【奥州戦国浪漫】  白面野の決戦

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:10人

冒険期間:01月18日〜01月23日

リプレイ公開日:2006年01月24日

●オープニング

 夢の中で死んでしまうと、人は己が死を知ることなく逝くのだろうか。たとえば死の淵の老人が若き日の己を夢に見ながら死ねば、彼はきっと在りし日の青年として逝くのか。では、そこで誰かまったく別の人物になった夢を見ていたとしたら? その時一体、誰が死んでしまうんだ‥‥?
 さて、今宵冒険者達が見るのは悪夢。ところが只の悪夢じゃない。こいつはとても危険な代物だ。触れれば切れるし、押せば血が出る。目覚めまでの暫しの時、死に物狂いで地べたを這いずり回って貰おうか。夢だと思って気は抜かないことだ。忘れちゃいけない、こいつはとても危険な悪夢なのだ。
 さて、今宵の夢の筋書きは‥‥‥‥。


 ---------------------------------------

 百年の昔。新皇を僭称した平将門と、朝廷の討伐軍との間に激しい戦いが繰り広げられた。
 東国を追われて北へ敗走した将門は、藤原家を頼って奥州を目指した。諸侯は是を追撃するも将門はこれを悉く撃破。だが奥州の地にてある時わずか一晩にて壊滅的な敗戦を喫し、討死したとされる。この事実を伝える軍記・将門記は神皇家によって焚書の憂き目にあい、乱の事実は百年の後の世には知られていない。将門の最期もただ壮絶な死に様であったといわれているが、その末期はいまだ謎に包まれている。
 果たして闇に消されたその真相とは。それを今から語ろうではないか。これはその三月に渡る乱を追い、将門の無念の死までの刻を暫しともに歩むものである。これは将門の乱、その誰も知らぬ真の姿を描き出す闇の軍記である――。


