【希望の光】今は微かな光でも

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月02日〜02月11日

リプレイ公開日:2007年02月10日

●オープニング

●闇を知る者
「ダンカン様」
 遠慮がちに掛けられた声に、男はゆっくりと振り返った。
 いつのまにか酒場が賑わう時間になっていたようだ。騒ぐ部下達の笑い声がここまで聞こえて来る。
「あのお、どこかお加減でも?」
 心配そうに自分を見ているのは、漁師だった頃、面倒を見て来た青年だ。船の扱い方から網の打ち方まで、立派な漁師になるようにと、彼自身が1から教え込んだ。
 あの頃は、海に出て漁をして、仲間と一頻り騒いだ後は、家族が待つ家に帰るーー毎日毎日がその繰り返しで、こんな風に怠惰でつまらない日々がやって来るとは思ってもいなかった。
 あの日、街がおぞましい不死者に占領されたあの日までは。
「ダンカン様?」
「‥‥客は、もう帰ったのか」
 純朴で真面目が取り柄の青年は、今の堕落した生活に馴染めないでいるらしい。仲間と騒ぐよりは、こうして彼の身の回りの世話をしている方が多い。
「お客人は、帰りました。何か言われたんですか?」
「‥‥ああ。好き勝手言ってくれた」
ー女子供を助けた時の気持ちを思い出してご覧よ!
 気風のいい女と、猫のような娘、そしてじっと佇んでいるだけだったが隙のない男。
 彼らは、見事に彼の心を抉る言葉を放ってくれた。
 自嘲の笑みを浮かべて、彼は立ち上がった。
 片足を引きずりながら、広間へと続く扉に手をかける。
「‥‥思い出したくもないさ」
「ダンカン様?」
 醜い、街の連中を助けようとした愚かな自分の事など。
「だが、協力しろと言うのならば、してやろう。おい、気の荒い若い衆を何人か、領主の組織に送り込め」
 街を救う為の組織など、内側から食い荒らしてやる。
 浮かべる笑みが酷薄なものへと変わっていく様を、青年は辛そうな顔で見つめていた。

●朝の光景
「なんかねー、ダンカンの親父が企んでるみーたーいー」
 今日も朝帰りのミリセントが、部屋に引っ込む前に珍しく談話室を覗いたかと思えば、そんな事を言う。
 朝食前の一時、ウォルターから回って来た資料を呼んでいたフランシスが怪訝そうに顔を上げた。
「‥‥珍しいな、ミリセント。お前がそんな事を教えてくれるなんて」
「悪い〜? 今日はね、気分がいいんだよ」
 ひょこひょこと部屋の中に入り込むと、長椅子の上に猫のように寝転がる。
「ダンカンの部下達と仲がいいから、彼らの仲間になったのかと思っていた」
「仲間なんかじゃないよ。あんた達の仲間でもないけど」
 くすくす笑って身を起こすと、ミリセントはフランシスを覗き込んだ。
「あたしは面白ければそれでいいの。歌に出来るような面白い事が起きればいいのにねっ」
 大きく息を吐き出して、フランシスは非難めいた視線をミリセントに向ける。
 だが、それは、余計ミリセントを楽しませただけに留まったようだ。
「ま、頑張ってよね。‥‥ところで、何見てるの?」
 手元を覗き込んで来るミリセントに、一瞬、フランシスは羊皮紙を引き寄せかけた。けれど思い直して、羊皮紙を彼女に手渡す。
「以前、冒険者から上がっていた要望。ウォルターからの返答が戻って来たんだ」
「ふぅん、なになに? 炊き出し、街の見回り、相談所、親を失った子供の保護施設に街道の整備、それから、街の人達の記録? これ、全部やるの?」
 驚いて問うて来る娘に、フランシスは苦く笑ってみせた。
「全部、街に必要だと思うから、出来たらいいんだけど。でも、ちょっとね」
 全てを整備するには先立つものが足りない。
 金がかかる事だらけで、ポーツマスは財政面でも危機に瀕しているのだ。
「お金の問題はあるけど、出来るものからやっていかないと。とりあえず、ウォルターは子供達の保護は優先させるってさ。領主館の一部を提供するから、そこで街の子供達を保護する。子供達を集めるのは、人材募集に応募して来た連中にやらせてみようと思うんだ」
 試験が出来る程、応募者が集まっているわけではない。だが、このまま遊ばせておくわけにもいかない。
 適性を見る意味も兼ねて、応募者に子供の保護を任せるというのがフランシスの考えだ。
「冒険者には、子供達を集める手伝いをして貰おうかと思っていたんだが‥‥」
 ダンカンにおかしな動きがあるのならば、応募者の安全を守る事も依頼に入れておくべきだろうか。
 考え込むフランシスを面白そうに見遣って、ミリセントはひらひらと手を振った。
「とにかく、伝える事は伝えたし、あたしはもう寝るから。おやすみ〜」
 それは、朝の挨拶ではないだろう。
 そう突っ込みを入れようと顔を上げるも、既にミリセントの姿はなく。
 フランシスは肩を竦めて再び羊皮紙へと視線を戻したのであった。

