【首】

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 46 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月09日〜09月16日

リプレイ公開日:2005年09月18日

●オープニング

 ‥‥‥‥‥。
『‥‥‥‥れし‥‥‥が‥‥ぃ‥』
 声が聞こえる。震える声だ。
『‥‥るらん‥‥れ‥‥‥ついで‥‥』
 その震えは、恨み。呪い。生を妬み、奈落へ呼ぶ亡者の声。嫉み、憎しみ。ざわざわと亡者の怨嗟が蠢き出す。
『‥‥斬られし‥‥‥我が五体‥‥何れの処にかあるらん』
 その気配は刀を佩く、鎧をその身に纏っていた。ざわめきは戦場の音だ。尾を引くホラ貝。怒号、鬨の声。地を揺るがす馬蹄の響き、雄叫びと悲鳴。熱い空気がこみ上げて天を突くように、幾千の怨嗟のざわめきが群れを成して鬨を待っている。
『‥‥ここへ来たれ‥』
 その軍勢へ号令するかのうように恨みの声はこう告げた。
『‥‥首ついで‥‥‥今、一軍せん‥‥』
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥。




 神聖暦1000年。江戸。
 その依頼人は一目を忍ぶようにギルドを訪れた。
「内々での調査、という形をお願いしたいのです」
 武蔵国に領地を構えるとある小領主。その一族の者が不審な死を遂げた。その死の原因を、公に知られることなく秘密裏に調べ上げて欲しい。
「それで、その‥‥『死因』とは?」
「それが少々‥‥込み入ったお話でして、そして、かつとても奇妙な話なのですが‥‥」
 死因とは落馬。遺体にはずり落ちた時に馬具を引き摺った擦り傷が尾を引き、また体の各所には馬に踏まれ、蹴られした生々しい骨折の跡が残されていた。
「亡くなられたさるお方はここ暫く心神を病んでおいででした。特に死の数日より前は心労からかお体を崩され、家人を遠ざけて自室にお一人で篭っておいででした」
 死んだ男を最後に見たのはその夜夕食を運んだ下女。その時には、やはり心労からかやつれた様子でこそあったが、男にいつもと変わった様子は見られなかったという。そして翌朝には死体で見つかった――。
 そう。男は、自室で落馬死していたのだ。それも家人の詰めた屋敷という巨大な密室の中で。
 室内はおろか男の着衣にも一切の乱れはなく、馬のいた気配も一切見受けられない。ただ男の遺体にだけ落馬死を示す痕跡が残されていた。犯人の姿を見た者も、また男を死に至らしめた乗馬を目にした者も誰一人としていなかった。
「‥‥皆様方には、どうかこの不審な死の真相を暴いて頂きたいのです」
 この状況で、どんな手段を用いれば落馬死するようなことがありえるだろうか?? この死を覆う謎は余りに分厚く、とてもその奥を窺い知ることはできそうにもなく思えた。やはり同様に考えた依頼人はこの事件を役人へは届けず、ギルドへ直接依頼をしたのだ。
「捜査の間のお世話は当家で全て賄わせて頂きます。外部に知られぬようした上での内々での調査ではありますが、何卒。皆様方の力をお貸し下さいませ」


