禁猟区の掟  ジュウイチの夜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2006年02月11日

●オープニング

 暮れの大抗争から一月。鬼哭は変わった。


 三の辻。万屋、重松。
「‥‥ジュゥーィチ! ジュウイチ! ジュウーイチッッ!!」
 軒先の鳥篭で濁った目をした鳥が鳴いている。店先には情報屋の銀狐の秀の姿。出迎えた重一は秀へ柔和な笑みを向ける。
「キミの奴。思った通り、立派に虎に化けおったのぅ」
 キミが仲間と共にヤクザを潰した話を耳にすると、重一は心底楽しそうに笑みを洩らした。
「痩せ狼なんぞに使われとった時もあったようじゃが、所詮は虎の子。狼の群れなんぞに収まりゃせんかったっちゅう訳じゃの」
 銀蔵を失ったヤクザには跡目を継げる貫目のある子分はまだ育っておらず、博徒一家はバラバラに崩壊しようとしている。派手にやられて意気を挫かれたのか、キミに報復しようという動きもない。
「まるで二十年前の再現っちゅう訳じゃな」
 語り草となった抗争劇では、的屋を率いた流れ者が遂には博徒の親分を殺して抗争に幕を下ろした。それから二十年、的屋と博徒が共存を保つ蜜月が続いたのだ。
「して、これから鬼哭は如何すべきとお考えで」
 そう問いかけた秀を重一が横睨みにする。
 秀が目を伏せた。
「‥‥失言でした」
「今回のはよい教訓じゃて」
 眼差しを遠く向けながら老人は語る。
「どんなに固く組織を作っても、余所者が紛れ込めばいつかは揺らぐ。人も老いれば衰える。なら、の。次に街を治めるのはせめて、もっと強く、ずっと若い侠であって欲しいもんじゃのう」
 その時だ。奥の座敷で品籠を倒す音がして、ミキが表へ顔を見せた。
「ああぅー?」
「これ、ミキや。まったく、一時足りておとなしゅうせん」
「ぅーぁうー」
 重一へ抱きついたミキが老人の唇を引っ張りながら目を覗きこむ。傍で見ていた秀が微笑ましそうに洩らす。
「随分と懐かれてうらやましいですな。その様子なら実の孫娘だと言っても誰も疑いますまい」
「そら巧いことを言うのぅ秀や。キミの奴も同じくらい懐いてくれりゃよかったんじゃがな」
「重一老は随分とキミを買っておられるご様子ですね」
「――秀よ」
 重一に名を呼ばれ、秀がゴクリと喉を鳴らした。
 老人は笑う。
 それは好々爺の笑み。
「わしゃ、あやつのことを実の孫のように思っとるんじゃぞ?」

 二の辻外れ。
 かつて飢狼の溜まり場だったその酒場にはもう連中の姿はない。今は時折キミが顔を出し、彼を慕って飢狼を抜けていた何人かが集まるくらいだ。
「キミ兄ィ」
 他の連中は的屋との決闘に出たきりもう帰ってはこなかった。おそらく死体は上がらぬだろう。
「俺達、これからどうすんだよキミ兄ィ? なあ、俺らならこの街‥‥‥キミ兄ィがついてくれりゃ相手がヤクザの連中だって――」
「あァ? 俺は煩わしいのはゴメンだ」
 言うなりキミは乱暴に席を立った。少年達が追いすがろうとするが、キミは振り返らずに片手で制する。
「‥ンどくせぇ。お前等ももうついてくんな」
 吐き捨てるようにいうとキミは店を後にする。
(「全部壊しちまえばすっきりするかと思ったけどよ‥‥‥。あー!ややこしい‥!」)
 ヤクザも潰して、飢狼も消えた。後には弱ったヤクザと的屋が辛うじて残るばかり。だが何が変わったと問われれば、キミにはそれが答えられない。結局、火事で焼け落ちた一の辻の復興には的屋が力を貸す形で行われ、ロクでもない侠客たちはまだ鬼哭でのさばっている。
「クソ」
 嘆息すると、キミは苦々しく笑う。何も変わらなかったのか。変えられなかったのか。その自答も今は煩わしく思えて、少年は強くかぶりを振った。苛立つ足取りで通りを踏みしめると、キミは鬼哭の街中へと消えていった。

