【求めしもの】始まりと終わりと始まり。

■シリーズシナリオ


担当:蓮華・水無月

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月09日〜05月14日

リプレイ公開日:2009年05月17日

●オープニング

 ジ・アースのデビルと言う魔物が捜し求める『鍵』なる品。それが賢者と呼ばれ、ペテン師と呼ばれたアランドール・ビートリッヒ縁と思われる『賢者の墓』遺跡から奪われた首飾りではないかと、尋ねた冒険者に巨竜は首を振った。
 首飾りは目的ではなく、そこに至るための手段。恐らく『鍵』と推測されるとてつもない力を秘めたマジックアイテムは1人の少女の手の中に在り、少女を呼び出す為のアイテムとして、少女がアランドールに贈った首飾りがある。
 その首飾りにかけて願えばただ一度だけ、いつどんな時でも必ず会いに来る――だがその約束が果たされるには条件も、ある。
 巨竜は言った。

『あの首飾りは発動させるのに、本来の持ち主である娘に縁の深い場所でなければならぬからの。その内の一つが友の眠る『月の隠れ家』であり、今一つは――』
「ムンティア湖――リハンの山奥にある湖、ね」

 グウェイン・レギンスの報告とセトタ語に訳された報告書を見比べて、エルブレン・ラベルはため息と共に地図に記された場所を見下ろした。
 ムンティア湖、という名前は有名ではない。むしろ、地図に載っているのが不思議なくらいに無名だ。まあブレンが見ているのは軍属の地図で、いざと言う時の水源確保の為、枯れ井戸のような小さな井戸までフォローしているのだが。
 同じ元冒険者仲間で、現在の上司でもあるブレンのため息の意味を正確に理解したグウェインが渋面を作る。

「‥‥俺、休暇が溜まってると思うんだけど?」

 だからグウェインは、何かを言われる前に先回りしてそう言った。

「ここんとこよっく働いたよなー俺。どっかの鬼上司にこき使われたりこき使われたりこき使われたりさ。ここらでちょっと休暇を取って故郷のオフクロ共に顔見せに帰っても、バチはあたんねぇよな?」
「グウェイン?」
「まあ、俺はこー見えて方向音痴だから、実家に帰ろうとしてどっかの山奥に迷い込むかも知れねぇけど」
「‥‥それは困ったな」

 あまりにもあからさまな物言いに、ブレンは苦笑して親愛なる部下にして友人の飄々とした顔を見上げた。
 彼がため息をついた理由。それは一重に、ムンティア湖がリハン領の山奥にある、という事実に起因する。幸いにしてリハン領と中央の仲が悪いという訳ではないが、仮にも中央の軍属となるグウェインが仕事でリハン領に足を踏み入れるとなると、それが例え忘れ去られたような山奥であってもそれなりに問題は起こるものだ。そして正式に問題なく彼が仕事として行こうと思えば、膨大にして煩雑な手続きが必要となる。
 のだがしかし、グウェインが休暇で実家に帰る、というのならその煩雑な手続きがかなり縮小される。なぜならグウェインは現にリハン領内にある村の出身で、そこに休暇を利用して帰りたい、というのはなんら不自然な理由ではない。
 だから例えば、里帰りに『ウィルでの冒険者友達を連れて帰る』とか、その途中で『うっかり道を間違える』とか、そう言った『事故』もある程度までは許容される訳で。それでも許容されない部分はブレンがどうにかしろと、この青年は言外にそう言っている訳である。
 だがまあ、動くのがグウェインの仕事なら、その動きをフォローするのがブレンの仕事だ。その昔、冒険者として共に冒険に行く時も、いつの頃からかそういう役割になっていたし。
 だから、苦笑して言う。

「頑張ってみよう」
「当然だろ」
「はいはい。お前は昔から、そう言うところは変わらないね――ところでグウェイン、無事に首飾りを取り戻せたとして、私には一つ疑問があるんだが」
「‥‥なんだよ?」
「いやね、亡き賢者に首飾りを渡したと言うその少女が、まだ生きているものかな? 生きていたとして、魔物が捜し求めるほど強力なマジックアイテムをそうそう譲って貰えるのかも疑問なんだが――おや、二つになってしまった」

