【暁の空】導きの手

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月21日

リプレイ公開日:2006年12月20日

●オープニング

●枯れた街
 芝は、枯れ色のままだ。
 僅かに生えて来た雑草も、彩りには程遠い。
 死者に支配され、草木までもが死に絶えたのか。それとも、生きた死人に変えられた人々の怨嗟が、今なお色濃く漂っているためか。ポーツマスの街は緑と花々で賑わう事のないまま、冬を迎えようとしていた。
 見下ろす庭には、葉を落とした木々が寒々しい。
 急に肌寒さを感じて、ウォルター・ヴェントリスは体を震わせた。
 人外の者の蹂躙を受けたポーツマスを今度こそ守る為に、彼は誰もが尻込みをした「ポーツマス領主」の座についた。おぞましきバンパイアが君臨し、多くの屍が積み重ねられた館に移り住み、嘆きが支配する街で犠牲となった人々を手ずから弔い、彼はひたすらポーツマス復興に力を尽くしてきた。
 なのに‥‥。
 街は活気を失い、寂れた街角では犯罪行為が横行している。
 街を覆う空気さえもが暗く淀んでいるようだ。
 ポーツマスと同じく、バンパイアの支配を受けたサウザンプトンは順調に復興しているというのに。
「サウザンプトン、か」
 領主はウォルターより年若い青年だ。
「ウォルター」
 背後から聞こえた諫めの声に、彼は軽く頭を振った。
「分かっている。隣の家を羨むつもりはない。サウザンプトンの復興振りから学ぶべき事がある‥‥そう言いたいだけだ」
「学ぶべき事、ね」
 頷いて、ウォルターは振り返る。
 部屋の中、長椅子に腰かけているのは、彼の友、フランシスだ。少し長めの前髪がどこか物憂げな雰囲気を醸し出し、周囲のご婦人方を魅了してやまないという。
 だが、その前髪の下に消えない傷を隠している事を、ウォルターは知っている。
「かの地にあって、この地に足りないもの。それは‥‥人材、といったところかな? だから、僕を呼んだんだろう?」
 口元を上げて 、ウォルターは肩を竦めた。
 どうやら、この友人には彼の考える事など全てお見通しのようだ。
「その通り。学者を目指していたのだから、ある程度は人に教える事も出来るだろう?」
「まぁね。でも、ポーツマスの新しい力を育てるなんて大仕事、僕1人じゃ無理だよ」
 無理だと言いつつも、困った顔をするわけでなし。それどころか笑みを浮かべている。
 やはり、ウォルターの考えは筒抜けなのだろう。
「冒険者を招こうと思っている。戦闘、魔法、知識、そして経験。冒険者達の中には様々な能力に長けた者が多い。彼らの協力を仰げれば、より優秀な人材が育つに違いない。ポーツマスを守る新しい力の、その礎となる人材が」
 フランシスは目を細めた。
 満足した猫のような表情に、ウォルターは気まぐれな友人がこの話に乗り気であると知る。
「まず、ギルドに人材を募る依頼を出した。そして、彼らがこの地に留まっている間、寝食に不自由がないようにと宿舎も用意してある」
 視線で先を促す友人に、ウォルターは話を続けた。
「宿舎には、専任の世話係をおく。彼らの身の回りの事などはその者に任せ、フランシス、お前は導き手となる冒険者と協力して、新たな人材を育ててくれ」
「分かった。僕もその宿舎に移り住んでもいいかな?」
「勿論だ」
 では早速と部屋を出て行きかけて、フランシスはふと足を止めた。
「‥‥ところで、宿舎の専任係は決定しているのかい?」
 首を傾げて問うたフランシスに、ウォルターは目を宙へと泳がせる。
「ウォルター?」
「‥‥決定している。何でもいいから仕事をさせてくれと押しつけられた、私の乳母の姪で‥‥」
 表情を強張らせたフランシスが口を開くより先に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「あンれ、フランシスさま、まァだ用意してないんでスかぁ?」
 服の裾をずるずると引きずりながらやって来たのは、ちまっちい、くるくると縦に巻かれた金の髪、血色のよい頬の娘。
「‥‥サ‥‥サクリャ‥‥」