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 久しぶりだな。厄介ごとも全て片付いて何よりだ。お陰で俺も暫くは飯の種も減ってしまう訳だが、平和なのが一番だろう。
 何か聞きたいことはないか? 街の近況? いいだろう。
 銀蔵を失ったヤクザは子分連中で縄張りの維持だけで精一杯だな。お陰で三の辻の商家も傾きつつある。こいつはどうも的屋が絡んでいるらしく、連中は一の辻の界隈で商売にも手を出そうとしているようだな。だが張元は相変わらず昼行灯だ。攻めるなら今ほどの好機はないが、野心は見せてない様子だな。奴らの縄張りの一の辻は火事で燃えてしまったが例の埋蔵金が復興に充てられているようだ。的屋も積極的に噛んでいるようだな。今のうちから利権に食い込んで美味しい汁を啜ろうという魂胆だろう。
 ミキは今まで通り重松に出入りしている。銀蔵も黒狼も死んだお陰でこれからは安心して暮らせるだろうな。たまに隣村の鎮守の森へ遊びに出かけたりしているようだ。お業? そんな奴もいたな。今は四の辻の廓で下女の真似事をして食わせてもらってるようだぞ。
 最後にキミだが。今のところはこれまでと変わらぬ生活を送っているようだ。だがあの抗争以後、周りのキミを見る目は変わった。銀蔵を殺ってハクもついたことだし、奴が動けば鬼哭は変わるだろうな。若い連中も着いてくるだろうし、何より重一老のお気に入りだ。この街がどうなるか、或いはキミの奴が先行きを握っているのやも知れぬな。

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9237 幽 黒蓮(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0812 氷神 将馬(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ソウガ・ザナックス(ea3585)/ シーン・オーサカ(ea3777)/ 利賀桐 まくる(ea5297)/ パーノッド・エイブシン(eb1648

●リプレイ本文

 銀蔵一家を天山万齢(eb1540)が訪れている。静月千歳(ea0063)が奥の座敷で待っている。
「お待ちしていました。それで、例の件ですが」
「いやー、こないだは酷いことになっちまったな。ま、過ぎたことだ。気楽にいこうぜ、気楽に」
 天山が袱紗の包みを投げて寄越した。スイカ程の大きさの包みはゴロリと音を立てて畳みに転がった。
「手ぇ貸して欲しいんだって? 俺は構わないぜ。高くつくがね。こいつは手土産だ。親分の墓前に供える訳さ。子分が仇討たねぇなんて、悲しいなぁ。なぁ‥‥?」
 抗争の決着を見て、鬼哭の物語は終わりを迎えようとしている。千歳や天山のように崩れた鬼哭の利権を食い合う者。再生する鬼哭へ根付く者。ひっそりと鬼哭を去る者。様々だ。
 通り向こうの重松ではちょうど白九龍(eb1160)が重一に暇を告げる所だ。
「今まで素性も語らぬ輩を信用して御傍に置いて頂いたことに感謝しております。娘の事は重一老に任せておけば間違いないと信じております。これをあの娘に‥‥彼女の赤い着物にはよく映えることと思います」
 白が手渡したのはエメラルドのかけら。
「白さんにはほんに良うして貰ったわい。わしゃ感謝し取る」
「重一老、私はしばらくこの街を離れますが御身が助力を必要とした時はどこに居ようと馳せ参じこの命尽きようとも御身が為に尽くす所存にあります‥‥それが私に出来る唯一の恩返し‥‥」
「その気持ち、あり難く受け取らせて貰うぞぃ。老い先短い身じゃが、その時が来ればきっと声を――」
 その時だ。
「ごめん下さーい♪」
 表でミィナ・コヅツミ(ea9128)の暢気な声。
「天下無双診療所から来ました〜。大花会でお会いしたんですけど覚えていらっしゃいますか?」
「久しぶりじゃの。今日はまた何の用かいの」
 重一がミィナを座敷へ迎え入れ、白が会釈してその場を辞す。
 奥へ上がったミィナは早速用件を切り出した。持参した二百両の大金を鬼哭の復興の寄付にと申し出る。
「ゆくゆくは診療輸送用の馬車の駅とかも作りたいので、先行投資でしょうか☆ 後は防火対策にも力を入れてみたいですね」
「――で、本題は何かの?」
 試すような重一の口ぶり。ミィナが切り出し辛そうに表のミキへ視線を向けた。ちょうど白が別れを告げる所だ。
「ぅぁー?」
 白は懐から横笛を取り出して苦笑する。
「この次来る時までにはもう少し上手く吹けるようにしておこう」
 ポンと軽く頭をさすると、それきり白は店を後にした。それを見送ると漸くミィナが切り出す。
「重一さん、ミキちゃんのご本名やお父さんとか‥‥ご存知ですか?」
 重苦しい沈黙を破って重一がこう呟いた。
「わしゃ、知らんなあ」
「ミキちゃんには思い出すのも辛いような記憶かもですが、正気を取り戻して欲しいと思ったんですが‥‥」

