●リプレイ本文
急報を受けて駆けつけた黒崎流(eb0833)らが登山道を山頂へ急ぎ始めたのは、日もだいぶ傾いてからであった。
「詰めが甘い癖は直らず‥‥か」
願わくば最後の大詰めだけは誤りたくないものだ。瀬戸喪(ea0443)がふと遠く江戸を振り返る。
「富士が噴火してしまったらどれだけの被害が出ることか。大火もそうでしたが災害というのはどのような形であれいい気分ではないですから」
「風が志士の一、馬場奈津(ea3899)。先の寛永寺での調伏に関わった縁によりまかりこした。それに、白面とは多少の因縁もあるでな‥‥」
那須動乱から狐を追っていたという老婆は老獪にニタリと笑う。彼等は山頂の九尾を打ち倒すための精鋭部隊。山道に立ち塞がるセンは同行の道志郎達が引き受け、彼等の援護を受け守りの薄い所を突いて精鋭での突破を図る。土地勘のある飛鳥祐之心(ea4492)が先導して最後の斜面を駆け上がる。既に日は没し、月が見え始めている。狐の時間だ。惑乱の月の魔力の高まりと共に山頂には妖しい魔力が立ち込めだす。そんな中、火乃瀬紅葉(ea8917)は江戸の仲間達に見送れらてこの精鋭達の仲にいた。
「何故かはわかりませぬが、紅葉は再び白面の野で九尾と対峙せねばならぬ、そう強く感じましたゆえ」
異変は山頂まえ後僅かという頃に起こった。紅葉の脳裏に自分のものではない誰かの記憶が過ぎりだす。それは将門の呪いの夢の中で体験した様々な出来事の記憶。将門旗下、姫将紅葉の魂と記憶――。
「?‥‥紅葉は確かにあの時、白面の野で」
山頂で渦巻く強い霊気。その主はもはや疑いようもない。将門の存在を感じ取って冒険者達は身を震わせる。炎の老格闘魔法使いジィ・ジ(ea3484)も眠れる記憶を呼び起こしている。
「あぁ! あの頂に近づくほどに思い出してまいりましたぞ! 今回は場を富士山頂に移しまして『白面野の決戦、ふたたび』ですな」
「将門公、ミズク様‥‥今参ります!」
七神斗織も大神沙月としての記憶を手繰り寄せて同調する。これまで夢幻の世界を戦った者達へ、次々と長い悪夢の記憶が呼び覚まされた。だがそれは不快な間隔ではない。それどころか、どこか懐かしくすらある心地だ。飛鳥もまた、将門の乱を戦った分身たる日高雄之真の気配を感じてそれに身を委ねた。
「意識が‥‥なら、貴方に任せる‥‥必ず止めてくれ‥‥」
全ては将門の剣の下に。彼等が山頂へと辿り付くと、今まさに九尾の本性を現した玉藻と、将門の霊とが対峙する最中であった。はじめてその姿を目にする馬場と喪が思わず息を飲む。
「あれが‥‥将門公か!!」
「こんな形で昔の武将にお目にかかることになるとは思いませんでしたが」
火口を背に神剣を守る九尾と、正面から対峙する将門。風斬乱(ea7394)が将門の横へと並んだ。
「まったく、将門‥‥また一人で戦うつもりか? 俺を、仲間をもっと使え‥」
闇鳩嵐としての侵食を引き受け、将門の友として並び立つ。
「さぁ、ミズクを助けるぞ」
「九尾――否、ミズク嬢か。また尻尾など生やして‥‥しようが無いな。その剣は将門様の御許にあるべきであろうに」
苦笑混じりに流も続く。乱がニヤリと不敵な笑みを覗かせた。
「狐、また会ったな‥‥返してもらうぞ‥‥勿論お前自信もな」
時を超えてここに今再び将門の軍は集った。同じ夢を描き、共に戦ってきた仲間達。それは眼前の九尾に侵食されたミズクも同じ。かつての仲間が道を踏み違えそうになっている。
「ならば、全力でそれを止めてやるだけだな」