 神聖暦864年暮れ。
 朝廷軍の攻撃により総勢三万を誇った将門の手勢は各地で散り散りとなる。将門は残った一万の軍勢と共に神剣草薙の力を借りて北へと逃げ落ち、奥州の藤原秀郷を頼って平泉を目指す。度重なる朝廷軍の追撃を悉く退け、やがて北への扉は開かれた。遂に将門は奥州平泉の地まで逃れきったかに見えた。
 だが藤原秀郷は将門を裏切り、高館に敷いた将門軍の野陣を奇襲。密かに領内へ招き入れていた源経基、平貞盛と共に将門軍を包囲挟撃する。この奇襲攻撃に多くの味方を失いながらも将門軍は将達の奮闘で態勢を立て直し、深夜、遂に討伐軍への反撃に転じる。
 だがその軍中に将門の姿はない。秀郷の裏切りを知らされた将門は、この目で確かめると言い残して単騎で麓の軍の下へと駆けた。そして新皇の宣託を行った巫女ミズクもまた、将門を追って前線へと。ミズクに宿る不思議な力が彼女へ告げる。この道は将門にとって二度と引き返せぬ死への道行き。そしてそれは、ミズク自身にとっても――。
 南、興世王軍中。
「怯むな! 敵は戦下手のあの経基、体勢さえ立て直してしまえ我らの敵ではない!」
 本軍からは弓兵隊も駆けつけ、また辿りついた将頼らの兵による挟撃で敵の尖兵を突き崩した。雪の降り頻る中、白面の雪原を血に染める戦いが繰り広げられる。北でも藤原玄明と黒崎直衛の騎馬隊による電撃戦で活路を切り開き、押し寄せる貞盛軍の出足を挫くことに成功している。奇襲を堪えきった。この局面さえ凌げば、後は中央の護衛軍で斜面を下って将門を救出し、最後は南を突破口にして高館よりの撤退を図るだけ。
 だがそんな中で、直衛は胸に過ぎる一抹の不安を隠せないでいた。その手には一通の文。
『心得よ。敵は最も遠く、近い所に居る。決して気取られず、耳を澄まし牙を磨くべし』
 その不思議な文は直衛自身の筆致によるもの。身に覚えはなく何だか気味の悪い代物だが、直衛はなぜか見過ごせずにいた。
(「嫌な予感がする‥‥将門様は単騎で麓の部隊の下へ向かわれたとか。護衛軍が無事にお守りできていればいいが」)
 高館の西の麓では前哨に敷かれた将門護衛軍の前哨と秀郷の兵とで激しい攻防が繰り広げられている。だが疲弊した寡兵では秀郷には抗し難い。報せを聞いた闇鳩こと風斬嵐は戦線を部下に任せ、単騎で将門の下へ駆けていた。雪原には秀郷軍がひしめく。その原野のへりを縫うようにしての決死の一騎駆け。だがそれもすぐに敵兵の目に留まる。
「あの羽織と太刀、名のある将に違いない! 首を挙げれば報奨金も思いのままだぞ」
「かかれ! 囲んじまえば何とでもならあ!」
 雑兵が彼の行く手へと立ちはだかる。闇鳩の刃が風を斬り、すれ違い様の一薙ぎ。
「邪魔だ‥‥」
 無銘の黒刀がそっ首を刎ねる。
(「今日の俺は酷く機嫌が悪い‥‥怨むならば己の愚かさを怨め」)
 無心で刀を振って血路を切り開く。将門の刃は、ただ主の、友の下へと。
 高館の西では秀郷軍の尖兵によって今にも将門軍は打ち破られようとしていた。山野を駆け下りた将門は雪原に広がる秀郷の軍を目の当たりにする。篝火の中に照らされて浮かぶ将は確かに藤原秀郷。将門の唇を
「馬鹿な‥‥あれは‥秀郷‥‥」
 将門の目の前で秀郷はその腕を振り上げた。
「――放てェ!!」
 同時に弓鳴りが白面野に木霊する。咄嗟に将門が手綱を引くが、矢嵐が乗馬を射殺した。
「将門様ーー!!」
 追いついたミズクの悲鳴。馬を追ったミズクが蔵を飛び降りて将門へ駆け寄った。
「将門様、ご無事で!?」
「我が夢は‥覇道は‥‥ここで潰えるのか‥‥」
 雪原へ投げ出された将門は呆然と呟いた。
「‥‥夢の舞台は‥‥ここで幕を引くのか‥」
 それは遂にこの平泉の地で終わりを迎えた。将門へ秀郷の歩兵部隊が押し寄せる。周辺の味方部隊は総崩れとなり、もはやその進撃を止めることは叶わない。ミズクの白い面をとめどなく涙が伝う。
(「将門様‥‥」)
 突如。
 雪原を漆黒の闇が覆った。
「な、何だこれは!!」
「あ、うわ‥」
「ひ、ひぃィィィ!!」
 雑兵たちの絶叫。将門の顔へ生暖かい生き血が跳ねる。暗闇の中でミズクの声が静かに告げた。
「‥‥見えます‥」
 やがて闇が晴れると、そこには雪原を赤く染めて夥しい死体が折り重なる。そこにただ一人立つのは――。
(「全て理解しました‥‥ここは将門様の呪いの夢の世界。そして私はそこに巻き込まれた一人。この不思議な力の由来も全て‥」)
 しなやかな四肢は淡く輝く金毛が覆っている。その身は馬ほどの大きさで、爪には鮮血が滴っている。振り返った顔は雪のように白かった。
(「私は将門様によって現世からこの世界に呼び出された一人。全てはここでこうして貴方様とまみえる定めだったのかでしょうか‥‥私の名は、玉藻」)
「ば、馬鹿な‥‥」
 将門が腰のものへ手を掛けた。すらりと抜き放つと、周囲の空間へ言い知れぬ冷気が立ち込める。まるで大気が渦巻くように将門の身を妖しくも荘厳な空気が覆う。その刀身は強力な霊威を帯びていた。それを目にした九尾は眉を動かした。
 将門がその業物をミズク――玉藻へと突きつける。
「ミ、ミズク‥‥貴様!!」
「――ですが‥いまこの場にいるのは巫女ミズク。将門様をお慕いする一人の巫女ミズクとして、その夢の最期をこの手で」
 将門の夢、その覇道の終わりは遂に姿を現した。将門の覇道とそこへ乗せた多くの武者たちの夢を喰らわんと、白面の魔物はその牙を光らせる。今夜、この場に集った諸将は紛れもなく日ノ本における至強の軍。だが彼等の前に待ち受けるは華国・印度と二つの国を傾けた大妖、九尾の狐。
 三月に渡る乱を追うこの夢の旅路は、すべてこの一戦の為に。長い悪夢は遂にこの地で幕を引く。

●今回の参加者

 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3484 ジィ・ジ(71歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

