学問のすゝめ

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2004年10月03日

●オープニング

 遠く海の彼方の英国では学園都市を巡る攻防が行われているという。ギルドの呼びかけで集まった冒険者達の活躍で魔物を退けることが無事に出来たならば、ケンブリッジの街はイギリスの教育の中枢として機能するだろう。学問は国の礎、だが都市を上げて人材育成に力を入れているような大規模な教育機関は、この東国にはいまだ実現していない。
 神皇家を中心とした皇藩体制の中、東の源徳、西国の藤豊、そして中部の平織の三巨頭の均衡がいつ崩れるとも知れぬ、戦乱の幕開けを前にしたこの世情を考えれば無理なからぬことでもある。そんな、この国の現状に心を痛める一人の人物が居た。
「我がジャパンにも未来を担う若人を育む学府は不可欠である! 先の妖狐の事件などは世を覆う乱世の兆し。国を治むるに足る人材の育成は不可欠事、早急に是に当たるべし!」
 国がやらぬのならば、市井から声を発する他に道はなし。男が、身の丈ほどはあろうかという大きな板を手に取った。
「仁義と侠気に溢れた日本男児を育てるこの事業、正に男の本懐である。若人よ、この日ノ本より熱き義侠の気炎を上げるべし! 来るべき大乱世を治める侠(おとこ)を、我がこの塾から!」
 手にした板に男が筆を走らせた。そこには豪快な筆致で『義侠塾』の三文字が。
「ワシが塾長の‥‥‥‥!」

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0270 風羽 真(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0452 伊珪 小弥太(29歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea0561 嵐 真也(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3681 冬呼国 銀雪(33歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7036 伊達 拳(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 江戸を離れ二日、山を分け入って道なき道を進んだ先に、その塾はある。
「義侠塾か。面白そうだな。己を鍛えるに都合が良さそうだ」
 山野に突然現れた巨大な門を前にし、旅の僧衣姿の嵐真也(ea0561)はこれから始まる修行の日々を思って眩しそうに目を細めた。気合も新たに嵐が門を潜ろうとすると、ふとその背を呼び止める声がある。
「よお」
「お前は‥‥風羽!」
 彼の名は風羽真(ea0270)、嵐とは依頼で幾度か共闘した仲だ。
「また会ったな? お前さんもこの塾に入るつもりだったとはねェ。地獄のしごきだと聞いていたが、知った顔がいると心強いな」
「ああ。道を極める為にもこの門を叩こうかと思う。‥‥いや、断っておくが『道を極める』と言ったって、極道になる気はさらさら無いからな。勘違いするなよ」
 それに真は僅かに微笑むと、嵐と並んで力強い眼差しを門の向こうへと向けた。門の両脇には阿吽の仁王像がそこを潜る者へ睨みを利かせている。
「さぁて。鬼が出るか蛇が出るか、ひとつ地獄めぐりと行こうじゃねェか」
 義侠塾の噂を聞きつけた者達は続々とその門を叩きつつある。そんな若者達の中に、一際幼い少年の姿があった。幼くして国の師匠から修行の旅に出された凪里麟太朗(ea2406)は弱冠十歳の小さき士(サムライ)である。
「時は世紀末――命懸けの教育課程に耐えた真の侠のみが、哀しき運命の元で星宿の称号と武具が与えられると聞く。未だ若輩の我が身なれど、入門したからには厳しい修練を重ねて超越的闘技を極め、日ノ本を守護する侠の資格を会得するぞ」
 どんなガセを吹き込まれたのか知らないが、ともかく愛馬の黒皇を連れての入塾だ。
「黒皇にも、普通に歩く感覚で雑魚を踏み殺せるぐらいに逞しくなって貰いたい。褌を引き締め、いざっ!」
 と闘志を漲らせる凪里とは対照的に、三十路の新入生もいる。襤褸の袈裟を纏った望月雲長(ea2189)は身の丈7尺3寸の大男だ
「仏門に下って早十数年。まともに坊主やってるつもりは無いが‥‥」
 その風体から行く先々で人々に怖がられ続け、自分の知らぬ世界で己を見つめ直す機会を探して雲長はここに行き着いたのだ。
「学問などまともに習った事は無いが、良い機会だ。教養を身に付け、多少なりとも人に好かれる徳を得る。これも立派な修行だな!」
 と、彼の前を、どこで狩って来たのか猪を引き摺りながら冬呼国銀雪(ea3681)が無言で横切っていった。男の中の男、真の侠を作り上げると噂に聞く義侠塾、そこに集まる若者達もみな相当な曲者揃いのようだ。
「さて、地獄の鬼も逃げ出す義侠塾、どんな所か、どんな奴が居るのか楽しみだぜ!」


