竹之屋敏腕繁盛記♪  師走の献立

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月07日〜12月12日

リプレイ公開日:2005年12月18日

●オープニング

竹之屋敏腕繁盛記♪  師走の献立
  [題字:鷹見沢桐]


 江戸の下町に軒を構える小さな居酒屋、竹之屋。その2号店が冒険者街の人形町にオープンした。先日、大工職人さんを雇って母屋も完成し、庶民の味をモットーに昼はお食事処、夜は居酒屋として営業を開始している。用心棒兼店長の下に凄腕の料理人が厨房を守り、給士さんも美人揃いとあって評判は上々。先の江戸大火では町内会と協力し率先して救災活動を行い、界隈の冒険者の拠点として大きな活躍も見せた。まだこの界隈で竹之屋の名前を知らないものはモグリといってもいいかも知れない。
 さて、そんな竹之屋で今日起こります事件とは‥‥。


 先月10日に起きた江戸の大火では市中の3割が焦土と化した。死者行方不明者の数は4万とも5万とも言われている。江戸の人口が約40万であるから、これは途方もない規模だ。焼け出された人は十万を越え、多くの人が厳しい冬本番を目前に家を失って路頭に迷っている。大火の折には伝馬町牢屋敷でも出火し、多数の罪人も野に放たれた。江戸の治安は悪化し、世を暗い空気が覆っている。江戸各地に刻まれた大火の焼け跡はひどく爪痕深い。今冬は想像以上に厳しい冬になりそうだ。
 ――竹之屋本店。
「聞いたかお千ちゃん? 何でも冒険者ギルドってとこで江戸大火の復興基金を作ったんだって?」
 お千が本店へ顔を出すと、店頭には何やら大きな箱が置かれている。
「これも乗りかかった船だ。竹之屋でも募金箱を置いて義援金を募ろうと思ってんだ。ってぇワケだから、二号店も募金活動やってくれっかい?」
「募金ですか?」
 ギルドでは江戸近郊で募金活動を行い、集った金を江戸の早期復興の費用として使う計画を立てているらしい。募金活動は竹之屋のような庶民の草の根のものから、ギルドが冒険者に依頼しての活動などが予定されているようだ。まだ基金の用途などは明確にはできていないが、これからギルドからの依頼で基金の使用計画立案の依頼が幾つか行われるという話も流れている。
「何でもよ、基金の設立に関わったのはこないだの火事んときにウチの店に手ぇ貸してくれって来てた陸堂とかってぇ冒険者なんだって? これも何かの縁だ、最後まできっちり付き合うとすっかね」

