【影の舞踏会】 剣
|
■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月02日〜05月07日
リプレイ公開日:2007年05月09日
|
●オープニング
パリの街角に東より日差しがさしてきて、近隣には、にわとりの鳴き声が響き渡る。
郊外に畑を持つものたちなどは起きだし、すでに出かける準備をしている頃ではあるが、まだ惰眠をむさぼる者たちも多い時分である。しかし、それは同時に光が闇を散らし、かのものどものしわざを人の目にさらさんとしている頃あいでもあった。
すっかり酩酊して、ふらふらとなった男がやってきた。道をあちらに行ってはふらふら、戻ってきてはふらふら。と、そんな男の予想もつかない動きに犠牲者があらわれた。
「いてぇえな、こりゃ!」
男にローブをかぶった者がぶつかったのだ。
ローブが払いのけられ、豊かな金色の髪があらわとなった。しかし、印象的なのは、男を見上げる、その感情の色のない青い瞳だろう。そして、胸に抱く身丈よりも大きな剣。
男が怒鳴った。
しかし、少女は振り返ろうともせずに駆け足で街の中へ消えていく。
男は文句をたれ、あたりに人もいないのに、ぶつぶつと小言をいい、家への道をまちがって用もない角を曲がって、盛大に転がってしまった。
そして、再び転がった原因に文句を言おうとして、悲鳴があがった。
※
「これで、何件目なん!?」
方言まじりのため息をついた少女がいる。
一見、その背のちいささが目につくだろう。実際、騎士団でも下から数えた方が早いし、親衛隊の中にあってはダントツのおちびさんである。
しかし、その小さな体には数人分のパワーが詰まっているような、そんな、元気者でもある。きょうもきょうとてパリの街角に辻きりが出たと聞いて、いの一番にやってきたのは彼女であった。
死体を検分していた官吏が断じる。
「背中を剣先一発ですな。そのうえで身元をわからなくする為に首を切ったか」
「あるいは、それ自体が目的?」
言いながら、娘は眉をひそめる。
若いながら栄えある親衛隊に列せられるほどの者なれば軟弱な精神などはしていないはずなのが、していないからとって乙女の純情を失うほど世間ずれもまたしていない様子でもある。
「おっ?」
「どうしたん?」
検視官が、なにかを見つけた。
死後硬直で固まった手の中に、なにかがにぎられていたのだ。検視官に別の役人が手を貸してやっと、その手のひらが開いた。
「黒い逆さ十字架やん!」
血糊がべっとりとついた手の中から、異端なシンボルが転がり出てきた。
※
「それで、どうするのかな?」
紫隊からあがってきた報告を聞いた王は、そういって隊の指揮官に尋ねた。ただ、返ってきたのは熱意のない返答である。
「前々から例の預言者を信仰する一団がいるという噂もありましたし、調べてみられるのもよいでしょうな」
「他人事だね」
「もちろん他人事ですよ、陛下。調べるのは、彼女の仕事でございます」
「つれないな」
「私には、他にも仕事があるのですよ。なんにしろ、あの娘にやらせてみましょう。もちろん、他には手馴れた連中もつけますがね」
「手馴れた?」
「冒険者たちですよ。悪魔崇拝者たちには、こちらの動きを正確に察せられては困りますからな。それに、夜の身回りくらいしても問題はないでしょうからな。では、その手はずをギルドの方へしてまいります」
報告を終え、紫隊の男は王の前を辞しかけてた。
ふと、扉の前で足を止め、ふりかえりながら、こんなことを告げた。
「そういえば、あなたのご親戚の方がこぼしていましたよ。最近、年頃の娘さんの家出捜査の依頼が内々にギルドにくること多くなったとね。まったく、夜は悪魔の徘徊する時ですな――」
●リプレイ本文
「初めまして。ユリゼ・ファルアート(ea3502)よ、宜しくね。貴女の名前は?」
素朴な容姿をした少女が微笑みながら、依頼主に頭をさげた。
