竹之屋敏腕繁盛記♪ 門出の献立
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月20日〜01月30日
リプレイ公開日:2010年01月31日
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●オープニング
竹之屋敏腕繁盛記♪ 門出の献立
[題字:鷹見沢桐]
上州は金山城のお膝元、豪腕☆キヨシ村にその店は軒を構える。江戸の下町に軒を構える小さな居酒屋だった本店の味を受け継ぐ大衆居酒屋・竹之屋。庶民の味をモットーに、昼はお食事処、夜は居酒屋として、今ではこの金山の人々にもすっかり受け入れられている。この地で新店の暖簾を掲げて二年余。竹之屋の挑戦は大きな成功を収めた。
さて、そんな竹之屋で今日起こります事件とは‥‥。
ここ金井宿キヨシ村にももうじき春がやってくる。
竹之屋金山店はいま、新年の催しに向けて大忙しだ。
「今年もまたお客さんらにご贔屓にっちゅう気持ちを込めた催しや、みんな気合いれていくで〜!」
「仕入れの食材がこれでは足りませんね。お千ちゃん、太田宿の市場まで買い付け御願いしますよ!」
「は〜い!」
華僑の重鎮である景大人や城主である松本清からも贔屓とされ、いつしか竹之屋は金山の町になくてはならぬ存在となっていた。
「いや〜、商売繁盛で順風満帆ってか? 俺もここで出世してゆくゆくはお千ちゃんと新店を‥‥」
「こら見習い、ぼーっとしてる暇はあらへんで。きりきり働かんかい」
「って二年も下積みやってんだからそろそろ一人前に扱ってくれよなー。ったく用心棒の奴、相変わらず人使い荒いぜ」
「そっちこそその減らず口。相変わらずやで、ボン」
不敵な笑みを交わす二人。
かつては店の用心棒の身でいつしか料理の道に魅せられた店長。その竹之屋の長い付き合いの常連であったが、好きが高じて店員にまでなった見習い店員。
思えばどちらも似たような道を歩んでこの店の縁で結ばれた。若女将を巡って対立したこともあったが、もうそれも笑い話になるほど昔の話だ。
「どうしたアルか、二人とも」
厨房から顔を覗かせた料理長が怪訝な様子で肩を竦める。
「女将さんに見とれてる暇があったら体を動かすアル」
「店長、玄関の掃き掃除が終わった。次は茶具の手入れをしようと思うが」
江戸からついてきた店員たちも頼もしく成長してくれた。
「おおきにや。それで御願いするで」
「まったく、男どもは頼りにならないアル」
料理長が嘆息しながら厨房へ戻っていった。
いつもと変わらぬこの店の日常の風景。今日もまた、竹之屋の一日が始まる。
金井宿の入り口。
江戸との往復便の発着駅に江戸からの旅人が降り立った。
「へぇ〜。ここが金山の街かい。便りには聞いてたが随分と賑やかだ、活気があっていいもんだね」
竹之屋本店の店長、やっさんだ。
「ここがあいつらが新天地に選んだ土地か」
華人が行き交う通りを珍しげに眺めると、男は笑みを見せた。この土地の人々にも愛されるように手を加えて、金山店の味はどう変わっただろうか。きっと江戸の本店をはなれて、独自の味を作り出してくれたことだろう。それは本店を構えるやっさんとしては嬉しく、寂しくもある。
「さぁて。この二年でどれだけ腕を上げたか。しかと見届けさせて貰うとするかね」
(「うちの看板娘を浚ってきゃあがったんだ、詰まらねぇ皿を出すようじゃただじゃおかねえ」)
ふと、もどかしい二人のことを思い浮かべ、やっさんは楽しそうに口角を引き上げる。
思い起こされるのは、江戸を発つ前に差し向かいで呑んだことだ。
――いっぱしの腕を認められればけじめはつける覚悟や!
「よもや忘れたとは言わせねえぜ。俺を唸らせる一皿を作れるようなら一人前の料理人として俺も認めてやらぁ。そんときゃあ、その場で祝言挙げさせてやる。覚悟してなよ、朱やん?」
●リプレイ本文
最終話 終わりよければっ!