●今回の参加者

 eb2288 ソフィア・ハートランド(34歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb8346 ラディオス・カーター(39歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb8491 姜 珠慧(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb9033 トレーゼ・クルス(33歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb9534 マルティナ・フリートラント(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec0962 シュマリィ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

●保護施設
 今のポーツマスでは、壊れていない建物を探す方が難しい。
 領主の館でさえ、そこかしこの壁が崩れている。それは、館を根城にしていたバンパイアと冒険者との死闘の名残だ。けれど崩れているとはいえ、領主の住まう場所。客に対して恥ずかしくないように最低限の修理は施されている。
 冬の海からの冷たい風が吹き付けてくる街中の家々よりは遥かにましだ。
「‥‥そんな所じゃ寒いだろう」
 立てかけられた薄い木の板の陰で震えている少女を驚かせないように静かに膝を折ると、トレーゼ・クルス(eb9033)はそっと手を伸ばした。冷え切った少女の額から伝わる高い体温。
「熱がある。‥‥領主様が君達の住む場所と食事を提供してくれるそうだよ。よければ来ないかい?」
 目を瞬かせて見上げて来る少女に、トレーゼは笑いかけた。
「今、君に必要なのは暖かい寝床と暖かい食事だよ。何も心配しなくていいんだ」
 おずおずと伸ばされて来る手を取り、うまく体を支える事が出来ない足の代わりに、抱え上げる。
 少女のあまりの軽さに、トレーゼは痛そうに顔を顰めた。
「仲間もいるし、大丈夫。すぐに皆とも仲良くなれるから」
 通りの入り口で心配そうに佇んでいたロイに片目を瞑り、トレーゼは少女を抱えたまま、その横を通り過ぎた。
 施設で保護する子供達をリストアップする際、彼が真っ先に挙げたのがこの少女だ。スレイブと化した両親に襲われ、守護騎士に救われたものの心の傷が深く、言葉が話せなくなったという。
 だが、心に傷を負った子供は少女だけではない。
「そして、僕達も領主様も万能ではない‥‥か」
 新組織募集に応じた街の者の中には、子供の選別に反対する意見も出た。子供達全員を平等に扱うべきだと主張する者達に、トレーゼ自身が言った言葉を繰り返す。
 怪訝そうに見上げて来る少女に何でもないと笑って、トレーゼは足を速めた。
「おや、可愛いお嬢さんですね〜」
 子供達の保護施設に提供された館の中で、準備に追われていたディディエ・ベルナール(eb8703)は、トレーゼが抱えた少女の姿に思わず笑みを漏らした。
 痩せ細り、骨が浮き出た少女の姿は、お世辞にも「可愛い」とは言えない。だが、トレーゼの腕の中から恐る恐るといった様子で顔を出している少女が、まるで森の中で出会う小動物のように思えた。
「ちょっと熱があるみたいだ。頼めるかな」
「はいはい、お任せ下さいね〜。あ、珠慧さん」
 街の青年と組んで、子供の保護に出掛けようとしていた姜珠慧(eb8491)を呼び止めると、ディディエはトレーゼから少女を受け取る。
「お忙しい所を申し訳ありませんが、ちょっと手伝って下さい。女の子ですから、私だけではちょっとですね、その」
「ああ、はい。分かりました」
 ディディエの言わんとしているところを察して、珠慧は頷いた。
 傍らの青年を振り返ると、にっこり微笑む。
「ユージンも、構わないわよね?」
「勿論」
 ユージンと呼ばれた青年が答えると、珠慧はそのほっそりとした指先を顎に当てた。
「そうね、まずお湯が必要ね。それから清潔な布。ユージン、お願いしてもいいかしら?」
 踵を返す青年の後ろ姿を見送って、佇むトレーゼへと意味ありげな視線を投げる。トレーゼの口元に皮肉げな笑みが刻まれた。
「この調子じゃ、応募者全部が怪しいという事になりそうだ」
 溜息をつきながら、ラディオス・カーター(eb8346)がトレーゼの隣に並んだ。
 子供達の絞り込みと並行して、施設設備の確認や領主との交渉など細々とした雑事を片付けているせいか、どこか疲れた様子だ。目頭を揉み解すラディオスを一瞥すると、トレーゼは無表情を装って尋ねる。
「そんなに‥‥か」
「まぁな。疑いだしたらキリがないというやつだ」
 周囲の耳には届かないよう潜めた声で交わされる短い言葉は、状況報告と情報交換だ。仲間達からの話を元に、応募者の中に潜り込んでいるダンカンの手下を特定するのも、彼らに課せられた役目の1つである。
「ラディオスさん、連れて来た子供はどうすればいいんですか」
「病の子供は一旦、ディディエさんに預けてくれ。元気な子供には広間でスープを飲ませてやれ」
「ラディオスさん、毛布が足りないんですが」
「領主の所から追加を貰って来た。入り口の所に積んであるから、必要なだけ持っていってくれ」
 会話の間にも、応募者や手伝いを申し出た者達がラディオスの指示を仰ぎにやってくる。元傭兵である事を明かしているラディオスが、素人同然の応募者達から頼りにされるのは当然の成り行きと言えよう。
「ところで、そちらはどうなっている?」
「庭園の一部を畑にする許可は得た。‥‥ここの連中に自分達だけで問題を解決するという気概を思い出させるのは、少々骨が折れそうだが」
 トレーゼは、表向き代書人となっている。
 保護された子供達の名簿を作ったり、応募者や手伝ってくれる街の人々の登録などの事務仕事を一手に引き受けてはいるが、それも「応募者」の範囲での事だ。もう少し、後少しと思うが、過分な支援はポーツマスの人々の為にならない。
「いつまでも我々が助けるわけにもいかないしな。‥‥仕方がない」
「まぁな」
 自分の足で立つ事も出来なくなったポーツマスを、そうと知られぬようにそっと支える。それが、彼らの役目だった。

