【ゴブリン紛争】動員をめぐる思惑

■シリーズシナリオ


担当:まれのぞみ

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月05日〜07月10日

リプレイ公開日:2008年07月14日

●オープニング

 報告を読み終えた男は、丁寧にまとめられた――これほどの労作には頭がさがるものである――その束の表紙をなでると、机のうえに放り投げ、イスに身を沈めた。
 深いため息をもらしながら、天上を見上げる。
 だれかが窓の外にバケツでも置いたのだろうか、水がきらきらと輝きながら天上では影と光が揺れている。
「水面に映えるか――」
 ノルマンの王につかえる騎士は目を細めながら、ここではない場所に思いをやった。
 彼の頭の中にはいま一枚の地図が描かれている。
 中央にはパリがあり、そこから伸びるセーヌの河。その小島にいる河賊と、それに対抗するために派遣した自分の部隊。そして、河のさきは海へとつながる。そして、いくつもの国と都市。悪魔と海賊。そして、それとは反対の方向に生まれつつあるゴブリンたちの街――あるいは王国か――
「どうしました?」
「いろいろと考え事が多くてな‥‥そうだ、お前だったらこんなシチュエーションだったらどうするかな?」
「はい?」
「お前は‥‥まあ騎士だ。王からある作戦の策が書かれた密書を携えて旅をしている。期日がきまっていて、その日までに手紙を届けないと作戦は失敗してしまい多くの仲間の命が失われる。しかし、たまたま訪れた道中の村で盗賊たちに襲撃されている村を見かけた。目的の日まで、あと1日しかない。そして、そして距離的にもぎりぎりだ。さて、お前ならばどうするかな?」
 遠くを見るように目を細め、隊長は部下にたずねた。
 しばらくの沈黙――やがていらえ。
「神の戦士でしたら、そのふたつながらも解決してみせるのけるのかもしれませんね――でも、わたしは力なき人の身。悲しき騎士の身分――ならば騎士として醜い選択を選び、王に仕える者として残酷な生を選びましょう」
 かの者たちがうらやましいですねとつぶやきながら少女は応じた。
「かもしれんな‥‥が――」
 そう応じると、男は決断を下した。
「ならば、我々はその名前のとおり王の騎士であることとしよう。伝令を呼べ! セーヌにはりついている連中も呼び戻す」
「すべてをですか?」
 男は杖をとり、立ち上がった。
「短期で決着をつけるためにな。もちろん騎士団の話だがな。あの河賊は役人たちと土地の貴族たちの兵にまかせることにしよう。なに、陛下に直筆のサインをいれていただいた詔を用意くらいするさ。どうせならば河の両岸は海からパリにいたるまで周囲の貴族たちには警戒くらいはさせてもらうのも悪くはないかもしれんな――」
 なにか別の思惑でもあるのであろう、男のいいには謎がある。
「だから、河賊どもがドレスタットへ動いたとしても、それはその地の者たちにまかせようではないか」
「他所に動いて、国際的な問題になりませんか?」
「それはわが国の問題ではないよ。そうだ!」
「なんですか?」
「なにか手土産を用意してもらえないか?」
「は‥‥ッ? どこへ行かれるんですか?」
「もちろん陛下のところにご説明とサインをいただきにいくんだよ。問題は、そのあとはドレスタットの領主代理のところに出向くのさ」
「領事‥‥あッ!?」
「そういうことだ。帰ってくるまでになにか手土産を用意しておいてくれ。あと、軽い料理もな。きょうは長い午後になりそうだからな」