生まれてこの方江戸を出たことのないやっさんにとって上州行は不慣れの連続であった。案内役として同行した木賊崔軌(ea0592)に道々助けられながら金山入りしたご一行は、金井宿で到着を待ち詫びていた所所楽林檎(eb1555)に出迎えられた。
「近頃では世の慌しさも徐々に落ち着いてきました。時流に乗って金山も更なる発展を遂げるとよいのですが」
「たいした賑わい振りじゃねぇか。これなら若い二人が腰を落ち着けるにも悪くはねえな」
暖簾を分けた時から夫婦となる事は暗に認めたつもりだった。業を煮やしたやっさんが世話を焼く気持ちは分かるが、朱の性格を思えば無理からぬとも木賊は思う。
「ま、一本気なあいつらしいが、‥へえ、やっさんも思い切ったモンだな」
一人の男として認められる為に必死で店を盛り立てて来たのだろう。便りに聞いていた繁盛振りを目の当たりにしたやっさんは初孫を前にした老爺のようだ。
「すっかりご無沙汰アルね」
やっと客足も引けた頃になって厨房から月陽姫(eb0240)が顔を出した。
「お待ちどおさまアル。店長達は催しの準備で外してるアルが、ゆっくりしててほしいアル」
「おっと、こいつは懐かしい献立だな」
5年前の味勝負の時、松之屋側の料理人であった月が勝負を挑んだ一皿。
米粉仕立ての生春巻『春眼福』だ。
「今の季節菜の花は手に入らないアルからな。蕗の薹を代わりにしたアル」
当時の味を受け継ぎながらも、金山で採れた深谷ネギとキヨシ村の地鶏を使ったこの土地ならではの味に仕立ててある。
「また腕を上げたな。いやあ、陽姫ちゃんを引き抜いといて正解だったなこりゃ」
「月さんの料理は故郷の懐かしい味がすると評判なのよ」
横合いから常連のサラン・ヘリオドール(eb2357)が顔を見せる。
「お元気そうで何よりね大旦那さん。私もご一緒して宜しいかしら」
「大旦那はやめてくれよぅ、ただのしがない飯屋の店主だ。しかし大常連のあんたには金山店も贔屓にしてもらって嬉しい限りだよ」
「大常連だなんて、ふふ。嬉しいわね」
とそこへ。
「おやっさん!」
報せを聞いて香月八雲(ea8432)が駆けつけた。
「お久しぶりです!おきよちゃんも大きくなって!」
金井の市場から飛んで戻ってきたのか、息を切らしながら手拭で汗を拭う。
実に三年半振りの再会だ。久方ぶりのその姿は少し白髪が増えたろうか。そしておきよちゃん。最後に会った時はまだ子供だとばかり思っていたが。背も伸び、顔つきもずっと大人びた。
「ご無沙汰しています八雲さん。今日は無理を言って崔軌おじさんに連れてきて貰いました。久しぶりに竹之屋さんのお料理を楽しみたいです」
「まあまあ‥‥! 立派になって‥‥」
目尻を拭う八雲へ、きよがハニカミ笑い。崔軌がしたり顔で顎をさする。
「きよ坊、久方ぶりのご挨拶としては合格点だ」
「もう。崔軌おじさんはいつまでも子ども扱いするんだから」
「木賊さんは本店の常連さんなんです。街の素敵な罠屋さんなんですよ!」
「きっと本店も素敵なお店なんでしょうね。木賊さんとお近づきになれて嬉しいわ。竹之屋さんはいつもご縁を運んできてくれるから好きよ」
「ま、そういうことで一つ宜しく頼む」
「あれ、でもどうして所所楽さんとご一緒なのですか?」
と、言葉に詰まって林檎が崔軌の顔を窺い見た。その横ではやっさんが愉快そうに声を殺して笑っている。観念したか崔軌が白状した。
「林檎とは恋仲だ」
頬を赤らめる林檎。崔軌はいつもの苦笑まじりだ。
「林檎が力を入れてる診療所を一度は訪ねてみたかったし、遊山がてらに朱を冷やかしにでも行ってやろうかと思ってな」