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「さて、それじゃあ全員集まったな。例の報告といこうか」
「新しいガイシャは?」
「はい、また今朝方新たに」
「やはり――」
「――首を斬られて死んでいた?」
 男たちの声が静まる。やがて一人が告げた。
「新しくあがったのは2人。同じ殺し方だけでここの所立て続けにこれで七件目。このままだと被害は更に増えると思われます」
「やはり今回も死の前後の状況に手掛かりや不審な点の一つもない。被害者に共通点は見受けられず。お手上げだ」
「強いて挙げるなら、いずれもおそらくは夕の入りから明け方までの時間帯に殺されている。だが殺し方は、密室だろうがお構いナシに、見つかった時には首から上が刃物でバッスリと。人の出入りも争った痕跡も一切なし」
「くそっ! バカな!!」
「いったい誰がどんな殺し方でこんな‥‥」
「どんな殺し方だろうが構わねぇさ。このまま舐められたままでいれる訳がねぇ‥‥‥!」
「ああ。俺たち‥‥奉行所の面子に掛けてな」
 いずれも発見されたときには刃物のようなもので首を切断されていたという怪事件。今のところ各事件には、その手口を除いて関連性は見られない。だがそのかすかな共通項すらもとても『手口』と呼べるような代物ではない。いずれの死体も、前後に何の殺しの形跡も残されていないのだ。
 一時は魔法による犯行の可能性も考えられたが、いま世界に伝わっている精霊魔法や神聖魔法、はては忍術を行使しても、この不可解な殺し方の『現実的な』説明はとてもできそうにない。
「だがこれは明らかに殺しだ。自然な状態でこんな死はありえない」
「殺しならば必ずそこに殺人者がいるはずだ。人の所業なら必ず謎を解く鍵がある筈――」
「いいえ、おそらくこれは殺しではない」
 その推理を遮って男の声が告げた。
「これは―――若しや、呪いなのでは」
「呪いだと、バカな」
「それこそ現実的じゃねぇ!」
「聞けば去年の夏の百鬼夜行は江戸の結界の力を弱めるためだなどという噂が実しやかに囁かれている。那須の鬼騒動の折りにもそのような呪いが行われていたという話もある。とすれば、それらの影響でこの江戸の町に何がしかの呪いが降りかかっており、それを守る力が薄れたために影響が出始めたのだとすれば合点がいく。被害者の家系を調べれば、何か出てくるかもしれません」
「仮説にすぎないのでは? 推理に飛躍が多すぎる」
「魔法の使い手の集団による大規模の組織的犯行という線はどうだ?」
「馬鹿な、それこそ不可能だ。いったいどれだけの規模でどれほどの達人の力を要することか――」
 その時だ。一人の男の声が流れを遮った。
「分かった。よいか皆。今はあらゆる可能性を考慮に入れて捜査を進めるべきだろう」
 おそらくはこの場の長。その声は告げる
「まだ我々の元にあがっていない殺しもあるかも知れん。全てを調べあげて、白日の下に晒すんだ。いいな」

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●今回の参加者

 ea0270 風羽 真(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0561 嵐 真也(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea0914 加藤 武政(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2001 クルディア・アジ・ダカーハ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

