●リプレイ本文
集まったのは八人の冒険者達。
勝負の場という地は少し乾いていて、何処となく茂みがある。
闘うには十分の場所だろう。
そう感じとれているのは綺螺だけではないはずだ。
「さぁ、始めよっか?君達の武がとても楽しみだよ。さ、誰から?」
ゆっくりと構えて、綺螺はにっこりと笑い冒険者達を喧嘩の場へと誘う。
●壱の陣
「やはり、いつでも強い方と戦えるのは嬉しい物ですね‥‥。戦場で磨いた武、楽しんで頂きましょうか」
風月陽炎(ea6717)が前に出る。彼は以前喧嘩屋に勝負を挑み、引き分けを決した者である。
あの時の喧嘩屋は本当に楽しそうで満足していたが、今回の相手は綺螺。勝てる見込みがあるかどうかすら分からない。
「あれ?君、確かあの時にもいたよね?そっか、君ともやれるんだね。お手柔らかにねっ♪」
始めよう。と言い終えた時。陽炎のマントが綺螺の視界を覆う。そしてダブルアタック+ストライクが放たれる。
綺螺も回避を試みるが、避けきれず、ダメージを負う。
「卑怯だ、とは言わないで下さいね。これも、実力が上の相手に対する戦い方ですから」
「ふふっ、心得てるよ♪左之と喧嘩した時の君、凄かったからね。僕も全力で行くよ、でなければ失礼だからね?」
体勢を低くし、綺螺が陽炎の周りを軽く走る。陽炎も警戒してか防御の体勢は崩してはいない。
カウンターを狙えれば。陽炎もそう心の中で呟いているだろう。
「狙い目は‥‥ここだよっ! 勝負っ!」
「カウンターがとれれば‥‥!」
カウンターの体勢をとろうとしたものの、綺螺の龍飛翔が陽炎の顎元にまともに入る。物凄い音が聞こえたかも知れない。
「っく‥‥挑発にも乗りませんでした、か‥‥」
「僕はこれでも紅蠍の頭だよ。相手の挑発に乗ってたら今まで生き延びてるワケないじゃん」
苦笑交じりの綺螺を見て、陽炎は完敗の意を表す。そう、これ以上やるとどちらかが危険になるまで闘い続けるかも知れないから。
「でも怖かった〜‥‥君のカウンター、もう少しで僕が崩れるとこだったよ‥‥」
●弐の陣
「喧嘩を始める前にこれ、返しておいて欲しいッス」
「鳴弦の弓」を綺螺に投げる太丹(eb0334)。それを見て後ろの方で救護班として待機していた碧の目が輝く。
「碧の為にこんな事までさせて悪いね?御礼は、僕の武でいい、かな?」
にっこりと笑う綺螺を、何処か甘く見ていた丹はごくりとつばを飲む。何しろ、武装もない。技も使わない。その状況で彼は綺螺に突貫するのだから。
そして、丹は思考通りに綺螺へと突貫する。まるで猪の如く。
「なんだか、悪い気はするけど。僕は手加減なんてしないからね!?」
武装なしの相手にかますのは少し気が引けるのか。しかしそれでも丹の攻撃を軽いステップで回避していく。
ジャイアントの一撃一撃は重い。格闘の術が高くても、ジャイアント全体の特徴として動きに鈍さが見える。
しかし、当たれば確実に綺螺は中傷までいけただろう。手加減などせず、喧嘩技を駆使すればきっと当たっていたというのに。
「綺螺殿、武道家の拳は戦士の剣と同じっすよ。それで「怪我する覚悟」だけでいいんすか?」
「武道は人を殺す為だけのものじゃない。だから人だって救えるんだ。君達だって、そうでしょ?僕はそう信じてるから!」
綺螺の鋭い蹴りが丹にとっても、人にとっても弱い場所。頭部にヒットする。
流石にクラリと来たのか、丹は体勢を解くようにして崩れ落ちる。
「‥‥確かに戦士の剣と同じかも知れない。けれど、剣と同じように拳だって使い方一つで変わるんだ。殺人道具にもなり、人助けの道具にもなる。僕はそれを見極めたい。だから闘うんだ‥‥」
