●リプレイ本文
村は些か張り詰めた空気が漂っていた。ギルドに届けられた情報に寄れば、複数等のオーガが村周辺をうろつき、時折人や家畜、食料庫を襲っていくのだと言う。
だがいざ村に入る段になっても、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の表情には若干の曇りがあった。ちょっと微妙なのじゃ、と呟くのは夏頃だっただろうか、オーガと共同戦線を張って戦った事を思い出したからだ。
とは言えオーガの中にも幾つかの部族があり、人間に好意的なオーガも居ればそうでないオーガも当然居ると聞く。むしろ前者の方が希少とも言えるし、彼らの大きさは一般人には十分脅威だ。
「空から見た限り、不審な所はありませんでした」
ペガサスから降りたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が仲間に報告した。オーガが人里を襲うのはそれほど珍しくない話ではあるが、まだまだ物騒な話が続く。万全を期してオーガ以外も含めて警戒に当たっていたのだ。
別方向を警戒していた導蛍石(eb9949)もルエラの言葉に頷いた。地上も含めて視線を配っていたが、やはり不審な点はなく、村もオーガの襲撃に怯える緊張感はあってもそれ以上には感じられなかった。
ここまでの道中にも反応はなかったが、とディアッカ・ディアボロス(ea5597)が石の中の蝶に視線を落とす。まったく、そよとも羽ばたく気配を見せない蝶は、周辺に魔物の気配など欠片もない事を示しているが。
「念には念を入れて、レジストメンタルをかけて置いた方が良いかも知れません」
ただのオーガ退治に向かうにしては大げさすぎる話。だがあって困るものでもなく、ディアッカは仲間とペット達に魔法を施し、村の入り口を見やった。その門は打ち壊されていて、オーガの脅威をまざまざと見せ付けていた。
◆
まず蛍石が村人に話しかけたのは、オーガの事ではなかった。厳密には依頼に関連する事だが、オーガによって傷付けられたり怯えたりしている人々を診せて欲しい、と頼んだのだ。
一行の中で最も癒しの技を得意とする彼は、どうせならその特技を活かして傷ついた人々を癒し、心を開いて貰えるよう務めた方が仲間の役に立つ。蛍石はそう考え、人々を回ってはリカバーやメンタルリカバーで身体と心を癒し、時には人々の言葉に小さく頷いた。
まだそれほど深刻な被害が出ていなかったのは幸いだった。怪我と言っても酷くて中傷程度だったし、精神的にも、巨大なオーガに襲われたショックが大きくてトラウマになりそうな深い傷は抱えていない様子。
村の様子も特に変わった事はない、とユラヴィカは注意深く観察した。ただのオーガ退治にしては、ギルドではこの依頼に些か慎重な扱いをしていたのが気になっている。よもや魔物が村人を操っていたりはしないか、とすら想定していた――オーガが別のモンスターと共に行動するのは、良くある話だ。
蛍石の治療が行き届き、人々の心が解れてきた頃を見計らって、ユラヴィカはその旨も頭に入れつつ村人に声を掛けた。彼らが村を訪れて一番最初に飛び出してきた、今回の依頼人だと言う男だ。
「モンスターが出ると聞いたのじゃが、念の為もう一度、どの様なモンスターだったか聞かせて欲しいのじゃ」
「判りました。村に良く姿を現すのは、赤褐色の頭に角が生えたモンスターです。何頭か連れ立って来る時もありますし、一頭だけで来る事もあります。後はごく稀にですが、褐色の肌で2本の角が生えた、赤褐色のモンスターより大きなモンスターを見た者が居ます」
「別の種類、ですか?」
聞いていたディアッカが戸惑いの声を上げた。依頼人もその反応に、戸惑いの表情を見せる。
「受付の女性にも確かに伝えたはずですが‥‥?」
「ギルドの方でどちらも同じモンスターと思ったのかもしれないのじゃ」
ユラヴィカがすかさずフォローを入れ、一先ずは事なきを得た。だがディアッカがリシーヴメモリーで確認した所、依頼人は彼が話した事がちゃんと伝わっていない事に疑念を抱いている。本当に冒険者ギルドから来たのかと疑われていると、テレパシーで仲間に注意を促した。