 四の辻の遊郭の前を氷神将馬(eb0812)が歩いている。店先に見たお業の姿は相変わらず元気そうだ。それだけ遠目に眺めると黙って氷神は立ち去った。そのまま繁華街の三の辻へと足を踏み入れる。馴染みの店、馴染みの顔。随分とこの辺りでは世話になった。
「オヤジ、酒代はツケにしておいてくれ。また来た時に必ず払う」
 ここは江戸からそう遠い訳でもない。またぶらりと来ることもあるだろう。
(「いや、来てしまうだろうな」)
 感傷的な気分を奥歯で噛み潰すように苦く笑うと、氷神は腕組みしたまま通りを後にした。入れ違いに今度は鷲落大光(eb1513)が表へ顔を見せた。飢狼の連中の武器は全部売り払って的屋の資金に変え、その脚で向かうのは二ノ辻の酒場、かつて飢狼党の溜まり場だった店だ。
「親父、ここにキミって奴が出入りしてると聞いたんだが?」
 ――昨晩。
 幽黒蓮(ea9237)は夜の内に鬼哭入りしていた。ここは鎮守の森。
「50年近く生きて来て、この宿での生活は中々に楽しかった。だから、その生活の締め括りも、楽しいものに。
そんな感じで、後夜祭行ってみよー!」
 枯れ草を踏みしめ、忍び足で近寄るのは鎮守の大樹。天山から受けた依頼はキミの殺害。
 キミは例の大樹の虚で腰を下ろしてぼんやりと夜空を眺めている。そこへ黒蓮が金属拳で襲い掛かる。咄嗟にキミが立ちあがった所へ三連撃。キミはそれを避けようともしない。鋭い連打でキミの体が跳ねる。だがその瞳はギラついた光を宿したままだ。黒蓮の二の腕に鋭い痛み。キミの腕が刀を突き立てている。
「犬がきゃんきゃん咆えてんじゃねェよ。あァ?」
「ひょっとして‥‥犬は犬でも、狂犬だって分かってなくない?」
 黒蓮がニヤリと笑ったかと思うと。黒蓮は刀を更に押し込んだ。
「は?」
「何かねー、鬼哭にいる間はキマリっぱなしで気持ちよかったんだよねー」
 呆気に取られた様子のキミ。覗き込む黒蓮の瞳は鮮血を映して赤く輝いている。
「鬼哭の未来を背負うにせよ、出ていくにせよ、さ」
 そういった時にはもう黒蓮は踵を返している。振り返らずに手を振ると黒蓮は鎮守の森へと消えていった。
「私達の祭が生み出した結果の一つが安いものなら許せないからねぇ。ま、次も祭やる時は呼んでよね」
 再びヤクザの屋敷。
「ま、ちっとキミの首は都合つかなくてよ。代わりっちゃなんだが洋酒を見繕って来といたぜ」
「お心遣い痛み入ります。では早速本題に入らせて頂きたいのですが――」
「ま、ゆっくり話でもしようじゃないか。ああ。悪いが、キセル吸わしてもらうぜ。手に入ったばかりなんだ」
 天山が油断なく辺りへ注意を払う。襖の向こうに人の気配。
 これより少し時を遡る。千歳は子分達を集めて会合を持っていた。
「このまま何もしなければ、近い内に的屋に飲み込まれて終わりです。今が最後の分かれ道です。的屋に下って、その下で生き残るか。或いは、痛みを覚悟で、的屋を完全に潰してしまうか」
 銀蔵のお気に入りだった千歳は子分の人望も厚い。
「機会は今しか有りませんよ。今ならまだ、こちらの方が優位です。私は提示するだけ。選ぶのは皆さんですよ」
「――的屋を襲うのは得策ではないな」
 不意に掛かった声は銀狐の秀。
「鬼哭の復興には銀蔵一家の商家にも利用価値がある。的屋から金を引き出し、傾いた一家の屋台骨を支えることも一つの手と重一老はお考えのようだぞ」
 この一言で子分達の考えは一気に的屋と手を組む方に流れた。
「では、これからは持ちつ持たれつですね。早速的屋と連絡を取りましょうか」
 千歳は内心で舌打ちしつつも表には出さない。あくまでも千歳は善意の第三者なのだから。千歳は一家の総意を天山へと伝え聞かせた。
「お互い疲弊しきった今、鬼哭は我々で手を取り合って牛耳るとしましょうか」
「的屋としちゃ願ったり叶ったりだ。ま、仲良くやろうぜ。仲良く、な」

