【影の舞踏会】 灯火
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月19日〜06月24日
リプレイ公開日:2007年06月28日
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●オープニング
「あ、幽霊の人だ!」
白昼、市場のパトロール――という名目の買出し――に来ていたジュネ・バープルはその声に、足を止めざるを得なかった。市井の貧しい格好――だからといって、きたならしいというわけではない――をした、まだ幼い少年が国王親衛隊のマントをした騎士である娘を指差していたのだ。
「幽霊?」
あまりにも予想外な出来事にであうと、ひとは、まず状況の確認をしようとするものである。このときのジュネの態度は、まさにそれであった。
「いつも夜、教会の裏のお墓にいるじゃん!」
だからと言って、何かしらの思い込みで語りかけてくる少年の言葉の意味などわかりようもない。
「教会って、どこのねん? あたいは夜中にお墓を徘徊する趣味はないし、まず、あたいは幽霊やないんよ!」
とりあえず、これだけは主張せねばとジュネは声高にいった。
そして、少年の頭に手をあて――
「な、冷たくないやろ?」
やさしく、なでてやった。
少年の大きなまなこが、幼さの残る騎士の姿を映し出す。
まるで驚くような、しかし、どこか、それは当然でもあるかといわんばかりの不思議な色が浮かんでいる。
「でも、いつもお墓で、そうしているじゃん!」
「あ、これは‥‥まことに申し訳ありません」
そこへ大人が割り込んできた。
司祭だ。
「あなたは?」
「ヴァンサンと申します。ドニ街で小さな教会をまかされておる者でございます。この子供は、うちの教会で拾われた者ですが、よくよく霊的な能力にはめぐまれておるようなのでございますが、まだ幼いゆえ、見知らぬ者に言わなくてもよい、その手の話をしがちなのでございます。ヘンなことは申しておりませんでしたでしょうか? ‥‥あ、こら、待て! 待てと言っておるんだ!」
司祭は、それだけ言うと、子供を追いかけて行ってしまった。
※
「幽霊に似ているか!」
ジュネの買ってきた素材を一通り確認すると、宮廷のシェフたちに料理の指示をだしながらジュネの上司は笑った。
「なにを笑ってらっしゃるん?」
すこし頬をふくらませた。
「なに、もちろん奇妙な出来事だなと思ったのがひとつさ」
「ひとつ?」
やはり、唐突なできごとには、こうなってしまう。
「もうひとつは、この前のことを思い出していたのさ。記憶を失った娘たちが夜の街を舞台に剣をふるっている、まだ未解決の事件のことだよ。その事件の時、お前に似た誰かを見たという報告があったな」
「あ‥‥」
「思い出したか。なにか手がかりがあるかもしれないぞ?」
「わかりました」
ジュネは、表情をあらためた。
あわてて出て行こうとする若者を年長者が諭した。
「これは、たんなる俺の勘だが、戦闘の準備は怠らずにな」
「あ‥‥?」
「深夜の墓場はたちが悪いぞ! とりわけ、そのようなものがでるような場所ではな」
「は、はい」
こんどこそ、まだ女性にはなりきっていない少女が駆け出していった。
やれやれと、隊長職と、その少女をある人物から押し付けられた男は肩をすくめ、そして、背後の壁に向かって声をかけた。
「どうなされましたかな陛下? ジュネも、それにシェフたちもいまはここにおりませんよ」
「気がついていたのか?」
壁がまわって、親衛隊の騎士の全員から敬意をもたれているはずの男が姿をあらわした。
「さきほどから」
しかし、その応答には、多分に悪魔めいた表情であったかもしれない。親衛隊の隊長はつづけて、こんなことを言った。
「あの娘‥‥やはり、陛下のかつての恋人に似ていますかな? 親衛隊という身近において、やがて、自分好みの女性に育て上げるおつもりで?」
「バカをいえ! 私はあの娘がマルガレータに似ているからといって‥‥――」
