●リプレイ本文
襲撃を前に冒険者達は通りに集まっていた。最後にクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が合流し、いよいよこれから仕事の始まりだ。
「わりぃわりぃ。出掛けに荷物整理してたらよ、遅くなっちまった」
その言葉に聰暁竜(eb2413)は露骨に顔を顰めたが、当の彼に悪びれた様子はない。林潤花(eb1119)の言葉にも棘が篭る。
「そういうのは前もって準備しといて貰えるかしら?」
釘を刺されたクルディアへ不意に怒気が過ぎった。林は視線を緩めない。その間に入った彼岸ころり(ea5388)が二人の手を取り、にっこりと微笑む。
「ま、とりあえず殺ってきますかぁ♪」
と同時に、鋼の擦れ合う音。襲撃者達はそれぞれに得物を構えた。辺りへ冷たく殺気が走り、彼岸の場違いな笑声が木霊する。
「きゃはははは♪」
そして惨劇は幕を開ける。この馬鹿げた強襲劇の始まりを告げるにはお似合いの合図。
「なに?カチコミだぁ!?」
この狂気じみた襲撃の報せはすぐに親分と客人の元にも届けられた。有り得ない事態に盆がざわつくが、それも束の間。
「大丈夫です。ご安心下さい」
ヤクザの一人がそう告げ、客人を奥座敷へ留まらせる。男は三下を振り返り声を荒らげる。
「おい! 表にいるバカ共のせいで台無しだ! ヤっちまえ」
ヤクザの屋敷にいたのは総勢で30を越える侠客と20を下らない客の用心棒。まず動き出したのは血の気の多いヤクザの手下どもだ。けたたましい怒号と庭を踏み鳴らす足音。その音を頼りに既に冒険者達は動いていた。
林が魔法で開けた壁の穴は徐々に塞がっていく。これで退路はなくなった。
「今回は協力しないとただではすまなさそうですから、協力しましょう」
黒城鴉丸(ea3813)が呪文の詠唱に入る。その暇も与えず彼らをすぐに三下が取り囲んだ。単純に数だけでも彼我の差は如何ともし難い。ヤクザの向ける視線は甚振るそれに近い。それを跳ね除けるように頭巾を被った男が進み出た。聰だ。三下供へ値踏みするような視線を向けると、彼は落胆にしたように首を振る。次の瞬間、聰へ襲い掛かった数人の雑魚が地に伏したのを合図に、庭内は激しい乱戦に呑み込まれた。
「クックックッ瓦礫と共に埋もれてしまえ」
鵺丸の放つ重力波が斜めに駆け、壁へぶつかる。その威力では精々皹を走らせる程度だが巻き込まれたヤクザが足を取られて庭に転がる。だがやはりこの数の差を前には余りに無力。
「‥しまった‥‥私としたことが‥‥」
それも正面に立って前衛に肩を並べるのは自殺行為だ。
「馬鹿が! 引っ込んでろ!」
なますに刻まれる前にクルディアが助けに入るがその彼も無数の傷を負っている。鵺丸は取り出した薬瓶を飲み干し、その一つをクルディアへ投げて寄越す。
「コレは貸しです。後で返して下さい」
「は! おまえこそ貸し逃げすんなや? あの世までは返しに行く義理なんざねえぜ!」
柄の重みに乗せた一撃で薙ぎ払うが数に押されてはとても間合いを保てない。長物では囲まれては圧倒的に不利だ。彼や聰のような猛者をしても手傷を免れない圧倒的な数の暴力。
「流石に30人近くはな」
クルディアの額を冷たい汗が伝う。
「手応えがねぇ野郎達と延々と戦うのは趣味じゃねぇよ」
幾ら倒しても終わりの見えない戦い。既に庭内には無数の死体が転がり、血の匂いはむせ返るようだ。仲間を殺られたヤクザが吼える。
「手前ェら、ちったぁ使えるようだがな! この人数相手に生きて帰れると思うなよ!」
その様を林だけは場違いな恍惚を浮かべながら眺めていた。
