お江戸に暮らせば  師走

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月13日〜12月18日

リプレイ公開日:2004年12月24日

●オープニング

 さて、長屋へ親子が越してきてしばらくが経った。冒険者たちの心尽くしの歓迎の宴で父娘も隣近所へ馴染むことができ、今ではすっかり長屋の連中に溶け込んで楽しくやってるのだそうだ。そうして長屋は師走を迎えていた。
 そんな折に、長屋を訪ねた男がいた。
「すみません。こちらを来れば分かるかと思ったのですが」
「ん‥‥アンタは確か」
 それが宴席に顔を出していたあの舞踊家だと分かると、魚売りの親爺は気をよくして男の話に耳を傾けた。
「‥‥なるほどな。だけどよ、あの時の兄ちゃんたちに連絡取りたいって言われても、冒険者ギルドってとこに行って頼んだだけだからなあ。さあねえ」
 人づてに話を持ってけば連絡がつくかも知れないと親爺は言うが、こういい加減な調子ではいつになるやら分からない。男は落胆の色を見せたが親爺は気にしない。
「にしもてあの宴会は楽しいは安いはで良かったよなあ。また頼んでみっかな。あ、そうそうあの何でも屋の連中に用があるんだったっけか。ま、今度あったら伝えとくからよ」

 一方こちらはギルド。
「困ったことになったんですよ!」
 そう言って駆け込んできたのはこれまた見知った顔だ。この界隈では居酒屋『竹之屋』の看板娘として町人に親しまれてる娘さんである。
「何だかここ最近、誰かがこの私を狙ってるんですよ!」
 話を聞くと、ここ10日ほど前から仕事が終わっての帰り道、何だか誰かに後を尾けられているような気がするのだという。それだけでなく、帰宅すると玄関に覚えのない差し入れが置いてあったり、差出人不明の文が届いたりするらしい。どうも店の常連客の行き過ぎた付け回し行為のようだが。
「ということでここは一つ。依頼ですよ! 忍び寄る影から私を守って下さい!」
「っても、今んとこ実害も何もないんだろう?」
 何か身の危険を臭わす兆候でもあるなら話は別だが、この程度のことならわざわざ冒険者たちが動くほどのことでもない。
「そこを何とか! しかもお友達料金ということでお願いしますね!」
 さすがにこれには傍から見ていた番頭も渋い顔だ。年の瀬ともなると慌しく、瑣末なことにはかまっていられなくもなる。肩をすくめて視線を寄越す冒険者たちに、彼はやれやれとばかりに嘆息を返した。
「駄目だな。師走って言ってな、お偉いセンセ方も駆けずり回るってくらいに忙しいんだ。そっちはアンタらの仲間内でで何とかやってくれ。それよりも、だ」
 番頭が指差すと、駆け込んできたその彼女の後ろにはいつのまにか長い列が出来上がっている。これ全部、依頼人の列である。だがどれもこれも、皆金とは縁のなさそうな風体の者ばかり。
「この間の話がどう伝わったのかは知らんが、どうもギルドに依頼すれば小額の予算で大宴会を開いてもらえるという噂が広まったらしくてな」
 そう言ってるそばから早くも行列の依頼人が痺れを切らして騒ぎ始めた。
「おーい、忘年会の幹事を頼みたいんだ。刺身とモツ煮込み奢ってやったらタダ酒飲ませてくれんだろ?」
「内は寿司も奢りにするから樽酒は倍の6つで頼む」
「それならこっちは鯛のお頭もつけるぞ! 姉ちゃんと芸人の数は倍にしてくれよ!」
 とまあ、こんな塩梅だ。
「こっちも商売である以上、報酬に見合わぬ仕事は受けれぬと説明はしたんだがな。だが現に飯と酒の奢りで大宴会を開いたじゃないかと朝からごねられて困り果てているところだ」
 そう言って番頭の男は棚から例の報告書を出してひらひらと振ってみせる。
「あれはアンタらも宴会で一緒に飲み食いしたという事情もあったんだろうが、にしても少し不用意だったな」
 誠実に仕事をこなすということは、仕事であるということによってである。依頼をこなすたびに足が出るようではそれこそ仕事にならない。取る分は取った上で真心尽くして客を満足させるのが仕事人というものだ。そしてどの客も公平に扱うというのも一面では誠意である。一人にはできて他の者には出来ぬという訳にはいかない。そうでなくとも、冒険者としての仕事だけで生活している者も少なからずいるのだ。本業のいわば片手間にやっているものが安売りをしていたのでは彼らの食い扶持を奪うことにもなる。
「誠心誠意で仕事をこなそうという心意気は立派だが、これも仕事だ。見合う額というのをわきまえないとな」
 そういうと番頭は冒険者たちに銅貨を一枚投げてよこした。
「依頼だよ、アンタらに。それ呉れてやるから後の始末は任せたからな」
 自分たちでまいた種でもある訳だから、こればかりは断る訳にもいかない。つまりは、これは銅貨一枚相当の仕事という訳だ。ということだ。かくして江戸の冒険者ギルドに今度は『ギルドの苦情処理係募集』の依頼が正式に張り出されたのであった。

