●リプレイ本文
「褌入手は侠を試されているのかもしれない‥‥」
義侠塾で着用が義務付けられている褌は国内でも何故か既に限定物扱いで入手は困難、おかげであらぬ方向へ考え過ぎた冬呼国銀雪(ea3681)はと言うと、金で買ったり人から貰ったりでは塾長を納得させられぬとばかりに、あえて苦しい選択を取って今日の日を迎えていた。その苦悩は、堂々と股間●出しという様に現れている。え、伏せ字になってない?
「貴様――ッ! なんじゃその格好は――ッ!」
「これは真の侠にしか見えない褌であります」
それでいてなお涼しげな表情を崩さぬあたり肝が据わっていると言えなくもないが、股間の方も涼しげな分カッコイイかどうかは微妙である。一方で。
「もう迷わん。義侠への道を一直線だ」
人それを諦観と言う。
「‥‥‥いや、冗談だ‥‥」
嵐真也(ea0561)は折角の覚悟が微妙に揺らぎながらだが、風羽真(ea0270)から借りた褌を締めての参戦だ。
「友情の力と言うやつだな」
それに真が不敵に頷く。その彼に並ぶのは身の丈7、8尺はあろうかという巨漢。
「真(まこと)の侠となるべく、義侠塾の門を叩いたわけだが‥‥毘逸訃辣愚とは面白い趣向。おそらく、かの旗を守るのは我々よりも屈強な勇士であろう」
雷山晃司朗(ea6402)だ。
「ばっと(But)。だが。しかし‥‥!」
自分よりも強き者に立ち向かい、そして幾度打ちのめされようとも自分の足で立ち上がり、再び挑むのは是、侠の宿命。まして力士たる者、常に前にしか道はない。
「必ずや我々壱号生の手で義侠塾の勝利を掴み取るのだ!」
「毘逸訃辣愚か‥‥面白い! 義侠塾の名に恥じぬ様、侠々道を進んで行くぞ!」
雷山の言葉で一気に奮い立った燃える侠、伊達拳(ea7036)が先陣を切る。が、それより早く別の塾生が飛び出した。
「うっわ‥‥極悪そうなツラばかりの先輩達ばかりだぜ。が! 暗黒の僧兵・伊珪小弥太(ea0452)、侠を示すにゃこれ以上の見せ場はねーぜ!」
鼻の下へ八の字に筆で髭を書き込んで何やら変な方向にも意気込み十分な伊珪。
「悪いな伊達、その大団旗は俺が殺(と)る!」
「仕方ねぇなぁ、小太を侠にしてやっか!」
伊珪ともども闘気を纏った堀田左之介(ea5973)が、伊珪を担ぎ上げると敵陣深くへ思い切り投げ飛ばした。
「皿木ーィィィィイ! 覚悟せいやあああ!」
得物の六角棒を振り回しながら伊珪が飛ぶ。絶叫と共に林の木々に激突した伊珪が墜落して斜面を転げ落ちて行った。これには流石の浜旗団も暫し呆然、ついでに味方も呆然。
「陣形壊す為ってったけど‥‥思ったより飛んだなぁ、まぁいいか、奴も本望だろ」
当初の予定から豪快に真ん中の過程をすっ飛ばしたが、目論見どおり囮にはなったようだ。
「俺はマッ直行だ! 前に前に! どんどん前に!」
その機を逃さず伊達が突っ込み、堀田ら他の塾生達がそれに続く。
「急勾配だから飛び込む勢いはこちらが上だ」
足技は勾配がある分踏ん張りが利かぬと見ると、堀田は駆け下りる勢いを乗せた手技を主体とした攻撃を組み立て、また時に林の地形を利用して敵をかわしながら先陣を駆け抜ける。
「来るなら来い! 俺の魂のドスはそう簡単に折れないぜ!」
伊達もそれが侠だと言わんばかりに一直線に敵陣へ切り込んだ。だが流石に五十を数えようかという浜旗団を前にしては多勢に無勢。
「数の差は歴然‥‥かと言って下手な小細工を仕掛けるのも下策だ」
「確かに、嵐殿。戦況を省みるに突撃するのは勇ではなく無謀。正々堂々と真正面から浜旗団に挑み、なおかつ奇策を以っておかなければなるまい」
「何か策があるのか、雷山!」
凪里麟太朗(ea2406)の呼び掛けに力強く頷き返し、雷山は重い口を開いた。
「私はこの体格だ。正面から突撃すれば皆の壁となれるだろうが、それだけでは足りぬ。ここは急勾配の山間。『暴輪倶』の戦法を取らぬ手はあるまい」
名将として知られた九条左衛門之丞比久がかつて大軍に城を包囲された際、攻め寄せる敵軍へ向けてその身を巨岩に見立てて城壁を転がり落ち特攻、その機を突いた用兵により僅か四半刻の内に敵軍を殲滅せしめたという。現代においても仕事の早い人のことを指して「くじょえもん」と呼ぶことがあるが、これが暴輪倶での電撃戦を得意とした彼の名に由来することは余り知られていない。
「私の特攻を皆が突破口としてくれることを信じて突撃だ」
雷山の巨躯が山林を転がり落ちると浜旗団陣営は瞬く間に真っ二つに切り裂かれた。
「ならば、正面から旗目掛けて突撃するだけだな」
だが例え味方の士気が高くとも、この急勾配の山林では進軍は非常に困難である。これでは折角の突破口も十分に活かすことはできない。そこで道を示したのは真だ。
「ここは嘗ての故事を元にして之を突破する他はないか」
由来
かつての名将・源儀径が壱之谷の合戦において、崖を鹿が駆け下りるのを見て、「鹿が4本足ならば、他の4本足の動物でも降りられる道理だ」と、馬を持たぬ兵達の為に4本足の鹿頭を付けた木ゾリを用い、全員駆け下りての奇襲で大勝利を収めた。その名も――『備津駆山堕唖馬運転(びっぐさんだーまうんてん)』!
