禁猟区の掟  コトラの夜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月16日〜12月21日

リプレイ公開日:2005年12月25日

●オープニング

 火事は一の辻の的屋の縄張りを焼き尽くした。鬼哭の街の四分の一は焼け野原となり、ヤクザとの停戦で訪れた平和は一時の幻であったかのようだ。犯人も分からずじまいで、収入の基盤を失った的屋はもはや単独で生きてはいけぬ状態にまで追い込まれた。
 林潤花はその報告を耳にすると満足そうに微笑んだ。
「くすくす、大花会でよそ者が大勢流れ込んでるからね。博打に負けた腹いせかしら」
 両脇には飢狼の少年が二人。
「潤花姐さんの命令とあらば」
「俺たちは何だってやります」
 二人は特に強く洗脳の効果が見られた少年達。飢狼の中で黒狼ではなく潤花に忠誠を誓う彼女の手駒だ。火事の夜、林は二人へ放火の密命を下していた。
「食い物の怨みは怖いとはよく言ったものね。因果応報、今度は的屋が明日の食い扶持に困る番ね」
 飢狼は林の与えた刀剣類と食料で盛り返して準備は万端。黒狼は林の思惑など知らず、抗争の始まりだと息巻いている。
「的屋の縄張りで火事とは俺達にとってはまたとない追い風だ。さて、どこから潰してやろうか」
 飢狼の巻き起こした火種はいよいよこの鬼哭を焼き尽くす。


 三の辻、重松。
「何じゃ、飽きてきたのう」
 空になったナシマツの籠を見遣り、老人は呟いた。
「これは重一老、ご冗談がきつい」
 銀狐の秀が苦笑混じりに返すが、老人は小さく嘆息しただけだった。春からこれまで、鬼哭の街では三勢力同士の小競り合いが続いた。だがあれだけの応酬が繰り広げられても、結局この鬼哭は揺るがなかった。老人はもう一度嘆息づく。
「飢狼は街の癌じゃ。はよう取り除かんとこの飢狼の秩序が冒されてしまおうに」
「‥‥キミは飢狼を抜けた模様ですが」
「そろそろヤクザも潰しに動く頃じゃろう。ひょっとすると、ヤクザと的屋が事を構えるやも知れんぞ?」
「ま、まさか‥‥あの博徒と的屋がそんな‥」
 ヤクザと的屋は二十年前の大抗争以来、一度たりと大きく事を構えたことはない。確かに、春には張元の倅を巡って諍いがあった。だがそれも組織同士の争いにならぬようにと外からわざわざ助っ人を呼んで彼らに任せ、鬼哭の掟を破らぬよう直接対決を避けたくらいだ。
「ほっほっほ。もう二十年も続いたんじゃ、こういう終わりがあってもおかしくなかろう? それより秀。お前さん、銀蔵のとこにいく用があったんじゃないかえ?」
 老人の問うような眼差しに秀が黙って頷いた。
「ええ。大事な用件があったのを今しがた思い出しました。それでは失礼します。夕刻前には隣村まで行く用もありますので」
「気をつけての。銀蔵には宜しく言うとってくれ。こないだの花会は楽しませて貰ったからの」
 そうして秀が去ると今度は入れ違いに白九龍が店へ顔を出した。
「おうおう。白さんか。待っておったぞ」
「重一老」
 と呼びかけようとしたその時。白は険しい表情で背後を振り返った。
「ぅぁー?」
 軒先では氷神将馬がミキに袖を引かれて弱り顔でいる。氷神は白と鉢合わせしたのに気づいたのか眉根を寄せる。
「重一老、先日の件で窺ったのですが」
「ほうか、ひとまず上がれ。白さんや、済まんが客人に茶でも淹れてやってくれんかのう」
 座敷に通された氷神は、重一へ切り出した。
「先日の件ですが、何かご存知なら聞かせては頂けぬか」
「お前さん、いつもは腕組みして居丈高に話しおる癖に。偉そうに背ぇ逸らしてしゃべらんと、わしゃ聞いてやらんぞい」
「‥‥まだるっこしいのは俺も嫌いだ。なら都合がいい。老人なら昔話は得意だろう。思い出せぬほど耄碌した老いぼれでもなさそうだ。この鬼哭の何を知っているのか俺に――」
「――そうそう。白さんや。例の隠し金じゃがの」
 その瞬間に白と氷神の表情が凍る。
「ありゃあ出来れば隣村のどこかにまた隠しておきたいのう。今夜辺りにやっておきたいんじゃが。わしと白さんの二人じゃあ手に余るしの。それに使い道も何か考えにゃ‥‥」
「「重一老」」
 二人の声が重なって響く。老人はその鋭い眼差しを受け止め、さらりとかわす。
「まあよい。面倒じゃから、二人まとめて話でも聞いてやろうかいの」