「いっけねぇ! 初日から遅刻じゃ洒落なんないぜー!」
 真新しい雑嚢を弾ませながら駆けて来るのは伊珪小弥太(ea0452)。
「どけどけどけぇー! 邪魔する奴は、吹っ飛ばす!」
 片手にハリセン振り回し、道塞ぐ者全てを薙ぎ倒して伊珪が門へ駆け込む。
「悪いな、今日は大事な義侠塾の入学式、遅れる訳にはいかねぇんだ!」
 が、不幸にも張り倒した相手が悪かったらしい。
「貴様――ァ! 待たんか!」
「きょ、教官殿でありましたかッ! 押忍! 自分は暗黒僧兵、伊珪小弥太であります! 塾長の天晴れ心意気に激しく賛同し塾生志願した次第であります!」
「貴様、義侠塾にあって上官不敬は重罪、覚悟は出来とるだろうな‥‥!」
 背筋を正した伊珪へ教官が腕まくりしながらにじり寄った。と、そこへ。
「遠くにあらば音に聞け! 近くあらば目にも見よ! 俺は江戸の熱血漢! 伊達拳(ea7036)だ!」
 正門の上によじ登り高らかに口上を上げる男が一人。
(「江戸一番の燃える男とは俺の事だ! オレが目指すのは日本一だ! とにかく何でも日本一になるんだ! どんな時でも男らしく! それが、――オレの信念だ!」)
「侠を育てる塾か‥‥俺はここで真の侠を目指すぜ! という訳で今降りるからちょっと待ってな」
 上ったはイイが流石に飛び降りるのもアレな高さなのでいそいそと頑張って降りる伊達。
「貴様、神聖なる義侠塾の門を土足で踏みつけるとは、何事かっ!」
「熱血漢は高い所から口上高らかカッコイイ登場すると相場が決まっている!」
 相手に対して怯むことなく、だがズレた返答をしつつ伊達が胸を張った。気合の入ったその様子を前に伊珪が小さく溜息を漏らす。
「気合入ってンなぁ、何だかおまえとは気が合いそうだぜ。俺は伊珪、三年間よろしくな!」
「おう。俺は伊達、ちゃきちゃきの江戸っ子だ! 燃える男だ! よろしく!」
 二人は固い握手を結ぶ。すっかり蔑ろにされ、遂に教官が刀を抜いた。
「貴様ら、新入生の分際でこの俺を虚仮にしてくれたなァ‥‥二人とも、そこに直れ!」
 一触即発の危うい空気、教官が刀を振り被り、伊達と伊珪が構えを取る。とそこへ。
「押忍!俺は風羽真! 己の漢を磨く為に入塾したっ!」
 肩透かしを入れられ、教官が構えた刀を下ろし真を振り返った。不敵な笑みを浮かべて真が続ける。
「教官殿、同期の連中も、宜しく頼むぜっ!」
「フン、今年の一年坊にも少しはシゴキ甲斐のありそうなモンがおるようだな」
 横目に真を一瞥すると、教官は刀を収めて踵を返した。
「ここで死ぬも、地獄の修行で校庭に散るも同じか‥‥制服に着替えて校庭に集合せい!」
「「「押忍っ!」」」


