●リプレイ本文
決行の期日は間近に迫っている。江戸を立つ前の晩、クーリア・デルファ(eb2244)はウインターゲイルとアンジェへ飼葉を与えながらその鬣を撫ぜた。
「今度も長旅だ。今の内にしっかり食べて頑張ってくれよ」
(「道志郎さん、無事にいてくれ‥‥」)
一行はまず旧国府の置かれていた石岡を目指した。
そこから手勢を分けてそれぞれに田後を窺う。暫しの別れを前にティアラ・クライス(ea6147)は再び例の幻視を試たが、以前に水戸で夢にみたような体験は得られなかった。いずれにせよ雲を掴むようなそれは、頼みとするにはまだ余りに心許ない。ともかくも田後宿。そこに答えはあるのだ。
石岡で風守嵐(ea0541)が隊を離れ、更に水戸でも黒崎流(eb0833)らが別行動を取る。彼らとは離れた本隊は水戸から北上の後、街道を折れ曲がって石橋を目指す。そこからは更にグラス・ライン(ea2480)が那賀を目指して別行動となる。
「依頼がこなかったんは連れが敵さんに狙われた可能性もあると思うんや。だとすると、那賀ルートの帰路で襲われた可能性もあると思うんや」
防寒着を着込むと、ヒポグリフの志姫の鞍へ紐で体を結わえて乗り込んだ。同行するイリス・ファングオール(ea4889)もケルピーの手綱を握り締める。
「‥‥馬君と志姫さんとグラスちゃんだけが頼りです」
この二人では随分と頼りないが今は四の五のいってはいられない。
本隊が取ったルートは、石岡からは遠回りとなる水戸経由を取りながらも可能な限り遠回りを避け、ギリギリまで石橋宿に接近しつつ速やかに街道を駆け抜けるというものだ。
だがその道程もけして楽なものではない。
瘴気に没した常陸の北はいまや魑魅魍魎の魔界。冒険者の敵は黄泉兵達ばかりではない。
「かなりの数です、皆さんも囲まれないように注意して下さい!」
馬上のルーラス・エルミナス(ea0282)が槍を振るい、群がるシビトを薙ぎ払う。見事な手綱捌きで愛馬を御しながら、時に攻撃を盾で受け流し、高みの有利を活かし重みを乗せた槍で亡者を叩き伏せていく。馬を下りた陸堂明士郎(eb0712)も愛馬を背に刀を振るい、襲い掛かる怪物どもを強烈な斬撃で切り伏せる。
以前の調査でも分かっていたことだが、水戸以北はシビトの群れを初め、死霊侍、怪骨、餓鬼、傘化けに釣瓶落しと、ありとあらゆる不浄の魔物達が四六時中、一行をつけ狙うのだ。荒れ果てた地を行く魔物達の数が以前よりも勢力を増しているのは、前よりも確実に濃く淀み始めている瘴気からも明らかだった。
「流石にこの数は鬱陶しいな」
小太刀で応戦していた日向大輝(ea3597)にしろ、その技量体術共に見かけからは想像もつかない使い手だが、数の暴力は単純に厄介だ。すかさずクーリアが盾をかざして横へ並んだ。
「無理はするな、雑魚とはいえ数に任されると足元を掬われかねんからな」
盾でシビトを押し返すと、お返しにと強烈な木刀の一撃で敵の頭蓋を粉砕する。神聖魔法の使い手である彼女の同行で怪我の心配はせず存分に闘える。立て直した日向も小太刀の小回りを活かして攻勢に出る。
「それにしてもこれじゃ切りがない。どうする?」
「私が血路を開きます!」
シビトの一匹を槍で貫いて持ち上げると、前方の敵の群れへと振り下ろすように叩きつける。馬の腹を蹴り、抉じ開けた道を駆け抜ける。残りの魔物がすぐに立ち塞がろうとするが、ルーラスの槍が包囲を抉じ開けんと唸りをあげた。
鋭い穂先には薔薇色の精気が溢れ、全身を覆った闘気と共にルーラスは一条の戦槍となって貫き抜ける。技の名は、白い戦撃。
