悪人正機説
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 17 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月26日〜04月05日
リプレイ公開日:2006年04月04日
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●オープニング
仲間の危機を前に、身を呈してでも庇うことはできるか? 冒険者たるもの、危険を恐れて仲間を見捨てるようでは信頼を得ることは出来ない。なら逆に、多くの仲間を救うために一人を見捨てることは? 時には冷静な判断を下すため、非情にならなければならないこともある。情に流されて徒に犠牲を増やすようではいつまで経っても駆け出しのままだ。一人前の冒険者ならもちろん、危険を前に逃げ出さぬ覚悟を持つこと、そしてリスクを恐れずに結果を掴む行動を取ることもできる筈だ。
ではこれはどうだ。自分の命を捨ててでも弱きを守る。‥‥冒険者の使命とは何だ? 確かに依頼は金のために請け負うものだ。だがそれで口に糊するだけが冒険者なのか? その剣は、磨き上げ技は、誰のためにある? もう一度聞こう、命を賭して弱者を救うことができるか‥‥?
「――――ムリ? なら、合格だ」
依頼人の男はそれだけ確認するとこう告げた。
「お前のような者が集まるのを待っていた。紹介しよう、俺のお眼鏡に叶った悪党どもだ」
依頼人はさる資産家の子息だという男。ギルドから鬼退治の依頼を受けた冒険者達は、依頼人から直接個別に面接をしたいという指定があり集まっていた。
「お前たちみたいな、金のために悪事を行うのに躊躇のない者を探していた」
集まった多くの冒険者達の中から依頼人の眼鏡に適ったのは十人ほどの冒険者たち。冒険者として必要な資質を持っていながら、ある一つの感覚の欠けた者たち。人はそれを悪党と呼ぶ。
「俺は金を持っている。こいつを増やすためなら何だってやる。お前達だってそうなんだろ? 違うか? なら話を進める」
答えを待って依頼人はようやく話し始めた。
「よし。なら依頼だ」
江戸のとある両替商が、さる商家へ多額の金を引き渡すという情報がある。その額、実に五千両。両替商の元へ現金が運び込まれるのは取引前日の暮れ。取引は両替商の屋敷で行われる。警備は厳重でその間には一分の隙もない。
「だが何にでも、些細な不運は起こりうる。受け取りに来るはずの商家は『事故』に遭うのだ。つまらぬ事故だ。誰が死ぬでも、血を流すでもない。ただ、到着がほんのちょっぴりだけ遅れるだけのこと」
その空白の時間は僅かに半刻。
そのあいだに、両替商の蔵から現金を浚う。
「屋敷は人通りの多い通りに面している。派手に騒げばすぐにお縄だろう。音が立つなら小さいほうに越したことはない。巧く知恵を絞ってやり遂げな」
半刻の間だけ屋敷の外部に事が漏れなければ、中で何をしようとも大抵のことなら後で依頼人側で片をつける。浚った金を隣の屋敷の蔵へ運び込んだら仕事は終わりだ。
「なに、難しく考えることじゃない。それにその商家ってのも、裏じゃあくどいことをして汚い金を掻き集めてるヤクザ紛いの連中だ。そんな悪党の金など奪ったってバチはあたらない。どうだ、楽な仕事だろう」
だが民間組織であるギルドは犯罪に関与する依頼を請け負っていない。事がギルドへ露見すれば少々厄介なことになる。とはいえここに集まったのはいずれも悪事を行うのに躊躇のない悪党ばかり。その点はいらぬ心配だろう。
「但し浚った金が丸まま俺たちの懐に入るわけじゃない。報酬は手付けのはした金だけ。一両でも抜いてきやがったらタダじゃおかねえぜ。今回はまず、お前たちの腕を見せて貰う。だがタダ働きもあんまりだろうから、こっちで目星をつけてある」
蔵の中には金目のお宝も眠っているだろう。とはいえ余計な代物を持ち出して足がついては堪らない。一番の値打ち物だけを頂いて帰り、もっとも働きのあった物が報酬として得る。お宝は既に依頼人が目星をつけてある。これが今回の条件だ。
さて、肝心の結構日時は。
「受け渡しの行われるのは、これから一刻後。時間はない。だが、やれるよな?」
