【腕】

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月23日〜10月30日

リプレイ公開日:2005年10月31日

●オープニング

 東国のとある地方領主の一族で起こった変死事件。男の死因は、密室での落馬死。冒険者達の捜査でもその状況を覆す証拠はなく、その異常な状況を肯定する証拠が次々と発見される。
 反って謎は深まった。その異常な死の状況を裏付けるものは、冒険者達の理外の代物。それはまるで祟り。
 藁をも縋る思いで地方の伝承を調べた冒険者たちは、百年もの昔にこの地も含めた武蔵国で大きな反乱があったという事実に行き当たる。首謀者の名は平将門。そして。死んだ男の体に残った馬蹄の跡というのもまた、百年も昔の様式のものであった――。


 冒険者たちは初動捜査へ正攻法でもって当たった。だがこれといって手がかりは得られず、如何にして挽回を図るかが要となる。
 将門の乱に関する記録は殆ど残されておらず、これを調べるには東国中に点在するであろう郷土資料の一つひとつを当たらねばならない。そしてそれは実質不可能だ。どこから「当たり」が出るかも分からず闇雲に探そうにも、時間は無限にある訳ではないし、当たりとはずれの区別もつかない。如何に絞込みを賭けるかが鍵となるだろう。
 似たような事件の可能性を当たって領地で聞き込みを行ったものの成果はあがっていない。更に聞き込みの範囲を広げる、または江戸のような主要都市に移すという考えもある。その場合は、頻度、発生地域、関係者の背後関係など何かしらの共通点を探るのが定石だろうか。だがお上もそのような異変があればとうに気づいているだろう。何か冒険者達だけが取りえる視点でもあれば話は別だが‥‥? 奉行所と連絡を取り合うという提案も出ているが、現時点では依頼人の要望である「外部に漏らさずに解決する」という点から保留となっている。そもそも怪しげな冒険者と協力することに奉行所の利がない。考えなしに話を持ち込んでも取り合っては貰えぬだろう。
 残りは――消極的な案だが――また一族の者が狙われる可能性に賭けて屋敷を護衛するというもの。屋敷の者には護衛や下働きなどの身分で出入りする許可は簡単に取り付けられたが、これは完全な後手。事件の真相が分からぬ以上、事件の進行に手をこまねいているしかない。何よりこれが現状では最も堅実な策だというのが、一番の問題だ。
 総じて状況は八方塞。これを打破するのは思う以上に難しそうである。
「‥‥こういう状況こそ、冒険者である皆様方の力が必要とされるとき。皆様方には期待しております」


 --------------------------------------------------

「さて、それじゃあ定例報告と行こうか」
「我々奉行所としても、この連続殺人を見過ごす訳には行かない」
「そうだな、例の『呪い』の線から聞こうか。家系図とやらを調べて何か分かったことでも?」
「それが‥‥‥‥、何も」
「は! 言わんこっちゃねぇ」
「返す言葉もありません」
 奉行所の調べでは例の首切りの被害者の家系を探ったが、一切収穫ナシ。掠りもしない。そもそも一族の出所の不肖な者もいて、まるで話にならなかったようだ。
「さて、その間に進行しただけで‥‥」
「さらに、9件」
「それより気になるのが‥‥」
 男がそこで言葉を区切った。別の声が続ける。
「ああ、それは俺から報告する。例の首切りと関係あるかどうかは、まあ勘なんだがな。寝てる間に腕もってかれるって気味の悪い事件が数件」
 江戸近辺でそんな怪事件が数件報告されている。やはり一つひとつの事件間に関係性は見られない。一つだけ共通点。例の首切り事件と、発生時間がほぼ重なっているのである。
「それとこれは関係があるかはまだ何ともいえませんが、ここ暫くの間に辻斬りや殺し、押し込み強盗といった類の事件が増えているようです。昨今の不安な世相が反映されたものといってしまえばそれまでですが――」
「よいか皆」
 ひときわ低い男の声。
「一度、この一連の事件に対する認識を白紙に戻そうかと思う。このまま手をこまねいて事件の進行を野放しにはできない。何か解決の糸口はないか、これまでのどんな些細な情報も洗い直し、見過ごしていた共通点はないか。すべてを最初からやり直す。いいな」

 --------------------------------------------------

●今回の参加者

 ea0270 風羽 真(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0561 嵐 真也(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea0914 加藤 武政(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2001 クルディア・アジ・ダカーハ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

