●リプレイ本文
九尾の狐・玉藻の陰謀を阻止する――。その目的のため、多くの冒険者が富士へと旅立った。
「一年ぶりだな、九尾。那須で解放されたことを悔やんだが、それも今日で終わりだ。蒼天十矢隊の一矢として、青き守護者カイ・ローン(ea3054)がお前の目論見を阻んでみせる」
カイや陸潤信(ea1170)たち異国生まれの者達にとっても今や九尾は共通の脅威だ。
「龍脈が暴走すれば江戸大火以上の惨劇が再び起こる。あの時の人々の嘆き、もう聞きたくはない」
「ええ。この国はこの大地に生まれ育った人達のもの。九尾の思惑通りにはさせません」
道志郎に率いられ一行は富士山頂を目指す。彼の傍には陸堂明士郎(eb0712)の姿がある。
「那須戦役を思い出すな‥‥あの時は自分はまだ駆け出しの冒険者に過ぎなかったが‥道志郎殿、思えばあの時からの貴殿との縁。今こうして共にこの地にあることを嬉しく思う。誠刻の武・主席としてではなく、友人として貴殿に力を貸せることを」
「――多くの出会いがあった。ここに至るまで織り述べられた多くの縁。その全ては、今日この日の勝利のため」
道志郎が頂を睨みつける。李焔麗(ea0889)は暫く青年の横顔を見詰めていたが、やがてその眼差しを感慨深げに遠くへと向けた。
「一年‥‥思えば長い歳月でした」
まるで不確かな情報を頼りに、若者は報酬を己の志と言い冒険者ギルドの軒を潜った。あの日から一年を越える月日が流れ、そして漸く。
「いま、あの時の事件が本当に幕を引こうとしているのでしょうか。ならば我々が為すべきは一つ。勝つこと‥‥それだけです!」
「やっと此処まで来たんやな」
グラス・ライン(ea2480)がいつもと変わらぬ無邪気な笑顔を覗かせる。
「今度はうち等の逆転大勝利やな。みんな、その為にも無事に帰ろうな」
この場へは来れなかったが、江戸には多くの仲間達が今も一行の無事と作戦の成功を祈ってくれている。陽が傾き始め、富士へ夜の帳が降りようとしている。陸が先導して登山道を進み一路九尾の元へ。そこに立ちはだかるは宿敵ともいえる妖狐セン。カイが槍を構えて歩み出る。
「シャンも情けないやつだね。自分が負けたからって義弟に泣きつくとは。こんなやつが腹心とは九尾の程度も知れるな」
「これは異なことを。義兄上も含め、我らが動くのも全ては玉藻様のため。もっとも、高々数十年を生きる人の身では計りかねることなのかも知れませんが」
グラスが経典を手に雪原に呼びかける。
「なんや? エルフに恨みがあるんは玉藻さんだけやないんか? うちの国にも昔騒ぎを起こしたらしいしな」
「そもそも九尾は亡霊一人制せないやつだったな。その癖、自尊心だけは高く、戦況分析ができないみたいだな。は! 俺達を倒したいのならこの三倍の戦力をもってこい」
「あのお方への暴言は聞き捨てなりませんね」
センが片手を上げると鬼達が得物を手に広がった。冒険者達が魔法と闘気の護りを受けて迎え撃ち、登山道を巡っての攻防が始まる。それを突っ切って焔麗が飛び出した。月の魔力の惑乱に抗するため闘気を高ぶらせ、鍛え上げた拳打を見舞う。それをセンは危うげなく躱わして見せるが、焔麗の瞳に宿る光は揺らがない。
「私では功夫が足りませんが、己を知ればそこに私の闘い方があります」
センが焔麗に気を取られた隙に陸が突進する。全身のバネを使っての跳躍から、闘気の尾を棚引かせながらの飛び蹴り。センを捉えるには僅かに及ばないが着地した陸は焔麗と共に妖狐を挟み込んだ。
すぐに仲間達も動いた。
「いくな!」