 思わず後退るフランシスに、ウォルターは心の中で謝罪の言葉を述べた。
 彼の前髪の下に隠された傷は、このちんくしゃの娘がつけたものである事をウォルターは知っていたので。

●導きの手
「‥‥人材育成の指導者募集?」
 ギルドに貼り出された依頼を読んだ冒険者が素っ頓狂な声をあげた。
 ポーツマスで、冒険者の持つ知識と技能と経験を活かして欲しい。そう書き添えられた依頼に、多くの冒険者達は戸惑いの表情を浮かべて互いを見合う。
 当然だろう。
 経験を活かせと言われても、何をすればよいのかさっぱり分からない。
「内容から察するに、人材育成の組織作りだろう」
「サミュエル」
 受付嬢の差し出した書面にペンを走らせていた男がぼそりと呟いた。
「ポーツマスを支える人材を育てる為に協力して欲しいという事だろう? 今のポーツマスに、そういった組織はないはずだから、何もない所から始める事になる。組織の骨組みから育成の方針、課程の考案、育てるべき人材の選出も含まれているかもしれないな」
「宿舎が用意されているのは、短期で済む話じゃないからか。それで‥‥」
 一頻り頷いた冒険者が、サミュエルの手元を覗き込む。
「お前は依頼を受けるのか?」
「‥‥ミリセントがポーツマスに行きたいと言うものでな‥‥」
 ふ、と黄昏れた笑みを浮かべる彼に、冒険者は一瞬、言葉を失った。
 ミリセント。それは、サミュエルが面倒をみている吟遊詩人の卵である。酒場やギルド、冒険者が出入りしている場所に夜な夜な出没し、ネタになりそうな話を聞かせろとせっついてくる少女だ。
「あー、ミリセントか」
 バンパイアに支配されていた街、ポーツマス。
 彼女の創作心は、さぞかし駆り立てられる事だろう。
「そういや、昨夜、田舎から出て来たばかりらしい親父を相手に飲み比べをしていたな」
「‥‥‥‥」
 親父、気の毒に。
 その場にいた者達は、目を逸らし合って見知らぬ男の不幸に同情した。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●荒廃の中で
 彼らが思っていた以上に、ポーツマスの街は廃れていた。
 建物は壊れ、朽ちている。
 人々は怯えた表情を見せているか、目だけをギラギラさせて見慣れぬ彼らの様子を窺っている。
 かつては活気に満ちた港町であった。
 なのに、1年でこれほどまでに荒廃するとは。
 領主が冒険者に頼って来た理由が分かるような気がした。
「参ったねぇ。‥‥井戸端会議に入れても貰えないよ」
 ぽりと頭を掻いて戻って来たベアトリス・マッドロック(ea3041)に滋藤御門(eb0050)も表情を曇らせて頷く。
「まるで去年までのサウザンプトンです。‥‥サウザンプトンよりひどいかもしれません」
 領主不在を理由に、実質的にポーツマスの支配を受けていた街。あの街でも、人々は監視の目を恐れ、怯えながら暮らしていた。だが、ここまで警戒心を剥き出しにされた事はなかったように思う。
 1年前、この街は死者の都と化した。
 街は死臭に覆われ、生きた屍がうろついては命ある人々を襲い、また屍が増えた。
 そのおぞましい記憶は人々の中に生々しく残っているに違いない。怯え、警戒するのは当然の事なのかもしれない。
「だからこそ、我々が呼ばれたのだ」
 オイル・ツァーン(ea0018)が、ぐるりと辺りを見回す。自分の持てる力の全てを注ぎ込んでも、不安に怯える民を守る「盾」を作る。その為、この街へとやって来たのだ。
 実際に、街の現状を見て、その想いは更に強くなっていた。
「でも、一体何から手をつければいいのかわかんないよ」
 ちょっとおどけて肩を竦めたのは、ネフィリム・フィルス(eb3503)だ。
「活きのいい連中を集めて‥‥と思ったけど、これじゃあ、そんな奴らを探すのも手間さね」
「何もない、という事は、逆に変なしがらみもないということですから」
 荷が崩れないように手で押さえながら、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が笑う。サミュエルの馬に積まれた彼女の大荷物は、先ほどから街の人々の興味の視線を集めている。