「はぁ」
 再び長屋前。あの舞踏家の男がとぼとぼと帰路についている。
「弱りましたねぇ。一人でやるとなると不安の残るとこですが」
 男は瑞峰流を掲げるとある流派に学ぶ者だ。ここ数年の間いろいろと不幸が重なっていた所へ思いがけず来春にこの町内の催しで正月の祝いの舞を披露してほしいとの話が舞い込み、それで以前に依頼で縁のあった冒険者たちに助力を願えないかと訪ねて来たのだった。
「あの兄弟舞は見事でした。互いに欠けたものを補い技を磨きあいながら、更なる高みを目指して舞台に臨めたなら」
 ふと、ギルドに依頼するのはどうだと考えた彼は、だが思い直した。
「ギルドの方を煩わすわけにも行きませんしね。さて。日をあらためて暫く長屋へ通うとしますか」

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1636 大神 総一郎(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6923 クリアラ・アルティメイア(30歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8531 羽 鈴(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

第二話 取り敢えず何というかその‥‥憎まず

 何やら長屋の前の通りを先から行ったり来たりしているのは御影祐衣(ea0440)。
「おや、祐衣ちゃんじゃねーか」
 そわそわと落ち着かぬ様子で長屋を窺っていた所へ声を掛けられてびくりと振り向くと、魚篭を抱えた親爺が祐衣を見ている。
「ン‥‥ああ、きよちゃんなら近所の湯屋にお呼ばれってんで、朝から遊びに行っちまってて長屋にゃいねえよ?」
「べ、別にあの娘が気になるという訳では‥‥っ、そ、総兄達も気にしていたからな」
 伏目がちに視線を逸らした祐衣へ親爺は思い出したように言った。
「そういや、アンタんとこの兄ちゃんに会いたいって野郎がちょうど唯吉んとこに来てたな」
「?」
 従兄弟だと訂正するのも忘れて怪訝な顔で長屋へ急ぐと、ちょうど出会い頭に出てきた男に鉢合わせして祐衣が尻餅をつく。
「おや。あなたはこの間の」
 手を差し伸べたのはあの舞踏家の男だ。祐衣は一人で起き上がると、何用かと切り出した。
「‥‥という訳なんです」
 そうして一部始終を聞くと、祐衣は難しい顔で頷いて見せた。
「うむ、心得た。総兄達には伝えておこう」

「あー、おさむらいさんだー」
「おさむらいさんー」
 チビたちに指差されながら居心地が悪そうに通りを歩いているのは木賊崔軌(ea0592)。
「‥‥めんどくせえが‥自分で引き金引いたからにゃ仕方ないか」
 これから参内でもしそうな畏まった着衣に帯刀という井出達。仮にも武家の出とは言え華国育ちの彼にとっては寧ろ盛装としか思えない代物でもあり。しかも着慣れぬということもあり何やら遅れてきた元服式といった観である。
「まあ、あん時は冒険者として動いてないから、そっから屁理屈こねるとでもするかね」
 そう言って苦笑を噛み殺した彼は今回の件で兄からこってり絞られて来た所だ。このままでは正月前に家から叩き出されてしまうとあって、今回ばかりは高みの見物ともいってられない。
「つか率先して働いて無くて良かったぜ‥」
「はわー。怒られましたー。かくなる上は名誉挽回ですよー。頑張りますよー。はいー」
 崔軌がギルドについた頃にはクリアラ・アルティメイア(ea6923)が町人達を前に悪戦苦闘している最中だった。
『ある意味騒ぎの元だ。俺が件の武道家なのは内緒で、な?』
『はいー。分かりましたー』
 漸くやって来た彼の姿にほっと表情を緩ませたクリアラへ、崔軌がそっと耳打ちする。
「何故宴会をやったかと言うとー。冒険者も宴会がしたかったからなのですよー」
「なら話が早ぇじゃねぇか!」
「けど、見ず知らずの人と宴会する人はあんまりいないんですよー。逆に、酒場に行ってもお茶しか飲まないような冒険者は山程いるのですよー」
 何だかしどろもどろになりながらクリアラ。とそこへ湯屋の仕事の合間を縫って羽鈴(ea8531)も手伝いに駆けつけた。
「はーい、皆さん苦情は此方で聞くネ。正当な依頼を邪魔しない」
 綺麗に着飾ったリンが皆の注目を引き場を鎮めると、冒険達は早速騒ぎの整理に取り掛かった。
「皆勝手な事を言っているネ、けどそうそう都合よくはいかないネ」