今度は八雲が顔を赤らめる番だ。そんな八雲の様子がサランには微笑ましく思える。二人の行く末は馴染み客なら皆気にかけていることだ。
「皆さんもずっとじれったく思われていると思うわ」
「えへへ‥‥私は今でも十分幸せですし、そういうのは雲慧さんが決めることですから」
皆には内緒だが実は二年前に二人で遠出をした時に婚約を決めた仲である。棚に並んだ夫婦茶碗をちらりと見て、八雲は更に頬を赤くする。
「まったく朱やんは果報者だな。ま、仕事振りを見せて貰おうじゃねえか。それはそうと八雲ちゃん、その大荷物は何だい?」
華国では一月の月夜に成人の祝いをする風習があるという。今回の催しではその祝いも兼ねてムスカリの造花を飾ろうと青布を買い込んできたのだ。
「花言葉は明るい明日、門出にはピッタリです!」
と聞いて、崔軌がふむと手を打つ。
「会場設営なら大工仕事の手もいるか。散策がてら猫の手二匹分貸しにいくのも良かろ。きよ坊」
「はいはい。祭りの準備と聞くといつも子供みたいな眼をするんだから」
「ん、言うようになったモンだな」
思わず崔軌も苦笑い。まだ幼かった頃のきよの姿を思い出して八雲が笑顔を漏らす。
「月日の経つの早いものですね!」
「そういや朱やん達はまだ戻ってこないのかい? 今日は噂の新入りの様子を拝みにも来たんだけどな?」
その山岡忠臣(ea9861)というとお隣の金山宿の市場まで仕入れに出ている所だ。
「俺はこのままって訳じゃねー。用心棒も何だかんだ言って、一国一城の主になってんだ。アイツと肩を並べられなきゃあ男が廃るってもんだぜ」
(「それに、今度こそ‥‥」)
大掛かりな催しとなると食材に食器に何かと入用だ。鷹見沢桐(eb1484)も頭を悩ませている。
「山岡殿、茶具の見積もりはこのくらいで大丈夫だろうか。なるだけ予算を抑えたつもりなのだが」
「ああその額なら心配ねーぜ」
「では早速発注をしてこよう。それと茶葉については考えがある。ただ少し高くついてしまうのだが」
「なーに、何とかやりくりしとくから任しとけってば」
料理の腕も給士仕事もなかなか板につかない忠臣だが、帳簿を任せてみると是がなかなか筋がいい。算盤を弾く忠臣の背を朱雲慧(ea7692)が頼もしそうに見守っている。
(「ボンの商才は認める‥‥せやさか、これがワイからの試験や」)
買い付けが終われば次は仕込みだ。更には寄合所の掃除に舞台設営や飾り付け、馴染み客は招待状を持って挨拶回り。目の回る忙しさだ。朱も再会を喜んでいる時間はなかったがやっさんとて昔話をしに来た訳ではない。下拵えに黙々と精を出す朱の様子を真剣な眼差しで見詰めている。八雲はそんなが気になるのかしきりに横目で窺っては気が気でない様子だ。
そんな彼らの様子に触発されたのか桐ら店員一同も普段以上に仕事に熱が入る。奥の部屋では神妙な面持ちで筆を取った桐が全紙に臨む。
「うむ」
感嘆一語の後、潔い筆致で墨を走らせた。書き記したのは「金山成人式会場」の文字。
いよいよ、明日は本番だ。
「お集まりの新成人のみんな、おめでとうだぜ。点心や蒸篭蒸しみたいな温かいものを用意しといたから、めいいっぱい楽しんでくれよな!」
この日は二十歳を迎えたばかりの月とお千も振袖でおめかしを会に参加した。会場には華人の重鎮である景大人を初め地元の名士も大勢詰め掛けた。金山・金井の両自警団の面々や義侠塾生の姿も見える。朱の人脈の広さにやっさんも舌を巻く。
「朱さんはご近所の方にも頼られる素敵な親方さんなのよ。きっと素晴らしい式になるわね。あら、由良さんもお見えなのね」
「これはサラン殿。ご無沙汰をしているな」
