【暁の空】手を携えて

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 22 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月10日〜03月19日

リプレイ公開日:2007年03月23日

●オープニング

「おはよう! 諸君!」
 すちゃっと手を挙げ、元気よく室内に足を踏み入れた少女は、あまりに重い雰囲気に笑顔のまま無言で扉を閉め直した。
 扉の前で深呼吸を数回。
 改めて扉を開き、そおっと室内を覗き込む。
「‥‥ミリィ‥‥」
「あ、サミュエル。おかえり。」
 年頃の娘とは思えない、まるっきり不審人物な少女の姿に、旅装の友人兼保護者は額を押さえた。
「‥‥何をしている?」
「家政婦ごっこ」
 扉の隙間に顔を押し付けたまま、あっさりさらりと答えた少女に、彼の溜息はますます深くなる。
「どこで育て方を間違えたのか‥‥」
「育てられてないし!」
 頭が痛いと呟きながら、サミュエルは僅かに開いていた扉に手を添えた。
 そのまま力をこめて扉を全開にする。
「あ、こら! こーゆーのはこっそり覗き見するのが醍醐味ってモンなのに!」
「どういう醍醐味だ」
 室内にいたのは、ポーツマスの領主とその友人だ。
 深刻そうな顔をして黙り込んでいた彼らは、突然の騒ぎに驚いた素振りも見せずに2人を迎え入れる。
「戻って来たのか、サミュエル」
「ああ。‥‥世話をかけた」
「‥‥慣れた」
 短く言葉を交わし、男達は溜息をつく。
「なによ、なによ、辛気臭い顔して! どうしたの? 何があったの? 問題が起きたのなら、皆で分かち合うべきよ。さあ、話してごらんなさいな」
「そう期待に満ちた目で聞かれてもな‥‥」
 領主であるウォルターに詰め寄った少女に、サミュエルがごほんと咳払う。唇を尖らせた少女に苦笑すると、ウォルターは仕方がないと語り始めた。
「ここにいる者は、その思惑がどうであれ仲間だと思っているからな」
 そう前置きしたウォルターに、フランシスは眉を上げる。その皮肉げな表情に、サミュエルはミリセントを見る。
「何もしてないわよ、まだ」
「そう、ミリィは何もしていない。ダンカンの酒場に入り浸って飲み比べをし、着々と勢力を伸ばしているだけだ」
 き、と睨みつけたサミュエルに、ミリセントは視線を逸らす。
「ダンカンも彼の部下達も、このポーツマスで共に手を携えていく仲間だ。彼らと親しくなるのは悪い事ではないよ。でも、彼らはそう思っていないのかもしれないね」
 呟いて、フランシスは壁際で揺れる燭台の灯りを見つめた。ウォルターも、どこか苦しげだ。
「いったい、何があったんだ?」
 尋ねられ、口を開きかけたウォルターを制して、フランシスが語りだす。
「以前、この街の為に使って欲しいと冒険者から保存食や毛布が寄せられた。ウォルターは、それを街の命綱として手をつけずに保管したんだけど‥‥昨夜、それがごっそり盗まれてしまってね」
 苦々しい口調の理由は、それだけではなかった。
「保存食や物資は、この館の奥に保管されていた。でも、知っての通り、この館は君達と同じ冒険者や、ポーツマスの為にと名乗り出た者達が寝泊りをしている。誰にも見つからず、保管場所だけを狙って侵入し、大量の保存食や物資を盗み出すのは難しいと思うんだ」
 なるほど、とサミュエルは頷いた。
 だから、彼らはこれほどまでに難しい顔をしているのだ。
