●リプレイ本文
『ご覧下さい、森を抜けてトップ集団の選手が遂にゴール前へ現れました! 勝つのはどのチームか、残るは最後の直線10m!』
会場の竹林にリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)の実況が響き渡る。ゴール前のトップ集団が遂に2騎に絞られると、会場はデッドヒートに湧き立った。
『外回りルートからも新たに三人の選手が姿を現しました!ですが先頭の二騎には及びません! 竹馬駅伝、その優勝の行方は遂にこの二人に委ねられたのです!!』
「あと少しですわ、どなたもしっかり!」
ゴール脇に控えたクリステル・シャルダン(eb3862)も、チームの違いはすっかり忘れて声を張り上げている。
「‥‥あ、そういえばチーム対抗戦でしたわね。でも、せっかくのお祭りですもの。応援くらいかまいませんわ!どなたも頑張って下さいませー!!」
声援の先で、遂に二騎がゴールの前へもつれ込んだ。デッドヒートの末に一騎が倒れ、先頭走者が朱雲慧(ea7692)の持つゴールテープを切る。
『おめでとうございます!一位は朱雀組です!皆様是非とも大きな拍手を!』
と同時に竹之屋の名前入りのくす玉が割れた。竹之屋の制服姿の香月八雲(ea8432)が一位走者へ手拭いを差し出した。
「お疲れ様でした」
周囲の観客から一斉に紙ふぶきが舞い上がり、優勝者を祝福する。大入りの会場は活気に満ち満ちている。
(「江戸復興祭! 遂にここまで街の復興が出来たのですね!‥‥何だか感慨無量です!」)
大火のあの晩。竹之屋も江戸の民の為に奔走したものだ。これもまた一つの縁なのかもしれない。
「お祭りもきちんと盛り上げなくては! 諺で言う立つ鳥跡を濁さず、ですね!」
竹之屋はボランティア協力を申し出ている。給士の皆は揃いの制服姿、男手は竹之屋の刺繍入り法被の姿で、ちゃっかり店の宣伝も兼ねている。店員は勿論、常連や気の安い者から臨時雇いをして、大会を手伝っている。
鷹見沢桐(eb1484)も制服姿で走り回っている。
(「竹つながりで、竹之屋の名前を強烈にアピールできる絶好の機会。金山店の宣伝もかねると考えれば気は抜けないな」)
月日は流れ、江戸の街は生まれ変わった。だが人々が心に負った傷は容易には癒えない。
「そう、決して戻らないものもあることだけは忘れたくないものだな」
そう呟くと、桐は七夕の竹で作った杯をお盆に載せて駆け出した。後続の選手も続々とゴールへやって来ている。観戦する街の人々の笑顔を見遣り、桐も同じにこやかな笑顔で選手たちを迎え入れる。給士も板についたものだ。
クリステルも救護所で怪我人へ魔法の治療を施している。勿論、彼女もお揃いの竹之屋の制服姿だ。
「お祭りのお手伝いができて嬉しいですわ。今回のお祭りでは参加できる競技がほとんどなくて、寂しいと思っていたところですの」
竹林の中では、給水所スタッフを買って出た仲間達が奮闘中だ。
「いらっしゃいませご主人さま♪」
「ゴールまで一息よ、頑張って」
シェリル・オレアリス(eb4803)とサラン・ヘリオドール(eb2357)達、臨時雇いの店員が後続の選手達へドリンクを手渡して励ましている。
ちょうど背の高い止まり木のような形に組まれた給水台は楠木麻(ea8087)が中心になって作り上げたものだ。
「竹馬用の給水所となると少々梃子摺りましたが、何とか形になりましたね」
仲間の伝を辿って馬を貸して貰って資材を運び出し、竹馬に合わせた高さに合わせて丈夫に組んだものだ。疲れた者は寄り掛かって休めるように幅も広くとってある。
「柱を立てる穴はウォールホールで立てておきました。魔法も使いようということですよ」
給水所脇には月陽姫(eb0240)が大量に用意したドリンクが氷と一緒に置かれている。
「掻いた汗の分、水分を補給する飲み物アル。大量に用意しといたアルからどんどん配るアル」
「って、ちったあ上まで運ぶ者の身にもなってくれよぅ陽姫ちゃん」
カメに入った水を給水台へ運ぶのは山岡忠臣(ea9861)の仕事だ。台には竹を割った容器が並び、選手が来る度にドリンクを汲んで手渡していく。忠臣もその列に加わった。
「ゴールまであと少しだから頑張んな」
竹之屋の制服も観客受けしたらしく何やらファンがついている様子だ。中には武神祭の出場者も混じっていて熱心に応援までしている。
「ふれ〜、ふれ〜、竹之屋!!頑張れ!頑張れ!竹之屋!!」
「ああやって応援までされると何だかくすぐったいですね。面白そうだと思って参加してみましたが、なかなか悪くないですね」