沖田 光(ea0029)/ 壬生 桜耶(ea0517)/ 風守 嵐(ea0541)/ 壬生 天矢(ea0841)/ 陸 潤信(ea1170)/ 逢莉笛 舞(ea6780)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ イワーノ・ホルメル(ea8903)/ セシェラム・マーガッヅ(eb2782)/ 桐乃森 心(eb3897

●リプレイ本文

 南、興世王・ミズク軍。
「‥急報だ。中央の護衛軍前哨に妖怪出現。敵味方共に戦線は混乱」
 その報せは忍びの伊勢風盛によって南の興世王にもたらされた。妖怪出現と将門の危機。
「馬鹿な‥妖怪だと‥新皇様をお守りせねば」
 南軍は興世王の指示で援軍を差し向ける。鋼蒼柳もそれに志願し、率いてきた弓兵隊へすぐさま指示を飛ばす。
「どうやら妖怪の類が現れたようだが、お前達は変わらず場を制圧しろ!」
 与えた命は経基残党の駆逐。
「軍が浮き足立つ程となると相当の霊威を宿した妖怪。ならばただの弓では歯が立たん! お前達は南へ逃れる路を堅持しろ!!」
「回復部隊はわたくしに付いてきなさいっ」
 僧兵を束ねる大神沙月が手綱を引き、馬首を返した。高館の西を包囲するように秀郷は兵を配置している。その鼻先を縫って飛ぶ矢光のように、斉藤忠信を先頭にに騎馬援軍が駆け抜ける。
「どんな事が在ったって将門様を守り抜いてみせるよ‥‥それが約束だもん」
 その列に加わりながら、ミズク軍の将日高祐之真が懐に忍ばせた文を握りつぶした。
「‥‥警戒は強めていたが、まさかこの手紙に書かれていた内容が本当に起こるとは‥」
(「将門様‥貴方には生き残ってもらわねば‥‥新しい世界を夢見る、皆の為にも。そして俺も死なぬ‥‥また別の異国への道を見つけ、あいつを迎えに行く為にも」)
 日高の放った忍びにより、将門の元へ現れたのは強力な霊威を持つ妖狐だという報せも届いた。確かに将門軍は日ノ本の至強。どんな将が相手でも屈指はしないだろう。敗れるとすれば、或いは――。
 合流したばかりの将頼配下、不知火刹那は心中へ忍び寄る暗い予感を振り払おうと必死で馬を走らせた。
「絶望的な戦いでも諦めず皆で力を合わせて傾国の大妖怪を退け、もう一度大切な夢を追うですよ。どんなに困難でも歴史を捻じ曲げるってそういうことだと思うです」
 北でも貞盛を相手取って四天王の玄明が戦っている北軍には将門の牙・黒崎直衛と将門の楯・久方士魂がついている。信じられる仲間がいる。たとえ、それがどんな困難が待ち受けようとも――。
 同じ頃。
 将門の元へ向かうマスター・ウェストが高館を包囲していた秀郷兵によって捕らえられていた。
「怪しい奴だ、何者だ」
 その言葉は急使によって中断される。
「秀郷様! 急報に御座る!! 将門軍内に妖狐出現!!」
 新皇を後一歩と追い詰めるも、将門につき従う巫女が妖狐へと変化。敵味方共に戦線は混乱。耳にしたウェストがニヤリと唇を歪める。
「なるほどそうゆうことですか。――ミズク君も本性を晒さなければ人として過ごせたかもしれませんね」
「貴様、何を知っている」
「秀郷様、このようなものが」
 ウェストの荷物から見つかったのは一冊の書物。
「『ヒノモト戦乱記』、またの名を『将門記』とでもいいましょうか。なかなか面白いものだと思いますよ。但し読めたらですが、けひゃひゃひゃ」
「――この毛唐を拷問にかけて情報を引き出せ。その後は好きにして構わん。これより全軍、賊軍が態勢を立て直す前に奴らを殲滅する。奥州藤原百年の繁栄はこの一戦にあり!」
 その頃、中央の護衛軍。
 陣を立て直しを終え、後は将門公をお迎えするばかり。偵察兵から急報が届いたのはそんな折であった。将門の向かった麓から風に混じって法螺貝の音。姫将こと紅葉は言いようのない胸騒ぎを覚えて全軍へ号令を下す。
「急ぎ将門様の元へ向かいお守り致しまする!」
「まさかその魔物は‥‥聞いたことがあります」
 配下の一人が恐れながら報告する。金毛白面の九尾の狐――古の時に海の向こうで国を傾け、日ノ本へ渡ってきた大妖怪。美しい娘に化けて権力者に擦り寄り、その者が破滅する過程を演出することを無上の喜びとする性悪な女狐。数百年の昔に封印されたと聞くが‥‥。
 すぐさま与十郎らが馬を駆り、護衛軍の増援が斜面を駆け下りた。限間もその場へ重装兵を残し、五人衆のうち二隊で精鋭を引き連れて増援に加わる。
「何、これまでしぶとくも生き残ったのです。今回もまた、同じ事。‥‥後は任せました」
