志道に心指す 第一話/拾壱「雲散夢葬」

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:10人

サポート参加人数:9人

冒険期間:11月14日〜11月24日

リプレイ公開日:2006年11月27日

●オープニング

 約一年前、突如として現れた黄泉の軍勢に蹂躙され、常陸国は水戸の地は闇に没した。
 黄泉人の群れは水戸領北部に位置する奥州領とを隔てる山岳から襲来し、瞬く間に水戸広域を魔界へと変貌せしめたのだ。散り散りになった水戸藩は冒険者の力を借り、半年をかけて残存勢力を再集結した。そして七月、藩主源徳頼房の子息である幼き光圀を旗印に遂に水戸城を取り戻すに至る。
 北部は街道の要衝石橋宿を始めとしていまだ黄泉の軍勢の手に落ちたままだが、水戸藩に討伐の兵を差し向ける余力は残されていない。黄泉人もまたあれから不気味な沈黙を保っており、静かな睨み合いが続いている。
 青年、道志郎が常陸国を訪れたのはそんな頃であった。


 江戸の冒険者であれば、道志郎の名を噂に聞いた者も少なくはないだろう。
 昨年の那須動乱で頭角を現した少年は、後に藤の姓を捨てて出奔し、一介の在野の士として動き始めた。以来、日ノ本を揺るがした九尾一派による一連の陰謀に青年は立ち向かい続けた。後に江戸で療養生活を経て再び馬上の人となった道志郎は、この常陸国に次の冒険の舞台を求めたのであった。
 道志郎は比較的黄泉兵の警戒の薄い、北西部の那賀と呼ばれる地の調査に着手した。二ヶ月をかけて那賀郡をつぶさに調べ上げ、先月上旬、道志郎は遂に常陸北部の奥州との縁を目指して水戸を発った。黄泉人はどこから現れたのか、それを見極めるため。
 ――そして、そのまま消息を絶ったのである。


 江戸、冒険者ギルド。
「新しい依頼が入っている」
 先日、水戸光圀じきじきの御下命で水戸北西部を偵察した冒険者が、黄泉人支配下の常陸国久慈郡で道志郎の従者を名乗る村人と遭遇した。
 彼らの話によると、水戸を発った後の道志郎は那賀の集落で補給を行った後に彼ら村人を護衛に雇った。護衛の数は3人。彼らを率いた道志郎は、調べあげていた魔物の出没の少ない道筋を辿って北上、久慈郡に入る。その後にさらに北上を続けたが、街道を南下してくる黄泉兵の一団を目撃した後に進路を急変。軍勢を追って南下を図った。
 危険を感じた村人達は1人を残して護衛の任を辞した。道志郎は彼ら2人にギルドへの手紙を託し、残った1人と共に黄泉兵力の後を追って馬首を南に向けたという。手紙は冒険者の手を経てギルドへ届けられることとなった。
「察しの通り、道志郎から新しい依頼だ」
 道志郎の手紙では、北から下ってきた黄泉人の軍勢の中に武者の姿を見たという。黄泉兵ではない、生きた侍だ。彼らの足取りを追って、道志郎は街道を雄薩から石橋方面に向かって南下すると記している。
「依頼書の指定期日に田後宿近辺の社にて待つとある。依頼内容は、依頼者道志郎の護衛だ」
 張り出された依頼書には、文面の一部に赤字で棒線が引かれている。
 指定期日は11月25日。それまでにもう一度、最後に残った従者に託してギルドへ状況を伝える書状を届けると道志郎は記していた。
 しかし文は届かなかった。
「道志郎かあるいはその従者に何かあったと考えるべきであろう。これは非常に特殊なケースだが、依頼人の安否を考え、依頼の冒険開始日より早めてギルドは人員の募集を行うこととした」
 横線の引かれた文の依頼日の上に書き改められたのは、即日出立の赤文字。
 正式な依頼より一足先に水戸城下へ入り、現地で可能な限りの準備と情報収集を行う。それが道志郎の生死を左右する。
「正式な依頼開始日までにギルドへ文が届くかも知れぬ。それまでに一時江戸へ帰還すること。それから、くれぐれも迂闊な行動は取るな」
 黄泉人へ対する水戸藩の動向が分からぬ中、冒険者の手で下手に黄泉人を刺激して情勢を悪化させれば最悪の結果として水戸藩によって水戸以北への通行を止められることもありうる。戦闘行為は厳禁だ。
 また、従者の証言によるとこうだ。
 那賀の集落でも補給を行った道志郎は、彼らの手を借りて大量の食料を馬に積んで旅立った。逆算して、現在所持しているであろう兵糧はおよそ半月分。来月の第4週も終わる頃には食料が底を尽きることとなる。
 つまり、仮に問題を起こして街道を閉ざされるようなことがあった場合、道志郎の自力での帰還は絶望的となる。
「日程的にも水戸の城下町より北まで足を運んで十分な調査を行うのは難しかろう。だが城下や周辺での準備や情報収集なら可能だ。正式な依頼が開始されれば即刻にでも動けるよう準備を整えることだな」