麻が自分の制服を見遣って思わず苦笑を見せた。
竹をあしらった緑のブラウスに紫の袴。履物も洋風の革靴で、エプロンには竹之屋の刺繍入りだ。
「制服も貸して頂いたし、皆さんお揃いで嬉しいわ♪」
「そうよねサランさん。私も店員さんが着ている可愛い制服、着てみたかったのよね♪」
シェリルにとっては胸がキツかったりもしたが、新しい服に袖を通した気持ちもあってか、いつも以上の笑顔で選手達を癒していく。
「あと少しよ。特製ドリンクで元気を補給して、ラストスパートも頑張って♪」
「容器が少なくなってきたアルね。お千ちゃん、本部から追加をお願いできるアルか?」
「はーい、すぐ行って来ます!」
本部のあるゴール付近は人並みでごった返している。
ゴールした選手を誘導したり、使い終わった竹馬を運んだりと八雲達も大忙しだ。
(「で、でも改めてこの格好で大勢の前に出るのは勇気が要るかもです!」)
思わず俯き気味に顔を赤らめる。ふと気づくと、皆と逸れたようで周りにスタッフの姿が見当たらない。人ゴミに流されそうになりながら不安そうに首を回したその時だ。
八雲の手を硬い腕がぎゅっと掴んだ。
(「絶対、見失わさへんで」)
振り返った八雲へ朱がニッと笑顔を向ける。八雲がその大きな手に指を絡めた。その背に隠れるように朱へそっと身を預ける。
照り付ける太陽はまだギラギラと江戸の街を見下ろし、祭りの歓声は止まない。江戸の街は人々の熱気に包まれながら夏の盛りを謳歌していた。
「今日は暑い中、みんなご苦労さん。ワイの方で打ち上げの席を用意したさかいに、楽しんでってや!」
そうして暑かった祭りの一日を終え、竹之屋2号店では関係者を集めて打ち上げが行われた。会場の後片付けを終え、店員や臨時雇い、そして本店も含めた常連客も集まっている。祭から流れてきた客も拒まず招きいれ、竹之屋はいつも以上に賑やかだ。
リーゼが盃を傾けながらしみじみと呟いた。
「あの2号店もここまで来たなんてねぇ。それが今度は3号店まで出すっていうんだから‥‥感慨深いものがあるねぇ」
「金山店はまだ苦労されてるそうね。でも、どんな素敵なお店になるか今から楽しみだわ」
サランも、普段は嗜まない酒を今日ばかりは楽しんでいる。酒は陽姫がサービスで注いで回り、朱も食材の在庫を食べ尽くすつもりでひっきりなしに厨房で腕を振るう。
「ワイが江戸で最後に加える献立はコレや」
文月の献立〜復興祭打ち上げセット
夏越餃子:
摩り下ろしニンニクと豚ひき肉の一口餃子には、細切れにした旬の鰻がたっぷり。
カリっと焼き上げた後に、竹之屋自慢の出汁で蒸し焼きにした夏季限定点心!
特製ドリンク:
薄溶きの塩水に茹でニンジンの搾り汁を加え、カボスでサッパリと味を調えた特製ドリンク。
汗を掻いた後の水分補給に最適。これを飲んで夏バテを乗り切ろう!
「これ食って夏を乗り切って貰わなな」
「今日はみんな汗だくになったアルからな。しっかり水分補給していって欲しいアル。今までのレシピも材料が手に入るものは全て用意したアルよ」
茶碗蒸しや特製素麺に白味噌雑炊。五目味噌汁や握り飯は大火の晩に江戸の民を勇気付けたメニューだ。花見で試行錯誤した肉詰麺包や麺包さんどうぃっちも並んでいる。ワサビ漬けやお好み焼きなど、奥多摩旅行で作った懐かしい料理ある。
「甘味が欲しい人には、桃梅饅頭に寒天豆腐、月見団子に甘露煮のさんどうぃっちと選り取りみどりアル」
「目移りしちゃうわ♪ それにしても、こうして竹之屋さんの最後の打ち上げに立ち会えるなんて幸せだわ♪」
来月からは主要スタッフの多くは朱について金山店へ移る事が決まっている。この面子での打ち上げも今夜が最後だ。シェリルも感慨深げに目を細めた。八雲は集まってくれたお客の一人ひとりへ挨拶をして回っている。
「孫子もこう仰いました!出会いがあれば別れもある、と! これからは私達は上野に行ってしまいますけれど、これからも竹之屋をよろしくお願いしますね!離れるのは寂しいですけれど、時々江戸に帰ってきますから!」
「これからも竹之屋共々よろしゅうに!」
まだこの先も慌しい日々が続くのだろう。だが今だけは、ひとときの休息を。苦しくも満ち足りていたこれまでの日々を振り返って、誇らしげな気持ちに浸るのも悪くない。桐も端の席でゆっくりと盃を傾けている。
「金山店もこんな温かな雰囲気の店に出来ればよいな。む、少し気が早いか」
「今夜は無礼講アル。楽しんでいって欲しいアル」