 ※

「やはり、動かしましたが‥‥」
「どうしたんだい、うかない顔をして?」
 そこは、セーヌの河の小島。
 河賊たちが居とする場所でのことであった。
 ふたりの男たちが言葉をかわしていた。
「ゴブリンたちをあおって、あのうるさい騎士どもをこの場から動かそうと考えたのはてめぇじゃねえか! よくもやってのけたもんだよ!」
「ええ、わたしはそういう策を練りました。しかし、ここまでの騎士たちが動くというのは予想外でした‥‥すべを動かすとは思い切ったことをしてくれますね‥‥」
「全員?」
「はい。放っておいた間者から入ったきた情報です」
「なるほど‥‥それで、それは大きな声でか?」
「大きな声?」
「ああ、そういうときに声高に叫ぶのは罠の可能性があるからな」
「あッ!?」
 軍師――東方にある軍事的な役職である――を任ずる男ははっとして、首領の顔を見た。それほど知恵のある男ではないのが、ときにこういう鋭い発言をする。
「我々をおびきだす罠かもしれない‥‥?」
「いや、まあ、わからねぇがな。どうしたもんかな‥‥」
 そこへ大声をあげながら、ひとりの偉丈夫がやってきた。
「なにをぐだぐだやってんだ!」
 黒髪に髭をぼうぼうとはやした巨人族の男で名前をシャイアンという。
「兄貴、俺達にまかせてくれ! あんな騎士どもは俺がでていってけちらしてやらぁ!」
 胸を叩いて、髭面の男は笑った。
「おお! 義弟よよいくった。だが、まあこれを呑んでくれ」
「おう!」
 シャイアンは受けた杯を一気にあおった。
「しかし、さっきもいったとおり相手もバカじゃねぇだろうから、なにか考えているかもしれん。そこで、アンバのじじいをつれていけ。いろいろと小ざかしい策を練ってくれるはずだ!」
「兄貴がそういうならば、そうするぜ!」
 シャイアンは部屋を出ると、大声で魔法使いのアンバを呼んで襲撃の計画を練りはじめていた

 ※

「どうしたのかしら?」
 村人から借りた宿舎へ妙齢の女が戻ってきた。
 その場を仕切る騎士が手紙を読んでいる。
 机の上には、何枚か手紙があるが、すべて同じ内容であろう。
「隊長殿からのお達しだ」
 女騎士も机の上の手紙を手にとる。
「あらあら用心深いことで‥‥」
 一読してみせ、女は手紙を蝋燭にかざした。
「書類はすべて消去か」
「まるで撤退戦だな」
 すこし疑うような目で値踏みして見せて、女はふふっと笑った。
「まあ、なんにしろ私たちが一時的にしろこの場所を動かねばならない状況を作られたというのは敗北でしょうね」
「そうだな。それが一時的なものとなるか、重い代償を払うべきものとなるのか、あるいは、さきの戦争のような歴史的な意味のものとなるのかはこれからの動きひとつかな?」
「そうでしょうね。それでは逃亡の準備をはじめすわ」
「逃亡は好きじゃないから、引越しの準備だとでもしておくか」
「それじゃあ家財いっさいを持っていきますか?」
「言葉が悪かった」
 こまったねという顔を、その騎士をした。
「それじゃあ、隊長殿の言葉どうりに伝えておけ」
「はい。それでは紫隊はこれよりピクニックに出かける準備をはじめるように伝えておきましょう」

●今回の参加者

 ea8078 羽鳥 助(24歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3416 アルフレドゥス・シギスムンドゥス(36歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 ec1997 アフリディ・イントレピッド(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クァイ・エーフォメンス(eb7692

●リプレイ本文

 セーヌ河畔の地図を何枚も机の上に広げた部屋の中で、アルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)はじっとそれらを見続けている。どれくらい、そうしているのだろうか。長い間、ただ黙り込み、ときどきうなるような声をあげるだけで地図の上での仮想の戦争に没頭している。
 ただ、頬髯をなでるその顔に自然と笑みがこぼれているのは、不謹慎のそしりを受けるかもしれないが、彼が傭兵だからであろう。
 戦いあってこその傭兵である。
 平和な時代ならばよくて冒険者、ふつならば食いぱぐれ、最悪なのは強奪者に早代わりする者たちである。セーヌに巣食っている河賊どもはそういう連中の成れの果てなのだ。
 そして、それが平和の代償であるのならば平安もまた監獄なのであろう。
「相手もある程度人間が絡んで行動しているとなれば、ある程度は『頭のいい』相手と想定して作戦を立てた方が無難だと思います」
 黒髪の少女――もちろん、見た目と実年齢が同じとはかぎらないが発言している。
 それに対してメンバーも各々の思うところを述べている。
 活発な議論がつづく。
 しかし、それは一面では方向を決めきれていないということを意味していたのかもしれない。
「暗中模索だな‥‥」
 話が一段落つくと、やれやれと腕を後頭部で組み、椅子の背もたれにもたれかかった羽鳥助(ea8078)がぽつりともらした時である。
「迷惑をかけているようだな」
 その声とともに来訪者があった。
 パリ在住の騎士団と打ち合わせができるようにとアフリディ・イントレピッド(ec1997)がギルド経由で依頼しておいたのだが、その担当の人間がきたのだろう。オグマ・リゴネメティス(ec3793)が立ち上って扉を開けた。
 そして、絶句した。
 杖をついた騎士が入ってくる。
「シュバルツ隊長?」
 ノルマン広しといえども、剣も持てない体でありながら騎士でありつづけるのは、この男くらいなものであろう。実際、隊長職に就いていらい男が剣をふるっているところ見た者はない。
「すまない」
 国王にすら傍若無人なふるまいをする男が冒険者たちにまず頭をさげた。
 そして、今回の仕事の依頼人は作戦の意味を説明した。

