シェリーキャンをさがして(後編)
|
■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月10日〜01月15日
リプレイ公開日:2010年01月18日
|
●オープニング
「このワインは?」
「わかりますか?」
「ええ‥‥新しいところのもの?」
「いえ、以前から卸してもらっている安い蔵のものですよ」
「そうかしら? あの、ただで配っているワインと同じ蔵にしては味がだいぶ違うような気がするのよね」
「あの蔵で、うちに持ち込まれた一件があったじゃないですか。やめるとか、やめないとかって話になって、冒険者まで雇ったことがあったじゃないですか。もっとも結果はなんやかんやで主人が代わったんだって、おぼえてません?」
にっこりと笑ってメイドが、冒険者ギルドの主人に質問を返した。
「ああ、そういう報告があったわね。すっかり忘れていたわ」
「それで、こんどはじめる高級ラインのワインだそうですよ」
「どうせお高いんでしょ?」
「ところがですね、奥さん。お値段はなんと! ‥‥まあ、うちにはお高いとだけいっておきます。あ、大丈夫ですよ。これは無料のお試し品のですから」
メイドは主人のあわてた姿にくすりと笑うと、
それでなのですが−−
と前置きをして客人を通すようにと告げた。
「彼女は?」
意外な依頼人であった。
人間ではない。
ローブをとるとひとではない異相の女がいて、自分はシェリーキャンだがと言って、依頼を語り始めた。
話をかいつまんで言えば、彼女こそがいま話題に出ていたワイン蔵の新しい主人であり、前の主人の時にごたごたはありはしたもののなんとかなじみの取引先とは商売をつづけてさせてもらえることとなった。しばらくは、信頼回復に力を入れつつも、やはりそれだけでは先細りとなってしまうため、ぜひ新たな販路を開拓をしたい云々。
そんな商売の話をした後で、
「彼と仲直りをしたいんです」
顔をふせ、ぽつりとだけ言った。
「いつから、うちは恋愛相談場になったのかしら?」
たぶん某国の国王陛下の婚儀に関してすくなからずの活躍があったはずのよろず相談所の所長は、ぶつぶつと言いながらも了解した。
ただ、こんな付帯条件が依頼人がついていた。
「彼がヘンな趣味をやめさせるというのが絶対条件なんですけど‥‥」
※
「それで、ネゴシアン、おまえはなにをしたいんだ?」
服に針を通しながら主人は、客の顔をちらりと見た。
「いいじゃないかよ! 金は払っているだろ!?」
自分の−−なかば閉鎖した−−蔵で作ったワインを瓶ごとあおりながら友人は愚痴をたれる。
「払ってもらったつもりはないが?」
「いつも服を買うときに払っていただろ!?」
「それは服代だ!」
「そうですぅ。うちは酒場じゃないんですぅ」
口をとがらせて羽をもった小さな娘が、えいえいと居候を足蹴り。
けりけり!
店員に蹴られるたびに、衣装店の主人の友人のほおがゆるみ、口元がほころび、目元がにやにやとしはじめる。
「喜ぶなよ! まったく、こいつをどうやったら更生させることができるんだ?」
そして、追い出すことができるんだとつぶやく主人も傍目には同類である。
店中に怪しげなまでにカラフルな自作絵をところかまわず飾ってあるが、目の大きな女の子の絵やら、見たこともない白と黒の独特な衣装の少女たちやら、赤いバックを背負った幼女の絵などスカートの下には、ウサギの書かれた白い布が描かれてしている。
なにも知らずに入ってきた客が
「ココハドコノクニデスカ?」
とまず思うのはまちがいない。
パリの中でも、あきらかに浮いているといっていいだろう。
もっとも、そういうものを好む奇特な貴族や金持ちというのもいるもので、そういう筋からは重宝されているし、なにかと問題が多いのは本人も理解しているのだろう。おもてには別の店をやっているし−−だから、ふつうに探しても見つからない−−つてがないと入れない会員制の店でもある
なんにしろ、へ、変態ですぅといって半泣きになりながら蹴り続ける店員をうっとりするようなまなざしで見つけながら、ネゴシアン氏は酒蔵のもの主人は壁に飾られた露出度の高い黒いレザーの服を指し示した。
「ぼくは、彼女に、そんな服を着てもらって、こういうことをしてもらいたいだけなんだよ!?」
※
シェリーキャンは、ぶるりと体をふるわせた。
「どうしたの?」
「えっ!? あ、寒くありません? なにか、いまちょっとぞくっとしたんです」
「そうね−−」
ギルドの主人はメイドの娘に窓を閉めるように命じ、
「仲良くする方法ね?」
「パーティでもやりますか?」
窓を閉めていた娘が口を挟んだ。
「なんでそうなるかな?」
「いただいたワインでも飲みながら、お話する機会を与えてみたらいかがでしょうか? その方もなんだかんだといってワインは好きなのでしょ? それに、ギルドの新年会のついでですよ!?