マミ・キスリング(ea7468)/ 轟天王 剛一(ea8220

●リプレイ本文

 奇妙な落馬死事件の舞台となったのは江戸を離れたとある街。東国のとある地方領主の領地内へと冒険者達は飛んだ。
「それにしても、部屋で落馬して馬に踏まれて亡くなったなんて普通では有り得ない状況ですね」
 李雷龍(ea2756)があらましを聞いて漏らしたのはそんな言葉だ。だが不可解に思えることでも、どこかに解決の糸口はある。まずは屋敷内の検分が行われることとなった。冒険者達が案内されたのは屋敷の奥まった部屋。ざっと見ただけでも、件の死に方に説明をつけるのはとても容易でなく思える。部屋全体を見回して嵐真也(ea0561)がため息をつく。
「全く‥‥何とも不可解な事件だ。だが、ここに俺がいるのも、御仏の導きか‥‥」
 その嵐達の後を、裏口から屋敷へ入った加藤武政(ea0914)が慌てて追いかけた。
「せめて、裏口から入るとか、偽名を使うとか、気を使おうよ〜」
 一族も冒険者との関わりは知られたくないだろうし、最低限世間の目を気にする必要はあるだろうが。事は内々で処理せねばならないだけに。
「‥秘密裏に調査たぁ言え、こうも雲を掴む様な話だと正直キツいねぇ?」
 風羽真(ea0270)がぼやきながらも調査に着手する。問題の部屋は事件の日からそのままの状態である。荒らされた様子もなく、それを確認した瀬戸喪(ea0443)も首を捻るばかりだ。
「家の方にも聞いてみましたが、事件と前後して特に調度品の配置や内装などの変化というのも見られないようですね。となると、一体どうやって落馬死などしたのでしょうか」
「落馬ねえ? 馬の数はそんなに多くないだろうしなあ? んー、普通に考えると、外で殺されたのが、中に放り込まれた、なんだろうけどねえ? 魔術ってのもあるらしいしなあ」
 加藤も首を捻って言うと、床を熱心に調べていた真が付け加える。
「室内に馬が歩いた痕跡は一切ねぇな。それに魔法を使ったにしても、まったく痕跡無しで行える程に万能なしろものでもないしな?」
「この事件を人が行なったと考えると‥‥」
 飛鳥祐之心(ea4492)が腕組みし、俯き加減に己の推理を口にする。
「まず屋敷の人間に気付かれることなく侵入し、被害者を連れ出す。然る後に外部で落馬死させ、色々な傷跡を付ける。その後、屋敷に遺体を戻し衣服や部屋をきちんと整え、犯人は屋敷から逃げ出す。‥‥俺が考え付くのはこれぐらいだろうか」
 そこで言葉を区切り彼は首を起こした。
「この犯行を行なえるとすれば、高い技術を持った隠密の者ぐらいか‥‥?」
 果たして江戸中を探してそれだけのことを痕跡も残さずにやってのける忍びがどれだけいるだろうか。魔法や術の場合でも、家人にまったく異変を感知されずにとなると現実的には考えにくい。黙って聞いていたクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が思わず乾いた笑いを漏らす。
「はっは。何か受ける依頼間違えたかね?」
 李と加藤、嵐らが隠し扉の類などを丹念に調べ上げるが矢張り怪しい点は見られない。嵐も落胆した様子で嘆息する。
「分りやすく抜け道だとかがあれば、色々と楽なんだが‥‥そんなわけもないか‥‥」
「それこそ些細な事で良い。いつもと少しでも違う事があったとすれば、それが何かの手がかりになるかもしれないからな」
 飛鳥は屋敷の周辺へ調査の手を伸ばしている。ただ、屋敷の外に関しては事件から日が経ってしまっているため、何かしらの痕跡の見つかる期待は薄いだろう。喪も成果は上がらず疲労が濃い。
「こうなると、犯人は人ならざる者‥‥という可能性も考えたくもなりますね。見たところ、そういうものを呼び寄せるような品物もないようですが」
 現場の検分では手掛かりは皆無。それと並行して外部では街での聞き込みも行われている。
 屋敷の仲間からは離れて聰暁竜(eb2413)は盛り場を流している。
「‥‥うまい儲けの口を知らないか」
 仕事を持たない破落戸を装い、ゴロツキ連中の輪に紛れ込む。他愛ない話を交えながらなので時間は掛かったが、酒が進むにつれ目当ての話題も耳にするようになる。
「‥‥‥‥‥‥なるほど、興味深いな」
 世間体を考えてのことか、男の死は噂されているものの落馬死だとまでは外には洩れていないらしい。一族は古くからこの地を治めてきたらしく、それなりの尊敬も集めている。死んだ男が恨みを買う理由は見当たらない。
「近頃では奉行所も何かと動いてるようだが、熱心なことでまったく頭が下がるな。お互いうまくやりたいものだな」
 一方で。
「該者について調べられるだけ調べてくれ」
 風斬乱(ea7394)も同じく行動している。情報屋だという男を見つけて金を掴ませ、依頼人の一族や死んだ男について調べさせる。
「旦那、御代の方なんだがね‥‥」
