叛逆の王家〜追想

■シリーズシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月17日〜04月22日

リプレイ公開日:2007年04月25日

●オープニング

「新しい迷宮が発見されたわよ」
 パリのギルドに、その報が届いたのは、まだ春浅き一日のことであった。封を切ったばかりの手紙を手に、ギルドの貴婦人が客間へとやってくる。
「ほぉ‥‥」
 しばらく部屋で待たされていた客が興味深げに顔をあげた。
 待たせているあいだに出した紅茶はすっかり飲み干されたようだが、うっすらと匂ってくる酒の残り香はいかがなものか。
(「あの娘たちったら」)
 女の口元に浮かぶは微苦笑。
「どうしたのかな?」
 わかっていて、そんなことを言うか。
「いじわるな人ね」
「さてな、女性にはやさしいつもりではいたがな。それにしても、あのおてんば娘も、きれいになったものだね、フロランス」
 つきあいの長い男は、彼女の髪に手をのばし、軽く口付けをした。
「あらあら、あいさつだこと」
 そんな男の手を軽くあしらい、その甲をめっとたたく。
「そんな風にして初心な娘たちから、お酒をせしめたのかしら?」
 男は苦笑してみせた。
 昨日までの市井の男が今日には身を改め、騎士姿になったとしても、その本質は変わることはない。例え、その身にまとう紫衣の外套が親衛隊のものであるとしてもである。
「それで、その迷宮とやらはどこにあるのかな?」
「サンスからさほど遠くはない‥‥しかし、政治的には不安定な土地‥‥」
 事情を察する女は意味深長は物言いをする。
 この男ならば、それで十分だ。
「ペルトラン・ド・ブロア公爵の土地というわけだな」
 彼がギルドにやってきたのも、その土地に用事があってのことである。それを知っての挑発だ。
 なつかしい名前を口にしたわとつぶやき、貴婦人はギルドの人間らしいことを言う。
「ただ、あのあたりってしばらく前、疫病もはやったことがあるし、事前調査が必要ね。とりあえず最低限の人間を派遣して環境の調査。遺跡の規模の確認、さらには補給の規模がどれくらい可能か‥‥そうそう、そのためには地図も必要かしら?」
「なぜだい?」
「街道の様子も知る必要があるでしょ? 現在ある地図が、どこまで信用できるかわからいもの。まあ、そんなこんなでそんな周囲の様子を調べてきてもらう必要があって、人員を派遣するつもりだわ」
「領主殿にもあいさつを忘れずにな」
 男が付け加えた。
 フロランスが意外そうな顔をする。
「それだけで十分なのかしら?」
「そうだな‥‥まずは、それだけの情報があればよしとするべきだよ。どうせ、長い仕事になりそうだしな。どのような人物なのか見聞してもらうのも悪くはないのではないかな? どうせならば、私か、あるいは彼に一筆を書かせるよ」
「あらあら、ずいぶんな気の入れようで。それで、それは、はじまりなのかしら? それとも、再開?」
 いまはシュバルツ・カッツと名乗る隊長はこんな微苦笑をするだけであった。
「ところで、それらの願いがすべてかなえられると思っているのかな?」

●今回の参加者

 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb5231 中 丹(30歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb9482 アガルス・バロール(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