 二ノ辻の酒場。
「この刀に見覚えくらいあるだろ?」
 奥の席のキミへ鷲落は折れた刀黒狼のを差し出した。警戒の態を見せるキミへ鷲落は肩を竦めて返す。
「拙者はただ呑みに来ただけだ。こちらから事を構える気はないぜ? 餓浪のガキ共の死体は町外れの桜林に埋めておいた。供養する気があるなら行ってみな、早咲だそうだからなそろそろ見頃かもな‥‥」
「‥‥知ってる」
 キミが席を立った。不機嫌そうな顔で感情を済ませると店を後にする。鷲落が呆れた風に口にする。
「それで、結局動きないのか? 壊すだけなら赤子にも出来る所詮はまだまだガキってことだな」
 鷲落の言葉通り、黒狼たち飢狼の亡骸は隣村の桜林に埋められていた。キミは前日にそれを林潤花(eb1119)から知らされていた。黒狼と最後を共にした中には鬼哭の住人の子も混じっていた。林の呼びかけで親達は遺骸を埋葬するため、夕刻に隣村の桜林へと集まった。キミと生き残りの少年達も林に誘われて桜林を訪れた。
 亡骸は的屋によって五体バラバラにされて、酷く惨たらしい有様だった。
「死者に鞭打つ酷い仕打ちを‥‥ねえ、飢狼の子達は確かに褒められた存在ではなかったわ。でも殺され亡骸さえも辱めを受けるほどの事をしたかしら‥‥」
 林が沈んだ瞳をキミへ向ける。
「キミ君。これだけ悪逆非道な行いをした的屋は今でものうのう鬼哭で甘い汁を吸おうとしている。鬼哭は何も変わっていないわ。このままでは近い将来また仲間を失うわよ」
 それは悪魔の囁き。林にとって魂の尊厳など何の価値もない。ただまた鬼哭で愚かにも踊る人々の姿を見たいだけ。鬼哭に嗤声を響かせて林は町を去っていった。
 今日のキミも酷く機嫌が悪い。その背を見つけて赤霧連(ea3619)が声を掛けた。
「キミ君そっくりのかっこ悪いお兄さん、何を迷っているのです?」
 振り返ったキミへデコピン一発。
「あれれ、昔に戻っちゃいましたか?何をすればいいかわからなかった日々に。まったく、キミ君は私がいないと駄目駄目ですネ〜。ほら、急ぎ足‥‥何をしているのです? さぁ♪」
「おい、ちょ‥‥待‥」
 手を差しだすとキミが掴むのも待たずに連は強引に手を引いて三の辻へと走る。辿り付いたのは重松だ。
「ミキちゃん、お元気でしたか?」
「ぁぁぅー」
 出迎えたミキはミィナとじゃれ合って遊んでいる所だ。戸惑うキミの背を連が足蹴にしてそのまま奥へと押し込んだ。ミキがキミの瞳を見詰め小首を傾げる。
「ミキちゃんはこんなにも近くに、あの日からずっとにぶちんの誰かさんを待っていたのです」
(「一人で悩んでいたのですか? 悩みを分かち合わなかったのですか?」)
 周りには沢山の友達がキミ君のことを心配していたのに。
 友達はその悩みを一番に打ち明けて欲しかったのに。
 ミキはキミへと飛びついてミキの胸板へ頭を擦り付けた。
 連が苦笑交じりに微笑んでみせる。
「キミ君、何を諦めていたのです?」

