●リプレイ本文
忍び達は奥多摩へと飛んだ。これまでの調査と布石を活かし、数夜の間に教団をこの地から消し去る。事は秘密裏に進められようとしている。
その仲間達を離れ、片桐惣助(ea6649)は単身で寺院に潜入していた。これまでの経緯もあり入信の意を告げても別段怪しまれることはなかった。その惣助を連れ戻しに来た義兄という設定で苗里功利(eb2460)が寺院で騒ぎを起こし、寺院への良からぬ噂を流そうというのだ。
「義兄を返すんじゃ!」
功利が門前で泣き叫び暴れ、寺院はちょっとした騒ぎになる。惣助が功利を宥めながら事情を聞く。
「ええっ、村中が大騒ぎになってるのですか!?」
惣助が漏らした言葉へ寺院の僧は僅かに眉を動かしただけだった。功利が自慢の大声で騒ぎ立てても、里から離れた山間の寺院では外にも洩れない。武に訴えず、民の耳目を刃と変えるのが惣助の狙いであった。だが明らかに武力へ訴える算段を進めている連中を前に今となってはそれは無力だ。言葉では剣は止めれない。もっと早く手を打っていれば或いは成ったやも知れぬが機を逸している。
既に他の仲間達は殲滅を目的に動いている。この足並みのズレは思わぬ枷となって一行に陰を落とすこととなる。
「薬師さん、なかなか出てこないね。これじゃやっつけられないよ〜」
寺院の外では白井鈴(ea4026)が闇目幻十郎(ea0548)とともに張り込んでいる。作戦の第一段階として一行が選んだのは、毒。食事に薬を仕込んで戦力を削ぐその作戦を為すために障害となるのは、寺院の抱える薬師の存在だ。戦闘ともなれば回復役にも回られて厄介だ。
「弱りましたね。いずれ薬草採取へ出ると踏んでいたのですが。警戒されたのでしょうか」
考えてみれば惣助の入信から数日と経たぬ内にあの騒ぎ。山間の里も小さな町だから、巨人族で目立つ風体の功利が里の者ではないというのもすぐに分かった筈だ。そこから疑念に至るのに時間は掛からなかっただろう。
「それじゃ、せめて中の薬だけでもすり替えてくるよ〜」
「白井さんお一人で大丈夫ですか?」
「うん、植物のことならちょっとは分かるし、心配いらないよ〜☆」
それだけ言うと鈴が抜け穴から消える。暫くして、入れ替わりに榊原信也(ea0233)が穴から飛び出てきた。
「‥まずいことになった‥‥」
内部で武器への細工を試みた信也だったが、 状況は最悪の方向へ動いていた。
「‥‥‥‥奴らが動き出した、もう隠し立てする気もないようだな‥」
寺院の中は、今日はいつもと違って騒がしい。動き出した僧達は蔵から武器を運び出し始めている。深夜を待って本格的に細工を施す予定が一手遅れだ。まだ殆どの武器は無効化できていない。
「‥長物の柄にささくれを作ったりが精一杯だな‥‥」
闇目も刀の目釘を抜いたりと細工したがそれも一部だ。準備は完全ではない。
「ですが、これ以上は座しては本当に機を逸する。動きましょう」
風守嵐(ea0541)もまた急変に気づいていた。
(「あの僧兵団が何を狙ったものか、気になるが‥‥起こされる前に滅さねばならぬ」)
感じ取っていた不穏な雲行きは今やはっきりと形を取ろうとしている。夜を待って動こうと考えいたがもはや猶予はないやも知れぬ。嵐は行動に移った。
向かったのは厠。下調べは済んでいる。物陰に身を潜め、指導的地位にいる者がくれば暗殺する。理想を言えば教団の指導者をこれに仕留めたかったが、悠長なことは言っていられない。少しでも命令系統に混乱を誘えれば御の字だ。
(「こちらの動きは気取られてはいない筈だが‥‥いや、僅かな疑念が『決起』とやらの機を早めてしまったか」)
天井の梁から無防備な背へ飛び掛かり、首根を打って意識を刈る。後は首を絞めて息の根を止め、遺体は重石をくくりつけて肥溜めの中。教団の武装蜂起の最中、明るい太陽の下にありながら忍び達は影の如く動く。
