お江戸に暮らせば
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:1〜5lv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月16日〜11月21日
リプレイ公開日:2004年11月25日
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●オープニング
言うまでもなく、冒険者にも生活がある。ここジ・アースの世界で冒険者と呼ばれている者の大半においてもそうだ。剣と魔法の世界で冒険の日々を過ごし、凶悪な魔物を打ち倒し、また伝説の秘宝を追い求め、世界を救うような英雄譚の中の人物は、そういった冒険者達の中でも選ばれた者たち、ごくごく一握りなのである。あくまでも大半はそれぞれに口へ糊する仕事を持って日常を生き、生業の傍らで空いた時間でギルドを通して冒険に旅立つ者たち。いわばこれはセミプロだ。我々の生きる現代において、夢を追いながら下積みの努力の日を生きる人に似ているかも知れない。
たとえばミュージシャンだったり、小説家、タレント、学者、はたまたスポーツ選手などなど、それぞれの目指す夢に向かって努力と経験を積みながらアルバイトなどで生計を立てているセミプロと呼ばれる人。或いは、正業に就きながらあくまで趣味として余暇をその時間に当てているだけのアマチュアもいるだろう。ジ・アースの駆け出し冒険者達も言ってみればそういった人たちと通じるところもあるのかも知れない。少し前置きが長くなったが、これは、そんな彼らの日常の物語である。
「おい、そこのアンタ」
ギルドの者に呼び止められ、依頼を探しに来ていたその冒険者は驚いて振り返った。
「珍しいこともあるものだな。アンタ個人をご指名で依頼が入ってるぞ。向こうで依頼人がお待ちだ」
怪訝な顔で言う番頭へ同じような眉を寄せた顔で返して、冒険者は肩を竦めた見せた。言われるままに向かった先で待っていた依頼者はだが。
「‥‥おいおい、困るよ。こっちは仕事場なんだから、こんなとこに来られちゃ」
「ケチケチしなくてもいいじゃないかい。昨日今日の付き合いでもないんだしよう」
顔を出していたのは部屋を借りている同じ長屋の住人。日頃から近所づきあいのある一家で、城下の大きな橋の袂で魚篭を広げて魚や貝を売って暮らしているとうい親爺だ。
「まあ話だけでも聞いてくれよ。こっちも困ってるんだからさあ」
渋面の冒険者と苦笑交じりの番頭をよそに親爺は切り出した。話はこうだ。つい先日、近所の長屋へ余所者の父娘が越してきた。父親は病気がちな男で、娘はというと年の頃は十を数えるかという頃。どちらも無口で陰気臭い親子だ。噂では、母親は病気で少し前に亡くなったとかいう話だ。この界隈に遠くから誰か引っ越してくるなんて話はここ暫くなかったことで、長屋や近所の住人はもう興味津々と言った具合である。そんな中、誰かがこんなことを言い出した。「せっかくこれから隣近所で仲良くやってくんだ、歓迎に一席設けるってのはどうだ」。それを肴にして、呑む口実にしてしまおうという訳だ。
だがその後がいけない。いつの間にか話が大きくなってしまい、やるんなら顔を出すという者だけで既に十数人といった塩梅。座を囲めるような場所を用意するとなるとそれなりに金も掛かってしまう。だが余分な銭を出したがるようなお人よしがいるはずもなく。言いだしっぺも腰が引けてしまい、今では皆で日和見して誰かが話を纏めてくれるのをまっているというような具合だ。それで、同じ界隈で何でも屋をやってる奴がいたことを誰かが思い出して、飲みの席の幹事を頼もむことにしようとギルドまで尋ねてきたという訳だ。
