●リプレイ本文
夜もとっぷりと更けた。
クリス・ウェルロッド(ea5708)が奥の座敷へ案内されると、既に仲間達は一杯始めている所だ。
「‥‥来たか、クリス。まあこの世界、そう簡単に足は洗えぬがな」
鳴神破邪斗(eb0641)が面を上げ、薄く笑った。今回も見知った顔が多く席を連ねているようだ。気づいた聰暁竜(eb2413)が一瞥し、盃を傾ける。彼岸ころり(ea5388)が手招きして隣席へ促す。
「クリスさん、こっちこっちー。さ、面子も揃ったみたいだし早いとこ始めちゃおっ♪」
「今回も、この方面では著名な方々が集まられたようだ。同じ席に付ける事を光栄に思うよ」
そうそう、と思い出したようにクリス。
下座に席を連ねた見慣れぬ顔へ恭しく礼を取る。
「‥‥初見のお二人も、運命共同体同士、今後とも宜しく」
末席には偉丈夫の異人が一人と、浪人風の優男。二人へは林潤花(eb1119)が酌をしている所だ。
「浮世の鬼達の世界へようこそ、歓迎するわ。これは近づきの盃よ」
「それは光栄だね。だが、鬼と言われるのは好きじゃないかな?」
異人の男、フローライト・フィール(eb3991)が盃を受けながら肩を竦めて見せる。今回、依頼主に認められて宴に席を連ねたのは、フィールともう一人。浪人の設楽兵兵衛(ec1064)。
「それにしても‥‥命を賭して弱者を救う? それをご立派、ご立派と称える事は出来ますが‥‥自分でやる気は起きませんねぇ」
愛想のよい笑顔を浮かべながら、恐縮の体で林の酒を受ける。その様を白九龍(eb1160)は不機嫌そうな様子で眺めている。
(「また新顔か‥‥。少々使えたところでいつまで続くか」)
「どうしたの白君。今日はご機嫌斜めのようね」
「‥‥‥‥何でもない。気にするな」
そこへ彼岸が茶化した風にこう口にする。
「白さん、今日は一番乗りだったんだって? 依頼人さんと二人きりで待たされてご立腹なんだよ、きっと」
「‥‥余計なことを‥」
「そう。ならいいわ。でもせっかくの歓迎会なんだし、愛想よくしても罰は当たらないわよ」
「いやいや、まったくだぜ。タダ酒にタダ飯にありつけるとは嬉しいね」
そう口にしたのは天山万齢(eb1540)。林に注いでもらった猪口を片手に機嫌よく料理へ箸をつけている。林はその隣へ座っていたアンドリュー・カールセン(ea5936)へも酌をしようとするが、彼はそれを片手で制した。
「結構」
茶飲みを干すと、手を止めて座を見渡す。
「まずは顔合わせ、というわけか」
上座の依頼人へ視線を向けると、アンドリューは取り出した紙束を机へ広げた。
「‥‥あまり任務の範囲外でこういうことはやりたくないんだがな。俺の分はこれで不足はないな」
(「信用を得るためとはいえ、仕事以外でわざわざ足がつくリスクを抱えるのは非常に不合理だが。理解できんな」)
それは商家の帳簿のようだ。
鳴神が喉の奥で笑う。
「‥‥コソ泥か‥」
「いつもの仕事だ。余計な事をしてミスをしたらこれからの任務ができなくなるだろう」
「俺としちゃ、その程度で足がつくくらいの腕なら使いたくはないがね」
依頼人はパラパラと帳簿を捲ると、ちらりとアンドリューの顔を見遣った。
「だが、こいつはなかなかだな」
一読した依頼人は帳簿を彼岸へ手渡した。
「懐かしいね〜。これ、前に五千両の盗みに入った所だよね。いや〜、やっぱりアレ、店が傾くくらいの大損害だったんだね。悪いことしちゃったな〜」
「金をとも思ったが、それでは確かに証拠とはならんからな」
近江屋で事件があったという話は聞かない。或いはまだ当人達すらも気づいていないのかも知れない。いずれにせよ、アンドリューがこの場に座す仲間として十分な資質を持っている事は確かだ。