本当ならばもうすこし言葉を選んだほうがいいのだろうが、目の前の幼い容姿の少女を見ていると、そんな気分はどこかへ吹き飛んでしまう。
子猫のようにくんくんとかぎ、青い瞳をきらきらとかがやかせて騎士が応えた。
「あなた、草の匂いがするねん」
ジュネ・パープルと名乗った騎士は、今回の件の責任者であり、こう見えても紫のマントを羽織る親衛隊の副隊長なのだという。
ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)も挨拶をするが、騎士の目の位置に注目。ちょうど、目線の高さにジュヌヴィエーヴの胸がある為、ついつい見ることになってしまっている。幼女のような自分のそれと見比べ、すこし恥ずかしそうに顔を赤らめたのが、ほほえましい。ただ、そんな姿格好であっても、騎士であり、親衛隊であるだけの才はあるようでもある。
天津風美沙樹(eb5363)が、わかっている範囲でいいからと前置きして、失踪した少女たちの情報が欲しいと申し出た。
「それやったら――」
と、すでに書類として纏めたという資料を取り出した。
ユリゼが、あらあらと笑う。
「ん〜個人的に人探しを…ちょっととか言って、あちらこちらで情報収集をしようかと思って、練習までしたのよね」
「ごめんなさい」
騎士が頭をさげて、みんなでひと笑い。
資料に、ざっと目を通し、天津風がため息をもらした。
「それにしても‥‥状況が雲を掴むような話よね」
※
「だれか、いないかい?」
ジェラルディン・ムーア(ea3451)が身をかがめながら、みすぼらしい小屋の扉を叩いていた。
ここは、パリの中央からさほど遠くはない近郊である。
ただ、周囲はすでにのどかな田園風景。この時代、パリの市街はそれほど外へ広がっているわけではなく、界隈を抜ければ郊外には畑が広がっている。
しばらく待っていると、刀を手にした男が出てきた。
その容姿は典型的な、東洋の人間のものである。
巨人のジェラルディンからすれば小柄な男だが、その顔からすれば大きな目でぎょろりと彼女をにらむ。
「なに用か?」
「また別に行方不明な娘が居て、そちらから捜索の依頼を受けてるんだ。こちらの件と何か関係有るかもしれないし、話聞かせて貰えないかな? こちらも何か分かったら教えるから」
相手を安心させようとジェラルディンがにっこりと笑う。
「役所の者か」
ぶっきらぼうな物言いだ。
男は、入ってくるようにし、ジェラルディンを家の中へ入る。
「へぇ」
外のみすばらしい、あばら家ぶりからすれば、中は意外なほど整頓され、ちりひとつないほどに清純であった。
男が茶を出す。
そして、ジェラルディンが一息ついたであろう、頃合をみて語りだした。
「娘が行方知らずになったのは、いまよりも一週間ほど前。夕刻、行き先も告げぬまま、ぶらりと外へ出て、それっきりであった。ただ、その数日前より夢を見るようになったとしきりに、こぼしておったわ。どんな夢かはわからぬが、あの娘に刀より他に夢見ることがあったのだろうかのぅ?」
※
ギルドに集まって情報の分析会となった。
ジュヌヴィエーヴが、まず口を開く。
「発見者の方にお会いして詳しい話を伺いました。発見した時間は早朝。教会の鐘が朝の祈りの時間を告げる前だと言っていました。また、その不審者の容貌等を尋ねましたが、よくは覚えてはいないけれど、黒髪の娘さんだったそうです」
「黒髪?」
ジェラルディンが声を張り上げた。
「どうしたのですか?」
「あ、いや‥‥」
さきほど出向いた男の髪の色であった。
その子供であるのならばもしかもと思ったのである。
もっとも、つづいてユリゼが語りだしたところで、ため息となった。
彼女もまた黒い髪の色をしているのだ。
ユリアが報告を行う。
「実際に身元がわかった人が居ないか調べたのだけれど――。首から下に特徴がある‥‥たとえば、首元に星型のほくろがあるみたいな特徴のある娘だったらともかく、そうでない場合には、たぶんこの娘であろうとはわかっていても、隊長さんの指示で対面はさせていないそうよ」
「むごいな!」
