●リプレイ本文
仕事は入念な下調べから始まった。
「‥‥ふむ‥事が発覚する畏れがありながら、冒険者にこの仕事を依頼するか‥‥気に入った、一口噛ませてもらおうか」
彼は鳴神破邪斗(eb0641)。依頼人の『面接』を突破した唯一の忍びだ。下調べの結果、寺までの道のりには人通りの途切れる辻があることが分かった。5,6間程の路地の様子はちょうど通りを挟んだ家屋の塀が目隠しになっていて外からは窺えない。
「これならそこの木立へ身を隠せばよさそうね」
同行した林潤花(eb1119)が潜伏場所に当たりをつけて戻ってきた。雑木林を振り返って鳴神も頷く。傍の小川も返り血を洗うのに都合がいい。そこへ犯行時に纏う襤褸を彼岸ころり(ea5388)が運んでくる。これで全ての準備は整った。
「殺しの依頼。なんだかこういうのっていい感じじゃん」
いよいよ明日には実行だ。殺しの仕事の前だというのにアルティス・エレン(ea9555)の口振りはまるで、縁日の夜を前にした子どものようだ。
「あたし、こういうのがいつ出てくるのか楽しみだったんだよ。さってと。上手く御仕事しなくちゃねぇ〜♪」
「くすくす、悪党どもが集まったわね。これから甘美なる血の饗宴が始まるのね」
集まったのは皆いずれも一皮剥けば内に獣を住まわす、人の皮を被った鬼達ばかり。
「ふふ、楽しみましょうか」
翌日。これから起こる惨状の現場へと4人の男たちが足を踏み入れようとしていた。
「時期に寺です、旦那様」
先頭を行くのは屈強な用心棒。その後ろには両脇に二人の侍を侍らせた恰幅のいい壮年の男の姿がある。ちょこんと垂れた目尻には皺が寄り、人が良さそうな柔和な顔つきをしている。
「何もこう物々しく構えずとも良かろうに。窮屈で慣れぬ」
「近頃は何かと物騒な世相です。用心に越したことは――」
護衛はそこでふと言葉を止めた。先頭を行く護衛の足元に辻から覗いた影が伸びている。通りへ顔を覗かせたのは襤褸を纏った少年だ。侍は男を守るように前へ進み出た。少年は鋭い視線を投げかける用心棒へおずおずと口にする。
「すいません、お寺へはどう行けばよいのでしょうか? 母と逸れてしまって‥‥」
上目遣いに少年が男達を見上げる。先頭の侍が男を振り返った。
「旦那様――」
「いや、よい」
侍の背から顔を覗かせると、男は少年を呼び寄せた。
「私らも寺まで行く用事があってね。袖振り合うも多生の縁だ。最近は何かと物騒だと聞くしね」
「はい、ありがとうございます」
少年を連れて一行は通りを進む。そうして暫く後。
「ここまでくればもう大丈夫です」
少年は漸く道を思い出したように辺りをぐるりと見回すと、男を振り返って屈託のない笑顔を見せる。
「それは良かった。母上とも無事に会えると良いな」
「そうだ、何か御礼をしないと。確かこっちに近道があります。この路地を抜けた先を行けばすぐにお寺ですよ」
侍は訝しげな表情を浮かべたが、肝心の男に疑う素振りはない。用心棒の一人が路地へ駆け入るが人の姿はないようだ。漸く警戒を解くと一行は路地へ足を踏み入れた。一歩、二歩、三歩。やがて角へ突き当たって路地を抜けようとした時だ。
「‥‥何‥ッ!?」
用心棒の鼻先に突如として炎が立ち上がる。男達が足を止めた。侍が後退る。小さな火の壁の向こうに男が二人立っていた。
「────────────来たか」
物乞いのような襤褸を纏った男は覆面を被っている。風が立つようにゆらりと踏み出すと、そうして男――聰暁竜(eb2413)は得物の金属拳を構えた。行く手を阻むように用心棒が進み出て、二人の侍も男を守るように脇を固める。少年が男の裾を掴んで身を寄せ、彼も少年を庇うようにその身を抱き寄せた。
その男達の様子へいたぶるような視線を向けなら、もう一方の賊が被っていた編み笠を取った。天を突くような偉丈夫の巨人族の男だ。二人ともその身のこなしだけで相当な使い手であることが窺える。巨人族の男が荷袋を投げ捨てて刀を抜いた。
「憂さ晴らしにゃ闘技場より気が利いてると思ったんだが、それなりに腕が立つねぇ? どれだけ楽しめるかね」
男――クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が値踏みするように先頭の用心棒へ視線を移したその時だ。護衛の一人が血飛沫をあげて転がった。
「きゃは♪ いーい感触♪」
いつの間に忍び寄っていたのか、そこには彼岸の姿。小太刀で喉を掻き切られた侍は今際の言葉を口にすることすら叶わず絶命した。
