【ゴブリン紛争】布告なき開戦
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月05日〜06月10日
リプレイ公開日:2008年06月13日
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●オープニング
「た、大変です!」
扉を叩くまもなく、若者が部屋へ入ってきたとき、商人ギルドの者たちは自分たちの商隊、それを護衛する冒険者たちの敗北を悟った
「そうみたいね。それで被害は何人くらい?」
その集まりの中で、もっとも幼い女が冷静な態度で駆け込んできた青年に落ち着きなさいと諭す。
「はい‥‥被害はさほどひどくはありませんでしたが――」
そして、その報告はかれらが想像していたよりも遥かに深刻なものであった。
※
「ゴブリンに滅ぼされた村‥‥」
報告を聞き終え、女は天をあおいだ。
昨日、商人たちから街道に出るゴブリンたちから運搬する品物を守って欲しいとの依頼があって冒険者を募ったことがあったが契約終了の報告がきたのだ。
予想どうりゴブリンたちの襲撃は受け、多少の被害はあったものの商品の大半を守ることはできた。そして、冒険者たちの被害は最小限に抑えることはできたという。
しかし、報告の本筋はそのようなことではなかった。
かれらが見たという、街道の脇の木々に飾られるように並べられた数十をくだらない人間の生首――それは近隣の村々の異変を信じるには十分な証拠であろう。
女はまぶたを閉じた。
唇からは己の無力さを嘆く言葉と逝った魂へのとが祈りとなり二重奏を奏で、死者への弔いの詩へとなる。天に鎮座される者たちにその歌ははたして届くのであろうか。ただ、世に言う。天は自らを助くる者を助くると――
「さて‥‥なにからはじめましょうか?」
報告を携えてきたギルドの娘が冷静な態度で女主人に事後を問う。
「落ち着いているわね」
まぶたを開き主人はふだんの彼女になった。
「戦いによってひとつの村が滅びた‥‥それだけのことです。それが、ひとではなくゴブリンたちにやられただけのこと。ことの本質になんのちがいがありますか?」
伏せ目がちになりながら娘は、たんたんと意見を述べる。
それは戦乱を生きてきた者の達観であり、乱世を生きる者の醒めた視線というものであったろう。
「そうね。敵に占領された村の解放。ことの本質は単純ね。ただ、それを彩る色彩がひとの血の濃淡で描かれているか、モンスターの血で描かれているかの違いなだけの――」
しかし、そう応じる彼女の主人の声には一言ではいいあらわすことのできない、微妙ななにかがあった。
「まあ、問題はそれだけだったらいいがなということだがな」
扉の外から苦笑がしたかと思うと、ノックすることもなく我が家に戻ってきたような自然な態度で騎士が部屋へ入ってきた。
「珍客ね」
「知人の娘さん‥‥いや、商人たちからの陳情があがってきたんだよ。どうも、ゴブリンたちにしては賢すぎるように思えるとのことだな。それに、地元の役人たちにも手を焼いたと――まあ、こっちは愚痴だろうがな――」
「あらあら娘さんって、そんなご趣味もお持ちで?」
「残念ながら、世の中には縁というものがあるのさ」
「縁?」
「東の国の言葉だ。意味は、まあ運命の女神のばあさまがたが織った織物の糸と糸の絡みあった状態のことのようだな」
「現世の女神さまたちが仕掛けた蜘蛛の糸にからまれたということかしら?」
「まさか、俺とて線引きの境界くらはわかっているさ。それをまちがえたら政治の世界などは生きていけんよ。そういえば、同じ東洋の言葉に三人の妻を同じ家に住まわせることができるのならば宰相の資格があるというものがあったな。我が王にもそれくらいの甲斐性が欲しいものだが‥‥まあ、これは私の愚痴だな。与太話はここまでとするか。それで、依頼だが――」
そう言って、騎士は手短に依頼の内容を告げた。
内容はやはりゴブリン退治であった。
しかし、もはや一回、冒険者を派遣すればいいレベルなどは超えているのではないかとこの男は疑っているようであった。できれば、一気に片をつける騎士隊を動かす。その為にも周囲の確認――警護のゴブリンたちが警戒しているであろう地域をだ!――してもらいたいという。