綺螺の淡い瞳が何処か悲しそうに見えた一瞬だったかも知れない。
●参の陣
「女だからって手加減しないよ、だってボクだって女だもん」
鈴苺華(ea8896)がヒラリと舞う。綺螺も攻撃の構えに入る。この勝負、どちらにも不利はあった。
全ては偶然で決まるのか。それとも実力で決まるのか。それは誰にも分からないまま、勝負は始まっていく。
苺華は綺螺の攻撃を回避しながらも攻撃していく。しかし綺螺も回避能力は高いようで、軽いステップで回避していく。
そして場が慣れた頃に、苺華の攻撃が素早くなる。
「行くよ、鳥爪撃ッ!」
「‥‥来る! そこッ!?」
苺華の鳥爪撃を踏み込んで、回転するかのようにかわす。相手の格闘がへっぴりなのが助かったのかも知れない。
「このままだとこっちもやばいし。行かせて貰うよ? 奥義‥‥」
綺螺の拳の動きが止まる。それを察したのか回避行動に移る。
「龍飛翔ッ!」
素早い攻撃が下から襲い掛かる。回避しながらの攻撃を考えていた苺華の一瞬の隙をついた攻撃。‥‥だが直撃したのはまぐれとも言えるだろう。
「勝負ありだね。回避だけは凄いものだと感心したよ。でも‥‥回避だけじゃ勝てない戦いっていうのも、あるんだよ?」
笑顔を向ける綺螺は、とても嬉しそうに。そして苺華は少し悔しそうだった。
●肆の陣
「紅蠍の頭領とはいえ、あなたは女性ですからねぇ。女性を相手に本気を出すというのは、あまり僕の趣味ではないんですけど‥‥」
「僕を女性と思わずに打ち込んで来てくれればいいよ♪僕は楽しくやりたいだけだし」
綺螺がアキラ・ミカガミ(ea3200)の肩を軽く叩く。こうして話をしていればごく普通な女性だという事が分かるのだが‥‥。
「さ、勝負始めちゃおうか♪」
綺螺が一気に間合いを縮めて踏み込む。しかしそれを予想していたかのようにアキラはオフシフトで回避する。
「当たらなければ、どうという事はありません!」
綺螺の攻撃が飛び交う中、アキラはそれを綺麗に交わしていく。そして、三度目の攻撃で綺螺の攻撃を受けるかのようにガードする。
「‥‥楽しいですね、こういうのも」
少し見えたアキラの微笑みを見て、綺螺が体勢を整えなおそうとするその時を狙ってアキラの一閃、カウンターアタックが命中する。
綺螺は少しふらついて倒れかけたものの、身軽な手業でもちなおす。
その瞬間、ナイフが飛び綺螺の頬を掠る。頬から血が出るのを感じとってやっと綺螺も本気を出してくるようだ。
「ふふっ‥‥すっごく胸ドキしちゃうよ‥‥こんな戦いさ♪」
次の瞬間、綺螺の姿は何時の間にかアキラの横にあった。身軽な動きを利用しての移動だった。振り向いたアキラの顎下に龍飛翔が打ち込まれる。
「ぐっ‥‥!」
「女だからって甘く見てるからだよ!‥‥でも、君との勝負は引き分けだね。僕も手負いにされちゃったし」
確かに双方これ以上やりあえば危険な状態に陥る可能性もある。高ぶる精神を押さえ込みながらの綺螺の提案だ。引き分けになっても、互いに障害はない。最後は二人とも笑顔だった。
「あの子達の面倒見ててあげてくれると嬉しいな♪」
「仕方ないですね、うん。お茶とせんべいでもいかがですか?」
『食べるッ!』
三人娘の元気な声が響いた。
●伍の陣
「私は拳が主体の武道家ネ、たまに槍も使うけど今回は見たとおりの武装ネ」
「あ、君って確か‥‥藍達が面倒かけちゃったね。あの時はごめん、そしてありがとね?」
綺螺の言葉に少し羽鈴(ea8531)も驚く。すんなりとそう頭を下げてくれる、だから三人娘もついて回るのだろう。