 中には興味だけではなく、あからさまに付け回してくる連中もいた。
 そんな奴らに折角運んだ荷物を渡してやる程お人好しではない。だが、牽制しつつの道行きに、さすがのメグレズも疲れを滲ませている。
「まァ、暮らしなんて食べられて、凍えず寝られて、着る物があって、働く事が出来りゃなんとかなるモンさ。けどねぇ、ネフィリムの嬢ちゃんの言う通り、どっから手を付ければ良さそうかねぇ」
 ベアトリスの呟きに、御門も頷いた。
「自警の組織を作って欲しいとの事ですが、いきなり組織作りは難しいと思われますし、まずは素案を纏めてから計画を進めるのが妥当な所かと」
「そうだな。‥‥街の現状も、もう少し詳しく調べた方がいいだろう。ひとまず宿舎に入ろうか」
 物陰からこそこそと自分達を窺い見る事しか出来ない街の人々の様子に、重く溜息をつく。
 未だ闇の底から這い上がれずにいる人々が、希望の光を見出せるか否かは自分達に掛かっている。
 どんなに困難でもやり遂げる。
 決意を胸に、オイルは宿舎として用意された館に向かって歩き出した。

●3食昼寝付き、日当たり良し
 冬の太陽が差し込み、ぽかぽかと暖かなサンルームの真ん中で大口を開けて眠っている物体を避けると、ヲーク・シン(ea5984)は仲間達を振り返った。
「とりあえず、打ち合わせをするには、ここが一番のようですね」
「そうね。日当たりもいいし、適当に広いし。談話室ってところね」
 ぱんと手を叩き、レムリィ・リセルナート(ea6870)がすぐさま同意を示す。
「でも、あのー‥‥」
 真ん中に落ちている物から視線を外せずにいたシスティーナ・ヴィント(ea7435)が恐る恐る、指を伸ばした。その指先をはしっと掴んで、ネフィリムがさりげなく彼女の背を押す。
「あ、あのー」
「街の人に困っている事はないかとか、話してみるつもりだったけどね。多分、困ってる事だらけ。どうするつもりさね?」
 自分と物とを交互に見るシスティーナの動揺に気付いていない振りで、ネフィリムは仲間に問うた。
「ここで話し合ってるだけじゃあ、見えない事も多いだろうし、あたしは街に出て、骨のある奴と拳で語って来ようと思うんだけど?」
「拳で、ですか?」
 あからさまに心配そうな顔をした御門に、悪戯めかして片目を瞑る。
「そ。見所のある奴は、ただ見回るだけじゃ分からないさね。拳を交えて見るのが一番手っ取り早いさね。ついでに、弱い者いじめのチンピラを叩きのめしてくるのもいいか」
「手‥‥手加減はしてあげて下さいね」
『海戦騎士』の名を持つネフィリムに掛かれば、その辺りのチンピラなど軽く捻っておしまいだろう。彼女の目の届く場所で悪事に励んだチンピラに僅かばかりの同情心を抱きながら、御門は日当たりの良い窓際の文机に座ったレムリィに視線を移した。羊皮紙やペンは、誰が用意したのだろう。聞いている話では、現在、この宿舎には彼らと世話役、フランシスと名乗った男しかいない。
「きっと、フランシスさんですね」
「ん? 何か言ったかい? 御門の坊主」
 小さく頭を振って、御門は羊皮紙に何やら書き付け始めたレムリィの傍らへと歩み寄った。
「人を募集する時に、入れて欲しい条件があるんです」
 顔を上げたレムリィが無言で先を促す。
「衣食住の保証。それから、宿舎は日当たり良し、お昼寝に最適」
 途端に、痛そうな音がしてレムリィが机に突っ伏した。跳ねたインクが羊皮紙を汚し、乾いていなかった文字を額に転写したレムリィが口元を引き攣らせながら御門を見上げる。
「あのね‥‥」
「駄目ですか? 大切な事だと思うんです。ベアトリスさんもおっしゃっていたじゃないですか。食べられて、凍えずに眠る事が出来て、着る物があって、働く事が出来ればいいって」
 にこにこと悪びれた様子を見せずに胸を張る御門に、一理あると頷いたのはヲークだった。
「俺達が作らなきゃいけないのは、街の人達が気軽に相談や頼み事が出来て、問題が起きる前にその芽を摘み取り、的確な処理を行える組織だと思うんです。そういう健全な組織の足場となるのが過酷な環境って言うのはちょっと」