それでも、他の村人は好意的に冒険者を受け入れ、オーガ退治にやって来たと告げると「よろしく頼むよ」と声を掛けていった。自分はどの辺りでオーガに会ったとか、聞く前から教えてくれる者も居る。
ルエラもオーガによって壊された柵などの修繕を手伝いながら、その辺りの主婦を相手に井戸端会議がてら情報収集にいそしんだ。幸い、どこの土地でも同じ様に村の主婦と言うのは横の繋がりが広く、妙に情報通なものだ。
「よっ、と‥‥それで、オーガは大体何頭位居ますか?」
ぎゅっと力の限り柵を縄で縛り付け、少し力を入れてしっかり固定されている事を確かめながら問うたルエラに、幾人かの主婦から異口同音の言葉が返った。一番多い時は3〜4頭位が徒党を組んでやってくる。だがじっと観察するのも怖いし、皆同じ様な姿をしているので正確に何頭いるかは判らない。
そんなものだろう、とルエラは頷いた。まじまじ観察して個体認識するような余裕は、相手がよほど好意的でない限り一般人には望めないだろう。自分達が退治をする時にはそれ位の群れでやって来るかもしれない、という心構えが出来ただけでも立派な収穫だ。
他にも幾つかの情報はあったが、スクロールにわざわざ書き出すほどの量はない。ルエラは荷物の中にスクロールを仕舞い、柵の補強に専念した。仲間に報告するまでにまだ、何か新たな情報が手に入るかもしれない。
◆
オーガの目撃証言は多く、その場所もまちまちだ。その中から特にオーガを見つけやすいと思われる場所を絞り込み、彼らは村を出発した。
村を別のオーガが襲う可能性もあったが、防衛に割けるほどの人手はない。ならば出来るだけ早くオーガを見つけ、努めを果たして村に戻るしかない。
そう言う意味でも今回向かっているのは、村から比較的近い目撃ポイントだ。森と言うほどではないが些か木が茂っている中を、ユラヴィカが風精のブレスセンサーで警戒し、反応が出ては確かめる、という事を繰り返して進む。
木々の上を警戒するのはペガサスに乗った蛍石とルエラだ。これ以上木が生い茂っているようでは、ペガサスで空を行けば地上の様子が全く見えなくなるので助かった。
そんな2人を時折見上げながら、ユラヴィカとディアッカは時折龍晶球と石の中の蝶を使っても警戒する。魔物が関与しているかもしれない、という可能性はまだ捨てていない。
やがて目撃情報の場所までたどり着くと、そこには確かに何かが暴れた後と、比較的新しい土の匂いがした。まだ近くにオーガが居るのかもしれない。
ユラヴィカは再び精霊に頼み、ブレスセンサーで辺りの呼気を探った。幾つかの小さな動物のものに混じって、一際大きな個体が固まって3〜4個ある。
すかさずそちらを確認するユラヴィカに、ディアッカも上空の仲間達にオーガらしき存在を発見した、とテレパシーで連絡した。はっ、と顔を見合わせ、ルエラと蛍石が枝を払いながらペガサスで降りてくる。
それは確かにオーガだった。いかにも凶悪な面構えをした、赤褐色の肌の巨大な鬼。
あちらもびっくりしたのか、目の前に飛んできたシフールを見て一瞬動きを止めている隙に、蛍石がすかさず高速詠唱で魔法を放った。
「コアギュレイト!」
「グァ‥‥ッ!?」
拘束魔法に絡め取られ、オーガが苦悶の声を上げる。それを聞いた仲間のオーガ達も途端、殺気立って目の前の人間達を睨みつけた。
油断せず、ルエラが抜き放った剣を構えて技を仕掛けようとする。相手は複数、こちらは少数。直接攻撃出来る人間が彼女しかいない以上、先手必勝で少しでも数を減らさねばならない。
だが、それを制止したのは意外にもユラヴィカだった。
「すまぬが、ちょっと話してみたいのじゃ」
それは出発前から密かに考えていた事だったが、あちらこちらで手分けして情報収集なりの仕事に当たっていたためだろうか、仲間にその事を伝える暇がなかったらしい。
オーガが種によっては人間に協力的だという説明を聞き、ひとまず攻撃の手を止めたルエラだったが、警戒は解かなかった。何しろすでにオーガは殺気立っている。こちらが仕掛ける前ならともかく、仕掛けてしまった後で話が通じるだろうか?
