シェリーキャンをさがして(前編)
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月18日〜07月23日
リプレイ公開日:2009年07月27日
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●オープニング
「あら‥‥!?」
「どうしました?」
主人のきょとんとした声に、少女が首をかしげた。
「ちょっと‥‥ね」
読んでいた手紙を机に投げ捨て、かわりに少女のだしたカップに手をやる。
やれやれというため息をもらしながら、冒険者ギルドの女主人はメイドの少女に手紙を読むようにと目でサインを送る。
唇がすでにカップと口付けをしているせいだが、横着なしぐさといわれてもしかたないであろう態度だ。
「ネゴシアン・アーノンクール‥‥」
封筒に書かれた名前を口にしながら少女は記憶の糸をたぐった。
「たしかワイン商の方でしたね」
「そう。ギルドのつてで冒険者ギルドにワインを収めてくれている業者の方よ」
「味はいまいち、格安さに比べたら酔っ払いどもにはそんなの関係ねーでしたっけ?」
ワインの納入業者を決めたとき叫んだという、主人のその一言はギルドの少女たちのあいだでは、いまや伝説とさえなっている
もっとも、そのときはワインの試飲をしすぎたせいで記憶がございません。そうでなくとも前後不覚なので無罪ですと言い張る、自称、ギルドでいちばん若い女は耳をふさいで聞こえないふり。
「それが突然、店をたたむといいだしてきたのよ」
「いきなりですね」
「彼の持っている畑のあたりは、悪魔かなにかに襲撃があったとも聞かないし謎なのよね‥‥」
「お嫁さんに逃げられたから店じまいをしますって手紙に書いてありますよ?」
「いや、彼は独身だけど?」
「まだ結婚していないけれど親しいあいだがらの方がいらっしゃるんじゃないんですか?」
「それも断言していいけれど、ない!」
女は言い切った。
「ひどいですね。他人のプライベートですよ」
「なにを言ってるのよ、他人のプライベートでも、わたしにとってはパブリックな事件なのよ! だいいち彼はぜんぜんもてそうじゃないでしょ!?」
ギルドの経営者は、どうやらこの件が気に入らないらしい。
「いえ‥‥わたしは、ネゴシアン氏のことは知りませんから‥‥」
「あら、そうだった? あの小太りで、汗かきで、いつもぶつぶつと言っているよな彼を知らないかしら? いつもパリにきたら、ひらひらの特徴ある、美少女が着たら似合いそうなコスチュームを買っているって噂なんだけど‥‥」
「そんな噂なんて知りませんよ。それに、その言いだったら着せる相手がいるじゃないですか!?」
少々、常軌を逸しつつある主人を少女はさとした。
「うう‥‥認めたくない。認めたくない! あいつに彼女がいるなんて、まるでどこかの国の陛下がみずから結婚相手を見つけてくるくらい、ありえないことよ!」
正気に戻りつつも、きわめて不謹慎なことを言っている気がするが、とりあえず後半部分については記憶から抹消しておくのが吉であろう。
少女は、肩をすくめた。
「傷心のあまりの酒造りを離れたがっている方にむりやり酒を作らせようなんてひどくありませんか? とりあえず他の業者にあたりますか?」
戸棚に手をやり、酒業者の名簿に手をやろうとすると待ったという声がかかった。
「なにを言ってるのよ、首に紐をつけてでもつれて帰ってきてもらってワインを作らせるのよ! これは正義! そう、ギルドのコスト削減のためにもぜひともやってもらわなくてはいけない厳命ないのよ!?」
かくして、偏った正義感に突き動かされた商売人の依頼が告知された。
●リプレイ本文
ひろがる空は青く、照りつける夏の日差しは季節本来のものとなっている。
さすがに、日もだいぶ西に傾いてきていて、昼間の猛暑にくらべればまだすごしやくなりはしたが暑いことにはかわりはない。クロウ・ブラックフェザー(ea2562)が首からしたたる汗を手でぬぐおうとすると、はいっと、眼前にハンケチがさしだされた。
「ありがとう‥‥」
つづけて仲間の名前を言いかけたところで、クロウは言葉を失った。
羽をもった彼の妖精がてへっと笑っていながら、それをさしだしていたのだ。
隣で、褐色の肌をした女が笑っていた。
どうやら、彼女がハンケチを貸してくれたらしいのだが、すこしいたずらをしかけたらしい。おいおいという表情のクロウの顔を、妖精がうれしそうに汗をぬぐっている。
「おッ!?」