鋼 蒼牙(ea3167)/ 神楽 香(ea8104

●リプレイ本文

 江戸、秋葉町。
「‥‥何か切っ掛けができりゃあなぁ?」
 風羽真(ea0270)は知人の家を訪れていた。依頼は八方塞。そこで知人の鋼蒼牙が妙な怪我をしたという話を聞き、少し気になって仲間を連れて話を聞きに来ている。
 酒を酌み交わしながら話を聞くと、鋼は寝ている間に身に覚えのない傷を負ったのだという。同行した風斬乱(ea7394)も同様の不思議な体験を経験している。だが二人ともこれといって心当たりがなく、首を捻るばかりだ。
「何か酷く疲れる夢‥‥ねぇ?」
 唯一の手掛かりは鋼の証言。風斬の体験もやはり同様のものだ。
「引っかかるのだが、どうにも思い出せない」
 その晩の夢のことは風斬には思い出せなかった。横から加藤武政(ea0914)が口を挟む。
「まあ、あれだよ、あれ。もし亡霊ならどうせそのうち向こうから出てくるでしょ、ほら、化け物は人間食ってなんぼだから。対象は今のところヒューマンのみと来れば、敵も元人間ぽくない?」
 空になった杯へ酒を注ぎながら加藤が口にした。酌み交わしながら真が肩を竦める。
「‥‥『元』、ねえ? 仮に怨霊やらの仕業だとして、依頼人になんて報告したもんかね」
 依頼人の屋敷へは飛鳥祐之心(ea4492)が出向いている。
「今度は怪奇現象として考えてみるべき‥‥かな?」
 これまでの推理を放棄し、飛鳥は別の観点から再度捜査に手をつけた。飛鳥は周辺の聞き込みに、同行していたクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)は同じ観点から家系と屋敷の位置との調査。屋敷の立地に特に因縁めいた由来は見られない。家系は藤原家の後裔とあって、元を辿れば奥州藤原氏の祖とされる藤原秀郷の傍系を自称しているようだ。
「これ以上は奥州の本家の蔵でも調べねぇと無理か」
 やがて調査を終えると、二人は問題の部屋へ魔除札を張って回る。物は試しと、二人はこの部屋へ寝泊りするのだ。
「正直良い気はしないが‥‥一族や個人への呪いではなく、部屋自体に何かがとり憑いたとも考えられるからな」
「ま、家系に問題があるならば、俺達が張り込んでも無駄だろうがね」

 嵐真也(ea0561)らは江戸の池袋村へと飛んでいた。
「いかんな、出遅れたか‥‥無理を押し通すしかないか‥‥」
 暫く前に平将門の資料が見つかったとギルドで噂になったことがある。現地で起こった辻斬り事件の捜査中に村の古い蔵から発見されたのだそうだ。聰暁竜(eb2413)が聞く所では辻斬りはお宮入りとなったとも言われている。藁をも掴む思いで一行は古文書を当たっていた
「何もせずに頭を捻るよりは、いくらかマシだろう」
 そこへ墓参りに行っていたイリス・ファングオール(ea4889)が戻ってきた。
「やっぱりこの辺りのお墓、何だかちょっと変な感じです」
 犠牲者の墓へ地道にデッドコマンドを掛けた所、気になることが分かった。
 その違和は、最初は対象者が殺人という非業の死に様であった故かと思われた。埋葬された死体の幾つかの今際の声は、イリスがこれまで『聞いて』きたものとは異質な声であった。まるで小領主の屋敷で聞いた変死した男の時のような。そうして調べていく内にイリスは決定的な声を聞いたのだ。
「‥その‥‥‥『将門様‥‥』って‥」
「―――捜査範囲を広げるべきだな」
 聰が呟いた。
 二つの事件は同一犯――といってよいものか分からないが、少なくとも同じ原因によって引き起こされたと考えられる。密かに各地で大規模な殺害がゆるやかに進行しているのは間違いない。嵐が頷く。
「正攻法は通用しないと見るべきか‥‥ならば、思い切って動いてみるべきか」
「‥‥あの私、犠牲者の方のお墓にお祈りを捧げてきますね。ちょっと複雑で、嫌な話ですけど‥‥でも‥死者の心が安らかでありますようにって」
 イリスが十字のネックレスを握り、嵐も数珠を手に頷いた。ただ聰だけは旅荷を纏めて池袋村を後にする支度を始めている。振り返った嵐へ彼は答えた。
「‥‥‥少々気に掛かることがある。悪いが先に行かせて貰う」