「って、それこそどーでもイイ話じゃねえか!」
思わず声を大にしてしまった冒険者は、肩で大きく息をし、続けた。
「それにな、こっちは何でも屋じゃねえ、冒険者だ」
「似たようなモンじゃないか。こっちもこれで困ってんだよ。な、ちゃんと依頼するからよ、何とかしてくんないかい?」
泣きつかれて冒険者が番頭へ視線をやると、男は苦笑を噛み殺しながら難しい顔で頷いた。
「正式に依頼されたんじゃ、断る訳にはいくまい」
という訳だ。そう言われてはこれ以上渋る訳にもいかず、冒険者は不満げにではあるが口を開いた。
「で、報酬はいくらだ? 言っとくけど、こっちも仕事だからな」
「え? 金なんて取るのかい!?」
ジ・アース世界の冒険者の多くはまだ駆け出しの者たち、いずれも市井に生きそれぞれの日常を暮らす者たちだ。これはそんな彼らの物語。江戸の城下町に越してきた父娘と彼らを取り巻く住人達を通して、暫しそんな彼らの日常を語っていこう。ところで揉めに揉めた報酬のほうも、そのうち松之屋に行った時にでも刺身とモツ煮込みに、熱燗もつけて奢りにするとうことで落ち着いたようだ。かくして、江戸の冒険者ギルドに『飲み会の幹事募集』の依頼が正式に張り出されたのであった。
●リプレイ本文
第一話 船頭多くして、その‥‥お察し下さい
その貧乏長屋へお武家のご息女とその従者といった井出達の三人組がやって来たのは昼の盛りを過ぎた頃合であった。この界隈には不釣合いな風体の三人であるが、奇妙なことに、抱えているのはむしろに板切れ、そして大工道具。
「今からなら間に合いそうだね」
「では、差配人に設置の許可を得るとしよう」
それに娘が頷くと、三人は長屋の敷地へ入って行った。
「皆さーん、歓迎会は今日の夕刻から行いますよー」
長屋へ一際明るい声が響き渡る。クリアラ・アルティメイア(ea6923)だ。歓迎の宴席のため、冒険者達はめいめいに動き出していた。
「せっかくのお持て成しのの集まりなんや。しっかり楽しませな、あかんな‥‥」
長屋の前では一足先にやって来ていた朱雲慧(ea7692)が石を組んで汁物を焚くスペースを作っている。そこへ大工道具を手にして現れたのは大神森之介(ea6194)。見止めて、朱がニヤリと笑う。二人は固く握手を交わした。
「ヨッシャ! 一丁やったろ!」
「やっぱり力仕事は若い衆じゃないとね」
「俺はあんまし力ないから力仕事はちょっとなー」
見た目にも線の細いリフィーティア・レリス(ea4927)は、やって来たはいがどうも手持ち無沙汰にしている様子。
「仕切るのとか向いてないからそれもパス。‥‥できることあんまりないかもしかして」
「火を使ってもいいって許可を貰ってきましたよー」
そこへ雑用で走り回っていたクリアラが様子を見に戻って来た。
「何を言ってるんですかー。これ、お酒の注文です。ひとっ走り行ってきて下さいねー」
クリアラに背中を押されたレリスは渋々ながらに駆けて行く。準備は着々と進んでいる。そんな様子を遠巻きに眺めながら鹿角椛(ea6333)は、満足げに頷くと輪の中へ入って行った。
「ふむ。宴会の幹事をやれ、と。ま、辛気臭いのは嫌いだし、ひとつ派手に騒ぐとしようかね」
力仕事は男衆に任せるとして、他にもやることは山のように残っている。椛が指示を飛ばす。
「そうだね、私は配膳の手伝いでもしてるよ。ほらそこ、油売ってないで働いた働いた!!」
ちょうど長屋から戻って来た御影祐衣(ea0440)を捕まえて椛が長屋へと引き摺っていく。それを苦笑交じりに見送りながら大神総一郎(ea1636)が皆に告げる。
「許可は得て来た。早速取り掛かろう」