風がそよぎ、周囲の緑はカーテンのように揺れたかと思うと、教会の鐘の音が聞こえてきた。
葡萄の木々の世話をしていた農民たちが足早に帰路へつこうとしている。
あるいは、そのまま街道沿の葡萄の看板のある建物にと消えていく。
「あそこみたいね」
ふところから出した紙を確認するとライラ・マグニフィセント(eb9243)がクロウの肩をたたいて、誘うように歩き出すした。
クロウはふりかえって声をかけた。
「宿に行くぞ!」
「待ってください!」
背後から、あどけない少女の声が返ってきた。
スカートのすそをぱたぱたとやって土ぼこりをはらいながら、とてとてと駆けてきたのは、いまままで夕べの祈りを捧げていたからだ。
茶色の髪をゆらしあんがらアイリリー・カランティエ(ec2876)が、ふたりのあとを追って宿に入ってみると、意外なほどの人ごみ。
「ああぁ、みうしなっちゃったぁ! 駆け出しシスターの明日はどっち!?」
「明日はしらないけど、俺たちはこっちさ」
クロウが彼女を捕まえ椅子に腰掛けさせた。
「まあ、そこで見てろよ!」
ちょっと先輩ぶって男が陽気な調子で人ごみの中に入っていく。
ライラはくすりと笑って、ワインを二杯と四人前の食事を注文した。
「は‥‥あ、早い!?」
早速、おやじがワインを持ってきた。
あまりの喉のかわきにアイリリーは一気に飲みほした。
「ぷはぁ! やっぱりいいな」
すっかりかわいていたい喉も、それでうるおった。
うるおうと、別のことが気になってくる。
「どうしたの?」
「ちょっと味が‥‥」
お祝いの時などに、司祭さまに飲ませてもらった、本当においしいワインなどとくらべるとなにかふたつ、彼女が勘が告げる事件(?)の真相には、あとひとつ足りない味のような気がするのだ。
「ギルドのひともいっていたけど、なにが悪いのかな?」
「たぶんね‥‥」
「たぶん?」
「葡萄がそれ用のを使っていなのさ!」
アルコールくさいにおいしたかと思うと、白髪の顔を赤らめた老人が、さきほどまでクロウが座っていた椅子にどっしりと腰掛、かってにしゃべりだしていた。
すっかりできあがっているらしく、饒舌になった口から語られる話はまわりくどくわかりにくいが、どうやらこのあたりで作っている葡萄はワイン向きのものではないということであった。
「お菓子を作るのにも、やっぱりふさわしい材料があるのよね‥‥」
すこし遠い目になってライラは、ため息をついた。
この冒険に出る前に、ギルドでちょっとした事件があって、それがすこしだけ――数日もすれば忘れてしまう程度には――トラウマなのだ。
「ふさわしい材料?」
きょうは首の運動するには、いい日であるらしい。
自嘲気味に、お菓子屋の店主はギルドの受付嬢に自店の菓子を持っていったということを語った。
「つまり、わたしもお手伝いして作った新作のビスケットをもっていったら、味にチェックがはいったってことですか?」
ワインで頬を赤らめながら――すこし、アルコールがまわったようだ――アイリリーは聞き終えた話をまとめた。
「そう――」
計画をたてて材料を用意したのはいいが、店の方で予定外――最近、常連になりつつある双子の姉妹が服を買いにきたついでにやってきて大量にお菓子を買っていったのだ――の数の菓子がはけたたため、材料が足りず、本来つかっているものとは別の種類の材料を使ったところ、そのちがいを見事に言い当てられたのだという。
「原因がわかっているだけに悔しいわね‥‥」
でも、ふだんの味とはちがった風味でおしいですよといって、喜んで食べてはくれたのはひとつの発見だ。悔しさは明日への糧。心の中のメモにはレシピだけは記憶しておこう。
それはそうと――
すこし困った顔でアイリリーがライラの袖をひっぱった。
「どうしたの?」
「この、おじいさん‥‥」
えへへといやらしく笑いながら、酔っ払いの老人がアイリリーにちょっかいをだしてきている。妙な下心が一目でわかって、いまにも不埒なことをはじめてしまいそうな雰囲気だ。
「こまったわね」
ライラは苦笑しながら、まだ世間慣れしきっていない娘に、こういう場合は淑女のたしなみとして、いかにあるべきか行動で示そうとした。
そのとき、酔っ払いのの襟元をつかんだ者がいた。
「クロウさん!?」
「悪いな、ふたりは俺の先客でね」
「先客‥‥ね」
ため息をつきながらライラは杯にくちをつけた。
老人には退席いただいてクロウが椅子に腰掛けた。
「職人や農民たちに、醸造所をやめさせないために説得にきたといったらいろいろと話してくれたよ――」
