●リプレイ本文
雲が夜空を流れて千切れていく。月はもうじき江戸城の天守へかかろうかとしていた。通りを駆ける刺客たちの足音が夜道へ響く。
「過去2度に渡り実質的な失敗に終わったヤクザ襲撃。 気の抜けない依頼となりそうね」
頭巾の奥で林潤花(eb1119)が嗤う。クリス・ウェルロッド(ea5708)も嘆息交じりに呟いた。
「ほとぼりが冷めたと思ったら、またかい‥‥どうやら、何かと縁があるようだねぇ」
以前にもこの仲間でヤクザの宴席を襲ったことがあるが、それよりも格段に条件は厳しい。彼は苦笑を深くする。
(「さて、今回はどうしようかね‥‥‥」)
何より奉行所の存在が厄介だ。設楽兵兵衛(ec1064)は素顔へ包帯を巻きつけながら思案する。
手近の奉行所から官吏が駆け付けるまでに半時。
手勢を率いて体勢を整えるのにはもう半時という所だろうか。
(「そうなっては万事窮す。やれやれ、ずいぶん忙しない仕事になりそうですね」)
もうじきヤクザの屋敷のある通りだ。
彼岸ころり(ea5388)も同じく首から上に包帯を巻きつけた姿だ。布の隙間から覗く髪も黒く染まり、一見して素性を窺うことはできそうもない。供えは万全だ。
「過去二回、大して殺れなかった相手だからねー」
「三度目の正直、と云うやつか? ヤツはよほどこの組が邪魔な様だな」
(「‥‥が、まさか自ら《ほとぼり》の始末を付ける羽目になるとはな‥‥」)
白九龍(eb1160)が両手の墨で顔を擦る。
その顔を頭巾ですっぽりと覆うと、口元に不敵な笑みが洩れる。
「フッ、それもまた一興か」
「今回こそは完殺目指して頑張るぞー♪ きゃははは♪」
「ええ、素敵な狂宴としましょう」
不意にどこかで犬の遠吠えが響く。
鳴神破邪斗(eb0641)の忍犬からの合図だ。的屋が賭場へ踏み込んだようだ。先回りした鳴神はそっとその身を影に潜ませた。
「‥‥いい加減、ヤクザ相手の縁起の悪さを払拭したいからな。ある意味良い機会かもしれん」
その手にギラリと小柄が光る。惨劇の幕は開けようとしていた。
的屋の突入で修羅場と化した邸内に、突然の斬撃が一行の名乗りをあげる。表玄関を潜った一行は渦中の邸内へと踏み込んだ。斃れた博徒を横目に黒髪に染めた夜十字信人(ea3094)が冷めた呟きを洩らす。
「俺が悪人?‥‥知らんな。自分等に興味は無い。斬るべきを斬る。その為に、黄泉路から戻った」
「お取り込み中のとこ悪いんダケドモ、ちょいと失礼。的屋の連中ってのはどっちだい? せっかくだから、俺らも混ぜてもらうぜ」
天山万齢(eb1540)が魔酒を煽り、口元を拭う。
「ま、肴にゃちょいと薄味かもだケドナ」
「何モンだ手前ら!」
咄嗟に博徒が飛びかかろうとするが、物陰から飛び出した彼岸が胸元を一突きにする。
「残念でしたー、きゃははは♪」
雷光を纏って躍り出た彼岸が、その場で切り結んでいた数人へ視線を走らせた。揃いの白タスキが的屋のようだ。
「そっちのが的屋の人たちみたいだね♪ 博徒の人たちには悪いんだけど、ちょーっと恨みがあるからねー、勝手に協力させて貰うよ♪」
「という訳だ。故あって助太刀する。‥‥どいてろ」
信人が無造作に廊下へと歩を進める。十手を構えた天山が隣に並び、遅れて的屋の連中がそれに続く。邸内は暗い。そこかしこで的屋と博徒が切り合っている。一行もすぐに廊下で敵と出くわした。繰り出された切っ先をかわし、信人は逆手に構えた刀を振り下ろした。
壁や梁にひっかけでもしたらそこで終いだ。彼の持ち味でもある重みを乗せた斬撃は振るえない。剣撃を見切って交わすのも一苦労だ。
「‥‥やりづらいな。ひとまず広い所へ移ろう」