 ※

 街道沿いには人だかりができている。
 夏の陽射しをあび、きらきらと輝く鎧を身につけた騎士たちが馬上のひととなりゆっくりと進んでいく。兜になかば隠された顔は無表情だが、その頬には光る汗が見える。
 無言のまま紫のマントの軍が進む。
 セーヌ河畔に配置された王の騎士団が、その任を解かれ、新たな任務として西部でのゴブリンたちとの戦いに赴くのである。
 しかし、初期の目的を達成したわけではなく、見る者がみたのならば、それは敗軍の撤退に見えたかもしれない。
「逃げ出しただけじゃねぇか!」
「けっきょく、面倒になったから俺たちに押し付けようって腹だろ」
 同じ騎士であっても、そうののしる者たちも実際にいる。
 国王の騎士たちが戦いのために移動することにあわせてセーヌ河畔の領主たちに国王の名前をもって出兵の命が降りたのである。
 そこで貴族、騎士とはいっても、猫の額ほどの土地しかもたない領主や、貧しさゆえに昨日まで自分で畑を耕していたような騎士たちまでもが駆り出されての騒動である。
 しかも費用は自分もち。
 文句もでようというものである。
 昨日まで、一流の装備を身にまとった騎士たちが巡回していた場所を、今日は先祖伝来の――と書けば趣のある文章となるが、つまるところ錆ついたような鎧をつけた若者や、老人たちが川辺に立つことになる。
 ひとりの少年がいた。
 騎士見習いのような立場で故郷の川辺――最近はみょうに小船が河の小島によっているなと思いながら見て回っていた。
 なにか音がした。
 はっとしてふりかえったとき、少年は生まれて初めて天使を見た。
「えッ――」
 思わず心もはずむ。
「うん?」
 よく見れば黒い羽をした小さな少女だ。
 茶色い髪が河からの風に揺れ、同じ色の双眸が河の水面のようにきらきらとかがやいている。
「見回りごくろうさまです。がんばってくださいね。ボク、応援していますよから」
 胸元で両手をぎゅっとして彼女が声援を送ってくれた。
「あ、ああ――」
 その魅力的な笑顔に惹きつけられる。
 にっこりパール・エスタナトレーヒ(eb5314)が笑って、その綺麗な羽をはばたかせて、ばいばいと手をふりながら、わずかのあいだ地上に舞い降りていた彼の天使は空へと帰っていった。
「ここまで来ればいいんですか?」
 しばらく飛んだ。
 羽鳥の凧も遠くに見える。
「さてと――」
 パールは目をこらして地上を見た。
 はたして、羽鳥と同じものを見ているのか、あるいは彼女が見落としたなにかを発見したりできるのだろうか。
 青い畑がひろがっている。その中央をゆったりとしたセーヌの河が流れ、川を沿うように街道と村や町、あるいは街がある。
「あら‥‥」
 街道をゆっくりと進んでいる一団があった。
 方向と人数から見て騎士団だろう。その前後には商隊らしい集まりもたくさんあるのはパリへとつながる道筋だからだろう。
 街道の先にはセーヌに寄り添うようにある森が見えた。
「あら?」
 そんな森には船着場でもあるのだろう。
 多くの小船が出入りしていることに気がついた。そして、なにか大きな荷を載せ、河に浮かぶ小島へとむかっていた。
「おかしい‥‥」
 なにかひっかかる。
「おかしくないのが、おかしい‥‥」