●今回の参加者

 ea4321 白井 蓮葉(30歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9491 拝峰 巫女乃(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0240 月 陽姫(26歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2892 ファニー・ザ・ジェスター(35歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 江戸復興へ向けて朱雲慧(ea7692)たち二号店が企画したのは歳末の助け合いを呼びかけるチャリティーだった。
「こんな時だからこそや、損して徳を獲ろうやないか♪」
 焼け出されて苦しい思いをしている人には、何といっても温かい食べ物だ。少しでも彼らに笑顔が戻るように。竹之屋の答えは、いつも変わらぬ庶民の味だ。
 早朝の澄んだ空気に鷹見沢桐(eb1484)が擦るすずりの音が染み入る。広げた布地にやがて書き上げたのは江戸復興基金の文字。のぼりを何本か用意して大々的にアピールするのだ。書の心得のある桐は他にもポスター作りなどにも借り出されて忙しそうだ。
 筆を止め、心を落ち着ける。軒先からひんやりした空気が忍び込み、桐は小さく身を震わせた。
(「自分にできることなどたかが知れているが、それでも皆で力を合わせれば、きっと何かができる筈」)
 口元を結び、筆を取る。最初の一足は小さな歩みでしかないかもしれない。だが誰かが動くことできっと大きな流れになっていくはず。まずはこの一筆からだ。
「桐殿、そろそろ書きあがったかしら?」
 新しく店員になった白井蓮葉(ea4321)も早速店へ出ている。給仕の経験があるという蓮葉は即戦力。英語も堪能とあって冒険者長屋で商売をするには心強い。同じ新人とはいえ桐もうかうかしてはいられない。
「あら、なかなかいいできね。私は宣伝に行ってくるわね」
「よろしく頼む」
 同じ頃、拝峰巫女乃(ea9491)は市中の市場や寺社、問屋などを回って材料を安く分けて貰えないか交渉して歩いている。今回はチャリティーのために普段より多くの材料が必要だ。月陽姫(eb0240)もそれに同行している。
「火事の時は来れなくてすまなかったアル」
「月さんのご自宅は小伝馬でしたよね。特に火勢が強くて大変だったと聞きますし、ご無事で何よりです。そういうことは言いっこなしですよ」
「そういって貰えると気が楽アルナ。それじゃあ、今は自分の遣れることを精一杯頑張るある」
「ええ。なんとかしますか。托鉢は修行の一つですし」
 店長から言い付かったのは、酒粕や米麹。それから米や野菜もあると嬉しい。義援金を集めるために催し物を開くという事情を説明する。
「大火でどこも大変とは存じますが、今だから積める功徳もあると思います。よろしければ、どうぞご協力お願いします」
「あたしからも宜しくお願いするアル」
 市中はどこも苦境に喘いでいる。そんな苦しい中からも事情を聞いて協力してくれる人もいて、二人は何度も頭を下げて謝意を表した。市中をあらかた回ると、今度は火災を免れた郊外まで足を伸ばす。巫女乃の馬を引いて二人は足を棒にして協力を募って回った。
 店では香月八雲(ea8432)が音頭を取って着々と準備が進められている。
「江戸の町も大変みたいですから、ここは頑張らないとです! 孫子もこう仰いました! 人を助けることは、即ち自分を助ける事だ、と!」
 オープンスペースに椅子を並べて、焚き火と七輪の準備もだ。鍋は外にも置けた方がいいし、何より暖が取れるのが嬉しい。机も幾つか表へ出しておく。
「力仕事はワイに任してや」
 八雲の横から朱がひょいと持ち上げると軽々と表まで運んでいく。
(「‥‥やっぱり仕事をしてる男の人って格好良いです」)
「大鍋もついでに運んどくさかいな」
「は、はい! そうです、念のため防火用水も準備しておかないと! 火事の後ですからね!」
 書き物を終えた桐もお千と一緒になって設営を手伝い、陽が高くなる前に大方の作業を終えてしまう。巫女乃と陽姫も、野菜などを載せた馬を引いて店へ戻って来る。程なくして宣伝に回っていた蓮葉も帰ってきた。
「江戸の街を何とかしたいって気持ちはどこも同じね。勇気付けられる思いだわ」
 髪結いや湯屋など人の集りそうな所へ頼み込むとどこも快くポスターを張らせてくれた。ここなら噂にも広まりやすいし、様々な層へよいアピールにもなったろう。ついでに蓮葉は方々で頭を下げて資金提供も幾つか取り付けてきている。
「それから、スポンサーになってくれたお店は屋号と家紋を控えてきたわ」
「私も作物を分けてくれた家を控えてきたアル」
 これも看板に書いて軒先に掲げる。後は外国語のポスターも空いた時間で作っておくと万全だろうか。
「桐殿も手伝ってくれるかしら」
「承知した」
「それなら私は厨房に入るアルな」
 朝の分は朱が仕込みを済ませているが、今日はかなりの量が捌けそうだ。分けてもらった野菜も今の内に下ごしらえをしておく。巫女乃も馬を繋ぐとすぐに手伝いに入った。
「もち米も蒸しておきます」
「任したで!」
「ポスターも終わったし私も手伝うわね。確か今日は雑炊だったわね」
「仕込みは殆ど済んでるアルか、具だくさんアルね。みそ味にした方が暖まるアルか?」
「せやな、白味噌なんてどうやろ?」
「開店までもうすぐですよ! 皆、急ぎましょう!!」
 昼時を前にいつしか竹之屋から食欲をそそる香りが漂い始める。仕上げにと表の大鍋の横に小鍋を置いて。まずは店長の朱が最初に募金を。
「私も募金しますね!」
 八雲も続いて手持ちを投げ入れる。
 いよいよ竹之屋、昼の部の始まりだ。