「甘美なる鉄錆の香り、真っ赤な大輪の花、耳に心地よい絶叫と怒声‥‥ここは死の気配に満ち溢れているわね。さあ、亡者の宴を始めましょう」
その声はどこか芝居がかってもいる。
「ふふふ。状況は絶望的、将棋でいったら詰みよね。でも‥‥」
林が足元に転がるヤクザの一人へ視線を落とした。まだ息があるその男の喉を短刀で掻き切る。指先で掬った返り血で男の唇に紅を差すと、それは血の死化粧。顎を持ち上げて囁く。
「あなたの人生は無価値‥‥でもあなたの死を無駄にしはしないわ。魂の安息なんて与えない‥‥私の下僕として有効利用してあげるわ」
林の体を覆った濃い闇がその骸死してなおを突き動かす。数の差は歴然だが、振りまいた死の数だけ林の力は増大する。
「所詮は死人、振り駒じゃ手数の不利を補うことぐらいしか役に立たないかもしれないけど」
その数は見る間に膨れ上がった。今や形勢は傾きの岐路を迎えている。林が浮かべるのは冒涜的な笑み。死兵の群れを前にヤクザ達に動揺が走る。
「チクショ‥何なんだ手前ェら‥‥!」
言葉は掻き消えた。男の喉をクルディアの長巻が貫いている。恐怖に震えるすら与えず聰が再び数人を沈め、死兵が増える。そこは修羅場だった。
「‥‥そろそろか」
戦いの流れが向きを変えた。時期に風向きが変わるだろう。その気配を敏感に察して白九龍(eb1160)は動き出していた。
彼が身を潜めていた厠には薄く血の匂いが漂う。庭へ降り立った白がふと床下へと目を遣った。月明りに淡く影が覗いている。素足の足首だ。それが並んで幾つも伸びている。すべて、白が暗殺したヤクザや用心棒達だ。
盆の日が厳重な警備なら前日までに潜入すればよいだけ。流石に客人の護衛ともなると手強い敵だったが、暗殺なら殺手に分はある。薬液を飲み干して傷を塞ぐと、彼は左腕を覆った包帯を巻き直した。
(「俺はただ与えられた仕事をこなすだけ‥‥」)
その死体へ一瞥だけくれると、彼は無言でその場を後にした。表の聰達が派手に動けばそれが迷彩になる。仲間達は手筈通り動き始めている。
「‥‥やれやれ、また面倒な事だ‥」
鳴神破邪斗(eb0641)は物陰から盆を窺っている。客人達はヤクザの指示で部屋に留まっている。護衛の数は20前後。ここまでは手筈通りだ。誤算だったのは二つ。鳴神の術では床下からの攻撃は不可能。もう一つは相棒のミスだ。
「きゃははは!」
彼岸の笑声にも焦りが見て取れる。庭内のどさくさに紛れて大広間へと近づいた彼岸だが、鳴神と違い忍び足だけでは限界がある。侵入の際にもやっていたように魔法で護衛の位置を探りはしたものの、あえなく廊下で挟み撃ちされている。客の護衛に残っていた者は恐ろしく強い。得物の小太刀では余りに心許なく、彼岸は殆どなますに刻まれていた。
戦いの様子を窺いながらヤクザの一人が客人へ指示を出す。
「ウチのモンが殺られるとは思いませんが、長引いてお上が入ってくると厄介です。――おい、客人を裏口までご案内しろ!」
もはや猶予もない。鳴神が動いた。
(「そこに仕事があり、それを請けた以上は――やり遂げる」)
「何モンだ、手前!」
覚悟を決めて飛び出すと、迫り来る刃の奥へ突進する。今は痛みを意に介している場合ではない。両腕を盾に部屋の中央まで進むと鳴神は印を結んだ。
「クソ! こいつは忍び――」
護衛の刀が彼を切り刻む。止めの袈裟懸けの一閃が息の根を止めようとした時だった。彼の足元から竜巻が巻き起こった。竜巻は畳を巻き上げながら護衛を吹き飛ばす。
「しまった‥‥!」
「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ♪ きゃはははは♪」
