●リプレイ本文
「商家の息子さんねえ。内で奉公したいんだって?」
遠方から訪ねて来たという青年を、応対に出た商家の者は訝しげな顔で出迎えた。
「人手も足りてないって訳でもないしな‥‥どうしてもって言うなら考えるけど、その代わり見習いの間は給金は出さないからな」
「あぁ、雇ってもらえるんならそれでも構わねえんで。宜しく頼んます」
風森充(ea8562)は遠方の商家の息子を偽って潜入を試みていた。裏事も請け負う代書屋に頼んで偽の紹介状を作って貰いはしたが、足元を見られてかなり吹っ掛けられてしまった。世の中そうはうまく行かないものである。
充が愛想笑いを浮かべると、上役は不機嫌そうに踵を返した。
「来な。仕事教えてやるよ」
商家には丁稚奉公を始めとして二十人ほどの使用人が出入りしている。商いも繁盛しているようで昼間は酷く慌しい。その中に混じって白井鈴(ea4026)も丁稚として走り回っていた。
「シロ、裏口に酒屋の御用聞きが来る頃だ、注文取ってきな」
「はい〜!」
「返事は短くハイだって言っただろ! ほら、急いで行って来るんだよ」
「にゃはは〜分かりました〜☆」
鈴も充同様に偽名で丁稚として入り込んでいる。見た目にも子どもと間違えられ易い上、生来の人当たりの良さもあって早速ほかの奉公人にも馴染んでいる。油断を誘って情報を聞き出すには子どもは成し易い。案外この潜入には適任だったのかも知れない。
「って、あれ。裏口ってどっちだったっけ??」
「台所の外だよ。そこの廊下突き当たって右だ」
「そう言えばさっきも聞いたばっかりだったよね〜」
もっとも、せっかく聞き出した情報を覚えていられるかはまた別問題のようだ。
台所では飯炊き女が勤しんでいる。昼時の仕込も時期に終わる頃らしく忙しさも幾分か薄らいでいる。女達の間をすり抜け、鈴が酒屋の御用聞きを取り次ぐ。ふと勝手口から振り売りの声がある。
「くすりー、くすりは要らんかねー」
由加紀(ea3535)の表の顔は薬屋。商い物の膏薬を担った紀は行商という触れ込みで勝手口から入り込んでいた。
「奥州仙台岩沼の徳平が膏薬は‥‥ねつからさっぱりきかなんだ‥‥只あかぎれなんどによくきくそうだ」
春は近いといってもまだこの時期の水仕事は堪える。あかぎれの薬は飯炊き連中へ飛ぶように売れた。
「‥‥毎度‥。‥‥あ、今ので最後だね‥」
「え、もう? もっと他にないの?」
女達へ囲まれながら紀が膏薬の袋を手渡していく。あっという間に荷は空になった。と、そこへ上役が顔を出す。
「こら、シロ! まだ掛かってんのか! 注文終わったんなら次の仕事だぞ!」
「ごめんなさ〜い」
上役と一緒に充も台所へやって来ている。充は風呂敷包みを鈴へ手渡した。
「シロちゃんへはお使いの言いつけだと。通り向こうの万屋さんだ」
鈴の背を叩いて充が微笑む。
「シロちゃん、大事な届け物だ。しっかりな」
「はーい、行って来まーす」
風呂敷を受け取ると鈴は勢いよく駆けて行った。それを見届けると上役が声を張り上げる。
「こら、飯炊きどもも! 油売ってんじゃないぞ!」
怒鳴れて女達も仕事へ戻った。そのうちの一人が、去り際に紀へ耳打ちする。
「また明日も売りに来てくれる? 勝手口開けておくから、昼前によ」
紀がコクリと頷いた。薄皮を剥ぐように少しずつ。誰にも気取られないように。忍びたちは商家へ浸透していた。集まったのは、いずれもそれぞれの道に秀でた忍び達だ。潜入する者、進入の工作を計る者、そして実際に屋敷へ忍ぶ役を担う者。鍛え上げたそれぞれの技を駆使し、仲間達は着々と手筈を整えていた。
「私じゃ奉公の振りしてもドジって余計な注目集めそうだもんね」
霧生壱加(ea4063)は潜入した仲間たちを遠めに窺いながら屋敷の周辺を散策している。潜入には不向きなのは自覚している。その分、隠密には自信があるのだが、今回は凄腕の忍びが仲間に加わったとあってそれも出番はなさそうだ。
「まあ、私にもやれることはあるけどね」
そう嘯くと、壱加は手にした紙へ筆を走らせた。そうして商家の周辺をぐるりと回り終えた頃には、そこには詳細な地図が出来上がっている。
「さて、と」
それを畳んで懐へ仕舞うと壱加は満足げに口元を吊り上げた。
「うろうろしてても目に付いたら拙いから気をつけないと!」