そう言い掛けて、パリでもっとも尊い言葉を口にする男は、言葉をつまらせた。腐れ縁をもつ男の挑発に、まんまとのせられてしまったことに気がついたのだ。
騎士の姿をした悪魔の精神的な縁戚は口の端に微笑をたたえていた。
「マルガレータ・ド・ブロア‥‥やはり、あの娘の姿は、そのなつかしい名前を思い出させますな――」
●リプレイ本文
天使が舞い降りた――
もし、その瞬間を神ならざる者が見たのならば、そう表現したにちがいない。
十字架の上空にに立つ、白い姿は神々しいまでに凛々しく、あたかもこの世のすべての悪を滅ぼさんが為に、地上に遣わされた天の使いそのままである。
だが、その姿を目にしたときジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)は胸元で十字架をにぎりしめ、ぽつりとつぶやいていた。
「私は、知っている――」
※
詩人は詠う。
復興戦争の時代に馳せたひとりの英雄の名を。その過酷な運命に立ち上がった、ひとりの少女の名を。旗をにぎり、人々のその先にあり、時代の灯火となった騎士の名を。そして、戦後は歴史の中に消えていった、ひとりの女の名を――マレガレータと――
「陛下の恋人って位だし 身分の高い方なんでしょうけど――」
ユリゼ・ファルアート(ea3502)は、吟遊詩人の歌を聞き終えて、うっとりとつぶやいた。
「残念ながら、彼女は、農民の出だったのだよ」
「えッ?」
いつの間にか、その背後には吟遊詩人の歌にも登場した――ということは、彼もまた戦争の生き残りなのだ――紫隊の隊長がいた。その不自由な足は、その時代の戦傷か、さびしげな微笑を双眸にたたえながら男は語る。
「だから、もしも陛下にあっては、彼女が本当に思い人であっても、それは秘め事にするしかなかった。まがりなりにも王に農民の娘が嫁ぐなど‥‥できようもないからな。いくら復興王とはいえ、そのような暴挙をしようものなら貴族どもが何を言い出すかわからなかった。いや、身分卑しい女が王をたぶらかしたなどといいだして叛乱の口実にされかれなかったのよだよ、まだ王の統治が決まらぬ、当時ではな。だから、我々としても――そして陛下としても――私情を許されなかった。代わりに、彼女はともに戦った、ある貴族のもとへ嫁いでいった。もっとも、その貴族にとってはそれによって宮廷においての将来を棒に振ったことになったのだがな‥‥」
バカバカしい話だなと言外で語り、騎士は物憂げなまなざしでユリゼを見つめた。
「それに、彼女はすでこの世にはいないよ。あのデビルどもが仕組んだ疫病のせいで子供たちとともに亡くなっている――」
澄んだ碧の瞳に、初老の男の顔が映る。
その精悍な顔にみせる、その寂しそうなまなざしはなんだろう。
思わず、胸が高鳴る。
そっと、抱きしめて、なぐさめ――
「はいはい、そこそこギルド内でのナンパは禁止よ」
ギルドマスターの手をたたく音がして、はっとなった。
(「私、なにを‥‥」)
「それは、知らなかったな」
「いま決まったルールだもの! もちろん、あなたがこの場から退場したら失効になるルールだけれど。いたいけな娘さんが、毒牙にかかるところを見ているわけではないでしょ!?」
そんな声を耳にしながら、すこし残念な気持ちもありながら、ユリゼはほっと息をつくのであた。
そこへ、仲間たちがやってきて教会へと移動となる。
何事かいやみを言い合っているらしいふたりを置いて、パリの街へと出る。
道中、ジェラルディン・ムーア(ea3451)がジュネを呼び止め、ナイトとクレリックのふたりが顔を見合わせた。ふたりでくすくす笑い、やがて全員にその笑いが伝染した。
ジェラルディンが、はずかしそうに咳を一回して、こんな質問をした。
「前回保護した娘達はその後どうなったのかな?」
「まだ記憶は戻りきっておらんわ。よほど強いショックを受けたのか、あるいは深い催眠なのかまではわからへんが、じょじょに戻ってはきているので、じきに記憶は戻るとは思ってるんよ」