その隙を突いて彼岸は動いていた。廊下を掻い潜り、客人の一人へ飛び掛っている。標的へ馬乗りになった所で、喉を一掻き。血に塗れた笑声が木霊する。
「よくも手前この野郎! こんな真似されて生かしちゃ帰さ――」
その護衛の腹から刃が突き出ている。背後を取っていたのは、先ほど三下へ指示を出していたあのヤクザだ。
「おまちどう!」
男に蹴倒されて死体が無残に転がった。
「俺様こそ天山、通称シモネッティ! 根性の悪さは天下一品! 誇り?名声? だから何?」
突然の恐慌に広間がどよめく。それを踏みつけながら天山万齢(eb1540)が刀の血を振り払う。どんな手品を使ったのか彼はこの短期間でヤクザに潜り込んでいた。
「手前、裏切りやがったな!」
「引き入れてくれてありがとよ!」
激昂して斬りかかるヤクザへ天山が何かをなげつけた。
「礼だ、取っとけや!」
投げつけたのは六文銭。それごと男を一刀両断にする。既に鳴神の姿はない。天山の作った隙を逃さず、この機に彼岸も逃げ出した。
辛うじて保たれていた均衡は脆くも崩れた。ヤクザの混乱が伝播するように客人達も皆散り散りに座敷を逃げ出し始めた。何人かは護衛を連れて厩舎へ回り、馬での逃走を図る。そこにも天山の手引きで忍び込んだ仲間が待ち受けている。
客人の一人が馬へと飛び乗る。その足を刃が切り裂いた。
「そいつは拙者の馬だ!」
現れたのは鷲落大光(eb1513)だ。転げたお大尽に切っ先を突きつける。
「拙者の愛馬は高くつくぞ。貸出料を払ってもらおう。おぬしの命でな」
悲鳴をあげる暇すらない。即座に踏み込んだ鷲落の刃が男の首を刎ねる。
「貴様! よくも!!」
二人の護衛が馬を下りて抜刀する。
「ほう。主人を殺られても逃げ出さず向かってくるか。だが使える相手を見誤ればつまらねえな」
鷲落が二刀を構えた。
「拙者だけで1人始末できれば十分だ‥‥手柄は独り占めするもんじゃねえしな。だが命が惜しくないなら相手をしてやる」
左右からじりじりと男達が間合いを詰める。鷲落は唇を捲って笑う。
「残る問題は蔵を漁れる余裕があるかどうかだな」
「言わせておけば‥‥!」
手練が二人では少々梃子摺るやも知れない。その間にも客人は次々に屋敷を逃げ出していく。
「何があったんだい?! あたしはギルドの一員だけど、手を貸すよ?!」
アルティス・エレン(ea9555)は偶然を装って屋敷へ立ち寄っていた。門の外へ客人が顔を出した所で声を掛ける。自分でも白々しいその台詞に内心で苦笑しながらも、そんな安芝居にまんまと騙された間抜けを嘲笑う。
「護衛の人達は追手の相手を御願いじゃん。あたしは彼等を安全な所に連れていくから!!」
強引に手を引きながらエレンは小さく舌を出した。冷静に判断する暇を与えず路地裏へ連れ出し、隙を見計らって炎の壁で護衛を分断する。後は仕上げだ。すぅっと息を吸い込み、
「え?! きゃぁ!!‥‥うっ」
後は簡単だ。気絶する振りをしてやり過ごせば時間稼ぎになる。後で辛そうな表情と沈痛な言葉でもサービスしてやれば少しは『力足らずだった正義の冒険者』らしく見えるだろうか。
護衛と分断された客人の前には白が立ちはだかった。破れかぶれに斬りかかってきたのを難なく見切り、かわし様に金的へ爪先をめり込ませる。
「まだだ」
くの字に折れた体を、顔面を蹴り上げて再び持ち上げる。今度こそ男が頽れる。喉を踏み潰すと声にならない悲鳴をあげて男が土を掻く。そのまま強く踏みつけると時期に動かなくなった。白が踵を返す。
「‥‥次だ」