中庭では僧兵達が武器を運び出している。寺院を物々しい雰囲気が包む中、まだ宿舎内に待機している者も大勢いる。恐らくは術師達。彼らを狙って甲斐さくや(ea2482)と丙荊姫(ea2497)は動いていた。
甲斐が合図を送り二人揃って室内へ手をかざすと、やがて室内はまどろみの香りに満たされていく。部屋の外へ出ようとした者へは甲斐が当身を入れ、外部への連絡を絶つ。春花の術の効果を確認すると荊姫は踵を返す。
「遂に鬼も顔を出し我々の腕の見せ所、でしょうか。彼らの思惑も泡沫夢幻‥‥私たち影に生きる者もまた同じです‥‥」
これで敵の後衛の多くを無力化できた筈だ。今の忍び達に出来るのはこれが精一杯。後は実力で抑えきる他はない。隠し通路から寺院の裏手に回った闇目と信也の二人は、意を決して中庭の僧兵団へ切りかかった。
湖心の術で音を絶って背後からの剣撃で闇目が指導者格を葬る。と同時に遁走の術を併用しての不意打ちで信也も一人を打ち倒す。だがそこまでだ。すぐに僧兵達は二人を取り囲んだ。
幾振りもの刃に晒されながら、二人は距離を置いて背中合わせに構えを取った。
「榊原さん、現実的に考えてもはや五体無事では済まないでしょう。ですが、命だけは落とさぬことを約束して下さい」
「‥‥背中は俺に任せろ‥何があっても守りきってやるさ‥」
闇目への答えに代えて嘯くと信也は刀の血を払う。それを待っていたかのように僧兵の一人が隙を突いて切りかかる。信也は難なく見切って交わすが、続けざまの別の僧兵の攻撃が首根を掠める。一行で一番武芸に秀でた闇目も巧くかわしながら立ち回るが、この数を相手にしてはいつまでも持つか分からない。
それに時を同じくして、門を破って功利が中庭へ斬り込んでくる。
「がははっ! 格闘だけなら負けんぞ!」
阻む僧兵を刀と十手での両撃で打ち倒すと強引に仲間の下へ突進する。そこを敵の剣撃が鼻先を掠って空を切った。辛うじて命拾いしたのも束の間。間隙置かず左右と後背から功利を槍が貫く。たまらず膝を突くが、功利は気力だけで持ち直す。
「拙者に後を託してくれた石榴殿の無念も晴らさねばな。こんなとこで倒れる訳にはいかんのじゃ」
江戸でも名の知れた使い手の功利だが、それも一対一の道場剣法だ。多数を相手取っての実戦では防御の薄さが際立つ。功利の助太刀があって尚、三人は劣勢に追いやられていく。
その時だ。
「火だ! 寺が燃えておるぞ!」
寺院を火の手が包み始めた。嵐の援護だ。荊姫も火遁で助力し、火の回りは早い。突然の襲撃と火災で僧兵たちに同様が走る。その混乱の隙を突き火の手に気を取られた一人を荊姫が仕留める。背後から手裏剣で喉を一掻き。
「まだ仲間がいたか!」
「殺せ!」
襲い掛かった僧兵へ荊姫が手裏剣を投げつけた。その尾には縄が括りつけられている。即席の縄ひょうだ。強度はないが、幾分かはマシだ。それを手繰り寄せて再び構え、荊姫は距離を取る。僧兵達も術師達が現れぬことに気づき、突然の火の手のせいもあって混乱を来たしている。この騒ぎの際に惣助も院外へ脱出し、いよいよ作戦は最終段階を迎える。
急変を受けて残りの指導者層は本堂へ集まっている。その上僧を狙って鈴が動いてる。
(「後は偉い人達を片付けなきゃね。気づかれないようにさっくりいくよ〜」)
短刀の柄で首を打って一人気絶させ、残りは3人。
「その装束‥‥忍びの者か!」
「ならばこの襲撃も計画的なもの。上人様、ここは一旦退いて再起を図るべきでしょう」
上人の指示と同時に僧の一人が床板を外す。真下には雑草で偽装された地下通路。上人が飛び込み、残りも続く。それを追うように、天井からの手裏剣が一人の背に突き刺さった。天井から飛び掛ったのは嵐。殆ど同時に鈴も坑道へ飛び込んだ。
前回の調査で藤丸の洗った坑道は実在したのだ。そしてそれは矢張り、この寺院へと伸びていた。
「ここを張っておいて大当たりでござるな」