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6147 ティアラ・クライス(28歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1568 不破 斬(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

榊原 信也(ea0233)/ 陸 潤信(ea1170)/ マリス・エストレリータ(ea7246)/ 琳 思兼(ea8634)/ 鷹碕 渉(eb2364)/ アルディナル・カーレス(eb2658)/ レジー・エスペランサ(eb3556)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)/ 桐乃森 心(eb3897

●リプレイ本文

 道志郎の危機に、彼と知己である者を初めとして多くの冒険者が名乗りを上げ、水戸へと発った。黒崎流(eb0833)が真っ先に取り掛かったのは、救出部隊の編成であった。
 水戸の民で近しい者を亡者に殺された経験を持たないという者は少ない。配下の忍びを使ってかき集めた数がざっと二十。
(「今の常陸なら怨恨も多いだろうし、冬に入る前に先立つ物が欲しい事もあるだろう。少々汚い考え方だが‥‥ね」)
 常陸を侵す不浄な魔物から国を守る義勇の兵を広く世に募るとし、浪人や侠客、猟師達を中心に集めたのは黄泉人への強い恨みを持つ者達。いざという時は黄泉兵を倒したいというその気概がものをいう。
「出立は来月。それまでは弓の訓練を怠らないように。危険が無いとは言わないが、むざむざ死なせる様な仕事にはしないつもりだよ」
 手付金や経費などを渡し、簡単な指示を与える。
 種は撒いた。
(「黄泉人との戦いを考えると、必要な兵種は弓手。足の速い隊なら尚いい」)
 救出の依頼が出されれば、すぐにでも動けるよう。
 そのために水戸に根拠地を求めた陸堂明士郎(eb0712)だが、こちらは難航している。仲間に江戸の水戸藩邸へ交渉を頼んだものの、連絡がないということは失敗に終わったということだろう。信頼できる商家や寺社を探し、交渉を運ぶのには手間と時間がかかる。だが今の陸堂にその準備はなく、後には聞き込みの予定も詰まっている。
「‥‥このままでは帰れん。何とか自分も救出の布石を打てねば、むざむざ手ぶらで江戸に帰る訳にはいかぬぞ」
 同じく道志郎とは長きを共にした仲間である風守嵐(ea0541)も、今は逸る気持ちを抑えて己の責をまっとうしようと心に誓っている。
(「私情は捨てる・・・道志郎、お前が選んだ道、そしてお前自身の力、今は信じさせて貰うぞ」)
 時間はそう長くはない。
 イリス・ファングオール(ea4889)ら残された者達はその貴重な時で最善を尽くすだけだ。
「人がたくさん死んで、国が弱くなって、道を行く人が居なくなって‥‥何が起ころうとしているんでしょうか? 道志郎さんは‥‥きっとまだ無事で居てくれると思いますけど‥」
 不破斬(eb1568)と共に道中も噂し耳を済ませたが、最後の従者の話はどこにも聞かない。やがて水戸へ入ると、同行したグラス・ライン(ea2480)らと共にイリスは吉田神社へと足を運んだ。
「旅の僧侶のや。本尊に祈りを捧げてもいいやろか」
「死者の冥福を願う気持ちに神も仏もありますまい。どうぞ、無辜の民の為に祈りを捧げて下さい」
 神職の許可を得て3人は本殿へと通される。
(「道志郎さんが無事にうち等と必ず出会えますように。黄泉人の計画を挫けますように」)
 一心に経を唱えるグラスを横で、イリスは神職へ黄泉人についての話を伺った。これまで常陸で見た黄泉人の動きや那賀の惨状。確かに日増しに瘴気は濃くなっている。
「まるで腐った肉にカビが生え蛆がわくように、濃い瘴気が立ち込める土地から不浄な魔物が涌き出てるみたいでした」
「左様。かつては常世の国とまで呼ばれたこの常陸が‥‥嘆かわしいことです」
「アンデッドは死んだ人の無念の魂だと思ってましたけど、黄泉人は何か普通とは違っている気がします」
 高い知能。垣間見える目的意識。
 とても魂のない亡者の仕業とは思えない。
「常陸国を支配するよりも、まるで死の国を作ろうとしているみたいでした」
「神職殿。北に何か黄泉との因縁ののある土地でもあるのだろうか」
「そういえば、まだ黄泉人に抵抗している村があるとか言ってたな」
 経を唱え終えたイリスが無邪気な笑みを覗かせた。
「黄泉人と侍が進んでいった辺りには村はあるんやろうか? たとえば、土地の人が崇めるような‥‥」」
「黄泉に抵抗できるとすれば、相当の武力があるか霊的に強い可能性がある。後者なら二の宮である静神社や賀毘礼の峰などが考えられるが‥‥」
 それに黙って神職は首を振ってみせる。
 水戸藩に組織的反抗の余裕すら与えぬまま黄泉兵は瞬く間に水戸城を落としている。それに対抗できる軍事力を保有する土地など常陸にない。社に関しても一年に渡り黄泉の侵攻を食い止めるなど。
 神職が表情を暗くし、俯こうとしたその時だ。
「‥‥いや、待て。旅の人、ないことはない。あの社なら或いは‥‥」


