●リプレイ本文
慌しかった年末年始を過ぎて、やっとやってきた骨休めの機会。ここの所江戸と京とで慌しくしていたリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)もこの日は駆けつけた。
「最近店開けててごめんなさい〜。皆お久しぶりー」
リーゼが店を空けている間に白井蓮葉(ea4321)が新しく店に入ったりと竹之屋も変わりつつある。
「竹之屋でのお仕事、手伝い始めたのはほんとに最近だし、ご一緒させていただけるのは嬉しいわね」
「それにしてもおやっさん太っ腹です!」
「せやな、粋な計らいしてくれるもんやな」
香月八雲(ea8432)と朱雲慧(ea7692)の二人にとっては初めての旅行。
「たまの機会ですから、ゆっくりと休んで英気を養いましょう! 諺で言う『一年の計は元旦にあり』ですよ!」
さて。そんな竹之屋一行に山岡忠臣(ea9861)もちゃっかり混じって着いてきている。
(「この旅行の間にお千ちゃんと仲良くなってみせる!」)
昨年からお千に絶賛アピール中の忠臣、今回こそは二人の距離を縮めるまたとないチャンスとばかりに意気込んでいるが、果たして――?
そんなこんなで朝早くから江戸をたって街道を行き、一行が宿へ着いたのはすっかり日も暮れた頃合であった。朱が宿で手続きを済ませ、一行は冷えた体をさっそく温泉で温めることに。忠臣には残念なことに温泉は混浴ではなかった訳だが何だか一人で妄想を逞しくしているご様子。
(「リーゼちゃんや桐ちゃんや巫女乃ちゃんや蓮葉ちゃんや‥‥陽姫ちゃんやミリフィヲちゃんや八雲ちゃんだってなかなかのもんだ」)
「‥‥勿論お千ちゃんが一番だけどな!」
「ん、なんか言うたか?」
男風呂はお目付け役に用心棒の朱がいるのでひとまず安心として。女風呂はなんだか賑やかだ。華人の月陽姫(eb0240)はこういう所は初めての様子で声を弾ませている。
「ジャパンの温泉は初めてアル。猿が入ってるってほんとアルか?」
流石にこの辺りの旅館までは猿は出ないようだが、奥多摩の山際ともなれば雪景色が素晴らしい。先頃英国より帰国したばかりの蓮葉にとっては心に染み入る風景だ。
「あら、雪見の露天風呂なんて素敵ね」
熱い湯にゆっくり体を浸すと思わず小さく溜息がついて出る。隅の方ではリーゼがさっそく雪見酒としゃれ込んでいる。拝峰巫女乃(ea9491)も僧侶の身ではあるが今日は特別だ。
「私も般若湯くらいは嗜みます」
リーゼに付き合って巫女乃も盃を傾ける。初日は移動の疲れもあって一行はゆっくりと長湯を楽しんだ。鷹見沢桐(eb1484)も雪景色を眺め渡しながら湯に浸かる。
「ふむ、いい湯だ‥‥おっと、お千殿、肩まで浸からねば冷えてしまうぞ」
「うん。風邪引いちゃせっかくの旅行も楽しめないもんね。桐ちゃんものぼせないようにね」
一方、男湯では。
江戸からの湯治客の暮空銅鑼衛門(ea1467)が湯治を楽しんでいた。
「いやぁ〜極楽極楽」
と、そんな中で。
「どっかに穴でも開いてねーかな」
忠臣は先から仕切り板の辺りでうろちょろしている。何とか覗きの手段を探るがどうも警戒されているらしく巧くいかない。
「‥‥しかし力ずくで乗り越えたら命は無さそうだからな。今日のところは覗きは止め――」
「むむむ覗きとな!」
耳ざとく聞きつけた暮空が思わずその場で立ち上がった。
「むむむむむむむむむ〜〜〜、ななななななんと破廉恥な! そこへ直れっ!!天誅でごごごござざざざるるるるる〜〜」
「うわ、え、わわ、やめ‥‥」