●リプレイ本文
木の窓をかたかたとたたく風の音は、それだけで冷たく感じ、きょうもパリの街は冬の一日だ。
こんな日は、外に出かけるのはお休みにして家の中。
昼間だというのに、寒いからと窓を閉めて蝋燭をともし、ほんのりと明るくなった店内で暖炉の火が燃えるのをながめながら、日常の業務としゃれこもう。
「まずは――」
なにから作ろうかと、ライラ・マグニフィセント(eb9243)はエプロンをかけながら、その日の仕事の手順を考えていた。
えっと――細い指先を、その唇にあてながら物思いにふけるさまはなんとはなしに艶めかしく、エプロンの胸のふくらみや、鍛えてはいながらも、やはり女性特有の細さをもった肢体からは、ふだんの男装の麗人めいた姿からは想像するも難しいような、あまりにも女性らしい色気がただよっていた。
まずは――鍋に水をはり昨晩の料理で使った野菜の余りや、冒険用にと保存食として作った肉の燻製を、まあいいやといれて、ことことことこと。
「これでよし」
手を拭きながら、これはこれで終わり。
そういえば――幼い頃、母親が外に仕事にでかけていくとき、畑でとってきた野菜のくずや、夕食で残った塩漬けの豚肉を鍋に放り込んだだけなのに、夕食のときにはなぜか、おいしいスープができていて、お母さんは魔法使いだと思ったことがある。
後年、お菓子作りの勉強をしているときたまたま知ったのだが――文字にされ、料理の本に書かれてしまうと仰々しく感じるものだが、ポトフといっても、もともとはこんな田舎のおかあちゃんの味だ――
キッチンに籠もりながら開店の準備。
冒険者として、ひと探しをしないといけない事案もあるが、とりあえず妙案も浮かばないしとまるで現実逃避のように日常の業務に没頭しよう。
教会の鐘の音がしてきた。
ライラのお菓子屋の開店の時間――とたん、扉をたたく音がしたかと思うと、ドアを開けるの面倒だというようすで、そっくりな顔をした女の子たちが飛び込んできた。
「お菓子ちょうだい!」
「きょうのお薦めはなにぃ?」
にぎやかすぎる常連客の到着だ。
ライラは、笑いながら
「いらっしゃいませ、お嬢さんたち」
と、騎士の会釈。
エプロン姿の、すらりとした肢体は、まるでおとぎ話の中の王子様であり、お年頃の貴族の娘さんたちは、きゃぁきゃぁと黄色い声をあげる。
そして、あれがいいかな、これがいいかなと並べられたお菓子を拝見。
「それにしても今日は早いおつきだね」
「いちばん最初にきたら、お菓子は選び放題!」
えっへんと胸をはる。
大変、お気に入りらしい。
「それに注文していた服ができるんだ」
貴族ならば、そういうものは店の方が屋敷に持って行きそうなものだが、そうでもない店もあるらしい。
「おや?」
双子の腰で、それぞれ鴨と葱のちいさなぬいぐるみが揺れていた。
「どこで買ったんだい?」
つぎは、どのお菓子を出そうかと考えながら、なにげない一言。
「コミケッタでもらったの!」
ライラの動きが止まった。
貴族のふたごの姉妹が、これからその店に行くのだの、どんな服を買ったとか、どんな服を注文しているのだとか、それをきょうは受け取りに行くのだとか言っていた。
ライラの表情がすこし変わる。
「その話、くわしく聞かせてもらえないかな?」
※
おもてには別の看板。
その一角の住民だけが利用するし、近隣の人々が日常の買い物をしてもらうだけで成り立つ程度の商いしかしていない小さな店がある。
ただ市民に慣れ親しまれた表とは別の裏の看板もある。
そこで、お得意様だけの知っている秘密の合い言葉と鍵で、路地裏にある扉が開けられると、
「はいですぅ!?」
ちょうど暇をしていた羽をもった少女が来客を迎えに向かったとたん、勢いよくあけられた扉に、みごとにぶつかり、そのまま扉の横の壁に激突。
むきゅう〜。
あわてて主人が介抱に向かったところへ東洋風の黒髪の少女が入ってきた。
「ごめんください!」
後ろから、こんにちはという二重のハーモニーが奏でられていた。