「それにしても冒険者を始めてから出費の方が多くなってる気がしますが! はたして手持ちの全財産で無事に年越し出来るのか!なんて事は気にしたら負けですね!」
 こちらは竹之屋の香月八雲(ea8432)。
「孫子もこう仰いました! 『貧しくてもいい。逞しく育って欲しい』と!(言っちゃいねえ)」
「出来高報酬でって事で、気持ち程度でええよ」
 ちょうど流しの用心棒をやっていた朱雲慧(ea7692)がお友達料金で引き受けてくれることになり、今は作戦会議中である。
「後は夕飯を奢って貰うで。出来高によっておかわり付きもやな。美味いもん食いたいさかい、気張ったるでっ♪」
「何て気前の良い! 乙女心がぐらぐら揺れてしまいそうです!」
 話を聞いた竹之屋の親父さんも協力してくれるということで、食い物は竹之屋持ちだ。
「まあ兄ちゃん、賄いでも食べきな」
 そんな訳で夜迄やることのない朱は竹之屋で昼をご馳走になっていた。報酬は先日のボーナスから銅貨十枚。
「ここは冒険者らしく怪しい人影の正体を推理してみましょう!。お店の常連さんだったら顔見知りなので問題ないんですが! いやありますけど!」
 或いは長屋の宴会騒ぎを聞きつけた同業者ということも。だが確かには言えない。
「‥‥結論としてはさっぱり分かりません!」
 真顔できっぱりと言ったものだからノリのいい朱が思わずずっこけたりも。
「まあ犯人を見つける迄香月はんには普通に生活して貰うんが一番やな。せや、その差し入れと手紙も見してもろてもええやろか」
「はい! ここに!」
 そうやって渡された手紙は意外にも線の細い文字が丁寧に書き込まれている。
「うーん。なよなよした気持ち悪いンやったらどないしょ‥‥」
 朱が身震いし、続けて八雲も小さく頭を振った。竹之屋はもうじき昼時を迎えようかという頃である。