●リプレイ本文
その日、ギルドから十人の冒険者が江戸の町へ散って行った。
「‥さて、時間こそ限られているが、久々の『仕事』だな‥新顔の実力、しかと見定めさせてもらおうか」
鳴神破邪斗(eb0641)ら、共通しているのは、大半がこの一年ほどの間に断続的に『鬼退治』の依頼を受けてきた経歴を持つ冒険者達だ。
「無策で動かれるのは無論の事、下手に考え過ぎて計画だけに拘るのも問題だからな‥‥まぁ、それは俺にも言える事だが」
ひとりごち、鳴神は街へと消える。彼岸ころり(ea5388)を始め、かつてギルドを通して行われた用人暗殺や数々の虐殺事件、そして江戸の大火に関わった連中の多くがこの『仕事』に関与している。
「さてさてー、久方ぶりに例の人からの依頼が来たねぇ♪」
昨年末の上野の人間狩り以来だ。彼岸は人斬りをしたいがために一枚噛んでいるという、薄皮一枚下に鬼を飼う狂人。
「ま、今回はあんまり楽しめなさそうではあるけど」
両替商の隣の屋敷へつくと既に仲間が集まっている。彼岸を一瞥して白九龍(eb1160)が軽く会釈する。彼岸も黒頭巾を被りながら輪に加わった。
「白さん潤花さんにみんな久しぶりー♪ またみんなでオシゴト頑張ろうねー。きゃははは♪」
「嘆きや悲しみへ直にこの手で触れられないのは残念だけど、やるなら楽しまなければ損よね」
林潤花(eb1119)が品のよい微笑を浮かべて返す。
「さあ、朝の清々しい空気を吸いつつ、今日も真面目に勤労に励みましょう」
優しい声音から滲み出る毒は、端正な顔立ちからはとても想像できない。この場の誰もが皆、根っからの悪党なのだ。新顔のアンドリュー・カールセン(ea5936)は改めてその事実を認識した。
(「こういう任務は久々だ‥‥。やるか」)
任務遂行にあたり手段を選ぶつもりはない。寧ろ、これを望んでいたのかも知れぬ。肌の内を刺すこの感覚は。
「久しぶりだ」
懐かしいその感触を確かめるようにアンドリューは掌を開け閉めし、ふと口許を緩めた。その横では氷雨雹刃(ea7901)が問題の屋敷の見取り図を手に最後の確認を行っている。
「隣の屋敷とやらが依頼人の手の及んだ家でなかったなら只では済まさんところだったが、フン。だがまだ奴を信用した訳ではないぞ」
氷雨は訝った様子で仲間達へも値踏みするような視線を投げかけている。渡世人だと聞いているが、それにしては纏う雰囲気が鋭く過ぎる。多くは語らないが、この場にいる以上ただのゴロツキではないだろう。同じく新顔のロックハート・トキワ(ea2389)は集まった面々の只ならなさに呑まれそうになりながらも、緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らした。
(「‥‥この仕事、受けてやろう」)
微温い生活はもう終わりだ。半ば眠った意識で平穏な日々へ埋もれていく日々とは、今日限りで別れを告げよう。それが引き返せぬ道だとしても。最後によぎった迷いを振り払い、自分に言い聞かせるように頷いてみせる。
(「‥問題ない‥‥俺は元々、此方に居た人間だ」)
その表情の端に浮かんだ決意を、白は見て取って僅かに口元を歪めた。
「新人の手並みと度量、拝見させてもらおうか‥‥」
この日、依頼人の『面接』を突破して集まった新人はマリス・メア・シュタイン(eb0888)を含む5人。
(「はァ‥」)
戸惑いを浮かべてマリスが深く溜息付く。興味本位とはいえ、悪事に首を突っ込むのではなかった。今さら悔いても遅いのは分かっているが。白が冷たく言い放った。
「下手を打つようなら見限る。せいぜい足は引っ張るな」
「お手並み拝見ね。これから共に罪を犯して一蓮托生になるんだから、半端は御免よ」
甚振るような林の声音にマリスが何も言い返せないでいると、やはり新顔の風斬乱(ea7394)が面頬をつけて振り返った。
「馴れ合いは嫌いだが、何かの縁‥‥列は乱さぬよ?」
一瞬、少しはまともな人もいると嬉しく思ったマリスだったが、頭巾を被って装備の確認をした風斬が抜いた刀を見て、すぐに思い直す。それは冷たい霊力を帯びた異形の黒刀。どれだけの血を吸えばあれだけの異様な凄みを持つに至るのかとても知れない。