 一方、那賀へは日向大輝(ea3597)らが足を伸ばしていた。
「道志郎さんか‥‥那須動乱と妖狐騒動に関わった以上、その名は十分に聞き及んでいる」
 一昨年の神剣争奪では、今回の水戸行の仲間である流、陸堂、斬らと共に庶民連帯発足の立役者となったと噂に聞く。当時は朝廷側についた日向も彼らの活躍ぶりは知る所だ。
「武術や魔法の腕とかじゃなくて自分を通せるその人はきっと『強い』と思う。噂通りの人物なら一度会って話してみたいな」
 日向は道志郎が最後に立ち寄ったという那賀の集落へ、ルーラス・エルミナス(ea0282)と共に2人を訪ねた。
「私達は江戸のギルドから派遣された冒険者です。宜しければお話を伺いたいのですが」
「前の冒険者に話は済ませた。話すことは何もねえ」
 簡素な旅装束に着替えたルーラスが丁寧に話を聞くが、これといって情報らしいものは引き出せない。手紙が遅れた場合の指示も受けていない。金で雇われて同行し、命の危険を感じて逃げてきた。ただそれだけの関係のようだ。
「そうでしたか。何か新たな情報があればと思いましたが‥‥」
「そうだ、どういう道を辿っていったのかこれに書いて説明してくれないか?」
 日向が板切れを取り出し、2人へ簡単な経路を書き込んで貰いながら道志郎の足取りを確認していく。
 道志郎は那賀のどこに魔物が出没するか知り尽くしていたようだ。彼らは案内役ではなく、右腕の不自由な道志郎の護衛として同行していたようだ。那賀を抜けて北部へ回り込み、街道で例の軍勢を発見。そこで予定を変え、彼らを追って街道を南へ。
 その規模はざっと遠目に四、五十。街道を南に雄薩の宿場へと入るのを見たという。2人は嫌がったが道志郎は1人で軍勢を追って宿場の近くまで向かったという。
「この先もこんな無茶をやるならついていけねえってんで、旦那とは別れたんだ。だから俺らは黄泉兵のことはよくは知らねえんだよ。殆どはシビトだったが、鎧武者もけっこう混じってたな」
「いろいろとありがとう。お礼としては少ないけど、これでも飲んでほしい。何か思い出したら連絡してくれるとうれしいな」
 久慈や田後宿の地理については彼らも詳しくは知らなかった。土産の酒を手渡すと、日向は足早にそこを後にした。
 所変わってこちらは水戸の城下町。
「ええ、そうなのよ。ここらへんの神道やお寺文化に詳しい人知らないかしら。で最近の相場はどう?」
 ぱたぱたと気の抜けた羽音をさせて宿場を飛び回るのは旅のシフール。彼ららしい胸襟の広さで土地の溶け込む彼女だが、その奥の胸中には秘めた目的がある。紅き魔女。或いは商人。彼女の名はティアラ・クライス(ea6147)。道を探すその人を探して、踏み入れたは死した常世の水戸の国。常陸。
(「道は再び見えるか。商才はあるので詳細を確認中。黄泉人知らず。ってとこかしら?」)
 宿屋での聞き込みは陸堂もまた当たっている。
 水戸復興の人夫は皆すべて南から流れて来た者。街道を黄泉に押さえられてからは奥州との行き来は途切れている。街道の情報は商人筋より宿や酒場にたむろする渡世人達の間に集まっているようだ。
 ここ暫く水戸へ留まっていた道志郎の話は至る所で耳にすることができたが、以後の消息は知れなかった。水戸復興に携わる人夫に混じって情報を集めたクーリア・デルファ(eb2244)も思った程の成果があがらず内心で焦りが募る。
(「道志郎さん、無茶をしないと良いのだが‥‥」)
 土木工事の他、鍛冶屋としての腕を活かして工具の補修を行ったりと昼間は仕事に精を出し、暮れれば仲間達と酒場で働きを労い合う。
「あたいは故郷で街道作りに携わった事があるのだが、仕事の大変さは生まれた国が違っても分かる。色々な話が聞きたいのでこれでも飲みながら聞かせて欲しい」
 水戸北部の地理や道志郎のこと。今はどんな些細な情報でもほしい。酒をつぎながら、ふとクーリアは人夫の手へ目を留めた。
「おじさんの手はごつごつした良い手をしているな。あたいは武器等を作るが同じ作り手として尊敬する」
「そうかい。ありがとよ。で、なんていったっけ?」
「道志郎という名の若い侍だ。一月前から彼の行方が知れない。今はどんな些細なことでも手掛かりがほしいんだ」
「姉さんのいい人だったりするのかい?」
 それに、ふと笑みを浮かべて。クーリアはこう返した。
「彼と約束をしているんだ。だから行方を捜しているのだ」
 予定していた期日はあっという間に過ぎ去った。
 斬は水戸の北に散在する集落を当たってみたが、従者が立ち寄った形跡は見られなかった。神社仏閣を当たったグラスも空振り。
 道志郎とその従者の消息に関する情報は、目下のところ皆無。
 ただ過ぎ去るだけの時に、今は苛立ちよりも焦りが募る。
「粋がった代償だ。俺達が行くまで耐えぬけよ道志郎」