「ダンカンの手下が入り込んでいるらしいという話は聞いていたよ。でも、彼らもポーツマスの仲間達を危機に追いやることはしないと思っていた。けど‥‥」
 フランシスの言葉を継いだのは、ウォルターだった。
「皆が協力し合い、やりくりして何とかここまで食べ繋いで来た。だが、そろそろ食糧も底をつく。まずは子供達の保護施設の分を確保しようと話し合った矢先でな」
 このままでは、春を目前にしながら力尽きる者も出て来る。最後の最後で冬を乗り切れない。
 何故、同じ街の仲間を苦しめるのか。何の為に。
 苦しげにウォルターは頭を抱えた。
「何とかしなきゃね」
「‥‥ダンカンに通じている者を炙り出すのか」
 いや、とフランシスは首を振る。
「それは、彼らの間に入っている者達に任せよう。まずは、盗まれた保存食を奪還しなければ。ただし、盗んだ者達だけではなく、この館に集った者や保護施設を手伝ってくれる街の人々にも気付かれないように、だよ」
 街からの応募者の中にダンカンの手の者がいると思われる状況下だ。情報が漏れれば、先手を打たれてしまう。慎重に行く必要があろう。
「昨日の今日だから、まだ街の外に持ち出されたり、処分されたりはしていないと思うけれど、急いで手を打った方がいいと思う。そう彼らに伝えておいてくれないか」
 分かった。
 そう頷いたサミュエルの隣で、ミリセントが首を傾げる。
「それって、1人、2人が運び出せる量なの? 今のポーツマスじゃ、街の外どころか、街の中でも大量の荷物抱えてたら目立つわよ? 昨日の夜は、皆、いつもと変わらなく飲んでたし」
 ミリセントがダンカンの酒場に出入りしているのは、こういう時に少し役に立つ。
 複雑な顔をしたサミュエルを慰めるように、フランシスはその肩を叩いたのだった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●払暁
「ね、あたしも一緒に寝ていい?」
 微かに頬を染めたレムリィ・リセルナート(ea6870)の突然の言葉に、オイル・ツァーン(ea0018)とフランシスは飲んでいた香草茶を吹き出した。外がうっすらと白み始めた払暁の出来事である。
 げほごほと噎せ返る男達に怪訝そうな視線を投げかけながら、レムリィは小首を傾げた。
「駄目?」
「私は別に構わないけど?」
 あっさり了承したミリセントに、今度はサミュエルが疑惑の眼差しを向ける。それに気づいて、ミリセントは軽く唇を尖らせた。
「やあねぇ、別に取って喰やしないわよ」
「あ、じゃあ、あたしもあたしも!」
 自分の荷物を漁っていたレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)も元気よく手を挙げると、手にしていた物をオイルに押し付けてミリセント、レムリィの腕を取った。徹夜明けとは思えぬ元気の良さだ。
「ねえねえ、寝る前に女のコ同士の秘密の話しない?」
「あ、それイイ!」
 レヴィの提案できゃいきゃいと賑やかに楽しげに笑いながら去っていく彼女達の姿に、入れ違いに室内へ入って来た滋藤御門(eb0050)が首を傾げる。
「何かあったのですか? とても楽しそうでしたけれど」
「いや、何かあったというわけではないのだが‥‥」
 顔を上げると、肖像画の中のアグラヴェインと目が合う。オイルはげんなりと項垂れた。
「全く。年頃の娘達が揃いも揃ってバタバタと」
 やれやれと溜息をついたのはベアトリス・マッドロック(ea3041)だ。
 はて、と御門は今度は反対側に首を傾げる。