 大陸の風とは、こんなものだったのか。
 シュネー・エーデルハイト(eb8175)は足元から吹き上げてくる風を受けながら、自慢の髪を押さえた。街道沿いの木々の枝葉は、夏の盛りにくらべればはるかに柔らかな淡い色をしている。まだ強烈ではない春の日差しに、さわさわとゆれる葉の影が街道を彩っていた。
 ふりかえれば、パリに向かってふたつの支流が合流して、セーヌ川の本流となって平野を流れていく。川辺に広がるなだらかな田園には葡萄畑がつらなっている。このあたりからサンスにいたるまでが、今回、世話になる領主の土地だという。
「お腹がすかへんか?」
 中丹(eb5231)がぎゅっと鳴ったおなかをさする。
 なんにしろ、これから領主と会うのだ。お腹をすかせたままで会って食事にむさぼりつくというのも外聞が悪い。交渉ごとというものには、多かれ少なかれ見栄が必要なのである。
 ちょうど、街道脇にこんもりとした小さな森があり、そのそばには宿屋があった。
「鳩が葡萄の蔓をくわえているわね」
 今回の記録係を買って出たシューネが、その店の看板におもしろいものを見つけた。
「葡萄の蔓亭か。あら、店名の下になにか文字みたいなものが刻んであるわ。なんて、書いてあるのかしら?」
 彼女の知らない文字が連なっている。
「クォ・ヴァディス」
 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が、その単語を口にした。ラテン語のわかる彼女には、その落書きの意味がわかる。
「いずこへ行き給う」
 聖書の中にある言葉だ。そして、誰が書き込んだ言葉なのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、中へ入ると、そこは田舎によくある酒場に寝泊りできる部屋もあるという形の宿屋であった。
 昼もいくらか過ぎた時分で、村人たちの姿はない。
「聞きたいことがある」
 真ん中にあった数人が座れる丸机を占領した客たちに主人が御用聞きにくる。
 アガルス・バロール(eb9482)がコインを机にだした。
 注文を受けにきた男はコインをまじまじと見る。その顔は、故郷で見た猿を思い出させる顔やと、華仙教大国出身の河童は思った。
「ダメじゃ」
 やがて、主人はコインをアガルスにつき返した。
「なんだ?」
「情報が欲しいのだろ! だから、ダメなのじゃ!」
 アガルスは机をたたき、立ち上がった。
 まわりの顔が、一瞬、青ざめる。
 巨人のアガルスが宿の主人を見下ろす姿は、まさに巨人と小人である。そうであっても、アガルスのまなざしを受け止める主人の余裕のようなものはなんなのであろうか。
「なにを言っているんだ!? 意味がわかないぞ!」
「あの方が死んでからは、ダメなのじゃ」
「だから、何を言っているんだ!?」
「領主の奥方様が亡くなってしまってから、だめなんじゃよ。お若いの。そうそう、もし、これから領主殿にお会いするのならば覚悟することじゃな」
「なんだ?」
 猿の顔をした小男はにやりと笑った。
「奥方様が亡くなられ、あの女が後妻として嫁いできた以上、なにかが起こるんじゃよ。そうそう、お昼はパンとミルク。あるいは自家製のワインで、いいじゃろ? すこしわけありで水は使いたくないし、それに、ここは現在、食糧事情が悪くてな、それしか出せんのじゃよ」
 そう言い残して、主人は厨房に消えていくと、化かされたような表情の冒険者たちが残されたのであった。

 ※

 川の中州に作られた領主の居城は、その爵位からすれば簡素すぎるほどのものであったろう。実際、中にあるものは美術品のようなものは皆無に等しく、いまは枯れてしまった野の花や子供が作ったらしい粘土細工が無造作に飾られている程度だ。
 一通りの飾りつけはされているものの、どちらかといえば殺風景な居間で待たされていると、公爵がみずから会いにきた。
「手紙は読ませてもらったぞ。あの娘も普段は手紙のひとつも寄こさないくせに、こんな時にばかり無茶を言ってきおるわ。それで、人の土地でどんな悪戯をしようというのかな?」
 屈託のない笑顔で領主が冒険者たちに握手を求めた。
 ギルドの主人は語る。
「ペルトラン・ド・ブロア公爵。公とはいっても現在の国王とは親戚というよりも縁戚と言っていいほど血統的には離れていて、王位継承順位もかなり低い。実際、宮廷の中には、なぜいまだに彼が公爵なのか不思議がる人もいるほどよ。でもね、それは、昔を知らないからなの」
 ジュヌヴィエーヴの耳元に、紹介書を渡してくれた女性の言葉が蘇る。
「さきの戦争で、彼がどれほどの活躍をしたのかを知っているのならば、そんなことは言えはしない。数々の戦いで彼と、その部下たちがあげた武勲の数々。騎士団とその功を分け合い、戦後、宮廷で確固たる地位を得ていてもおかしくはなかった。でも、そうはしなかった。あの娘がいたから――あら、ごめんなさい。昔話になってしまって。つまり、彼は実力でその地位を維持しえたのよ」
 英雄的な騎士を、その主人とすることを望む女の前にその姿がある。
 復興戦争の時代、すでに壮年であった人間ならば老いていて当然だが、この奇妙なまでのパワーはなんであろうか。白く長い顎髭をはやしてこそいるが、人間としては大柄な体はいまなお往時の面影があるようである。そして、なんという愛嬌だろうか。白い眉の下の青い目を大きくしてして客人たちに声をかける。その声も大きく、剛毅な将とは、こういう男のことを言うのであろう。
 確かに、知将などではなく常に最前線にいる猛将であったのだろう。
 実際、老いてなお闊達で、服の袖からのぞく腕の筋肉は、いまなお隆々としている。そして、気持ちもまだ若い。シュネーやアガルスが騎士であることを認めると剣の技や戦いについての論議に花を咲かせ、あるいは中丹には拳法の動きをやってもらい、自分も真似したりしている。
 けして上品とはいえないが、それが彼なりの気遣いというものなのだろう。
 だが、それが彼女の望むタイプの英雄であろうか。
「あるいは、王位を狙っていたのかもしれないわね」
 貴婦人のつぶやきが心の中に響き渡る。
「ご挨拶をさせていただきます」
 その思いを顔には出すまいとして聖職者は貴族に一礼した。
 宮廷には出ていないという男は、豪快に笑って堅苦しい礼はよいという。そして、真摯なまなざしでジュヌヴィエーヴを見つめると用件についての交渉ごとをはじめた。
 そして、会談は終わったのはすでに夕闇も近づいた頃のことであった。
「喰えない人ね」
 ジュヌヴィエーヴの、それが感想であった。
 確かに、数々の懸念に対する返答は色よいものとして許可は下りた。
 ただ、迷宮を調査すると耳にした時の、禁忌に触れることを極度に恐れる保守的な聖職者の戸惑いにも似た表情はなんだったのだろうか。
「あら!?」
 迷宮の見つかったという場所につくと、、そこは宿のそばの森の中であった。
「常宿にしろといわんばかりね」
「でも、こんなわかりやすい場所に遺跡があったんですか? なにか最近、迷宮が作られたみたいですね」
「そういや、そんな悪魔もおったわ」
「悪魔だと!?」
「名前はよう覚えておらんのだけれど一晩でダンジョンを作れるお方らしい」
 専門家が口を挟む。
「マルバスのことでしょ。一晩で城壁を作ったという伝説もありまし、ノルマンのあちらこちでダンジョンが発見されることを私も不思議に思っていましたけれど、マルバスがからんでくるのならば、なんとなくわかります。でも、今回は、そのような存在はからんでこないと私の心の中で神様がささやいていますけどね」
 最後の微笑みは神の啓示か、いつもの天然ボケ微妙なところである。
 なんにしろ、遺跡の探索はこうしてはじまったのであった。