「不浄なる者よ、道を阻まば容赦はしません! 祖国の風の元、切り開け我が刃!」
重みを乗せた槍撃が道を阻むシビトを抉り、包囲を打ち破った。その勢いのままに愛馬ウィンディアが駆け抜ける。その隙に馬に跨った仲間も後を追って駆け出した。
普通ならそうかからない距離でも、黄泉の軍勢を警戒しつつ同時に魔物の襲撃を跳ね除けながらでは恐ろしく歩みは遅い。
流は以前に集めていた兵を率い、本隊の進軍の支援の任を買って出ている。歩兵隊では陸堂達の足にはとても及ばないが、石橋へ至る街道を持ち場に定め、妖怪の掃討と黄泉兵への陽動として徹底的に撹乱を行う。忍びの桐乃森心に手配させた武具一式で射手の兵装は整えた。
「放て!」
流の号令で配下の弓兵が横列で一斉に矢を射掛ける。現れた餓鬼の群れは次々と崩れていく。
だが数が多い。
そこへダメ押しとばかりに、突如として中空から生じた火球が残りの敵を薙ぎ払う。
「これでひと段落。他の魔物が集まってくる前に一旦引いた方がよさそうね気配ね」
魔法で姿を消したティアラの援護だ。騒ぎを聞きつけてまた他の魔物が集まるともしれない。上空から周辺の地形を見回した彼女の報告で流が兵を引き、街道を離れた森に作った拠点へと戻った。
「敵勢力下に深く入るのは自殺行為だろうが、暫らくは様子を見てみたいね」
しかし、この魔物の数。
本隊はともかく、たった二人で那賀へ向かったグラス達が心配だ。
グラスとイリスは前回の調査でも那賀へ入ったが、今回は以前のように身を守ってくれる護衛はいない。かつてこの地を抜けた道志郎のように、安全なルートを熟知している訳でもない。志姫に乗って空を行くグラスにはすぐに以津真天がハゲタカのように忍び寄り、地を行くイリスにも数多の魔物が立ち塞がる。
黄泉兵との遭遇の危険を避けて十分に迂回したとはいえ、まさに自殺行為だ。道志郎の痕跡を探すどころか、とてもこの先へ進めるものではない。二人はそれ以上の侵入を諦めて早々に引き返すこととなった。
「戦いになってしまうと、私は強く無いので大変ですし‥‥他のみんながうまくやってくれることを祈りましょう」
「悔しいけどうちら二人だけでここを抜けるんは無理やったな。けど、道志郎さんの持つ情報は誰よりも詳しく新しいんや、この国のためにも道志郎さんを殺したらいかんな」
これまでも仲間達と共に幾多の困難を乗り越えてきた。後は仲間に託す他はない。
イリスは空を仰ぐと、道志郎の無事を祈って十字を切った。
(「道志郎さんは‥‥生きてさえ居れば、また笑っていられると思うので、そうだと良いです。どうか。私が見つけた光が変わらずまた私の前で輝いてくれますように‥‥」)
陸堂ら本隊は何とか田後までは辿り着きはしたが、予定よりだいぶ遅れてしまった。約束の期日まで残り三日前にしてのことだ。
馬上の日向大輝(ea3597)が道程を振り返って苦笑を深くする。
「京で神剣が奪われたってときに庶民連帯の元締めだった人物を探すってのも不思議なもんだな、ほんと」
田後宿は奥州への街道における拠点の一つ。ここにも黄泉兵が駐留している。合流までの拠点は社を窺う林の中に置くこととなった。
「できれば宿場の中に入って調べたいことがあったんだが、忍者でもないと無理だよな」
遠巻きに窺って見た所では、宿場はシビト達が蠢き侵入は容易ではない。以前に冒険者が侵入に成功した雄薩宿もこれと同じような有様だった。
可能なら駐屯兵力の偵察と例の軍勢の手掛かりを得たい所だが、おそらく例の軍勢は既に宿場を通過した後だろう。用心深く様子を窺ったが、大規模な軍勢の気配が感じられないし、炊煙が上がる様子もない。
「後は道志郎さんの捜索だな」