 どうなんだろうねぇ、と飄々と笑うブレンの顔に、今初めてその辺りに気付いたグウェインの愕然とした視線が向けられ。

「きょ‥‥協力お願いします、とか」
「ああ、グウェイン、その辺りもよろしく頼むよ。何、私は応援だけしているさ」

 ブレンは全力で丸投げした。





 彼女はイライラと、目の前の男を睨みつけた。勿論これは男の変化した仮の姿だ――彼女の姿が屍を着込んだ仮のものであるのと同様に。

「それでどうなの? 協力してくれる訳? 言っとくけど、これは主様の命令でもあるんだから」
「そうだろうね――お前がそれ以外に、私に協力を頼む事などないだろうから」

 言われた言葉にまたカチンと来る。馬鹿にされているのかと思って、きっとそれは正しいと確信する。そもそも彼女達の間にあるのは、同じ魔物を主と呼ぶ、という事実だけなのだから。
 正直、こんなやつに協力を頼むのも嫌だ。彼女は彼女だけで『鍵』を手に入れ、主の期待に応える自信がある。でもその主が彼女に、この男にも協力してもらえ、と命じたのだから仕方がない。それに以前この男の企みに協力してやった恩もあるし。
 だがそれを伝えてもなお、男は首を盾には振らなかった。

「私も私で、新しい遊戯を始めた所だからね。だが――そう、配下を幾らか貸してやろう? あれらもそろそろ退屈している頃だろうし、お前の手駒も減っただろう」
「よ、余計なお世話よ! 言っとくけど、アンタは冒険者にしてやられたけど、アタシは出し抜いてるんだから。フン、せいぜい名誉挽回して、主様のご機嫌を損ねない事ね!」

 そうして彼女、死屍人形遣いと呼ばれる魔物は、男が貸した配下と共に姿を消し。
 残された男、精霊の言葉を騙るものと呼ばれる魔物は、お前に精霊のご加護を、と皮肉に嗤った。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2361 エレアノール・プランタジネット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 ムンティア湖。ウィルの北方リハン領、その山奥に人知れず存在する小さな湖である。周囲は約4キロ程度、辺りは山奥である事とクレイジェルが生息している事が原因で、民家らしきものは全くない。
 だが今、その人から忘れ去られたような静かな湖には、時ならぬ喧騒が満ち満ちている。正確にはその予感をはらんだ、張り詰めた空気が。

「今のところカオスの魔物は見つかっておらんようじゃな」
『そうですね。私の方にも知らせは入っていません』

 方々に探索する冒険者達の伝令役を務めるユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の呟きに、同じく伝令役を務めるディアッカ・ディアボロス(ea5597)の思念が応える。
 湖の上から視界を確保し、湖岸をテレスコープで望遠するのがアシュレー・ウォルサム(ea0244)。同じくペガサスに乗って上空から魔物探知を試みる導蛍石(eb9949)と、ケルピーに乗って湖岸を回りながら魔物探知を試みる晃塁郁(ec4371)が居て、他の仲間は出来るだけバラバラにならないよう、戦闘の不得手な仲間を守りながら探索を続けている。
 それほど広い場所ではないが、人の踏み入らぬ湖岸であれば藪や草木なども野放図に生えている。それを避けつつ進むとか、遮られた視界を確保するため回り込んだりしていると、嫌でも時間は過ぎ去るものだ。
 それは勿論、空からの偵察を選択したものも同様だ。遮るもののない湖上に居れば遠くまでは見渡せるが、反面、木々の繁茂する地上への視界が奪われる。テレスコープなどを用いても同じだ。
 木々の合間から上空を透かし見、グラン・バク(ea5229)がぼやく。