「武断派ね」
「昨日、きょうからの話ではないよ。だからといって闇雲に隊を動かすわけにはいかないからな。まず、敵に占領された村とその周辺の偵察をしてもらわなくてはならないかな。できれば戦いにそなえて地図を作ってもらう。それに近隣の役人たちも気になるから、それとの折衝‥‥」
「いろいろと調べごとが多いのね」
「昨日までの地図が使えなくなったから今日の地図を作ってもらう。まあ、今回の仕事はそういうことだと言っておいてくれ。そろそろ海賊どものことでドレスタットからもいろいろと言ってきそうだからな、無闇に兵を派遣することもできん。セーヌ河の件も片付いていないというのに、たてつづけに面倒な話だ‥‥」
●リプレイ本文
「ゴブリンどもに占拠された村かい? しかし、木に首を飾るなんてのは尋常じゃあねえなあ。周囲に対する警告か挑発みたいな感じがするぜ。何か裏が有りそうだ。長引いたら都から騎士が討伐に来る事は織り込み済みって感じがする。むしろそれが狙いとか?」
アルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)の独白は、紫だった朝焼けの空に溶け込んでいく。夜は明けた。昼には、集合場所につくことができるであろう。
「ま、俺は仕事をこなすだけだ――」
※
青い空には雲が流れ、山々の緑もまた青い。
街道から枝分かれした小道をゆくと、木漏れ日が、まだ初々しさの残る木々の間から漏れ、そんな木々の枝には鳥たちが羽を休めてはその美しい喉を競い合わせていた。
「おやおや‥‥」
木陰ではクマの親子が眠っている。
(「失礼――」)
お供の犬には騒がないようにとさとしながら、男は居眠りする森の住人のそばを通らせてもらうこととした。この先にあるであろう戦闘のことを考えれば、ここで怪我をするのもバカらしい。それになにより、この平穏である。
「これが戦場なのかい?」
すこしあきれたような顔になって大きな荷物を背負った羽鳥助(ea8078)は頭をかいた。足元で不思議そうに飼い犬が主人の顔を見上げている。
「ああ、そういことじゃない‥‥」
と、なにがそういうことではないのか話の前後がみえないとわからないのだが、なんにしろ一人と一匹――もう、一頭は近くの村に預けてきている――は、その道をゆく。
この森は、さきにゴブリンの一党が商人たちを襲ったというその森である。
そして、この森の先にゴブリンたちに戦況された村があるのだという。すでに、仲間が先行して――
「羽鳥さん!」
空から声がしたかと思うと、闇の中に浮かび上がった炎を封じ込めたような黒の羽を優雅にはばたかせながら、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)が舞い降りてきた。
先行して、いろいろと手はずを整えてくれていた仲間のお出迎えである。
「やっぱり役人の方々はなにか隠しているみたいです。わたしが訪問したら、奇妙なほどあせっていましたしね。それでもこれからの対応として近隣の村々の人々は疎開させるとは言っていました。どうせ中央の軍がくるだろうから、することはないしみことを言っていましたけどね。無能というよりも、たんにやる気がないという感じですかね。依頼主の隊長さんの名前を使ったら、とても不安そうな顔をしていましたし‥‥あ、そうそう。わたしが行った時にはお茶がテーブルに残っていましたし、誰かが出て行った後みたいでしたよ」
「まるで出世レースから落伍して僻地送り送りになったみたいなひとだな。それで、他には?」
「事前に項目をあげておいたことはチェックしておきました。そういうことは、すでにいただいておいた地図に記入しておきました。詳しい報告はみなさんがそろってからしたいと思います」
そういって流れるような文字で書き込みのなされた地図を見せた。
その力作には、事前に調べてきたということがこまごまと書かれている。
たとえば洞窟――村人たちが食料庫として利用していたという――といった書き込みがなされているのだ。
そして、そんな地図と実地を見比べて、彼女はこの野営地を決めたのだという。
「おぉぉい!」
という呼び声がした。