「相変わらずの腕前ね。さて、新入りのお二人はどんな肴を用意してあるのかしら。楽しみね」
林が二人へ向けて微笑むと、促されたフィールが用意してきた包みを広げた。
「‥‥一番楽な殺しを選んでみたけど、お気に召すかな。初歩的な事だけど‥‥ま、取り敢えず適当にやってきたよ?」
取り出したのは二本の指。
一見してか細いそれは女子供のものだろう。
「親子連れだったんだけど、その母子がとりあえず目についたから狩って来たんだけどね。弱者を理不尽に甚振るのも悪くないでしょ?」
にっこりとフィール。母子の今際の表情を思い出して悦に入る。
(「いやぁ、美しい親子愛だったねぇ」)
「じゃ、乾杯」
「‥俺からも一つ」
と、鳴神。
「あら、鳴神君も? 意外ね」
「‥‥タダ酒をくらうだけというのも気が乗らん。各々の悪事を肴に宴会というのも悪趣味ではあるが、偶には良かろう‥‥」
そう言ってボタンを一つ。
机へと置く。
「詰まらん物だが、ちょっとした落し物を持って来た。後家と致している最中を人に見られた間抜けな間男のな」
それを目にしたフィールが僅かに表情を崩した。
見止めると、鳴神は溜息を一つ。
「新人が張り切るのもいいが、下手を打ってこちらに火の粉が降るようでは堪らんからな」
ただでさえフィールの風体は江戸の町では目立ち過ぎる。彼なりに用心はしたようだが、少しくらい人通りが少ないとは言っても悲鳴を聞いて人が駆けつけてきても少しもおかしくない。それも白昼堂々とでは、無謀もいい所だ。密かに後を尾けた鳴神が巧く立ち回っていなければ、今頃は両手が後ろに回っていたことだろう。
「随分と気分良く『お楽しみ』だったようだが‥‥『秘め事』は人の目のない所でするんだな」
ニヤリと笑うと、仲間達もつられて失笑する。
フィールがバツが悪そうにボタンを収めていると、唐突に天山が素っ頓狂な声を上げた。
「いや〜、不味った。俺もそちらの新人さんと被っちまったよ」
そういうと、ゴロリと風呂敷包みを転がして。
「悪事っていっても俺みたいな善人は何も思いつかなくてなあ。なに、ちょっと若い娘さんに相談して、手を貸して貰えないか頼んだんだケドな、なかなか承知してくれなくてよお」
布の端を捲ると、死臭と混じってやけに甘い匂いが漏れ出てくる。
「貸してくれるのは肘から上だけでいいって頼んだのにな。仕方ないから黙って借りてきちまったぜ。砂糖漬けにしてな。ほら言うだろう?『女の子ってお砂糖とスパイスとすてきな何もかも』でできているってな」
白が露骨に顔を顰める。
「‥‥趣味の悪い冗談だ」
「へえ〜、天山さんもいいセンスしてるね♪」
「ま、結局腕は借り倒しちまったケドなー」
肘から先の女の腕。腕を切断された夜鷹の遺体は、その夜の内に細切れにされて水の底に沈んだ。哀れな犠牲者の無念が晴らされることはないだろう。ふと、腕を一瞥したアンドリューが眉を動かす。
(「切断面が滑らかだ。筋や血管も潰れず切断されている。この男‥‥。浮ついた態度だが、腕は切れるようだな」)
「けど、参ったな〜」
と、彼岸。
何やら荷物を漁ると、小奇麗に包装された箱を取り出した。提灯大の箱は全部で二つ。新人へそれぞれ差し出す。
「実はボクもせっかくだから何かしようと思って、昨日の内に贈物を用意してたんだ。新人さん歓迎の為に、ね♪」
促されて手を掛けると、出てきたのは。
「‥‥う‥」
「これはこれは」
箱に入った生首が2つ。
首は酷く辱められ、とても正視できたものではない有様だ。
「はは、随分と趣向を凝らしたみたいだね」
「なかなかの趣味ですね。いや、感服しました」
新人二人もこの場に首を連ねるだけあって流石にうろたえるようなことはなかったが、彼らにはキツい歓迎となったようだ。