 ※

 翌日以降、いろいろな下調べをしているなかで、こんなことがあった。

「どうだった?」
「ひでぇ水やったわ」
 ぺっぺっと水からあがった河童がつばを吐く。
「まるで、まずい物を食べたみたいだな」
 アガルスが笑いながら中丹にタオルを手渡した。
「そうや!」
 体をふきながらも、中丹の声は鋭い。
「春の雪解け水はおいしくないのかしら?」
「ちがうんやわ。そらあ、雪解けの水はいいんだがな、川底に変な壷のかけらがあったんで見てみたんやが、それが毒かなにかが入ってみたいでな」
「毒だと!?」
 アガルスが叫んだ。 
 シューネが目で合図を送る。
 三人は、あわてて口をふさぎ、あたりに注意を払った。モンスターや脅威を相手に、まがりなりにもこれまで生き残ってきた者たちの注意深さである。
 自然、その後の会話は小声となる。
「それでは、領主の奥さんや子供が亡くなったというのは?」
「そらあ、わからへんわ。ただな、おいらの勘が正しいのならば領主はんの不幸は偶然ではなく、必然のできごとやったわけや」

 ※

 夜の帳が降りてくる。
 早くも最終日の夜となった。
 きょうは宿には戻らず、遺跡のそばで夜をあかすことにする。夜間にモンスターが襲ってきたりしないか調べる為でもある。
 テントの脇でシュネーがランタンの下で報告書類をまとめていた。
「――なお、迷宮の出入り口の周辺ではすくなくとも昼間にはモンスターの姿は確認されなかった。ただし、迷宮内部へと向かう足跡が多数発見されている。近隣の住人たちによると、役人たちで出入りしていた者もいるらしい。そこからギルドに情報があがってきたとも想像できるので軽率な想像はやめたい」
 ここまで書き終えたところでシュネーは筆を止め、まぶたを指先でマッサージした。
「すこし、疲れたかな」
 そうつぶやきながらカップに手を伸ばし、その脇においてあった愛剣をにぎると、ふりむきざま切りつけた。
 殺気はまだある。しかし、手ごたえはない。
(「外したか」)
 思うまもなく、シュネーの頬に血がふりかかってきた。
(「でも、ないか」)
 指先で、そのねっとりとした感触を認めて彼女は叫んだ。
「アガルス!」
「おう!」
 テントがぱっと開き、巨人が飛躍する。
 夜間の襲来にそなえて目をつぶって暗闇に慣らしおいたのが利く。
 黒服を着た人間らしい敵の姿を見つけた。そして、あたかも、天から飛来する神の一撃のごときすさまじさで斧を頭上からふりおろす。
 一撃。影をほふった。
 そして、つぎの気配をさぐる。
 いや――
「撤退したか」
 もはや闇の中に敵の姿はない。
「手際がいいわね」
 シュネーは敵の引き際のよさを褒め称えた。
 しかし、それは同時にこれから戦うことになるであろうその者たちが面倒な相手であることの証左でもあった。
 それは、中丹の言葉からもうかがえる。
「いつの間にやら、バックパックの保存食の中に毒のもんが、まぜてあったわ」
「用心のいいやつらだな」
 アガルスはあきれたように頭をかいた。
「こんな予定ではなかったのだがな」
 夜の風はまだ冷たく、きょうは一段と寒く感じる。あるいは、過ぎ去った季節が戻ってきたのかもしれない。