「そりゃ賛成だね。廊下で挟み撃ちなんてのだけは勘弁だぜ?」
知人のヴェルサント・ブランシュを通じて屋敷の見取り図を手に入れられないかとも考えたが、何せ襲撃の話を聞いたのが数刻前のことだ。準備不足も無理はない。
彼岸が囁きかける。
「前にブレスセンサー使った時にあらかた確認したからね、出入り口の数と大きな部屋の位置くらいは覚えてるよ♪ 大部屋はたぶんあっちだよ」
「承知した。んじゃま、とっとと平らげちまおう。なに、マジメ〜にやるぜ」
行く手に怒号。おそらくはあちらが盆。一番の激戦区。そこをいくさ場と見定め、一行は部屋へ押し入った。
時を同じくして裏口からも仲間達が踏み込んだ。
「っは、久しぶりだ 」
血生臭い空気を肺いっぱいに吸い込み、クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が唇をめくった。得物を無造作に肩へ担ぎ、巨体を戸口にくぐらせる。その隣へ聰暁竜(eb2413)が並んだ。
「────────────行くか」
この二人がこうして並び立つのは久方ぶりだ。剛剣と徒手。戦い方は違えど江戸でも有数の使い手だ。今夜はとびきりの夜になるだろう。侠客どもを皆殺しにするなど易い。驕りではない。自負。この面子ならばこそ、殲滅は可能。
(「但し、あくまでも時間無制限という条件が付いた場合に限る」)
いかに速く。効率的に。これまで研鑽を積んだ華国武術の術理が試される。聰が左腕の包帯に手をかける。その横をクルディアが駆け抜けた。
「派手に行こうぜ」
裏口から踏み込んだ先には博徒風の男達の姿。一向に気づいた男達へ暴風のような剛剣が襲いかかる。千切れた胴が壁にあたって爆ぜた。聰も遅れじと続く。連撃が躍る。
「くそ、こっちからも的屋の連中が来やがったぞ!」
「たいした数じゃねえ、囲んで仕留めちまえ!」
現れた博徒の手勢が二人を阻む。
そこへ小柄な陰が飛び出した。白だ。小回りを活かして低い位置からの攻撃で敵の注意を奪う。小柄な体躯から放たれる拳打蹴撃は非力。だがそれで事足りる。
(「機は作った。後は任せたぞ。特にクルディア、お前の馬鹿力には少なからず期待している」)
白の攻撃に注意をそがれた時にはもう遅い。クルディアの剣が容赦なくなで斬りにする。
「何者だこいつら」
「強ぇ‥‥かなわん、逃げろ」
が、そう易々と逃がしはしない。
物陰に控えた設楽がその背へ刃を突き立てた。
「そうはさせん。お前の死に場所はここだ」
用心深く声音を変えながら、設楽が柄にもない口調で吐き捨てる。
「俺達から逃れられるなどとは思わんことだ。皆殺し。他に道はない。なあ、王眼(ワンアイ)」
「っは、ういうことだ。せめて足掻いてみせろや」
クルディアも浪人風の身なりに眼帯といういでたちで変装している。設楽が三度笠の奥で計算を巡らす。
(「的屋、博徒、侠客以外が関与した事自体を役人に疑われないのが最上。目標は生き証人、ゼロ。ま、文字通りの皆殺しですね」)
後腐れも、面倒もない。
素性が洩れるのが一番怖い。混乱の内に手早く片をつける。
「お前ら、的屋の連中じゃねえな。いったい何者だ」
「貴様ら一家に恨みがあるのは的屋だけではないということだ」
言い捨てた聰の背後で、死体がむくりと首を持ち上げた。その傍らで黒い輝きに身を包み嗤うは林。
「さあ、私の可愛い下僕達。私のために怒りと悲しみに満ちた一糸乱れぬ絶望の舞踏を見せて頂戴‥‥」
林の妖術にかかれば死体は操り人形と化す。死兵は一行の両脇を固め、肉の盾となる。白の霍乱の元、聰とクルディアが暴れ周り、築かれた死体の山は死兵となって博徒に襲い掛かる。これまで幾度も肩を並べた4人の連携に敵はない。毒手を振るう聰にも確かな手応えが感じられる。