「まあまあ。彼女達も今まで遊んでいたわけではありませんし。一名を除いては」
 場を取り成そうと口を挟んだアクテ・シュラウヴェル(ea4137)も、今の今まで遊び歩き、酒の匂いをぷんぷんさせて戻って来たミリセントまでは庇い切れなかったようだ。
「それはともかく、一応、周囲の様子を調べて来ました」
 インフラビジョンを使えば視界は確保出来る。だが、館を宿舎としている者達に気付かれぬ範囲で建物の損壊状況を調査するとなると、難しい。
「修理箇所の調査として、後ほど、もう一度見てくるつもりですが、まずは保管庫の状態について」
 盗まれた物資を保管していたのは、館の地下にある石造りの貯蔵庫だ。
 窓などは一切無く、頑丈な木の扉とそこに至るまでの格子扉には鍵が掛けられていた。
「他の部屋の鍵は壊されていない所を見ると、犯人はやはり物資の在処を予め知っていたという事になりますね」
 淡々と続けられるアクテの報告に、オイルの眉間に皺が寄る。
「抜け穴のような物もないみたいです」
 アクテの報告に補足して、御門が困ったように笑った。
「一番怪しいのは、街からの応募者に紛れ込んでいるというダンカンの手下ですが、実際に調べてみない事には断定出来ませんし」
「そうだ」
 重く、オイルが御門に同意する。
 様々な状況が内部に犯人がいる事を示している。だが、そう思わせるように細工する事も出来ないわけではない。
「我々を疑心暗鬼に陥らせ、ギクシャクさせて内部から新組織を崩していくのが目的ならば、物資を持ち去る必要もない。短時間で運び出す事が難しいのであれば、どこかに隠すだけで事足りる」
 確かにと、仲間達が頷く。
「アクテさんの調査でも、僕の調べでも大量の物資を運び出せる経路はありませんでした。という事は」
「物資は、まだこの館内にあるとも考えられますね」
 御門の言葉をアクテが継いで、室内に沈黙が落ちた。
 それが何を意味するのか、分からない彼らではない。
「‥‥囮も兼ねて皆さんから頂いた保存食は、保管庫に入れて来ました。レヴィさんも言っていましたが、向こうも我々が盗難に気付いている事を承知しているはずですから、一応、警備を増強しています。それから」
 御門の報告を手をあげる事で遮って、フランシスは怪訝そうに眉を寄せた。
「警備の増強? それは聞いていないが‥‥」
 応募者達に気付かれぬようにが行動の条件だ。警備に人を割いたりしたら、彼らが不審を感じるではないか。
 フランシスの危惧を、御門は一笑に付す。にっこり笑って大丈夫と請け負う所を見ると、その辺りにぬかりは無さそうだ。
「それで、これからの事なのですが、館の裏に畑を作ってもいいですか」
 館の裏、畑‥‥保管庫や盗まれた物資、今後の対策に頭を巡らせていたフランシスには、その言葉がすぐには理解出来なかったようだ。目を瞬かせた彼に、御門は続けた。
「もうすぐ種蒔きの季節ですし、今のうちに土を作っておきたいんです。それに、水の確保もしておかないと」
 もうじき訪れる季節への期待を語る御門の様子を微笑ましく見まもっていたベアトリスが、ふと思い立ったようにフランシスへと向き直る。
「そういや、新しい司教としてホントにアンドリューの旦那を呼んだのかい?」
「? ああ、そうと聞いているが」
 フランシスの答えに、ベアトリスはああと天を仰いだ。
「‥‥ま、お堅いだけの司教様よりゃいいかもしれないね。これで教会も本格的に機能しはじめるだろうし。‥‥多分」
 最後の一言が非常に気になったが、怖くて聞けないフランシスであった。