「どちらが先に見つけられるかな。それにしても、贈り物を奪うか、野暮だな。男の純情計算しろよ‥‥」
「全くですわね。優雅さに欠けますわ」

 友人のエレアノール・プランタジネット(ea2361)が少し微笑み、同意した。彼女はすでに、ジ・アースでもデビルという魔物達と『鍵』を巡った戦いを経験してる。その経験を知るグランを始めとするアトランティスのディアフレンズに声をかけられ、これも縁と月道を抜けた。
 ムンティア湖を教えてくれた巨竜だが、儀式の場所は行けば判る、と言わんばかりだった。だとすればそれらしい場所がどこかにあるのだろう――魔物より先に儀式場を抑え、待ち伏せする、という形で迎撃出来れば最良だが。
 セシリア・カータ(ea1643)が油断なく辺りに視線を配り、時折足元を睨みつけて剣を振るう。土に紛れて冒険者を狙うクレイジェルだ。幾ら追い払っても、止めを刺しても気付けばそこに居るので、厄介極まりない。
 それにウンザリした訳ではなかろうが、髑髏蝿の振り撒く疫病対策と称して露出部を布などで覆ったオルステッド・ブライオン(ea2449)が、かすかな溜息を吐いた。

「何らかの方法で魔法的な反応を探知できれば、そこで敵が首飾りを使用している可能性があるんだが‥‥」

 ユラヴィカのパッシブセンサーで感知する、という方法も考えられたが、湖の探索の間中、効果が切れる度に戻って魔法をかけて貰う、というのはいかにも効率が悪い。しかもすぐに見つかれば良いが、最悪湖の向こう岸までこの悪路を行かねばならないのだから、やっぱり効率が悪い。
 やっぱり足で稼ぐのが一番なのか、と再び溜息を吐いた時だ。

『ちょっと怪しげな‥‥漁師小屋でしょうか? ボロボロの小屋があります』

 蛍石からディアッカ→ユラヴィカへと届けられた思念が、空と地上から魔物を探索する面々に伝えられた。夫の傍に居たアリシア・ルクレチア(ea5513)がキュッ、と表情を引き締める。

「魔物の気配はあるのでしょうか?」
『今の所は特に‥‥ッ!? いえ、反応があります!』
『こっちも反応あったねぇ。蛍石の言ってる小屋も確認したよ。先に向かって待ってるからユラヴィカ、ディアッカ、頼める?』
『解ったのじゃ』

 地上探索組は、木々に遮られず地上の事をつぶさに見て取れる代わりに、広い視界が持ち難い。その彼らと、ケルピーを駆っている塁郁にも現在地を確認した上で、そこから蛍石とアシュレーが向かう小屋への方向をナビゲートする。
 急ぎ、だが慎重に。不用意に魔物に気付かれては、こちらが不利のまま戦いに突入する事になる――それは避けたい所。
 焦る気持ちを戦意へと高め、知らず息すら押し殺しながら森の中を進む。ムンティア湖から吹いてくる風が木々をざわめかせ、冒険者達の移動音を隠すと同時に、魔物の気配をも覆い隠す。
 慎重に、ゆっくりと、速やかに。
 相反する言葉を胸に、ユラヴィカとディアッカに導かれるままに歩む冒険者達の前に、忽然と視界が開け、

「いた‥‥ッ!」

 湖のほとりに建つ、まるで周囲に同化するように古びた小さな小屋。まさにその前に数多の魔物に囲まれて立つ女の姿に、思わず押し殺した叫びを上げた。
 何も知らなければ旅の女が魔物に襲われているのか、と勘違いする所だ。だが幾度も同じ魔物に見えている冒険者達には、それが間違いだと解る。
 屍を衣装のように着込み、人々を惑わす魔物、死屍人形遣い。アランドールの首飾りを用いてマジックアイテムを持つ少女を呼び出すべく、魔物と共に姿を現したのに相違ない。
 グウェインが先に辿り着き、仲間を待ち構えていた蛍石やアシュレー、塁郁に眼差しだけで問いかける。それに、かすかに横に首が振られる――魔物達はまだ、少女を呼び出しては居ない。