グラスの掌中から凍てつく竜巻が放たれた。それを鬼達が呑み込む中、低空を縫うように不破斬(eb1568)が駆けた。冷気の突風を掻い潜って熊鬼の懐へと入り込む。そこは陸奥流の間合い。その機を逃さぬ絶妙なタイミングで後方からイリス・ファングオール(ea4889)の援護が飛ぶ。神輝の戒めによって熊鬼が動きを止めたその刹那。心臓を脇差が一突きにする。
イリスが傍らの風斬乱を見遣る。
「将門さんの事、よろしくお願いしますね」
二人は共にこれまで事件を追ってきた仲。乱はふと道志郎を一瞥するとイリスの心中を察してニヤリと不敵な笑みを洩らす。
「任せておけ。共に戦うため、そのために俺達はここにいる」
「‥‥今はここが私の場所ですから。星を見つけたみたいで、たくさん幸せをあげたいと思って‥‥ムズカシイですけど‥‥その、将門さんもそう言う人の事を見つけてて‥‥見えてると良いですよね。九尾が相手だと凄く危険ですけど、でもどうか無事で‥」
不意にクルディア・アジ・ダカーハが鼻を鳴らして得物を方に担いで見せた。。
「あ?痛みや死への恐怖だと? それを楽しめねえ奴が、戦闘を楽しむ訳ねぇだろ。任しときな、上に強い奴がいんだろ? ならそいつは俺の獲物だ」
山頂へは彼等精鋭の冒険者達が向かう手筈だ。突破口を開くため、壬生天矢が斬馬刀を振りかざして道を抉じ開ける。
「道をあけろ! お前ら狐の陰謀は必ず阻止してみせる」
その眼光が一瞬だけセンを捉えた。これまで追って来た一連の策謀の主。だが今は激情を抑え込み、自らの責に応える為に剣を振るう。その時だ。突如として降り積もった雪が宙へ跳ね上がった。ウェス・コラドの念力により重力が逆転し、その混乱を突いて数人の冒険者が山頂へと駆け上がる。覆うとする鬼へはカイが槍術で巧く牽制して付け入る隙を与えない。
「蒼天十矢隊が一矢、青き守護者カイ・ローン、参る」
「カイ、援護する」
道志郎も斬から借り受けた九字兼定を振るって戦列へ並ぶ。今や狐の本性を現したセンへは陸と焔麗が相手をし、センの鋭い爪には佐竹康利(ea6142)が盾と立ちはだかって攻撃を捌き切り、焔麗も牽制打で注意力を奪い取る。
「観念しなセン!ここが手前の死に場所だ! 裏でコソコソ悪巧みする奴ぁ表に出てきた時点でもう負けなんだよ!」
「これが奥義・猿惑拳――あなたにこの動きが見切れますか?」
三対一では流石のセンも分が悪い。陸が拳撃を途切れさせず畳み掛け、センは魔法を使う余裕もない。後方ではグラスとイリスが結界を張っていつでも回復魔法を使えるように控えている。グラスのホーリーによる援護もあり次第に追い詰められるセン。勝敗は決しようとしている。ふとイリスが顔を曇らせた。
(「センなら、弱いトコを狙ってくると思いますし‥‥」)
その異変に最初に気づいたのはマリス・エストレリータ(ea7246)だ。マリスが機転を利かせて妖狐センを対象に放ったムーンアローは、陸達の相手をする狐ではなくその脇に控える配下の化け狐へと吸い込まれていった。
「そっちの妖狐は囮、本体は向こうの化け狐でしたな」
「くそっ! 雑魚はとっとと沈めェッ!!」
康利が囮を力任せに木刀でなぎ倒すと、すかさず陸がそこへ奥義・爆虎掌を繰り出した。怯んだ所を陸が富士の固い岩盤へと叩きつける。康利が木刀を構えてセンを睨みつけた。
「へっ、怖くて自分一人じゃ動けねぇか? でかい口叩く割りにゃぁ弱腰だな!」
「いずれ見破られるのは分かっていました。これも術中ですよ」
狐の体を淡い銀光が覆ったかと思うとセンが陸の顔を覗き込んでニヤリと笑う。
(「‥‥しま‥っ‥‥‥」)