 水戸を発つ前夜。
 城下町の宿に一行は集合し、情報の交換が行われた。ティアラが皮切りに集めてきた情報を披露した。
「不破さんに頼まれた地形に詳しい人の手配。あと神社周りに詳しい人の情報とかだいたい話ついたわよ」
「それは助かる。日程的にも方々回るという訳にも行かず、調査も必ずしも十全とは言い難いからな」
 斬が苦い顔で言うと釣られてルーラスも苦笑を零す。彼もは水戸の酒場などで聞き込みを予定していたが流石に時間が足りずに断念している。この厳しい日程で那賀まで足を伸ばして従者の2人に話を聞けただけでも御の字だ。
「ひとまず目立つ行動だけは避けましたから、水戸藩には秘密裏に事を運ぶことだけはできそうです」
「それは無理だな」
 不意に掛かった声は嵐だ。
「水戸の御庭番は余程の手練がいるようだ。この俺ですら城内に手を出せなかった」
 幼い光圀に仕える御庭番は先の水戸城奪還にも貢献し、現水戸藩内でも強い発言力を持っている。現在の頭は慧雪という名の凄腕の忍びだということだ。
 水戸城奪還作戦はギルドを介した冒険者らの力によるものも大きく、水戸藩は冒険者寄りの立場を持っている。しかし今では散り散りになっていた藩士達も舞い戻りつつあり、藩内ではこれ以上の冒険者の介入をよしとせぬ風潮にあるようだ。そんな中で御庭番の警戒もあり、水戸藩の対黄泉人に関する情報までは手が出せなかった。
「道志郎のことに関してどう捉えているかは分からぬが、こちらの動きを城に掴まれていてもおかしくない」
 嵐と繋がりのある数名の冒険者も調査に手を貸したが、目新しい情報はない。
「水戸周辺の古墳ではやはり他同様に破壊の跡が見られた。それから念の為道志郎の元に残った従者の風体などの確認も念の為手をまわして置いた」
 かつて遣北使の任についた仲間の伝を辿って北方への大まかな地理も合わせて押さえてある。それらを地図に書き込むと、覗き込んだルーラスが雄薩宿を指して那賀郡を回るように道筋を描いた。
「予定していた道が危険だと判断したなら、迂回路はこう予測できますね」
「ああ、俺達が以前に水戸藩からの依頼で水戸北西部を調査したときに取った道筋だ。雄薩からそのまま南下して石橋までというのでは危険が大きすぎる」
「飛脚さんから聞いたんですけど、石橋宿からの道は、北は奥州、南は旧常陸国府を経て東海道へ続くみたいですね」
 多くの仲間から様々な情報が寄せられたが、情報は錯綜するばかりで有益なものはまだない。不意の沈黙。日向が表情を曇らせる。
「黄泉人がどこから現れたのかを知るために出発した道志郎さん、だったら黄泉人の軍勢に遭ったのは絶好の機だった筈」
 軍勢の進んできた街道を遡れば出所をいずれ掴める。だが実際は軍勢を追って南下。明らかに当初の目的を外れたこの行動に、謎を解く鍵が潜んでいるはず。そして生きた侍と、噂の集落。ルーラスがふと口を開いた。
