●リプレイ本文
出立の朝。
江戸は寛永寺の仮堂は龍脈沈静の七星祈祷の一つとして冒険者や僧らが集っている。旅立ちを迎えた馬場奈もまた必勝を祈願するため寺を訪れていた。
「江戸を守るため、そしてミズク殿の魂を解放するため、彼のものを討ち果たさん!」
京から江戸にかけての七箇所で同時に祈祷が行われ、富士噴火を阻止するために多くの人々が力を合わせている。それらが報われるか否かは、ひとえに富士での作戦の成否に掛かる。隠の忍び達の担った神剣奪取の任務がそれを大きく左右するのだ。
所所楽石榴(eb1098)はその重い責を背負って富士の地へと赴いた。石榴はこの作戦中で重要な囮の任務を帯びている。驚忍として騒ぎを起こし僅か一時の心の隙を突く。そこに続く仲間達の策を活かすか殺すか、全ては彼女の動きで決まる。
「忍ばずの本領は、まさに見つかることにあり、ってね? 僕のシノビの道、貫いてみようかっ」
まず道志郎に率いられて主力が登山道を登り、中腹でセン達との戦闘が始まった。七神斗織(ea3225)が獣殺しの短剣を振るって狐たちを蹴散らし、壬生天矢(ea0841)も馬斬刀を振るって大立ち回りを見せる。
「邪魔する者はこの俺が相手だ。――天壬示現流−嵐舞」
二ノ立ちいらずの剛剣から放たれた剣圧は紙細工のように鬼を切り裂く。
(「邪魔な狐の相手は俺がしてやる。ここは俺達が引き受ける、今の内に先へ行け!」)
中腹の戦いでは十名ほどの冒険者が囲みを突破して山頂へと走った。彼等を囮にして忍び達もまた九尾への距離を詰める。甲斐さくや(ea2482)は白装束で雪原に紛れて山頂の様子を窺っている。
「隠さんも無事に戻れたでござるしな、この依頼は確実にこなして隠さんの苦労を和らげるでござる」
闇目幻十郎(ea0548)もまた彼等冒険者の背を追いながら、匂いで気取られぬように風下へ迂回しながら慎重に進む。仲間のウェス・コラド(ea2331)と共に闇目は山頂部を視界に捉えるギリギリの位置まで進んだ。ウェスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「『列島沈没』とは‥‥随分嫌われたものだな、この国は。ま、九尾の動機や背景など知ったことじゃあないさ。この国に沈まれると私も困るのでね‥‥」
山頂部では徐々に風が収まりつつある。だが立ち込める強大な精霊力の渦は肌で感じられる。
「凄まじい魔力だ。随分混沌としているが‥‥これは好都合と見るべきかな?」
「そうですな。こういった状況の方が我ら闇に生きる者にとっては忍びやすいともいえます」
忍びたちはこの混沌した状況を逆手に取る策を携えている。それは忍者の常套手段、囮を交えた数段構えの作戦だ。目的はあくまでも剣の奪取。その為に至策を練ってある。
片桐惣助(ea6649)は打ち合わせたその手順を反芻する。
(「天叢雲を破壊するには俺達にその力があるか、又破壊した後のリスクも不明。少なくとも剣がその場になければ儀式は不成立。奪取のみに目的を絞り込むのは至極当然ですね」)
木を隠すなら森に。山頂へ赴いた精鋭の冒険者すら囮として、散らばった忍びたちは影のように忍び寄って山頂で配置についている。五感と忍びとしての経験とを研ぎ澄ませ、九尾に悟られぬギリギリの距離を取る。
(「基点は所所楽さんの陽動。この隙を突いて奇襲での神剣奪取。これには次善の策を合わせて四段構えの策を投入して是が非でも成します。然る後に――」)
惣助が後方を振り返った。遠くには羽雪嶺(ea2478)の姿。
「子虎便の飛脚として、この依頼は確実にこなさせて貰うね」
長距離走に長けた雪嶺はこの作戦のもう一つの要。彼の任務とは奪取した神剣を仲間から受け取り、そのまま麓まで走り去ること。仲間が神剣を手に入れ次第、雪嶺のもとへそれを届ける手筈になっている。逃走経路は甲斐が巧く誘導する段取りだ。雪嶺はそれに従って全速力で一路麓を目指し、神剣を持ち帰るのだ。
「相手は那須で要さん達を苦しめた九尾なんだね。でも飛脚としての誇りもあるからさ、受けた依頼は確実にこなすし妨害は排除しても任務を達成させるんだ。剣はいずれ切り札になる隠さんの元に運ばせて貰うよ」
その時が来たときに全力を出し切れるように体を動かして筋肉を暖める。惣助が見るところ、雪嶺の調子は悪くはなさそうだ。
(「バトンならぬ剣を受け取るリレーという訳です。さしずめ羽さんはアンカーですね。仲間達の手で神剣を次へと託し、隠さんのもとへ届けましょう。シノビはそれ単体では一技能者でしかありません。ですが連携を図ればそれはどんな力にも優るんですよ」)