「ま、時にはこーゆーコトもするってコトで♪ 今後ともよろしくね♪ きゃははははは♪」
これまでに幾度も悪事に手を染めて来た仲間達は今更彼岸の趣味では動じてはいない。白は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、別段咎める者はいなかった。聰に至っては微動だにすらしない。林がくすりと笑みを漏らす。
「新人さんも素敵な土産が出来てよかったわね。ころり君の能力なら足もつかないでしょうし、後のことの心配もないわ」
そうして、設楽へと視線を向ける。
「さて、次は最後の新人さんの番ね」
「では」
設楽が懐へ手を忍ばす。
「ささやかながら、私からはこれを。ただの辻斬りでは興が乗らぬかと思い、伊達兵を斬って見ました」
取り出したのは人の耳。
まだ温かい。
「これでは少しは宴に華を添えられたなら良いのですが」
悪党達は顔を見合わせる。
「ま、こんなもんじゃないの?」
「ふふ。まだまだ可愛らしいものね。でも設楽君もすぐに慣れるわよ、きっと」
「やれやれ」
と、依頼人。
「どれも思ったより小粒なもんだな」
「これは手厳しい」
そうやって肩を竦める設楽を、鳴神が訝るように横目に睨めつけた。
(「‥この男、俺達と同じ臭いがしたと感じたが‥‥‥買いかぶりだったか」)
さて、宴もそろそろ仕舞いだ。
徳利を最後まで傾け、鳴神が下座のクリスを睨む。
「クリス、お前は何を持って来たんだ?」
皆の視線を集めながら、クリスが肴を取り出す。
血塗れの折れた矢が一本。
「盗賊退治を少々」
江戸界隈の街道に出没した盗賊を仕留めた矢だ。
「‥‥正義の仕事でしょう? 一つ二つ散ったとて、誰も困らない」
「‥‥‥‥はぁ‥」
依頼人が大きく溜息をつく。
(「‥‥ただの悪さ自慢じゃねえんだぜ? どれだけの資質と覚悟があるのか、俺がナニを見たいのか分かってる奴はいないようだな」)
「ま、使えなくはない腕だから贅沢は言わんが‥‥」
「だが、これで少しは認めてもらえたかな依頼人殿?」
(「しかし、仕留めたのは下っ端一人だけとは流石に言えませんね」)
一人は射止めたがその先は続かず、一味に追われて何とか逃げおおせて来た。弓手一人で準備もそこそこにというのでは見通しが甘過ぎたのが何よりの失敗だった。何とか格好がついたからよかったものの。
不意に白が盃を置いた。
「‥‥これで終いか? とんだ茶番だったな」
立ち上がろうとする白を林が引き止める。
「このまま終わるのもなんよね。私からも、歓迎の用意をしたわ。それで最後としましょう」
林が窓を開け放った。
東の空に黒煙。
夜空が赤黒く染まっている。
「‥‥火付けか」
「江戸の民から大火の記憶はまだ消えていないわ。あの赤と黒の空の下、どれだけの民が不安と恐怖に打ち震えているのかしらね」
火をつけたのは林の妖術で操られた死兵。火事の規模はさしたるものではない。ほどなく鎮火されるだろう。死兵は火事の犠牲者として黒焦げの遺体になる。証拠は残さない。
妖艶な笑みを林が新入りへ向けた。
「私からの歓迎よ。こういったお酒もおつじゃないかしら」
「手厚い歓迎、痛み入りますよ」
設楽が恐縮して頭を掻く。
「なかなか手の込んだことで。お返しといってはなんですけれど‥‥私からの『肴』も、たぶんそろそろ頃合だと思うのですが‥‥」
その言葉に、皆が眉を動かす。
気づけば、外が何やら慌しい。火事のせいかと思っていたが、どうやら違うようだ。料亭へ伊達兵が乗り込んできたのだ。鳴神が油断なく部屋の出入り口へ意識をやりながら、得物へ手を伸ばした。
「設楽‥‥何をやった」
「そう構えないで下さい。宴のちょっとした余興にでもと思い、伊達兵の死体に少し細工をしただけです」
