【大掃除】今年最後の大掃除
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月29日〜01月03日
リプレイ公開日:2007年01月07日
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●オープニング
「今年も、あとわずかざますね」
指折り、今年の残りの日数を数えてザマス家の当主が執事に言った。
「そうですな。今年もいろいろ――ありましたな」
羊皮紙の束に目を通しながら、執事が応じる。
奇妙な受け答えと間である。
いつもならば、もっと鋭く応じそうなものなのだが、きょうはなにごとか考え込んでいる様子で、かつての騎士はなかば物思いにふけている。
その唇が音にならぬつぶやきをもらした――
(「悪魔の襲来か‥‥」)
最近、セーヌ河畔であった一件に関する報告書の写し――このような重要書類をどこから手にいれたのか――に執事は目をやる。
(「(我が家にも関係のない話といわけでもないかな?」)
秋ごろ、彼の主人の所有する酒蔵にグレムリンがあらわれ、冒険者たちによって捕獲されたということがあった。
(「敵対する貴族にも、狙われているか? それとも、あの女の遺産か? 女‥‥? そういえば、ショウタさまが小悪魔を連れて行ったと報告があったが‥‥あれは、いまはどうしたのだ?」)
いくつかの可能性が頭のなかで瞬く。
そして、それに対する対策を考えていた男は、ふと顔をあげた。
「――どうしたざますか?」
耳元で主人が大声をあげていたのだ。
「すこし眠っていましたよ。最近は、わたしも歳でしてね」
ウソをつく。
しかし、口にはザマスが望んでいた問いをのぼらせる。
「それで、今年も宵越しの宴をやるのですか?」
それは疑問ではなく、断定である。
笑いながら鈴を鳴らした。
メイドたちがやってきて、執事から宴の準備をするようにと告げられる。
それぞれの性格にあわせた表情をしてみせて彼女たちは、自分の仕事へと散っていった。
宵越し宴とはザマス家の恒例の行事である。つまるところ生誕祭の祝い――ふだんのそれは一族だけのひっそりとしたものだ――と新年の祝いをいっしょにやってしまおうというもので、世話になった人々を集めてパーティーを行おうというものだ。
「それで、今年はなにを?」
いまの自分にとって、そのようなことはザマス家にさえかかわってこなければ関係のないことなのだ。
「ショウタを正式な跡取りとして紹介しょうかと思っているざますが、いかがざましょうか?」
※
部屋の中は暗い。
窓を締め切り、ザマス家の次期当主であるショウタは椅子に腰掛けていた。その前には黒い影がある。
羽をばたつかせ、みにくい顔をしたそれは少年に語りかけていた。
「さあ、いよいよだな!」
「本当にやるのかい?」
それは応える。
「もちろんさ。こんな機会はないだろ? 多くの人間どもが集まるんだろ、それこそいい生贄になる!」
「でも、そんなことをしたら‥‥!?」
ショウタの反抗的なそぶりに、それの目がぎらりと輝くと、
「師匠に会いたいのだろ?」
その耳元に、それがささやく。
そのとたん、ショウタの目から光が消えた。
「はい‥‥――」
そしてもはやその声に正気はなかった――
●リプレイ本文
招待状を読み終え、ギルドの女主人は、ふと開きかけの扉に目をやった。
(「寒いと思ったら、あの娘たちったら‥‥あら?」)
ギルドの中に見慣れた人影を見つけた。手元の招待状に目をやりなおし、彼女は耳栓を用意した。しばらくすると、案の定、すでに恒例行事となっている怒声が響いてきたようである。
(「聞こえない‥‥聞こえない――と」)
彼女の手元にある手紙にはザマス家でパーティーがあるということで、世話になった人々にいかがですか? というお誘いの文章が書かれているのだ。自分も呼ばれているが、ザマス家の主人に会わないといけないかと思うと、気が重い。しかし、招待状とともに執事から届けられた手紙も気になる。