決行の機は、九尾と冒険者との戦いの最中で九尾の注意が拡散した時。山頂では既に戦端が開かれている。甲斐が確認した所、山頂にいたのは九尾ただ一人。そこに将門の霊が立ち現れ、九尾と対峙している。風羽真が回転しながらの剣閃の連撃を浴びせる。
「‥‥元はと言えば、手前ェが余計な事するから、こんな目にあってんじゃねぇかっ! 人間、喰い物の恨み程恐ろしいモンは無ェって事を教えてやらぁっ!!」
連撃は九尾に傷を負わせるも、真は月魔法によっていいように手玉に取られる。冒険者達は次々に攻撃を繰り出し九尾は防戦一方だ。後は石榴が動くだけ。既に仲間達の準備は整っている。手筈は万事抜かりなく進行しているかに思えた。だがその中で風守嵐(ea0541)ただ一人だけは胸中に忍び寄る暗い予感を隠せないでいた。
(「まずいな」)
山頂一体は将門の霊力によって将門の夢幻世界が重なっている。あの世界で将門の乱を追体験していた嵐にも、自らの分身として将門と共に戦った乱波の伊勢風盛の記憶が呼び覚まされていた。
(「となると今の玉藻は‥‥」)
玉藻には、かつて将門の巫女として彼に付き従ったミズクという娘の魂が乗り移っているはず。
(「ミズクには全てを見通す千里眼の力が備わっている。となれば下手な小細工など全て――」)
嵐が見守る中、七神が九尾との戦列に加わった。
「ミズク様! 気をしっかり持つのです、狐などに負けないで! わたくしは信じています。日ノ本の平和の為に戦ったあの日々を、共に戦ったミズク様の想いは嘘偽りなどでは無いと!」
悲痛な呼びかけにも九尾は答える素振りを見せない。闘気を宿しながら七神が斬りかかる。
「夢想七神流・霞刃!」
九尾は必殺の居合い斬りをいとも容易く見切って見せた。間違いない。今の九尾には全て『観え』ている。だがもう作戦は止められない。手筈通りに戦場を縫って石榴が躍り出た。
「僕の舞の相手をしてくれないかな?」
鈴の音に似て鉄扇が音を立てて開き、石榴は踊るように雪原を跳ぶ。一息に間合いを詰め、それを九尾の腕を目掛けて振り下ろす。
「ここ一番の大舞台‥観衆にちょっと人が少ないけど‥‥ううん、ここは日ノ本で最も天に近い場所。この国の民全てが僕の観客だね。一世一代の舞を、――ひと指し舞って見せようか?」
それが合図。
忍び達が一斉に動いた。
(「出番か‥‥今だ‥!」)
榊原信也(ea0233)が遁走の術で横合いから駆け出した。石榴に注意が向いている隙に九尾の背後の神剣へ迫る。すぐに九尾もそれを察知するがそれすらも囮。ウェスが遠距離から念動で剣を奪い取るために動き出した。射程距離はおよそ八間。石榴と信也を囮に
その傍らには闇目はいない。彼もまた既に動き出していた。
(「九尾ほどの相手に一筋縄の策では通用しますまい。ならばそれぞれが技を以って策を繰り出し、互いが互いを囮にするまで。いずれか一つでも成れば我々の勝利です」)
戦場を大きく迂回し、他の三人と合わせて四方から九尾へと迫る。湖心の術で気配を絶ち、九尾の虚を突いて神剣をその手に。しかし嵐の懸念は的中し、九尾はミズクの眼を通してその危機を予知していた。
石榴の鉄扇は容易く見切られた。忍び寄る闇目の動きは読まれている。ウェスの念力はは未だ剣を射程に捉えては居ない。
(「‥ならせめて俺だけでも‥‥!」)
疾走した信也が神剣へと突進する。だが九尾は体を捻ってその前へと立ちはだかった。神剣への道は閉ざされる。しかし信也の顔には意地の悪い笑み。
「‥残念‥だったな‥‥」
(「四段構えは全て囮だ‥‥まんまと引っかかったな?」)
本命は山頂に控えている嵐。微塵隠れの術で一気に神剣のもとまで移動して奪うのが幾重もの囮の下に忍ばせた神剣奪取の策。まさに一刹那の攻防であった。剣を奪取せんと忍びたちが放ったのは虚実相孕ませた至策。だが九尾はそれをただの一手で覆した。狐の全身に淡い銀光が煌いたかと思うと、突如として辺り一面に濃い闇が立ち込めた。
今まさに術を行使しようとしていた嵐は闇によって神剣の位置を見失った。爆発と共に嵐は闇の中へ飛び込んだ。中は真闇。何も見通すことはできず、肝心の神剣の位置も分からない。外から窺っていた仲間達にも緊張が走る。甲斐が額に伝う汗を拭う。
(「弱ったことになったでござるな。微塵隠れの術は目標を見失っては正確には飛べぬでござるよ」)
ひとまず惣助と共に大ガマの術を使い九尾の動きに備える。だが外からも闇は見通せず、緊張だけが高まる。この闇の中では方向感覚もろくに働くまい。神剣を奪取して外の仲間へ渡すのは至難だ。