「それで、同じような事件‥‥深夜の戦いはまだつづいているのかな?」
「あの娘たち以外にも行方不明の子がいるみたいなん。それに、深夜の戦いはつづいているみたいなん、ね。救出できた娘もいるし、そうでもない娘もいる。それに、いまでは着飾った少女たちまでが剣をふるっている。まるで舞踏会みたいにだって言う者もおる状況や」
「舞踏会ね――」
武道会のまちがいじゃないとつぶやいて、天津風美沙樹(eb5363)がやれやれとため息をついてみせた。
ドニ街へ入ると、教会はすぐにわかった。
「あ、幽霊のおねえちゃんだ!」
教会の表には、この前の子供が待っていて、騎士のジュネに声をかけてきた。
「だから、ちがうんや」
どうやって説明していいのかと騎士は頭をかく。
「ようこそいらっしゃいました」
すでに連絡を受けていた司祭も出てきて、あいさつをする。返答のついでにシシリー・カンターネル(eb8686)がお礼を言った。
「ウッドゴーレムを連れてきたのだけれど、本当にいいのかしら?」
「かまいません。皆さんのご用件については、私にもわかっているのですが、私には、それだけの力はございませんから‥‥この子供たちを守るだけで精一杯です」
さきほどの少年以外にも多くの孤児を育てている司祭は、さびしげな目をして笑った。
「こんな時、兄がいたのならばよかったのですが‥‥」
「兄?」
「はい、兄といっても血のつながりはございません。私とともにこの教会を見ていた年長の者なのですが、しばらく前、教会の上層部からなにか仕事を依頼されたといって出たきり、行方不明になっている者がいるのです」
「行方不明ね――」
また別の事件かしらというため息を騎士が洩らした。
「いえ、あなたさまがたに無理を言ったりはしません。私はただ待っているのみでございます。生きていれば、また会う機会もございましょうし、もしも、そうでなければ――」
そう言いかけて司祭は言葉をにごした。ただ、謡うように一説を唱える。
「神はただ与え、そして奪いたもうものなのですから――」
※
いつしか、あたりから闇が這い寄るようにして近づき、あたりを囲んでいた。さきほどまであった月影すら雲に隠れ、吹いてくる風も生暖かい。
じっとりとしていると自然、汗が流れ、まわりで不愉快な蚊の羽音がしては、その小さな生物が素肌に止まる。当然のように、それを叩く音が墓場のあちらこちら。姿が見えないのは、天津風とジェラルディンが隠れる場所を作ったからだ。もっとも、だからといって、夜の墓場が気持ちのいいものになったわけでもない。
しかし、ジュヌヴィエーヴがまわりも驚くほど一生懸命に少年につきっきりになって情報を聞き出したり、他の仲間が教会の周囲で情報を集めてみても芳しいものはなし。依頼の時に聞いた情報に大差はないのだ。
「ならば待つしかないのでしょう」
ということとなった――
ふたたび生暖かい風が吹いた。
ユリゼの素足を誰かがさわった。
「なによ!」
ちいさな声でユリゼはしかる。
しかし、なおもそれはうごめく。
「やめなさい!」
ユリゼはめっと言った。
しかし、それでもなおその感触は太ももへと近づいてくる。
「なによ、やめなさいって言っているでしょ!」
いらついていたせいもある。
ユリゼは叫んだ。
叫んでから、はたと正気に戻る。
この場にいるのは女性陣だけ。
しかも、その手の趣味を持つ者は(たぶん)いない――
散らばっていた仲間たちが、彼女のテレパシーに呼ばれてやってきた。
「あら?」
みなの視線が一瞬からみあう。
沈黙。
そして、その視線が地面に向かい一斉に女の子らしい悲鳴が五人の口からあがると、あわれ、地下から、ふたたび地上にでようとした死体は、その思いもかなわぬうちに、たこ殴りにされて、ふたたび葬られたのであった。
「この痴漢!?」
なんにしろ、その出来事が引き金となったかのように、あたりにはズゥンビどもが姿をあらわした。
「さあ、戦闘だよ!」
ジェラルディンが魔剣を抜き放った。
仲間たちも剣を抜き、魔法を唱える。