「こちらこそよ。近々またお城に伺わせて貰うわね。清さんさんともお話したいわ」
噂をすれば影だ。金山城代の松本清も姿を見せた。シェリル・オレアリス(eb4803)も清にエスコートされての登場だ。艶っぽく髪を掻き揚げた彼女の美貌には会場にあしらわれた花々も敵わない。
「月さんも成人を迎えたそうね。いつも美味しい料理をありがとうね。これはお祝いの品よ」
「何だか照れるアル。でも皆と一緒にお祝いして貰えて嬉しいアルね」
慣れない晴れ着姿に戸惑いつつも月は終始幸せそうな笑顔だ。愛すべき竹之屋の料理長へは景大人の懐刀で知られる賈からも祝いの品が届けられた。
「可愛らしい花柄模様の振袖がお似合いですな。桃色が実に華やかだ」
「アイヤー、お上手アル。馬子にも衣装アルね」
「お千ちゃんも幸せになってちょうだいね。これから楽しいことも辛いこともあると思うけれど、そんな時は今日のことを思いだして頂戴ね」
シェリルがお護りを手渡し、お千の頭を優しく撫でた。梅柄の愛らしい振袖はこの日の為に忠臣が見立てたものだ。司会席から忠臣が目配せを送るとお千が恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「さーてと、それじゃここいらでお待ちかねのメインディッシュの登場だぜ!」
「今日は忙しい中足を運んでくれておおきにや」
一礼した朱の元へ桐がまな板に乗せて鯉を運んでくる。尾を掴むと、朱がそこへ低温の油をかけた。たちまち香ばしい匂いが辺りへ漂い出す。
「華国では鯉が滝を登りきると龍になる登龍門という言い伝えがある。新成人皆もぜひ大きな志を持って社会に羽ばたいてほしい。そう願いを込めてこの料理を送らせて貰うで」
門出の献立〜新成人お祝いセット
華風鯉の丸揚げ:
低温の油をかけながら、鱗までパリパリにじっくりと揚げました。
香ばしい匂いが食欲をそそる一品。野菜たっぷりの竹之屋特製の餡でどうぞ。
華国茶花:
華人の職人が丁寧に作り上げた工芸茶。お湯の中で花咲く茶花が春の訪れを先き取り。
これから先に待つ素晴らしい日々を期待させる、門出の祝いにはぴったりの一杯!
「朱はん、な、なんちゅうもんを食わせてくれるんや〜」
なぜかシェリルが京都弁になりながら舌鼓を打てば、清も夢中で料理を頬張っている。由良や景大人らは茶花の美しさに心を打たれた様子だ。
「ほう、この茶は素晴らしい。舌だけでなく見た目にも楽しもうとは新しい発想だな」
「華人の職人方にも手伝って頂いた。礼を言わねばなるまいな」
細やかな心配りを忘れない桐ならではの発想だ。茶の湯の道はまだ遠いが、竹之屋の中で自分の進むべき道が見えた気がして桐は思わず小さく拳を握る。
会場のそこかしこで漏れる笑顔。
それこそが、かつて一杯の賄い飯に心打たれた朱が、竹之屋で学び、そしてここに居る皆と共に作り上げてきたものだ。
(「そしてその真ん中にはいつも八雲はんが居てくれたんや」)
(「大丈夫ですよ雲慧さん!二人ならどんな困難も乗り越えられます!」)
八雲に差し出された椀へやっさんが箸をつけた。
「いやあ、俺の目も節穴だったぜ」
不安そうに見守る二人へ向けたのは何時もの好々爺の笑み。
「是程の腕前になる奴を最初は唯の用心棒として雇ってたんだからな。朱やん、成長したな。八雲ちゃんを幸せにしてやってくれよ」
「雲慧さん‥‥一緒に幸せになりましょうね!」
飛びついた八雲を軽々と抱えあげ。
五年越しの恋は遂にゴールを迎えた。
「八雲はん、愛しとるで。これからもよろしゅうに!」
サランの計らいで密かに準備が進められおり、そのまますぐに祝言となった。