確かに悪魔達の動向が心配だ――
(「ならば、この件は、あの人たちに頼みましょう――」)
※
「これは、お気に入りの服なのだね♪」
ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は木々の枝葉を刺繍として織り込んだシルクのドレスを身に着けるとくるりと一回点してみせた。スカートの裾が大きく開き、白い大輪の花が咲く。暖炉の炎が、白いドレスの花を朝日に染まったような暖かな色合いに染めあげている。それは、暦があらたまってもなお遠い季節の幻であった。
防寒用の上着を羽織り、出かける準備は完了。
暖炉燃えさかるギルドの扉を開けると、寒風吹きすさぶパリの街並み。
ギルドの面々にあいさつ――
そのさいギルドの女主人からザマス氏に対する言伝も頼まれた。
「つまり、面倒なことは任せたということなのだね?」
頬を、ぴくつかせながらもギルドの女主人は彼女たちを見送った。
会場の屋敷までは、それほど遠くはない。
東洋の国々と比べると、パリでは聖夜祭のあとの新年は大々的に祝われものではない。今晩、人だかりができているのは、東洋人たちの居住区とザマス家の屋敷くらいなものだろう。
最近では顔見知りになったメイドに入り口の場所で会い、人のいない裏門から入ることができた。
「フランク王国から参りました騎士コルリス・フェネストラ(eb9459)と申します。この度はパーティにお招きいただきありがたく存じます」
銀色の髪をした娘が、片膝をつきザマスの前で騎士の挨拶をした。
「まあまあ、そんな形式ばらなくてもいいざますよ。はじめまして、これまた、かわいらしい娘さんざますね」
「ありがとうございます。ところで、私は楽士ですからパーティーの合間に楽器を演奏したいのですがよろしいでしょうか?」
彼女の脇には楽器が入っていると称する、やけに細長い袋があった。
「別にいいざますよ」
主人は簡単に許可したが、執事が一瞬だけ鋭い視線で、それをにらんだ。
しかし、それもほんの瞬きの間、
「まあ、いいかな」
と承諾した。
そして、ちょっと頼まれごとをしてくれと言われてコルリスはメイドに別の部屋へと連れて行かれた。
「お話があるんだね」
コルリスの用件が終わったところで、ウィルフレッド・オゥコナー、通称ウィルが執事の名前を呼んだ。そして、背の高い執事の耳元にウィルが背伸びをしながら、その耳元になにごとかつぶやくと、執事は首肯しウィルの耳元になにごとか言い返す。ウィルはくすくすと笑った。この件に関係あることなのか、ないのかは微妙だが、そんな男女のやりとりがあった頃、そんな関係の専門家である大宗院奈々(eb0916)は杯を片手に――彼女の主観において――男という男たちに声をかけていた。
「ヘイ! 彼氏!」
なかば冗談なのだが、そんなおどけた調子で大宗院はパーティー会場の花となっていた。むろん、ザマス家ほどの格式ともなれば王の代理人や貴族といった貴賓も多いし、それに付き添う同伴の姫君たちも宮廷の名高い花たちばかりだ。しかし、その中にあっても大宗院という花は艶やかに咲いている。これがもし――最悪の状態を想定しているゆえなのだが――礼服などではなく、オリエンタリズムを感じさせる――つまり、花魁のような――格好であったのならば、さぞや恋の浮名を流す姫君として、その夜の主役になっていたであろう。
「おぉ、元気だったか。まぁ、ショウタには十五歳になるまでにいい男になってもらわないとあたしが困るので、がんばれ」
酔っ払いは無礼講。
そんな故郷のことわざのごとき態度で、杯を手にした大宗院はあいさつがわりとばかり、ショウタの髪をぐちゃぐちゃにした。しかし、そんな行動をとる大宗院の目はしらふの時のものであった。ショウタの様子がおかしいと内々に聞いているのである。