物凄い剣幕でにじり寄る暮空。だが湯にあたった所で頭に血が上ったせいか、顔を真っ赤にしてその場で足元から倒れてしまう。慌てて朱が駆け寄って抱え起こした。
「こらあかん、体冷まさせな」
のぼせてしまった暮空を担ぎ出し、座敷へと運ぶ。時期にあがってきた女性陣の手を借りて介抱する。やがて暮空は早合点だと知らされると申し訳なさそうに頭を下げた。
「ミーの早とちりにござったな。それにしても、冒険者でありながら居酒屋の店員とは、皆様お疲れ様でござる」
「今日は慰安旅行で来ているんです。そうだ、暮空さんも一緒に楽しみましょう! 諺で言う『袖摺り合うも他生の縁』ですよ!」
こうして慌しかった初日の夜が過ぎ。
明けて二日目は、昨晩の縁で暮空も誘って銘々で温泉宿を散策する。巫女乃も友人や知人へ渡す土産物を探して観光を楽しんだ。
「やはり定番のお饅頭が喜ばれるでしょうか‥‥しかしこの手のお菓子は量と質の折り合いをつけるのが難しいですし‥‥となると先ほどのお店のほうがよかったでしょうか‥‥むぅ」
「旅行の楽しみはなんといっても買い物でござるな」
暮空はというと小さな体に山のように土産物や食べ物を抱えている。
「たいしたことは無いけれどついつい心惹かれて買い食いしてしまう屋台や、ご当地限定などと銘打っておきながら名前だけ違うおみやげ物。ついつい買ってしまうのだから不思議なものでござるよ」
「やっさんにおみやげを買っていくアル。おめでたいものが良いアルかな」
陽姫が問いかけると蓮葉が宿の人に聞いた話を思い出しながら露天へ視線を動かした。
「そうね。何か土地の美味しいもので持って帰れそうなものなんか喜ばれるんじゃないかしら。山女や岩魚は時期じゃないし、わさびとか?」
「ええと、ゆず味噌煎餅とわさび漬け‥‥両方買っていきましょう! ここ特産のわさびも分けて貰えないか聞いてみますね!」
一方の巫女乃はというと土産物選びに結局半日を費やしてしまい、何やら苦笑交じり。
「普段休み慣れてないといざ時間が取れても持て余してしまいますね」
その頃、旅館では。
「フィヲ、こないな所で何しとるんや!??」
夜の宴会の件で旅館側と打ち合わせしていた朱は思わぬ所でミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)と再会を果たしていた。仲居の格好でフィヲは宴会の準備に慌しくしている。
「今は此処で働かせて貰ってるんだけど、板長があんまり厨房に立たせてくれなくてさぁ〜。仲居さんの見習いとか下働きとかもやって生活費稼いでるんだよ〜」
フィヲは以前に竹之屋一号店で助っ人の板前として何度か仕事をした仲。朱がフィヲの頭を軽く小突いた。
「水臭いで! 出て行く時くらい、ワイらから礼を言う時間を残しとけや」
「ゴいや〜メンね〜。なんだか湿っぽいのって苦手でさ♪ でもあれから色んなお店を流れてきたけど、奥多摩のこんな所で遇うなんてねぇ〜〜」
夏の味勝負を最後に黙って姿を消した切り便りもなかったが、元気にしていた様子で朱にも笑顔が零れる。感慨深げな朱とは対照的にフィヲはあっけらかんとした様子。
「これから調理場に立たなきゃいけないから、それじゃぁね〜〜♪」
そして夜。
「もてなされる側は久しぶりアル」
竹之屋一行は旅の終わりの夜を宴会で締めくくる。普段は持て成す側だが、今日は客になってゆっくりのんびりと。の筈が、土地の珍しい食材を前に我慢し切れなかったのか。桐は厨房を借りて創作料理に取り組んでいた。
まな板の上には獲れ立ての冬鮎。去年に入店してから給士仕事を中心にやって来た桐にとっては初めての自作の料理。緊張した面持ちで包丁を取る。
