【叛逆の王家】 解放
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 24 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月20日〜07月23日
リプレイ公開日:2007年07月27日
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●オープニング
「おまえ‥‥」
ベルトラン・ブロアが愕然としたのは、パリから戻ってきた、その夫人の姿を目にしたからだけであったのだろうか。
「あら、わたくしが帰ってきてはおかしいかしら?」
黒髪の女が笑った。
あくまでもほがらかで、艶かしく、そして、なんとも残酷な――あたかも獲物を前にして舌を舐めづりする蛇にも似た微笑を浮かべながら妻が夫のそばに近づいてくる。
ベルトランの足が自然、後方へとさがり、その手が、いつしか腰にゆく。
(「――そうだ、あの日、わしは――」)
「消えうせろ!」
女を斬った。
ほんのわずかな再会であったというのに、ベルトランは全身で汗をかいている。
(「この女は――」)
男は、女の死体を見下ろし――
「えッ!?」
そこには死体はなかった。
かわりに、その驚きの表情を見せるベルトランの顔がいくつもある。
「あらあら‥‥パリに行っているうちに術が解けてしまったのかしら?」
なおも、くすくすと笑う声がする。
ベルトランが斬ったのは鏡の虚像。
では――
「遅いわ!」
ふたたび嘲笑がした。
「アウラウネ!?」
鏡の破片を砕くヒールの足音がしたかと思うと、背後をとられた。そして、女とは思えぬ力に拘束されたかと思うと、首元に冷たい吐息がかかる。
「あんなに愛し合ったのに無粋な方ね」
ねじられた手から剣が落ちた。
「貴様がわしの心を弄んだのであろう! デビルめが!?」
「なにをおっしゃるのかしら」
笑いながら、アウラウネはベルトランの首元に口付けをすると、その言葉を耳元にふきこんだ。
「わたしは、あなたの心を解放しただけ――」
力が抜けていく。
百戦錬磨の男は、なすすべもなかった。
やがて、ベルトランの顔を正面にすえるとアウラウネの瞳が妖しくかがやく。もはや、その瞳に見つめられてしうとどうしようもない。
そして――
「偉大なる悪魔のお力添えを――」
そっと、老人の頬を両手におさめると、赤い唇が老人のそれをふさいだ。やがて、ベルトランの唇から血が流れ、砕け散った鏡で描かれた魔法陣に落ちた。
かくして、契約はなされた。
その目を細め、女は命じるのであった。
「さあ、はじまめましょう―― あなたの軍を再生さしめ、憎むべき者たちを征伐いたしましょう――そして、王位をウィリアムから奪うのです! そして、ノルマンに我らが悪魔王朝を誕生させましょうぞ簒奪王よ!」
※
「閣下!?」
遺跡そばの宿の主人が目を覚ましたのは、寝苦しい夢のせいであったろうか。
風もない暑苦しい夜である。
目覚めだというのに疲労感を覚えながら、窓を開けると夜はまだ浅い眠りの中にあった。朝まで、まだしばらく時間はあるだろうか。
すこし早いが調査団の朝飯のしたくをしなくてはならないだろう。
それにしても――
「いやな夢を見た‥‥」
男は、深いため息をもらした。
彼はベルトランの配下として、復興戦争の時代を生きた男であった。そして、彼の軍隊がなくなったあとは、その兵たちの墓守となり、そこに居を構えていた。
(「おや?」)
こんな夜更けに歩く人影。
あわてて、姿を隠し、そっと除きみる。
蒸し暑い夜だ、窓が開いていてもおかしくはあるまい。
あれは――
「閣下‥‥」
ベルトランが何にかの部下の者たちを引き連れて調査団のテントににやってくる。そして、部下になにごとかうなづいて指示を与えると、
(「あッ!」)
部下たちはいっせいにテントを襲い、中にいた者たちを全員しばりあげてしまった。寝ぼけ眼には、なにが起こったのかすらわかっていないようだ。
と、そこへ、黒衣の女があらわれた。
「アウラウネ‥‥」
そして、彼女は捕まえた者たちに何事かすると、縄をほどき、手をたたいた。ふらふらと、まるで糸の切れた操り人形のようになって作業員たちは立ち上がった。