 やけに襟の高い黒の羽織が制服として支給され、着替えた塾生達は校庭に集合していた。その中で、何やら一人でぶつぶつと呟いているのは菊川響(ea0639)。
「まずは塾生の心得を良く読んで、粗相のないようにしないと」
 事前に配られた小冊子を熱心に読み込んでいるのだ。
「‥教官殿や上級生へは忠節を忘れず礼儀を弁え‥‥‥上官への返答の際は語尾に『あります』をつける‥‥‥‥背中の傷は漢の恥‥‥男児の下着は褌に限る‥‥」
「褌‥‥何それ‥‥‥もしかして、俺は何か重大な勘違いをしているんじゃないのか‥」
 それを耳にして嵐は早くも猛烈に悪い予感に襲われているが、その隣では伊達が期待に胸膨らませている。
「みっちり修行を積んで、義侠塾の名を全世界に轟かせる立派な侠になって見せる! そう言やそこのアンタはなんでこの塾に来たんだ?」
 隣の銀雪に伊達が声をかけると、彼は伊達に無言で視線を向けた。
「‥‥‥‥」
 ふと手にしていた猪肉へ銀雪が視線を落とす。
(「熱き義侠の気炎‥‥‥肉が美味しく焼けるかもしれない‥‥」)
 ふっと目尻に涼しげな微笑を浮かべた。
「‥‥‥‥熱い‥から」
 そうこうしている内に校庭には教官が現れた。地獄の日々の始まりである。
「菊川壱号生、前へ出ろっ!」
「押忍! 菊川壱号生、前へ出るであります!」
 教官に名指しされて緊張に体を強張らせながら響が一歩前へ出た。
「貴様、何故前へ出されたか分かっとるな?」
「押忍、教官殿! 菊川壱号生、何故前へ出されたか分からないであります!」
「貴様、その頭髪は何だ!」
 響の長髪を睨みつけて教官が怒鳴りつけると、響は手を後ろに組んで背筋を正した。
「教官殿、自分は良く晴れた日などは空を眺めて過ごすのが好きなんでありますが、この髪は草むらに寝っ転がるには不向きで難儀するであります!」
「そんなことは聞いとらん!」
 一喝され怯んだが、寸での所で響は踏み留まった。
(「いつまでも夕日に向かって泣きダッシュではいかんだろ、俺。ここなら己を鍛えられると思って門を叩いたんじゃないか‥‥!」)
「お、押忍! しかしながら教官殿! 自分も侍なればこの頭髪も全て国の殿の物。殿の命とあらば喜んで剃りも抜きもするでありますが、そうでなければ一本足りとて自由にはできないであります!」
「あくまで主君に忠義立てするか――ならば、良し!」
 ほっと響が胸を撫で下ろしたのも束の間。
「だが勘違いするなよ一年坊! 義侠塾での教練は生ぬるくはないぞ! 特に貴様、よりにもよってその格好は何だ! この神聖なる義侠塾を何と心得る!」
 こっそり女装で整列していたのは大宗院透(ea0050)。教官を見上げて透が答える。
「“義侠”とは本来の自分に“帰郷”するようなものです‥‥」
 駄洒落だ。
「義侠を学ぶことにより、忍びの忠義の心を学ぶのもよいです‥‥。これもその修業の一環です‥‥。正体をばらした以上、あなたを抹殺しなけれ――」
「馬鹿モンが――ァ!」
 鉄拳一発、言葉半ばで透が沈んだ。
「そんな腑抜けた心構えでは塾生は務まらんぞ!」
 教官は刀を肩に担ぎ、一人一人を睨みつけながら新入生の前をゆっくりと歩き出す。その足がふと、一人の塾生の前で止まった。
「貴様、前へ出ろ! 異人は義侠塾の門を跨ぐことまかりならぬ! 塾長は大の異人嫌い、どうなっても知らんぞ!」
 巴渓(ea0167)、唯一華国人の新入生である。
「どうなっても知らねェ‥‥か。へっ! どうにかして貰おうじゃねェか!!」
 教官の視線を跳ねつけて渓が吼えた。
「確かに俺の生まれは華国。だが俺の胸の内、真っ赤に燃え盛る魂の炎は誰にも負けねェ!! ならば塾長! 言葉で尽くせぬなら、もはや拳で語るまで‥‥だ!」
 渓が振り返り、塾舎から姿を現しそうとしていた塾長を睨みつけた。途端に校庭へどよめきが走る。
「あの馬鹿、いくらなんでもンな無茶な――!」
「‥‥まぁ黙って見てな。奴とてこの異人禁制の塾に何の策も無しに殴り込みは仕掛けねぇだろうよ」
 止めに入ろうとした伊達を真が制し、顎で渓を指す。
「へっ、俺に倒される様な奴なら教えを請う必要は無ェ。それに‥‥お前たちも感じるだろ? 塾長の、底知れない闘気をな!!」
 背景が歪む勢いで塾長が闘気を背負い、渓に立ち塞がる。
「‥‥コイツぁ鬼だ、鬼の闘気そのもの!」 
「義侠塾の門を潜るということは、この日ノ本の未来を担う尽忠報国の士を志すということ。異人の身でそれを志すか。ならば、祖国を捨てる覚悟を示せい!」
 塾長が大きく構えを取った。その威圧感にたじろぎながらも、渓が怖れを振り払うように固く拳を握った。
「我は餓狼なり。我が一撃は疾風の一閃。我が一閃は‥‥餓狼の!!」
「牙なり!!おおおおおおッ!!!」