(「まぁ人殺しの依頼じゃないだけ幸運だったかな‥‥兎に角、一度請けた依頼は最後までやり遂げないと‥‥!」)
今日の仕事は時間との勝負。タイミングと時の運。それを活かすも殺すも冒険者の腕次第だ。聰暁竜(eb2413)の頭巾の隙間から鋭い光が覗く。
「――――――時間だ」
彼岸とマリスの行使した精霊が周辺の気配を探り、警備状況を浮かび上がらせる。蔵の周りには幸いにも見張りは二人。巧くやり過ごせぬ数ではない。
表通りでは。
「ンだと! 最初にぶつかってきゃーがったのは手前ェの方だろうがよ!」
「あァ? 俺が何したって??」
酔っ払いへ変装した鳴神が柄の悪い連中へ絡んで騒動を起こす。陽動としてはできすぎていて弱いが、固く敷かれた警備に一瞬の惑いを生めば今は十分。
「‥‥開けたわよ」
林の術によって隣屋敷の塀に穴が穿たれ、一行はすぐ鼻先に問題の蔵を窺う。トキワが足音を忍ばせて中へ入り込む。見取り図を確認すると蔵は4つ並んだ内の奥から二つ目が問題の蔵だ。忍者装束に着替えた氷雨が先頭へ立った。
「このまま蔵側面から回りこむ。死角伝いに誘導するからくれぐれも道筋を踏み外すな」
指示を飛ばして彼岸らに見張りの位置を確認させ、自身も素早い身のこなしで先導の任につく。林はそれを見送りながらぬけぬけとこう口にした。
「私はか弱い乙女だから、力仕事はお任せするわね」
「‥‥‥‥まあいい。良くやった、お疲れだ」
聰が苦笑交じりに林の肩を叩き、最後列へ続いた。やがて一行が消えると林の作った幻影が抜け穴を塞ぐ。ここまでは抜かりない。お誂え向きに外の騒ぎで交代時間が早まったらしい。見張りの一方がその場を後にする。それをもう一方が見送った時には茂み伝いにアンドリューが背後へ忍び寄っていた。一瞬の早業。鼻と口を塞ぎ、蔵の陰へ引きずり込んだ。喉元へ刃を突き当てて事務的に告げる。
「答えることだけ許可する」
拒否すればどうなるか。アンドリューは無言で刃を強く押し当てた。蔵の構造、罠の有無、警邏体制。手短に聞き出す。
「‥‥俺が知ってることは全部言った。だから‥」
上ずった哀願の声。フードの奥でアンドリューは小さく吐息を漏らした。
『Do so? It is good‐bye』
刃が喉笛を横に掻き捌いたのは一瞬だった。死体をアンドリューが茂へ放り入れると、白が愉快そうに鼻を鳴らした。金は蔵の二階部、罠はナシ、次の見張りが戻るまで四半刻のそのまた半分もない。
「周囲に呼吸音なし。そいつの言ってたのは嘘じゃなかったみたいだね〜」
「‥待て。すぐに‥‥‥‥よし、開けたぞ」
氷雨が錠を破ると、そこからは一瞬。春の気紛れな風が木の葉を巻き上げるように、ただの一息で金を浚う。悪事は緻密に、密やかに。そして時に大胆に。
「――――急げ。然程、時間の余裕は無いぞ」
聰に誘導され仲間が次々と蔵へ入り、金を運び出した。千両箱は風斬や彼岸、白が外の聰へと手渡しし、他の仲間たちの手を経て塀の抜け穴から隣の屋敷へ。数往復の単純な流れ作業だ。最後に白が蔵の中に値打ち物を見定める。
(「‥‥目利きがいないとこういう時は不便なものだな」)
ふと何か思い出したのか白が不機嫌そうに鼻を鳴らすと、蔵の入口から聰が呼びかける。
「――急げ。必然の『事故』に手違いがないとも言い切れない以上、早ければ早いだけ良いということくらいお前にも分かっているのだろう?」
視線がぶつかり。そして。
「明白了」
「―――――做得很好」
白は目に入った業物の一振りの剣を腰へ指した。聰が頷く。
「では急ごう。空白の時間は半刻との事だが、真正直に鵜呑み出来る程に世間を知らぬ訳でもない。元よりもたもたしているつもりなど毛頭ない」
不測の事態は起こりうる。風斬も同じく頷きかけ、そこで不意に眉間を震わせた。蔵の外でも仲間達が異変を既に察知していた。茂みに身を隠すと、こちらに近づく足音。アンドリューが短刀へ手を伸ばすが氷雨が片手で制する。
敵は一人。その背で刃が煌いたかと思うと、背後へ回ったトキワの短剣が首根を切り裂いた。刃は血管を避け、薄皮一枚だけ正確に裂いていた。男の口を押さえつけてトキワが凄む。
「無益な殺生は好きじゃない‥‥だが、あんたを斬れば口封じになる‥‥意味、わかるよな?」