呪文に呼応して、水筒から出てきた聖水が空で渦を巻いたかと思うと、あたかも獲物に向かって咬みかかる蛇のように、ズゥンビどもの一角に襲い掛かる。
いまさらズゥンビなど、けして負けるような相手ではないが、さすが墓場ともなれば、その数は多い。そして、戦いとは質と数のトレードオフである。
「やってしまいなさい!」
シシリーはいらだたしげにウッドゴーレムのアマーンに命じる。
ズゥンビたちの中に突撃してゆき、アマーンは殴る、蹴る。相手の数が多いだけに腕をまわすだけでなにかしらのダメージをズゥンビに与える。
その隙に呪文を唱える。
「!?」
しかし、呪文を唱えるということは相手にとって隙を与えることでもある。シシリーの眼前にズゥンビのひっかこうとする指先が見えた。
それを、アマーンの腕が割って入って防ぐ。
呪文は完成した。
シシリーがバイブレーションを唱える。
「ひい、ふう、みい‥‥あと、ひとり!」
幽霊の正体を探るために唱えた呪文が意外なことを教えてくれた。目の前にいる敵、仲間含めた数よりも、ひとり分が多いのだ。
つまり――
「操っているヤツはどこ!?」
周囲を冒険者たちは見た。
うごめく冒涜された死者たちの中に、ひとつ異なる影が見えた。
「そこ!」
天津風が駆けだした。
しかし、前にズゥンビの群れがはだかっている。
ホップ――
「おりゃあ!」
ジェラルディンが天津風を手を組んだ両腕に乗せ、腕をふりあげる。
ステップ――
助走をつけて走ってきた天津風がその腕に足をのせた。
ジャンプ――飛んだ!
「もらった!」
雲間が割れ、月が出たかと思うと、天津風の姿に重なった。
一刀両断
頭にかぶったマントが破れ、男の顔があらわれた。そのまま馬乗りになって、天津風は地面に寝転がる男の首元に刃を突き当てた。
「動けば、刺すよ!」
天津風が恫喝する。
(「おやめください」)
その時、誰かが語りかけてきた。
「誰!?」
突然、墓場の真ん中にあった十字架の上空に太陽の輝きにも似た白いかがやきが生まれ、どこかでラッパの音が鳴ったかと思うと、天なる調べが響き渡る。
ジュヌヴィエーヴは自然、両手をにぎり、祈りの言葉をつぶやく。
死者たちが土地に戻っていく。
苦しみだした男は、そのままばたりと倒れ、その胸元には十字架があった。
では――
(「その方は、デビルに操られてれいただけです。それに、その方にとっては、こここそいるべき場所。弟さんと子供たちのいる場所こそ‥‥まちがっても、邪悪な女のところなどではありません」)
まぶしい輝きの中に紋章の刻まれた鎧をまとった女の姿があった。
「ジュネさん?」
ジュネとよく似た顔立ちの女だ。しかし、ジュネよりも大人びた顔立ちの美しい大人の女性だ。その背中には翼こそないが、カールのかかった金色の髪をなびかせた凛々しい姿は、あたかもいままさに悪との戦いに赴かんとする天使にも見える。
腰に剣を戻すことさえも忘れてしまう。
なにもかもを見透かしたような瞳を細めながら、その女は微笑を浮かべた。
(「待っていましたわ、冒険者たち」)
女の声は天の声。
突然、女の声の調子が変わった。
(「我が平安をもたらすと思うことなかれ。我は、災いを告げにきし者なり。これよりのち、舞踏会のなかで見つかりし、もっとも美しき剣がもっとも禍々しき剣を生むであろう、そして、剣は主を従えて争いをパリへ招き入れるであろうと」)
そして、告げ終えると、ふたたび女の声が最初の頃に戻っていた。
(「お願いです――」)
そして、その目には涙が浮かんでいた。
(「悪魔が少女たちに行わせている悲しい舞踏会をやめさせてください――そして、あの人の心にふたたび灯ってしまった野望という炎を消してください――」)
涙を浮かべながら女性の白い姿は消え、周囲は、ふたたび深い闇の中に消えた。
ジュヌヴィエーヴ・ガルドンは胸元で十字架をにぎりしめ、もう一度ぽつりとつぶやいた。
「私は、知っている――鎧の紋章はブロア公爵家のもの。そして、あの女性はこそマルガレータ・ド・ブロアさま」
彼女の知る、ふたつの物語は、深い潮流で繋がっている。