 隣村、的屋の根城。
「お手上げだな」
 差してきた西日に照らされた張元は眩しそうに目を細めている。ここまで何度も苦境を乗り越えて来た的屋だが、縄張りを丸ごと失う今回の火事は致命的だった。ヤクザとの和平は一歩遅かったのだ。幽黒蓮が他人事のように嘯いた。
「あたしは前からヤクザと手を組むべきだって思ってたけどねー。こうなっちゃもう後手後手よね」
 でもさ、と黒蓮。
「飢狼をどうにかしないと先の目処は立たないワケだし。青息吐息とは言えそれなりの戦力では有るし、武器もちょろっとあるんでしょ?」
 悪戯を思いついた子どものような目の光で黒蓮は張元を覗き込んだ。子どもが母親におもちゃをねだるように黒蓮が甘えた声を出す。
「ねぇー。最後くらい遊ぼうよぅー」
 一方のヤクザは。
「動くぞ」
 これまで静観を保っていた銀蔵は遂にその言葉を口にした。先日の花会で数百両の大金を得たヤクザは一頭地を抜けた。人も武器も金も凌ぎも全てが他勢力を上回った今、ヤクザの敵になるものはどこにもいない。
「まずは飢狼を潰す。的屋との和平は奥多摩の侠客筋の前で約束した以上は反故にはできねえが」
 そういうと銀蔵はドスを抜いた。
「縄張りのねえ的屋は、侠客でもなんでもねぇな。随分待ったが、もういいぞ。後は好きにしろ」
 もはや抗争は止めようもない。街の空気は際立って殺気立っている。ずっとこの街の狂気を泊めようと足掻いていた赤霧連は焼け野原になった一の辻の隅っこに座り込んでいる。
(「真実さえを見失なければ、私は真っ直ぐ歩いていける。きっと、止まった過去も溶かしていける‥」)
 そう自分に言い聞かせるが、動き出してしまった流れを止めようもないことに連はもう気づいてしまった。どんなにこの街のことを思っていても。一人の女の子の力なんて、どれだけ無力なのだろう。
 瞳にじわりと涙が滲む。
「――――――連」
 振り返るとそこには。
「お寝坊さん、大遅刻です!」
 キミの姿が飛び込んできて連は飛び起きる。キミはここまで走って来たのか息をつかせながらこう投げかけた。
「お前、一緒にこの街を変えるって言ってたよな」
 肩を上下させながらキミは連と視線を合わせる。
「ヤクザも、的屋も。それに飢狼も。ロクでもなくて汚い連中がずっとこの街でのさばってた。弱い奴は辛い目に遭ってもしょうがない世の中だ。なら、もう壊してしまおう」
 彼を慕って飢狼を抜けた少年達や、破戒僧の阿武隈森も力を貸してくれるかもしれない。
「飢狼は抜けて来た。あン時の約束、‥まだ生きてるか?」
「キミ君‥‥」
 キミの顔を見上げた連は思わず目を見開いた。
(「てへへ。いつの間にか背丈を追い抜かれちゃいましたね。男の子は成長が早くて羨ましいですよ」)
「まったく、こんなに女の子を待たせるなんて、キミ君も本当に鈍感でイケズです」
 指の端で涙を拭うと、連はまた溢れそうになる涙をぐっと堪えて笑って見せた。
 それは百万両の笑み。
「キミ君、助けてあげます」

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 (書き置き)
 所要につき暫く酒場を空ける。
 仕事も休ませて貰うので、銀狐の秀に用のあるという者は狩座屋の主人か、或いは重松まで。

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9237 幽 黒蓮(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0812 氷神 将馬(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