「きゃはははは〜♪ まさか依頼でこーゆーコトができるなんてねー♪ うん、依頼主さんには感謝感謝♪」
滴る返り血を拭おうともせず、この惨状に不似合いな無邪気な笑みを上げる。
「まぁぶっちゃけ、ボクは人を斬る口実さえあればお金なんてどーでもいーんだけどねー」
小太刀を仕舞うと彼岸も抜刀する。護衛のもう一方へは聰が忍び寄っている。先頭の男へ向けてクルディアも切っ先を突きつけた。
「一番強そうな奴は俺が貰った」
「依頼だと‥‥貴様ら、何者だ!」
誰何へ答える声はない。地を這う蟻を踏み潰す無情の足。無言の暴力が男達へ襲い掛かった。
「金の為に自分の肉親に手をかけることも辞さないとは‥‥面白いですねぇ」
路地を窺う通りには黒城鴉丸(ea3813)が見張りについている。
「依頼主の彼がが大物か小物かは追々わかるでしょう。行動はその時です」
仲間たちへはまだ信を置いていない彼は、手の内を明かさぬために
「しかし‥‥今は金(かね)が強いようですね。いつか金など役に立たない時代が来るというのに」
金に執着しない彼がこの依頼を受けた理由は、曰く、悪党と言われている人達を観察するため。近い将来に彼がそんな時代を見ることになるのかは分からないが、策士を自認する彼の読みが先見か否かは我々の知る歴史を振り返ればおおよその見当もつこう。だがそれはここで語るべきことではない。
その時だ。同じく見張りについていた鳴神が通り向こうに人影を見止めた。
(「見られたか‥‥?」)
だいぶ離れているので杞憂であろうが、万が一ということもある。災厄は誰にでも平等だ。己の不運を呪ってもらうことになるだろう。鳴神が忍者刀を抜いた。
「そっちは任せたわね」
その場は鳴神へ任せて林が路地へ向かう。洩れて聞こえる戦いの音は徐々に小さくなり、仕事の終わりが近いことを伝えていた。
「俺から後の先を取ろうってか?」
先頭の侍はクルディアの出方を窺うような構えを見せている。おそらくは新陰流。同じく守りの姿勢を取っていたクルディアは左に構えていた十手を投げ捨てた。
「面倒臭ェな。それならあとは単純にぶん殴るだけだぜ」
ふとクルディアが隣へ目を向けると聰ももう一人の護衛を相手取っている。振り下ろされる刀を十手で捌くと、聰は眉一つ動かさず人中へ拳を叩き込んだ。派手な動きは見せず、実直に、だが無駄なく確実に人体を破壊する。駆け出しの冒険者と聞いていたが、あれだけの使い手はそうはいないだろう。その手際にクルディアも思わず舌を巻く。
「隙ありッ!」
その一瞬を突いて用心棒がクルディアへ斬りかかった。
「手前等弱すぎるぜ」
振り返り様の無造作なが剣撃は殆ど技とすら呼べない剛剣。力任せの一振りは薙ぎ倒すように男の命を奪った。胴が横へ真っ二つに分かれて路傍へ転がる。
「人を殺めるのは、何時であれ気分が悪いもの、だな」
聰も護衛を仕留めて標的の男を振り返った。
「ひ、ひぃ〜〜」
逃げ出す男の行く手を今度は炎の壁が塞いだ。塀から張り出した枝にエレンの姿がある。尻餅をついた男は地面を掻くように腕をばたつかせて後退りする。その腕を少年が踏みつけた。
「‥‥ひ、ぎゃあ‥!」
「あんたに逃げられると困るんでね」
声音を使って少年へ扮していたのはパラの白九龍(eb1160)だ。
(「‥‥‥異国へ来てまで‥‥拭えぬ業だというのか‥‥」)
ふと遠く空を仰ぐと、間髪入れぬ蹴りが男の膝を割る。
(「ならば己を殺し地獄の底まで参ろうぞ‥‥復讐を果たすその日まで‥‥」)
「しかし事が片付いてから出てくるとは気楽なものだな」
路地へ飛び降りたエレンへ白が毒づく。
「『君子危うきに近寄らず。』って言うじゃん」
「じゃ、キリのいいとこでトドメいっとこーかー?」
彼岸が尻餅をついた男の顎を持ち上げると、小太刀で喉を裂いた。
「ダメじゃなーい。避けちゃさ〜? じゃあもう一回ね♪」
男が仰け反った拍子に刃は僅かに浅く肉を裂いたようだ。致命傷だがすぐに絶命させるには至らない。男は死力を振り絞る。通りへと這って逃げようとした男を不意に影が覆った。
「冥途の土産に良い事を教えてあげる」
立っていたのは林だ。くすりと笑みを零すと、その場へしゃがみこんだ林は男の耳元で囁いた。
「暗殺を依頼したのはあなたの息子さん。自らの子供に裏切られる気持ちはどう? あなたの遺産は彼と私達が有効活用してあげる。そう、その表情が見たかったの。悔しいよね。苦しいよね。さあ、絶望と後悔の中で逝くがいいわ」
