだ早く、山頂の屋敷は寒々とした宵闇の中にあった。そんな中、白い息を吐きながら、毛と楊が拳をあわせていた。
 交渉の時間まで、まだしばらくあるからと体を鍛えることが好きな毛が楊を誘い、朝稽古としゃれこんでいるのである。
 しだいにあたりが白々としてくると、汗にぬれた、ふたりの顔が浮かんでくる。
 おさなげな少女の容姿に一見、不似合いにも見える髭。人間の目には奇異にも見えても、それは彼女がドワーフであることのなによりの証拠だ。
 一方、楊の容姿も見る者によっては奇異を感じるかもしれない。女性というには凛々しすぎるのだ。実際、ドレスタットでは男性とまちがえられて、女性に声をかけられたこともあったし、麓の村ではその容姿を使って女性に声をかけ情報を集めたこともある。
 なんにしろ、そんなふたりの朝稽古はやがて寒稽古になっていた。
 暗かった空は日が昇る頃には雨となり、やがてあたりが明るくなった頃には、小雪の舞う空になったのである。
 さすがに稽古をきりあげ、楊が屋敷に戻ってくると声をかける者があった。毛が、ちょっとと言ってどこかへ行ってしまったので、楊ひとりとなっている。物珍しそうにあたりを眺める長柄、廊下を歩いていると、屋敷の奥に明かりがひとつ燈った。
 いや、そう思っただけだったのかもしれない。そう思うと、いつの間にか目の前に黒い姿があった。
「お、おはようございます、ドゥブロフカさん」
「おはよう」
 くくくと老婆は笑い、やがて、その低かった声は甘く密やかな、しかし、若い女のささやきに変わっていた。
「美しいな‥‥」
 髪に指がさわる。
「えッ?」
 なにを言っているのか楊にはわからなかった。
 わからないまでも本能が逃げるように警告を告げる。
「そなたは、わらわの夫であった者がどんな人物であったかと尋ねておったの。俗物であったは。宝の真の価値もわからぬ、愚かな者――」
 しかし、動けない。
 まるで蛇ににらまれた蛙のように、その女主人から目が離せない。
 はたして、それが老女の姿なのか――楊の眼前にある女の、はりのある肌は、まさに妙齢の女のそれであり、ベールの奥にのぞく唇はまっかである。そして、唇からのぞく舌のその動きの、なんとも妖しくなまめかしいことか。
「わらわらは、そなた達のような聡明で、美しい娘が好きでな」
 楊の頬をなでる手は冷たく、しかし、心地よい。
 まるで、なにかに惹きつけられるように、ベール越しに黒いまなざしを見つづけてしまう。遠く、遠く、果てしなく、果てしなく――思いはみだれ、心は散り、心は散り――やがて、とけてゆく‥‥――
「そなた達のような若さ、美しさ、あやかりたいものだな」
 耳元でささやく甘いささやきに、それでも頭の片隅に残った理性が最後の抵抗を示す。
 その時、メイドの声がした。
「アリアドルさまが食事に参りました」
「そうか‥‥」
 名残惜しそうにドゥブロフカがつぶやくと、楊ははっとした。
 もはや、主人の姿はない。
 夢‥‥――ではない。
 楊の肌には、たしかに女の残り香があった。
「私の動きを止めた‥‥私の動きを‥‥――」
 
 ※

「気になることがあるのだが――」
 髪と髭を雪で飾った毛が部屋へ戻ってきた。
 寝巻きのまま、暖炉に木をくべていたベルティアナはあきれたように笑うと、暖をとるようにと毛を手招きする。
「なにが気になるのかしら?」
「以前、貴殿にも私が滝のある迷宮にもぐったことがあるといったろうか?」
 火に手をかざしながら毛が言う。
「ええ、そんなことを言っていたわね」
「そこの滝の淵には、いろいろな物が捨てられていた。ドレス、枯れた花びら、装飾品‥‥まるで、パーティーの後のようなものがな。それで、ふと思い出したのだが、装飾品の中に奇妙な紋章があったのだ」
「奇妙な紋章?」
「魔法陣のような紋章でな、いま見てきたが、やはり、この家の門に同じものが飾ってあったのだよ」
 ベルティアナな言葉を呑んだ。
 しかし、やがて口にしたのは意外な返事であった。
「しっ、だまって!」
 そうささやき、ベルティアナは、いかにもいましがた起きたという風体で扉を開けると、そこにはメイドがいた。
「朝食ができました」
 無表情なまま、召使は、それだけ言い残すと、その場を去っていった。
「そう、準備をしたら行くわ」
 そう言って扉を閉めると、ベルティアナは毛に向かって、ため息をついてみせた。
「気になることがあるって、あなたは言ったわよね。そうね、私もあるわ‥‥召使たちの娘たちを見たでしょ?」
「見たが‥‥それが、なんであろうか?」
「まるで死者みたいだわ――」

 ※

 さすがに朝ともなると、いろいろと準備あると見えて女性たちの到着は遅いものだと、アリアドルは、ふと思った。仲間たちの中で唯一の男性であったので、昨晩は別部屋で眠った為に、時間の調整をまちがえて、この場で待つことになってしまった。
 すでにドゥブロフカが席についている。
 なぜ迷宮を調べようとしているのかと尋ねられ、アリアドルは、つぎのように応えた。
「私は伝承や古い物語に、大変な関心を持っておりまして‥‥」
 そして、ドレスタットの遺跡の噂を耳にして、探究心を抑えられなくなり、一緒にきた仲間とともに迷宮を探索して、いつか、それを物語の題材として謡いたいのだと語った。
 聞き終えると、老女はふむとうなった。
「なかなか、おもしろいお話じゃな。昨日の条件とも合わせて、それならば許可してもよいかもしれんな。ただし、わらわは美しいものが好きでな、そういうものを探してきてもらいたいものじゃな。あと、迷宮の中にどのような化け物がおるかなどといったことは、わらわは存ぜぬとだけ言っておこう」
 アリアドルの顔に笑みが浮かぶ。
 背後に仲間達の声が聞こえてきた。
「許可がおりましたよ」
 アリアドルがめずらしく、声をはりあげると、ドゥブロフカの口元には謎の微笑がまたたいた。