 姫将も護衛軍本陣には主力らを残し自ら紅葉衆を率いて救援の馬を飛ばす。既に高館の西は完全に敵の手に落ちている。迎え撃つ敵部隊へ紅葉衆の忍びが煙玉を投げつけ、その隙に騎馬での強行突破を図る。
 この様子では既に麓の将門は孤立しているはず。事実、将門は五十の馬廻り衆の殆どを失い、秀郷の大群の只中に孤軍していた。周りには秀郷一千五百、眼前には九尾の狐。いつしか高館の空を叢雲が覆い始め、渦巻く大気が豪雪を山野へ巻き起こす。将門の命脈は風前の灯も同じ。夢の灯りを絶やすまいと武者達は奮起するが、もはや時は遅すぎたかに思えた。将門の周囲は雪を飲み込む濃い闇が舞い降り、その中を遂に妖狐の爪が将門の首を捉えようと襲い掛かる。
 刹那、暗闇に火花が散った。
「待たせたな‥‥」
 凶爪を押し留めたのは、突如として闇を薙いだ太刀。
「世話が焼ける。‥阿呆、たった一つのことを忘れやがった。‥‥ならば、力ずくで分からせてやるだけだ」
 将門と五分に口を聞くのは軍中にただ一人。
「馬鹿な、お前は‥‥」
 闇の中に浮かび上がった顔は、将門の闇鳩こと風斬嵐。
「思い出せ、将門。お前の後ろにはどれだけの馬鹿が、何のためにたった一つの体を張って戦っているのか」
 その意味を。
 その意思を。
 その、――希望を。
「俺も変ったな。誰かの為にまた刀を振るうことになるとは」
 あわやというところを救った闇鳩の登場を期に、流れは僅かに向きを変え始めた。程なくして坂を駆け下りた姫将が馳せ参じた。
「将門様!!」
 事態を察して三人の将が配置につく。その身に闘気を宿して限間が腰の物へ手を掛けた。
「ミズク殿がどうであれ、将門公の覇道を食らうというのであれば自分は刀を取りましょう」
 直ちに五人衆が2人と兵を三分し、ミズクを取り囲む陣を敷く。与十郎が持ってきていた胴丸を将門へ投げて寄越した。
「将門公‥鎧、着る‥!」
 武者鎧を着込んでいる暇はないが矢玉一発で命を落としかねないよりはマシだ。与十郎の胸に伝わるのは、身を焼く将門の暗い感情のうねり。信じた者に裏切られた絶望と憎しみ。それを絶たねばならぬと与十郎は確信する。
 一方で南からの増援は高館山の西部をすっぽり覆う秀郷の軍によって足止めを喰らっていた。一時は九尾出現に混乱した秀郷軍だったが時期に統率を取り戻し、まだ混乱の残る将門軍を殲滅せんと行動に出る。南からの増援は厚い包囲網によって閉ざされたかに思えた。
「何だ、あれは!」
 雪原を駆けて来たのは百からの歩兵の一団。それが秀郷足軽隊の脇腹へ強烈な一撃を叩き込む。それはいずれも無手の武道家達。その格闘兵団の先頭に立つのは。
「‥‥継信兄貴!!」
 そこに生き別れた義兄の顔を見つけて忠信は我が目を疑った。
 金山で九死に一生を得た継信は、彼の地で戦った大蔵春実の拳兵達と交わり行動を共にしていた。継信の説得で朝廷の元を離れた百からの華国同胞と共に、将門の後を追っていたのだ。
「忠信」
 呼び声に誘われた忠信の乗馬が継信の脇を駆けた。駆け抜け様に二人は互いに拳を差し出した。軽く触れ合ったそれは固い約束。忠信の体に継信の闘気が宿り、寒さで重かった体もいつしか血肉が沸くように躍動を始める。
「‥‥これで百人力だぁ♪」
 駆け抜ける忠信を先頭に増援部隊は一点突破を図る。沙月の配下が放った剣圧が歩兵隊を薙ぎ払い血路を抉じ開ける。それに次々と仲間達が列を成し、火之迦具土を奉じる一族と行動を共にしていた異人の魔術師ジィが後列で追っ手を引き受ける。
「ここはわたくしめにお任せ下さい」
 ミストフィールドの経巻によって白面野へ濃い霧が張り出す。騎馬を追って飛んだ矢嵐は霧へ飲み込まれて狙いを外した。後は将門の元まで最短距離を一直線に結ぶだけ。騎馬隊が雪原を駆け抜け、遠目の利く鋼が将門を視界に捉えた。
「将門様!!ご無事で!? ――――っ狐!?」
 実際に目の当たりにすれば圧倒的な霊威。鋼の全神経がビリビリと警鐘を鳴らす。
(「あの九尾の狐‥‥何か許してはいけない‥‥何かを感じる‥!」)
「狐!!何を企んでいるかは知らんが‥‥将門様から離れろ!!」
 追いついた刹那もその光景を目の当たりにして強い畏怖の感情に襲われる。
(「あれは初めての筈のに‥戦えば『また』大切な部下を失う気がするです。この胸を締め付けるような悲しい想いが怖い‥‥でも退けないです。将門様の覇道は私達の夢でもあるです」)
 将門とその将達と対峙していたのは馬よりも更に大きな狐。その体の端に張り付くのはミズクの巫女装束。沙月が素早く弓矢を番える。
「ミズク様っ! 妖怪に憑かれて仕舞われたのですか?! おのれ狐め‥。ミズク様を返しなさいっ」
