竹之屋敏腕繁盛記♪  如月の献立

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月07日〜03月12日

リプレイ公開日:2006年03月16日

●オープニング

 江戸の下町に軒を構える小さな居酒屋、竹之屋。その2号店が軒を構えるのは険者街の人形町。地域に根ざした店作りを目指して昼はお食事処、夜は居酒屋として街の人々に親しまれている。昨年は火事で江戸中どこも大変だったが、そんな慌しい一年が過ぎて、今年も庶民の味をモットーに元気に営業中だ。
 さて、そんな竹之屋で今日起こります事件とは‥‥。


 昼時ともなると竹之屋は慌しい。暖簾をくぐると店内は活気に溢れている。
「ご注文入りました! 白味噌雑炊とカサゴの揚げ餡かけ、あと茶碗蒸しお願いします!」
「麦飯の握り飯と山葵漬け、あちらのお客様がご注文です」
「こちらも追加だ。鳥そぼろ饅とみたらし団子を宜しく頼む」
 店内は今日も客で溢れ、給士がお盆片手に慌しく走り回っている。
「厨房の方、手が足りないわね。お千ちゃんもこっち手伝ってくれるかしら?」
「は、はーい!」
 昨年のオープンから五ヶ月。2号店オリジナルの名物メニューも幾つかできあがり、今では本店を凌ぐ賑わいだ。本店店長のやっさんも恵比須顔である。馴染みの客も多くつき、いかにも順風満帆といった活気である。
「いやー、今日も賑わってんな! いつものやつ頼むぜ」
「お、いらっしゃい。今ちょっと込んでるから、あっちの奥の席に頼むよ。――注文追加でお好み焼きお願い〜!」
「よっしゃ! もうひと頑張りやな!」
「注文たくさん、どんどん作るネ。あ、お千ちゃん、お好み焼きを――」
「――分かりました、私やりますね」
 厨房に入ったお千がうどん粉に材料をいれて手早く生地を作る。
 お千ちゃんは界隈に住む町娘。ひょんな縁で竹之屋の手伝いをしていたが、2号店オープンをきっかけに正式に店員となり、一人前を目指して目下修行中である。
「生地を丸く伸ばして、鉄板で軽く焦げ目をつけたらヘラで裏返して‥‥」
 お昼時の込む時間が済んで一段落するまでもう暫く掛かりそうだ。今日は久々に暖かな陽気。通りをいきかう人も多い。オープンからそろそろ半年。竹之屋ははじめての春を迎えようとしていた。

●今回の参加者

 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0240 月 陽姫(26歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