 その晩、隣村の桜林では的屋とヤクザとで天山主催の宴が開かれた。鷲落も酒にありつき顔をほころばせている。
「平和なもんだな‥‥たまにはこんな夜もいい。桜が馬鹿に綺麗じゃないか。しかし、鬼哭の連中もここから先は自分達でやってみなそれくらいできなければこの先長くはないぜ」
 千歳も宴席に顔を出している。
(「盤面をひっくり返されてしまいました。このお礼はいつかきっちりと。ですが今は『後始末』が先。利益を生まない後ろ盾に価値は有りません。むしろ枷になるだけ」)
 その視線が天山の張り付いた笑みを捉える。
(「正面からぶつからぬのなら答えは簡単。内から切り崩して取り込むまでです。私を侮らないことですね」)
 そんな千歳の思惑は知ってか知らずか天山は既にほろ酔い加減だ。
「せっかく町が平和になったんだ。来るもの拒まずでいこうぜ。誰でも迎えてやるよ。でもなぁ。せめて、貸した金の元本だけでも返ってこねェもんかね」
 ふと視線が張元へと向けられる。
「なぁ、銀造一家さん。いや、元、と言った方が正しいかね?」
 一瞬だけ張元はぎょっとした顔を覗かせたが、すぐにいつもの飄々とした顔でこう返した。
「悪ぃんだがなぁ。何か勘違いしてんじゃねぇかなあ?」
 同じ頃。鬼哭を去る前に氷神は一人で重松を訪れている。
「さて、重一老。知っていることを洗いざらい教えてもらおうか」
「お前さんもしつこい奴じゃのう」
「鬼哭もこれからが大事な時のようだが、俺は五百両がパァになった時点で如何でもいいのだがな。だが死んだ夜烏や狩座屋とは手を組んだ仲だ。せめて顛末くらいは聞いておかねば寝覚めが悪い」
 暫しぶつかり合う視線。重一が重い口を開く。
「あ奴らなら桜の樹の下じゃて。奴らはちとお痛が過ぎおったからの」
「一つ聞く。あんた、一体何者だ?」
 再び沈黙。
「ヤクザも的屋も、まだよちよち歩きの赤子のようなもんじゃと思わんか? ま、悪タレ小僧共の相談役っちゅうところかいの。どうじゃ。こりゃあ鬼哭に値五百金の飛び切りの情報じゃぞ」
「‥‥全部話す気はないということか。まあいい、侠客どもの縄張り争いには興味などないからな」
 氷神が憮然として席を立つ。重一が財布を投げて寄越す。
「ここまで辿りついた駄賃じゃ。五百とはいかんが多少は入っとる。じゃが今日のことを口外しようもんなら――」
「なあに、老人の長話なぞすぐに忘れるさ。誰にも話すつもりも無いしな」