 ふわりと雪の飛ぶように狐が舞い矢撃を尾で叩き落とした。人の身と古の大妖とでは力の差は歴然。九尾は次に将門へ狙いを定めてその爪を光らせた。刹那の瞳が揺れる。
「ミズク様、将門様の覇道の先にある理想を夢みて共に戦ってきた想いは偽りだったのですか。全ては嘘だったんですか」
「‥私はミズク‥そして妖狐‥‥この力故にこの夢幻の世界のからくりを知ってしまった‥‥将門様はここで死する定め‥‥ならばせめてその最期はこの私の手で――」
「いいえ。この現世(うつしょ)の未来はまだ決まってはおりませぬ」
 姫将が将門を庇うようにミズクの前へ立ちはだかる。
「将門様と共にそれを切り開いていくのが我らの勤め‥‥目をお醒ましくださいませミズク様、例えどのようなことがその身に起ころうとも、将門様に対するその想いは誠であると、紅葉は信じておりまする!」
「例えミズク様を盾に取られようと、将門様の覇道は我らの夢、何人たりとも邪魔などさせるものですか!」
 沙月の兵が弓を射掛けながら将門を庇う。沙月自身も、忠信、日高らと共に駆け出した。
「――胡蝶の舞」
 だが沙月の二刀も、忠信の人馬一体の妙技も、日高の牽制撃も狐には届かない。ふわり。再び狐は宙を舞ってその攻撃を未然にかわした。不意に九尾が身を竦ませる。背後に殺気。北よりも直衛の六百が増援に駆けつけた。南からも日高の歩兵隊が追いつき、増援の騎馬兵らも合わせ、将門の周りには数百の兵が集っていた。
 九尾はそれらをぐるりと首を巡らせて視界に収めた。
「朝廷の手に落ちるくらいならば、せめてこの私の爪で‥‥」
「まずい、下がれ‥!」
 鋼の号令も虚しく原野へ暗い帳がおりる。見通せぬ闇から血飛沫が舞い、やがてそこから九尾が飛び出すと夥しい遺骸が雪原に転がる。
「この戦場は我らの戦場!! ここに貴様のような奴が入り込む隙は無い!!」
 その身を覆った闘気を矢と変えて鋼が狐へ撃ち出した。それが狐の眉間で弾けたと同時に刹那は兵を動かしていた。生き残りの騎馬兵が突撃を敢行する。しかし騎兵が束になって掛かっても敵う相手ではない。紙屑の様に凶爪の前に隊は引き裂かれた。武者達を撫で斬りにした九尾は雪空へ舞い上がる。
「せめて一矢でも‥‥」
 その白い腹目掛けて刹那が渾身の火急を叩き込む。爆煙の後。将門軍随一の火術を誇る戦巫女である刹那を以ってしても、その金の毛並みを僅かに焦がしただけだった。
 ―――敵わない。
 つわもの達は実力の開きを実感として理解した。今の彼等の力でも九尾の霊力にはまだ遠く及ばぬ。飛び上がった狐は将門の頭上を越えて援軍の限間達の兵の中に降り立った。黒闇が隊を呑み込むと悲鳴が木霊し、やがて辺りを再び静けさが覆う。
「――姫将! 与十郎! 限間‥!」
「将門様‥‥」
 闇の中に限間の姿が浮かぶ。その腹からはどろりと腸がはみ出ている。沙月のくのいち火那が僧兵を向かわせるが間に合わない。致命傷だ。刀に寄りかかりながらも限間は将門の元へ最期まで歩み寄ろうと足を進める。
「絶望はしません。自分達は日ノ本最強の兵(つわもの)でありますから。大妖にとて、負けはしません‥そうでしょう、将門公?」
 微笑を湛えながら限間は逝った。これまで夢の舞台を共にしてきた仲間達の死を目の当たりに将門の魂が震える。
「急報! 北の玄明軍を秀郷の増援が急襲! 戦線は崩壊、久方士魂殿討死!」
 将門の楯、破れる――。
 その報せは辛うじて留まっていた将門の心の支えを突き崩した。
(「馬鹿な‥‥士魂までもが‥よもやこれまで‥我が覇は‥この将門が夢見た道はもう閉ざされ――」)
 夢は、破れた。
 歴史は変えられないのか。
 否。
「将門様、士魂殿の最期の言伝に御座います――」
 ――士魂は死なず。七度生まれ変わりて公の下に侍る。覇道を進まば共に往き、曲(禍)らば護国の盾と阻む‥‥それが士魂の義侠道に御座候ふ。
 士魂の残した言葉。それは将門の心に残っていた最後の力に火を灯す。刹那が将門へ呼びかけた。
「まだ我らの夢は潰えておりません。将門様のご命令があれば我ら日ノ本における至強の軍、あらゆる困難を打ち破ってみせます。私達の夢と理想は最後まで将門様と共にあります」
 灯火は風に煽られて一際大きく燃え上がった。それは一瞬の閃光。
「道は――まだ閉ざされてはおらぬ!」
 将門が剣を掴む。
「我が覇業の軍はここに潰えようとも、せめて至強の名を兵達の手向けに――!」
 そこから先は、もう覚えていない。将門の剣光が煌き、雪原を金毛と鮮血が彩った。その光景を最期に夜は明ける。闇夜を割って光が降り注ぎ、悪夢は夢幻の淵へ沈んでいった。
 そして冒険者達は目覚めの時を迎えていた。