「ふむ、まさか斯様な事態になるとはのう、人とはほんに面白き生き物よ」
 様子を見に来た祐衣は、騒然とするギルドを見回してそう溜息を吐く。まだ世間慣れしていない祐衣だが、武家の娘たる者、だからといって背を見せる訳にはいかない。
(「小娘と侮られぬ様、堂々と対応致さねばな」)
 家名を背負って働くからには半端は許されないとばかりに、気を引き締めて祐衣は仕事に取り掛かる。
「なるほど、刺身や寿司・鯛のお頭で酒や芸者を呼びたいと言うネ。ここまでは間違いないアルか?」
「宴会の為にはただギルドに来れば良いってもんじゃないのですよー」
「あの宴会で出資した冒険者は華国の者でして、ジャパン人とは価値観がずれているというか‥」
 詰め掛けた町人達から予算の希望を聞きつつ、冷やかしを言う者、酒場で話のつきそうな者と祐衣がそれぞれ仲間達へと割り振っていく。
「あの依頼は決して安い報酬で請け負った訳ではないネ、ただの宴会でもないネ判るかな?」
 リンはそう言ってちょっと難しい顔を作って見せると町人達を見回しした。
「歓迎会は長屋の住人と縁のある私達がしたものネ。それに私達はあの子の笑顔というとても大切な心からの報酬を貰ってるアル」
 きよの顔を思い出したのか、そういうリンの笑顔は優しい。
「私達は冒険者、時として自分の信念で動くこともあるヨ。でもあなた達の欲望では依頼は受けないネ」
 くるりと表情を変え、一転。
「ただより恐いものは無いとも言うネ」
 しっかり釘を刺すとリンはもう一度微笑んだ。そうこうする内にもう夕刻。リンも鈴風の開店時間ということでそろそろ戻る時間だ。
「また明日ネ」
 今日は前に約束した長屋の子らが遊びに来るということでリンは慌しくギルドを後にした。
「んじゃよ、異国の冒険者を紹介してくれ。金持ちなんだろ?」
 説得が効いたのか漸く皆帰り始めたのだが、まだごねている者も何人か。
「異国人が金持ちというより。偶々懐が暖かかったから上機嫌でふるまい酒をしでかしたらしく‥‥」
「ふるまい酒だけかよ!」
「ええ‥まあ。ギルドへの報告でも彼が働いていたという記載は無いですしねえ。実際冒険者も取り立てて働いたという訳でも‥‥」
「む‥‥それは聞き捨てならぬな。総兄達の心配りと八雲殿や竹之屋のご好意あってこそのものであろう」
 とまあ崔軌がのらりくらりと受け答えをしていると思わず祐衣が横から口を挟んだ。
「それに長屋の者の温かき人の情というのも忘れてはならぬ。それを唯の振舞い酒と片付けるのは――」
 思わぬ横槍に軽く頭痛を覚えながらも崔軌が祐衣を引っ込めると、今度は町人から突っ込みが入る。
「上機嫌で振舞い酒って‥‥それ冒険者か?」
「ただの面白がりとしか‥。まあ、冒険者自体ひと味変わり者が多いのは否めませんがね」
「ぶ、無礼な‥‥! 私のことは兎も角も我が兄や総兄まで愚弄するような物言いは――」
 とそこまでいいかけた祐衣の耳を引っつかんで崔軌が囁いた。
『イラん事すっと後で遊ぶぞお嬢?』
 ニコリと微笑んだ崔軌の顔は流石の祐衣も縮み上がらんばかりの恐ろしさ。これには祐衣も小さく身震いして口を噤む。
「つまりですねー。福袋を転がしてあぶく銭をたくさん儲けた、お人好しで宴会好きの冒険者さんが知り合いにいないといけないのですねー。はいー」
 どこから持ってきたのかクリアラがパネルを取り出した。
「という事は冒険者に酒を奢らせるにはどうするかと言うとー」

   1:お人好しで太っ腹の冒険者と知り合う。
   2:祭が来るので、その冒険者が福袋をたくさん買う。
   3:「宴会やろう。あんた持ちで」と冒険者へ言う。
   4:冒険者、気前がいいから「オケー。然り」と答える。
   5:ただ酒ゲット。

「と、宴会の為にはこのように用意周到にしなければならないのですー」
(((「ム、ムリだぁ‥‥」)))
「ま、富籤に当たる様なモンでしょう、そんな博打打ってたら歳越しますよ旦那方?」
 ここぞとばかりに崔軌が意地の悪い笑みを浮かると、町人達も肩を竦めて互いの顔を見合わせた。
「という訳で皆さんも、タダ酒を飲みたければ努力が必要なのですー。でも、お酒の為だけにそこまでしたくないですねー」
 はっきり告げられて落胆した町人達から一斉に溜息が漏れたその時。
「そこでジーザス教ですよー!」
 待ってましたとばかりに大いなる父の素晴らしさについて熱く語りだすクリアラ。
「あーあ。この忙しいってのに油売ってる暇もねえか」
「帰ろかえろ」
 これで漸く町人達もギルドを後にし、最後には一人クリアラだけが残された。
「なんで帰っちゃうんですかー! ジーザス教に入ればイイと言うのにー!」

 とまあ無事に事が終わったかと思いきや。一つ忘れていたことがあった。
「まったく、祐衣も肝心なとこで抜けてるっていうか」
 すっかり言伝を忘れていた祐衣が何とか大神森之介(ea6194)へ話を伝えたのは明くる昼であった。
「瑞峰流は舞踏なんだってね。日舞は能楽とは少し違うが舞い手として興味あるな」
 で、結局話を聞いた森之介が漸く長屋で男と出会えたのは更にその翌日の夕刻だった。ちょうど顔を出していた八雲もきよと一緒に話に加わっている。
「それは嬉しいですね。所で森之介君は神楽舞だと聞きましたが」
「能楽はね、申楽である訳だけど申の字も元々『神』だったんだ」
 つまり神楽である。神から示を取り、神の姿を真似する所から申楽は舞であり演劇でもある。同じ演目でも解釈の違いで流派も分かれるというのも、たとえば西洋の演劇形態と比すれば独特である。
「猿真似って言葉も一説にはこの辺りから来てるらしいね。能でも、役を真似る舞という面では個性が活きてくるものなんだ」
 膝の上にきよを抱いて話す森之介は、やはり好きなことを話すからだろうか、とても楽しそうだ。
「俺は手伝うの賛成。どういった舞なのか見てみたいし正月を皆で祝うのって楽しいもんな」
「ギルドからじゃなくて直接の依頼だそうですよ! 羨ましいですね!」
「へー‥‥ギルド通してないんだ? 俺達に直接依頼って事か、光栄だね」
 爽かに笑った森之介はきよの頭を撫ぜると、立ち上がった。
「新年は奉納舞の準備で忙しいけどさ、前の依頼のこともあって総兄も気にかけてたし、きっと力を貸せると思うよ」