その隣ではお千と一緒に忠臣が厨房に立っている。
「下ごしらえが終わったらこっちも手伝ってな」
先の新年会で調子に乗ってお千に料理を教えると約束してしまった忠臣。聞きかじりながらも何とか格好つけようと覚えたての料理を披露する。
「んじゃ、よく見ててな」
「はい。宜しくお願いします」
「私もご教授願おう。宜しく頼む」
まずは出汁で溶いたうどん粉に卵と、摩り下ろした芋を加えてよく混ぜ込む。
「熱した鉄板へそれを円盤状に広げてっと」
そこへ具の豚肉と白菜を乗せ、ヘラを使って両面を良く焼き上げる。最後はコッテリ味のタレをかけて出来上がり。
「関西料理のお好み焼きの完成だぜ」
睦月の献立〜竹之屋特製おせち盛り
関西『風』お好み焼き:
うどん粉の生地に豚肉や白菜などお好みの具を香ばしいタレで焼いてできあがり。
山芋入りで粘り気のある生地が味の決め手。関西で流行っているらしい。
アユの揚げ餡かけ:
腸を抜いて餡を詰めたアユをカラっとひと揚げ。たっぷりの餡を掛けて熱いうち召し上がれ。
「さあ遠慮せず、どんどん食べてくれ」
桐が取り皿へ分けて配ると早速皆が箸を入れた。
「これは美味しいアルな。出来れば覚えて帰りたいアルね」
「私も山葵漬けを作ってみました! 昼間分けて貰ったものを使ったのでまだ漬かりきってませんけど
微塵切りにした山葵を下ごしらえして酒粕で漬けたものだ。ツンとした辛さに酒の香かおる甘みが絡み合う独特の風味は酒の肴にもぴったり。忠臣が酌をして回る。
「まま、とりあえず飲んでくれよな! 美人も多いし、最高だぜ!」
「ボクもお料理作ってるから、食べてってね♪ 腕はそれほど上がってないけど和食のレパートリーは増えたよ」
フィヲもこしらえた料理をどんどん座敷へと運んでくる。陽姫も余興にと華国で覚えた飴細工を使って芸を披露した。宿で借りた鍋で煮溶かした砂糖を小鉢に移し、縦横に細く垂らして器用に籠状に形を整えていく。
「冷えたらこうやって外して、飴籠の出来上がりアル。ちゃんと食べれるアルヨ」
「綺麗です‥食べちゃうのが勿体無いくらいですよね」
部屋の隅ではリーゼが暮空と将棋を指しながら盃を傾けている。二人へは蓮葉が酌をし、巫女乃も持て成される側は落ち着かないのかいつの間にか一緒に酒を注いで回っている。いつしか皆もほろ酔い加減。
「それじゃ、一番フィヲ。槍の演舞やりまーす♪ 丸太も砕くボクの技、しっかり見てってね〜」
暮空も空色の丸ごと猫かぶりでの猫踊りを披露し、蓮葉も芸事は不得手と言いながらも歌を披露して見せた。そうして夜が更け。
「お千ちゃーん、酔っ払った俺に膝枕してくれー‥‥」
「もう、山岡さん。飲みすぎですよ? いまお水持ってきますね」
「つか添い寝してくれー」
「ぼん、調子に乗りすぎやで」
朱が拳固を食らわし、やれやれと立ち上がった。座敷を見回すと八雲も酒に弱いらしく可愛らしい寝息を立てている。
「そろそろお開きやな。最後になったけど、今年もまだ色々あるかも知れへんけどよろしゅう頼むで」
早朝。
八雲と朱は二人で宿を抜け出して裏手の社へ参拝していた。二人で手を結んで朝靄の社を歩いていく。
「華国のお正月はこっちより遅いんですね!」
「せや。ワイら華人にとっちゃ今が初詣の時期っちゅう訳やな」
本殿までつくと、二人揃って神前に一礼する。八雲がお願いしたのは勿論、家内安全と商売繁盛。
(「それと、みんなが笑顔で、ずっと一緒に居られますように! ‥‥‥朱さんは‥何をお願いするんでしょう?」)