エルグ・ラム(eb0259)/ ノールズ・ジェネヴァ(eb2552

●リプレイ本文

「私のために何だってやってくれるのよね」
 林潤花(eb1119)が火付けの黒幕と知るのは腹心の少年二人だけ。彼等の忠誠心に満足すると、林は一人に背中から腕を絡めた。胸を押し付けるように身を寄せると首筋へ吐息を吹きかける。
「そう。いい子ね」
 林の指先が少年の顎を撫でる。不意に掌中で何かが光った。
「それなら‥‥私のために死んでちょうだい」
 本性を現す時は一瞬で。裏切られた時のその表情がイイ。泡を食ったもう一人にも刃物を突き立てるのは造作ない。手始めに二人。
「たまらないわね。‥‥美味しく食い散らかせて貰うわ」
 舌の上に乗せて味わうのは。
 前途ある若者の命。親の嘆きと悲しみ。鬼哭の未来。

 同時刻、重松。
「先日の盆の折、重一老に対して感じた視線、貴様だな?」
 白九龍(eb1160)の殺気篭る視線を氷神将馬(eb0812)は背を逸らして撥ね付けた。
「何のことだ。それに隠し金とは興味深いな」
「貴様の知るところでは無い」
「まあまあ白さんや。そう邪険にせんでもええじゃろに。それにこやつの目は随分抜け目なく光りおる」
「重一老、実は‥‥」
 金は畑に埋め直した。白が伝えると重一は目を細めて痛快だと笑った。
「白さんはなるほど用心深いのう。じゃが今更隠し立てしおってもこやつは執念深く嗅ぎ付けるじゃろうて」
 金は用心の為に重松に運び込みたい。そう重一は言う。
「この侍にも少し手伝って貰うとするかの。どうじゃ?」
 重一の言とあれば白も逆らえない。氷神もこれには異存はなかった。
「いいだろう手伝おう。だが、少し待っていてくれ」
 怪訝な顔の二人へ氷神は事も無げにこう返した。
「詳しい話は後でゆっくり聞こう。どのみち秘密裏にやるにはまだ明るい。陽が暮れたら隣村で落ち合おう」
 夕刻を前に鬼哭は殺気立っている。それもこれまでとは空気の質感が一味違う。血の予感を思わせる匂いがどこかに混じる。その気配を阿武隈森(ea2657)は肌で感じ取っていた。
「もうじき暮れだってのに大喧嘩なんざおっぱじめようとはな。まったく血の気が多い連中ばかりだぜ」
 口振りとは裏腹にキミへ向けるその表情は心底嬉しそうだ。
「オッサン、悪ぃな。つき合わせちまって」
「他所モンの俺にはよく分からねえが、しがらみとか縄張りだとかややっこしいのは、若いお前らには窮屈だよな。もう全部壊しちまおうぜ」
「ああ。全部だ」
 手にした得物を二人が担いだ。赤霧連(ea3619)がキミ達を見送って親指を立てる。
「キミ君、負けたら絶対に許しませんからネ☆」
 それに背中を見せたまま手を振ると、二人は鬼哭の雑踏へ消えていった。