最初に飛び出したのは喪だ。九尾へ繰り出すのは必殺の居合い。喪ほどの手練の技を見切るのは困難。不意を突いた一撃でしとめる胎だ。だが喪は認識の甘さを思い知らされる結果となった。
ミズクの能力により居合いはいとも容易く見切られた。不用意に飛び込めば喪のように成す術なく餌食となる。クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が斃れた喪を一瞥すると野太刀と十手を構えて突進した。
「入って来るなよ危険だぜ?」
それと時を同じくして駆け出していた者がいる。飛鳥だ。その心は日高と共にある。
(「またこうして将門様の元に‥‥ミズク様を取り込んだ九尾も‥」)
「彼らは俺達に光を与えてくれた‥だからお前の様な者にこの国をっ、ミズク様を好きな様にはさせないっ‥‥絶対にさせねぇっ!!」
だがそれをもってしてもクルディアの太刀が九尾の腹を掠めただけだった。傷は浅い。
「無駄です‥‥私の眼の前では小細工など無用」
逆に飛鳥が脚に傷を負って膝を付く。クルディアは尚も太刀を振るうがその瞳には狐の姿は映っていない。月の魔力で植えつけられたまやかしの九尾の像を追ってあらぬ所で剣を振り回している。
今宵は月夜。時は狐に味方している。次に九尾は将門へ視線を向けた。刀根要(ea2473)それを遮るように進み出る。
「ミズク――いや、九尾。将門の兵の要として、蒼天の要として。その目論見を絶つ」
その身を固めた闘気は盾となり、それを構えた要が将門への攻撃を阻まんと立ちはだかる。将門の傍には流と乱が控えている。
「連中は絞れるだけ絞るしかしない、と国司に背き追われる身となった玄明様を匿われた。実に面白き方‥‥今一度、我が剣はその下で振るいたく」
剣は将門の下へ。在るべき場所へ帰す。乱も将門の剣たる闇鳩嵐の魂を乗せて刀を振るう。
(「アイツが後ろにいれば、俺は剣として前に突き進める」)
「吼えろ、狐! 俺に会ったのが運の尽きだ」
二人がかりでの攻撃だが、狐の素早さに加えてミズクの眼を持った九尾を捉えることはできない。二人もまた雪原に血の華を散らした。
飛鳥の叫びが雪原に木霊する。
「聞こえるか、ミズク様っ! 九尾の謀略を止める為、貴方をこれ以上苦しませない為に将門様が‥‥皆が来たっ!! 貴方も‥‥あんたも戦えっ、九尾を止める為にっ!!」
「あの時、将門様にひかれ、共に歩んだ我らの観た夢は、日ノ本の未来ではありませぬか。それを壊そうというこの企て、本心とは思えませぬ」
紅葉も悲痛な叫びを上げるがその想いはミズクのもとへは届かない。
「おのれ白面!!」
馬場が矢継ぎ早に銀の矢を撃ち込む。九尾が飛びのいた所へ飛鳥が足を引き摺りながら重い剣撃を見舞った。またしてもミズクはひらりと躱わして見せ、狙いを外した刀は足元の雪を舞い上げた。尚も冒険者達の攻撃は止まらない。要がすぐ鼻先まで間合いを詰めている。
「そちはミズクか? 大妖か? 主を傷付けること、私は認めぬ。過去も現在も私の心は折れぬ」
答える代わりに冷たい眼で見下ろすと九尾は爪を振り下ろした。それを要の盾が押し留めたその、瞬間に。
示現流のは二ノ太刀要らず。から竹を割るかの如く脳天へ渾身の一撃を叩き込む。
「蒼天が一矢、此処にあり!」
しかし力の差は歴然。大振りの一撃を躱わすことなど九尾には造作ない。冒険者はこのまま成す術なく九尾に敗れ去るのか。否。この瞬間に雪原へ舞い出た忍びがいた。所所楽石榴だ。
「僕の舞の相手をしてくれないかな?」