●消えた物資
 物資の在庫を確認して、ディディエは眩暈を起こしそうになった。
「‥‥確か、食糧と生活用品の量から保護出来る子供の人数を決めたはずですよね〜」
 その数から、優先的に保護する子供を選出した。
 親を失った子供のうち、怪我をしている者、病に苦しんでいる者が最優先。
 そして、生活全般、まだ大人の手を必要とする子供。
 一般の応募者の中でも、子供といって差し支えない年頃の少年、ロイの意見を交えながら、ディディエ自身も保護する子供の割り振りに携わったのだ。なのに。
「これは一体どういう事なのでしょうか」
 ここに到着した日、真っ先に確認したのだ。間違いなく、食糧等の必要物資はこの部屋の中に積まれていた。子供が増えたとはいえ、数日で半分以下に減ってしまうなんて有り得ない。
 となると、考えられる事は1つ。
「さて、どうしましょうかねぇ。子供達を街に返すなんて出来ませんし」
 苦く呟いて、ディディエは部屋の扉を閉めた。
 仲間はともかくとして、まだ応募者に知られるわけにはいかない。
「目先の衣食住にも事欠く有様では、復興どころではありませんね〜‥‥」
 ポーツマスは、独力では立ち直れないかもしれない。
 そんな思いが、ディディエの頭を過ぎっていった。