フェイマス・グラウス(eb1999)/ 雨神 慶庵(eb4666

●リプレイ本文

 竹之屋の一日は朝の仕入れから始まる。
「はよーさん。いつもの分またぎょうさん頼むで。それから今日は白魚のいいとこもや」
「朱やん、えらい張り切ってんな。今日は店の方で何かあんのかい」
 年が明けてからこっち、二号店店長の朱雲慧(ea7692)は随分と張り切っている。河岸の親父にリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)がチラシを差し出した。
「竹之屋春の限定メニューだよ。いろいろ催しもあるから昼はうちに食べに来な。それとこれ。魚河岸分のチラシ、よろしく〜」
「ったく、リゼ姐さんは人使いが荒いやね」
「文句言わないの。うちが繁盛すれば仕入れ注文も増えるんだからね。共存共栄でいこうじゃないの」
 日差しも日増しに暖かくなり、いよいよ春の訪れが近い。竹之屋では季節の催しの準備が進められている。奥の机で看板に向かう鷹見沢桐(eb1484)が筆を走らせると、そこには雛祭りフェアの文字。店内では香月八雲(ea8432)が飾り付けに精を出している。今日は常連客の山岡忠臣(ea9861)の口利きで呉服問屋から衣装を借りれることになっており、お千達が受け取りにいっている所だ。
「‥え!? ここで試着ですか!!?」
「俺ってばお千ちゃんの綺麗なお雛様姿を、いの一番に見たいのさ。‥‥今だけは、お千ちゃんは俺だけのお雛様ってこった」
「もう、山岡さんは口が巧いんだから。あ、でもお雛様は私じゃなくて八雲さんですよ??」
 折角の臭い台詞もサラリとかわされてしまったが、艶姿が見れて幸せそうな様子。お千が裾をちょこんと持ち上げてクスリと笑う。またまたニヤける忠臣。
 やがて元の格好に着替えるとお千はお手伝いの店員と一緒に衣装を抱えて店へと急ぐ。忠臣が帰りしなにふと手代を振り返った。
「そういやここじゃ洋風の着物ってのは出来ないのか」
「ええ、品数は少ないですが最近は取り揃えるようにしておりますが、何でまた」
「ま、理由は色々とな」
 さて。
 店では一仕事終えた八雲が何やら裏でそわそわしている。
(「ええと‥初詣の時の朱さんの台詞って、やっぱり‥‥そそそ、そうですよね!」)
 朱からプロポーズを受けた八雲。だが、ついこの間まで丸きりの奥手だった八雲にはまだ自分の身に起こった実感がなくて。まるで芝居か何かの世界に迷い込んだような心地になってしまう。
(「でも改めて聞こうにも恥ずかしくて‥‥どうしましょう」)
 顔を真っ赤にしていると、ちょうど裏手へゴミ出しに来た桐が遠目に微笑んだ。
(「春が来れば、誰でも心が浮き立つというもの。陽気も暖かく、過ごしやすい季節になってきたな」)
 見上げると日差しが高い。今日はきっといい一日になるだろう。桐が腕捲りをする。
「ますます忙しくなるだろうが、こういう忙しさなら大歓迎」
 そこへチラシ張りに行っていたリゼも戻ってきた。
「うーん、復帰して漸く段取り効率よくなってきたかな‥‥にしても桐も書道が随分と上達したね。これなら千客万来」
 思いがけず褒められて桐が頬を赤くする。八雲も気持ちを切り替えて笑顔を見せた。
「そうですね! 諺で言う桃李言わざれども自ずから蹊を成す、ですよ!」
 朱が店先に竹之屋の暖簾を掛ける。
「さてメリハリ付けて、今日も元気に開店やッ!」

 昼時を前に通りも俄かに賑わいだす。ちらほらと客の姿。
「すぐご近所に素敵なお店があったことに気づかなかっただなんて‥‥う、迂闊でしたよ」
 のぼりや張り紙に誘われて赤霧連(ea3619)が暖簾を潜る。
「ごめんくださぁ〜い」
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
「餡蜜を食後のデザートに‥‥お昼のお勧めメニューをお願いします!!」
 お盆片手に出たお千、連の様子にクスリと笑みを零す。
「甘いものは別腹ですもんね。今日最初のお客様なのでサービスです。餡蜜は大盛りにしておきますね」
 お千が目配せすると連は思わず頬を緩ませて笑う。
 今日のお千は三人官女の艶姿。桐も恥ずかしいのか口を真一文字に結びながらも、髪を二つに結って着飾っている。三人官女とはお内裏様のお世話をする女官。お客をお内裏様に見立てて食事や酒を運ぶという趣向だ。
 八雲もお雛様の衣装を着て店の奥から顔を出した。朱が見惚れて手を止める。
「どうでしょう! 似合いますか?」
 振り返った八雲と目が合う。朱は照れ臭そうにして鼻を擦ると頬を赤らめた。やはり照れ笑いの八雲へ朱が親指を立てて突き出した。月陽姫(eb0240)が羨ましそうに洩らす。
「給士の皆はいいアルな。厨房では可愛い服も邪魔になってしまうアルね。残念アル」
 八雲がお雛様で、三人官女は桐とお千、となると最後の一人はリゼだ。長身のリゼが袖袴を着るとすらりとした立ち姿。
「いやあ、女は化けるたぁ、よく言ったもんだ」
「一言多いよ、山岡。それより、どう? お千ちゃんとは? 他の子見て鼻の下伸ばしてる場合じゃないんじゃないの?」
「‥‥イエ、当然お千ちゃんガ一番デスヨ?」
「あ、‥あの。ありがとうございます」
「お千ちゃんもよく似合ってますよ!」
 昼食時を迎えて店内も賑わってきた。町内に住むクリステル・シャルダン(eb3862)が店先を通りかかる。
「こんにちは。何だか賑やかなお店ですわね」
「いらっしゃいませ。初めてのお客さんですね。何名様ですか?」
「三名だ。この様な所に斯様にいい店があったとはな」
「何だかとっても華やかね。何かのお祭りなのかしら?」
 クリステルの後ろからギーヴ・リュース(eb0985)が顔を出して暖簾を潜り、サラン・ヘリオドール(eb2357)も続く。異国の三人へ桐が雛祭りについてを説明するとクリステルは頻りに頷きながら興味深そうに聞き入っている。
「まあ、女の子のお祭りなんですのね。桃の花をお祝いする日だなんて春めいた華があって素敵ですわ」
「ジャパンの春の祭事は初めてだわ。ふふ。何だかワクワクしちゃうわね」
 この国へ来たばかりのサランも雛人形を覗き込んだり興味津々の様子だ。その横へ忠臣が並んで話しかけた。
「いい店だろ。俺もこの空気が気に入って入り浸りなのさ。にしても、やっぱ竹之屋って美人が集まるなー。俺にとっちゃあ楽園だぜ。よろしくな、異国の綺麗なお嬢さん」
「あら。こちらこそ宜しくね」
 ニコリと愛想よく微笑むと軽く握手をかわす。ギーヴ達は桐に案内されて席へとついた。
「桃の節句か‥‥華やかで和みのあるこの空気が、いつまでもこの店にあればと祈るのは傲慢だろうか。いつかあのお方と一緒に訪れたいものだ」
「ご注文は何に致しますか」
「そうですわね。折角ですもの、雛祭りに因んだものがいいかしら」
「それならこれやな。自信作やから食べてってや」
 厨房から朱が顔を出した。蒸篭から湯気がもくもくと溢れてくる。