 通りでは呼び込みに雇われたピエロの ファニー・ザ・ジェスター(eb2892)が呼び込みを行っている。
「ミーが‥‥いや、私が生業で一ヶ月ほどエドを離れ地方巡業していた間に、こんな災害が起こっていたとは‥‥先の大火事には間に合わなかったからね、頑張らせてもらうぞ」
 サンドイッチマンとして下町中へチャリティーの宣伝をして歩く。
(「エド・シティでの口コミが頼りだ。ここで役に立てなければ、私はピエロ失格だな」)
 催しでの雇われの身だが自分も何かの力になれればと今回は採算は度外視して打ち込んでいる。
「美味しい料理はどれも庶民の味、一口食べれば元気に年を越せること間違いナシ。タケノヤ・フードチャリティーでヤンス。江戸の為に皆も力を貸して欲しいでヤンスよ」
 街を練り歩きながら、ついでに他の飲食店へも協力を呼びかける。拙い字ながら自作のポスターを貼らせて貰う。その甲斐もあってか、竹之屋の昼営業はいつもよりの賑わいを見せた。
 さて、そんな竹之屋の今日の献立は。
 湯がいた輪切りの大根はすっかり苦味が取れて芯まで柔らかくなっている。お椀の底へそれを敷き、上から一分刻みにしたワカメと大根葉を乗せて汁をかける。仕上げは今が旬の牡蠣。塩水でさっと洗った後に水気を切って、下味に酒を振って仕込んだものだ。
「冬季限定竹之屋特製、白味噌雑炊の出来上がりや」


 師走の献立〜江戸復興応援メニュー

  白味噌雑炊:
   大根、大根葉、ワカメ、牡蠣を具材に、昆布ダシを下地にして白味噌で味付けした雑炊。
   今からが旬の牡蠣は疲労回復・体力増強にはもってこい。

  栗焼き菓子:
   甘みたっぷりの茹で栗を使った焼き菓子。うどん粉と栗を混ぜたガワの中には、珍しい柿の餡。
   強火で焼き上げた後は白い布でくるんで出来あがり。