●不確かな挑戦状
 仲間達が忙しなく動き回っている様子をちら見して、ソフィア・ハートランド(eb2288)は腕を組んで大仰に溜息をついた。
 保護すべき子供達について語らっていた応募者達が会話を止め、怪訝そうに彼女を見る。
「子供を保護するって簡単に言っているけど、保護するってどうすればいいんだ?」
 彼女の独り言に、何人かが呆れたと言わんばかりの表情を見せる。
ー食いついた。
 内心でほくそ笑みながら、ソフィアはもう一度大きく息を吐き出した。
 ラディオスや仲間達の話では、この中の全てがダンカンの手先でもおかしくはない状況だという。ここにいるほとんどが、表だったダンカンの妨害が無くなった後に応募して来た者達だ。確かに、有り得る話だ。
 けれど、とソフィアは思う。
 ポーツマスの為、ダンカンに睨まれる事を覚悟して応募して来た人も、きっといるはずだと。
「親がいない子供‥‥って、親がいなくても使用人が世話してくれるだろう?」
「ソ‥‥ソフィアさん」
 あっけらかんと言い放ったソフィアに、周囲の者達はさすがに唖然としたようだった。
 彼女が指名し、今回、強制的にコンビを組む事になったハロルドがおろおろしている様を不思議そうに見遣って、ソフィアは続ける。
「病人とかも、教会や治療院が保護しているだろうからな。これも、気にしないでいいな」
「この街の教会は機能してませんよ〜っっ」
 これ以上、周囲の顰蹙を買いたくはない。
 素朴で純朴そうな青年は、だらだらと冷や汗を掻きながらソフィアの腕を引っ張った。
「痛い。何なんだ、ハル」
「いえ、だからですね。えーと、そろそろ子供達を迎えに行きませんか?」
 とぼけて首を傾げてみせたソフィアが僅かに目を眇めた事に、彼は気付いているのかいないのか。
 ひょろりとした見かけに似合わぬ手をしている。それから、剣ダコも。
「ふふん」
 面白いじゃないか。
 ポーツマスの住民でもないようだし、素性も定かではない。
 簡単に尻尾を見せてくれそうにはないが、この男がただの「応募者」でない事ぐらい、お見通しだ。
ーどこまで隠し通せるかやって貰おうじゃないか。
 真面目な顔でソフィアの関心を逸らす為の言葉を並べている青年の横顔を見つめて、ソフィアは笑った。