ジェラルディンの頭には、訪れた何人もの親たちの顔が浮かんでいた。程度はどうであれ、その誰もが、我が子の帰りをまだかまだかと待っている。あの浪人すらも、どこか、そんな風であった。
ジュヌヴィエーヴが諭すように言う。
「顔のない娘の亡骸だけを返されたしたら家族の心情はいかほどのものでしょうか? たとえ、それが死体であっても子供のそれは美しくあってもらいたい、それが人の偽らざる感情というものでしょう」
そんな相談を耳にしながら、その傍らでは金髪の娘がタロットを机にならべていた。
「騎士のお姉さんが探してる事件の犯人は見つかるかな? お姉さんは危ない目に会わない?」
※
カードは語る。
「犯人は深き闇の中にあり、そして娘の影は幻影ゆえの災難とともにあり」
※
パリの灯は消えた。
都会とはいっても、パリの夜は早い。
そもそも庶民にとっては油もローソクも贅沢品である。必要最低限さえ使えば、すぐに消し、ゆえに家々の灯はすでにない。
今宵は曇り空。星々はおろか、月さえも雲間に隠れている。
教会の鐘が鳴り、夜半を告げる。
昼間の会議では、殺された娘たちの位置に意味がないかということが話題になった。パリ市街の地図を親衛隊から借りてきて、ああだこうだと線を引きながら論議したが今日は無駄に終わってしまった。もっとも、借りてきた地図の下地にもだいぶ苦戦した跡が見えたから、騎士団の方でも、その可能性は考えていたらしい。
ならば、犯人を捕まえて聞き出すしかない。
今晩は、騎士団も含めて見回りだ。
公正なくじ引きの結果、三班がパリへと散った。
ランタンの灯に、昼間とはちがった姿を見せるパリが浮かび上がる。
昼間では見慣れた街も、夜になると、その容姿は変わったものとなる。生命すら感じさせた木々も、いまは化け物の擬態にも見えるし、立ちならぶ建物もまた墓標のようにさえ見える。
そんな時分になって姿をあらわす者どもは、ひょっとしたら闇の世界の住人かもしれず、冒険者たちの姿を見ると、その奥底へと消えていく。
「あら?」
教会のそばでのことだった。
ジュヌヴィエーヴが人影を見つけた。
「また、夜のお仕事なのかな?」
ご苦労様といった調子でジェラルディンが応じる。
そんなことを言って、何事もなく立ち去ろうとしたとき、ユリゼの足が止まる。
教会の入り口に白い影が、こちらを向く。
「ジュネさん?」
ユリゼが、はっとして叫ぶと、その白い姿が街角へと向かった。
まるで、それは誘うかのよう。
顔を見つめあい、うなずき、三人は駆け出した。
白い影が走る。
いや、歩いているのか。ゆっくりとした足取りは、しかし、あたかも空を駆っているようにも見える。
「なんなんだ、あいつ!」
そして、影が角を曲がった。
冒険者たちも角を曲がる。
しかし、そこには影の姿はなく、そこには壁に傷を負い、建物によりかったローブ姿の娘と、それに向かっていままさに剣をふり下ろそうとするローブの者がいた。
「!?」
手負いの少女を救うべく、ジェラルディンが剣がふるう。
攻撃は、わずかにはずれ、ローブが払われた。
月明かりがさしてきた。
銀色の長い髪があらわになり、ローブの下にあった整った顔立ちの少女の顔が浮かび上がる。その首元には逆十字架がかかっている。
「悪魔崇拝者!」
ただ、その双眸には色がなかった。あたかも、闇夜のうつろな雲間に月のかがやきが隠されているようにも見える。
糸が切れた操り人形のように少女が剣をふるう。
ジェラルディンの剣が、それに応じる。
「なに!?」
その剣の重さは、そんな少女のものではない。すくなくとも腰に力も入っておらず、剣のいろはもわかっていないであろう娘のものではない。
「魔剣!?」
ジェラルディンの剣も、それである。
そして、相手の剣先が感じる感覚も、それと同じだといっていい。
数度、剣を交えたが、ジェラルディンの負けるような相手ではない。そして、相手にも自分が勝てない相手であることくらいはわかったらしい。
ローブを翻し、路地へと消える。