●警備増強
「‥‥‥‥‥‥」
 たっぷり数十秒、メグレズ・ファウンテン(eb5451)は無言でそれを見下ろした。
 何だろう、これは。
 犯人を誘き寄せる為の囮とすべく、保存食と毛布、皮兜を追加しようと保管庫に訪れた彼女の行く手を遮るのは、何やら珍妙に鎮座する一体の像だ。動物を象っているように見えない事もないが、だぶついた腹の辺りや全体的に醸し出される雰囲気とかが何かに似ているような気もする。
「ただの人形ではないか」
 臆する必要はない。
 自分に言い聞かせて、メグレズは陶器で出来た人形を退かそうと手をかけた。
「‥‥‥‥‥‥」
 その、自分を見上げてくる黒い瞳。
 潤んでいるように見えなくもない瞳が、何かを訴えかけて来る。
 まるで精一杯の虚勢を張って扉を守護しているかのようだ。
 さらに逡巡すること数分間。
「出来ない‥‥。こんな哀愁を帯びた人形を無下に退けるなど、私には出来ないっ」
 抱えていた荷物が、紐でまとめて肩からぶら下げていた兜が床に落ちる。
 メグレズは、がくりとその場に膝をついた。

●やってきた暴走娘
 陽射しが、日々、少しずつ暖かさを増していくのを感じる。
 手を翳しつつ、天頂を目指す太陽を見上げてアクテと御門は互いに笑い合った。
「それでは、私はいつも通り街の見回りに参りますね。早く戻れたなら、お手伝いいたしますから」
「はい、お願いします。アクテさんもお気をつけて」
 視界の隅、徐々に大きくなっていく映像に気付かぬ振りをして、和やかな会話を口早に交わす。
「あと、館の修復計画の中に畑も組み込みたいと思うので、戻ってからでも必要な物を教えて下さいね」
 それじゃ、と互いに手を振り合い、そそくさとその場を離れようとしたその時、
「おや。どこかで見た事がある顔が」
 逞しい戦闘馬にまたがった金髪の娘が2人に声を掛けて来た。
 瞬間、2人は動きを止めた。
「朝のうちに到着出来てよかった。本当は、太陽が昇る前に着く予定でしたが、色々と予定外が」
「‥‥そうですか」
「おつかれさまです」
 話しかけられては、無視するわけにもいかない。出来るだけ見なかった事にしたかったのだが。
「ね、ねぇ、レジーナさん」
「何でしょう」
 勇気を出して、アクテは尋ねた。
「その‥‥後ろに荷物のように括りつけられたモノが人に見えるのは気のせいかしら」
「これ?」
 彼女、レジーナ・フォースター(ea2708)は、ちょんと首を傾げた。
「街に入った早々、食糧に手を出して来たので、とりあえずドツキ倒してみました」
 へぇ、そーですかぁ。
 引き攣り気味の口元を無理矢理笑みの形に作ると、アクテはソレを見た。丁寧に折り畳まれ、馬の左右にぐるぐると括り付けられ吊されているのは、街で荒んだ生活を送る少年達のようだ。
「まだ若いのに悪の道に走る者を見過ごす事は、私には出来ませんでした。ならば、本日より勤労の精神注入! この性根を叩き直してやりましょう!」
 口元に手を当てて、お上品に笑う。
「というわけで、まずは命名から。左がポチ! 右がタマ!」
「レジーナさん、それはどこかのゴブ‥‥」
 名付けられた少年達の手前、それがゴブリンと同じ名とは言えなかった。御門とアクテの哀れみの眼差しに気付いたのか、少年達は頻りに首を振ろうと藻掻いている。
「まだまだ父には及ばぬ若輩者ですが、いつか周辺の盗賊どもから「あそこにだけは足を踏み入れるな」「アイツは戻って来たが、昔のアイツはもう戻って来ないんだ」と言われるような土地にする為、まずは青少年の矯正から始めたいと思いますッ!」
「‥‥ある意味歪んでしまう気がしないでも‥‥」
 御門の突っ込みも、アクテの取り成しも、使命に燃えるレジーナの耳を素通りしていくだけだ。
 方向性は別にして、青少年の矯正、非行防止は間違いではない。
 アクテと御門は、そう自分を納得させたのだった。

●変わり始めた街
 街中にテントを張るというのは、思っていたよりも面倒な作業だった。テント設営に適した場所を選ぶと、大抵、瓦礫の山を片付ける事から始めなければならないからだ。だが、メグレズは黙々と瓦礫を片付け、杭を打った。
 今回の盗難事件は、外部にも内部にも漏らす事が出来ない。
 それ故に、仲間達は秘密裏に動いている。
 彼らが動きやすいよう、メグレズは街中の目を引きつける役目を担った。
 これから、崩れかけた建物は再生の為に取り壊される。生活の場を奪われる人々が仮の宿として使用出来るテントを設置する事は、仲間達の活動の名目でもある「修理計画」の一端を担う事にもなろう。
 しかし、いくらジャイアントとはいえ、折れた柱や崩れた壁を取り除くのは一仕事だ。特に、教会の石壁は難敵である。
「やれやれ。だが、仕方があるまい」
 太い柱の残骸に手をかけたメグレズの傍らから、別の手が伸びる。
 その反対からも、向かいからも、次々と手が伸びた。
「あんた1人じゃ大変だろ」
「俺達も手伝うぜ。ただし、腹にあんま力が入らねぇから、期待すんなよ」
 豪快に笑いながら腕まくりをしたのは、痩せこけた男だった。
「おい、そこら辺に扉が埋まってたろ! あれ掘り起こして持って来い! 一個一個捨てに行ってたんじゃ、時間の無駄だからな」
「あー、ガキは危ねぇから、テント広げる手伝いして来い」
 にわかに動き始めた周囲の人々に、メグレズの顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
 ついこの間までは、メグレズ達が何を始めようと無関心で、虚ろな目で見ているだけの者が多かった。ダンカンの報復を恐れ、貝のように目も耳も口も心も閉ざし、メグレズ達を拒絶する人々が多かった。だが今は‥‥。
「ほら、お姉ちゃん、行くぞ! せーの!」
 皆で力を合わせて柱を押しながら、メグレズはポーツマスが少しずつ変わり始めている事を改めて実感した。