八雲が頬を染めながら横の朱を盗み見た。朱は丁寧に手を合わせて静かに真剣な表情で願を掛けている。ふと朱が顔を起こした。視線が重なり、八雲は照れ隠しに両手へハァと息を吹きかける。朱はその小さな手の温もりを思い出して思わず頬を緩めた
(「ワイはやっぱりあの暖かさを求めとるんやな」)
言葉は思ったより自然と口をついて出た。
「八雲はん。ワイと一緒になって欲しいねん」
視線が絡み合い、二人の瞳が揺れる。
(「神さん、ワイの気持ちを通じさせたってや」)
「朱さん‥‥」
と、その時。
鳥居の向こうにがやがやと人の声。二人が同時に慌てて距離を取った。他の店員も参拝にやって来たようだ。二人を見つけたリーゼが小さく含み笑い。
「早くから仲がよくて羨ましいね。さーてと、私は初詣は既に済ませたけど、せっかくだし皆に付き合って行くかな」
「しかし風光明媚な社でござるなぁ」
暮空が境内を見回してそう洩らした。人気のない早朝の社を揃って散策する。
「まずはお清めからだな」
桐が手本を見せながら手水舎で清め、その後は皆で揃って御神籤。ついでに昨年のお守りを神社へ返しておく。フィヲも朝の仕込を終えると遅れて仲間に加わった。
「年末年始はお客さん多くて忙しかったから、初詣できなかったしね」
全員揃うと神前でお賽銭を投げ、巫女乃も、桐も、蓮葉も、そして暮空も揃って神前に手を合わせた。
「私も遅まきながら。今年も一年、大過があってもつつがなく対処できますように」
「今年一年、また皆が元気に過ごせるように」
「竹之屋が繁盛し、皆も健やかに暮らせますように」
「今年も限界に挑み続けられますように」
「どうか今年こそ、一回りくらい年上で、ボクより強くて、無愛想だけど不器用な優しさがあって、確実に生還して、一方的に守るんじゃなくて隣に立って支えてくれて、渋くて格好良い恋人が出来ます様に〜〜〜!!」
最後のフィヲのお願い事に陽姫は思わず苦笑交じり。
「フィヲさん欲張りはいけないアルヨ。アタシは‥‥まだよくわからないアルけど、作った料理をおいしそうに食べてくれる人が良いアルな」
照れ交じりにいうと、陽姫も手を合わせて目を閉じた。
「竹之屋が今年も繁盛しますように。それから、アタシの料理を食べて皆が笑っていられますように」
そしてコッソリ。
(「アタシにも浮いた話がありますように」)
こうして皆で願掛けを終えると桐が切り出した。
「さて、朝は冷えるし風邪を引いてはいけない。そろそろ切り上げよう」
皆が宿へ戻ろうとする中、忠臣だけはまだひとり熱心に神前で手を合わせていた。リーゼがトントンと肩を叩き、振り向いた所へ黙ってお守りを差し出した。
「おねーさんはお見通しなのです。‥‥これで山岡も成功したらこの恋愛上手のお守り成就率高いんだけど」
「リーゼ姐さん。ああ、ありがとうな。絶対ぇお千ちゃんとうまくやって見せんぜ」
「ま、頑張りな。巧くいったら返しに来るんだよ」
それだけ言うとリーゼは踵を返して朱たちの輪へと入っていった。
「やっと江戸に帰ってきたんだから、帰ったらお仕事復帰するね、皆またよろしく」
「今年もまた素晴らしい一年であると良いな」
桐が感慨深げに頷いて返す。やっさんの土産に蓮葉が商売繁盛のお守りも買い、竹之屋一行は奥多摩を後にする。荷物を纏めて宿を後にし、巫女乃が旅の3日間を思い返してしみじみ呟いた。
「やっさんと竹之屋のみなさんのおかげでよい一年をはじめられそうです。‥‥さて、早く帰らないとまた姉さんに文句を言われますね」
こうして竹之屋の神聖暦一千一年は明けた。さてさて。今年はどんな年になりますやら。