 さてその帰り道。
(「見つけたで!」)
 長屋を後にした八雲の後をつける怪しい人影を見つけた朱は足音を殺してその背に忍び寄っていた。
(「こういう奴は野放しにしとくと、ろくな事がない。ほどほどにいて込ましたるわ」)
「しばき倒したるッ!」
 暗がりで背後から朱が犯人へ掴み掛かった。
「怖い事を止めてくれれば、番屋に突き出したりとかはしませんから!」
 そこへ引き返して来た八雲も助太刀し、朱が犯人を取り押さえる。
「容赦せーへんで。覚悟しいや!」
「‥‥す、すみませんー!」
 といった声は妙に甲高く。
「ん? んん??」
 思わず握り腕の力を緩めると、意外にも犯人は気の弱そうな年頃の娘さんであった。
「す、すみません‥‥私、その、八雲さんの‥‥」
 どうやら娘は竹之屋の常連で、看板娘である八雲のファンだったようだ。八雲を慕う気持ちが高じて、いつの間にか行き過ぎてしまったという所のようだ。
 どうしたものかと朱が八雲を見ると、彼女もこれには困った様子である。暫し考えた後、八雲が口を開いた。
「もうつけ回したり贈り物をするのは止めて欲しいです! 気持ちは嬉しいですけど正体不明はちょっと怖いですから!」
 はっきり言われてしまい娘は項垂れた。が、八雲は続けて更にこう口にした。
「とりあえずお友達から始めましょう!」
 ぱっと顔を明るくした娘へ八雲はにこりと元気な笑顔を向ける。八雲はいつも明るい竹之屋の看板娘なのだ。
「諺でいう『積み荷を組んで人の肉取る』という奴ですね!」
 もはや微妙に原形をとどめていないが取り敢えず何というかその憎まず。
「さ〜て、万事解決!めしや、めしやっ♪」

 その夜。
 神想流の時期家元でもある大神総一郎(ea1636)は奉納舞の準備に掛かりきりということで、この時期は家人も取り次がない。弟の森之介から言伝が届いたのはすっかり夜も更けた頃合であった。
「さて、何を所望するのだろうか」
 初春の目出度さであれば養老や高砂、老松もいい。だが敢えて題目を決めず先方に任せてみるのも一興だ。筆を取ると総一郎は双眸を伏せて暫し考え込んだ。
「いずれにせよ我が神想流の奉納舞が終った後になるが、それからでも町内の催しであれば時刻も間に合うだろう」
 返事の書をしたためると、総一郎は慌しく次の用事へと取り掛かった。いよいよ年の瀬、もう幾つと寝ると新しい年の始まりだ。


「なるほど。上手く運んだか」
 ギルドの番頭は事のあらましを伝え聞き、今日ばかりは笑顔を覗かせている。
「香月の方も無事に解決。今回は言うこともないな」
 所で朱だが、彼が昼間あんまり美味しそうに賄い飯を平らげるものだから客入りが上がったとかで、店の親父から客寄せ兼用心棒として声が掛かっていた。朱もちょうど雇い主を探していた所で渡りに船、かくして朱は竹之屋の用心棒となったのだった。
「それにしても木賊は少し気の毒だったな」
 実際は崔軌に限らず皆して大盤振る舞いだったのだが、たまたま資金を出した崔軌が目立って槍玉にあがったようで、ちょっとお灸がきつ過ぎたかも知れない。
「報酬の銅貨は彼に渡しておくか。いずれにしろ、年の瀬にややこしい話も皆片付いたようで、何よりだ」
 そうしてギルドの苦情処理係募集の報告書もまた、並んで棚に収まったのであった。