●リプレイ本文
「くくっ‥‥出世払いで依頼を持ちかけるとは‥あんたもよっぽどの馬鹿のようだな」
冒険者たちの目指す下野は今で言う栃木県。件の寺院はその県北に当たる北の外れに位置している。鋼蒼牙(ea3167)を始め、馬を持った者も多かったおかげで然程移動には苦労はしていない。若い依頼主も冒険者達と肩を並べ、下野までの道程を歩いていく。その背をぼんやりと眺めながら李焔麗(ea0889)は人知れず苦笑を浮かべている。
「やれやれ、久しぶりの冒険がこんな報酬も出ない依頼とは、私も物好きと言うかお人よしと言うか」
いや、或いは焔麗には羨ましかったのかも知れない。
(「私たち冒険者は所詮真っ当な道から外れた場所を生きる者。私には真似できないし、しようとも思えない。自分の事をあそこまで信じていられるなんて」)
そうして眩しそうに目を細めた焔麗が疲れているようにも映ったのか、彼女を気遣ってイリス・ファングオール(ea4889)がにこりと微笑みかけた。
「防寒具とかテントとか荷物も多いし馬君には頑張って貰わないと、ですね。まだ先は長いですから」
荷を引かせている二頭の馬の首を撫ぜ、イリスが笑う。
「私には一生懸命やる事くらいしか出来ませんけど‥‥でも、頑張りますので、よろしくお願いします」
「いえ、お構いなく」
小さく頭を下げたイリスに焔麗は品のよい微笑で返した。鋼が依頼人に並んで話し掛ける。
「しかし、あんたはどうしてこんな調査をしようと思ったんだ?」
ただの噂じゃないかという鋼に横から焔麗が割り入って続けざまに問うと、依頼人の青年はこう答えた。
「死んだ僧侶と、或いは一連の事件と何か関係でもあるのですか?」
「いいや、ない。けど、気になった」
青年の名は道志郎。江戸に小さな屋敷を構える武家、藤家の三男として生まれ侍として育った。年の頃はまだ十六、七といった風、彼ら冒険者が命を預けるには随分とまた心許ない。
「出世払いとは言え、何故負担する気になったのでしょうか。払えるほどに出世する当てでもあるのですか?」
その質問に青年は眉根を寄せてバツの悪そうな顔をして見せた。
「おっと、これは意地悪な質問でしたね。あなたの、事件に関する考えを聞いておきたく思いまして」
「よく、分からないんだ。だが‥‥」
このまま一生を冷や飯食らいとしてただ費やすと考えるとぞっとしない。そう彼は語った。武家の三男では家督を継ぐことはまず出来ない。生まれながら彼は己を世に問う機を与えられず、居場所は冷たい座敷の隅にしかなかった。
「この身を、一気に高いところまで吹き上げてくれるそんな突風のようなものをずっと探してた。この事件の噂を聞いたとき、それだって直観したんだ」
「君の志‥‥しかと受け取った」
不意に青年の肩を叩き、振り返った彼に御影涼(ea0352)が力強く頷く。
「そういうの、俺は嫌いじゃないんでね」
「まあ、こんな依頼を受ける俺も俺だよな」
その答えに肩を竦めながら鋼も納得すると、一行は道を急いだ。火の無いとこから煙は立たず。依頼人の考えはどうあれ、事件を調べた先に何かが待っているとすればそこに何かの理由があるはずだ。榊原信也(ea0233)が呟いた。
「‥自殺‥か‥‥僧侶がそんなことをするとはな‥さて、何が待っているのか‥‥」
移動が捗ったこともあり、予定していたのよりも一日ほど早く一行は村へ到着した。
「住職が自殺? 世も末やね」
最年少のグラス・ライン(ea2480)はインドゥーラ出身の僧。事件に対する思いはやや複雑ではある。我々の知る所の史実によると、折しも終末思想が世を覆い、現在において主要な仏教の宗派の多くが救世を求めて誕生した時代でもある。その世相でこの事件、まさに世も末だ。
「まず考えられそうな事は憑依された‥‥やろか」
だがこんな田舎の坊主だけでなく徳の高い僧も名を連ねているということを考えると、事はそう簡単にはいかないだろう。となれば、件の高僧について調べる必要も出てきそうだ。
「うちは先に住職さんの墓を調べてみるさかい」
グラスは裏手にある墓地へと向かった。が、極度の方向音痴であるグラスがそこへ辿り付いたのはだいぶ後のことになってからだったとか。一方、寺院へ話を聞きに向かった仲間達は中へ案内されているところだ。志士、木賊真崎(ea3988)は学者としての立場を使い、寺の者に取り次いで貰う。
(「神皇家の為不穏と懸念すべき事には‥動くが吉、か」)
夢を見る程若くは無い。だが守りに入る程の歳でもまた、ない。どうにも割り切れず持て余した感情を気紛れなのだと言い聞かせながら彼は、自然と浮かぶ苦笑を噛み殺している。