案の定、ユラヴィカが謝罪し、語りかけ、幾つか質問の言葉を発しても、オーガからはいかにも友好的ではない態度しか返っては来なかった。かろうじてディアッカが魔法で思考を読みとり、彼らの後ろにいるのが少なくとも魔物ではなさそうだ、という事を確認する。
その騒ぎが案外大きく森に響いたのか、或いはこの辺りはモンスターの餌場か通り道か何かになっているのだろう。どうやらこれは対話による理解は諦めた方が良さそうだ、と結論付けたのと、ガサガサバキッ! と大きな音を立てて褐色の影が姿を現したのは、ほぼ同時だった。
「これは‥‥」
オーガよりもさらに凶々しい2本の角と、たくましい筋肉質の体躯を誇る、それは明らかに村人が言っていたとおぼしき別種のモンスターだった。ギロリ、と人間達を睨み下ろす。
どう見ても友好的な雰囲気ではない。むしろ取って喰う気満々。
「‥‥ッ、すみません!」
蛍石がユラヴィカに断り、コアギュレイトを展開した。彼の勘がこの相手は危険だと告げている。もちろん、モンスターの血走った目と、それに勇気づけられるようにますます殺気を高めるオーガを前にしては、ユラヴィカも異論はない。
新たなモンスターは、だがコアギュレイトを気合いで跳ね退けた。すかさず動き出したオーガに照準を変え、新たに高速詠唱でコアギュレイトを放つ。
代わりに、雄叫びをあげて冒険者達に突進してきたモンスターの前に躍り出たのはルエラだ。
「ルケーレ!」
「援護するのじゃ!」
渾身の技を叩き込むルエラの背後から、ユラヴィカもサンレーザーを放つ。ジュッ、と当たった部分から肉の焦げる匂いがした。
だが遠慮してる暇はない。ルエラは素早く距離をとり、さらに剣を振るった。蛍石が次々とコアギュレイトで捕縛を試みる。
しかし敵もさるもの、魔法や剣をかい潜り、重い一撃を的確にルエラの利き腕めがけて叩き込んだ。ハッと盾でガードするが弾かれる。
「ク‥‥ッ」
攻撃の要がルエラにあると見抜いての攻撃に、堪えきれず剣の柄が手から離れた。
飛ばされた剣を、咄嗟に振り返る余裕はない。しびれる右手を左手で押さえながら、よりいっそうの注意を払って目の前のモンスターを睨む。同じ打撃を一撃でも受ければ骨折は免れまい。
だが、その予想は嬉しい方向に外れた。冒険者達の攻撃も思った以上に利いていたのか、モンスターは攻撃の手が緩んだのを機にクルリと背を向けて逃げ出したのだ。
周りで戦っていたオーガ達も、それに従うように冒険者に背を向ける。ユラヴィカが追撃のサンレーザーを撃とうとして、思いとどまり呪文の詠唱を止めた。
残されたのはコアギュレイトで拘束されたオーガ達。彼らに改めて話をする事は、冒険者に対する敵意に染まった今となっては難しいだろう。下手をすれば怒りにまかせて村を蹂躙し尽くすかもしれない。
とにかく、事態を村とギルドに知らせなければ、と誰からともなく呟いた。ようやくしびれの収まってきた手で剣を持ち、ルエラがオーガ達にとどめを刺す。
傷ついた仲間達を魔法で癒し、蛍石がペガサスに飛び乗った。
「逃げたオーガ達が村を襲っているかもしれません。急いで戻ってみます」
「お願いします」
頷いたディアッカがオーガ達の死体を見て、それからモンスター達が逃げていった森の奥を見た。戦闘中の思考は冒険者への敵意に支配されていたが、それでも可能な限りリシーヴメモリーで確認しても、別の何かがモンスター達の背後に居る様子はなかった。
なぜ、村人がギルドに報告したというモンスターの存在が、冒険者には知らされなかったのか‥‥その辺りも確認する必要がありそうだった。
◆
ギルドには今日も、冒険者と依頼人がちらほら姿を見せ、その相手をするギルド職員もまたあちらこちらに姿があった。その中をまっすぐ進んだ冒険者達は、今回の依頼の担当ティファレナの姿を見つけ、彼女の座るカウンターに向かう。
ティファレナもまた、向かってくる彼らに気付いた。気付いて一瞬だけ、呆然とした表情でこちらを見た。
だがそれはすぐに、彼女がいつも浮かべている営業スマイルに掻き消される。
「お疲れ様でした。ご無事で何よりです」
「ありがとうございます。依頼の報告と、少し確認したい事があるのですが」
ディアッカの言葉にひょい、とティファレナは首を傾げる。その目を見ながらディアッカは依頼の詳細を語る。
問題の村にはオーガのみならず別種のモンスターも居た事。残念ながら別種のモンスターは取り逃してしまった事。村人は確かにギルド職員とオーグラについても確認した、と言っていた事。
まぁ、とティファレナが驚きの声を上げた。それから微かに眉を寄せ、ご無事で本当に良かったです、と繰り返す。だがその眼差しは揺れていて。
「依頼がすり換わった可能性もあります。ティファレナさんが良ければ、リシーブメモリーでティファレナさんが話した依頼人を確認したいのですが」
「‥‥解りました」
彼女はそう頷いた。だが、いざ魔法を試してみても軽い抵抗と共に跳ね返されて、ティファレナの記憶を読み取る事が出来ない。
僅かに眉を寄せてその事実を告げたディアッカに、何故でしょう、とティファレナも不思議そうな顔をした。だがその瞳はやっぱり泳いでいて、落ち着きと言うものが感じられない。
失礼、と不自然な沈黙が落ちるカウンターに、別のギルド職員が声を掛けた。壮年の男に、ティファレナがふと目を見開く。
「レギンス、依頼でトラブルがあったそうだな。奥で詳しく話を聞きかせて貰いたいんだが」
「ぁ‥‥」
「ジョウファスからも事情は聞いている」
男の背後で、ネルトスがはらはらした顔で心配そうにティファレナを見た。それに、諦めたようにティファレナは肩を落とし「判りました」と頷いて。
受付嬢ティファレナ・レギンスが無期限の自宅謹慎を言い渡されたのは、その日のうちの事だった。