 ※

「目の前で撤退をする相手に追撃しかけるのは戦の常道だ。そして、そこで逃げる素振りをして敵を釣りだして迎え撃つってのも良くある話だし、向こうもそれを警戒してるだろう――」
 予言めいた言葉である。
 会議の途上、傭兵が語った戦術はことの本質を捉えてはいる。しかし、その策がどのようなものまでかはさすがにわからないようであった。
 さらにたちの悪いことに、この世界には魔法という厄介なものがある。 
 ひとりが足を止めた。
「どうし‥‥ああ、雨か」
 騎士の仲間が声をかけてきたとき雷も鳴った。
 いつしか暗くなっていた空から、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきたかと思うと、それは突然の雷雨となって、地面を激しく叩いた。
「進軍を止めなさい!」
 兵をおちつかせる。
 その雨は視界ばかりか、音までをもかき消していた。
 奇襲を食らうには最悪のタイミングだ。
 不安な気持ちが騎士たちのあいだにわきおこる。
「いいな、この機会をのがすんじゃないぞ」
 そして、その時を待っていた連中が動き始めた。
 雨に騎馬の音が消され、それは完全な奇襲となった。
 最初の衝撃が騎士団の軍勢のわき腹に決まったと思うと、少数の賊はその傷を拡げようと暴れだす。ひと暴れしたら逃げる手はずになっている。隊列を組みなおされたらかれらの勝てる相手ではないことくらいわかっているのだ。
 それに、ここで逃げて体勢を再編成してもらわなくては困る。
「うまくやっているみてぇだな」
 これから騎士団が押し寄せてくるはずの橋の上で待ち構えていたジャイアントの前にあらわれたのは騎士には見えない男であった。
「だれだ、てめぇ?」
「アルフレドゥス・シギスムンドゥス。あんたの嫌いそうな騎士に雇われた男さ!」
 長い柄のついた鉾をふりかざして髭面のジャイアントが叫んだ。
「なら、てめえは敵だ! 俺こそはリュウ義兄が三男、チョウ! さあ、かかってやがれ!」
「前門の狼、後門の虎‥‥」
 誰であったろう、東方から友にそんなことわざを教えてもらったことがあった気がする。しかし、状況はそれほど悲惨ではないかもしれない。なぜならば、襲われているのは羊ではないのだ。
「おもしろい!」
 傭兵は両手にダガーをふりぬいた。
「こい!」
「おう!」
 ふりぬきざまの一閃、応酬の一撃。
 繰り返される鉄の音が雨の中に響く。
 一撃、二撃――
 打ち込みながら足を動かす。
 力はほぼ互角。
 位置を変えながら、たがいに有利になる場所をさがす。
 突然の雨で足もとの草は転びやすくなっている。
 そうであるのならば、そこから生じる、わずかな隙が勝敗をわけることになるのはまちがいない。
 仲間の協力があれば、確実に勝てる相手だ。
「はいやぁ!?」
 白い馬が突っ込んできて、ふたりの間にわりこんできた。
 雨のせいで凧を使えなくなった羽鳥が、愛馬、愛犬とともに馳せ参じてきたのだ。
 犬が吠え、ジャイアントの気が気をそれた。
「もらった!」
 アルフレドゥスの左のダガーがからめると、身体を相手に密着させる。間髪はない。あとの一本がジャイアントの首につきささった。
「あ‥‥――」
 鉾を手にしたた口から血があふれ、ジャイアントは絶命した。
 我がことのように羽鳥が歓声をあげた。
 それと時を同じくして、
「撃退したぞ!」
 という騎士たちの声がした。