 江戸では今も瀬戸喪(ea0443)が聞き込みを続けている。
「前回が何もできずに終わってしまいましたからね‥‥何かしら見つけられるといいんですけれども」
 女装して素性を隠しながら酒場筋を回った喪が耳にしたのは、ある不気味な噂だった。
「目覚めた時に身に覚えのない怪我を負っている、ですか」
「噂じゃそれが元で布団の中で死んじまった奴がいてよ、しかもそいつの耳や鼻が持ち去られてたって話だぜ。それよりアンタ、何でまたそんな話を?」
「いえ。ちょうど私の知り合いにも似たような目に遭った方がいらっしゃいまして。ご存知でないのでしたら良いのです」
 江戸といっても広い。噂話というより怪談めいた与太話、それ以上の成果は得られなかったが喪は八百八町を当て所なく彷徨う。それは酷く鈍い足取りだが、冒険者達は確実に真相に近づきつつあった。
 鋼の話を聞いた加藤は気に掛かることがあって江戸の大手町を訪れていた。別の依頼で知ったとある社が、昔の武将の首塚だと言われてたのを思い出したのだ。
「やっぱり、これがそうだったかよ」
 社の由来に纏わる資料を洗いざらいした所、遂に決定的な証拠が見つかった。この社こそは平将門の首塚。討伐軍に討ち取られた平将門の首は、将門が手にしていた神剣・草薙の剣と共にここに埋められたとされている。
「アレだよ、こういうのは必ず呪われた魔剣とか、埋葬された銘刀とかがセットだと思ったんだよな。有力な手掛かりは俺が一番乗りか。‥‥も、燃えてきた!!」
 ただ、一緒に見つかったという剣が偽物だったのが少々気に掛かるが。
「しっかし」
(「居るかも解らない妄想に近い相手を探し歩いてる俺もやばいカナーと思わなくも」)
 事件の輪郭はじわじわと浮き彫りになりつつある。その影にちらつくのは、いまだ謎に包まれた伝説の武将、平将門――。
 江戸では風斬もまだ聞き込みを続けている。
「目には目を歯には歯を幽霊には幽霊か‥‥さりとて俺には幽霊に知り合いはいないがな」
 風斬が苦笑交じりに呟く。彼は市子のあてを探していた。市子とは霊を下ろして口寄せを行う巫女、風斬は将門の霊をおろさせて直接話を聞こうというのだ
「故人の形見でも御座いましたら、百年でも二百年で昔の方でも下ろして差し上げましょう」
 江戸のとある神社の巫女が口寄せをできると聞き、彼はそこを訪れている。本当に霊などをおろせるのかというと怪しい所だが、試すだけなら迷う理由もない。
「なぁ、生きている限りは死んだ奴には勝てない、だがしかし‥‥何、浪人の戯言だと思ってくれ。なに、実際に会って見たいだけだよ、昔の猛将とやらに」