ほんの些細な細工だ。
その指を使って、殺害現場に印を残したのだ。この料亭の家紋を。
「御用改めだ!」
料亭の玄関へ伊達兵が踏み込んだ。
「伊達兵殺害のかどで捕縛致す。主はおるか!」
料亭へと兵士達がどかどかと上がり込んできた。
一同の会する室のすぐ前の廊下へも、兵士たちの荒々しい足音が響く。
それを指して設楽が嘆息づく。
「ま、細工としては稚拙ですよね。ですが、そろそろ伊達の威光を示したい彼らにはこの都合のよい証拠は――真偽はともかく――断罪の格好の口実となるという訳です。伊達のお手並みを高みの見物といきましょう」
思いも寄らぬ設楽の手際に、一同は感心したように顔を見合わせあった。ずっと黙って杯を傾けていた聰が、ふと薄い笑いを浮かべて杯を置く。
「俺からも、お返しに面白いことを教えてやろう。―――ここにある酒には全て自分が毒を入れた」
一瞬、緊張が室内に走る。
が、白が間髪置かずこう吐き捨てた。
「‥‥詰まらん冗談だ。真に受ける奴は、もっと詰まらんがな」
そういって誰ともなく座へ首を巡らすと、白はことさら不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼岸が狐につままれたような声を上げる。
「え、嘘? な〜んだ、冗談なら人が悪いよ〜」
鳴神は始めから嘘と見抜いていたのか愉快そうに声を殺して笑っている。元々酒を口にしていなかったアンドリューが事も無げに呟いた。
「酒は精神を破壊する」
「行動を共にする者とはいえ、油断は出来ないということですね」
そう口にする設楽へ、聰は薄く笑って戸板へ手を掛けた。
「‥‥最後は少し楽しませて貰った。俺はこれで失礼する。まだ残る者は、良い夜を」
それに続いて白も徐に立ち上がった。
「とんだ時間の無駄だったな」
「なんだ、お前もか。せっかく俺の持ち出しで宴を開いてやったんだ。もう少し楽しんでいけばいい」
「次もこんな下らん集まりなら、顔を見せる気はない。覚えておけ」
戸板が大きな音を立てて閉まると、依頼人が肩を竦めて見せる。
少しの間、部屋は静まり返ったが。
気を取り直して徳利に手を伸ばした彼岸が陽気な声を上げた。
「ボク達はボク達でもう少し楽しもっ♪ 新人さんの歓迎なんだしさ♪」
料亭を後にした白は、苛立った表情のまま家路を急いでいた。
思い出すのは、宴の前のこと。
皆が来る半刻程前、白は依頼人と対峙していた。
「俺たちは馴れ合う為に貴様に雇われている訳ではない。下らん宴より本題に入れ」
「何か聴きたそうな顔だな」
分かっているなら話が早い。そう言いたげな顔で、白は口を開いた。
一つ、俺たちはいつまで金山に居ねばならぬ?
一つ、事の原因となった極道者の現在の状況は?
一つ、金山華僑の長、景大人について何を知ってる?
一つ、俺たちを金山に向かわせた本当の理由を言え!
「俺たちが本当に『ほとぼりが冷めるまでの腰休め』の為に行かされたと思うと思ったのか? 随分と安く見られたものだな‥‥」
「思ったより知恵が回るようだな。頼もしいぜ。まあ急くな。時期が来たら説明してやろう」
そこで区切ると。
「言えよ。聞きたいことはそれだけじゃないんだろ?」
「‥‥貴様、その様なナリをして溶け込んでいる様だが‥‥貴様、華人だな」
一拍の間。
だが答えは白の予期したものではなかった。
「応えは、否だ。といっても承知すまいか。その証左という訳ではないが、教えてやろう」
目を覗き込み、男は答えた。
脳裏よぎる男の声は、今もまざまざと思い出せる。
――俺は、華人が嫌いだ。
(「‥‥フン。いけすかん奴だ。全てが貴様の思い通りにいくなど‥‥思うなよ」)