その藤丸の意思を継いで、そこには甲斐が待ち構えている。二人の僧侶の前へ立ちはだかる小柄なシルエットは、やがて煙に覆われていく。それが忍術だと僧が気づいたときには大ガマが彼らへ襲い掛かっていた。
「面妖な!」
僧が錫杖でそれを押し止め、と同時に上人が術の詠唱を始める。上人の体を黒い光が覆ったかと思うと、迸りとなって甲斐へ襲い掛かった。甲斐が胸を押さえて蹲る。取り落とした小柄が削りだしの床にぶつかってカランと音を立てる。
「‥‥ぐ‥」
死力を振り絞って甲斐は大ガマを繰った。上人は次の詠唱に入っている。大ガマで阻もうとするが、僧侶がそれを許さない。再びのあの術が甲斐の息の根を止めようとしたその時、鈴の投げた手裏剣が上人の背に突き刺さった。
「今でござる!」
一瞬の機。小柄を手に取ると甲斐が僧侶の胸を突き上げる。同時に大ガマが上人に飛び掛る。
「食らえーーー!」
鈴も背後から僧侶へ切りかかり、坑道へ絶叫が木霊した。
「‥‥‥‥仕留めたか」
嵐が駆けつけた時には僧達は絶命していた。聞き出したいこともあったが、あの状況ではそうも言っていられない。当初の予定が狂った状況で、上の者を消せただけでも御の字だ。
中庭での戦闘も程なくして決着を見る。上人らの死を知ると僧兵達は散り散りになって逃走した。目撃者を出したのは気がかりだが、下っ端ならばそう神経質になることもない。だが少しでも証拠を消すため寺院は焼き払われた。
炎に包まれる寺を振り返り、荊姫が懐から一輪の白薔薇を取り出した。手向けの花だ。
(「依頼と割り切ってはおりますが、殺生は望むところではありませんので‥‥」)
投げ入れられた花はたちまち炎に舐められ、その白い花弁を赤くしながら燃え尽きた。
「しかし」
と嵐。
「どうもこの寺の背後にはもっと大きな力が働いているようだ。本堂に集まった僧達の話を盗み聞いた所では北へ逃れる算段をしていたようだが‥‥」
「商人に武器を預けたのが寺院では無いと言う点も、やや気掛かりです‥‥」
荊姫もぽつりとそう漏らす。壱加の調べでは、商人を介して武器を寺へ渡したのは他にいることが分かっている。黒幕は他にいるのだろうか。
本堂で気絶させた僧は教団の壊滅を悟ると舌を噛んで自害した。真相は闇の中だ。だがそれは彼ら忍びの考えるべきことではない。依頼人である隠の命に従い、ただ忠実に任務をこなすだけ――。
だが江戸へ戻った仲間達を待っていたのは、意外な報せだった。
「‥‥これを、私達に?」
ギルドの番頭が指揮へ手渡したのは差出人不明の手紙だ。
「これは別の封に文とともに入っていたものだ。文には雪と書かれていた。以前、依頼でお前達の一人が名乗った偽名だろう?」
「丙、封を」
嵐に促されて荊姫が頷く。封を開けると中から出てきたのは。
「‥‥‥‥白紙?」
炙り出しや透かしなどの細工は施されていない、全くの白紙。
(「‥白紙‥?‥‥白紙に戻す?‥私達の関係を?‥いや‥それなら別の手段が‥‥」)
或いは。
「そこへ何か文字を書き記すことすら出来なかったか、でなければ文を奪われる疑いのある危険な状況か。若しくは両方か」
謀藩へ潜入活動中の隠と連絡が途絶えて二月。彼に何かあったのは間違いないだろう。
「番頭、隠の行方に心当たりは」
「それは知らない。だが北に行くというようなことを聞いた気がするな」
この広い日ノ本。北という手掛かりだけでは雲を掴むような話だ。荊姫が文を握り締めた。全てが秘密の内に始まった依頼。冒険者達は隠の素性すらも知らない。
「残念だが、依頼人が失せたのではもう仕事どころではないな。また別の依頼人を探すことだな」
依頼人の失踪という結末を持って、この半年に及ぶ遂に終わりを見た。教団の謎も隠の行方も、何もかもが全て再び闇の中だ。それは忍びたちを以ってしても、暴き忍びいることが出来ないものなのだろうか。物語の続もまた、この一連の依頼と同じく濃い闇の向こうへ。その結末を誰も窺い知ることは出来ない。