(「‥‥頭が足りない、の類じゃないと‥思いたい」)
血気盛んな若者という年でも無い。何より熱く走るのは柄じゃない。同じく志士にして学者の肩書きを持つ涼と共に、調査に当たる。
「国の心たる僧侶の自殺、教えからして忌むべき筈が‥‥解せんな」
「何人であろうとの殺生行為、は許されないのでは無いのか? 本来」
それは仏道における禁忌。ならば、何故「己を殺める事態」になる‥‥? その疑問を二人はぶつけた。だが住職が自害したということはそもそも寺にとっては不名誉な事でもある。学者にあれこれと掘り起こされるのは好ましいことではなかった。ここが江戸ではなく他国だということもありその反応は覚悟していたが、僧侶達の警戒は予想よりもずっと強かった。
そうした彼らの態度を和らげたのは涼の連れた尼僧の存在だった。同じ僧の身であることもそうだが、若い女性がいることで場が和むということもある。だがそうやって事件の検証結果を得はしたものの、成果としては芳しくない。
前職は、本堂で冷たくなっている所を朝の掃除に来た小僧に発見された。小刀で喉を一突き、恐らくは即死。遺書はなかったがまた争った形跡もなく、また他の事件との直接的な関係も見られなかったために自殺とされた。偶然と済ませるならそうだが、少なくとも稀有で憂慮すべき痛ましい事件だ。涼もこれには苦笑するばかりだ。
「弱ったな、依然手掛かりはなしとは」
「前住職に変わった点は? 例えば誰ぞの呼び出しに応じたとか、来客があったとか」
そう言った真崎に、寺の者は思い出したように両手を叩いて見せた。
「それでしたら、少し前に何方から文が来ておりました。そう言えば、見ぬ名前でしたが」
一寸間って下さいと言うと僧は奥へ下がった。そして待つこと数刻。戻って来た僧はしきりに首を傾げながら言った。
「あれ、おかしいですね。確かに仕舞った筈なのですが‥‥」
アルカス・アルケン(ea6940)は一行を離れ、道志郎と信也の二人と共に寺のある小さな山の調査に当たっていた。流石に手掛かりが少なすぎるとあって、徒労を覚悟での調査だ。お互いの知識を生かして残されているかも知れない痕跡を捜し歩く。
「‥‥この山の中に何か手がかりがあればいいのだがな‥」
「あせらずに、足場を固めていくことですね」
考古学者でもあるアルカスは精霊碑文学の観点から何らかの遺跡と関係がないかを調べている。細かい兆しも見逃さぬよう念入りに時間を掛けたい所ではあるが、小さいといっても山全体をつぶさに見て調べるには時間が少なすぎた。
そうして無為に時間が過ぎていくかに思えた。だが。
「む‥これは‥‥」
「どうしました、榊原さん」
駆け寄ったアルカスと道志郎へ、信也が見つけたそれを手渡す。三人は頷き合った。
「これは‥‥興味深いですね」
「はい!」
「しばしご迷惑をおかけします」
真壁契一(ea7367)が寺院を訪れたのは涼達の話が終わった頃だ。村で部屋を貸して貰い礼服に着替えた彼は礼を尽くして寺の者へ面会を求めた。冒険者達は求められて来た訳ではない。自分達の好奇心で事情を嗅ぎ回ることは快く思われないだろう。その旨を関係者に詫びるためだが、その裏には、調査を円滑に行おうという計算高さもありはする。無論、表には見せないが。
「これはお礼や報酬ではありませんぞ。ただの手みやげで、他意はありませぬ。ご遠慮なさらずに」
ほんの気持ち、と言って彼は荷物に手を伸ばした。
「よろしければお納め‥‥ん? んん? おや??」
中を弄ったまま眉を寄せた真壁は、終いにはその場で包みを広げだした。
「いや、これは大変失礼つかまつりました。手土産にと江戸の流行の茶菓子を持参した筈が」
結局品は見つからず、慌てて額の汗を拭うと真壁は深々と頭を下げた。所でその茶菓子はというと。
「お姉ちゃん、このお菓子、甘いねー!」
村に伝わる御伽噺や伝承の類を調べるために特に年寄り連中を訪ね歩いていたイリスは、どういう流れか村の子供達に囲まれていた。ちょうと真壁から預けられていた菓子のことに思い当たり、ちょうど童歌を教えて貰ったお礼にと、子供達に振舞っていたのだった。
「そっちのおばちゃんも遊んでよー」
それに苦い顔を返しながら、焔麗は言葉の面でやや頼りないイリスに代わりお年寄りから話を聞いている。そこへ村中を回って話を聞いて来た鋼が戻ってきた。すっかり子供たちに囲まれている、というよりは一緒になって遊んでいたイリスを目に留め、鋼は嘆息した。
「ったく、随分とまた緊張感がないというか」
ここでもまた得られた情報は少ない。那須の与一公が鬼の討伐に乗り出し、城下町でも動きがあったこと。江戸の百鬼夜行の噂が様々に那須にも流れてきていること。老人が呟く。