 翌日。
 依頼人の屋敷に泊まっていた飛鳥とクルディアは使用人の声で目を覚ました。
「‥‥しかし、何事もなかったか」
 飛鳥の声に落胆の色が混じる。クルディアが眠い目を擦りながらボリボリと髪を掻き毟った。ふと気づくと腕に小さな摺傷ができている。
「あー。やれやれ、寝てる間にどっかで引っ掻いたかね」
「大丈夫か? それにしてこんな部屋で寝るものじゃないな。全然眠れた気がしない」
 落ち着いて眠れなかったのか二人とも目の下に隈を作っている。作戦は失敗したかに見えた。だが後になって二人は奇妙な事実を知る。昨晩貼り付けておいた札がいずれも燃え尽きて灰になっていたのだ。
「怪奇現象か‥‥。さて、こんなものにどうやって切り込めばいい?」
 事が理外の現象とあれば、生半にはいかない。真相に迫る手立てを如何にして集めるか。その一つは、江戸の黒崎流(eb0833)の手で冒険者へもたらされようとしていた。
「話の分かる同心だって聞いてきたんだけどな」
 酒場に入ってきたその男を見止めめて、流が向かいの席に腰を下ろした。怪訝な顔を返した男へ流は杯を差し出した。
「ちょっと一杯奢らせて貰えないか?」
「初見の人に奢られる理由は思い当たりませんが」
「怪しい者じゃ‥‥って言って信じて貰える風体でもないか。今はこんなだが自分も昔は西国で武士をしてたんだけどな」
 男の探るような視線を、肩を竦めてさらりと交わすと、流は切り出した。この東国である男が変死――否、惨殺された。依頼のことは伏せつつこれまでの経過をぼかしながら伝える。
「独自の伝を使って調べた所、ただの殺しでは無い様なのが分かった。被害者の最後の声‥‥思念は別人の様だったそうだ」
 男の眉がピクリと動いた。だが男は押し黙ったままだ。流が先を続ける。
「この事件、どうも百年も昔の怨念が関わっているらしい‥‥っと、これ以上は話せない」
「興味深い事件ですが、私の口から何もお話しすることは――」
「――お互い深く干渉せず、これから協力できないかな?」
 流の目がじっと男の瞳を覗き込んでいる。
 暫しの沈黙。
 男が杯を手に取った。ぐいっと一飲み。空けた杯を男は卓へ置く。顔を上げた男の視線が重なると、流はそれに目配せを返した。

 池袋村では、調査の終わりに嵐らが辻斬りの犠牲者を弔った四面塔を参っている。
「今は眠れし霊に、敬意を表して‥‥」
 深く祈りを捧げて、嵐が顔を起こした。イリスもその横で十字を切る。
(「阿紫が残した爪痕から、江戸の周りは悪い方にばかり転がって居るような気がします。‥‥早く、どこかで歯止めをかけないといけないのに‥もどかしいです」)
「‥‥タタリ‥って言うのは簡単ですけど、原因を探して‥‥止めないと」
 古文書によると、この地は864年冬に平将門と討伐軍との戦場になったとされる。そのような歴史は現在には伝わっていない。これが真実であれば歴史的発見だが、余りに突飛な話であるのもまた事実。まだ他にも各地の資料や史跡を探す必要がありそうだ。
「歩けど歩けど闇の中。益々持って分からなくなってきたか。それでも、前へ進むだけだ」
 将門の生い立ちなどについての資料がほしいが、全くといっていい程に見当たらなかった。特に気に掛かるのは、将門がどのような末路を辿ったのか。逆賊として打たれたの出れば相当に悲惨な末期であったのは想像に難くない。ふと脳裏に近頃噂に上がった事件のことが過ぎる。首斬りの事件と、腕を持っていかれるという怪事件。これらが本当に将門に由来しているとするのなら。
「次は、足かね」
 雲を掴むような話であはあったが、その外堀を埋めるように冒険者達は歩を詰めていく。そんな中、鋼の話を聞いた真は、まだ釈然としない気持ちを抱えていた。
(「鋼は、遠来姫絵巻のモエギ姫の絵姿を見て何かを思い出しそうだと話していた。モエギ姫は将門の縁者。ここでもまた将門か‥‥」)
 だが被害者全員が将門の乱に関わった者の血縁というのは少し考えにくい。では?
「‥まさか‥‥生まれ変わりとでも言うのか?」


 ――同じ頃。
 仲間を離れ、聰はひとり東国を歩き回っていた。古文書によると池袋村を発った将門の軍勢は南南西へ向かったという。それを頼りに期間の殆どを移動に費やし、池袋村から多摩へ。そこから武蔵の外周を掠めるようにして上野まで。道々で噂に耳を澄ませると昨今の危険な世相のせいか暗い話題が多い。大妖復活の兆しなどといった他愛もない噂がまた流れ始めているようだ。
 そして最後に聰が辿りついたのは、上州は新田郡。その外れの小さな村に、百年の昔の武将の首塚があるという。訪れたそこはとうに朽ち果て、荒れきった古い祠であった。そこに祀られている武将の名は。
「ここにも将門の‥‥首塚‥‥?」
 それは『二つ目』の首塚。そう、聰は多摩でも同じように将門の首塚と伝わる小さな社跡を見つけている。いずれも将門の首と神剣を祀ったものだという。多摩の社は随分前に暴かれており、手掛かりになりそうなもの見当たらなかった。だがこちらはまだ手付かずの様だ。
「歪ながらも手掛かりは得た。後は如何にして真相に切り込むか、か」