 軽い口調で御門を援護した彼は、だが、と真面目な顔でレムリィに詰め寄った。
「応募して来るのが、好条件に釣られた連中ばかりって言うのは困ります。だから、ちゃんと書いておいて下さい。戦闘訓練等、一切手加減無しって」
「ま、そりゃ当然さね」
 その辺りは任せておいて。
「手加減、してあげてよね」
 ぱきりと指を鳴らしたネフィリムに、今度はシスティーナが御門と同じ言葉を漏らす。
「選抜試験も、ちゃんと評価基準を決めておかなければならないと思うんです。能力判定を行うのは勿論のこと、常識や判断力があるかどうか、そんな資質もちゃんと見極めなければなりませんし」
「そうよねぇ。能力も必要だけど、ちゃんと街の事、他人の事、弱い人の事を考えてあげられる人じゃなきゃ」
 組んだ指に顎を乗せて、レムリィは黙ったまま彼女らの話を聞いていたオイルをちらりと見た。
 頷いたオイルに、レムリィも頷き返してそれまでの内容を羊皮紙に書き留める。
「で、システィーナ? システィーナは何か意見がある?」
「私? あのね、私は白の神聖騎士だから、やっぱり教会の事とか気になるよ。バンパイアの脅威に一番対抗出来そうだったのが白の教会で、だからこそ、一番最初にバンパイアの脅威にさらされてたかもしれない。今、どうなってるのかな。教会の組織がしっかりしてこそ、ポーツマスの復興もちゃんと成ると思うんだ」
 教会は、人々の心の拠り所となる。
 システィーナの言う通り、バンパイアに支配されていた事を考えると真っ先に粛正されていたとも考えられる。確認しておいた方がいいかもしれない。そんな事を考えていたベアトリスやレムリィ、そして御門は次に続いたシスティーナの言葉に思考を止めた。
「もし司教さんがいるならいいんだけど、いないなら呼んで来ないと。ポーツマス騒動に関わった旅の司教さんがいるらしいから、事情を知っているその人に協力して貰えないかなぁ? 領主様から要請を出して貰って‥‥」
 がしりと、ベアトリスの腕がシスティーナの細い肩を掴む。
「システィーナの嬢ちゃん、悪い事は言わない。司教を呼ぶなら、その司教以外にした方がいい」
 うんうんと大きく頷くレムリィと御門。
 どうして?
 純粋な、当然な疑問を向けて来るシスティーナに、御門はそっと袖の陰で目頭を拭った。
ーそれは、その司教様が飲む、買う、打つは当たり前、今は度を越した甥馬鹿になっている方だからです。
 ‥‥とは、言えない。さすがに。
 冒険者として世の様々な事件に関わって来たとはいえ、まだまだ純粋な彼女に、汚れた大人の存在を知られたくはなかったのだ。
「白の教会の整備。確かに必要かもしれませんね」
 何と答えたらよいものかと悩む3人に、聖なる母の救い手が伸ばされた。
「お‥‥おや、メグレズの嬢ちゃん! おかえり!」
 大きく両手を広げて、ベアトリスは彼女を出迎える。その大仰な出迎えに、メグレズは思わず一歩後退ってしまった。
「一体、何事です? 1時間も満たない時間、別行動していただけなのに」
 事情を知らない彼女の手を取り一頻り振り揺らすと、ベアトリスは少々動揺を含んだ豪快笑いをして肩を叩く。
「まぁまあ、気にしないどくれ! で!? そっちはどうだったんだい!?」
 わざとらしい程に大きな声で、ベアトリスは彼女の首尾を尋ねた。
「え? ええ、それはお話しますが、私が居ない間に何が‥‥」
「あ、あたしもメグレズさんの話が聞きたいナ!」
「そ、そうですね!」
 やけに力の入ったレムリィと御門の求めに、メグレズは首を傾げながらも口を開く。
「資金の足しにして貰おうと思ったお金は、受け取って貰えませんでした」
 彼女の好意に礼を述べつつも、領主ウォルターはそれを受け取らなかったという。
「気持ちは有り難いが、なけなしの自尊心だ。分かって欲しい」
 苦笑混じりでそう言われては、メグレズも差し出した金を下げるしかなかった。
「だが、人々の為にと用意した保存食は納めて貰った」
 苦労してキャメロットからポーツマスまで、300個の保存食を運んだ甲斐があったというものだ。表情を和らげたメグレズの言葉を、領主の所まで同行していたフランシスが補足する。