「さて、かの軍団の再臨の為の準備をはじめなくてはなりませんね」
その時、なぜかその声がはっきりと主人には聞こえた。
なんにしろ、すぐにギルドに知らせなくてはいけない。
主人は、すぐに数枚の手紙を書く。
そして、宿の屋上にある鳩小屋へと急いだ。
「間に合ってくれるといいが‥‥」
その足に手紙を結び、彼は数羽の鳩を空へと放した。
「さあ、パリのギルドへ伝えておくれよ――」
朝風の吹く中、紫だった明朝の空に鳥たちは羽ばたいていくのだった。
●リプレイ本文
風が吹いていた。
青い麦の穂を波のように揺らし、風は大空へと帰っていく。照りつける夏の日差しに向かっていくと青い空には夏の雲が雪をいだく山脈のようにそそりたっていた。
空からは、きらめくセーヌの河川に船が浮かんでいるようすが見える。
風が地上に戻ってくると、ゆるやかな丘陵の上にテーブルをだして茶を喫している、ひとりの女がいた。
「あら‥‥?」
女がたちあがると、ふたたび風が吹いた。
長い黒髪が揺れ、ドレスの裾も揺れる。そして、本当にうれしそうに――邪悪な微笑を浮かべた。
「いらっしゃい」
ひとりの娘の到来を歓迎する。
かつて、その心に悪の種を植えた神聖騎士の女だ。
その種が芽吹いたのか――騎士は顔をふせ、黒髪で目元を隠している。
「見てみなさい――」
女は指先のしぐさで、机の上に置かれた水晶を見るように薦めた。
水晶には、戦う者たちの姿があった。
老人が全身に鎧を着こんで、大剣をふるっている。
その齢から想像していたよりも遥かに俊敏で力強い。なにかの魔法の影響か、日々の精進、あるいはその両方の賜物であろう。
「ブロアの坊ちゃんもようやりおるわい!」
年上の人物に対しても小丹(eb2235)の口ぶりはふだんのそれと変わらない。ただし、口調の軽さが戦況のよさを物語っているわけでもない。
「遅いわ!」
小丹の回避よりも、相手の打ち込みのスピードがまさった。
剣先こそ避けたと思ったが、それはフェイントであった。巧みに繰り出された剣の柄をもろに腹に受けて、小丹は背後の墓標にぶつかった。傷ついた剣士に駆け寄りジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が小丹に薬を与えた。
さすが前の戦争の生き残り――伊達ではない。
すでに、腕にいくらかの自信を持っていたはずの前衛の者たちの多くが勝負を挑み、彼と同じようにすくならからず痛い目を経験している。
「まだじゃよ‥‥」
小丹は立ち上がると、東洋の龍をモデルにしたという鞭をふるう。これでブロアの動きを封じ込めるのが目的だが、なかなかうまくいかない。
「捕らえられた連中は簡単に解放できてよかったのだがの‥‥」
そうそう予定がすべて叶うというわけではない。
方向を変えながら蛇のように襲い掛かっていく鞭の攻撃を、ブロアの巧みな剣さばきで払う。しかし、そのできた隙に、こぶしにヌァザの銀の腕をつけた中丹(eb5231)が突っ込んできた。
そして、体を沈め、ブロアの胸元へ潜り込むと、こんどは一転、突き上げるような一撃をブロアの顎に向けて放った。ブロアの体が背後へ飛んでいく。
「まさか‥‥受けよった?」
しかし、こぶしに残ったのは不完全な感触だ。
大げさに背後へ飛んだブロアが、血のまじったつばを吐きながら立ち上がる。
避けることができないととっさに判断し、わざと体を浮かし、龍飛翔の力を弱めたらしい。初めて会ったときに、一度だけ教えたことがあったが、まさか、それだけで‥‥
「百戦‥‥百勝‥‥など、できぬわ!」
ジュヌヴィエーヴは、どきりとした。
慟哭にも似た、その叫びはなんであったのだろうか。
気がつくと、あたりの土が盛り上がってきている。
「おおぅ! 我が輩よ戦歌を聞いて目をさましたか!」
「反則や!」
中丹は悲鳴をあげた。
つまり、墓地で戦闘をおこなうこと。それこそがアウラウネという陰謀好きな悪魔の目的であり、手段であったのだ。
戦いこそが死者たちを呼び覚ますための儀式であったのである。
その意味では作業員が操られ‥‥あるいは、その報告を店主がギルドにしたこと自体、冒険者たちを呼び寄せる餌でしかなかったのだ。
地面から死者たちの指先が、手が伸びてくる――
