【屍】
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月18日〜01月23日
リプレイ公開日:2006年01月24日
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●オープニング
その夜、飛鳥祐之心は言い知れぬ寝苦しさを感じて夜半に目覚めた。
「‥‥いけない‥」
随分とうなされたのか、その顔は憔悴しきっている。まるでさっきまで戦場を駆け回っていたかのように身も心も疲れ果てた顔だ。精魂尽き果てようかというその体を引き摺って飛鳥は身支度に手を伸ばした。やがて身なりを整えると愛馬へ跨り、飛鳥は夜の街へと駆けていった。
同じ夜。黒崎流は懇意となった同心と久しぶりに杯を酌み交わしていた。
「そうか。江戸城の金蔵も悲鳴をあげていて復興にとても手が回らない、なるほどね」
「ええ。なんでも今回の被害から立ち直る試算は数百万両を下らないとか」
復興基金は先日遂に二千両を越したが江戸全体を見れば焼け石に水だ。特に被害が大きいのは身分の低い町人たちである。救い小屋や炊き出しは行われているものの満足には
「新年を迎える前にももう随分死者が出ているそうですね。この調子で行けば千、いや万を数える日もいずれ」
巷では人買いや国抜けが横行し、野盗化する難民も少なく無い。源徳の威名が失墜するのを辿るように江戸の治安も降下線の一途。
「となると、やはり寛永寺の復興には官も手を回す余裕はないと見ていいだろうね」
「は? 寛永寺?」
「なに、こっちの話」
素っ頓狂な声を上げた同心へ目配せすると、不意に彼は眼差しを遠くへ向けた。
「例の変死から大火までの一連の被害は、江戸と言うよりもはや日ノ本への呪い。‥‥此方は解決の目処が立ったかも知れないが、霊が相手となると面倒もある様でね」
最後に洩らした苦笑はいつもの飄々とした流の顔。盃を持ち上げると一気に喉へ流し込む。
「犠牲者達の鎮魂と江戸の霊的守りが必要だ。ちと事情がややこしいが、協力して貰う事になるかもしれない」
その時だ。
「やはり呑んでいたか。黒崎、仕事だ」
酒場へ駆け込んできたのは冒険者仲間の聰暁竜。顔には出ないが身に纏う空気はいつもより張り詰めている。察した流が立ち上がった。
「分かった。どうもヤボ用のようだ。また今度呑み直そう、勘定はここに置いとくよ」
その夜、冒険者達は江戸のとある宿に集っていた。
「将門の夢が最後のときを迎えた」
飛鳥はさっきまで見ていた夢の内容を皆へ語って聞かせた。将門の軍勢が奥州平泉へ到着したこと。高館に夜陣を敷いた将門軍を、裏切った秀郷が奇襲したこと。
「なるほどね。で、肝心の戦況は?」
「分からない。だが、伝令の報告では山中に魔物が出たという話だったと記憶している」
敵は源経基、平貞盛、藤原秀郷の三軍。奇襲により2、3千ほどの兵を削がれたが将門軍は態勢を立て直し反撃に転じた。こうなれば地力に優る将門軍は難を逃れるだろう。だが脱出のその時になって突然の伝令。魔物の出現で敵の三軍は混乱に陥っているという。魔物は麓の将門の部隊の下へ現れたらしい。
将門の軍は当時の日ノ本で最強の軍。それを滅ぼせるとしたら、人ならざる魔。
「おそらく――」
将門がこの地で絶望と共に死ねば、その恨みは後世まで消えることがないだろう。流が呟いた。
「全てが将門の夢なら無意味だが、自分と同じ様な者達が他に居るなら‥‥」
「夢の結末も、或いは――」
飛鳥は夢の中の自分――日高宛に手紙を認めている。他の仲間達も軍中での立場を考えながら動き、いざという時の為に備えている。
「今がその時だ。行こうか皆」
冒険者達は歴史の真実と必然に立ち向かうため、再び夢の世界へと。
しかし将門の呪いの夢はただの夢ではない。そこで負った傷は現実のものとなる。そして次に夢見るのは、将門の最期となった平泉。行ったきり、生きては目覚められないということも十二分に考えられる。全滅だけは避けねばならない。仲間の一人が呟いた。
「‥‥ならば、一つしかあるまい」