宴の輪の中では、サランがクリステルの琴の音に合わせて踊りを披露している。クリステルの身に着けているのと同じヴェールをサランも身に着け、それが彼女の動きに合わせて魚の尾ひれのようにひらひらと揺れている。深海を思わせるようなローレライの竪琴が幻想的な調べでサランの踊りを引き立てる。その周りをクリステルの飼っている光球のレイが周り、それに照らされてサランの七色の薄衣が水泡のようにキラキラと光っている。
そのヴェールを、サランが八雲へと被せた。小さく目配せして微笑みかけると、それを合図に旋律が明るい調べへと変わる。サランが八雲の手を引き、注いで朱を輪の中へと誘う。
「皆さんの前途に幸せがもたらされますように。祈りを込めて皆で一緒に楽しみましょう♪」
少し照れながらも朱と八雲が踊り始めると、他の皆も軽やかな旋律に乗せて踊り始める。
そんな賑わいを横目に、リゼは陽姫と桐の隣へ腰を下した。
「お疲れ様。ちょっともう一個持ってる仕事がよく重なっちゃって‥‥都合つかないとき多くてごめんね。三号店目指す人は頑張って。私はちょっと遅れての合流になると思うよ。皆、これからもよろしくね」
これまで長く苦楽を共にした仲。互いを労って盃を合わす。
「‥‥八雲たちのことも解決した事だし、また色々と頑張って行こう」
そこへ一汗掻いたシェリルやサランが戻ってきた。
「みんなで楽しく騒げたから、私とってもうれしいわ♪」
「いい汗掻いたわね。月さんの特製ドリンクが染み入るわ」
「踊り、素敵でした。これ、一足早いですけどお誕生日祝いです」
「あら、ありがとう。お千さんの誕生日はいつなのかしら?」
「私は12月です。25日だからだいぶ先ですね」
「そういえば昨年の忘年会の折に誕生祝をやっていたな」
桐がお千からお盆を譲り受け、そっと視線を店の外へ流した。所在なさげに忠臣が待っている。お千へ目配せを送ると、小さく頷き返したお千はエプロンを脱いで表へ小走りに駆けていった。
すっかり遅くなってしまったが、漸く約束のデート。この時間では屋台も店仕舞いを始めているが、まだ空いていた夜店を覗いて簪を買ってプレゼントする。
「お千ちゃん!俺と一緒になる前提で付き合っちゃあくれねーか!」
勢いで口にした言葉だが、驚いたお千の顔を見ると途端に勢いも尻切れトンボになってしまう。
「いや、お試しって事で、一緒になる云々は横に置いた付き合いでも構わねーけどよぅ」
弱気な目線で見上げるとお千は俯き気味に香を赤くしている。
「‥‥その、まずはお友達からということで‥」
「ああ、勿論だぜ」
それに忠臣は大きく頷いた。今さらな言葉ではあるが、奥手のお千にとってはどんな意味かは忠臣には分かっているのだ。
二人が帰ってきた頃には、もう打ち上げもすっかりお開きとなっていた。後片づけしていた陽姫が、忠臣の姿を見止めて微笑みかけた。
「報われて良かったアルね。アタシも山岡さんのこと嫌いじゃなかったアルよ」
「ありがとな。俺様も陽姫ちゃんのことは勿論好きだぜ。それでもお千ちゃんだけには敵わないのさ」
「相変わらず口が巧いアルな。でもやっさんが来てるから、おっきな声では言わない方がいいアルよ」
忠臣はお千と顔を見合わせて首を竦めた。微笑を残して陽姫が店の奥へ消える。
「住処は鍵を閉めて残していくアル。しばらくは金山にいると思うアルから、落ち着いたら遊山がてら尋ねて欲しいアル」
江戸に竹之屋の名を轟かせ、料理人として松之屋に定番メニューとして作品を残すことも出来た。江戸に残す悔いはない。
「おう。ウチの看板しょったからにゃ半端仕事は許さねえかんな。そのうち様子見にいってくらあ」
本店店長のやっさんが陽姫と話していると、そこへ朱が八雲と一緒にやって来た。
「‥‥まだまだこれからやけど、今が在るんは、やっさんや竹之屋のお陰や」
「おやっさん、今まで本当にありがとうございました!」
そんな二人を感慨深げに眺めると、やっさんはとびきりの笑顔を零す。
「ま、幸せにな。ってことで、お邪魔ムシは退散すらあな」
そうして二人きりで残された朱と八雲が見詰め合う。八雲が何かいいたげに唇を震わせた。言葉にならずに困り顔の八雲を、朱が優しく待っている。八雲は覚悟を決めたのか、勢い酒を煽り大きく深呼吸した。
「‥‥これからもよろしくお願いします!」
頬を朱に染めた顔で照れ笑い。二人は手を繋いで店を後にする。
そうして皆が店を去り。無人になった夜の厨房には、小さな置き土産が。2号店で開発したレシピと、そこに添えられたのは一通のメモ。
『向こうの店が気になるアルから、一足先に戻るアル。店長にはも少しお世話になるアルよ』
一つの物語が終わり、そして竹之屋の次なる挑戦が始まる。