    (何か熱いドラマがあったらしいが中略)

「さすがは塾長‥‥恐るべき闘技の冴えだ‥‥」
 校庭には渓が倒れ、ピクリとも動かない。
「だがあの中国野郎の気合も凄まじかったな。同期の桜として、俺達も負けてられねーな」
 繰り広げられた死闘の余韻も覚めやらぬ様子で塾生達は遠巻きに二人を見ている。
「しかし、見たか塾長のあの闘技。凄まじいお人だぜ‥‥」
「――わしが塾長の雄田島である!!」

     (ついでに展開も省略)

「そういやさ、どこにも見当たらねーなって気になってたんだけど」
 ふと伊珪が漏らすと、いつの間にか包帯に包まれて列に並んでいた渓が続けた。
「そういやそうだな。塾旗の一つくらいあっても良さそうなもンじゃねェか?」
「‥あの馬鹿‥‥触れてはならぬことを‥‥」
 教官がバツが悪そうに視線を逸らす中、重苦しい雰囲気で塾長が口を開いた。
「話さねばならぬか‥‥義侠塾2.26事件のことを‥‥」
 時は三年前まで遡る。その冬、義侠塾は敵陣へ向けて進軍中であった。その中にあって壱号生の陣を率いた一人の弐号生がいた。その男、義侠塾にも並ぶ者のない怪力の士にして、巨大な大塾旗を持ち上げることの出来た唯一の男であったという。
(「三年前――馬鹿な、この塾はまだ出来て間もないと聞いているのに」)
 凪里が怪訝な顔を浮かべる。嵐もまた思う所があるのか僅かに眉を動かした。
「巨大な旗‥‥怪力の大男‥‥?‥」
「うむ。奴こそが壱号生を全滅させた元弐号生筆頭にして、大団旗を持ち出して脱走したその男なのだっ!」
 新入生を迎えるこの節目の時に当たって、塾の象徴たる旗は不可欠。是を取り戻すことは避けては通れない。覚悟を決め、塾長が声を張り上げた。
「これより、義侠熟伝統の毘逸訃辣愚(びいちふらっぐ)を執り行う!」
 ざわめきが起こり、真が呟いた。
「むぅ‥‥まさかこんな所で毘逸訃辣愚にお目に掛かれるとはな」
 それを耳にし、銀雪も緊張した面持ちで頷く。
「聞いたことがある‥‥その昔、北方の雄として知られた寺熱家が軍団の強化に行ったとされる軍事教練だ」
「知っているのか銀雪!」
 それは砂浜に立てた巨大な旗を一番乗りの戦功に見立てて全軍で奪い合うという壮絶な試し合戦。最後に旗を無事に持ち帰ることの出来た者は真の侠とされ、たとえ一兵卒の身からでも一軍の将に抜擢され重用されたと歴史に記されている。
「その余りの過酷さ故に、過去に行われた数度の教練での生存者は全軍団合わせて僅かに数名を数えるばかりであったと言う‥‥」

      あらまし
      そんなこんなで真の侠は決まったが国が滅んだ。

「まさに禁断にして傾国の教練だ」
「塾長は俺達を全滅させる気かっ!」 
「‥‥フッ、中々愉しめそうじゃねぇか」
 多くの新入生が怖れをなす中で真が涼しげにそう口にした。期待に胸震わす真の眼を見据えて塾長が再び声を張り上げる。
「奴から見事塾旗を奪い返して見せい! そして真の侠となって戻って来るのだ! 貴様らの武運長久を祈る!」
「押忍! ごっつぁんです!」
 彼ら壱号生を待ち受ける地獄の特訓『毘逸訃辣愚』――元弐号生筆頭の実力や如何に。そして義侠塾に秘められた恐るべき過去とは。それはそれとして、いつの間に上ったのか塾舎の屋根には透が上っている。
「修業が足りません‥‥」
 己の未熟さを嘆いてぽそりと呟き、透はこれから先を思い空を仰いだ。
「ジャパンの未来は日本晴れであるといいのですが‥‥」