藍、碧、茜の方を見やるとアキラとせんべいを食べながら此方を見て微笑んでいるのが見えた。
「さ、やろう!あの子達も見ての通り楽しみにしてるみたいだからさ」
少し疲れが見えてきている綺螺。それもそうだろう、今まで休みナシで4人連続相手してきているのだ。男ならまだしも女にはキツイものがある。
「そうネ。それじゃ始めるネ!」
鈴も体勢をとって喧嘩は開始された。綺螺が間合いを縮めると鈴は足払いを狙う。
しかし、綺螺は義賊を今までずっとやれてきた女性。回避はそれなりにある。あの左之とやりあったぐらいなのだから。
「足払い‥‥うん、いい判断だよ。僕みたいな接近専門にはうってつけだと思うっ!」
「っ!」
綺螺の攻撃をステップを踏むかのように鈴も回避する。回避はどうやら鈴の方が上らしい。このままだと長期戦になるだろう。
「でもね‥‥相手の動きを鈍らせるっていう選択もありだと思う‥‥よっ!」
「えっ!?これは、砂煙ネ‥‥ッ!?」
どうやら、綺螺が地面の砂を蹴り上げ辺りに砂埃を舞わせたようだ。確かにこれも喧嘩技の一つ。
「さ、こっからが勝負だっ!」
「こうなったら切り札しかないネッ!」
二人の拳が、技が。互いを貫こうとする。間合いからして技が打てるような状況でもない。
素早く受ける、または攻撃しなければ確実にどちらかにダメージが出るだろう。
そうならないように互いにそれぞれの得物を打とうと、拳が相殺する。
それでも綺螺にはダメージがあった事は、得物の違いによる事だ。
「うっわー‥‥その爪、当たったらいたそー‥‥」
「ううっ‥‥そっちの拳こそ!腕がジンジンするネ!」
「こりゃあこれも引き分け、かな?まだまだ精進足りないなー、僕も」
へらへらと笑う綺螺を見て、鈴はジンジンする腕をブンブンと振りながら溜息をついた。
「何となく相手の行動が読めて来ましたね」
プリュイ・ネージュ・ヤン(eb1420)が試合後にそう呟く。
彼女は冒険者達の目となり、綺螺の技の特徴をずっと探してきていた。そしてそれを冒険者達に伝えるのが役目。
「彼女、技を出す時に軽く後ろに飛ぶんです。そうする事で間合いを確かめてるのだと思います。考えながらの戦闘ですのでそこを突けばなんとか」
「彼女の威力もそこから来てる‥‥なんか納得ネ」
鈴は苦笑を浮かべる。プリュイも同じように苦笑を浮かべて次の者に同じ事を伝えに走る。彼女は彼女なりにこの戦いに参加しているのだ。
●陸の陣
「小細工など無用か‥‥。ならば、天風誠志郎‥‥推して参る」
天風誠志郎(ea8191)が綺螺の前に立つ。綺螺は頬の血を腕で少し拭うと一礼する。
「君みたいな人と闘える事、嬉しく思うよ。なんっていうか、ちょつとカタイ気もするけどー‥‥」
誠志郎が苦笑を浮かべていると後ろがどうやら騒がしい。見れば喧嘩を聞きつけた左之が遊びに来ているという。
どうやらこれは賑やかな喧嘩になりそうだ。
「お手合わせ‥‥願おうッ!」
誠志郎のその言葉が開始の合図となった。綺螺の攻撃に合わせてカウンターで攻撃をしていく誠志郎。陽炎にのあわやのイメージのせいか、綺螺は大技を使わない。ダメージを受けている。そろそろどうにかしたいという所だろう。
「おー、やってンなァ?楽しそうじゃねェか」
うずうずとしている左之を茜達が睨む。どうやら「オアズケ」を命令されているようである。
(「くっ‥‥!流石は喧嘩屋と渡りあった女性‥‥しかし、ここで大怪我をするわけにも‥‥!」)
「流石!その武、もう少し見せて貰うっ!」
綺螺が蹴りを打ち込む体勢に入る。無論、誠志郎もカウンターの体勢に入るが‥‥。
「っ!?」