冒険者が求める結果は、一連の事件の解決。そのために将門の恨みを晴らし霊を慰めること。その一つが夢の結果を捻じ曲げることならば、もう一つは現世に現れた将門の霊を鎮めること。
「寛永寺の件はまだ話がついていないが、もはや猶予はない。やるしかないな」
「そうだなー。時間があれば残りの塚を探すって手もあったかも知れないけど」
東国の地図に図面を引いて推理を巡らせているがまだこれという決め手は見つかっていない。
「ま、少ない手札ながらも何とかここまで騙し騙しで来たし、今更驚かないけど。夢の中で大立ち回りとかと比べたらまだ現実的だしさ」
「違いない」
これより冒険者が挑むは決死の二正面作戦。
いずれかが成れば冒険者の勝利。だがどちらも生半にはいかぬ茨の道。あえてその身を危険に晒し、死中に生を拾う覚悟がなければ成しえぬ厳しい戦いになるだろう。暗闇を手探りで進むような冒険者達の道程は、今夜、一つの結末を迎える。
●リプレイ本文
黒崎流(eb0833)は将門の騎馬隊を預かる将・黒崎直衛として夢幻の世界へ入り込んでいた。
(「さて。夢である事を『知っている』自分と将門の夢‥さて、何処までやれるかな」)
「騎兵隊、これより南下し護衛軍と合流する。ついてこい」
すぐさま配下の騎兵八百へ号令を下す。ふと戦場の端に友軍の久方士魂の盾兵隊。その先頭に立つ士魂へ流は眼差しを向ける。
(「頼んだぞ、久方殿」)
(「ああ。心得ておるござるよ。覚悟はできてござる」)
一瞬の交錯。雪空の中で二人の視線が固く結ばれる。
(「士魂として、歳三として、将門様を守る為に盾となる。確と承ったでござる」)
久方士魂――いや、久方歳三は夢世界の己を今確かに認識していた。眠りにつく前の流が舎弟を遣いに出し、辛うじて夢世界の事実を伝えることに成功したのだ。久方へ後事を託して流は馬を駆った。
「弓騎兵二百、久方殿の援護に残れ。残りは麓を回り込み高館の西へ転進する。狐如きに浮き足立つな。護衛軍の到着まで敵を寄せるなよ」
時は一刻を争う。将門の命脈は今や風前の灯も同じ。夢の灯りを絶やすまいと武者達は奮起するが、将門らは秀郷の大群の只中に孤軍していた。周りには秀郷一千五百、眼前には九尾の狐。いつしか高館の空を叢雲が覆い始め、渦巻く大気が豪雪を山野へ巻き起こす。
馬廻り衆の風羽刃として現れていた風羽真(ea0270)は止まぬ武者震いを闘志に変え、この雪原を強く踏みしめていた。
(「‥無念を抱えたまんまじゃ、死んじまっても安らかに眠れねぇ、か。例え将門の武運がこれまでだとしても‥せめて悔いの遺らない結果にしてやらねぇとな」)
追いついた馬廻り衆五十はミズクの手によって瞬く間に半数近くが散った。実力が違いすぎる。同じく馬廻り衆としてこの世界へ入ったイリス・ファングオール(ea4889)の結界で将門を守るが、このままではジリ貧。唯一の救いは、共にこの夢へ潜ったクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)の存在だ。荒削りな剛剣ではあるが、乱戦でない九尾との一対一の勝負に限ればこの戦場では仲間で一番頼りになる。
視界は豪雪で遠くまでは見通せない。雪原のどこかへと九尾は身を隠して息を潜めている。他の馬廻り衆を押しのけてクルディアが矢面に立った。
「手前等は足止めだ、俺が殺る。俺の獲物に手ぇ出すな」
正面のクルディアがて敵を迎え撃ち、両脇に控えた二人が打ち洩らしを叩く。豪放なクルディアの剣技とは裏腹にその術理は理に適っている。
「はっはー! せいぜい楽しもうぜ、殺戮の宴をなぁ!?」
しかしそれを嘲笑うように九尾は周到な一手を放った。雪を飲み込んで夜が濃く密度を取って舞い降り、将門と馬廻り衆は見通せぬ黒の中にうずもれる。クルディアのすぐ傍に紙一重で何かが風を切る音。頬に当たったのは生暖かい返り血。暗黒の中で真の絶叫が響く。
「‥‥まだ、ミズクとしての意識もあるんだよな? なら問うぞ!!」
惚れた男に再起の目も無く、待っているのが破滅だけだとしても。最後まで生き足掻くのはそれほど無様なことなのか?