月の魔法の中には時間経過を正確に体感するものもあるという。闘気の途切れるその間隙を突かれた。陸の意識に霧がかかり、そのまま膝からストンとその場に倒れこんだ。
「潤信!!」
「‥佐竹さん、危ない!!」
助け起こそうとした康利をセンの凶爪が襲う。焔麗の警告で一瞬早く木刀で受け流したが斜面に足を取られる。辛うじて受身を取って雪を払いのけて立ち上がると、今度は辺りを闇が覆いつくして視界を閉ざした。マリスが飛び上がって濃闇を抜けて上空へと抜ける。
「話に聞いたとおりイヤラシイ相手ですな。一時たりとも油断はできぬようですなこれは」
黒闇はすっぽりと陸達を覆っている。その中で陸と焔麗が背中合わせになって息を潜める。背筋を冷たく凍らせる殺気。かつて肌で感じたことのある感覚は肉食の獣のそれ。既に上空のマリスは闇の中へ一頭の虎が飛び入るのを見ていた。念話が陸堂へ急を告げる。
(「陸堂様、闇の中に虎人の気配ですな」)
(「‥‥やはり来たか、シャン」)
陸堂が尾にとの戦列を離れ、胴田貫を構える。
「‥無謀なのは判っている‥‥だが戦力は少しでも多い方が良い‥自分でも盾ぐらいにはなるさ」
そのまま陸堂は闇中へ飛び込んだ。既に斬も気配を感じ取って斬も動いている。
「華西虎山‥‥」
闇を見通そうとするように視線を彼方へ向け、両手に得物を握り締める。
(「人の中でもこれ程の武士は珍しい。私怨で目を曇らせていなければ、俺の工作は見抜かれ、斬られていただろう。文武に秀でた強敵。今の俺の腕では、手数勝負は不利‥‥ならば」)
逆手に握った左の短刀を右肩まで持ち上げ、右の脇差は隠すように腰溜めに左へ。正中線を庇うように交差した構えを取る。
「龍脈は穢させん‥ゆくぞ」
「俺にとって龍脈などどうでもいいことだが――」
その声は闇の中から聞こえてきた。獣臭が鼻を突いたかと思うと凄まじい膂力でもって風を切り裂く音。虎爪を斬が紙一重で躱わしたのも束の間、裏拳様に重い拳が斬を襲う。華国十二形意拳・虎の奥義爆虎掌――。
「武の矜持に賭けて貴様らだけは狩る」
「虎人シャン――その武にこの俺の技、確と刻み込んで見せようか」
それは一瞬の交錯だった。シャンの左腕に斬が左の短刀を突き立てたかと思うと、反動に任せて半身を捻った。次の瞬間には交差した腕を開くように右の脇差がシャンの動脈を薙いでいた。これ全て、流れるような一連の動きである。
「華国の武道にもこの技はなかろう。これが陸奥の技、不破流狼剣術、水狼の型<止水>」
「侮るな‥‥たとえ腕を亡くそうととも、虎には牙がある」
だがその目論見は半ばで閉ざされる。既に隻腕の華西の死角になる右へ陸堂が回りこんでいる。
「死に挑みし修羅の名、その身に刻んで地獄へ行け‥‥!」
手負いとはいえ油断できる相手でないことは陸堂も身をもって知っている。その切っ先に全霊を込め、首根へ振り下ろす。牙を剥いたままのその顔でシャンの首は転がった。
そして唐突に闇は晴れた。
そこにセンの姿はない。そしてその頃には配下の狐は鬼も、マリスのスリープなどの援護を受けたカイ達の手によって殆ど姿を消されていた。マリスが上空から見渡すも影すら見えない。
「道志郎様、どうやら雪原のどこかに隠れたようですな。幻影を被せられたら見分けるのも大変なんですぞ」
マリスの全身を再び月の輝きが覆った。この月の矢の向かう先に狐は隠れている。戦場に緊張が走る。放たれたその矢は真っ直ぐに道志郎の元へと飛んだ。
(「‥‥しまった‥」)
道志郎の右後方の雪が盛り上がりそこから狐が姿を現す。その爪は道志郎を狙う。だがその機を狙っていたのはセンだけではない。雪原から雪を撥ね退けて一人の男が姿を現した。隠の忍びの一人、音無藤丸(ea7755)。藤丸はこの戦場で息を殺してこの機を待っていた。