なじみの客たちに連れられた見慣れぬ黒髪の客。
桂木涼花(ec6207)は、ここがそうかという表情をしながら店の中を観察した。
整頓されていないというわけではないが、顔だけのぬいぐるみやら、半裸の人形やら、なんだかよくわからないもの――というか、わかってはいけないと魂が騒ぐのはなぜだろうか――が、ところせましと並べられているわりには、不思議な調和を感じる。
「白い悪魔の衣装ができている!」
「めでたい柄の聖職の服があるよ!」
壁にかけてある、新着と書かれた服を指しながら少女たちはきゃっきゃ。桂木のことなど、もはや忘れたかのようである。
「まあ、いいが――」
きょろきょろと見渡していると見つけた。
というか、奇跡的に目に入った。
酒瓶を片手に縮こまって商品の埋もれていて、ところせましと並べられた物体のひとつかと思えるほどだ。
ってか、あいつ、まわりと完全同化しているよ。
「俺は二次元の世界に行くんだぁぁぁ!?」
ぶつぶつとわけのわからないことをつぶやいているし、ほおっておきたくなるが、これが例のネゴシアン氏。
「あ、そいつは失恋のショックで、自分の世界へ閉じこもっていますから、ほうっておいてやってください」
双子たちと店員を介抱しながら、小太りの店長がすまなそうに頭を下げる。
いや、そんなことは百も承知。それをわかったうえで彼を説得にきたのだ。
こほん。
咳をひとつ。
男の前に仁王立ちした桂木が口を開く。
「聞く所によると、貴方、極度の被虐嗜好者であるにも関わらず、彼女が仮装を拒否する事を嘆いているとか‥‥」
はじめは興味もなさそうに背を向けていた男が、仮装という言葉に反応した。
「ふっ…随分と、甘くていらっしゃる」
くすりと笑った桂木の視線。
ぞくりとするような冷たいまなざしに、ネゴシアンは興味をもったようだ。
「望みが、果されない…それこそ、最大の焦らしであり苦痛! これを悦べなくて何が被虐嗜好です」
被虐と口にするさまは、まさに嗜虐であり、嗜虐を被る者は、まさにそれこそが喜び。桂木を見上げる男の瞳は、まさにきらきらと輝き、まるで救世主を探しあてた力なき民であるがごとき視線である。
(「まったく――」)
ため息しかでない。
そういえば、この前も同じようなため息をついた。
「シェリーキャンはワイン醸造上、貴重な存在だとか。引く手数多ではないです? それなのに何故、彼なのでしょう?」
依頼主と言葉をかわしたとき、桂木はそう尋ねた。
「同等に見てくれたから‥‥それにあの営業力――」
それが応えであった。
たぶん、それは妖精である彼女だからこそもつコンプレックスであるのかもしれない。そして桂木を羨望のごとき見つめる男もあるいは――
「彼女の理想の姿を思描き、果されない苦痛に身悶え、願いの適う日を夢見て、彼女に傅き懸命にお働きなさいませ。働き次第では、いつの日か「ご褒美」が貰えるかも知れませんよ?」
※
修羅場なるものを経験して、生きて帰ってくることが冒険者の称号であるのならば、色恋ざたを経験しつづけている市井の男女もまた冒険者なのだろうか。アイリリー・カランティエ(ec2876)は、ふとそんなことを考えていた。
いま彼女は冒険者ギルドにいる。
まわりではギルドの少女たちが、仕事を求めにきたり、酒場でたむろっている冒険者の相手をしながら、すこし遅いじぶんたちの新年会の準備に余念がない。
おおわらわなようすで、一般人は立ち入り禁止の奥では部屋を掃除したり、花を飾ったり、料理を運んだり、あるいはどうやって冒険者たちを追い出そうかなどという不埒なことを相談する娘たちまでいる。
なんにしろ、そんな中で、アイリリーは部屋の前で待っているしかなかった。
「味を100%諦めさせると言うのでは交渉も出来ないからな、多少は譲歩してもらえないかね、ミーシャ殿? 何か目標を達成したときだけご褒美として、とか、欲求を満たす為のエネルギーを生産に向けさせるようにする事さ」