 如月の献立〜ひな祭り限定飲茶セット

  蒸篭セット:
   ほんのり桃朱色の桃饅頭と、青梅色の梅饅頭。それぞれ桃肉餡と梅肉餡が入っている。
   華国飲茶を意識したセット。お好みで甘酒かホウジ茶と一緒にどうぞ。

  春の華やかチラシ寿司:
   春の山菜に、白魚、ニンジン、シイタケなどの食材をふんだんに使ったちらし寿司。
   桜でんぶと錦糸卵で飾った市松模様がなんとも艶やか。細切りした絹さやの青がアクセント。

「雛祭りにはちらし寿司と聞いたアル。華やかなのを作ったアル。山菜はワラビにふきのとうを使ったネ。酢飯は少し甘めにしておいたアルよ」
 冷ましたちらし寿司を陽姫が装う。細やかに下ごしらえしておいた具材を色鮮やかにちりばめた、春の彩りを感じさせるメニューだ。蒸饅も微かな春の香が嬉しい。三人は舌鼓を打つ。
 午後の暖かな陽気に誘われ、甘酒の仄かな酒気が微酔を呼ぶ。ギーヴが竪琴を取り出して何となしに爪弾き始めた。緩やかな旋律だ。春眠の暖かな惑いのような甘い調べが空気を満たしていく。ふと気づいた桐が周りの卓を動かし始めた。いつの間にか店内には彼を中心にちょっとした舞台ができあがっていた。
 音色に皆が聞き惚れる中。タン、と爪先で床を踏む音。サランが舞台へ歩み出て、爪先で拍子を刻みながら踊りだした。すらりとした四肢をしなやかに振り乱し、ギーヴを誘うように激しく足を踏み鳴らす。ギーヴの演奏にも熱が篭り、音曲は高まりを増していく。そこへ不意によく通る澄んだ歌声が重なった。