この名が、古代華国・秦の時代に権勢を振るった宦官が時の皇帝に馬であるとして鹿を献じ、彼に阿らず鹿であると正した臣を敵とみなし誅殺したという故事、「鹿をさして備津駆山堕唖馬運転となす」(「史記(秦始皇本紀)」)に由来することは余りにも有名である。
「‥過去、何があったかなんざどうでもいい! 今俺達が成すべき事は只一つ‥‥己が侠を示すだけよッ!!」
真の号令の元、揃いの木ゾリで壱号生第二陣が一斉に飛び出した。この第二陣の突撃で戦況は完全な混戦の様相を呈することとなる。既に中腹では、雷山の特攻に乗じて堀田ら斬り込み隊が皿木に迫ろうとしている。伊達も先陣の一角を担い、敵陣奥深くまで切り込んだ。立ちふさがる敵にも真っ向勝負、たとえ多人数を相手取っても義侠塾生足る者引く訳には行かない。
「俺の魂が奮えている! 燃える! 燃えるぜッ!! ――やる気マンマンだぜ!」
伊達の熱き義侠の気炎が柱となり、必殺の太刀が火を噴いた。
「必殺!! 愚冷威刀・火怨(ぐれいと・ほーん)!」
説明しよう! 愚冷威刀・火怨とは、距離3m仰角90度の扇状の範囲に衝撃波を飛ばし範囲内の全てに格闘攻撃の威力を炸裂させるCOで(略)。一方でまた伊珪も敵陣を撹乱して味方の突撃を援護している。が、さっきから何やら周囲の様子がおかしい。
「って何でこんなトコにくくり罠が!」
「うお! こっちにも」
声はそこかしこで上がっていた。気づけばこの山林で辺りには至る所に狩猟用の罠が。誰の仕業かというと、何だか目元へ微妙に優しいものを浮かばせながら、生暖かい視線で銀雪がその様を眺めている。
(「罠‥‥いいよね」)
入塾の儀の折に弁当の猪を狩る為に設置して忘れておいたのが、ようやく掛かった獲物にちょっとうっとりした様子の銀雪は猟師。苦労して張った罠もようやく獲物が掛かった、もとい浜旗団の足止に再利用できたようだ。
(「味方が掛からない事を祈ろう」)
「だ、伊達――ッ!」
「先に行け〜! 俺は死なない! 義侠塾の旗の元でまた会おう!!」
言ってるそばから伊達が足を取られて敵から袋叩きにあっている。戦局は地雷原の上で乱戦といた風情である。そんな混乱に乗じて、遂に皿木の元へ辿り付いた者が現れた。
「へぇ‥‥結構使えそうな相手だなぁ、体格的に同じくらいか?」
「壱年坊にも少しは楽しませてくれそうな者がいるようだな」
迎え撃とうとした側近達を片手で制して旗を預けると、皿木は両拳を構えた。
「名を名乗れい!」
「堀田‥‥‥左之介!」
二人の拳が交錯した。肉弾戦。磨いた技で畳み掛け堀田が追い詰める。だが、皿木の膂力は堀田の想像を超えていた。手数を捻じ伏せるような豪腕で皿木が破壊的な反撃を見舞う。あわや決着かというその時、炎の舌が空気を切り裂くように二人のすぐ真横を舐めていった。
(「小細工はガラじゃあねぇが、ここで極めなきゃ侠じゃねぇ!」)
凪里の援護による一瞬の隙を突いて堀田が全身の力を拳に集中させる。一歩で至近にまで距離を詰めて放つは氣の拳。皿木の肢体が衝撃に跳ねる。よろけて数歩後退さり、皿木が大団旗にもたれかかった
「仕留めたか??」
敵は元弐号生筆頭、無論その一撃だけで仕留められる筈もない。
「壱年坊のこわっぱめが‥‥遊びは終わりだ」
後ろ手に皿木が手にしたのは大団旗。それを脇に挟んで皿木が構えを取った。本気の構えという訳だ。
「待ってろ! 堀田!」
盟友の危機に凪里が駆け出した。だが皿木の側に控えていた三人の側近が行く手を阻みにかかる。武道着に身を包んだ三人の額にはそれぞれ『惨』『面』『拳』の文字。
「浜旗団・惨面拳が一人、鯖・重過!」
「同じく鯖刻・狂!」
「依頼予・定頁!」
『『『我ら浜旗団・惨面拳! ここから先は通さぬ!』』』
惨面拳が凪里を迎え撃つ!