 翌日。
 白は旅立ちの前に狩座屋に秀を訪ねていた。
「貴様には世話になったな。礼を言う! 世話のなりついでにもう一つ頼めるか? 重一老と‥‥あの娘の事を見守っていてやって欲しいのだ」
「任せておけ。心配は要らぬ。お前もたまには鬼哭に顔を出すことだ。ミキが寂しがる」
 同じ頃、二ノ辻の酒場。
「よう。調子はどうよ」
 阿武隈森(ea2657)はひょっこりと顔を出した。
「こっちの酒もあらかた飲み尽くしたからな。噂の新天地とやらを拝みに行こうと思ってな。にしても、まだ苛々してるみてえだな。あれだけ暴れたのにすっきりしねえか? だが人生ってなぁそういうもんだ。それが分かっただけ良いじゃねぇか」
 ドンと背中を叩くと豪快に笑う。阿武隈に子どもがいたとしたらキミ位の年になるだろうか。平和を満喫できないでいるキミをその眼差しは好ましく見守っている。
「何もしてねえでぷらぷらしてっから余計なこと考えちまうんだ。何ならこの勢いでこの街ごと取っちまうか? 小難しい理屈なんざどうでもいいんだよ。身体動かせ、身体」
「‥‥俺はオッサンみてえに単純にゃできてねーよ」
 キミが席を立った。最後にキミは一度だけ振り返る。
「ありがとな、オッサン。一度くらいアンタとはサシで呑りたかったな。あっちの酒も飲みつくして来なよ」
「おう。じゃあ俺はもう行くぜ。お前こそ達者でな」
 キミが店を後にすると、ちょうど狩座屋から白が顔を出した所だ。白はキミの瞳を見据えて微笑むとそのまま去っていった。
(「浮世の鬼も哭くこの街で最後に嗤ったのは誰か? 知った事ではない‥‥俺にはこれまでどおりの逃亡生活があるだけだ‥‥。そう‥‥ただそれだけだ‥」)
 白と擦れ違ったキミは真っ直ぐに重松へと向かう。ちょうど連が鬼哭を旅立とうとしている所だ。
「キミ君、ここが分岐点です」
 連が黙って手を差し出した。キミが首を横へ振る。
「そうですか。それもまた選択ですネ」
「いろいろ世話になったな。俺はまだ鬼哭で暮らす。侠客連中のこともあるが、とりあえず鬼哭の復興に手をつけて見ようと思う」
 ふと仰ぐと鬼哭の上には蒼天が広がる。次に連がキミへ向けたのは飛び切りの笑顔。
「どちらを選ぶもキミ君次第、だってキミ君の輝く未来なのですから♪ キミ君、ミキちゃん。また来ますね☆」
「ぁぁぅー」
 笑顔のミキを抱きしめると、連は踵を返した。
 ここは武蔵国の外れ、奥多摩のとある宿場町。かつて血みどろの抗争劇が繰り広げられたこの街の名は、無法の街、鬼哭。再度の大抗争で街は壊れ、いま再び生まれ変わる。浮世の鬼も哭くこの街で、最後に笑ったその笑顔は、抜ける様に晴れやかな蒼天の笑顔だ。