●傷
「‥‥あたし達が寝てる間に、何があったのかしら」
 レヴィが怪訝そうに呟くのは当然の事だ。
 十分に睡眠を取った彼女達が談話室を覗くと、そこには疲労困憊しきった仲間の姿があったのだから。
「‥‥さあねぇ」
 一部始終を見ていたベアトリスは、仲間達の消耗の理由を知っている。だが、ここは何も言わず、言葉を濁しておくに留めた。
「それよりも、今は目の前の事だろ」
「それもそうね。で、お兄さん。何か話してくれる気になった?」
 忙しいとの理由でダンカンに面会を拒絶された彼女達は、標的を変える事にしたのだが‥‥。
「何度聞かれても知らんものは知らん」
 わざとらしい溜息をつく。ダンカンの部下達は、やたらと口が堅い。ミリセントが貸しがあると言って連れて来た男をうまく乗せて喋らせようとしたのだが、肝心な所に来ると黙ってしまう。
「‥‥あたし、ダンカンさんって悪い人じゃないって信じたいわ。ダンカンさんに感謝してる人だっているし、この間も黙って話を聞いてくれたもの」
 窺い見た男は、先ほどと変わらぬ憮然とした表情のままだ。
 これも駄目かとレヴィが先ほどより長い溜息をつく。
「じゃあ、ダンカンの親父の足と、家族の事。これだけでも教えてくれないかねぇ?」
 途端に、男の顔色が変わる。
 それをレヴィが見逃すはずがない。
「あっ! 何か知ってるんだ」
「い、いや‥‥」
「だって、今、顔色が変わったじゃない。知ってるんだ!」
 早口で捲し立てるレヴィに、男は頭を振る。
「知らねぇよ! 俺が知ってんのはダンカン様の女房と子供が街から逃げる時に死んじまったって事ぐらいだ!」
 え、とベアトリスがその言葉を聞き咎めた。改めてダンカンの情報を集めた際、彼の家族が亡くなった事は掴んでいたが、それが街から脱出した時の話であったというのは初耳だ。
「それは‥‥アンデッドどもに襲われて?」
「だから、そこまでは知らねぇよ。俺も仲間の話で聞いた程度なんだから」
 ベアトリスとレヴィは、互いに顔を見合わせたのだった。
 
●込められた想い
 冒険者達が物資を寄付したと聞いて、再度、行動に出る事を決意した。
 見張り番よろしく壊れた扉を押さえている置物を退け、そっと中に忍び込んだ。
 さほど広くはない部屋の中、確かに保存食や毛布、そして皮兜などが並べられている。だが、前回ほど数は多くない。これならば数度の往復で済みそうだ。
 頷き、手を伸ばし掛けて気付く。
 整然と並べられた保存食の一番上に置かれたもの。手布を敷いた上に、大切そうに置かれた小さな包み。
 手燭を床に置き、そっとそれを開く。
 中から零れた小さなものに、呆然と立ち尽くす。
 それに込められた想いが胸に迫り、気付けば頬に幾筋もの涙が流れていた‥‥。

●ポーツマスの希望
「盗まれた物資を、全て戻して行ったか」
 薄暗い地下の片隅で気配を殺して様子を窺っていたオイルが呟く。
 夜中、彼らの予想通りに現れた人影は、一旦保管庫の中に入ると、小さな包みだけを手に出て来た。その後、抱えられるだけの荷を抱えて何往復かし、先日盗まれた物資を元通り、保管庫に納めると、そのまま立ち去った。
「多分ね、あたし達の気持ちが伝わったんだと思うわ」
 黒いローブを着込み、オイルと共に潜んでいたレムリィが小さく笑う。
「気持ち? そう言えば、何か小さな包みを持っていたな。あれの事か?」
 ええ、とレムリィは頷いた。
「レヴィが街で譲って貰った、ポーツマスの希望よ」
 今は殻に覆われているけれど、芽生えさせるも腐らせるも彼ら次第。
 人影が持ち去ったのは、まさにポーツマスの未来そのものの「種」であった。