早々に散策を切り上げると、壱加は表通りの人の波に消えた。時期に昼時を迎えるとあって人通りも多い。源徳家康の治世のもとで江戸では商工業も盛んで、街は活気に満ち溢れている。
「場所は‥‥ここで宜しかったでしょうか?」
町人達で賑わう通りの蕎麦屋へやって来たのは丙荊姫(ea2497)だ。どこかおっとりした雰囲気を滲ませたその容貌は、裏の世界に身を置く忍びとは程遠い。深窓の令嬢とでも言った方がよっぽど通りそうだ。
「こう言った依頼は本来関わりませんが‥‥私も物好きですね」
「蛇の道は蛇か‥‥」
振り返ると風守嵐(ea0541)の姿がある。荊姫が微笑むと、嵐も小さく頭を下げる。二人は店へ足を踏み入れた。
(「志無き依頼は本来ならば組み入る事は無いのだが。本能というべきか、何か気に掛かるものを感じる」)
彼は御守の忍び、その風の長を務める男。義によって動くことを信条とする彼だが、不穏なニオイにひきつけられるようにして仲間に加わったのはやはり忍びとして性だろうか。
既に蕎麦屋へは甲斐さくや(ea2482)がやって来ていた。嵐たちを見止めた甲斐が蕎麦をすすりながら二人を席へ促す。
忍軍闇霞に身を置く彼は、シフールの月華と行動を共にする忍び。月華の忍といえば耳にした者も少なくはないだろう。今回はその忍び足の技を買われて侵入の先導を任されることになっている。
「まずは掛け軸の特徴を知っておきたいでござるよ。偽物をつかまされるのは私達忍びの名誉にも関わることでござろうからな」
「それならば」
と、嵐。手にしていた包みを机へ広げると中には掛け軸だ。
「贋作ではあるが、ほぼ同じ品と考えていいだろう」
仲間達が手にとって細部まで確認する。そこへ紀も屋敷から戻ってきて嵐の隣に腰を下ろした。
「僕も一緒だよ〜」
お使い帰りにこっそり寄り道した鈴も一緒だ。やがて仲間達は集めた情報を交換した。警備の人数、装備、交代時間、巡回の道筋から罠の有無に至るまで。入念に打ち合わせが行われる。
「ごっめーん! 遅れました!」
そこへ漸く壱加も顔を出した。隣の卓から椅子を寄せると、ふと鈴を見て小首を傾げる。
「ん? 鈴さん、背中に何かついてるよ」
言うが早いかひょいと摘み取ると、紀の膏薬の包み紙だ。小さく畳んであるそれを広げると、屋敷の間取りや掛け軸の位置、更に警備体制についてまで事細かに纏めてある。充の字だ。
「実行日には裏口を開けておいてくれるんだって。流石、仕事が早いなあ」
腰を下ろすと壱加が地図を広げる。集まった情報と照らしながら筆を取ると、図面へすらりと線を引いた。勝手口から掛け軸の部屋を通って再び外へ。その先は巧く人通りの多い道を辿って町の外へと続いている。壱加が顔を上げると、仲間達が同時に頷く。
「風森さん、仕事で暫く外に出れないんだって。鈴さん、お土産にお蕎麦持ってってあげてね。くれぐれも店の人には感づかれないようにね」
「うん、秘密のお約束は絶対に守らなくちゃね」
そして決行の夜。
「‥さて、行こうか‥‥」
蕎麦屋の打ち合わせには顔を見せていなかったが榊原信也(ea0233)も加わって一行は屋敷へ臨む。
「‥いや、事前の調査とかは加わってなかったしな、すまん‥‥まあ気にするな」
忍び込むのはそれに甲斐と荊姫を加えた三人。まず甲斐が勝手口を潜る。音もなく、なおかつ素早く奥へと進んで行く。
(「たまにはいいもんでござるな。この緊張感、依頼の是非などを問えないこの感覚。天邪鬼な私には正邪の問いは意味をなさないし聞く気もないでござるよ」)
振り返った甲斐が仲間へ合図を送る。辺りに見回りの目はない。まず信也が駆け出し、そのまま跳躍して屋根へと移った。続いて荊姫も勝手口を潜り、忍び足で慎重に歩みを進める。やがて荊姫も屋根へ上ると、三人は揃って屋根裏へと入り込んだ。準備に抜かりはなく、彼らを阻むものは何一つない。見取り図の通りにすぐに目的の部屋の真上まで到達した。
先頭を進んでいた信也が後続を振り返って手で合図を送る。奥まったその小さな部屋には見張りが一人付いている。目を欺くのは難しそうだ。
振り向いた信也へ荊姫が無言で頷いた。印を結ぶと、甲斐もそれに習う。外した天井板から二人が手をかざすと、淡く煙を伴って小部屋へ甘い香りが流れ込んで行く。眠気を誘うその煙を吸わぬよう、荊姫がすぐに板を元へ戻す。呼吸を落ち着けて暫し時を待つ。再び板を外すと見張りは眠りこけていた。