礼服に身を固めた朱を崔軌が冷やかすが今日ばかりは通じない。
「‥‥こうなっちゃ紅い狂犬も形無しだな?」
「今は何言うてもムダやで〜崔軌はん。ワイは今心から幸せなんや!」
「おっと、こいつはご馳走様だ」
舞台では夫婦舞が始まった所だ。サランと対になって林檎が睦まじい夫婦の様を演じている。
(「昔のあたしなら、人の縁に対しての思いが稀薄でしたが」)
願わくば二人の門出がよき縁を運ぶものであるように。そう思わずにはいられない。
「夫婦の絆を思わせるいい舞だったぜ。二人の舞手に盛大な拍手を!」
白無垢姿の八雲が朱と並び、伊勢神宮の巫女でもあるシェリルを立会人にして神前に報告する。
「このまま行くのかと思ってたアルが、やっと決心を固めたようで何よりアル」
陽姫の用意したウエディングケーキを桐が切り分け、シェリルが乾杯の音頭を取った。
「若い二人の門出に。そして今日再び出会えたことに感謝を、またこの場所で出会えることを願って」
「綺麗だぜ、八雲ちゃん。幸せになりな」
思わず抱きつきながら八雲が涙を拭う。
「おやっさん、今までありがとうございました!」
そうして慌しく時は過ぎた。
翌日にはやっさんは金山を後にするという。
「その前に!やっさんに御願いがあるぜ! この二年の修行で悟ったぜ‥‥俺に料理の才はねーって事と、経営なら何とかなりそうって事をな!」
忠臣の一大決心。
竹之屋の看板を掲げて京都で一旗揚げる。
「ワイからも御願いするで。騒乱で疲弊した今やからこそ、竹之屋の味が必要やねん」
「ばっかやろう! 仮にも内は飯屋だ。厨房で一人前になれねえ奴に暖簾を分けられるかってんだ。四号店の店長はお千ちゃんに任せることにするぜ。だがそうするってぇと頼れる会計役が必要だよな?」
と忠臣を横目に窺う。
「お千ちゃん!俺に付いてきて欲しいんだ。この通り、一生の頼みだから俺と付き合ってくれよう」
ああ見えて実は真面目に帳簿をつけている忠臣。人見知りがちだったお千も、彼と知り合ってから随分と愛想よくなったものだ。
「はい。忠臣さん、その‥‥一緒に頑張りましょうね」
「お千ちゃん、幸せにすんぜ〜!!」
「調子に乗りすぎやで、ボン!」
「よ、用心棒ーーー!」
抱きつきかけた忠臣を後ろからど突くと店内に笑いが起こる。
「山岡サンも思い切ったものアルね」
まだ歩み出したばかりの二人へ小さなケーキを。林檎がしみじみと口にする。
「祝い事が続くようですね‥‥お世話になった方々と、大切な人‥‥皆の門出そして其々が歩む先によき愛がありますように」
「ついでに俺からも種明かしだ。竹之屋には近々もう一つ宴席を頼もうと思ってな。今度は俺が祝って貰う番だな」
祝言のあったその晩のこと。
崔軌は林檎に呼び出されていた。
『この日に貴方の傍に居られること‥‥天ではなく崔、貴方に感謝します』
並んで座った林檎が、崔軌へそっと口付ける。
いつも不慣れで申し訳ありません。そういって赤面した林檎の気持ちが解るだけに、崔軌には愛しく思えるのだ。奥手な林檎ことだ。これにどれだけの勇気がいったことか。
(「‥つか、三十路の記念には過ぎた祝いだぞ?」)
思いもかけず慶事が続いた。
「これもひょっとして夫婦茶碗のご利益でしょうか。諺にいう、笑う門出に福来たよ!ですね!」
「ま、次は江戸で再会しようぜ」
じゃ。
――またな。
突き抜けるような青空。
箒を掃く手を止め、見仰いだ桐が目を細める。じきに昼時。竹之屋の慌しい一日が始まる。
暖簾を潜ればそこには温かい笑顔。
その賑わいの中へと桐は分け入っていく。
その顔の端にはほんの僅かな笑みを浮かべて。
「――――今日も、忙しくなりそうだな」