【吸血婦人】 悪魔が歓喜をあげた場所で

■シリーズシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月06日〜12月13日

リプレイ公開日:2005年12月14日

●オープニング

 滝がある――
 そう思っていただきたい。
 巨大な滝である。
 暗い天井から轟音をあげ、落ち、水しぶきをあげているそこは迷宮の奥深くである。
 ひとも寄り付かぬ、このような場にある滝を発見したのは、とある冒険者の一行だ。好事家の依頼で記憶を失った娘の素性を調べていたとき、たまたま発見されたという謂れをもつ。そして、それを知った好事家には好事家のビジョンというものがあるらしい――

 ※

「ありがたいものです」
 ギルドからきた報告書を読み終えると、ダンテスはそういって胸元で十字の印を切った。冒険者たちが再調査の為に迷宮の周辺の領主である女主人と話をまとめてきてくれたと、そこには書かれていたのである。そして、報告書の最後に覚書のように書かれた女主人のどこか異様な印象があったとの一文があった。
「やはり、あの女性は――」
「まあ、そんな先走りしすぎないことだな」
 ダンテスの様子を肴にワインを呑んでいたが悪友が苦言を呈する。
「そうですね。あの女と迷宮が繋がっているという証拠があがったわけではありませんしね。滝から先を調べるか、または悪魔の石像を調べるか、いろいろと頭を悩ませることになりそうです」
「それとも他の場所をあたるかかな?」
 机上の地図を見下ろし、悪友はため息をついた。
「よくも、これだけ狭い範囲にいくつもの迷宮が点在するものだ」
「なんにしろ、僕の目的はあの遺跡とあの女主人の接点――たぶん、なにかと繋がっているでしょうしね」
「まあ、口にすることさえもはばかられる何かは俺もあえて口にはしないがな」
「しおらしい事をいうんですね」
「なに、俺の勘がなにかが起きるのではないか? とささやいているのでな」
 相場師として一流の腕をもつ友人の言葉は予言者の言葉めいている。
 ただ、そのにやにやとした笑みには
「なにかを期待しているだけではありませんか?」
 という下心も伺える。
 ただ、友人のそんな言葉にもにやりと笑っただけで悪友はワインを飲み干すのであった。

●今回の参加者

 ea4943 アリアドル・レイ(29歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea5115 エカテリーナ・アレクセイ(32歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb1878 ベルティアナ・シェフィールド(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2411 楊 朱鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2678 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(40歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb3076 毛 翡翠(18歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