 夕刻。
 鷲落大光(eb1513)らの説得で腹を括った的屋は遂に抗争に向けて動き出している。
「外から全員にいきわたるほど大量の食料が持ち込まれたとは考えにくい。まだ完全には回復していないはずだ」
 今が飢狼を潰す好機。隣村の傍の川原なら広いし見通しも効く。勝負は陽が暮れてから、奴らを誘い出して雌雄を決する。
「ここまできたら下手な小細工は無用、正面勝負で叩き潰す」
 各々に武器を携えて慌しく支度が進む。幽黒蓮(ea9237)は社の縁に体を投げ出し、暮れ行く空をぼんやりと眺めている。
 ふと、思うことがある。的屋がどうのなんてことは割とどうでも良かったのかもしれない。ずっと狂犬としてこの街に居着いていたのは、この日の為だったのかもしれない。不意に木々から洩れた西日が黒蓮の瞼へ差した。大きく伸びをすると漸く黒蓮は体を起こした。
「さあ、9ヶ月の準備の末に始まる、身を焦がすような、『火遊び』‥‥始めましょ!」
 この動きにヤクザも呼応して動きを見せている。その主導権を握るのはやはり切れ者の静月千歳(ea0063)。手下に一の辻の火事は飢狼によるものと噂を流させ、町民の怒りの矛先を奴らへ向ける。飢狼が前に一の辻の露天を襲ったことが真実味を与えて噂はすぐに広まった。悪いのは飢狼。敵意の矛先が彼等に向けばこれから先も凌ぎ易い。
「それで、銀蔵一家にはキミ君とその仲間を始末してほしいと。そういう訳ですね」
 訪ねた来た天山万齢(eb1540)が持ち掛けてきた話はこうだ。彼が阿武隈を押さえ込み、その隙にヤクザの手で仕留めて欲しい。シノギを失った的屋はもう長くないが、飢狼の連中を纏めて始末するまでならその戦力は利用価値がある。
(「この男、一体何を狙っているのか」)
「いいでしょう。腕の立つのを寄越しましょう」
 千歳が銀蔵へ視線を向けると彼もまた鷹揚に頷いた。
「構わねえぜ」
 応援は最低限だが今の的屋との力関係を考えれば天山も強くはいえない。
「こいつぁ有難いね姐さん。話が分かる相手で助かったね」
「利用できるものは利用する。それが私の主義です」
 いよいよ陽は暮れようとしている。抗争の始まりを前に鬼哭の町には慌しく人々が行き来する。往来の激しい三の辻の街角に連は一人で立っていた。
「そこのあなた!ヤクザさんですね? 銀蔵の親分さんに伝えて下さい。その刃は誰が為に振るうのですかって」
「的屋の人に伝言お願いしますよ! 張元さん、迷子の悪い子達にゲンコツ一つ、大人の手本見せて下さいですよ♪」
 往来を行く者へ声を掛ける。それが連がキミへできる精一杯の手助け。
(「私は何もできない弱い子です! それでも、助けてのSOSを絶対に聞き逃したくありません!」)
 だから自分は強くありたい。いつも待っているだけ、守られるだけの存在ではいたくない。それが連の勇気。通りへ銀狐の秀を見かけると連は大声で呼びかけた。
「秀さん、私の最初で最後の依頼を受けて下さいますか?」
 その笑顔で頼み込まれるとはそうは断れない。秀は苦笑交じりにこう返した。
「重一老のお気に入りの頼みとあれば断れんさ」

 二の辻の酒場。
「私を守って2人が的屋に‥‥お願い彼らの仇を討って!」
 飢狼の下へ駆け込んだ林はそれだけ言うとその場で泣き崩れた。的屋には末吉の無念もある。
「決まった!まずは的屋から潰す!!」
 伏線はずっと前から進行している。もう飢狼を止めることは誰にも出来ない。飢狼は手に手に武器を取って駆け出した。抗争の始まりを告げる法螺貝の音が二の辻に鳴り響く。その音は獲物を探して三の辻を流していたキミと阿武隈の下へも届いていた。
「キミ、あっちが盛り上がってるみてえだぜ。行くか?」
「そうだな。派手に行こうぜ、オッサン」
 通りを抜けて二の辻を目指す。その先に立つ男がいる。
「派手なのも威勢がよくていいケドナ。燻し銀の渋い仕事ってのもなかなか乙なもんだぜ?」
 立ち塞がる天山の両の手には十手。阿武隈は六尺棒を持ち上げる。
「味方じゃねえ奴は残らず敵だ。全部壊しちまうが弁償はしねえぜ?」
 阿武隈の振るった六尺棒が天山を襲う。十手で受けた天山の巨体ごと強打が吹き飛ばした。通りに面した飯屋へ天山は突っ込んだ。
「やるねぇ兄さん、流石は――」
「ったく、しょうがねえなあ!」
 再びの棒打。寸でで頭を引っ込めると後ろの柱が砕け散る。転がりながら天山は間合いを取った。隙を見せぬように慎重に立ち上がる。その時だ。
「オッサン、危ねえ!」
 キミの警告。背後に回ったヤクザの用心棒が阿武隈へ何かを投げつける。咄嗟に棒打で打ち落とすが、それに気づいた時にはもう遅かった。
「ぺっぺっ‥‥何だこりゃ!」
 それは徳利だ。
 それも、油入りの。
「おいおい。徳利の中は酒を入れとくもんだぜ?」
「阿武隈の旦那。アンタは強ぇが計算が足りないね」
 油に濡れれば握りも滑るし踏ん張りも効かない。それが天山の策。後は十手で守りきり、ヤクザの用心棒に仕留めて貰う。その思惑の斜め上を阿武隈の覚悟は走っていた。
「全て壊すっていった筈だぜ?」
 ヤクザの投げつけた松明を阿武隈は避けようともしなかった。燃える体を意にも介さず、背中が見える程に大きく六尺棒を振りかぶる。性格の読みを誤ったと天山が悟った時にはもう決着はつこうとしていた。
(「いやー、阿武隈の旦那、男だねぇ‥‥」)
 それを最後に、天山の意識は横殴りの痛烈な強打で刈り取られた。振り向き様にヤクザの用心棒へも棒打をお見舞い。
「ま、この俺はこんなんで壊れるほどヤワな鍛え方はしてねえけどな」
 水に濡れた犬がそうするように全身を振るう。最後は襷ごと旅装束を脱ぎ捨てると、まだ皮膚を焼く油を拭い取った。褌一丁の姿だが、寒いだの痛いだのはもう通り越している。
「行くか、キミ。行きがけの駄賃だ、先にヤクザの屋敷からぶっ壊しとくか?」
「そういやオッサンとヤクザ襲うのは二度目だな」
 かつんと拳をあわせると二人は並んで踵を返した。