「‥‥?」
甲斐はその闇の中へ将門の霊が入っていくのを目撃した。将門は闇の中、神剣を探して彷徨う。不意に将門の発する巨大な霊圧が揺らいだ。肉体を持たぬ将門は極めて不安定な状態のようだ。揺蕩う精霊力の渦に翻弄されて、たまらず将門は膝を付く。
「剣を‥‥叢雲を!」
「だめだ、場所がわからん!」
信也が闇に向かって呼びかけると、並び立った気配がある一方を指した。
「我が剣はそこに――」
「クソ‥‥こうなりゃやけだ‥!!」
信也が闇雲に疾走する。
(「‥痛ゥ‥‥これか‥?‥‥」)
「将門!!」
ぶつかったそれを素手で引っ掴むとあらん限りの声で将門の名を呼び、剣を放り投げる。確かに剣を受け取る音がし、そして。
一閃。
唐突に闇は晴れた。
その瞬間に。
冒険者達はその光景を目撃する。火口を背にした九尾を背後から刺客――聰暁竜が太刀で貫いている。素早く体を入れ替えると聰は九尾を蹴倒した。バランスを失った九尾は仰向けに仰け反りながら雪原を転げる。その先は――富士の火口。
「馬鹿な、数千年を生きたこの私が‥‥!」
「――――狐如きが驕るな。破滅を迎えるのは貴様の方だ」
鳴動する富士へ吸い込まれるように、九尾は放物線を描いて火口へと呑み込まれていった。後には断末魔の雄叫びが尾を引き、唐突に途切れる。やがて辺りへ静寂がやって来た。
結果として神剣が取り除かれたことで、活発化していた火山活動は収束を見た。
戦いが終わり。
将門は神剣を抱いて夢幻世界と共に山頂から姿を消した。辺りには静かな夜が訪れる。マリス・エストリレータの奏でる鎮魂の曲が夜空へ染み入り、戦いを終えた冒険者達は暫し頂からの景色を望む。嵐もまたそれに並び立ち、日本一の頂きから遠く東国を眺め渡した。
「‥‥これで、再び一時の平和がやってくれば良いがな」
明けて翌日。大役を終え、冒険者達は江戸への途についた。
江戸を始めとする七星祈祷も成功し、各地で異変を起こしていた龍脈も正常化した。寛永寺には黒崎流が戦場で拾ったとい根付を持って訪れている。九尾の放った闇が消え去った後、風斬乱の手には見覚えのある黒刀があったという。これもまた将門の身に着けていたものかは定かではないが、九尾の闇が払われたとき雪原に残っていたものだ。
流が酒盃を掲げて嘯くとクルディア・アジ・ダカーハも盃を取った。
「願わくば軍神の加護を。なに、自分も野心はあるからね」
「俺としては、怪物や騒乱が続いてくれないと暇だからよ。将門さんよ、加護は適度で宜しくな。ま、大いなる父の試練て奴?」
根付は将門の似像と共に仮堂へと収められることとなった。その像の隣にはミズクに似せた巫女の像が安置される。仲間と共に寛永寺を訪れていた火乃瀬紅葉が微かに残った夢幻の記憶を懐かしむように備忘の木笏を握り締めた。
「夢の自分は凛と気高く誇り高き将門様が将で御座いました。そしてミズク様も」
「ミズク様も己の身を蝕んだ九尾と戦ったお一人にございます。朝廷も公と道は違えど目指したものは日ノ本の平定。どうか、どなたもお恨みなされまするな」
(「貴方様がこの夢に築く千年紀は泡沫の夢。願わくば――夢から覚めた現にて、民草を愛した御心を継ぐ者達の守護とならせられますようお願い申し奉り候」)
百年を経て、ミズクはこの寛永寺で再び将門と時を刻み始めることとなったのだ。酒盃を飲み干すとクルディアが踵を返し、後ろ手に手を振って去っていった。
「っは、仲良くな」
こうして将門に端を発した一連の事件は全て落着を見た。
さて。忍び達の物語の終わりに、彼等の依頼人であった隠との顛末についても記しておこう。
一行が江戸へ帰還すると、程なくしてギルド経由で忍び達へ荷物が届いた。中には使い古された忍び装束と武器とが収められていた。上州で隠を救出した際、共闘した反上州連合の医者の診断では隠の体は疲弊しきっていた。数ヶ月に及ぶ拘留生活は隠の体を苛んだ。今回の任務に同行しなかったことからある程度は窺える。おそらく忍びとして復帰することはもう難しかったのであろう。
甲斐が苦笑を洩らす。
「老兵は死なず、ただ消え去るのみか。隠殿らしいでござるな」
中身は彼が身に着けていた忍び装束と黒子頭巾、忍者刀、手裏剣。それらは上州で隠救出に動いた者達が受け継ぐこととなった。
「丙にはオレから言伝をしておこう」
この場にいない仲間の分は嵐が受け持ち、忍びたちはその場を後にする。依頼は終わりはしたが、彼等の胸に残るのは、確かな自負。
(「‥‥シノビとは如何なる困難を前にも与えられた任務を完遂させる者。隠の名、確かに受け取ったぞ」)