「今しがた現れた所です。まだ続々と集まってきているようです」
「私も、ここに来るまでに集まってくる魔物の気配を感知しました」

 蛍石の言葉に、塁郁が補足する。頷いたシン・ウィンドフェザー(ea1819)が険しい表情で辺りを伺い、それが事実である事を確認する。
 遠目でやや見難いが、どうやら娘の首にかかっている首飾りがアランドールの首飾りのようだ。しばらく様子を見ていると、娘が首飾りをかけたり外したり、掲げたり地に置いたりして試行錯誤している。あちらもなかなか呼び出せないようだ。
 だが、このまま魔物が少女を呼び出すのを手をこまねいて見ているのは愚の骨頂だ。首飾りを魔物から取り返し、『鍵』を手に入れるべく名乗りを上げた仲間はすでに、1人も欠けずここに居る。
 このまま持ち堪えてくれりゃ良いんだが、とその様子を見ながらシンは持ってきた蚊取り線香に火をつけた。天界から落来したこのお香、焚いているとしばらくの間虫が寄って来なくなる。効くかどうかは解らないが、今も魔物達の周囲をぶんぶん飛び回っている髑髏蝿を少しでも退けることが出来れば。
 同時に酒に浸る者を遠ざけるべく、各種お酒を持参した者がごそごそと封を切る。グウェインが用意した適当な器に注ぎ、いかにも美味しそうな演出をして、魔物には気付かれないよう慎重に、少し離れた場所にずらりとお酒を並べた。
 そして。

「‥‥‥」

 ピク、と何体かが羽を蠢かせた。同時に小屋の周囲の木々がザワザワと激しくざわめき、何かが飛び出してきた気配がする。どうやら姿を消して潜んでいた魔物が居たようだ。
 首飾りを弄り回していた女が、ムッ、と唇を尖らせたのが見えた。何か苛立たしげに叫んでいる。だがざわめきと、まっすぐお酒に飛んできた魔物は止まらない。
 一路飛んできた彼らは、まっしぐらに発泡酒の注がれた器目掛けて突進した。ゴツンッ! とぶつかり、ぶつかった相手を蹴り飛ばし、噛み付き、その隙に発泡酒にありつこうとした別の魔物が足を引きずられてぶん投げられる。

「‥‥優雅さに欠けますわ」

 エレアがしみじみと呟きながら、十分な距離まで近付いた魔物をアイスコフィンで一網打尽にした。まあ確かに、数杯の発泡酒を巡って殴る蹴るの乱闘は、見た目的に美しくない。
 残ったお酒はまた持って帰るとして(髑髏蝿は近付いてないので大丈夫)、氷が解けるまでの間に残りの魔物も殲滅したい所だ。

「皆さんにレジストデビルを」

 蛍石がすかさず呪文を唱え、超越級のレジストデビルを希望する仲間達に施した。さすがに死屍人形遣いはこちらに気付いた様子で、だが明らかにこちらを侮った態度で面白そうに冒険者達を見つめている。

「その余裕がいつまで続きますか!」

 自らにオーラ魔法を掛け、レジストデビルの恩恵に預かるセシリアが駆け出した。その前に立ちはだかる炎を預かる者に切り付け、返す動作で切り上げる。
 だがその間隙を、小回りの利く髑髏蝿が突く。蝿、と言うと小さなイメージがあるが、一体一体が大人の掌ほどはあろうかと言う巨大な蝿の魔物は、魔物であるが故にシンの蚊取り線香はやはり効かなかった。
 のだがしかし、意外な事にクレイジェルには効果があった。ジェル、という言葉からは連想出来ないが、実は虫に分類される不思議ちゃんだ。
 閑話休題。

「魔物に集中出来るのはありがたい、ってな!」

 気合と共に切り付け、地に叩き付けられた髑髏蝿に、すかさずユラヴィカのサンレーザーが集中する。ディアッカがエシュロンのイグニスに頼んで並居る蝿をファイアーウォールで攻撃し、さらに蛍石や塁郁のホーリーが魔物に少しずつ、だが確実に止めを刺す。
 その様子を見ていた死屍人形遣いがぶち切れた。