(「乱戦になるのは目に見えている。 単独で切り込むのは愚の骨頂。連携に死角なし。場慣れせぬ未熟者には早々に退場願おう」)
毒手で体の自由を奪われた者へは林の止めが待っている。妖術でひょろ長く伸びた腕が手にした小柄で喉元を掻き切る。
「私が看取ってあげるわ。さあ別れを告げなさい。さようなら、下らないゴミ屑のような一生に。そしてようこそ、我が闇の世界へ。歓迎するわ」
不確定要素を排除して死兵で場を制すれば展開が読みやすくなる。後詰に控えた設楽も影ながら打ち洩らしを狙って事に当たる。そっと背に忍び寄り、首根を刈って気絶させてから確実に屠っていく。
(「不意打ち万歳です。さて、雑魚は粗方片がついてきましたね」)
ここまで四半刻もかからない。だがここからが難い。残ったのは用心棒ら手強い相手達だ。
「あ? 今の一撃をかわすかよ。はっ、楽しもうぜ」
黒子頭巾の奥でクルディアの瞳が紅く輝いた。大振りを止め、後の先を取る本来のスタイルへと構えを戻す。敵も手練、不用意に踏み込めば見切られる。
――ならば、見切られようが受けも避けも出来ない速度で踏み込めば良い。
(「九尾戦での戦訓かね? けどこれは一対一の理論なんだよなぁ」)
乱戦ともなればどこから攻撃が飛んでくるか分からない。この修羅場では真の実力が試される。だが今日は、身の守りは肩を並べる仲間達へ預けよう。クルディアは楽しげに笑い声を洩らす。
「っは、悪くねえ。とことんまで付き合えや」
悪党どもの肩入れで博徒は総崩れとなった。
片がついたここが流れの変わり目。
「全員ここでサ・ヨ・ウ・ナ・ラ♪ きゃはははは♪」
一転、一行は生き残りの的屋へ標的を変える。彼岸の身を再び稲光が覆った。博徒を打ち倒したと気の緩んだ所を狙って突如として背中から襲った刃が一突き。彼岸の包帯が返り血に濡れる。
「て、手前‥‥気でも違ったか!」
「きゃはははは♪」
咄嗟に振るわれた刀をさっと飛び退ってかわす。入れ替わりに信人が間へ入る。
「‥‥お命、頂戴」
(「涙を流すのは、死した後だ」)
ここまではドサクサに紛れて的屋にも刀を振るっていたが、もう隠す必要はない。潜めていた牙を剥く。とはいえ、これまでの消耗は大きい。負った手傷は手持ちの薬で何とか賄えたが、まだ気は抜けない。疲労の色濃い仲間達を見遣り、背中のクリスへ薬瓶を放って寄越す。
「勝手に持って行け、後で何か奢りやがれよ」
「それで命が買えるものなら安いものですね。請け負いましょう」
クリスが矢を番える。乱戦では力を出し切れないでいたが、場が片付いてきた今なら弓も使える。これまで戦いながら目星をつけていた的屋の幹部らを的にかけ、クリスの正確無比な矢撃が飛んだ。一行の戦いぶりを目にして来た的屋達は敵に回れば敵わぬことは分かっていることだろう。何人かが逃げ出そうとするが、彼岸が通せんぼするように両手を広げて行く手を塞ぐ。
「浮き足立ってるみたいだね。でも誰も逃がさないよっ」
「彼岸、余り俺から離れるなよ。しかし、天山の姿が見えんな。どこにいった?」
同じ頃、天山は隊を離れて邸内を動き回っていた。
「こんだけ贅沢にやると今回の報酬だけじャあアシが出ちまう。これくらいの役得はねえとなぁ」
せめてお値打ち物でも懐にいれて帰らないと旨みがない。だが荒らし回られた後での家捜しは少し手間がかかる。
「ったく、おちおち品定めもさせてくれねえと来たよ。ピンでやるのはしんどいんだケドナ」
咄嗟に倒れていた博徒の手から刀を引っ掴むと、すれ違いざまの一閃。