「那須の地は鬼の国の悪鬼を封じた地。昨今では不吉な報せばかりが耳に聞こえよる。何か悪いことが起きねばよいがのぅ」
グラスの調査では墓の周辺におかしな点は見られなかった。
「インドゥーラのうちとは違うんもあるんやろうけど‥‥」
その点を考慮しても手掛かりは皆無。ちょうど住職の墓には、鋼達と時を同じくして、寺の者への挨拶を終えた真壁達もやって来ていた。一行は揃って墓前に花を供え、死者を弔う。
「ん? 何しとるん?」
ふとグラスが、隅で何やらコソコソしていたイリスの肩を掴んだ。ビクンと跳ねて振り向いて、イリスは目を回して見せる。
「いえ、あの‥その。デッドコマンドで何か聞けないかなーって。あ、でもまだ使い方良く分かってないですけど‥」
そう言いながらも詠唱を始めたイリスは、次に眉を寄せて難しい顔を作った。
「‥‥‥‥?‥‥‥??‥」
「どしたん?」
「んー? その、何ていうか」
そう言って、イリスは地べたにしゃがみ込むと棒切れを拾って一本の線を引いた。そして、そこへ斜めに線を走らせると、歪な十字が出来上がる。
「何コレ?」
それを囲んで皆が頭を捻っている丁度そこへ、息を切らしながら信也達が戻って来た。
「何か進展でも?」
「ああ」
そう言って信也が差し出したのは一本の細長い体毛。恐らくは獣のもの。
「魔物がいないという所からいろいろと調べたんだが、この山には大型の野生動物は生息していない」
一般に魔物と呼ばれる類の大型の生物は、食料となる動物がいなければ生息できない。だがこの山に生息しているのは狐や鼬ぐらい、猪や熊、鹿などの大きな食料源は見当たらない。だが信也が発見したのは、狐のような小さな動物のものとしては長すぎる体毛だったのだ。
再び、寺院周辺の調査が始まった。住職の私物を始めとし、どんな些細な痕跡も逃すまいと屋根の上から縁の下まで余す所なく皆で洗う。
「やはり、例の手紙は見つからずじまいか。弱ったな」
「事件に関わりそうな伝承も、仏具の類も見当たらんわ」
成果はただ一つ、恐らくは信也の見つけたのと同じものと思われる毛髪が本堂の傍で発見されただけであった。
「この地で強力かつ凶暴な妖怪が復活する兆しを感じ取った者達が、絶望して己の命を絶った――。そう推測していたのですが、どうにもきな臭くなって来ましたな」
集められた断片的な手掛かりを前にして真壁が腕組みをする。
「いやはや、受けた拙者が言うのもなんですが、なんとも変わった依頼ですな」
「これ以上は無理か」
道志郎が深く溜息を吐く。
「一旦江戸に戻り、体勢を立て直すしかないか」
「‥‥待て」
不意に掛かった声は墓の傍の茂みからだった。風守嵐(ea0541)の声だ。振り向こうとした皆を制し、声は続けた。
「後に敵対するやも知れぬ者に察知されたくはない」
そう考えた嵐は下野に入ってからは姿を隠し、暗躍した。酒場や宿場、また道々の村で旅人や土地の者の話を聞き、那須で動くための情報を集め歩く。忍の骨頂だ。
「与一公は親源徳の立ち位置にいるようだ。だが那須の鬼騒動のことで家康に割って入られると面子の問題もあるだろう。那須家は源徳の家臣ではないからな」
夏祭りの折の江戸での騒動のこともあり家康としては討伐の兵を介入させたい所だろうが、他藩に兵を送るには大義名分が必要だ。例の騒動の元凶が那須の鬼にあることは実しやかに噂として流布しているが、確たる証拠がある訳でなし、家康が表立って動くことは出来ない。ギルドの支局を下野へ招いたように、那須は独力で事を解決しようとしている。だが解決の兆しはまだ見えぬままだ。
「力関係は非常に微妙な均衡を辛うじて保っている」
もしも那須が独力で騒動を治めきれず、仮に家康が白河の関へ兵を動かせば、最悪の場合、陸前や奥州へ兵を送るという意思表示とも取られかねない。そうなれば、進む先は一つ。
「この東北から日の本が戦国の世へ突入する怖れすらある‥‥」
道志郎が小さく身震いした。
「急ごう」
僧侶の自害の裏に隠された悪意、冒険者達はその微かな痕跡を嗅ぎ付けた。僅かな滞在の間に何とか手掛かりを手にし、一行は帰路につく。真崎の笑みは苦々しい。
「‥‥現時点では個の推論止まり、掴むべき尻尾を見つけるには‥現状では未だ不足、か」
その一行から離れ、闇に身を潜めて嵐は青年の背を見守っている。
「何処かの誰かの為に‥‥オレ達“御守”は利益云々で動いている訳ではない‥‥そういう意味では俺も似ているのかもしれんな」
ふと彼は空を仰いだ。
(「北の空に嵐の予感が‥‥何かが来る、な」)