部屋の中ではライラが、あの妖精を説得している。
「仲直り‥‥ふむ。他にもビジネスパートナーに適した人はたくさんいると思うのだけど、あの趣味さえなければ有能な人なのかな、ネゴシアンさん?」
頭に浮かぶクエスチョンマーク。
なんにしろ、ふたりには会ってもらって話し合ってもらわないことにはなんの解決にもならないだろう。
それに、なんとなくだが策はある。
部屋からライラが出てきた。
してやったりの笑み。
どうやら説得は功を奏したのだろう。
「さぁて料理を作ってしまわなくてはいけないな。さて、約束どうり料理のお手伝いをお願いしたいね」
アイリリーにウィンクして、お菓子の王子さまは調理場へと向かった。
そんなこともあったりしたが、桂木が、件の君を連れてきて、新年会もはじまった。
やがて宴もたけなわ。
ノワールの主人、ライラの手料理とあってギルドの娘たちも大喜び。
「新年会のメニューはブイヨンと小魚と貝類を材料にしたブイヤベース、それとコンソメスープ、鶏肉のポワレがメイン――」
調理人が料理の説明をしたが、どこまでしっかり聞いたのか。
とりあえず、おいしいという声の大合唱が返事であった。
そんななか、別に催しというものは予定していなかったが、なぜかアイリリーが新年会の司会となってイベントが進行。
「はぁーぃ! みなさーん、ちゅう〜も〜く!?」
アイリリーが頃合いを見計らって声をあげた。
「きょうのデザートでぇす!」
部屋に紙の王冠の載ったパイが運ばれてきた。
アイリリーが作ったガレット・デ・ロワがきょうのデザートだ。
さっそくアイリリーがカットをして配ろうとすると、
「いちばん年下が配るんじゃないの!」
といって、いつのまにか新年会まで顔をだしていた貴族の令嬢たちが騒いだりした一幕もあったが、それは困るとライラに頼んで袖の下。
笑ってごまかして、みなに配る。
「どうぞ」
とネゴシアンにも渡して、さて――
「みなさんパイは行き渡ったのかな?」
アイリリーは部屋を一通り見て、ひと息つく。
「パイの中に指輪が入っているひとはいませんか?」
ガレット・デ・ロワの恒例、王様くじ引き。宝物が入ったデザートをもらった者が、なんでも――もちろん節度はもって――いうこと聞いてもらえる、当たりくじを引いたことになる。わくわくとした会場の期待感が、やはがて残念とか外れたという失望感に代わっていく中、
「あ‥‥」
ネゴシアンが当てた。
「きょうの王様はネゴシアンさんね」
まるで台本を読んだかのようにアイリリーがうなづく。
「どんなことお願いしたいのかな?」
突然の問いに口はもごもご。
「そうね、こういうのはどうかしら?」
だれか楽器をかき鳴らして雰囲気を盛り上げると、羽を持った少女――復活したよ、この店員――が扉を開く。
「あッ!?」
「あ、あ、あなたのためだけに、や、やってあげたんじゃないからね! きょうはパーティーだから仮装をしているのよ!」
ギルドの娘たちと同じ服装のあちらこちらにに白いレースをつけた格好で、顔をまっかにして、なかば涙目になりながらミーシャが叫んだ。
「こ、こ、これでいいでしょ! 馬鹿、変態!? いったい、どれくらい私に恥をかかせて困らせる気なのよ! バカバカバカ――」
「う‥‥うん」
そんな罵声を、やはり満面の笑みを浮かべていた人間が妖精に手をさしだした。
「もう、いいんだ‥‥」
「まったく、いつもそんな風にいやになるくらいねばりづよく――!?」
文句を言いながら妖精を、そのさしだされた手をとった。
「終わりよければ、すべてよし!」
だれかが、そう締めくくると、ワインが配られた。
薫り高く、それでいてどこか初恋の記憶を思い出させるような甘酸っぱさ。まだ、見ぬ未来へのおびえと期待にも似た複雑な思い。そんな言葉にしてしまったら陳腐な、そんな味の――もちろん子供にはアルコールの入っていない――ワインを杯に満たし、新しい年が良き年のはじまりとならんことを祈って、みなで杯を上げた。
乾杯!