鈴の音に似て鉄扇が音を立てて開き、石榴は踊るように雪原を跳ぶ。一息に間合いを詰め、それを九尾の腕を目掛けて振り下ろす。
「ここ一番の大舞台‥観衆にちょっと人が少ないけど‥‥ううん、ここは日ノ本で最も天に近い場所。この国の民全てが僕の観客だね。一世一代の舞を、――ひと指し舞って見せようか?」
それは忍び達の作戦開始の合図。それに合わせて仲間達が一斉に動いた。
それは一刹那の攻防であった。剣を奪取せんとする忍び。九尾を討たんとする冒険者。それを九尾はただの一手で覆した。突如として辺り一面に濃い闇が立ち込める。
馬場の叱咤の声が飛ぶ。
「躊躇うでない! ミズク殿を白面より解放するのじゃ!!」
しかいその闇は如何なる光を以ってしても見通せない。ようやく正気を取り戻したクルディアは観念したかの様に十手を放り投げた。だがその口許は笑みの形に綻んでいる。手立てのないこの圧倒的窮地に喜びすら覚えつつ勘と音を頼りに太刀で風を切る。だが真実を見通す瞳と良く効く鼻を持った九尾の圧倒的有利。クルディアを一方的に九尾の爪が襲う。
流もまた刀を捨てて地に伏せ、気配を殺して九尾の位置を探る。
(「‥‥高館での敗戦はこの直衛が失策。なれどせめて、これだけは意地に賭けて」)
暗闇に飛鳥の声が木霊した。
「貴方に惹かれてたのかは俺にも良くは‥‥‥だが貴方の近くに居て、貴方は将門様を誰よりも心から慕っていた事は常々感じていた! それを微笑ましく思っていたし‥‥何よりも素敵だと思っていた。俺は貴方の元に就けて嬉しかった!」
「飛鳥殿、無闇に声を出して位置を悟られればむざむざ白面の餌食に――気をつけるんじゃ、奴の呼吸音はすぐ傍まで‥!」
馬場の警告も虚しく闇の奥で飛鳥の呻きが洩れ聞こえる。馬場の察知した九尾の呼吸音は再び飛鳥から距離を取った。飛鳥は苦痛をも意に介さず声を振り絞った。
「‥‥だってのに今は九尾が全て邪魔をする‥‥悲しすぎるじゃねぇか、こんなのっ!! 目ぇ覚ませっ、そんで皆で笑って帰るんだっ!!!」
紅葉もまた暗闇に声を張り上げた。姉に結って貰った髪に触れ、勇気を振り絞る。
「離れていても、紅葉は一人ではありませぬ。きっと、それが人の強さ‥‥紅葉と紅葉、想いは倍。姉様達の想いも背負った、その力は無限大にございまする!」
沈黙。答えはない。辺りを静寂が包んだ。それを破ったのはジィの歌声。
旭日を背に立ち 見上げる守護神
居並ぶ武士(もののふ) 従えし者
神なる剣(つるぎ) 振るいし者
彼の者に集うは 当千の強者(つわもの)
彼の者に寄り添うは 一人の巫女
共に願うは 天下の勲(いさおし)
打ちてし止まん 倒れずに
打ちてし止まん 立ち続け
そは守護神と共に そは護るべき者のため
あらん限りの声でジィが歌い上げる。そこの宿る言霊がミズクの魂に届くことを祈って。紅葉も尚も呼びかける。
「お止め下さいませ、ミズク様‥その力で――沈む日ノ本は見えておりまするか?」
(「無駄だぜ‥‥こうなったらもうどっちかが死ぬまで決着はつかねえよ」)
クルディアが奥歯に仕込んでおいた小さな皮袋を飲み込んだ。中には少量だが薬液が入っている。
(「来い‥‥弱ったと思って油断しやがったらそれが命取りだぜ」)
突如。ゾクリとする気配がしたかと思うとクルディアの背へと爪が深く肉を抉った。その瞬間が勝機。無造作に伸ばした手でクルディアが背後の九尾の脚を掴んだ。後は単純。残り全ての力を乗せて九尾の腹目掛けて太刀の突き。ミズクの力で危険を察知して咄嗟に躱わそうとした九尾だが、一瞬の遅れが命運を分かつ。流が尾の付け根に短刀を突き立てたのだ。九尾は後ろ足で踏みつけるが流は刃を止めない。