「な、何! 急に体が重‥‥!」
「ギリギリまで引き付けて引き付け‥‥‥グバァッ!」
「うわ、待て、まだ準備が‥‥‥ウギャァ!」
が、瞬く間に凪里に蹴散らされ、遂に護衛を失い皿木が壱号生に囲まれた。中腹ではまだ乱戦が続いており、この窮地に駆けつけられる団員もいない。
「まともに、勝負しても敵わんだろうな。だが、俺には仲間もいる」
堀田、凪里と共に三方から皿木を囲み、同じく乱戦を抜け出した嵐が間合いを詰める。両者ともじわじわと距離を縮めながら睨み合った。
「まとめて掛かってこい。我が奥義で蹴りをつけてくれる――」
不意に皿木の低い声が辺りを静める。
(「義侠塾生の目は相手の技を完全に見極め、その中に存る勝機を逃さない。故に『義侠塾生に同じ技は通じない』――」)
ゴクリ、と喉を鳴らして凪里が唾を飲み込んだ。義侠塾生同士の戦い、となれば先に敵の攻撃を見切った者が勝利者となるはもはや必然。緊迫した空気の中、皿木がおもむろに、脇に挟んでいた大団旗を両手に抱えて持ち直した。
「――義侠大団旗、この世に砕けぬ物なし」
あんだけ馬鹿でかいんだから、そらそうだ。
「食らえ、秘奥義・千砲陣!!」
七尺超の巨大鉄棒を槍に見立てて皿木が繰り出そうとするのは突きの連撃!
「‥‥って、何かよろよろしてるし」
長槍の要領で扱うのは流石に無茶だ。重いし。
「敢闘精神――!」
だが敵は元弐号生筆頭、常人のはかりでは捉えられない。雄叫びと共に持ち上がった大団旗が横薙ぎに振るわれ、んで木々へぶつかった。反動で吹っ飛ぶ皿木。幹の砕けた木が傾き、皿木に倒れ掛かってコンパクトなオチをつける。
「うわー‥‥」
「勝った気になるのは早いぞ‥‥侠の闘いは‥‥相手が確実に‥死ぬまで‥勝利を‥‥確信するな」
たちまち微妙な空気が漂い出したが、それを凪里が震える声で制した。木々の間からなおも皿木が這い出そうとしている。まだ勝負はついていない。そこへ。
「備津駆山堕唖馬運転ー!」
「暴輪倶!」
木ゾリと雷山が相次いで皿木を撥ねて、勢いもそのままに木々にぶつかって派手にクラッシュ。
「‥‥俺は‥俺達は、この日ノ本の未来を背負ってるんだ‥‥」
木ゾリから投げ出されて流血した真がなおも立ち上がるが、既に皿木も虫の息である。双方とも満身創痍、傍目には死闘の決着がつく場面だが互いにダメージの大半は自滅によるものである。
「皿木! ‥‥‥手前ェみてぇな過去の遺物に‥‥何時までも関わっていられねぇんだァァッッ!!!」
「‥‥この己は負けん! ‥‥ォォォォぉおオオオオオオッッッ!!!」
遂に決着の瞬間。真が死力を振り絞って渾身の拳を放つ! それに応えるように皿木が繰り出したのは迎撃のカウンター、そしてその横で転がっていた大団旗を嵐が普通に拾って、此処に毘逸訃辣愚は義侠塾軍の勝利で幕を閉じた。
「見事、毘逸訃辣愚を完遂しおったか。此度の貴様らの働き、真に大儀であった!」
嵐による怪我の治療も行われ、塾舎では塾長の前で壱号生が整列している。
「だがこれは今だ始まりに過ぎぬ。毅業院岳三災尽死――その大いなる試練の前触れに、な。大団旗の奪取を以って前矢災(ぜんやさい)を終了とし、これより貴様らは聞禍災(ぶんかさい)に挑むこととなる! 心して掛かるが良い‥‥」
塾長の呟いた謎の言葉「毅業院岳三災尽死」の意味するものは? そしてこれから待ち受ける更なる試練・聞禍災とは!?
「大団旗を掲げい!」
「押忍!」
やたらと血管浮き上がらせた伊珪がレースの褌をチラつかせながら、勝利の証に大団旗を掲げ上げる。よろめき木々に寄りかかりながらも辛うじて持ち上がった大団旗、はためくそこには「浜旗」の二文字。この際こまかいことはもう気にすまい。
「わしが塾長の雄田島である!」