「ちょっとッ! この愚図ども、頭を使いなさいよ!」

 その言葉に辛うじて連係らしきものを見せようとする邪気を振り撒く者。だが、基本が欲望と混沌に忠実に動く連中だ、まして別に主でもない死屍人形遣いの命令では、すぐに付け焼刃の連係は崩れて逆に隙を大きくするだけ。
 炎を預かる者はそんな魔物達を盾に、時に巻き添えにして冒険者達に炎を吹きかける。避けきれず、負ったダメージは消毒した上で回復。さすが蝿と言うべきか、切っても切っても現れる髑髏蝿の振り撒く疫病は、警戒してもし過ぎる事はない。
 数の上で優位に立ちながら、それでもカオスの魔物は劣勢だった。直接攻撃もさる事ながら、遠距離攻撃として超越級の腕前を誇るアシュレーの弓に、「無駄(ナイン)!」と何故か嬉しそうにアイスブリザードをぶっ放しているエレアに、直接攻撃力を持たない術者達(とエレアの術に巻き込まれないように他の仲間も)を守れる位置を保ちながら適時ソニックブームを放つグランが居る。
 チッ、と死屍人形遣いが盛大に舌打ちした。

「ったく、ちっとも使えないじゃないの! こぉんなボーヤ達にあっさりやられるような部下しか持ってないんじゃ、アイツも程度が知れるわよね?」
「それはそっちにも言えるんじゃない? 何より、お前らみたいな部下しか持てないなんて、主様とやらもレベルが知れるけど」

 死屍人形遣いの地団太に、すかさずアシュレーが挑発の言葉を投げる。その言葉に、主様大事の彼女はたちまち怒髪天を突いて追いかけてくる――かと思いきや。
 彼女は、ピタリと動きを止めた。纏う屍の瞳を限界まで見開き、グリフォンの上から先の言葉を吐いたアシュレーをねめつける。明らかに、パキリと纏う空気が変わる。
 その、刺す剣のような凍てつく空気を背負ったまま、死屍人形遣いはゾッとするほど低い声で言った。

「お黙り、下郎。その愚鈍な口を噤むがいいわ。我が主様をアンタ達如き蛆虫が口の端に乗せるのも無礼が過ぎるわよ」
「おやおや、本当の事を言われてムキになったのかな」
「ハッ! 愚鈍は死ななきゃ判んないのね」

 言っている傍から手の中に黒い靄が凝り、次の瞬間黒炎がアシュレー向かって飛翔した。高速詠唱ブラックフレイム。さらにそれを追うように死屍人形遣いが地を蹴り、咄嗟にバランスを崩したグリフォンを蹴り抜いた。そのままの動作で地上に落ちながら詠唱開始、黒い靄に包まれた次の瞬間にはアシュレーに向けてデスハートンが放たれる。事前にフレイムエリベイションを付与しており、レジストデビルの付与もあったが、流れるような一連の動きはギリギリ魔法抵抗に成功、というタイミングだ。
 さらに、やすやす地上に降り立った死屍人形遣いは全身をしならせ、屍の持つ体術と己の持つ悪魔魔法を駆使して冒険者の中に踊り込んだ。途中、己の部下も巻き添えになったりしたが、勿論そんな事は気にしない。
 高速詠唱悪魔魔法を放ち、魔法抵抗されても気にした様子なく突っ込んできて目にも留まらぬ速さの蹴りやら拳を放つ。その動きに呼応して、炎を預かる者が冒険者の動きをかき乱そうとする。

「邪魔ッ!」

 その動きについて行けず、死屍人形遣いの目の前に飛び出してしまった借り物の部下を容赦なく蹴り飛ばし、ブラックフレイムを放った。魔法抵抗。最初の不意打ちはともかく、悪魔魔法を使ってくるのが判っていれば、レジストデビルの加護の元魔法抵抗は容易い。だがそれを完全に目くらましと割り切り、屍の能力を余す所なく使って仕掛けてくる攻撃の方が厄介だ。
 アイテムで能力を引き出す代償として失われつつある気力を奮い立たせ、オルステッドが叫ぶ。

「‥‥どうせお前もこの任務が失敗したら処分されるだろう‥‥こちらも人類の破滅がかかっている‥‥お互い一歩も退けぬこの勝負、ここで決着をつけようじゃないか‥‥ッ!」
「あらあらボーヤ、このアタシに勝てるつもりで居るのね? お姉さんが現実ってモノを教えてあげるわッ!」