情報を整理すると、こういうことであるらしい。
そもそも、このあたりはもともと食用としての葡萄が作られていたのだという。もちろん、おのおの家で自家製のワインを造ってはいたが、大々的に作り出しのはここ数年のことで、なんでもこのあたりの大地主であるところのぼんぼんの息子――これがネゴシアン氏である――が突然、労働の女神に恋をしたらしく酒造をはじめたのがはじまりで、それ用の葡萄を使っていたわけではなかったから、とりあえず量だけは作って、安酒場などを中心に卸し始め、そこから販路を開いていったのだという。
もちろん、それだけではやがてどん詰まりになるのはわかっているので、大衆向けとは別に高級ラインの研究もはじめようとした矢先の出来事である。
「女主人の希望で専用の葡萄を育てる研究をはじめたがっていたそうだがな」
「女主人?」
依頼主ではなくてと、聞き手の声が重なった。
「ネゴシアン氏の人となり、近況に付いて聞いてみたんだ。そうしたら嫁さん、或いはそれに準ずるような交際相手が居なかったかを。居るなら、今どうしてるか。喧嘩とかしたなら何が原因かって聞いて回ったら、そんな人物‥‥なのかな? まあ、そんな風に村人たちが呼んでいる存在に行き当たったんだ」
「どんなひとかしら?」
「ネゴシアン氏のビジネスパートナー」
言い馴れない単語を口にしているせいか、ロックは口をかみそうになった。
逆に、そんな付き合いもあるライラは、意外な場所で意外な言葉を苦笑ぎみ。
「どうも業者として問題があるようね」
めずらしい単語を口にしているところで、だれかの声がした。注文した食事が運ばれてきたのだろうか。顔をあげると、三人はかたまった。
「すみませんですが‥‥」
「なんだ?」
いつしか、三人の席のまわりにひとだかりができていた。
「ワイン商の方ですだか?」
「ええ、まあ、そんなものね。ワインの件でパリからきたのよ」
クロウが、そう言って回ったせいだろう。もっとも、冒険者ギルドの商談できているのだからウソではない。
「おい、みなの衆、パリからご主人の機嫌をとりにきた方々がいらっしゃるぞ!」
おおうと、村人たちが声をあげた。
「それでは、あの方々の説得をしてくださいますのですね。よかった‥‥主人の方はただいま屋敷に閉じ込めておるのでございまよ」
「はい!?」
みょうなことに巻き込まれたのかもしれない。
※
翌日、さっそく屋敷に案内された。
いくつもの建物が立ち並ぶ広い敷地の中で、まずあまり丁寧に扱われていないのが、はためにもわかる大きな館へと案内されると、奥まった場所に彼の部屋があった。
「立ち入り禁止」
と扉にでかでかと書かれ、ちいさく餌を与えるな、萌え禁止と殴り書きされいるが、はたして誰が書いたものか。
すこし扉を開けて、中を確認。
「さあ、撤退だ!」
クロウはあさって――偶然ながらパリの方向だったが――の方角をゆびさして歩き出した。ライラが、その襟首をつかむ。
「逃げてどうする?」
「あんなものを見せられたら、どんな冒険者だって動揺を覚える!? それが人間というものじゃないか!」
なにを言っているのよといってライラも扉を開け‥‥閉じた。
「さて、帰りましょう!」
ライラもパリの方向を指差して、クロウといっしょに歩き出す。
「まってください!」
最後にアイリリーが、ふたりの襟首をつかんで引き止めた。
「逃げないでください! ギルドの方もおっしゃっていたじゃないですか! 今回の相手は一筋縄ではいかないって! そもそも、おふたりのようなノルマン最強やパリで一、二位と言われている方々がどうしたんですか!」
ふたりに苦言を言いながら怖いもの知らずの司祭は扉を開けた。
そして、その第一声。
「ええっ‥‥と。これは、なんてモンス‥‥――!?」
アイリリーの口をクロウがあわてて押さえた。
(「モンスター言うじゃない!?」)
(「人間だからね」)
さすがに、ひそひそ声になってはいるが、言っている内容はひどいものである。
もっとも、言われている――たぶん――人間も、まあ、なんだ、規定外なのだからしかたない。背は低いが、横には大きな男が、ぶひぶひ言いながら、机に一心不乱に向かってなにごとかぶつぶつと行っている。
部屋には人形や、イラスト、それに例の――けっきょく、どの店で買ったのかわからなかった――衣装がならんでいる。
「相手は人間である以上、コミュニケーションは可能なはずです」
アイリリーを胸をたたいて交渉役となった。
「どこへ行ったとか、行きそうな場所はわかる?」
ぶひ?