 ※

 胡坐をかき、瞑想をしていた小柄な老人がたちあがった。
 黒のローブをかかった雨をはらうと、部下たちを呼んだ。
「そろそろ、よいかの?」
 すでに峠も過ぎ、空も明るくなっている。
 この雨は、彼が操る魔法の影響である。
「まだ、こないかの?」
 陰険な目をして、老人は森の中から街道を見つめる。
 複数の伏兵を用いて騎士団を翻弄させながら、この地に呼び寄せる。それが、かれらの立てた作戦の第一歩である。
 兵を分けたのは騎士団の襲撃を恐れてのことだが、それによって自分たちの手持ちの兵を読ませることなく、あるいは巧みに見せつけることによって、実際以上の数であると相手に思い込ませようしているという点もある。
 もちろん兵の分散は直接的な攻撃力の減少も意味するが、今回は罠によって、それはどうともなる。そもそも相手に完勝する必要はない。それが、軍師からの指示でもあった。
 チョウの部隊を強襲させやくするためにふらせた雨はセーヌ河にしかけた罠を発動させるための文字どうりの呼び水となる。
 騎馬の足音が遠く地響きとなって聞こえてくる。
 いましばらくの時間を――
「準備をはじめろ!」
 老人が部下たちに命令を下した。
 その時だ。
 背後で、鬨の声があがった。
「なんじゃ?」
 老人の叫びは周囲の悲鳴にかき消される。
 つぎつぎと位置を変えて放たれる矢が、部下たちの鎧の隙間につきささり絶命、あるいは戦闘不能の状態においつめられていく。
「これは‥‥」
 老魔法使いは言葉をつまらせた。
 これは、特殊な訓練をい受けた者にしかつかえぬ技にちがいなかった。ならば、攻撃をしてきているのは、戦いの経験もない田舎の騎士などではない。
 しかも、これだけあちらこちらから狙撃されるということは敵はいったい何人いるというのか‥‥裏の裏をかいたつもりが、さらにその裏をとられた。
 まこと兵は鬼道なり。
「河賊の立場で見て襲撃に理想的なポイントを見極めておく。一番襲撃に理想的なポイントに潜伏し、襲撃しようと掛かってくる直前の所を逆に襲撃する」
 魔法使いの背中にぞくりとした冷気が走った。
 恐怖が、彼をふりむかせる。
 雨の森にひとり。
 女がいる。
 死神と呼ぶには、あまりにも美しく、しかし、それはまごうことなき死という擬人化であった。
 老人は逃げ出そうとして、濡れた草に足をすべらせた。
 一閃、天使がふるったという伝説の剣がアフリディ・イントレピッドによってふるわれたかと思うと、一刀のもとに老人を切り伏せられた。
「ボクたちの方も成功しました」
 それを待っていたかのように空から声がした。
 昨日の少年騎士たちが河の小島を無事に占領したこを確認して、騎士見習いの少年が信仰する天使が舞い戻ってきた。
 河賊たちがセーヌ河に堤防を作り、この雨を貯めた上で、堤防を決壊させて騎士団を押し流そうという計画を練っていたのである。昨日の小船は、その準備をしていたのだ。
 空からしばらくセーヌ河を観察していて、彼女はそれに気がついた。
「それにしても部隊を少数に分けて遅滞作戦をとっていたなんて‥‥やられましたね」
 自分の考えた策がからぶりに終わったオグマがやれやれとため息をつく。
「どうりで夜中のあいださがしても、それっぽい大きな熱源が見つからないわけですね。まさか商隊に化けて騎士団の付近に分散していたなんてね‥‥」
「それよりも、はっていたのと同じ森に敵もいたのはな‥‥」
 仲間を寝泊りしていたテントへ案内しながらアフリディは自分が幸運なのか不幸なのか、本気で考え込んでいた。

 ※

「本当にありがとう」
 その騎士もまた、上司と同じように頭をさげた。
 どうも、頭をさげるだけならばなんの費用もかけることなく、相手の好意を引き出すことができるとでも教育されているようである。
 なんにしろ、冒険者たちの活躍により最低限の被害ですんだのだ。
 礼のひとつやふたつ安いものである。
 それでも河賊はどうするんですか? と誰となくたずねると、
「しばらくはパリへこないでしょうね」
 女の騎士は言葉をにごした。
 どちらにしろ、これだけ痛い目にあったのならば傭兵崩れもしばらくはおとなしくしているであろう。
 そのできた時間でやるべきことをやるまでである。
「もしできるのならば、こんどのゴブリンたちとの戦いにも君達の力を貸してもらえたらと思うよ――」