男衆が頷きあった。大神兄弟が持ってきた大工道具と木材、彼らは宴席に小屋を設えようというのだ。木枠にむしろを乗せただけでも一晩寒さを凌ぐだけなら十分だ。冒険者達は「依頼」を遂行するため行動を開始した。
一方こちらは冒険者としての初仕事に燃える香月八雲(ea8432)。居酒屋『竹之屋』で働く彼女は仕事先のコネを利用して酒の注文を引き受けていた。
「無駄に元気良く頑張りますよ! なーに、普段やってることなので朝飯前です‥‥ってあれ?」
仕事が何となく雑用係ぽいばかりか、内容は普段やっていることと変わらなかったりするあたりが「初仕事」というには疑問の残る所ではある。ついでに言うと今月は財布の中身が厳しいのでこんな雑用を引き受けてる場合でもないのだが。
「‥‥という事は考えたら負けです!」
無理やりに自分を納得させると八雲は宴会のことを考えては含み笑いを漏らす。
(「無事に成功させて、親子と長屋の人達が「アニキ」「弟よ」と呼び合う位仲良くさせることが出来たらいいですね!」)
「おやっさん、そういう訳なので酒代、割り引いて下さいよ!」
「おうよ! 八雲ちゃんの頼みなら仕方あンめえ。内の看板娘なんだからな!」
長屋では料理の準備が大急ぎで進められている。
「リンちゃん、盛り付け任せたぞ!」
「ハイね」
近所の湯屋からも羽鈴(ea8531)が手伝いにやって来て、いよいよ宴の始まりも間近である。そうこうする内に大八車へ酒樽と山盛りの菓子類を乗せて八雲が到着した。
「宴会といえばお酒!と、かの有名な孫子も言っておられました!」
「酒と食いモンだったらそんな量にならない‥‥ハズだったんだけどな」
横からこぼれない様に脇を支えたレリスがぼやく。酒は樽で三つほど、勤め先の付き合いのある卸売りから安く調達して、子供達には後で持ち帰れるようにと干菓子や水飴なんかも揃えてある。そこへ漸く長屋へやって来た木賊崔軌(ea0592)が一言、ウン、と粋に頷いた。
「ちまちましたのも面度だ、樽で良かろ。こんだけありゃ十分だ」
「フフフ‥‥大口注文を取ってきたという事で店長の覚えもめでたくなって、私の給料は増額間違いなしです!」
「‥つか、豪気な依頼人だよな。便乗連中はさておき、元は‥‥ま、善意って事にしておくか」
崔軌は10Gを投げ打って費用の全額を負担したその人。今回は「財布」ということで準備は仲間達に任せ、のんびりとしたものだ。素人仕事で小屋作りに苦戦する男衆を見ては意地の悪い笑みを浮かべている。
「ま、どうせ偶の廻りモンなあぶく銭だ、依頼が目に入ったのも何かの縁だろ。こういう使い方も、悪かない‥‥」
そろそろ日も落ち宴を始めるにも夕飯がてらに丁度良い頃合、時期に酒盛り向きな時刻だ。
「歓迎の宴を設けたのだが‥‥」
総一郎が父娘を呼びに行くと、いつの間にか出来上がっていた宴席に父娘は驚きの余り声も出ないといった風だった。長屋の住人達の視線を浴びる父親に総一郎が耳元で告げる。
『揺蕩う水面の葉の如く‥‥まずは身を任されよ』
椛に案内されて父娘が上座へ座り、そうして宴会が始まった。
女達が配膳を済ませ、山盛りの料理と樽酒を前に長屋では楽しげな声が飛び交う。
「ほら、そんな顔してたら酒が不味くなるだろ」
まだ戸惑った様子の父親の背を椛がどんと叩いて酌をする。
「折角皆で歓迎してくれてんだ、一緒に騒ぐのは主賓の義務だぞ」
ついでに自分の猪口にも並々注ぐと椛は一息にあおって見せた。宴席の端では祐衣が笛を手に穏やかな音楽を奏でている。やがて音色は緩やかになり、一転、軽快な音を奏で始めた。それに合わせて総一郎と森之介の能役者の兄弟がそれぞれに衣装を纏い宴席へ出ると座から歓声が上がる。この長屋に幸あれかし。夕暮れ時の薄明かりで長屋に伸びた兄弟の影が、軽やかに舞った。
一方長屋の外では。