男の喉からゴボゴボと血の泡が浮かぶ。双眸は様々な感情が渦巻きながら浮沈する。だが内なる激情は言葉となる術を持たない。その諸々の情念ごと、絶望の淵へ飲み込まれるようにして男は息絶えた。
「くくく‥‥あははははっ!」
後に残ったのは鬼たちの哄笑。止まぬ笑声だった。
「では、な」
事を終えると聰は早々にその場を後にした。
「では手早く偽装工作だな」
残った面子で、天山万齢(eb1540)の指示の下、証拠の隠滅作業が始まった。エレンも魔法を使った部分を証拠が残らぬようグシャグシャにする。痛いも蘇生すらできないよう仲間達で徹底的に破壊した。
「犯行時に身に着けていた物も全て処分した方がよいな。アルティス、頼む」
「なんであたしがこんな事しないといけないんだか。ったく、たるいじゃんよぉ。」
返り血のついた襤褸はズダ袋に詰め、別の場所で焼却すればいいだろう。証拠は一切残しはしない。
「後は物取りにあったと見せかけるだけだな」
装飾品や小物などは美術品にも造詣の深い天山の鑑定で金目の物だけ奪い取って物取りの犯行へ見せかける。護衛の持ち物にも手を掛け、これだけやれば十分だろう。
「なんだ、俺の出番はなしかよ。歯応えもねえなァ」
そこへ鷲落大光(eb1513)も合流する。万が一標的に逃げられたことを想定して馬を控えさせていたが、この程度の仕事ではいらぬ心配に終わったようだ。現場では天山の指示で偽装工作も粗方終わろうとしている。
「金目の品はこれで全部だな。後は財布くらいのものだが、現金は全員で山分けだ」
「財布の金はいらねえよ。アシがつきやすいからな」
「――受け取らぬとは言わせぬ」
こうして全てを終え、冒険者達はそこを後にした。犯行に使った衣服はエレンが焼却処分し、念のため残った灰は水に溶かして処分した。クルディア達も鬼退治を請け負った偽装工作を行っている。事が露見する可能性は無に近いだろう。後はギルドへ「鬼退治依頼」の報告をすればお終いだ。
その日の夜。江戸市中の酒場で鳴神達が依頼人へ事の顛末を報告した。
「‥依頼は無事に完遂した。事が露見する可能性はまずない」
依頼人と顔をあわせるのはこれで二度目だ。
「そうかそうか。死にやがったか」
男は終始黙って報告へ耳を傾けて、表情を崩すことはなかった。報告を聞き終えると男は最後に小さく微笑を貰した。
「時期に遺産が転がり込む筈だ。暫くは派手な動きは控えておきたいが、時が来たらまたそれとなく声を掛ける」
「久しぶりに気持ちよく仕事できたよー♪ また消して欲しい人とかいたら、是非御用命宜しくっ♪」
それだけ言うと男は店を後にする。男の置いていった勘定を手に彼岸が笑みを零す。ふと鷲落が依頼人を呼び止めた。
「ほっときゃあ転がり込んでくる財産をわざわざ殺してまで手に入れようとすんだ? それに殺しの依頼なら冒険者じゃなくて本職の殺し屋に頼めばいいだろう」
「分を弁えてないようだな。どうしても知りたきゃ足りない頭使って自分で考えな」
鷲落は依頼人の素性についても調査の手を回していたが、素人である彼に一日やそこらでイチから調べ上げるのは無理だったようだ。頑なに警戒を解かない彼へ依頼人は試すような口振りで挑発する。
「なんだよ。そうビクビクするなよ?」
「しかし大金儲け?」
そこへ今度はクルディアが突っかかる。
「‥‥一回の仕事で50Gを越えたらそう言えや。手前はスリルと強敵だけを提供してくれりゃあ、それで文句はねぇよ」
「目先の金にしか目がない阿呆が吼えるな。どっちが選ぶ側かってのを分からせてやろうか?」
一転して険悪な空気。そこへ鳴神が割って入る。
「‥‥ま、これから先、長い付き合いになりそうだな。‥‥お互い、宜しくやろうじゃないか」
その笑みは冷徹な光を湛えている。男はその目を覗きこんで笑うと、やがて店を去っていった。
その後、殺しはすぐ後に官吏の知る所となる。証拠は少なく、状況からも物取りの犯行によるものとして捜査は行われた。その数日後には犠牲者の所持物が江戸の外れの貧民街で見つかり事件は大きな進展を見せる。所持していた男は「拾っただけで殺しには関知していない」とお定まりの否認を続けたが、お上の追及は厳しく、やがて下手人として捕縛された。冒険者ギルドへは依頼人の根回しで架空の鬼退治依頼の顛末が報告され、入念な偽装工作によって冒険者達の存在が明るみに出ることはなかった。鬼退治の報告書は今もギルドの保管所に眠っている。