 楽しそうに踊りかかって来た魔物に剣を一閃すると、ひょい、とトンボを切って紙一重で避ける。その着地点にすかさず弓を打ち込むアシュレーを憎々しげに睨みつけながらひらりと交わし、切り込んできたセシリアの手元を狙って蹴り上げた。パチン、と短く指を鳴らして髑髏蝿を展開させる。
 魔力を回復させながら攻撃魔法を繰り出すユラヴィカ。その隙を狙う魔物を塁郁のホーリーが打ち抜き、さらにレジストファイアーを展開させたアリシアが炎を預かる者の攻撃を防御。グランのソニックブームが唸りをあげ、アイスブリザードが吹き荒れる。
 それらを見てなお、死屍人形遣いは余裕を崩さなかった。
 上空からのシンの攻撃を余裕で交わし、カウンターを仕掛ける。交わされ、だが勢いは殺さない。見た目こそごく普通の女だが、よほど戦い慣れた屍を操っているのだろう。
 だが、ブンッ! と唸りを上げて突き出した拳と共に、ブチブチブチッ! と耳障りな音がした。正確無比に放たれたはずの拳がわずかに逸れ、その隙を見逃さず叩き込まれたオルステッドの剣が屍の腕を切り飛ばす――グチャリ、と嫌な音。
 チッ、と女は舌打ちした。

「もう腐ったのかしら? お気に入りだったのに」

 洋服が破れたとか、その程度の感慨しか持たない死屍人形遣いはあっさり壊れた屍を脱ぎ捨てた。現れる本性――巨大な、歪んだ人間の頭部だけの、奇妙な怪物。
 ふよふよ宙に浮く怪物は、歪んだ頭部でニィと笑った。

「さてボーヤ達。誰がアタシの代わりのお人形になってくれるのかしら?」
「ほざけ!」

 色んな意味で不気味な怪物に、冒険者達の全力が集中した。自由に動かせる四肢を失った魔物は、代わりに剥き出した牙で冒険者達を噛み裂かんとする。だが、よく鍛え抜かれた屍を失った魔物は、先刻ほどの脅威ではない。
 さらに炎を預かる者を殲滅し、氷が溶けて自由となった酒に浸る者をも殲滅した仲間の加勢も加わって、死屍人形遣いの不利が色濃くなる。あれほど居た髑髏蝿もさすがに数が減ってきた。
 チッ、と大きな舌打ち。

「ほんっと役に立たないヤツラ!」
「そちらもそろそろ年貢の納め時のようだな!」

 叫びながら切りつけられた剣を紙一重で交わし、さしもの魔物の顔にも苛立ちの表情が浮かんだ。その中に僅かに焦りが窺える。この機を逃す理由はない。
 アシュレーの弓が、セシリア、シン、オルステッド、グランの剣が、ディアッカ、エレア、アリシア、ディアッカ、蛍石、塁郁の魔法が、僅差を置いて次々に魔物へと叩き込まれた。歴戦の冒険者達の、持てる技の限りを尽くした攻撃だ。

「ギィィヤァァアア‥‥ッ!」

 魔物の醜い巨大なあぎとから、天を引き裂かんばかりの咆哮が響き渡った。それ切り、地に落ちて動かなくなった死屍人形遣いの、今度は己が屍になった姿を見てオルステッドが「ふん‥‥名を聞き損ねたな‥‥」と嘯く。
 やがて塵となって消えたそれが、数多の屍を弄んだ魔物の最期だった。





「しかし‥‥自分たちも野暮だよな‥‥」

 魔物が消え去った後に残された屍が身につけていた、アランドール・ビートリッヒの古びた首飾り。ようやく取り戻したそれを用いて、マジックアイテムを持つと言う少女――或いは別の誰かをいざ呼び出さんと悩む仲間の姿を見ながら、グランがしみじみ呟いた。それに、ちらほら漏れる苦笑。
 亡き賢者が所有していたマジックアイテムを用い、強力なマジックアイテムを持つ少女を呼び出す――言葉にすればそれだけの話なのだが、賢者は少女に恋焦がれ、そんな賢者に少女が再会の約束として託したのがこの首飾りである、という状況まで加味すると、こう‥‥人の恋路をなんとやら。
 無粋極まりない行為ではあるが、少女の所有するマジックアイテムはジ・アースのデビルが血眼になって探す『鍵』と目される品。であれば、少女を呼び出す唯一の方法であるこの首飾りに、秘められた願いや想いには目を瞑らざるを得ない。
 残された屍を簡易に弔ったり、戦いの傷を癒す仲間を振り返りながら、アリシアが首を捻った。