「やらせないわよ!」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)の機転が、状況を一転させた。
「水たちよ!」
水の精霊に命じ、墓地の土をぬかるみにかえる。
まるで底なしの沼から逃げ出そうと、もがいているようにも見える。そこへ、季節外れの寒波到来。クーリングの魔法がぬかるみとなった大地を凍らせ、死者を地下に縛り付ける。
しかし、墓場は広い。
氷の魔法でまにあわない場所からは死者たちが復活してくる。
「ジュヌヴィエーヴさん!」
「はい!?」
ユリゼがシェアト姉からもらったソルフの実――あとで他の必要経費、使用アイテムと同様に騎士団から返品されたが――を食べ、魔力を回復させると、ジュヌヴィエーヴがまいた聖水を魔法で操つり、ズゥンビたちにぶつける。月の魔法を唱える者がいる。
戦況は好転しようとしていた。
それを察したブロアが、小丹、中丹のディフェンスを突き飛ばして突っ込んできた。
ジュヌヴィエーヴが立ちはだかる。
両手を広げ、聖職者は叫んだ。
「目をお覚まし下さい、ベルトラン様! 彼様な者に惑わされてはなりません! あのデビルの行おうとする事は、貴方のご家族と貴方に従った兵達の魂を汚す行為です。その様な事を許すおつもりですか?」
聖女は叫ぶ。
ブロアの魔法にかすれた目には、あの日の娘の姿が重なる。
「マルガレータ様もこの様な事を望んでは居られません。あの方は聖霊となって私達の前に表れ、こう仰いました『あの人の心に灯った野望の火を消して欲しい』、と。マルガレータ様の為にも、お心を取り戻し下さい!」
「マルガレータ!?」
ブロアが剣を落とした。
ジュヌヴィエーヴの手のひらが淡い白の光に包まれると、そっとブロアの胸に手をあてた。彼の目から狂気は失せていく。
中丹が復活した死者たちに向かって言った。
「人の心がのこっとるんじゃったら、命を助けてこそ騎士と思わんかい?」
かくして、水晶の中の物語は、ひとつの終焉を迎えた。
「あらあら‥‥」
悪魔は目を細めた。
目的は達せずである。
「さて、どうしたものかしら?」
作戦が失敗した以上、他のシナリオを発動させるまでのことだが‥‥
その為にパリには財宝を残してきている。
かの地の貴族たちには、まだ二重三重の仕掛けをしているのだ。
ただ、今回はこれでよしとしよう。状況を混乱に持ち込めただけでも、最低限の仕事はなした。素敵な恋人を手に入れることができたし、我が都に戻り、彼女とともに羽を休めるのも悪くはないであろう。
「ねぇブリジットちゃん‥‥?」
そして、やさしい声でブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)を呼んだ次の瞬間であった。
「えッ?」
はたして、死が永遠の眠りを与えるまでの時間のあいだにアウラウネは、自分がなされたことが何であったのかを理解できたろうか。
その胸を褐色の魔剣が突き刺している。
思慮深く、用心深く、そして他人を操ることには絶対の自信を持っていた悪魔はそれゆえに敗れた。
「滅びよ! ノルマンは魔が棲める所ではない!」
ブリジットの白い手を赤い血が染めていく。
アウラウネの両手がブリジットの頬を抱くように触ると、いたいけなまなざしで彼女をにらむ女の顔に口づけするように近づけ、なにごとかささやく――
「悪魔は塵に、死者は土に還る‥‥其が神の摂理!」
しかし、アウラウネの最後の言葉はブリジットの心を犯すことはなかった。彼女を悪の誘惑から守った護符が、その胸元でかがやいていた。
※
「なぜですか!?」
ジュヌヴィエーヴが悲鳴にも似た声で問いを発した。
夕べの川面には、とんぼが飛んでいる。
ブリジットによって契約の魔法陣も破壊された。
それなのに、この男は死者となったかつての部下たちとともに旅立つという。
風が吹いていた。
帆を張った船が風をはらみながらブロアを待っている。
「すまぬ――友よ‥‥」
戦姿の老人ははにかんだような笑みをみせた。
なにかを語りだしたら、それに対してどうやって反駁しようかとジュヌヴィエーヴが顔をこわばせて待っていた瞬間であった。
ブロアが、腕をのばしたかと思うと聖職者を、その胸にだきしめていた。