  花の香が季節をぬり替える

       木々も草花も春色に香る

  甘い色に飾られた桃の林

       幼き迷い子が足を踏み入れる


 クリステルが胸の前で掌を組んで歌声を乗せる。それに合わせてサランが飾りつけ桃花を手に取り髪に挿した。ギーヴの旋律に乗せて物語は続く。桃林へ迷い込んだ少女の前に現れたのは桃の精。心優しき精霊は幼い娘を哀れみ、彼女へ贈り物をする。サランが踊りながら給士から装束を借り、一つひとつ身に着けていく。唐衣、檜扇、髪飾り‥‥。
 サランがギーヴとクリステルへ目配せを送った。
 演奏が緩やかに流れを変え、髪飾りをつけたサランが動きを止める。凛とした立ち姿は淑やかな気品を漂わせている。クリステルの歌声がこう結ぶ。
「‥‥少女は笑顔を取り戻す。少女がお礼に桃の精へ贈ったのは、美しい雛人形‥‥」
 琴の音が余韻を残して消え、すっかりお雛様の格好になったサランが愛らしい笑顔を向ける。店内に一斉に拍手が巻き起こった。
「店もお客も一緒になって盛り上がれるのが竹之屋の魅力だな」
 桐も竹之屋との縁はこうしたイベントからだ。自分のことを思い返して少しだけ表情を緩める。
 衣装を希望者へ貸し出すことにするとなかなか好評でクリステル達が早速袖を通している。
「まあ、思ったよりも重いんですのね。ジャパンの女性は力持ちですわ」
 そろそろ昼時も終わり客足も引いてきた。陽姫も厨房を抜けてその輪に加わる。小柄な陽姫ではまるで服に包まれている様になってしまって思わず苦笑い。
「‥‥う、まるっきり子供アル。メリハリのないこの体がにくいアル」
 連もちゃっかり混ざって衣装に着替え、ついでに接客のお手伝いをしている。
「お客様、ご注文はお決まりになりましたか? デザートに蒸篭セットは如何でしょうか? お飲み物に甘茶などお勧めです。甘いのが苦手な方にはホウジ茶もご用意してますよ☆」
 百万両の笑みで好感接客。なかなか様になっている。
 そうして時期に日も傾き。
「実に楽しいひとときを過ごさせて頂いた。また是非来店したい。その時はもっと興を凝らしてみたいと思う」
 ギーヴ達もそろそろ暇の時間だ。最後に、居合わせた客へ一品ずつ奢りにする。
「このひとときを共に過ごせた言祝ぎに代え。このギーヴの我侭につきあって下さると至極の幸せ」
 異国からの客人も増え、江戸の町も一層賑やかになってきた。桐たち竹之屋もこれから更に忙しくなるだろう。
「ふむ、春の風が新しいお客も運んできてくれたか。喜ばしいことだ」
「そろそろまた花見の季節アルね。皆と知り合ったのは去年の今頃アル。今年も催しをやるなら、去年よりもっと盛り上げたいアル」
「せやな。町内の花見会が近いさかい、今年も何かやりたいな」
 厨房では皆が楽しげに語り合い、そんな朱達を八雲が遠目に見守っている。八雲が柔らかに表情を和ませる。竹之屋を春の風が吹き抜けていった。
 春風が八雲の前掛けをふわりと持ち上げた。少しだけ切なそうな表情。言葉が突いて出る。
「私も‥‥朱さんと一緒に居たいです」
 それは小さな囁き声で、穏やかな春の風にも掻き消えてしまいそう。八雲がそっと目を細めたその時、唐突に朱が振り返った。
「――ワイもやで。な、八雲はん。なんや、去年は大きな花見やったさかい。今年も負けんとデカい催しにでけたらええなと皆と話しとったとこなんや。八雲はんもそう思うやろ?」
「え、あ、ハイ!」
「どないしたんや、そないに慌てて。ん‥‥さっき何やワイにいうたか?」
 不思議そうな顔の朱に、八雲は笑って照れ隠し。皆の輪に加わる。
「そ、それより来月のお花見イベントですね! やっぱり桜を見ながらの仕事は素敵ですから!」
 そろそろ昼の部は店仕舞い。これから夜営業に向けて焼酎の桃・梅割の準備だ。連も店を後にする。
「店の手伝いまでして貰ってお世話様やで」
「いえいえ、お粗末さまでした♪ お料理もとても美味しかったです。今度は、お知り合いも誘ってまた来たいですネ☆」
 そうして恙無く一日が終わり。
 帰りの道すがら。リゼは一号店に顔を出している。
「どう、そっちは? 私たちいなくなって苦労してない? 全員一気に向こうに送るとか言うから‥‥こっちが手薄になってるんじゃないかと思ったの」
「心配すんなって、大丈夫だからよ。それより、そっちこそどうなんだい?」
 笑いながら問うリゼにやっさんは飄々と返す。リゼがふと空を仰いだ。
「巧くやってるよ。どの子も皆元気だよ」
「そうか。みんな元気か」
「ああ。元気にしてる。直に、春だねぇ」
 潤んだ春初の夜空が八百八町を見下ろして更けていく。人は巡り、季節も巡る。今年も江戸に、また春がやってくる。