「‥‥これは、祈りなどに反応するんでしょうか?」

 何か使用方法が書かれている訳でもなし、戦闘中に魔物から読み取った思念にもそれらしきものはなかった。後は巨竜の告げた『首飾りにかけて願えば』という言葉通り、首飾りに願いやら祈りやらを捧げる他は思いつかない。
 何はともあれ、やってみるしかないだろう‥‥首飾りを両手に持ち、どうか来て欲しい、と真摯に願う。少女が未だ、生きているかどうかも知れないけれど。どうか現れて欲しい、と。
 と――不意に、淡い銀色の光が現れた。ハッ、と注目する冒険者の前にぽっかりと空中に穴が開く。

「月道?」

 アシュレーが首を捻った。グウェインが目を見開く。ムンティア湖に月道が存在するなんて聞いた事がない。
 見ている間にも現れた淡い輝きは、すぐに安定して紛れのない月道となった。ゴクリ、と唾を飲み込む。この向こうに少女か、或いはその関係者が居る‥‥?

「‥‥こんにちわ! アランにあげた首飾りで、私を呼んだのはあなた達ですか?」

 ――そうして、彼女は姿を現した。細くしなやかな金髪を背の半ばまで垂らし、集った冒険者達を移す瞳は紺碧の色。手にしているのは彼女の背よりも高い、纏う白の衣装に劣らぬ白磁色の宝玉があしらわれた魔杖。
 そんな少女は満面に快活な笑みを浮かべ、開かれた月道からアトランティスの地に降り立った。それと同時に月道が消え、杖と少女の纏う銀の光が消える。つまり、この月道を開いていたのは少女であり、杖に秘められた魔法である、と言う事か。
 冒険者達が居住まいを正した。

「ディアッカと申します。こちらには、老賢者の友人と言うエクリプスドラゴンに導かれて参りました」
「私はアリシア・ルクレチアですわ。アランドール師はすでに亡くなられました――貴方は、アランドール師とは?」
「私? 私は旅の魔法使いマリン・マリン、アランの友達です。アランが死んだ事も知ってます‥‥アランを『月の隠れ家』から此処に連れてきたのは私だもの」

 此処、と少女はムンティア湖を振り返った。畔に立つ潰れ掛けた古びた小屋と、その傍に鎮座する赤子ほどの大きさの石を見た――あの下に、亡き老賢者が葬られていると言うのか。
 だが『月の隠れ家』にもまた古い遺体が葬られていた筈だ。そんな疑問の視線を投げかけたシンと塁郁に、あそこに葬られてるのはアランだけじゃありませんから、と応えた少女マリンは冒険者達を見回した。

「‥‥それで、アランの首飾りで私を呼んだのは、私に何かご用事があったからですか?」

 コクリ、と首を傾げたマリンに、アリシアが進み出る。なぜ彼らがここに居るのか。なぜマリンを呼んだのか。世界を闇で覆わんとする魔物達の跳梁、『鍵』と呼ばれるマジックアイテムを巡って起こる魔物と人との争い、そして

「貴方がお持ちのアイテムが、その『鍵』だと思われるのです。世界は魔物に脅かされていますわ」
「私の杖も‥‥? この子はいつでも何処にでも月道を開ける、って言う魔法が込められていて、私はそれを使ってあちこち放浪して回ってたんだけど‥‥そう言えば最近、デビルや魔物が騒がしいと思ってたんです」

 その程度の認識だったらしい。やっぱり只者じゃなさそうだ、とやり取りを一歩引いて眺めていたシンは目を細める。話しぶりからして、亡きアランドールが一目惚れしたと言う少女と同一人物らしいし、精霊か何かだろうか。
 ディアッカがマリンの前に進み出て、真摯に頭を下げた。