「足りぬならそれに見合ったモノを持ってこい。蛇の道は蛇、情報に見合う金を請求する情報屋は優秀だ。だがモノがないうちは俺の眼には叶わないぞ?」
「へぇ。まあ秘密にてぇ約束は守りますよって」
「ああ。長生きのコツはお互いに深入りせぬ事だ、俺もお前もな」
 彼ら聰や風斬らに遅れて、日没からは屋敷の冒険者達も外での聞き込みへ回る。同じく被害者の人となりを知るため、真と嵐も酒場を回る。だが仮にも領主の一族、下々の者のように町酒場へ出入りするようなことはなかったようだ。
「ちょっとした野暮用ついでに挨拶に寄ったら体良く門前払いされちまってな? 何かあったのかと心配になったんだがな」
 真が話に聞いたのも、聰に同じく当たり障りのない人物評だ。一族の由来についても尋ねたが、酒場に集まるような連中からでは肝心の話は聞けなかった。似たような死亡事件はこの近辺では起こっておらず、手掛かりは皆無。賭場では加藤も聞き込みを進めている。だがこちらも空振りだ。
 捜査の滑り出しとしてはほとんど最悪の初日を追え、翌日も捜査は続けられた。李も余りの手掛かりのなさに落胆の色を隠しきれない。
「遺体が発見された部屋には不審な様子もなし。家人からも有益な情報は得られず、ですか」
 結局検分でも聞き込みでも何も得られず、残す所のツテは遺体だけだ。遺体は家人が一度改めた後、当時と同じ服を着せられ離れに安置されている。遺体の顔面へは醜い擦り傷が刻まれている。加藤がよく調べると男の鼻は踏み砕かれたかのようにひしゃげて潰れている。
「酷い傷だが‥‥服装は何もおかしなところはないな」
 やはり見たところ何も不審な点は窺えない。そこへクルディアが女中からの聞き込みを終えて顔を出した。
「男が亡くなる前に口にした言葉も聞いてきたが、無駄骨だったな」
 根っからの武闘派のクルディアにすれば、頭を働かせる作業はどうにもまどろっこしく落ち着かぬようだ。
「おい、見ろ。この跡」
 加藤が皆を呼ぶ。遺体の服をはだけると、そこには生々しい傷痕。右の肩は脱臼したのか骨接ぎがずれ、背中には馬に踏まれた跡がしっかりと残っている。手綱を握っていたのだろうか、手にはしっかりとその跡が擦り切れて残っていた。
「確かに落馬特有の跡だな。俗に言う一本背負いという奴だな」
「と、言いますと?」
 怪訝な顔の喪へ加藤が身振りをまじえながら説明する。
「大抵の落馬は手綱を持ったまま馬の前に放り出される落ち方だ。下手な奴は顔面から落ちる。俺も前に同じような傷を負った奴を見たことがある。鼻の傷もおそらくその後に起き上がりを蹴られたものだろう」
 その後に踏まれたであろう傷が背中や足、指先など体の背面に幾つも見受けられる。加藤にはその傷痕から、男が落馬する光景がありありと浮かぶようだ。専門家が見るに確かにこの傷痕は落馬と見受けられるものだ。
「肩が外れているから、男は落馬後にも必死で手綱を握っていたようだな。初心者がよくやる間違いだ。結果としてそれが生死を分けたのか――」
「あ、あの、私デッドコマンド使えるので、その‥‥」
 イリス・ファングオール(ea4889)が遠慮がちに口にする。やがて皆が見守る中でイリスが魔法を詠唱する。やがて彼女の身を仄白い光が覆った。
「どうです、イリスさん?」
「落ちる‥‥って」
 ぽつりと呟いたイリス。誰もが言葉を失う。
「でも、何か変なんです。その、日本語得意じゃないから巧く伝わらないかもですけど‥‥何だかこの人の声じゃないような‥‥あ、でもそういう意味じゃなくて‥‥私にもよく分からないんですけど‥‥その‥」
「それにしても、家人から話を聞くに死亡した男に変化が見られたのはここ二十日余りのことらしいですね。何か心身を病んでいた原因となるものが分かれば手掛かりにもなるのですが」
 喪も得られた手掛かりを前に首を捻る。暫しの沈黙。ふとクルディアが口を開いた。 
「馬から落ちた様な死因だというがよ、その死んだ男は乗馬は下手だったのか?」
 すぐに家人へ話を聞くと、面白いことが分かった。男は武家の一族の男子でありながら武芸には劣っていた。こと乗馬の技術はからきしで、普段から馬に乗るようなことはなかったという。
「そもそも馬にも近寄らないような奴が落ちて死んだって言うなら、密室云々以前に怪しいもんじゃねぇのか?」
 その時だ。
「この背中の傷痕を見てくれ。馬蹄の跡だ」
 加藤が男の背中を指す。護蹄のため、馬の蹄には蹄鉄が使われる。歴史を辿るにこの戦国の世には我が国にもその技術が広まっている。だがこの跡にはそれがない。蹄鉄ではなく自然の馬の蹄だ。
「それだけじゃない、これは蹄の裏を焼いた特有の跡だな。蹄鉄から馬を特定できるかと思ったが‥‥やれやれ。これは100年も前に一般的だったやり方だぞ」
 その言葉に寒気がたちのぼる。クルディアが思わずその言葉を漏らした。
「こりゃあ‥‥ジャパンの『タタリ』とか言う奴かも知れねぇなぁ」