「おっと、今日は大事な宴や、邪魔立ては許さへんで」
「いえ、私は‥‥」
「問答無用や!」
何やら先から長屋を窺っていた若い男を見つけた朱が首根を掴んで引き擦り出そうとする。と、そこへやって来たのはクリアラ。
「あー!」
「おや。久方ぶりですね」
二人の様子を見て朱が手を離すと男はその場に尻餅をついた。
「何や、知り合いなんか」
男は近所で道場を開く舞踊家、以前に依頼で彼女や総一郎と知り合った彼は話を聞いて顔を出しに来たのだ。
「流石に兄弟だけあって息のあった舞ですね」
中へ案内された男は舞を眺めて頷いた。
「だが、極めるには道はまだまだ長い。総一郎くんの舞には言わば円みが、弟の彼には格が必要ですね」
「プロの目から見るとやっぱり違うんですねー。はいー」
宴席でも、そこかしこで長屋の住人達が話に花を咲かせている。当面の目的はひとまず成功のようだ。
「給仕なら任せて下さい! 諺に言いますからね、『むしり取った衣笠』って」
もとい昔取った杵柄――八雲はリンと一緒になって料理を運んだり酌をしたりと張り切っている。
「俺は絶対に酒は飲まないからな!」
「まま、そう野暮は言わずにってな」
頑なに拒むレリスに酌をしながら崔軌、だが彼の猪口の中身はこっそり水だったりする。
「手先仕事だ、迂闊に酒にゃ酔えねえし。シラフが居るのも御愛敬で」
舞を終えて戻ってきた総一郎も衣装を脱いで座に加わった。こういう砕けた席は苦手な彼だったが、いつしかうっすら頬も緩んでいる。森之介はというと元より場に馴染みやすい性格、既に住人達に溶け込んでいた。
「そういや、件の親父さんあまり丈夫じゃないって話しだが‥‥気掛けとくか」
ふと思い立って崔軌が首を巡らすと、八雲が傍へ七輪を移して暖を取れるように気を使ってくれているようだ。
「風邪を引いたら大変ですからね!」
父親を囲んでいつしか話も弾み、場も盛り上がっている。安心した様子で微笑むと椛はそっと輪を抜けて娘の姿を探した。
「私は華国から来た双子なのね、通り向こうの銭湯・鈴風で働いてるわ」
子供達はというとリンがお守りをしている。
「うりんお姉ちゃん、双子ってなあに?」
「双子の片割は男の子で私と同じ見た目なのよ、私に似てカワイイね。今度見に来るといいアルね」
まだ慣れぬ言葉では相手をするのも大変そうだ。
「さすがにこっちにゃ酒飲ます訳にいかんし‥‥」
少し考えた椛はお手玉を取り出すと、その輪に加わった。一方の宴席の方では、今度はレリスがエジプトの踊りを披露して場を盛り上げている。祐衣も慣れないながらに洋の楽を奏でレリスの踊りを引き立てる。負けじとクリアラもミミクリーを使った芸を披露している。
「どんなモノでもリクエストにも答えますよー」
おどけた彼女が適当に動物やら怪物やらに化ける度にどっと笑いが起こる。
(「そしてこれを機にジーザス教を布教ですー。野望に燃えますよー」)
「この山鬼も黒いジーザス教の力さえあれば一発で倒せちゃうんですよー。こんな化け狸も、天狗なんもイチコロなんですー。はいー」
山鬼(のようなもの)やら妖怪(のようなもの)に化けながらすかさず布教活動に励むクリアラ。
「長屋の親父さんも、引っ越してきた父娘さんも、大いなる父を崇めれば、きっと良い事があるですよー。多分ー」
『‥んな時はな? ‥‥‥ってな事で‥‥を‥‥‥して‥』
隅の方では崔軌がこっそり子供達を集めて何やら内緒話の最中だ。
「いいか? 俺とチビ共の秘密だぞ?」
「って、妙なことを教え込まないそこ!」
曰く罠屋の一発芸、詰まる所イロイロの悪戯を教えていた彼の頭を椛が算盤で小突いた。
「歌を唄うとかもっと子供らしい遊びがあるだろう」
「ま、お子ちゃんはチビ同士に任せるが一番。悪戯してる内に仲良くなるのも手だろうぜ」