「どうか、貴方の持つその杖をわしらにお貸し願えんじゃろうか。勿論、そちらの監視監督の下で、じゃが」
「私からもお願いしますわ」

 その言葉に、マリンは気を悪くした様子はなかったものの、困ったように首を傾げた。杖をそっと、両手で抱くようにする。

「それはあなた達に杖を渡す、って事ですか? ごめんなさい、それは出来ません。この杖は私の相棒だから」
「じゃあせめて、力を貸して貰えないかな。『鍵』は地獄での戦いに必要だからさ」
「マリン先生。私はキエフでも『鍵』を巡る戦いを経験してきました――ご考慮頂けませんでしょうか?」
「何卒助力をお願いいたします」

 ならば、と下げられた頭と告げられた言葉に、マリンは目を丸くした。さらにアシュレーが、マリンが安らげるように、と妖精の竪琴を奏でて真心を訴える。
 そんな冒険者達の表情を見回し、伺うように己が腕に抱く杖を見て、そっか、と呟いた。

「そう言えばあそこも騒がしかったですね。うん、それなら良いです。皆さんに力を貸すって事で、ね?」
「ありがたい。我々の求めしは力ではなく、明日を切り開く光明です。混沌の異界の門がまた近く開くと聞きました。『鍵』とはなんなのか、そして『何が出来るのか』力としてだけでなく知恵もお借りできればと思います。師よ」
「あははッ、何だか大げさですね! でも、うん、了解です。私、しばらくはここに居ますから、必要な時に声をかけて下さいね」
「つまり、マリン師はリハン領に留まるおつもりなのでしょうか? 安全面も考慮すると王都に来て頂いても差し障りないと思いますのに」

 マリンの言葉に、驚いたようにエレアが提案する。この地はあまりにも無防備だ。例えリハンの首都に行ったとしても、中央のウィルほどの守りが得られるとは思えない。
 だが、少女はフルフルと首を振った。

「それも面白そう、だけど。私には『約束』がありますから」

 微笑んでそう言ったマリンに、約束? と冒険者は首をひねる。一度だけ首飾りにかけて願えば、いついかなる時でも必ず会いに来るという、アランドールとの約束は果たされたのではなかったか。
 この上一体、彼女を縛るどんな約束がこの地にあるというのだろう?
 その問いに少女は笑う。

「私がアランとした約束は2つです。1つは、この首飾りで呼んでくれたらいつでもアランに会いに行くよ、って事。もう1つは、その時にはまた、飽きる位に色々なお話を聞かせてあげる、って事」
「でも、アランドール師はすでに‥‥」
「死んじゃいました、ね。アトランティスでは死後は精霊界に行くと信じているから、ここには魂すら残ってません。でも私にとってはここがアランの居る場所。だったら私はここで、約束通りアランにたくさんのジ・アースの事を聞かせてあげます」

 約束は、守る為に交わすものだから。約束に導かれてやってきた少女は、まずは約束を果たさなければならない。
 そう、真摯な瞳で言葉を紡いだ少女はだが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それが終わったらしばらくはまた、気ままにアトランティスを旅して回るつもりです。ウィルにも行くかも。その時に会ったら、今度はあなた達が私にたくさんの色々な場所を案内してくださいね」

 もちろんそれまでにも気軽に会いに来てくれると嬉しいな! と無邪気に笑う少女はまったく、旅の魔法使いという肩書きに相応しい普通の少女のように見えた。





 こうして『鍵』と呼ばれる、いついかなる時・場所でも月道を開く魔杖は、その持ち主たる少女マリン・マリンとともにアトランティスに留まる事となり。後日、その報告を聞いた中央軍の1部隊長エルブレン・ラベルは複雑な表情で呟いたと言う。

「‥‥グウェイン。やはり軍としては、彼女に護衛を割くべきだろうね」
「いや、どうだろうな。あの嬢ちゃん、いざってなったら月の杖使ってどこにでも逃げられるんじゃね?」

 奇しくもそれこそ、彼女が意図せずして今まで魔物に捕まらなかった理由である事を、2人の悩める男は勿論知らなかった。