 同じ頃、川原では飢狼と的屋が退治していた。とうに日は暮れ、今宵の月が彼等を照らし出している。的屋の陣頭に立つのは鷲落。
「黒狼、貴様さえ死ぬば鬼哭は元通りだ。張元に濡れ衣を着せ、盗みは働き、果ては火付けもはや慈悲を掛けてやる必要は無い! 餓浪は皆殺しだ」
「こっちも手前らには恨みが積もってるぜ。‥‥やっちまえ!!」
 それを皮切りに両者は一斉に切り結んだ。川原に幾つもの剣撃の金音が鳴り響く。鷲落も小太刀二振りで暴れ回る。
「林潤花、奴は死人使いだ。死体には近づけるな」
 林の周りには護衛がつき、的屋を寄せ付けない。それに守られた林の呪法で的屋勢は次々と身動きを封じられていく。三下では相手にもならぬ、子分に代わり鷲落が林へ対峙する。
「やるな潤花。おぬしの周到でよく回る頭は危険だな」
「あら。鷲落君こそなかなかよ」
「フン。心にもないことを」
 鷲落の小太刀が護衛の一人の胸を突いた。腕の差は歴然。林の呪法も鷲落の意志力の前には無力。
「どうする? 拙者が容赦せぬことくらいは分かるだろう」
「弱ったわね。それなら‥‥私は手を退くわね」
 瞬間、鷲落の眼前で林は大鴉の姿へ変化する。
(「頃合ね。後は高見の見物で楽しませて貰うわ」)
 飢狼も、的屋も、その光景に呆気に取られる中で林はふわりと夜の空へ飛び上がった。
て黒狼が大声で怒鳴りつける。
「おい潤花!! 手前、逃げるつもりじゃ‥‥!!」
 ドスっ‥。
「あ?」
 そこで彼は背中から誰かにぶつかられて振り返った。立っていたのは黒蓮。その瞳は血の赤。爛々と燃える瞳の黒蓮が、黒狼の視界で斜めに傾ぐ。そのままドサリと男は川原に倒れこんだ。黒蓮の手には血塗られた日本刀。小さな体躯は返り血にぬらりと光っていた。
「えへ。殺っちゃった」
 静まり返った川原。腕を垂れたまま黒蓮は体を強張らせて身震いする。
「あははは!はは!ははは!! やばっ!やばやばっ!イっちゃいそ‥!!」
「て、手前ェェェ!!!」
 激昂した飢狼の刀を掻い潜ると、転身。川原を蹴り黒蓮は走り去っていった。残った飢狼を的屋の手下が取り囲む。
「決着だな。だが宣言通り皆殺しにするまでは終わらせぬ」