「この街の状況は、彼女が危惧していた通りでね。春までの間に、どれだけの餓死者が出るかって心配していたから、正直、助かった。けどね‥‥」
 憂いを浮かべたフランシスに、メグレズは怪訝そうな視線を向けた。
 視線の問いかけに、フランシスは笑って首を竦める。
「今、この街は秩序というものが存在しないに等しいから。君が運んで来てくれた食糧が、それを必要としている人に必要としているだけ届くかどうか‥‥ね」
 その笑顔が、メグレズには泣き顔に見えた。

●踏みにじられた街の片隅で
「秩序が無いに等しい、か。確かにその通りのようだな」
 1つの林檎を巡って争う人々の姿に、オイルがぽつりと呟きを漏らした。
 街に出てさほど経たない間に、何度、そんな光景に出会っただろう。
 最初の内は、御門が仲裁に入ったりしていた。だが、それではとても間に合わない。彼らに出来るのは、痛みを抱えながら通り過ぎるだけだ。
「力こそが正義、というのは間違っています」
 憤慨したようにメグレズが吐き出す。
 ウォルターに紹介文を書いて貰い、真っ先に訪ねた街の顔役は、まともな男ではなかった。漁師だったという男は、その拳でもって人々の上にのし上がり、食糧を独占し、豪勢な生活を送っていた。彼の下に、街でのさばるチンピラ共が集い、ポーツマスの裏社会を支配しているとも言われている。
 元は、気の良い海の男だったらしいが、人は変わるものなのだ。
「彼らは力で街を牛耳っているみたいです。自警や行政の組織を立ち上げ、人を募ったとしても、果たして何人が参加してくれるのでしょうか」
 自分達の対抗勢力となる組織に汲みする者に対して、彼らがどのような態度を取るのか容易に想像がつく。
 どうやら、思っていた以上に大仕事になりそうだ。
「でも、このままあくどいヤツが幅をきかせる街にはしたくはないさね」
 苛々と舌打ちしたネフィリムの横を、突然に小さな影が通り過ぎた。その正体を確認するよりも早く、金切り声が響く。
「泥棒! 泥棒だよ! 誰かそいつを捕まえとくれ!」
 また、だ。
 息を吐いて、ネフィリムは踵を返して大股に歩き出した。
 影を追って幾つかの角を曲がり、入り組んだ路地裏を進む。大通りよりも更に寂れた路地裏は、太陽の光も十分に届いていないかのように薄暗い。饐えた匂いが鼻をつく中、彼女は今にも倒れそうな家屋の陰に隠れ、固まっている子供達の姿を見つけた。
「皆、喧嘩しないで食うんだぞ」
 寒空の下、見ているだけで寒々しい穴のあいた襤褸を纏った少年が、小さな子供達の真ん中に立ち、食糧を分け与えていた。がりがりに痩せた姿。彼自身も腹が空いているだろうに、自分は一欠片も取ろうとはしない。顔や腕、あちこちにある痣は、恐らく殴られた跡であろう。
「へぇ‥‥」
 死者に蹂躙された街で、死んだように生きる人々の中、ようやく生きている人間に出会った気がした。

●導きの手
 その頃、宿舎に残っていたレムリィとヲークは、人材選抜の要綱を纏める作業に没頭していた。
 組織を作るにはまず人材が必要だ。
「やっぱり、瞬間的な状況判断力を重視する必要があると思うんです」
「そうよねぇ。でも、能力重視も悪くないけど、足りないものは育てられると思うのよね。そのためのあたし達でしょ? だから、あたしは熱意と行動力に重点を置きたいの」
 意見を交わし合いながら、彼らはてきぱきと選抜のポイントを書き出していく。その作業は深夜にまで及んだ。
「あーあ、日頃から大事にしている頭を使ったら疲れちゃったわ」
 言いながら体を伸ばしたレムリィに、金銭的な条件を詰めていたフランシスが思わず吹き出す。横目で睨み付けると、彼はこほんと咳払って立ち上がった。
「では、お茶で一息つこうか。今、用意するよ」
「お茶? 領主秘蔵のワインとかじゃなくて?」
「それは、この街に新たな力が芽吹いた時の楽しみに取っておこう」
 軽口の応酬に笑って、ヲークは羊皮紙をくるくると巻くと大事そうに文机の上に置いた。
 それは、新しいポーツマスを築く為の礎だ。
「俺も、手伝おうか?」
 砕けた口調になった彼の問いかけに応える2人の声は、明るかった。