飛び降りた甲斐が部屋の奥から小箱を引きずり出した。掛け軸はその中だ。鍵を手早く破ってしまうと甲斐は掛け軸を取り出した。
『おそらく贋作の類ではないでしょう』
荊姫は美術にも明るい。広げた掛け軸を灯りで照らして真贋を見極め、三人はすぐに脱出へ移る。その時だった。
「誰かいるのか」
すぐさま甲斐が屋根裏へと飛び移る。だが小柄な彼ではすぐにとは行かない。屋根裏の信也の助けを借りて漸く上り終えると、次は荊姫が続こうとするが。
「おい、何かあったのか? 入るぞ」
次の瞬間、男は部屋へ踏み込んだ。
「ん? なんだ、変わりはないのか」
小部屋へ入ってきた男の前には、さっきまでと同じ見張りの男の姿。
「‥‥‥‥」
人遁の術で見張りに成りすました荊姫だ。本物は部屋の隅へ積み上げられた箱の裏。後は彼女がうまくやり過ごせば危機を脱することができる。
「お前一人か? さっき話し声が聞こえた気がするんだが」
「‥‥‥」
(「どうしたんだ丙、‥‥黙ったままだと怪しまれるぞ‥」)
違う、声を出せないのだ。術で外見は真似できたとしても、碌に声も聞いたことのない人物になりきるのは無理がある。声を発すればたちどころに見破られてしまうのだ。
「おい、どうしたんだ。なぜ黙っている」
(「‥やれやれ‥‥仕方ねえか‥」)
信也は心中で舌打ちする。春花の術は確かに便利だが見張りが寝ているのが見つかれば結局は怪しまれる。
(「こういう時は案外古典的なのが案外効くんだよな」)
信也が取り出したのは蛇だ。匂いも鳴き声もない爬虫類はこういうことに使うには最適だ。いつの間にか部屋の外から背後へ回り込んだ信也が狙いを済まして男へ投げつけた。
「ひいぃぃ!」
首へ蛇が絡みつくと男は情けない悲鳴を上げた。気が逸れた一瞬を突いて荊姫が首筋へ当身を食らわせ、男を気絶させる。
「少し厄介なことになったが‥‥どのみち今の叫びで不審には思われたかもな‥」
長居は無用だ。今の悲鳴は鈴や充の耳にも入ったはずだ。後は二人が何とかしてくれるだろう。三人はすぐさま屋敷を後にした。
町外れの小道では仲間達が侵入班の帰りを待っていた。
「‥‥‥ガマ‥出したい‥‥」
今回は目立つことはできない。蛙好きの紀だけはガマが召還できなかったのが残念らしく、うずうずしているようだ。
程なくして掛け軸を携えた信也達が姿を現した。
「って、壱加‥‥何でまた逃走経路に花街の中を‥」
苦笑交じりに信也がぼやくと壱加はおどけて言う。
「木の葉は森に隠せって言うし、ほら、男の人ならそっちの方がいいのかもって」
やれやれと肩を竦めて信也は掛け軸を取り出した。そのときだ。異変を感じた荊姫が通りの入り口を振り返った。姿を現したのは若い男。紀が呟いた。
「‥‥商家の上役の人‥」
不意に今度は暗がりから声が響く。
「‥‥贋作とすり替えておいたのに気づいたか。感づくのは少なくと十日程後と考えていたのだがな」
男の背後へは既に嵐が忍び寄っていた。手刀を作った嵐は男の首根へ的確に一撃を叩き込んだ。たまらず男は崩れ落ちる。だが辛うじて持ちこたえ、膝を付く。嵐がもう一度手刀を振り上げた時だった。
「隠(なばり)殿‥‥」
荊姫の声に顔を上げた時には男は依頼人の顔になっていた。人遁の術だ。打ち据えられた首根をさすりながら隠が立ち上がる。
「お前達の手際は見せて貰った。これだけの腕であれば合格だ」
だが、と隠は言い加えた。
「贋作を市場で入手するのは危険が伴うな。それに潜入するのならばもう少し算段を練った方がいい。どこで計画が漏れるか分からん」
隠もまた、暫く前から俺も商家に潜入していた。まだ屋敷に潜入したままの充と鈴も彼の協力を得れば時期に怪しまれることなく姿を消すことができるだろう。そう説明すると、隠は信也から受け取った掛け軸を無造作に懐へ仕舞い込んだ。
「‥‥掛け軸それ自体はさして重要だった訳ではないようだな」
その動きを窺いながら嵐は訝しげに呟いた。
「任務とあれば是非を問わない。その心構えがあるか俺達を試したということか」
「一切の質問は認めない、そう伝えたはずだ。もっとも、ありのままを伝えればお前達の前にまずギルドが依頼を受理せんだろうがな」
そう返すと隠は仲間達の顔を見回した。
「今回の依頼は本の小手調べ。本当の仕事はこれからだ」