(「ほぉ‥‥」)
確かに、少年の瞳は尋常なものではない。
返ってくる返答も、
「はい‥‥」
とだけであり、この行為に対する非難はない。声も弱々しく、応えているというよりも応えさせられているという雰囲気だ。
(「なにか操られているようだな‥‥」)
そのまま酔っ払ったふりをして、大宗院はショウタの背中を叩いて、人ごみの中に戻っていった。
「ハーイ、そこの彼氏! わたしの酒を呑まないかい!」
「わいのことか?」
「いけない、いけない。酔っ払ったのかしら、緑の置物がしゃべっている幻聴が聞こえたわ」
大宗院は頭をかかえてみせ、周囲の男たちの注意を引くと、話の出だしとしていた。
応じたのは、中丹(eb5231)である。
「な〜んか気になる言い方やな」
そう言いながら、もう一度、
「な〜んか気になるんや」
中丹はため息をつきながらテーブルにならべられた食事に手を出していた。
執事からショウタの様子がおかしいと内々に相談を受けたのだ。それに、ウィルがなんとなく思い出したような調子で、
「あそこの坊っちゃん、何だか怪しいのだよね。あの小悪魔をどうしたのかな?」
と言っていたのも気になる。
「せやからあんまり食欲わかへんなぁ」
テーブルの上に配られた食事をきれいに片付け、さらに隣のテーブルの食事もパクパクムシャムシャ。それでも心痛の為か、ふだんよりは小食だ。
「おや?」
会場の中央でメイドたちが人払いをし、さらにテーブルをのけると、パーティーにつどった楽士たちが集められた。メイドのひとりが、今宵かぎりの楽団が作られたことを告げる。
楽団員たちが、それぞれの楽器と椅子を持ってきて、腰掛けた。その中にはコルリスもいる。臨時の指揮者が指揮台に立とうとして、ころり。どっと、笑いが起きて、ひとつ、こほん。そして、観客たちに手をあげ拍手を要求した。
はじめは、小さな拍手が鳴った。
もういちど、こほん。拍手を要求。
ふたたび、拍手。なればと、もっと大きな拍手を要求。ならばと、さきほどよりは大きな拍手。はいはいはいと、こんどは楽団に音楽を要求。そして、拍手と音楽を指揮する名演となる。名も知らぬこの人物は、ひとをのせるがうまいらしい。そして、その技術はこの楽団の演奏にもうまく作用した。観客が盛り上がっていて、楽団員たちの力がはいらぬわけがない。コルリスも、これほどの熱狂的な中で演奏したことはなかった。自分も、それに応えようといつも以上に力が入る。しかし、指揮者がうまくコルリスの手綱をしめる。あたかも、熱狂の中にあっても冷静さを忘れぬようにと諭すような指揮ぶりだ。そして、それに反して観客には盛り上がるようにと指揮し、やがて楽団の音楽に客たちの歌声が重なり、その小さな音楽会は終了となった。
さて、満場の拍手喝さい、ブラボーの嵐の中、コルリスが安堵のため息をもらすと、ふたたびメイドが声をあげた。
ザマスのあいさつがあるのだという。
観客の歓声はあきらめに似たざわめきに変わった。
ザマスの長話はことのほか有名で、ふだんから、そのおしゃべりにつきあわされている者も招待客の中には多いのだ。もっとも、めずらしいことにその日のザマスのあいさつは短く――それでも、参加者の何人かは眠ってしまい、遅れてきた客の食事が一通り終わるくらいはかかったのだが――それが終わるとショウタが衆目の前にあらわれた。
彼のそばにはうずたかく積まれたパンの山があった。
ショウタは顔を下にむけ、ぶつぶつとつぶやく。
そして、周囲がざわめく中、顔をあげると感情のない声で悪魔崇拝の言葉をつぶやき、呪文を唱えた。
「みなさんには、死を――」
(「けけけけ‥‥」)
という不気味な声がしたかと思うと、ケーキが割れ、黒い不気味な生物が出てきた。
裂けたような口をした邪悪な生き物である。背中に黒い羽があり、その外観はどことなく秋にザマス家の酒蔵に出現したモンスターにも似ている。