「あまり情報が無い場所や、情報が多い場所こそ、危険な場所だと考えます」
 かといってその言から何か引き出せる訳でもなく、座を再び沈黙が支配した。
 流が視点を変えて地図に目を落とした。
「黄泉人の動向に目を当てるなら、素直に見れば街道筋を経由し少しずつ戦力を南へ移動させていたと言う所か。冬になれば人側に移動を含め不利な要素が多い。‥‥裏を掻かれていた可能性が高いかな」
 黄泉人とは京都で遭遇したというティアラが記憶を探る。
「んー指示系列は上位からのトップダウンって感じだったわ。京の彼らの上位者中誰かが“出張ってきている”というなら何かを命じられてって可能性が高いわね。彼ら風魔法使ってくるから嫌なのよ」
「あのな、黄泉人が侍と行軍していたと聞いてからな、考えていたんよ」
 ふと、遠慮がちにグラスが口を挟んだ。
「うち思うんやけどな黄泉人と侍は共闘状態やと思うんよ」
 武者の正体がどこの侍かは分からないが、まだ明かされざる黄泉人の目的に彼らが何らかの形で与しているとすれば。自ずと浮かび上がるのは。
「黄泉人やシビトには手の出せない結界や聖域がどこかにあるんやないやろか」
 そうだ、と斬。
「それに関して少し気になる情報があった」
「吉田神社という所の神職さんからお話を聞いたんです」
 水戸の北。七里。三本杉で知られる御岩神社と呼ばれる霊験あらたかな社がある。信仰の対象としてよりも修行の場として常陸では知られる場所だそうだ。
「もし水戸北部で黄泉の侵攻に耐えうる霊力を有した場所があるとするならば、ここを除いてはなかろうとのことだ」
「しかし、水戸が黄泉の軍勢に襲われたのは一年も前。そんな長きに渡って攻勢を凌ぎきるなど」
 陸堂は道志郎の指定した田後近辺の社について調べ上げたが、何の兵力も持たないただの社が黄泉の軍勢に抗えるとは到底思えない。
 だが、と流。
「グラス嬢の言も尤もだ。その御岩神社という所も気になるね。もしそうだとすれば‥‥完全に態勢を整えられる前に集結地を特定し、叩ければ良いんだが」
 こうして予定の期日を追え、冒険者は一時江戸へ引き返すこととなった。
 その一時帰還の朝。
 ティアラは不思議な光景を夢に見て床から目覚めた。
 一つは、初めて目にする青年の横顔。直感で分かる。彼が道志郎だ。
 そしてもう一つは。
「‥‥今のは」
 白い足。おそらくは少女のそれ。そこへ絡みつくように伸びた節くれた根。
 それは半ば皮膚と同化し、もはや引き離し難くそれを蝕んでいる。
「可能性の一欠けらでも刹那垣間見れればと思ったけど、これじゃサッパリね。ま、いいわ。残された手掛かりを手繰り寄せればいずれ分かることだしね」