 こうして初動捜査は終わり、一行は屋敷の外で落ち合い今後の方針を話し合っている。酒場を手配した聰が仲間達を奥座敷へ案内する。皆が揃ったのを見計らって李が音頭をとる。
「それでは、互いに集めた情報を交換して今後の対策を立てましょう」
 各々が見つけた手掛かりと所見を述べる。報告が終わって最初に口を開いたのは風斬だ。
「殺した方法等は二の次だ、重要なのは‥‥この殺し、まだまだ続く。犯人は必ず目的を果たそうとする。そこが隙だ」
 死んだ男は領主一族の次男坊。乗馬の嗜みはなく、戦の経験もない。風斬が情報屋から掴んだのはそんな情報だ。だが飛鳥にはこれを殺しだと断定できるものとは考えられない。
「‥‥しかし、手掛かりは何一つ‥‥本当に亡霊や妖怪の仕業だとでもいうのか?」
「――呪い、か。あながち間違いとも思えんがな」
 不意に聰。隣のクルディアも黙って数度頷いてみせる。
「ならば似た様な感じの奴がもう一度被害に会う可能性も捨て切れねぇんじゃねーか?」
 死んだ男には年の近い兄が一人いる。親戚筋についてはまだ手が回っていない。というのも、男の一族は藤原家の後裔で、家系図から詳しいことを調べるとなると一介の冒険者の手に余る。漂い出した重苦しい空気を振り払うように嵐が咳払いする。
「そんな簡単に分かるわけもないか‥‥だが、そこにあるのが闇ならば、払うしかあるまい」
 嵐は寺社を回って伝承を調べたが徒労に終わったようだ。馬に関するもの、土地に関するもの、この事件に関すると思われるものは見受けられなかった。ただ一つ気になったのは、この地に断片的に伝わる戦乱の記録だ。
 それについてはイリスも同じく話を聞いてきている。
「百年も前に武蔵国で大きな反乱があって、この土地からも討伐の兵が集められたらしいです。この家のご先祖様も戦ったって。確か、反乱の首謀者の名前は‥‥」
「――平将門というそうだ」
「知らぬ名だな」
 百年以上も前の古い記録だ、今まで広く知られていなかったとしても無理はない。この土地に伝わっているのもかなり断片的な伝承で反乱の規模やその経緯などは窺い知ることはできなかった。ただそれなりに規模の大きな乱だったようだから、各地には断片的に記録が残っていることもあるかも知れない。
「この一件、遅れを取れば、大事に発展するやもしれん」
「外部に漏らさない、ということを遵守して調査のためにある程度のことを情報として使うようにしますか」
「あー、情報を流すのは勝手にできねえんだな之が。まずは依頼人にスジ入れて来いや」
 喪の提案にクルディアが異を唱える。すると今度は風斬がこう口にする。
「依頼人は役場ではなくギルドに話を持ってきた。うまい話には裏がある‥‥」
「私も何で落馬死の事を奉行所にも秘密にしなきゃいけなかったのか、気になります」
 イリスは依頼人へ何か隠していることがないかと掛け合ったが、依頼人にも嘘をついている様子は見られない。嵐も疑問を抱きつつだがこう纏める。
「何故、公に知られてはならないのか、疑問であるが‥‥今は真実の追究を優先させよう」
 ふと、沈黙を破って聰。
「いくら謎の多い事件とはいえ、役人に届けずギルドへ依頼をもってきたこと。外部へ漏らさないことを徹底した、依頼人の意向。ここから推測は可能だろう」
「というと?」
「殺された男にも何かしらの疚しいことがあったということだ。仮にも武家の子息であるのに武芸に劣っているばかりか、それで落馬などという無様な死に様では外聞が悪いということもあるだろう。しかもあのような変死であればなおさらだ」
 領地自体はさほど広くはなく、近辺でも変わった事件などは起こっていない。それだけに領主一族の変死などが公に知れればあらぬ誤解を呼ぶだろう。
「無論、別に思惑なども働いているのかも知れないが。ただ、それらを追求しても始まらない。多少の好奇心は疼くが、それを抑えられぬほど愚昧でもない」
 棘のある口ぶりだがその言は的を射ている。イリスが呟く。
「でも、何か悪い事が起ころうとしている気がして‥‥。もし、那須の時みたいな大きな事件かもしれないなら、人は人と協力しないとです。‥‥少しの名誉の為にたくさん命が失われてしまう事だって、あるんですから」
 苦い記憶を思い起こしながらイリスは俯いたきり口を噤んだ。こうして今回の捜査はいったん切り上げられることとなる。冒険者達は揃って店を後にする。クルディアがため息混じりに呟いた。
「きなくせぇ感じを受けたからこの話を請けたんだがねぇ。まぁ勘が当る事を祈ろうか」