(「全ての元凶を生み出したセンを抹消する事。これ以上の暗躍はさせたくありませんからね」)
雪原を疾走し、一気にセンとの間合いを詰める。藤丸の短剣が煌いた。センは見切って躱わすが、だが避けきれずその両目を真横に剣閃が走る。視界が途切れた次の瞬間には返す刀がセンの喉を割いていた。
藤丸が耳元でそっと囁く。
「闇霞が忍び藤丸、隠の礼は拙者がさせてもらおう。影に生きる者の礼は拒否できません」
(「おのれ冒険者‥‥」)
傷は深いがそれでもなお妖狐を即死させるには至らない。藤丸を振り払うとセンは大地に四足を付いた。彼を睨みつけ、月の生霊力を手繰って精神を研ぎ澄ます。だがセンの呼びかけに精霊は応えない。
(「ば、馬鹿な‥‥声が‥」)
藤丸の刃はセンの声帯を破壊していた。術を失っては術士は戦えぬ。そこからのセンの判断は早かった。
「待て! 逃がすか!」
身を翻すと部下を捨て置いて斜面を駆け下りる。すかさず康利が追おうとするがそれを道志郎が制した。
「――いや、いい。奴をやる絶好の機ではあるが、今は儀式の阻止が最優先だ。それより山頂へ急ごう」
まだ数匹の鬼がこの場へ残っているがマリスが念話で撤退を呼びかける。
(「‥‥抵抗すると無駄死にをするだけですぞ」)
戸惑う鬼達だったがグラスがストームの魔法を行使するとそれも散り散りになった。遂に護衛を撃破し、冒険者達は頂へと手を掛ける。登山道を急ぎながら、最後にカイが点々と伝う血痕を振り返って睨みつけた。
「今は逃がすが――忘れるなよ。蒼天をかける十の矢は未だ一つも欠けていない。常に狐を狙っていることを」
そうして道志郎達が山頂へ付いた頃には既に戦いは終わっていた。精鋭達によって九尾は退けられた。龍脈は守られ、遂に九尾の陰謀は潰えたのだ。
こうして道志郎たち冒険者は大役を終えて江戸への岐路に着いた。
「さぁ、帰ろうか皆。江戸に戻ったら今度こそ皆で祝杯をあげよう」
「酒だけじゃねぇな、宴会だ。味気ねぇ保存食じゃなくて美味いモンでも食いてえな!」
「そうやな。うちもなんや甘いもんでも食べたいな。江戸は甘味が多くてええもんな」
康利がいうと釣られてグラスや仲間達にも笑顔が覗く。一行は登山道を下っていく。
不意にイリスが道志郎の顔を横から覗き込んだ。
「‥‥約束、まだ忘れてないですよね?」
道志郎はそれに力強く頷いて応えた。踵を返すと先頭に立って歩き出す。その背を見詰めるイリスの瞳が揺れた。
(「この世界で、自分の足で歩くことはとても頼りないことの様な気がしてましたけど‥」)
小走りに道志郎の背へ駆け寄り隣へと並ぶ。
置いてかれないように。ちょっとでも前に進めるように。
「道志郎さん、私もいなくなったりとかしませんから‥あ、でもたまに迷子になるかもですけど‥でも‥」
「分かってるよ。俺も消えたりしないし、冒険もまだ終わりじゃない。その時は、また一緒に来てくれるよな?」
「はい♪」
こうして狐の一族による陰謀は退けられ、一年半の長きに渡る彼とその仲間達の冒険は幕を下ろした。だが道志郎の言うように冒険は終わりではない。狐の脅威は去ったが、九尾の撒いた災いの種は未だ日ノ本に眠っている。朝廷の弱体化と四候の対立はこれから先の日ノ本の正常に重く圧し掛かってくるだろう。物の怪を相手取った戦いより、或いは人間同士の諍いがより厄介かもしれない。
だが今はひとたびの休息を。日ノ本の動乱の物語の第一部はかくして幕を引く。道志郎も、その仲間達も。今は体を休め、暫し平穏の時を。やがて来る第二部の幕開けのその時まで。