 時を同じくしてヤクザとキミとの戦いも決着を迎えようとしていた。キミだけならともかく、阿武隈が一緒に暴れていてはとてもヤクザに太刀打ちできる者はいなかった。玄関から堂々と入って辺り構わずぶち壊し、阻む者もなぎ倒す。夜がとっぷり更ける頃には屋敷は傾ぎ、伸びた手下達が辺りに転がっていた。
「最後はおまえだけだぜ、銀蔵親分」
 残ったのは千歳と銀蔵の二人。千歳が唇を結ぶ。
(「こうなっては万事休す。手駒がなければ策の打ちようもありません‥‥」)
 その二人ごと阿武隈の剛打が薙ぎ払う。それだけ済ませると阿武隈は金棒を肩に担いだ。
「キミ、お前の好きなようにしな」
 入れ替わりにキミが拳を振りかぶる。
「命までは奪わねえ。だがきっちりケリはつけさせて貰うぜ」
 それが銀蔵の鼻っ柱を叩き折る。それきり銀蔵は意識を失った。ガキ一人にやられたとあっては銀蔵の面子は立たないだろう。二人は満足したように屋敷を去っていった。
 そうして嵐が過ぎ去り。
「‥銀蔵‥‥蛇の銀蔵‥‥」
 銀蔵は呼び声に目を覚ました。
 ふと視界が開く。その双眸が最後に捉えたのは、彼を覗き込む黒頭巾の顔だった。
「‥蛇の銀蔵‥‥この世に未練を残したまま逝け!」
 林から暗殺を請け負い、白は屋敷で機を待っていた。
 白が左腕を振り上げるとほとけた包帯が銀蔵の鼻をくすぐる。現れた黒い腕が頬を掠め、全身を痺れが走る。意識は冴えるが身動きが出来ない。白は手にした簪で銀蔵の耳を突き立てた。脳に達するそれは致命傷。立ち上がった白は持ってきていた灯りをその場で投げ捨てた。
(「この街にも永く居過ぎたな‥‥そろそろ潮時か‥‥」)
 炎は時期に屋敷を包むだろう。それを背に白は通りへと逃げ出した。

 そして夜更け、隣村。氷神は約束通り重一の前へ姿を見せた。
「おうおう。来おったか。待ちくたびれたぞい」
「すまんな。だが準備は整ったぞ」
 不意に遠くでがやがやと人の声。それも十やそこらではない。集まったのは鬼哭の町人達。
(「金の件は手伝おう。だが少々手は打たせて貰ったぞ」)
 彼等は重一から話があると氷神に聞かされてここへやって来ていた。氷神は重一の機先を制して声高に宣言する。
「実はここで鬼哭で噂になっていた五百両が見つかった! そこで皆に使い道を問おうと集まってもらったワケだ」
 そうして重一を窺うと氷神は唇の端へ笑みを洩らした。
(「あの侍めがぬけぬけと‥‥この重一がしてやられたわい」)
(「町の明日は町の者たちの手に握られるべきだ。博徒等の暴力に翻弄されるだけでは余りにも寂しい」)
 氷神は用意していた台詞を口にする。
「金は町の復興に使われるべきだ!」
 途端に喝采が巻き起こり、皆の視線は重一へと注がれる。
 それに返した老人は好々爺の笑み。
「金はそこの畑に埋めてあるそうじゃ。ほれじゃあ皆で掘り起こすとするかいの」
 そうして掘り起こされた金は千両近くにもなる大金であった。鬼哭の町を再建に使える額だ。
 そこで不意に氷神が皆に頭を下げる。
「1つ俺から皆に頼みがある。この金から百両ほど江戸の復興資金として俺に預けて欲しい」
「重一おじいちゃん、やりましょう」
 歩み出たのは連。それに酒場の顔の氷神に頼みとあれば町人達も無碍には断れない。
「おうおう。これで一件落着、というワケだじゃな?」


 こうして一夜の内に飢狼は壊滅し、ヤクザも大きく力を削いだ。だが抗争の爪痕は深い。これから鬼哭はどうなっていくのだろうか。
「ミキちゃん、私が今度来るときまでに、君達の新しい町を見せてくださいネ? キミ君にも伝えておいて下さいよ。約束ですよ♪」
「ほれじゃあ、金の件はくれぐれも頼んだぞ」
 別れの朝、連はミキをぎゅっと抱きしめる。大金は重一の提案で、連と共に氷神がギルドへ運ぶこととなった。
「ミキちゃん!‥‥大好きです♪」
 最後は飛び切りの笑顔で。
「大丈夫、きっと皆は私なんかよりも強い子です♪」