「えッ? えッ? えッ?」
あまりの出来事に頭の中はまっしろになってしまった。
「愚か者だと笑われよ。わしは英雄などではないよ!」
あるいは、かつての妻を手にした時、彼は同じことをしたのだろうか。
「この老人を行かせてくれ。どうせ死ぬのならば、たとえ叛逆者の名を抱こうと悔いて死にたくはない。それに、かれらだけを死地に赴かせるわけにはゆくまい」
ブロアは、復活した死者たちを祈りのもと滅ぼすことを許さなかった。そして、悪魔の意図に載ろうと正気になってさえも言う。
「わしはわしの生を全うし、わしの奥底になった欲望のせいで蘇った者たちとともに滅び、そして、死んでゆこう。たとえ、それが永遠の咎であってもな。それに、王に叛いた貴族たちの敗北の色が濃いそうではないか。ならば、よいけに行かねばなるまい?」
ブロアは笑ってジュヌヴィエーヴを放した。
「愚か者の義侠心じゃよ――天に召された妻は、地獄に落ちるにちがいないわしに苦笑しておるじゃろうな」
そして、ブロアは後ろへのくと跳んで船に降りた。
「さらばとは言わぬ!」
ブロアが大笑すると、漕ぎ出すように部下――であった――者たちに命じた。そして、かつて復興戦争の時代に叫んだ進軍の言葉をふたたび叫んだ。
「弱き者たちの旗の下に!」
小丹が去り行く船を目で追いながら、ぽつりとつぶやいた。
「わしはただの戦士じゃ、命を奪って日々の糧とする者じゃよいつかあっさりと逝ってしまうじゃろう」
「兄貴‥‥」
中丹が、はっとした。
「その時義兄弟も一緒じゃとええんじゃがな」
中丹は、ただほっほっほと笑うだけであった。
※
「はたして、これか彼らにとってよいことのかな?」
その夜、国王のもとへ呼び出されたシュバルツ・カッツはまず問い正された。
「叛乱を起こした、貴族たちのことですかな?」
各地での騒動は耳にしているし、公爵の件も冒険者からシフール便による一報を受けたばかりだ。
「お前の差し金か?」
うろんな目で王がたずねる。
「まさか――」
王は、シュバルツが裏で手を引いたのかと尋ねてきたのだ。
「デビルのしわざと聞いております。なんにしろ、ひとを買いかぶりでございますよ。すべてを知り、やりえるほど、わたくしの手は長くはございません。それに、もしそうだったのなららば、どれほどよかったか‥‥あの戦争の時に、ブレア公の兵たちをむざむざ殺されるようなヘマをしませんでしたよ」
「本当か!?」
王の鋭い視線が復興戦争の生き残りをにらんだ。
「本当‥‥とは?」
「あの負け戦――」
それは、復興戦争の末期にあったひとつの悲劇のことであった。
それまで常勝軍であったブロアと、天の使いともいわれた女の率いた軍が壊滅的な打撃を受けたことがある。壊滅とは、それ以後、軍隊としての体をなさなくなったということと同意である。しかし、そのブロア公の部隊をおとりとすることで王の軍が、その戦いで勝利を手にし、パリへの道を手にしたという経緯がある。
「私たちとっての勝ち戦であり、あの老人にとっての負け戦、それ自体が、お前の仕掛けた策ではなかったのかと聞いておるのだ!」
冷たい沈黙の間があった。
「いまは、私とお前のふたりしかいない」
王は配下であるはずの男に言う。
「これは王としてではない。ひとりの男として聞いておるのだ! よもや、私の治世の邪魔にならぬようにと戦いに乗じてベルトランの兵を殺めたのではないかと問うているのだ!」
年少者の問いに年長者は直接は応えなかった。
「過大な功‥‥」
暗闇に男の杖と足の音が響く。
「過大な功は、たとえ、それが身にふさわしいものであったとしても‥‥彼ほどの爵位と領土と兵持ち、そして、かの聖女を娶ったほどの男ならば、彼自身が望まなくとも、そのまわりには野心家どもが集ったことでしょう。ノルマンに王はふたりもいらないのでございます」
「貴様!?」
シュバルツは玉座の背後に立つと、背後から抱くようにしてウィリアムの顔のそばに口を近づけた。
「よい機会ではございませんか――この戦いに勝利しましたら、この叛乱をすべての貴族たちから権力を奪う理由とはしませぬか? むろん急いではなりませぬ。ゆっくりと、しかし確実に――かくして、我らが王朝の百年の計とするのです」