「女性の尻尾にしがみ付いた罰として多少の傷は我慢するが、悪いけれどこれだけは離せないな」
クルディアの太刀が深々と腹を貫き、流の短刀が尾を半ばまで切り裂いた。九尾の悲鳴が木霊する。玉藻は死力を振り絞って二人を跳ね除けた。ふわりと闇の中を舞い、距離を取る。火口を背に九尾は態勢を立て直す。その算段は予想外の攻撃により脆くも崩れ去る。その背後から九尾目掛けて刺客が飛び掛った。
聰暁竜(eb2413)はずっとこの機を窺っていた。登攀技術で道なき道を踏破し、想定外の位置から一撃を浴びせる。その手には将門の塚から手に入れた霊刀。それは半ばまで千切れていた九尾の尾を切り下とした。妖狐の尾は霊力の源。それを失い玉藻の霊力が揺らぐ。
(「前回は将門の無念を払うためにあえて捨石となったが、今日は違う。今ここにある危機は、今の時代の者達が抱えるべき問題。――霊の出る幕など無い」)
素早く体を入れ替えると、九尾の傷口を蹴倒しながら太刀を引き抜く。バランスを失った九尾は仰向けに仰け反りながら雪原を転げる。その先は――富士の火口。
「馬鹿な、数千年を生きたこの私が‥‥!」
「――――狐如きが驕るな。破滅を迎えるのは貴様の方だ」
鳴動する富士へ吸い込まれるように。断末魔の雄叫びを残し、九尾は火口へと呑み込まれていった。
戦いは終わった。中腹でも仲間達がセンを打ち倒し山頂へと駆けつける。その中には、夢幻世界で斉藤継信として戦った陸潤信や、久方士魂として戦った久方歳三の姿もある。
「御久しゅうございます!将門様」
「‥‥久方参上、諸君、久方ぶりでござるな。『七度生まれ変わり、盾となる』誓い、果たさせて頂かねば、義侠道不覚悟でござるからな」
下界の狐と鬼も退治され、九尾の陰謀は完全に潰えた。百五十年の時を経て将門の魂は白面の魔物を打ち倒したのだ。
「‥‥我が武士たちよ、礼を言う」
その体は透き通り、役目を終えて今にも消え入ろうとしている。馬廻り衆の風羽刃の魂を宿した風羽真が唇の端で笑った。
「じゃあな大将。‥思う存分、生き足掻いたか?」
「将門、お前に届くためにただただ刀の腕を上げてきた。次に見える時は、また覇道の道のりで。うかうかするなよ?俺はきっとお前より強くなっているぞ」
乱がニヤリと笑う。
将門が神剣・天の叢雲を手に取る。
剣はあるべき場所へと戻った。それは夢の本当の終わり。山頂を覆っていた将門の夢幻も宵闇の中に消え入ろうとしている。それは冒険者たちが夢幻の内に戦った泡沫の記憶をも道連れにし。掻き消えようとするその背に乱は呼びかけていた。
「俺の名前は乱(嵐)、闇鳩の字‥‥確かに受け取った!」
振りかえった将門は微かに微笑んだようだった。乱がそれに答えようとするが、その姿はそれきり風の中へと消えていった。
こうして将門の夢に端を発した一連の事件は全て幕を引いた。幕引きと共にその記憶は薄れ、色あせても。彼等の胸に残る想いがある。将門は百五十年の昔に戦乱の訪れを予見し、千年の王国を夢想した。九尾による日ノ本の危機は退けられたが、まだこの国には火種が残る。四候の対立はいつこの国を戦国の世に変えるとも分からない緊張を生んでいる。この日ノ本を戦火から守れるか否かはこの時代に生きる冒険者達の手に委ねられるのだろう。願わくば、将門の夢想した平和な世が、彼の遺志を継ぐ者達の手によって齎されんことを――。