「もし思ってるんだったら、お前は将門の表面しか見ていなかっただけだ! その夢の最期をこの手で? ‥‥そんなん、落ちぶれた将門の姿を見たくない手前ェの身勝手だけだっ!」
吹き荒ぶ雪のせいで九尾の攻撃を見切ることは不可能に近い。その爪を脇腹に喰らって真が膝を付いた。イリスが真を抱え起こす。脇の傷は致命傷ではない。イリスの神聖魔法がすぐさま傷を塞いでいく。真が法螺貝を手に取り、吹き荒ぶ雪風の中であらん限りに響かせる。それがせめてもの合図。近くにいる秀郷の軍が先に気づく恐れが強いが、今はそれでもまだ九尾を相手にするよりはマシだ。
九尾は再び闇の向こうへ距離を取った。小賢しいとばかりにクルディアが太刀を薙ぐ。
「あ? 手前はどれだけ強いか魅せてみろっ」
「‥私以外にもこの世界のからくりを『見』た者がいたとは‥」
闇の向こうで声だけが聞こえてくる。姿は見えないが、そこに乗る心情はおぼろげながらに見て取れる。将門を慕うミズクと、権力者を弄ぶ事に愉悦を感じる玉藻。二つの魂がせめぎ合い、やがて一つの道へ重なっていく。絶望した将門の魂を送るのならば、せめてこの爪で――。
再び沈黙の時。闇は晴れない。だが迂闊に動けば命取りになる。殺気があたりに張り詰めている。その中を遂に妖狐の爪が将門の首を捉えようと襲い掛かる。クルディアも、真も、イリスも。誰一人としてそれを止めることはできなかった。
刹那、暗闇に火花が散った。
「待たせたな‥‥」
凶爪を押し留めたのは、突如として闇を薙いだ太刀。
「世話が焼ける。‥阿呆、たった一つのことを忘れやがった。‥‥ならば、力ずくで分からせてやるだけだ」
「馬鹿な、お前は‥‥」
闇の中に浮かび上がった顔は、将門の闇鳩こと風斬嵐。
「思い出せ、将門。お前の後ろにはどれだけの馬鹿が、何のためにたった一つの体を張って戦っているのか」
(「お前が忘れているというならば、俺が思い出させてやる。例え、何百年経とうとも‥‥必ずだ」)
――お前が描いたその夢の本当の意味を。
「俺も変ったな。誰かの為にまた刀を振るうことになるとは」
闇鳩嵐――いや、それと同じ研ぎ澄まされた魂、風斬乱(ea7394)。
(「あの時は間に合わなかったのだろう? 終わらぬ夢‥‥ならば、俺が終わらせる」)
「何もかもが遅かろうと…全てが絶望に塗れようと…関係ない。俺のやるべきことは唯一つ」
それはたった一つの約束。固く結んだ言葉が、夢現の狭間に二人を繋ぐ。
イリスが思わず涙ぐんだ目尻を拭った。
(「信じてた人に裏切られて、絶望して、一人ぼっちで死んでくのはあんまりだし‥弱いかもしれませんけど一生懸命‥‥私も一緒に居られる間は力になってあげられたらって。‥‥私達が呼ばれたのも、一人ぼっちで見る夢が寂しかったからじゃないかって、ちょっと思いますから」)
「もし最後になってしまっても、一緒に‥‥」
それはまるで、人と人とが見えぬ力で惹かれあうように。将門の元へは不思議な因縁の糸に縒り合わされるように彼等は集った。中央からは斜面を下って護衛軍の姫将達。それに僅かに遅れて、南からも日高祐之真の身を借りた飛鳥祐之心(ea4492)が諸将達と共に駆けつけた。
「将門ぉ、アンタにゃアンタを信じてる奴が大勢いんだ。覇道目指してるタマが、こんぐれぇのことで脅えんじゃねぇよ。アンタも部下信じて、もっと強気で居ろってんだ」
「――ミズク嬢。そんなに尻尾を立ててどうしたのかな?」
北からも流が。落ち着いた物腰で微笑を湛え、馬上から狐へ慇懃に礼を取る。仲間達は将門の元へ集ったのだ。先陣を切って、飛鳥が仲間と共に駆け出した。
「おうおうおう、九尾ぃ! 手前ぇは招かれてねぇ客なんだ、とっとと帰ってもらうし、ミズクも返してもらうぜ!」
「さて‥本格反撃に出るにはちと厳しいが、退路は確保してある模様。如何します?」
流が馬を降り、将門へ軍礼を取る。