●影の住処
 視線を感じる。
 精神を研ぎ澄まし、柊静夜(eb8942)は視線の主を探った。
 自分を取り巻く子供の向こう、共に子供達を保護しに来た一般の応募者‥‥。
 周囲に溢れる気配の中、流れて来る僅かな悪意を辿って静夜はゆっくりと瞳を巡らせた。
 壊れた建物、折れた柱の陰で息を殺し、こちらの様子を窺っている者がいる。
「あら? 静夜さん?」
 泣きじゃくる子供をあやしていた珠慧に微笑みで応えて、静夜は人の輪を抜けた。何気ない風を装って、ゆっくりと歩いていく。影が潜む柱とは逆の方向へと。
「‥‥」
 その姿を見つめるユージンに気づき、珠慧は明るく彼に声を掛けた。
「ユージン、この子をお願い出来る?」
「ええ」
 軽々と子供を抱き上げた青年に、「あら」と珠慧は笑う。泣いていた子供が、抱き上げられた途端に泣き止んだのだ。それどころか、ユージンの首に細い腕を回してぎゅっとしがみつく。
「この子、ユージンがいいみたいね」
 くすくすと笑う珠慧に、ユージンは困ったような照れたような複雑な表情を見せる。首筋に押しつけられる泣き濡れた子供の顔や温もりにも戸惑っている風だ。
「もしかするとお父さんを思い出しているのかもしれないわね‥‥」
 こんな幼い子供が、どれほど辛い思いをして来たのだろう。
 そう思うと胸が痛む。
「この子達が失った温もりの代わりにはなれないかもしれないけれど、少しでも癒してあげられたらいいわね、ユージン」
 珠慧の呟きに答える代わりに、ユージンは抱き上げた子供の頭を小さく撫でたのだった。
 そんな珠慧達の遣り取りは、建物と建物の間からでもはっきりと見て取れる。
「思っていた以上に、見通しが良い場所でしたのね」
 子供達を集める為に相応の広さが必要だからと、あの場所へと案内したのは一般応募者の1人だった。もしかして、と静夜は目を細めた。しかし、確かに子供を集めるには丁度良い場所だ。他意はないのかもしれない。だが。
「誰が妨害者で誰が協力者なのか‥‥見極めるまでは気が抜けないという事ですね」
 鞘走らせて、静夜は気配を消す。
 ぐるり遠回りをして、彼女は不審人物が身を隠す場所へと近づいていたのだ。
「あれ? こんな所でどうしたんですか? 静夜さん」
 後少しで、その人物の姿が確認出来るという所で掛けられた声に、静夜は飛び上がった。彼女の反応に、声を掛けて来た相手も驚いて動きを止める。
「ア‥‥アリアスさん? あっ!」
 柱から飛び出す人影に気付き、静夜は慌ててその後を追った。
「お待ちなさい!」
 入り組んだ路地裏を、影は素早く駆け去って行く。
 足は静夜の方が速い。しかし、ポーツマスの街が影に味方した。袋小路に行く手を遮られ、静夜は弾む息を押さえながらぎゅっと拳を握り締めた。
「静‥‥夜‥‥さんっ、いま、のっ」
「アリアスさん」
 追いついたアリアスの顔からは血の気が失せていた。言葉がつかえているのは上がった息のせいか、それとも泣いているからか。
「ぼ、ぼくが邪魔を‥‥」
「アリアスさんのせいだけじゃありませんよ。それに‥‥」
 アリアスの肩を優しく叩いて、静夜は道を阻む木の塀を見上げた。
「どうやら、逃げ切られたわけではなさそうですし」
 塀の向こうに垣間見える建物には見覚えがある。
 それは、彼女達が子供達の保護施設に使用している領主の館。街からは距離があると思っていたけれど、その外れはどうやら街に隣接しているらしかった。

●誓い
 保護する子供達を選ぶ。
 それは、マルティナ・フリートラント(eb9534)にとってひどく心が痛む事であった。
 助けが必要なのは、どの子供も同じ。
 けれど、全ての子供を救えるだけの余裕があるわけでもない。
 頭では理解しているつもりだったが、心は納得してくれない。
「‥‥ごめんなさい」
 蹲って動こうともしない親子の姿に、マルティナは小さく謝った。謝らずにはいられなかった。
ーこの子達が救われるかどうかはまだ先の事だ。
 施設に保護された子供達を見て、仲間が呟いていた言葉を思い出す。
 保護された子供達でさえ、先が見えないのなら、保護されなかった者達はどうなるのだろう。
 考えるよりも先に体が動いていた。
 動く気力も無さげな親子に駆け寄ると、マルティナは冷えた体に手を添えた。
「さ、立って下さい。教会があった場所に、温かい食事が用意されています」
 食事という言葉に、母親が顔を上げる。
「この、子に」
「ええ、この子にも、お母さんにも。ですから、そこまで頑張って下さい」
 足下が覚束ない様子の母親を支えて立ち上がらせると、マルティナは教会跡地の方角を指さした。
「分かりますね? 教会があった場所です。食事をして、生きて下さい。この子と」
 母親が頷いたのかどうか、マルティナには判別がつかなかった。
 だが、よろよろと教会跡地へと向かう親子の姿に、生きる気力がまだ残っている事だけは感じ取れた。
「生きて下さい‥‥」
 その後ろ姿に、マルティナは祈りを捧げる。
「救えぬ子のいない街を作るため、今は救うべき子を選ばねばなりませんが‥‥ですが」
 どうか生き延びて。
 いつか、一緒に笑い合える日が来るから。
「きっと。絶対に」
 どれほど自分の心が血を流そうが、その日を迎えてみせる。そんな街を作って見せる。
 自身に誓いながら、マルティナは去っていく親子に背を向けた。