「お、なかなか斬れるね。博徒にやっとくには勿体無い。頂いて帰るとするかね」
宴はそろそろお開き。皆殺しの夜にも幕が迫る。
だがこれだけの騒ぎだ、洩れもある。修羅場をかい潜った者も僅かに見られた。しかし男の幸運はそこまで。突如飛び掛った犬が咥えた刃で腱を切りつけた。無様に転ぶ男を見下ろすのは鳴神。
「万一にも奉行所に泣きつかれては困るのでな」
ゆっくりと歩み寄ると、必死で這いずる男の踵を踏み抜いた。抉る様に踏みしめる足に体重が乗ると、男が言葉にならぬ悲鳴をあげる。
「無様だな。見るに耐えん。悪党ならせめてそれらしく逝け」
口元を塞ぐと、男の心の臓へ、小柄を深くふかく突き立てる。やがて動かなくなったそれを蹴り転がすと、不意に鳴神は通りを仰いだ。
「来たな‥‥」
鳴神が指笛を鋭く鳴らす。捕方が迫っている。仲間達は撤退の準備に入る。
だが裏口ではまだ熾烈な戦いが続いていた。
横合いから襲い掛かる的屋へ、クルディアが脇に控えた死兵の首根を掴んで死肉ごと殴りつけた。刃に押し切られて肉片が飛び散り、次いで死兵ごと横凪にした剛剣で血飛沫があがる。クルディアの全身を濡らすのは返り血だけではない。夥しい出血は、常人ならば3度は死んでいるものだ。多対一の不利にも運足や間取りを利用しながら巧く立ち回ってきたが、ここまでくれば生き残りを喰らい尽くすまでだ
(「‥‥聰やクルディアの疲労が激しいな。そろそろ潮時か」)
表口から的屋の手勢と共に戦った仲間と比べて、孤軍した彼らの負傷と疲労は大きい。身軽さを身上とする白ですら連戦すべて攻撃をかわし続けるのは不可能事。薬瓶はたっぷり持ってきておいて正解だった。その身を死兵に紛れさせて薬瓶を煽ると、身を低くして飛び出した。
「聰‥‥続け」
(「奴も体術ではひけを取らぬ。連携で手玉に取るのも悪くない」)
高低差を活かした立体戦術。壁を蹴っての立ち回りなら聰も覚えがある。察してすぐに聰が合わせる。こと攻撃に関しては白では力量不足だが、隙を奪うのならば十分だ。
魔手での援護に徹していた林が場を見遣って呟いた。
「この分ならすぐに片付きそうね。名残惜しいけれど、宴はお開きだわ」
事実、最後の攻勢にさして時間は要らなかった。クルディアが最後の一人を切り伏せたのを見ると、踵を返した。巻物を手に呪文を呟くと壁に大穴が穿たれる。一行は次々に逃走を図る。
「長居は無用ね。お暇しましょう」
仲間達は次々と逃走を図った。包帯を脱ぎ捨てながら設楽が肩を竦めて見せる。
「依頼人様は裏で何かするんですかねぇ? 捨て駒にならぬようにだけは気をつけときましょう」
「時期が来たら、だと? 面白い、何を企んでいるか知らんが利用されてやろう、その時が来るまではな‥‥」
大広間の信人達も撤退の時間だ。
最後に残ったのはなかなかの強敵。流石の信人でも連戦の疲労と負傷を背負って臨むには手を焼いている。
男が必殺の太刀筋を見舞った。決着だ。剣撃を篭手で払うと、お返しにと見舞った剣撃が遂に男の刀を折った。
「クリス!」
応えてとんだダーツが男の眼窩に吸い込まれる。任務完了。悪党達は夜の闇へと散る。物陰で様子を窺っていた鳴神は握り締めていた勾玉を仕舞うと、
「‥‥さて、これで依頼人の希望に叶ったかな?」
結局、奉行所が邸内に踏み込んだのは一刻半近くが経ってからのことであった。到着の遅れた彼らがようやく邸内に踏み込んだ時には、全てが終った後の事であった。激しい抗争の末の共倒れ。生存者はなく、惨劇の夜を伝えるのは夥しい殺戮の後と物言わぬ躯のみ。その陰に暗躍した者達がいたことを伝えるものは何もない。鬼どもを根絶やしにした冒険者達の報告書は、今もギルドの保管所に眠っている。