庭内では、雑魚は粗方片がついていた。こちらの死兵は向こうの手練に片付けられ、自然とヤクザの用心棒と相対する形になっている。敵も手練、そう易々とは抜けそうにもない。
「ここは引き上げる場面です、では御先に失礼します」
見ると鵺丸が早々に引き上げ、残りは聰達3人で相手をせねばならなくなった。
「クソ、手前だけ先に逃げやがってよ!」
クルディアが薬瓶を開けて傷を癒す。まだヤクザ連中だけでこちらの倍以上は残っている。対してクルディアと聰の疲労は激しい。聰も薬を飲み干すと敵へ向き合う。
「強敵と遣り合うのに足手纏いは少ない方がいい。――潤花、お前も逃げろ」
振り返らずにいった聰の表情は窺えない。逡巡の後、林は踵を返した。
「約束よ、後で落ち合いましょう?」
「―――残りは8人か、流石に半分は俺にも厳しいな」
「あー、居合い使いの処理は任せろ。んじゃ遠慮なく5人は食わせて貰うぜ」
「深追いだけはしないことだな。囲まれる程愚かではあるまい」
背中を合わせて算段する二人をヤクザが取り囲む。
「手前ら、何のつもりかしらねえがな!」
「この状況で生きて帰れるとでも思ってんのか!」
ヤクザが聰へ切りかかる。その一撃を十手が受け止めた。続けざまにもう一人が刀で薙ぎ払う。辛うじて体術で逃れるがこのままではジリ貧だ。刃を受ける十手へヤクザが力を込める。聰が眉根を顰める。
「流石に隠したままではいられんか。ならば見せよう───十二形意拳が奥義」
聰が空いた左腕を振り上げた。拳を覆っていた布が解け、毒々しい色に染まった腕が露になる。隙を突いた拳をヤクザは辛うじてかわすに留まった。
「馬鹿な、体が‥‥」
巳の奥義・蛇毒手。かするだけで十分だ。男が動きを奪われる。
「こっちも手加減無しだ、行くぜ?」
クルディアも長巻を振り回して多数を相手取る。狙うは一撃必殺。
「そういや何のつもりかって言ってたな? はっはぁー。戦うのに理由はいらねぇよ」
避けきれず男が沈む。だがその隙を突いたヤクザの剣撃がクルディアの背を切り裂いた。どちらも相当の手練同士。戦いは熾烈を極めた。
「‥‥仕留められたのは結局一人か」
座敷を回りながら白は最後の薬を飲み干した。逃げ遅れた客人を探したが護衛やヤクザと遭遇しただけで成果はない。そこへ、両手に得物を抱えた鳴神が姿を見せる。
「これ以上は無益だ。引き上げよう」
混乱に乗じて蔵から武具を盗み出してきた所だ。全員分は無理にしても、何人かで山分けにはできるだろう。
「しかし、今回の仕事‥‥あまりにも標的が漠然とし過ぎる。思うに、意図としては依頼人と自分達のどちらが立場が上であるかを教え込むつもりだったのだろう。律儀に最後まで付き合う必要はない」
屋敷では各所から火の手があがっている。客人も殆ど逃げた後だ。こうなっては最早依頼どころではない。機を窺い仲間達も次々と屋敷を後にする。
「聰、俺達もずらかるぜ!」
クルディアが叫び、それを合図に聰も屋敷の裏手へと庭を突っ切って駆け出した。ヤクザを引き連れながら聰は座敷を抜けて裏庭へと走る。
「馬鹿が! そっちは行き止まりだ!」
振り返った聰は、ふっと笑ったようだった。次の瞬間、塀の僅かな突起を足掛かりにして猫のように飛び上がると、一息に乗り越えて闇へと聰は消えた。
報せを受けたお上が屋敷へ踏み込んだのはそのすぐ後の事であった。だがヤクザには面子の問題もある。事が公となることはなかった。だがそれは彼ら自身の手で落とし前をつけるという無言の意思表示でもある。生き残りの証言を元に界隈のヤクザの間には襲撃者達の人相書きが出回ることとなる。だがそれも裏社会でのこと。ギルドの関知する所では、ない。