「おおよその場所は調べがついているが、まずは社の確認を急ごう。教会と社。神は違えど用途は一緒だ。故郷と類似点があるかも知れないからな」
クーリアが十字を切り、先を急ぐ。
事前に陸堂が水戸で聞き込んだ情報もある、時間はかかるまい。
「社の確認もだが、周辺もくまなく捜索しておきたい。何か手掛かりがあるかもしれない」
野営の跡や馬の糞、血痕、足跡、遺留品。黄泉兵の駐留しているだろう宿場周辺に道志郎がそれらを残した可能性は極めて低いが、考えられるあらゆる痕跡と目印を想定し、最善を尽くす必要がある。
「どんな障害があろうと全力で排除し連れ帰る。彼は我々の希望だ」
ルーラスもそれに頷いて返す。日向もそれに続きながら、ふと脳裏をよぎった考えに表情を暗くした。
道志郎が追っていたという軍勢の目指す先が気になる。水戸で調べに出たように御岩神社のことも気にかかる。おそらくは石橋宿へ入ったのであろうが、その情報は今後を左右する筈だ。
無論、近辺の警戒は非常に強いものだ。石岡から街道を北上した嵐は、思うようにその先へ進めずにいた。
「‥‥流石は、水戸・石岡の二つを繋ぐ街道に交わる交通の要所だけはある。これほどの警戒振りとはな」
水戸から警戒の薄い北東部へ回りこんで石橋の北から接近する道筋はまだ警戒が薄いからよい。だが石岡から直接向かうのは至難の道程であった。
前哨に巡回。それらを掻い潜って、何とかここまではやって来た。しかし石橋宿を遠目に捉えるようになってからは、流石の嵐でもそれ以上は手に余る程だ。
夕闇の空を切り裂いて、鷹の旋風が林に身を隠す嵐の元へ降り立った。やはり周辺は敵だらけだ。疾風の鼻も危険の臭いを敏感に感じ取っている。迂回しようにも、南側からの進入に対する警戒が強く下手に手が出せない。余り街道を離れすぎては、土地に明るくない嵐では道を見失う恐れがある。
その時だ。
(「‥‥不覚」)
振り返ると街道からこちらを窺う騎馬の姿。森に不穏な気配。どうやら魔物に囲まれたらしい。馬蹄が遠ざかる。すぐに宿から敵の部隊が押し寄せるだろう。
「フッ‥‥これしきの危難など、未来を思わば苦などとは思わぬ」
己の頭脳と肉体、磨きあげた技の全てがが道志郎の明日の血と肉となる。
「そう簡単に魑魅魍魎が如きへ呉れてやる訳にはいかんな」
その青年は、腕が立つ訳でも、頭が切れる訳でも、まして高貴な血筋の生まれでもない。ただの素浪人だ。道志郎自身には何の力もない。それでも、そんな彼に可能性を見出した冒険車達の力を借りて、彼はこれまでにも多くの苦難を乗り越えて来た。そうした冒険者達の助力がなければ、道志郎はとてもこれまで生き長らえられたものではなかった。今も常陸の野辺に屍を晒していたであろう。
約束の日。昼から降り続いた小雨の中、日の暮れた境内を見せた青年は酷く憔悴しきっていた。連れていた馬も失い、傍らには従者の姿もない。気づいた陸堂が社からその身を晒して道志郎を出迎えた。
「道志郎殿、よくぞ無事でいてくれた」
「陸堂さん、皆なら必ず来てくれると信じていた」
「話は後だ。今は脱出のことだけを考えよう」
ここまで辿り着くまでの苦難の道程が窺える。すぐにクーリアが魔法での治療を施した。
「怪我もそうだが、装備品も酷い有様だな。ここにくるまでに随分と無理をさせたようだな」
「クーリアさんにはいつか刀を磨いで貰う約束だったな。水戸に戻ったら今度こそ頼めるかな」
「約束は破る為にあるわけではないぞ。守る為にあるのだ。約束は果たさせて貰うから無事に戻ろうな」
「しかしここはまだ敵の勢力圏の中。水戸へ無事に戻るまで気は抜けぬな」