「なんで叔母さんまでいるかなぁ?」
 右手で顔を覆い楊朱鳳(eb2411)は天を仰いだ。
「なんですって?」
 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(eb2678)の細い眉がぴくりと動く。
「ロヴィ姉さん、いらっしゃい」
 叔母の好む呼び方であいさつをして、楊は再び、手で顔を覆い天を仰ぎ、なにごとかつぶやくと、指先からのぞく空は寒々とした暗雲に閉ざされ、ため息もまた白かった。
 ダンテス氏から依頼された迷う宮探索の一団は、その日、依頼の舞台となる迷宮の前に集まっていた。ただ、その場にいる全員が妙齢の女性ばかりとは、これはまた華やかでにぎやかな一団である。
 ベルティアナ・シェフィールド(eb1878)と毛翡翠(eb3076)は焚き火に手をかざしながら情報交換をしている。
「それにしても、またこの遺跡じゃとはな‥‥」
「この川の上流に例の滝があるんですよね?」
「そうじゃ」
 そう言って、過日、この迷宮にある滝を発見した娘はうなずく。
「そういえば、あとふたりいるんじゃなかった?」
 叔母の問いに姪は、すこし顔をこわばらせた。
「御領主のところへ挨拶に行かれていますよ」
 すこし声が言いよどんでいるのは、なにか思うことがあるのだろう。そういえば、行く前に楊は、夫人のことをそこはかとなくふたりに注意しておいたが
 アリアドル・レイ(ea4943)とエカテリーナ・アレクセイ(ea5115)は、婦人のところへあいさつに来ていた。
「それでは、ご主人さまにお伝えしておきます」
 ただ、ふたりを待っていてのは、まるで蝋人形のような表情のメイドの返答であった。
 婦人は、きょうは出かけているというのだという。
 アリアドルとエカテリーナのふたりは顔を見合わせた。
 これでよかったのか、ふたりの表情は、そう語り合っていた。
「そういえば、悪魔の呪いって知っているか?」
 悪友が、冒険者たちの依頼人であるダンテスにそんなことを訪ねたのは、冒険者たちがいる場所から、いくばくか離れた村の宿でのことであった。
「なにか禍々しいですね?」
「幼少のみぎりのことだ。きょうみたいな寒い日、俺は道を歩いていた。雨がやんだあとで、道のあちらこちらに水溜りがあった。そこでなにを思ったのか、当時の俺は、それに手をつけてしまったんだ。暖かい! そう思うと、俺は温水につけたようなその感覚を十分に堪能した。さて、帰ろうかと手を水から出すとした瞬間、寒い! そう、俺は悪魔の罠にはまってしまっていたんだ。まったく、その後、どうやってその罠から抜け出すことができたのか、いまでは記憶にもないが、恐ろしい出来事だったと記憶しているよ。まったく、あの後、どうやって、あの罠から脱出したんだろうな?」
「いや、さすがに、それは呪いとはちがうと思うんですが‥‥――」
 さて、そんなやりとりがあったとはつゆと知らぬ冒険者の一行だが、確かに「呪い」にかかっていたのである。
 女の子たちは、それぞれにマントを水に濡らさぬようにしながら、滝の周囲をさぐっていた。周囲の寒さに比して、年間の気温は一定である地下水は、きょうなど湯気など上げてすらいる。
 そして、それに手をいれ、体をつけたら最後、水の外へ出るのに躊躇を覚えるのだ。
 結果、エカテリーナの頬がほのかに赤くなっているのは、気づけの為に飲んだ酒のためであろうし、ふるえながら焚き火に手をかざしているている面々がいるのも納得できる。
 さすがの寒さに恥も外見も忘れて楊がまるごホエールを着込むと、叔母が目をかがやかせ、姪の頭をなでてやっていた。
「可愛いわね」
 楊がきっとなってまるごとクマさんをとりだす。
「ふふふ、ロヴィ姉さんの為にはこれを用意しておいたんだ。お姉さまも寒いんでしょ、隠さなくてもいいんですよ。さあ、恥ずかしがることはないから!」
「きゃあ!」
 とロヴィアーネは黄色い悲鳴をあげ、ふたりは追いかけっこを始めるのであった。
 そんな横では、茶を呑みながら、毛がうらめしそうな目で轟音をあげる滝を見上げている。
「どこから調べたものかの?」
 先ほど――むろん、以前の件もあるが――から調べているが、なかなか埒があかない。
 隣で追いかけっこをしている片割れが、エカテリーナがダンテスから以前調査した地図を借りてきていたのを見て、別の遺跡が繋がっているのではないかという説を唱えている。
 ダンテスも幾度か調査隊を派遣しているらしく地図は確かに、ここの遺跡群がひとつ繋がりであろうという可能性を示している。そうでないのならば、悪魔の石像があった遺跡を中心として、さらに巨大な魔法陣を描き出しているのはなぜなのであろうか?
 上から、ささやき声がした。
「なんでしょうか?」
 梯子と縄をつかって滝のかなり上の方を調べていたベルティアナの声である。彼女の目の前に自然とはいいがたい突き出た岩があった。それを触ると、滝の音で消されかかっているが、どこかでなにかが動いた音がした。
「物語などでは、こんなところに道があったりするんですけれどね」
 唯一の男子が、そういって灯りを水面にかざしたり、滝の裏をのぞきこむと、そこには壁に隠された扉があった。
 どうやら上にあったスイッチとリンクしていたらしい。
 扉から先には細い階段がつづく。
 やがて、ところどころにランタンが姿をあらわし、しだいに、火の灯ったランタンもあらわれる。そして、眼前が開けると、そこには巨大な水門があった。滝はここからはじまっているらしく、水は滝となって下へと向かって落ちている。
 目を引いたのは、悪魔の石像である。
 水門の左右に台座があり、その片側には石像があったのだ。ただ、左の台座だけに像がある。右にもかつては、なにかがあったと思われるふしがあるが、いまは残っていない。
「別の遺跡にあったのと同じかしら?」
 ロヴィアーネが借りてきた地図を、見直している。
 毛がレイにたずねている。
「聞こえたのか?」
「ええ」
 レイがさきほど屋敷にあいさつに言った際、地面の底を流れる水の音を聞き分けてきていたのである。
「場所的にはちょうど屋敷の場所であろうな。それにしても、おもしろい!」
 鉱物知識をもつドワーフの目は、門に使っている石材が屋敷の外壁と同じことであったことを看破していた。
 しかも、
「やはり、あの紋章があるな」
 門柱には、婦人の家紋があった。
 ほぼ、情報はそろったといっていいだろう。
「さて、帰るとしましょう」
 誰となく誘い合い、その冒険が終わる――かに見えた。
「ちょ、ちょっと!」
 全員が背中を見せたときだ、魔の石像が動き始めた。
「デーモン!」
「ゴーレム?」
 ちなみに、この石像の化け物はガーゴイルという。
「戦乙女よ、我等に御加護と勝利をもたらし給え!」
 ベルティアナの祈りが開始の合図になった。
 戦いがはじまった。
 空から襲い掛かってくるガーゴイルの爪を避けながら、まず前後入れ替えが行われる。
「ハンマーを持ってきて正解だったわね」
 ロヴィアーネが苦笑すると、木刀を手にした楊が一言残して右側に駆けていく。
「ハンマーじゃあ疾風の傭兵の名前が泣きますね」
「あなた!」
 せっかく考えた自分の台詞を姪に奪われながらも、叔母は左手側にまわる。
 エカテリーナがレイの盾になるように、その前に立って剣をにぎる。
 毛の体がかがやくと魔法が発動する。
 ガーゴイル飛び掛ってくる、木刀がその動きを制し、ハンマーが砕く!
 クリティカル!
 その一撃が羽の片方を砕いた。
 石の獣が咆哮をあげ水門脇の広場に舞い降りた。
 もはや飛べなくなった化け物を冒険者たちが囲む。
 石の化け物は、その姿が模した化け物ほど恐ろしくはなかった。
 効果的に傷をつけ、戦いも終盤にさしかかった頃、石の化け物は、最後にひとりでも道連れをしようと飛び掛ってきた。
「あぶない!」
 レイがエカテリーナを押し倒すと、ガーゴイルはその上を過ぎ、そのまま闇の底へと落ちていくのであった。
「終わったな‥‥」
 毛が、ぽつりとつぶやいた。
 その言葉で終わったのならば、美しかったかもしれない。
 しかし、冒険者は冒険者である。
「ドィブロカフさんにアイテムを贈る約束をしましたのに‥‥」
 ベルティアナが岸壁からのぞむ闇の底を見下ろしながら、ため息をついた。
 そのとき、全員は、はたと、その重要性に気がついたのである。
「アイテムを置いていけ!」