 ――神聖暦千一年、一月十九日未明。

 天乃雷慎(ea2989)は不意に夢から覚めた。傍らには普段通り二人の兄の姿。その当たり前の光景を前に何故か雷慎むは落涙を禁じ得なかった。
「‥‥兄貴♪」
 雷慎の気配で兄が目を覚ますと、雷慎はその首根へと抱きついた。
 トマス・ウェスト(ea8714)もまた自宅で目覚めを迎えている。
「あの夢見の悪さはなんだったのかね〜」
 これまでに不可思議な夢に悩まされていた者達――七神斗織(ea3225)、ジィ・ジ(ea3484)、七瀬水穂(ea3744)、久方歳三(ea6381)、そして鋼蒼牙(ea3167)も同様の体験を覚えていた。
「‥‥‥この感じ‥‥またか‥‥。だが‥‥何かが終わった‥‥気がする‥‥」
 共通するのは、胸に残ったある種の感情。何かが終わりを迎えたという漠然とした実感。本町の限間灯一(ea1488)の家では白羽与一(ea4536)と火乃瀬紅葉(ea8917)らもほぼ同時に目を覚ましている。川の字になって眠っていた三人は誰からともなく向かい合った。紅葉が限間と与一の肩をぎゅっと抱きしめた。
 紅葉の目尻にうっすらと涙が滲む。
「分かりませぬ。この涙の理由は分かりませぬが‥‥帰ってこれた、無事に帰ってこれたのだと‥‥‥そんな気が致しまする」