突然、そのモンスターの目に矢が突き刺さった。
コルリスが楽器とともに隠して持ち込んできた弓を引いたのだ。
中丹のウィップが跳ぶ。
「さあ、こっちなのだよ!」
ふたりが戦っている間にウィルが手はずどうりに、メイドたちと協力して客を屋敷の外へと誘導する。
「言っても無駄とは思いますが、ここは人間の宴会場です。悪魔の方々にはお引取り頂けないでしょうか? お聞き届け頂けないときは、その…『多少』不作法になりますが、後悔して頂く、ということになります」
すでに、多少を超えたダメージを与えてしまっている。
敵が、素直に聞くはずもない。
しかし、ふだんであったのならば、このモンスターを相手にふたりで戦うというシチュエーションは無謀なものであったろう。しかし、今回はファーストアタックで、幸運にも敵の目に突き刺さった矢がきいた。
悪魔は、矢をはずそうともだえ、あばれ、戦いどころではないらしい。
コルリスと中丹の攻撃もなんとかかんとかヒットし、あたりには血しぶきが飛び散る。そして、最期となる。
「あんた、なにをやっているんだい?」
それが、その悪魔が聞いた最後の言葉であった。
それは完全な不意打ちである。
インプの首元に手裏剣が突き刺さり、それは致命傷となった。
首をまわそうとしたままインプが血を吐き絶命する。
その背後にいは、大宗院がいた。
※
「説明しないといけません。ぼくの責任なんですから‥‥」
そう言って、ショウタは誰もいなくなった会場の椅子に腰掛けた。
中丹が遠まわしに、原因を教えてほしいと言ったことに対して少年は素直に応じた。自分のしでかしてしまったことに、やはり戸惑いを覚えているらしい。
(「誰かに聞いてもらうことが謝罪なんだね」)
エルフがカッパに、そうつぶやく。
「ぼくは以前、ある魔女の先生のもとにお世話になっていました。本当にやさしくて、綺麗な方で――」
しばらくショウタの先生に対する思い出話が延々とつづいたが――さすがに孫である――先年の悪魔の襲来の折、その魔女は行方不明になったということであった。そして、彼女がもともと悪魔崇拝をしていたことを知ったのは後日。そして、その心の隙に悪魔が忍び込んできた。
「先生に会えると言われて‥‥」
※
「やれやれ‥‥」
人のいなくなった会場の壁に背をもたれて、大宗院は酒をちびちびと呑んでいた。
気に入った男たちと、いくつかの約束をとりつけていたが、こうなってしまっては今晩も独り寝になるのだろう。
「やはり、お前だけか‥‥」
女は懐の手裏剣をさすった。そのさまは、あたかも夕闇に、ぽつりと咲く野の花という風情である。
(「花のいろはうつりにけりないたづらに 我が身よにふるながめせしまに――」)
正月によく故郷の娘達とやった、かるたの言葉が思い出された。
「ご苦労でしたな」
そんな時、大宗院の横に背の高い男が立ち、杯をさしだした。
「お、ありがとう」
「いろいろとあった一年ですが、いろいろとお世話になりました。主人に代わって――先ほどの件もあって、まだしばらくショウタさまの跡取り就任はしばらく延期となりましたがね――お礼を申し上げます」
「いろいろとあった一年だったよ」
受けた杯を飲み干し、大宗院はぷはっと息をついた。
「そうですか――」
「いい男にはめぐまれなかったがな」
「それは残念」
執事は小さく笑い、ふと表情をあらためた。
「カッコいい男はいないの‥‥か‥‥――」
いつしか静かな寝息をたてながら、大宗院がその肩にもたれかかってきたのである。男は目を細め、彼女を床に座らせ、横にすると、そのやわらかな髪をなでてやった。
青いまなざしが優しく、黒髪の娘を見つける。
「あなたにとって、よい出会いのある一年であるように――かわいらしいお方――」
上着を大宗院の肩にかけると、その額に、そっとくちづけして、シュバルツはメイドたちを呼んだ。