「ご命令を。九尾だろうが神だろうが、命とあらば叩き出してご覧に入れますしょう」
(「夢の主の意思を味方に得れば‥‥出来ぬことは無いだろう」)
同じ頃。
南の経基が破れ、将門軍に撤退の動きあり。だが総大将の将門自身が西の九尾によって釘付けにされて動くに動けぬ状態。伝令の報告で高館全体の戦況を見極めた秀郷は兵を大きく動かした。
「これより全軍、賊軍が態勢を立て直す前に奴らを殲滅する。奥州藤原百年の繁栄はこの一戦にあり、各人一層の奮起を以って事に当たるべし!」
南下してきた黒崎隊の騎馬隊へ的確に槍兵と弓兵を差し向け、西と南の守りに最低限の兵を残すと、南の藤原玄明・久方士魂の隊へ数百の歩兵を増援に送る。これにより北の友軍は一気に劣勢に追いやられた。
その中にはこの悪夢に迷い込んだ刀根要(ea2473)の姿もある。
「敵の攻勢が激しくなってきましたね、皆、ここが堪え所ですよ」
いまだこの夢世界のからくりに気づかぬまま、要は無我夢中で兵を率いて剣を振るう。北陣では久方盾兵が前面中央を守り、玄明騎兵が攻撃を両翼から攻撃に転ずる陣で敵を迎え撃つ。だが士魂隊の訃の矢の陣が情報不足の貞盛や秀郷の隊には殆ど力を発揮せず、牽制力を欠いたまま両翼から槍兵で切り崩される最悪の展開を迎えていた。
「このままではまずいでござるよ‥‥」
「せめて玄明様をお守りせねば」
要が配下闘気使い30を駆使して玄明の守りを固めるが、もはや遅かった。この急襲により北陣が撃破され、将門軍は一気に劣勢へと追いやられる。その流れは、これまで夢の舞台を共にしてきた諸将達をも次々と死の淵へ飲み込んでいった。
(「‥よもやこれまで‥我が覇は‥この将門が夢見た道はもう閉ざされ――」)
夢は、破れた。
歴史は変えられないのか。
否。
流の声が消えかけた将門の心に火を灯す。
「この天が下、何処であろうと新皇様のおわす場所こそ我らが国」
「とことん生き足掻け! 足掻いて足掻いて、散々足掻きまくって‥‥それでも駄目だったなら、笑って逝こうや。 天下取りまではちと届かなかったが、思うまま生きたんだ‥悔いなんて無ぇだろ?」
真の言葉が灯火を燃え上がらせた。将門が剣を掴む。
「道は――まだ閉ざされてはおらぬ!」
将門が剣を振るうと天空に叢雲が巻き起こる。その霊圧はかつて多摩川で見た草薙の剣そのもの。だが似て非なる剣。
「我が覇業の軍はここに潰えようとも、せめて至強の名を兵達の手向けに――!」
「いいえ。私には『見え』ます。歴史は変えられぬ」
九尾の振るった爪、それが将門の頸へと狙いを定める。
「貴方様はここにて死すべき定め――」
その時。雪原に影を落として一人の男が跳び上がった。華人の拳士、聰暁竜(eb2413)。
かつて将門の命を奪ったであろう一撃に対し身をもって盾とする。それが聰の狙い。それが生むのは、本来ならば存在し得なかった好機。
(「死した後まで尚残る、怨みとも呼ぶべき後悔の念。武に生きるならば己が刃で薙ぎ払え。今度こそ思い残すことなきよう、――――――駆け抜けろ」)
「‥‥『道』は作った‥‥‥‥行け‥‥ッ!!」
端目で振り返った聰の頸を、狐の爪は正確無比に裂いた。飛び散る鮮血を掻い潜って将門は九尾の懐へ潜りこんで肉薄する。だが玉藻は月の生霊力を従えようとその強靭な意志の力を解放する。その集中はただの一矢によって途切れた。五行星符呪を刺した銀の矢が九尾の脇へ刺さっている。
「将門公‥行く‥覇道‥駆ける‥!」
それに時を同じくして、魔術師ジィが念話でミズクの意識へと語りかける。
(「将門様を殺して覇道を潰えさせようという魔物の行動がミズク様の本意であるはずがございません。それは魔物の意思・都合にすぎないのです」)
その体は元々ミズク様のもの。ならば。
「それを止められるのはミズク様しか居られません! どうか、将門様のためにお止め下さい!!」