「しまっ‥‥――!?」
せっかくイリュージョンとグラビティーキャノンのスクロールを用意していたのに、使うタイミングを逃してしまった。
「追ってください!」
気を失ったまま壁によりかっている娘を気遣いながら、ジュヌヴィエーヴが叫ぶ。
ジェラルディンが追う。
傷の具合によってはリカバーの呪文を使おうと、ローブを脱がせかけてジュヌヴィエーヴは手を止め、ユリゼもまた、袋から気付け薬をとりだし少女にそれを与えようとして息を呑んだ。
「この‥‥!」
その娘の首にもまた逆十字架がかかっていた。
※
人形は、街という迷宮を抜け、闇の回廊へといたる。
ここまでくれば、追ってはこれまい。
少女ではない、誰かがつぶやいた。
それに応える者がおる。
「どこへ行くのかしら?」
ふらりと、赤地に刺繍のほどこされた伊達姿があらわれた。
「なにか、騒がしいと思ったら‥‥ね」
その溜息はカモフラージュ。
その瞬間、天津風が短剣をふるい、少女のもつ剣の柄をはじいた。
居合いである。
つづけざま、天津風の蹴りが少女のバランスを崩した。しかし、少女のうつろな表情には感情の変化はなかった。倒れた娘を同行していたジュネが取り押さえ、身柄の確保となる。
※
「けっきょく、ダメなん!?」
頭をくしゃくしゃにかきながらジュネがギルドにやってきたのは、その日も終わりに近づき、あたりの家々からは夕飯の匂いがしてくる頃であった。
「あ、子羊の肉をレアでお願い。できれば、ハーブで匂いをつけてくれると、うれしいかな。ワインもね。最初は白、赤は肉が焼けてから一緒だとうれしいねん。それと食後には果物のデザートとお茶や。そうそう、みなさんは何を食べられます? 御代はこちらで、もちますから。もちろん、ツケは王宮の方につけておいてん。紫隊ではダメやから」
「はい?」
もっとも、その態度から最初は何をしにきたのかと、冒険者たちは顔を見合わせたものである。結局、重要参考人として保護された少女たちがどうなったかの報告である。
「記憶がないのですか?」
「言葉の通りねん。なんで、あんなことをしたかどころか、名前すらわからないみたいなん、ふたりとも。ただ、容姿から捜索依頼が来ている娘たちみたいだから、こんど家族と対面させてみようかと思ってん」
「うそをついている可能性はないのかしら?」
「諮問する人間とは別に、彼女たちの見えない場所で精霊魔法のテレパシーで常時監視してんのに?」
そういって、ワインの入った杯に伸ばしかけた手をジュネは止めた。
「なんで、みんなでそんな意外そうな顔をするん?」
どうやら、純朴だけが売りの娘だというだけではないようである。
そうそう、とジュヌヴィエーヴが三人を代表して、お礼を言った。
「昨日は、ありがとうございます」
「昨日?」
ジュネが目をぱちくりさせる。
そして、ジュネが犯人のもとへ三人のもとへ連れて行ったということを語られて、さらに、ぱちくり。
「天津風さんと、ずっと一緒にいたんやけど?」
天津風も、そうねと相槌を打つ。
こんどは三人が目をぱちくりさせる番である。
「仮眠はとったし、夢を見ていたということもないと思うけどな」
「じゃあ、昨日みたのは誰だったのかしら?」
仮眠をとった二人はこぼし、三人は顔を見合わせた。
「それにしても‥‥状況が雲を掴むような話よね」
天津風が、その言葉を噛み砕くようにもう一度、つぶやいた。
記憶を失った少女たち。逆十字架。謎の魔剣――
「なんにしろ、この件に関係しているにしろしないにしろ悪魔の崇拝者がからんでいるのは間違いないみたいだし――ふたりが、ふたりとも逆十字架を持っていたというのが解せないんやげど――そこは、それ。私の方でもうすこし調べてみるねん。隊長の言葉じゃないけれど、材料もそろわないのに料理を作り始めても、あまりいい結果は待っていないからね。あ、これ、おいしい!」
最後のデザートをぺろりと平らげ、茶もふるまう。
「また、機会があったら協力をお願いするねん。そのときには、よろしくねん!」