綺螺の蹴りが来ると思っていた誠志郎。だがその予想は大きく外れ、拳が手に打たれ、小太刀が地面に落ちる。
「単調な攻撃をしていれば相手はそれを読む。でも読んだ後、読み変えが少し不便になる‥‥そゆ事♪」
「これは‥‥してやられたな‥‥」
「この前喧嘩して分かったンだがよ。綺螺は蹴技が得意みてェだぜ。義弟の参考にしてやってくれや」
プリュイに左之がそう言う。次の番だと察せたからであろう。
「私は彼等の目でありたいですから、そうします。これで少しは有利になるといいのですが‥‥」
「喧嘩の有利、不利なンざァ、そン時になンねェとわかンねェもンだぜ?」
苦笑を浮かべる左之を見て、プリュイも小さく苦笑すると蒼華の方へと歩く。
●最終の陣
今まで綺螺の戦いを見、準備運動をしていた狼蒼華(ea2034)が一歩前に出る。どうやらこれが最終戦のようだ。
「君は確かあの時のっ!ううっ、ライバルが来るなんて僕びっくりしちゃったよー‥‥」
「っと、その前に綺螺姉ちゃん、これ!」
持っていたヒーリングポーションを投げ渡す。万全の体調でやりあいたい。武道家として譲れない何かがあったのだろう。
「‥‥ありがと。これで万全だよ、さぁ真っ向から殴り合おうかっ!」
「武道家に言葉いらない!いるのはこの熱き拳だけっ!」
「勝負ッ!」
「‥‥熱いねェ、あいつ等‥‥」
左之がそうぼやく中、二人の喧嘩は開始された。
二人の喧嘩には技は何もない。あるのは拳、ただ一つ。蒼華は今まで綺螺の戦いを見てきた。綺螺の攻撃の流れを読めている状態だ。
しかし綺螺も負けてはいない。ある程度の工夫をこなし、蹴りを主体に攻撃を繰り出していく。
そして次の瞬間、蒼華の拳が綺螺の隙をついて腹部に放たれる。流石の綺螺も後ろへとよろめく。
「君、凄く強いじゃん!僕のライバルにもピッタリなんじゃないかな〜?」
「綺螺姉ちゃんこそ!俺、燃えてきたっ!」
二人の拳が鈍い音を立てて互いの拳に打ち放たれる。
「君と会えてよかった。僕が目指す武はまだあるみたいだから!」
「自分の武とは自分の中で見極めるものだぜ、綺螺姉ちゃん!でも、俺も会えて嬉しいぞっ!」
次の瞬間だった。蒼華の拳と綺螺の蹴り。その互いの得物は、互いの急所で寸止めされていた。
どうやら勝負はつかず、引き分けのようだ。左之は立ち上がると二人の頭にぽふっと手を置く。
「手前等、偉いじゃねェか。互いの事を気遣いながらの喧嘩に見えたぜ?」
「引き分け?俺、綺螺姉ちゃんと引き分け!?」
「あァ、二人とも強かったぜ?また手前等とも喧嘩してェもンだぜ」
そういうと左之はケラケラと笑い出す。そしてその場にいた冒険者達もつられて笑う。
「あ、でもそういえば君はどうするの?」
「あ、いえ‥‥。雨雲でしたら少し賭けをしようかと思ったのですが‥‥」
苦笑を浮かべながらプリュイは空を見上げる。残念ながらの晴れ。
彼女は雨雲が出ていればの事も想定していたのだが‥‥。
「見ての通り、腕力では勝てませんから‥‥」
「そっかぁ‥‥今度雨雲が出てる時にでもやれたらいいね♪」
能天気なものだ。雨雲であれば確実にプリュイが有利、勝つというのに。
「うしっ!綺螺、帰るぞ。手前の怪我ぐらい治療してやらァ」
「ふえっ!?うっ、いいの!?」
「そこの三人娘も連れてこいよ?手前の怪我みてっとこっちがヒヤヒヤするンだよ」
ぶっきらぼうにそう言い放つ左之。しかしその言葉の意味は深いものではないだろう、朴念仁だから。
そんなやり取りをしながら帰って行く綺螺達を見て、冒険者達もそれぞれの想い人の事を思い出したり、微笑ましいと思いながらも見送っているのであった。