 ※

「そうかえ」
 メイドの託を聞き終えると、さがるように命じ、ドゥブロフカは衣を脱いだ。白い素肌が足元にかがやく水上の魔法陣のかがやきに青白く照らされている。その肌のこまやかさは、まちがっても老婆のものではない。
 そこは屋敷の裏の森――
 湖がひろばる場所であった。
「あのかわいらしい娘たちがやってきておったのか、会えなかったのは残念じゃな」
 ドゥブロフカは好物をのがした優美な獣のように真っ赤な唇をなめる。
 それも、しかたがない――
「また、この季節がやってきたのだからな――」
 いつしか、雪がふりはじめていた。
 眼前の湖は鏡のように静まり、白い裸体がその水面に映る。
 しかし、それは、すでに数十年以上もの間生きている人間の女のそれではけっしてない。なに者かの加護ゆえであろう。そして、その加護を維持する為には、なにがしかの代償を必要とするのかもしれない。
 女は水の底を見つめた。
 湖の底に青白く何かかがやき、そのほの暗い光に、かつてドゥブロフカが愛した女たちの骨が転がっている様子が浮かび上がっていた。
 そして、今年もまた、そこに女の骨が増えることとなるのであろう。
「美しきことこそ招待状なのだからな――」
 じきに舞踏会の日となる――ドゥブロフカが愛し、愛し尽し、そして、その美の糧となる女たちが選ばれる日が‥‥――