「アルフレドゥスさん、こっちですよ!?」
※
その日、野営地から幾分か離れた村に、ひとりの女がやってきた。
「よろしく頼むな――」
アフリディ・イントレピッド(ec1997)は馬をしばらく預かってもらうことにした宿のおやじにコインを手渡すと愛馬が心なしか寂しそうにいなないた。
「大丈夫だ」
柵越しに首をやさしく撫でると、突然、ぺろりと頬を舐められる。
「こらこら――」
イングルフィールドをこんどはやさしく抱擁しようとすると、こんどはまた別の大きな舌がアフリディの頭のスカーフを舐めた。
「おや、お主はもう来ていたのか?」
ほんのすこし驚きかけたアフリディの目元が細まる。
ちらりとあたりを見回すが、もはや誰の姿も見えない。
なかば安心、なかばあきれたようなため息をつき、姉アシャンティ・イントレピッド(ec2152)の馬にめっとやるとアフリディは長い耳を再び崩れかけたスカーフで隠して、隣接する宿の中へと入っていく。
カップを目元まであげながら、見知った顔が笑っている。
「はーい!?」
宿の中だというのに兜を脱がないのもなんではあるが、それが彼女たち姉妹の悲しい血の故である。
「それでエフの収穫はどうだったの?」
「ぼちぼちといったところ」
アフリディはそう前置きすると、集めてきた情報について語り始めた。
「策を弄するゴブリン‥‥一言で言えば、そういうことらしいな」
彼女が、依頼主を通してゴブリンに襲われたという商隊の人間にあたった結果を一言でいえばそういうことになる。
「まさに規則正しく動く――といっても他のゴブリンに比してということでしょうけど――軍隊といったところらしいわ」
「規則正しいゴブリンね‥‥」
行儀のいい海賊――そんなのが最近ではセーヌ河にいるという噂である――という言葉を聴かされたような表情をしてみせて、海の女は腕を組んでしまった。気持ちのいい話ではない。
「一匹の羊に率いられた狼よりも、一匹の狼に率いられた羊の方が恐ろしい。つまり、ゴブリンだとばかりバカにしていられないということよ」
「頭のいいやつが後ろにいるのかしら?」
「それとも、ゴブリンに王が生まれたのか‥‥」
そんなとき、彼女たちの横のテーブルから立ち、外へと出て行く、ローブ姿の男がいた。
※
翌日――
全員がそろい、例の村の近くまでの行くこととなった。
「ここがそうか‥‥」
パールが夜なべして作った地図と依頼主が気前よくくれた羊皮紙に情報を書き込みながら森をゆく。
地面をかぎながら進む犬を先頭にして、注意深くあたりを警戒。
互いに左右、後方にも注意を払いながら、ゆっくりと進む。
犬が吠えた。
冒険者たちが息をひそめる。
「また罠だ!? 銀河、よくやった」
犬の頭を羽鳥がなでる。
「これで、いくつめだ?」
「十三だ」
アフリディーが手元の羊皮紙にペンでチェックをいれる。
状況から二班に分かれるのは危険だと判断しての団体行動。妹は前衛、姉は後衛に立っている。
「村までの道はね、ゴブリンでいっぱいだよ!」
偵察に出ていたパールが戻ってきて、そう報告した。
そして、いま羽鳥のペットが罠を発見したばかりだ。
執拗なばかりの数である。
「質よりも数かい‥‥」
アシャンティはなかばあきれ、なかば恐れる。
簡単に見抜ける罠を作りつづけることを無駄な労力と笑うこともできるが、同時にそれだけの労力はあるという証拠でもあるのだ。
歴戦の者たちには、それがどういうことなのかわかる。
「まあ頭がどうかによるがな‥‥なにかわかったか?」
アルフレドゥスがパールに確認をとる。
「統率者を見つけようとしたけど姿は見えませんでした。まわりにくらべれば立派な家とか、教会をゴブリンたちが見張っていたから、たぶん、その中にはいたと思うんだけれど‥‥」
「そうか‥‥」
アルフレドゥスは仲間たちの顔を見回す。
見れば、羽鳥がなにか考え込むような仕草をしていた。
「なにか策でもあるのか?」
「ああ!」
※
「これは、なんなんだい?」
興味深そうに松明をかかげたアシャンティが不思議そうな顔でのぞきこんできた。
羽鳥が準備する、巨大な物体に興味を持ったのだ。
「えへへ、まあ、みてな――」
手馴れた様子で羽鳥が、それを組み立てていく。