陸堂が、愛馬に積んできた防寒具などの装備品を道志郎へと手渡した。クーリアの連れてきたアンジェへと道志郎が跨る。離脱の体勢が整うと、鳴滝風流斎の手配した狼煙を陸堂が上げた。
「魔物との遭遇を考えると、残された時間はそう多くない。迂回路を通るにしてもぎりぎりの行程になるだろう」
別働隊の仲間が現れる気配はないが、待っている余裕もない。この悪天で合図に気づいて貰えるかは賭けだが、一行はすぐに田後宿を離れることとした。
同じ頃。
石橋宿近辺まで歩を進めた流とティアラは、宿場から離れてゲリラ的に挑発を繰り返している所だ。
「全員、放て!」
流の号令が響き、弓鳴りが響く。
ここまで来ると敵は烏合の衆の魔物達ばかりでなく、ある程度統制の取れた動きをする部隊とも遭遇することが多くなった。前哨の部隊や、街道を巡回する部隊へ奇襲を仕掛けては撤退を繰り返している。
「戦果を求めるのは無理な話だが、道志郎達の撤退の陽動にでもなれば御の字かな。ティアラ殿、お願いするよ」
相手取っているのは斥候の小隊。矢玉を掻い潜って接近する彼らへ、上空のティアラが火球での爆撃を見舞う。
「今ね。無理せずここは引くわよ」
傭兵達を使い捨ての捨石にはさせたくない。道志郎は勿論だが、彼らも無事に水戸まで帰したい。炸裂した火球の起こした煙に紛れて一行は撤退を図る。
「それにしても、黄泉人が直接出てこなかったのは助かったわね。風の魔法で狡猾に迫られたら厄介だし。さてと、やることやったらそろそろ水戸に戻るわよ」
黄泉の軍勢の大半は知能の低い不浄の魔物達。彼らを率いる黄泉人達の数はそう多くはなさそうだ。近隣の林へ一行は逃げ延びた。振り返ると林の入り口で火の手。あらかじめ仕掛けておいた火罠がうまく働いたらしい。流の名指揮ぶりもあり、一行は一人の死者も出すことなかった。
「あんたの元で闘えてよかったよ。また奴らと戦える場があれば、また呼んでくれ」
「それは助かるね。でもまずはその前に、水戸へ帰ったら皆と杯でも酌み交わしたいね」
こうして道志郎救出作戦は成った。
その同じ頃。
一人隊を離れて御岩神社への偵察の任を担っていた不破斬(eb1568)は、信じがたい光景を目の当たりにしていた。
森から覗き見ると、社を頂く御岩の山をぐるりと包囲する魔物の群れ。こんな古びた社になぜこれほどの軍勢が睨みを利かす必要があるのか。榊原信也の調べでは、御岩神社の祭神は伊邪那美命。社には古くから三種の神器なるものが伝わっているという。数年前にその一つがなくなったと噂に流れているが、それ以上のことは分からなかった。
(「イザナミと黄泉人か‥‥」)
黄泉の軍勢は社を攻めるでもなく、ただ固く御岩山を包囲し続けている。
その数はざっと百。近づいて社や軍勢について調べようにも、仲間がいればともかく、一人ではどうにもならない。今の自分に出来ることは、無事に水戸まで生き延びてこの有様を仲間達へ知らせること。
「さて、相変わらずだが俺は俺の役割を果たすこととしよう」
そう一人口にすると、横睨みに木々へ視線を走らせる。隠身の勾玉で騙しだましやって来たが、流石に忍びのようにはいかない。どうやら囲まれたらしい。斬は得物を握り締めた。
雑魚にみすみすやらてやれる程、これまで潜り抜けて来た苦難は生易しいものではない。
「一人の時の俺は少々手荒いぞ」
大地を蹴り、斬が敵の群れへ飛び込んだ。
黄泉人は何かの意思を持ってこの地で動いている。漸くその尻尾に手が掛かったのだ。手遅れになる前に、その目論見を暴かねばならない。
(「待ってろよ、道志郎。この国を黄泉人のいいようにはさせん。此度も苦難の道程だが、また共に成し遂げるぞ」)