「お菓子は1人1個ずつアル。おいしかったら気持ちで良いので募金していって欲しいアル」
 月の焼き菓子は中華鍋を重ねた簡易オーブンで香ばしく焼き上げてある。包んだ布にも一工夫が仕込まれている。
「食べたら布は手首に巻いて欲しいアル。江戸復興に力を貸してくれた証の布アル」
「おう、こりゃ気が利いてるな」
「善良な一市民としては協力しない訳にはいかないわね」
「お雑炊も美味しいですよ! 江戸屈指の料理人が腕を振るったものです! 食べたら元気が出ること間違いなし、です!」
「舌代代わりに気持ちの分だけでも協力したってやー」
 この呼びかけで続々と募金も集った。
「犠牲者の方には、ご冥福をお祈りします」
「よい機会だ。是非とも義侠の仁愛を示させて貰おう」
「それでは私も。今回の一件で出来る助力はこれくらいでしょうからね」
 まだ募金の使い道がはっきりしていない所為もあって躊躇う人も見られたが、蓮葉が洗い物の合間を見て丁寧に運営計画の進展状況を説明していく。
「ギルドではまだ用途も検討中だから、その辺りのアイディアも寄せてくれると嬉しいわね」
「それならば。いが拙者からも少しは協力させて貰いましょうか」
 常連客や近所の子ども達もやって来て昼時には大きな混雑を見せる。被災者の姿も数多く、巫女乃は改めて被害の大きさを実感する。
「御仏ならば選ぶことなく近くにいる方からお助けになるのでしょうが、私には無理のようですね‥‥ああ、まだありますので皆さんどうぞお召し上がりください」
 調達した酒粕では振舞い酒代わりに甘酒を作ってある。特に子どもたちには喜ばれているようで、エプロンの端を引っ張られたりしてすっかりもみくちゃにされている。
「はいはい、ちゃんと全員分ありますから慌てないでね」
 桐の提案で援助物資の受け入れも竹之屋では行われた。毛布や衣類、食器など。
「ご協力感謝する。宜しければ雑炊でも一杯如何だろうか」
「俺も協力させてもらうとするぜ。臆病者と罵られるのは我慢できても、吝嗇と疑われたのでは江戸っ子の名折れだからな」
 中には大口の募金もあり、冒険者や庶民を中心に多額の募金が行われた。
「あ、山岡さん! いらっしゃいませ!」
「ようお千ちゃん。賑わってんな」
 山岡忠臣(ea9861)は馬に荷物を引かせてやってきた。荷の中身は自腹を切って支度したもち米だ。
「年の瀬といったら何といっても餅つきだぜ。他ならぬ愛しのお千ちゃんの為だからな。俺に出来る事なら何でもやっちゃうぜ」
 ちゃっかり手を握りつつ忠臣。歯の浮くような台詞でも瞳を見詰めて口にするのが忠臣の特技の一つ。もう一つの特技はそれをアッサリかわされることだったりする。ひょいと忠臣の手をかわすとお千は厨房の八雲の元へ駆けていった。
「いい考えですね、‥‥八雲さーん!御餅つきの用意をお願いします」 
「それならご近所を回って臼や杵をお借りしてこないと!」
「私も手伝うわよ」
「心配やからワイも着いてくわ」
 すぐに用意を済ませ、店先では餅つき大会が行われた。忠臣もお千を誘って杵を手に取る。
「こういうのはガキの頃によくやったもんさ。‥‥こうして二人で一緒のことをやってっと、何か夫婦になったみてーだな!」
「そ、そんなこと‥‥だ、ダメですよ!! 本気にしちゃう子がいたら大変ですよ‥?」
 忠臣の熱烈アピールにもお千ちゃんは相変わらずの恋愛オンチぶりだったが、共同作業で二人の距離もほんの少しずつだがまた縮まったかも知れない。
 厨房では。
「雑炊にお餅も入ったらきっと元気になるアル」
「一足早い雑煮っちゅう訳やな」
「焼いた奴も頼むぜ! あと用心棒は俺様に感謝して敬え」
「ったく、一言多いで」
 表では訪れた客にも餅つきをして貰って賑わいを見せている。
「元気の無い時は、何かを作ったり、美味しい物を食べるのが一番です! だから、みんなで美味しいお餅をついて食べましょう!」
 被災者の人達にも杵を回し、出来上がった餅は鏡餅にして参加者へ配っていく。力いっぱいお餅をつくと、へこんだ気持ちもお餅みたいに膨らんでくる。
「今年は大変でしたけど、来年はその分、たくさん良い事があります! 諺で言う『災い転じて福となれ』です!」
 この日、竹之屋から客足が途絶えることはなく夕の一時休業を挟まずに夜まで続けての営業が行われた。交代で適度に休憩を取りながらだったが、すっかり皆くたくただ。
「今日は随分働きましたね。私からも、少ないですがお給金から幾らか」
 巫女乃に蓮葉や忠臣、それから仕事を終えたジェスターも募金を行った。
「ミー‥‥いや、私からも。これで人々の心が少しでも安らかになるならば」
 そうして竹之屋の一日は終わる。
「最近は物騒みてーだからな。お千ちゃんは俺が送ってくとするかね。‥‥俺ってば愛する人には優しいのさ」
「だ、だだダメですよ山岡さん、そ‥そういうことを冗談で言うのは‥!」
「ぼ〜ん〜‥ウチはナンパお断りやで〜」
 お千ちゃんの住む浜町までは八雲も一緒だ。朱も一緒に四人での帰り道となった。
「それじゃなお千ちゃん! また来るぜ」
「はい、また美味しい料理を作ってお待ちしてますね」
 最後は朱が八雲を家まで送り届ける。今日の八雲は何だか歯切れが悪い。
「朱さん、ちょっと早いですけど、お誕生日おめでとうございます。来年もよろしくお願いします‥」
 来年も。再来年も、いつまでもずっと。一緒に居られたなら。顔を赤くして八雲が俯いた。不意に沈黙。口を開いたの朱だ。
「八雲はん。今度の正月の初詣、一緒に行かへんか?」
 ぽつりと一言。朱の顔も真っ赤になっている。
「はい!」
 繋いだ手を八雲がぎゅっと握り返した。
(「ワイもそろそろ腹を括らなな‥漢として」)
 年の瀬の何かと苦しい時期だが、庶民の善意が集ってかたちになった。仕事を終えた桐はその一体感の余韻に浸っていた。
 必ず何かが出来る筈。そう心中で繰り返す。大火の晩には多くの人の力が合わさって起きた奇跡をその目にしている。たかだか町酒場の給仕でしかない桐も、そして竹之屋も、確かにその場に居合わせ、その大きな力の一端を担った。桐にはそれが誇りに思えた。
「復興はまだ始まったばかり。江戸の民、皆の力で成し遂げたいものだな」
 今年も楽しいこと辛いこと様々なことがあった。この歳月を振り返って見て、胸に残るのが温かい心地であったらいい。
 こうして神聖暦一千年の暮れは過ぎていった。