男が応える。
アイリリーは、こんな感じで質問攻めをした。
「お嫁さんの服や食べ物の好み、好きそうな場所、あとは逃げられた時の状況を詳しく聞いておく。ついでにお嫁さんを連れ戻せたらワインの値段、割り引いてもらえると嬉しいな」
「ぶひぶひ。じゃなくてだな――」
さすがに、まじめに応じると、なかなかの紳士振りである。が、しだいに、彼女の正体がシェリーキャンであることを語りだしたあたりからようすが危なくなってきて、彼女がどんなにかわいいかなど話し始めたら――
(「妖精の嫁さんの事は知ってるよ。誰にも言う気は無いから安心してくれ」)
(「それは、なに?」)
クロウが、ぶつぶつとつぶやいていたので
「いや、言ってやろうと思って考えておいたセリフなんだが村人たちが知っていたのは予定外でね、きめ台詞にこまっているところなんだ。しかも、彼女があれだろ――」
※
「はぁ‥‥」
アイリリーはため息をついてとぼとぼと歩く。
言葉が通じたからといって、会話が成り立ったかどうかは別である。覚えていることといえば、ミーシャ萌え、萌え、萌えと語られたことくらいである。
「ミーシャ嬢か‥‥」
相手の名前はわかったが、その代償に受けたこのよくわからない疲労感はなんなのだろうか。
「敗北感を感じます」
「まあ、廃業中止の確約はとったからいいじゃないか」
クロウは、男に書かせた証文を確認して、ふところにしまった。
「でも、相手はどこかに行って行方不明どころか、同じ屋敷の別棟にいたなんて、どう報告したらいいの?」
「しかも、実は依頼主の方が彼女たちに監禁されていて、その意趣返しの廃業報告でしたって、完全に業務妨害だな」
「社長の業務妨害か‥‥」
パリでの菓子屋仲間の集いへゆくと、ひどい取引業者の話などにもなって、あきらかに計画倒産をして借金を踏み倒す者もいるという話を聞かされるのを思い出す。
「あ、きれいなお花!」
さきほどとは正反対に、こちらはやたら清潔な小さな家へと案内された。あたりにはそうじをする者たちや庭の手入れをする職人、それに絶え間なくやってくる商人ぽい人たちと、それに対応する使用人たちと、さきほどの屋敷とはまるでちがっている。これでは、どちらが、ここの主人であったのかわからなくなってくる。
「さて、こっちも大変だろうな」
「たぶんね‥‥」
こんどの交渉役はライラだ。
「交渉厄だな」
「交渉疫かもね」
「不治の病かな?」
「恋の悩みだもの――」
扉をあけた。
「あなたがたは?」
妖精が鋭い声をあげた。
質素な服を着ているが、心が錦ならば、それすらもどんなデザイナーが引いた線よりも美しい装飾のラインになるものなのだろうか。
「わたしは、あいつの思いどうりにはなりませんわ!」
覇気のかたまりのようなオーラを発しながら話を聞き終えたミーシャは断言した。
「かつてにひとを許婚にしないでくれるからしら! すべては、あいつがかってに言っていること!?」
「そうなの?」
「そもそもわたくしは、あいつの事業に投資したのであって、あいつの人生に投資したわけではありませんわ!」
想像していた妖精ではあるが、どうも調子が狂う。
というか友人から聞いていたシェリーキャンとはいくぶん性質が異なっているような気がしてならない。
「それなのに、あいつったら、ひとの苦労も考えないで、稼いだお金を事業の拡大にまわさないで、あんな物を買うなんて‥‥しかも、あんな格好をわたくしにさせる気ですってよ!」
着た自分の格好を想像でもしたかの、顔どころか、耳までもをまっかにして頭をふるって演説をつづけた。
「わたしにだって寿命があるのだし、わたしの力で葡萄を醗酵させるだけじゃダメなのよ! わかってる? 個人には命の終わりがある。でも、企業は倒産しないかぎり死ぬことはないのよ!」
その力説するさまは妖精というより、パリの商工会で見かけるやり手の商人のようにも見えた。
(「それでか――」)
唐突にわかった気がした。
彼女は企業家であって、彼はそうではなかった。
むしろ彼は商売を抜きにして気に入っていた――ただ、それだけの話だ。
きぃきぃ叫んで、地団駄を踏んでいたミーシャはライラの声に、とりすまして、こほん。
「なんの話だったかしら?」
「ネゴシアン氏との仲よ」
「そ、そ、そりゃあ、あいつがまじめに商売をやって、もうヘンな趣味をひとに押し付けないというのならば考えてやってもいいけどさぁ‥‥」
「仲良くなったらのならば、服を作ってあげようかしら?」
シェリーキャンは、顔をまっかにして悲鳴をあげた。
「コミケッタの服は、い、いやですからね!?」
「そうか、調べてもわからなかったけれどコミケッタという店だったのか‥‥どこかで聞いた名前ね――」