「良心の呵責なんか感じているようじゃこの先つらいわよ」
その声は林。傍らにマリスを連れ、妖しく微笑む。
「どんな善行を積もうと一度汚れた手は綺麗にならない。吹っ切れれば案外楽しいものよ?」
トキワの短剣を横から浚うとマリスへ手渡し、林は試すように嗤う。
「おいでなさい、お嬢ちゃん? これであなたも悪鬼羅刹が裸足で逃げ出す悪党の仲間入りよ」
仲間達の視線が少女へ注がれる。見張りが何かを訴えるようにマリスへ視線を投げかけた。少女の瞳が揺れる。刃を持つ手は小さく震え、そこから先は動きにならない。
停滞を破ったのは白だった。無言で男へ鳩尾へ重い拳打を叩き込む。激痛に呻いた男の足を掬うと、倒れた所へ喉を踏み抜いて命を絶つ。
「言った筈だ。躊躇すれば見限るとな」
鼻から下を覆った布を剥ぎ取って言うと、白はマリスを一瞥した。
「二度も言わせるな」
どのみち半刻後には事が露見する。仏が何人出ようが関係あるまい。白は二体の死体を蔵へと放り込んだ。林が肩を竦めて踵を返し、仲間達も黙って続く。
「あーあ。興醒めだよねぇ。あ、でもせっかくだし。‥‥とりあえず記念に一刺しっと♪」
死体に小太刀を突き立てると彼岸は満足げに亡骸を弄ぶ。
「棚から牡丹餅、かな? きゃはははは♪」
仲間が無事に撤退を果たしたのに同じくして、鳴神も仕舞に入る。
「‥‥この野郎、俺に触んじゃあねえ!!」
怒鳴りながら男の手を振り払った拍子に鳴神の足が縺れる。
勢い余った鳴神は遠巻きに騒動を見守っていた人垣へ倒れ込んだ。
その、瞬間に。
「きゃっ!」
「うわ、ぶつかった」
「‥‥痛てて‥」
衆目の目を晦ましての早業。纏っていた襤褸や酒を染み込ませておいた手拭を脱ぎ捨て、何食わぬ顔で人込みへ紛れる。人垣が引いた頃にはもうそこに酔っ払いの姿はなく、当の鳴神はそれを尻目に裏路地へ消える所だ。
「これだけ騒ぎが大きくなれば、逃げるには手頃という訳だ」
屋敷を後にした他の仲間達は既に市中の酒場で落ち合っている。現れた依頼人へ氷雨が詰め寄った。
「今回は随分と無茶を言ってくれたな。次もお前が俺達を試すような真似をするようなら、只では済まされんぞ」
「口の利き方に気をつけな。それとも、どっちが選ぶ側が分からせてやろうか?」
険悪になりかけた空気へ水を差すようにして聰が立ち上がった。
「―――――――話が終わったのなら失礼させて貰う」
それに続いて白も憮然と立ち上がった。持ち帰った剣を無造作に机へ置く。
「誰が受け取ることになろうと構わないが。この次はもう少しマシな奴を頼みたいものだな‥‥」
マリスを一瞥して白は去っていった。俯いている彼女へ依頼人は小さく舌打ちする。
「ぼーっとしてるダケじゃ金は掴めねぇぜ。お荷物といわれてすごすご引き下がるような聞き分けのいいお嬢ちゃんにこの先のメはねェな」
だが、と依頼人。
「金を掴む気があるなら、また来るがいい。詰まらん良心はそれまでに捨ててきな。待ってるぜ」
そういって去ろうとする彼の背を風斬が呼び止めた。
「あんた、金にも興味ないだろう?」
「唐突に。何故そう思う?」
視線がぶつかり合う。風斬は肩を竦めると、愉快そうに表情を緩めた。
「思う存分利用してくれ、こちらも利用させて貰うよ」
「含みのある言い方だな。依頼人としての俺は不足か?」
その問いに少し考えた後で、風斬は先から弄んでいた盃をくいと煽った。
「‥‥‥最『悪』だ」
美酒を飲み干したように、肺の奥から空気を搾り出すように一言。
空けた盃を置くと、ニヤリと笑う。
「あんたの望み通り、暫く踊ってやるよ」
取引相手の商家が両替商の下を訪れたのは、冒険者が屋敷を後にしたのとほぼ入れ違いでのことだった。程なくして蔵から五千両が無くなっていることが明らかとなる。しかし蔵からは二名の死体が発見されたばかりで、不思議と証拠は何一つ挙がらなかった。取引は立ち消えとなり違約金を含めて両替商は莫大な損失をこうむった。その責任を感じてか屋敷の警備責任者が自殺するという痛ましい事件が起こったが、結局事件は未解決のままに終わる。冒険者ギルドへは依頼人の入念な偽装工作によって一行の関与が明るみに出ることはなかった。鬼退治の報告書は今もギルドの保管所に眠っている。