『『‥‥わ‥私は‥‥』』
「‥妾は‥」
「私は‥‥」
一瞬の乱れ。それが命取りとなった。
将門の剣は深々と九尾の腹へ突き刺さった。雪原に大輪の血華が咲き、金毛がそれを彩る。苦しげな狐の声が白面野に木霊する。
「‥‥私は‥私は‥否! 妾の名は玉藻‥」
馬程もある巨体が雪原に膝を付いた。その腹には深々と剣が突き刺さっている。その一撃でも狐を殺すにはまた至らない。だが酷く深手を負わせたのは確かだ。唐突に風は止み、夜が明けようとしている。
その瞬間、冒険者達は悟った。世界は目覚めを迎えようとしている。
夢が終わるのか。或いは何かが始まるのか。ただ一つだけ確かなのは、止まっていた何かが動き出した実感。
将門が呆然と呟いた。
「‥‥始まる‥いや、もう終わったのか‥‥」
それに風斬はやれやれと肩を竦めて返す。
「阿呆、お前がどんなに遠くに行こうとも、俺は必ずお前に辿り着く」
(「そして、いつも先行くお前に分からせてやる。仲間が共にお前とその道を歩んでいることを‥‥」)
「私も、私も最後まで一緒に‥‥」
そこでイリスは思い直して首を横へ降った。
「でも、やっぱり同じ夢を見るなら、希望がある夢をみたいです。悲しかった事全部を閉じ込めてしまえるような光を探して‥ずっとずっと消えない様に‥って」
そこから先の思いは巧く言葉にならない。ただ強い思いが‥。
(「忘れませんから、私はそれを忘れませんから‥」)
‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥。
‥‥。
――神聖暦千一年、一月十九日未明。
冒険者達が目覚めたのは、冷たい板張りの部屋であった。
「ひょひょひょひょひょひょ」
耳に聞こえるのは馬場奈津(ea3899)の声。
「寛永寺に新たな守り神を据えて江戸の霊的な守りを固める案には賛成するぞ。復興の気運を高めたいのじゃよ」
ここは寛永寺。
「皆、無事で帰ってこれて何よりだ」
そういって振り返った嵐真也(ea0561)の顔は憔悴しきっている。さっきまで夢幻の中の仲間達を守るため、一心に祈祷を行っていたようだ。その結果がどうだったかは冒険者達は身をもって知っている。あの激戦を潜り抜けた彼等の身に、今度は傷の一つも残されてはいなかった。
寛永寺復興に動いている馬場と共に話し合った結果、仮に堂を建てて、そこに名もなき英雄として将門の似像を封じようということで話は纏まりつつある。嵐は当初の依頼人へ働きかけて寛永寺復興の援助を引き出す心算だ。流れながれて今や最初の変死事件は解決不能に見えたが、遂に怨霊将門の災いは取り除かれた。とは言えとてもマトモに報告できる話ではない。そこで資金を出させることで将門の鎮魂を通じ、依頼人には表向き事件を解決したと思わせてしまうのだ。後は集めた金できちんとした堂を建てて寛永寺の復興を成せば将門の慰霊も完成する。
これにて一件落着。
とは、言い難い。
「九尾の狐‥‥夢から『帰る』とき、その腹に剣を刺したまま戻ったようだね」
「まさか草薙‥‥」
「いや、それはない。夢世界で見たもう一振りは確かに草薙だった」
「可能性があるとしたら、或いは天叢雲剣か」
天叢雲は草薙と同一と呼ばれている神剣。だが歴史上では両者の連続には一時の断続があり、それを示す確たる証左もない。事実、両者が実は二振りの別の剣だという説もある。
「由来だけを見るならば、ヤマタノオロチから見出された天叢雲は例の龍脈を斬ると見立てるには十二分な資格があるといえるね」
「そして、それが今や九尾の手に、ねえ?」
将門の一件は片付いたに見えたが、事件は全て解決したとは言い難いようだ。いや、むしろこの土壇場でもっとも面倒な事件に片足を突っ込んでしまったといってもいい。嵐が渋面で呟いた。
「進めば進むほどに、壁が高くなっているような気もするのだが‥‥仕方あるまいな」