みるみるうちに、それは、ひとの大きさほどもある大きな四角の物体となった。
「これは?」
「たしか――」
「大凧さ」
えへへと鼻をかきながら羽鳥はご自慢の凧に飛び乗った。
「行くぜ!」
ふわり。
ゆるりゆるりとだが、しだいに羽鳥ののった凧は、明けてゆく空へと昇っていく。
「絶景かな! 絶景かな!」
ちょうど陽が遠く、東の空に見えてきた。
からからと笑って見せて羽鳥は眼下を見下ろした。
「パールさんは昼間だったけど、さてこの時間だと何か別のことがわかるかな? っと、
あそこが野営地か‥‥パールさんは、うまいところを探し当てたもんだ。それで森‥‥というか藪を越えると道にでるはず‥‥ああ、あそこの道か――」
パールとアフリディの競作地図を頭の中に描いて見せて、それと比較する。
「すると、そこを通っていくから‥‥あそこが村‥‥!?」
息を呑んだ。
ゴブリンたちが軍列を整えている。
そして、指導官らしい――人間か?――のもとなにごとか訓練をしているらしい姿が見えたのだ。
「まさか‥‥って、おい!」
数匹のゴブリンが仲間たちのいる方向へ向かっているのが見えた。
突然、あたりは雲海に消えた。
「雲がこんなに低く‥‥」
気がつくと大凧は黒い雲の中にあった。
※
からからという音がした。
仕掛けておいた罠に誰かがかかったらしい。
銀河がうなり声をあげる。
「きなすったか」
アルフレドゥスは剣を抜いた。
こうなることは覚悟はしていたし、状況を考えれば当然だろう。
「いままでが平和すぎたのようね――」
パールのため息が正論であろう。
「あちらも偵察部隊といったところかな?」
アフリディも抜刀する。
「まさか、こんなタイミングで会うことにはなるとはおもっていなったがな」
もとより戦いは覚悟のうち。
数匹のゴブリンを前にしても、冒険者たちはうろたえはしなかった。
いや、これくらの数ならばたいしたこともない。
「問題は、増援の有無ね」
一刀、ゴブリンを叩ききってみせてアフリディは残った敵を威嚇した。
「それよりも問題は‥‥」
逃亡を優先するつもりだが、羽鳥が降りてくるまではもたせなくてはいけないだろう。
「まあ、数分といったところか――」
ちらりと空を見上げる。
今朝は変わりやすい天気のようだ。
さきほどの青空が嘘のような黒い雲たちこめる空となっている。
風まで出てきている。
「降りれないことはないだろうけど‥‥」
羽をもった女は、やや不安げな表情で空を見上げると、ぱらりぱらりと空から雨粒が落ちてきて、あっというまに豪雨となった。
叩きつける雨音にまじって叫び声があがる。
泥の土を跳ね上げてゴブリンが飛び込んできたのだ。
「気をつけろ!」
アルフレドゥスがパールに襲い掛かってきたゴブリンの横顔を剣の柄で叩きのめすと、口から歯と血を流してゴブリンは大地と口付けをした。
もとより冒険者たちとゴブリンの間には覆い隠せないほどの力の差がある。
たとえるのならば大人と子供のケンカといってもいい。
ゴブリンが角笛を鳴らして仲間を呼ぼうとした。
「させぬ!」
アフリディの刃がゴブリンの首を貫き、笛を口にしたままゴブリンは逝った。
水の雨に血の雨がまざり、断末魔があがってはゴブリンの体の一部が飛び、血が飛び散っては、また一体の屍が転がる。
死屍累々に足をかけ、剣を方でかつぐとアルフレドゥスは生き残ったゴブリンたちを睨み啖呵をきった。
「さぁ、きやがれゴブリンども!?」
※
魔法のかかった大凧であっても気まぐれな風を受けると、うまく操ることができないようである。
「間に合ってくれよ‥‥」
低く立ち込めた雲は眼下の様子をあっという間に隠してしまった。
ゴブリンたちが仲間を襲おうとしていたところまでは見た。
そのあとは――
いらだつ気持ちは一瞬さえも永劫の時に思わせる。
雲が割れた。
あせる気持ちを抑え、目をこらして地上を見る――
「あれ?」
晴れわたった眼下には、手を振って彼を迎える仲間達の姿があった。
ひとつの影が地上から飛んでくる。
「ゴブリンたちの死体をどうやって隠そうかって相談していたんだけど、なにかないかな? 銀河くんを使って野犬のせいにするってのはどうかな?」
パールが羽鳥に笑いながら、そんなぶっそうな問いかけをしていた。