とはコブを押さえながら崔軌。だがまだ娘はというと何やら浮かぬ顔だ。いつの間にか音楽も止み、休憩を取っていた祐衣も心配そうに娘の様子を窺っている。
(「何だ、まだ他の子等と馴染んでおらぬではないか‥‥」)
そこで祐衣は小さく頭を振った。
(「解せぬ、なぜ私がかまう必要がある」)
その彼女を横目でちらりと見てリンがクスリと笑うと、今度は娘の顔を覗き込むようにして言った。
「貴方見た目は可愛いのに‥‥そうだわ」
ついでに祐衣の手も引くとリンが長屋の中へと連れ込んだ。
「主役なんだし、ちょこっとお化粧してみるアル。こっちに来て服も用意してるから、祐衣さんも手伝うね」
「な、何故私がいちいち世話を焼かねばならぬのだ」
祐衣はまだ渋い顔だがリンの指示に従っている。大神兄弟やレリス達の化粧も担当したリンのそれは趣味にしておくには勿体無い腕前。
「可愛いわ♪」
手早く着替えを済ませて手鏡に写して見せると、娘の顔がぱっと明るくなった。
「ほら、皆さんに見てもらって挨拶してごらん、皆いい人達あるね」
リンが笑顔で背を押す。娘は戸惑った様子で立ち止まり、ふと祐衣の顔を見上げた。
「いつまでも無愛想にしていては友達も出来ぬぞ。女子なのだから少しは愛嬌も‥‥」
そこまで口にして祐衣は顰め面で顔を逸らした。少し照れたような祐衣の横顔を見て、娘は初めて笑顔を覗かせた。娘が外へ駆けて行くと、すぐに長屋の子らに囲まれる。
「あっちで朱お兄ちゃんが芸をするんだって。一緒に見よう?」
「うん。楽しそうね!」
ちょうど宴席では目隠しをした朱が構えを取っている。
「さあ準備はええか? 見たってや、これが華国の武芸や!」
彼を狙って棒切れや鍋蓋が飛び、朱がそれを掴み取って、また叩き落して見せるとその度に拍手が上がる。だが最後の一個はワザと外してバカを見せ、笑いをとるのも忘れない。周囲の反応を確認すると苦笑を浮かべて朱が目隠しに手を掛ける。
「今だチビ共!」
が、そこを目掛けて子供達が一斉に棒切れを投げつけた。
「まだまだ修行中や、勘弁したってや〜」
たまらず転げた朱が両手を挙げて降参する。一方でレリスはちょっとした余興にと父親へ占いを披露している。
「‥‥うん。その、何だな」
父親の目を見て彼は難しい顔で頷いた。
「幸先のいい運気だ。父娘揃って、やっていける筈だな」
その言葉で、黙って見守っていた長屋の住人達から歓声と安堵の声とが一斉に上がった。父親もすっかり皆と打ち解けたようだ。朱を見て笑い転げていた森之介が起き上がって目尻を拭いながら呟く。
「俺さ、こういう人情っての感じるの好きなんだよね。能もそう、人の感情を舞として表現してるものなんだよ」
不意に長屋を夜風が通り過ぎ、足跡に紅葉を散らして行った。気づけば随分と冷え込んで、いつの間にか宵も深まっている。
「長屋の敷地内じゃ、奥方の目も光ってる訳だし、な」
誰が言うでもなく宴もお開きである。
「後片づけもきちんとしないと! 父娘さんも長屋での初の共同作業ですよ!」
八雲は最後まで働き詰めだったようだがそれも性に合っているのか生きいきとしている。最後は皆で仲良く片づけをし、宴は大成功で幕を閉じたのだった――。
「‥‥なるほど」
事のあらましを伝え聞いたギルドの番頭は苦笑交じりで顎を撫でつけた。
「だがロクに報酬も貰わぬ仕事で必要以上に働きすぎな気もせぬではないな」
あくまでも商売である以上、報酬相応に仕事をこなすのがプロというものである。
「余りに報酬以上の仕事振りは他の冒険者達にとっても余り歓迎されることではないが――まあ、今回は良しとしておくか」
そう言うと彼は報告書を畳んだ。そうして「飲み会幹事募集」の依頼は無事に遂行され、ギルドの報告書の棚に並んだのであった。