【嘆きの聖女】清らかなる女
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 34 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月17日〜04月26日
リプレイ公開日:2008年05月03日
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●オープニング
ポーツマスの領主、ウォルター・ヴェントリスからキャメロットのギルドへと依頼が届いたのは、春から冬に逆戻りしたかのように寒い日だった。
かつては、港町を中心に栄えた街、ポーツマス。
しかし、その繁栄をもたらしたのは、領主として君臨していたバンパイアであったという事実。
バンパイアが支配する死者の街だった過去は、今もなおポーツマスに暗い影となって圧し掛かっている。
冒険者の手助けにより、街の治安が回復の兆しを見せ、闇の中を彷徨っていたポーツマスの人々にも暁が訪れたが、港を利用する商人達が未だに戻ってこない事や、他の街から孤立している現状は変わらない。
協力者の尽力にも関わらず、ポーツマスは再び冬の時代へと戻りつつあった。
「聖女の真贋を確かめて欲しい?」
そんな状態のポーツマスから、領主直々の依頼。好奇心から依頼状を覗き込んだ冒険者が、素っ頓狂な声を上げた。
「聖女の真贋なんて、どうやって確かめるって言うんだよ? 聖なる母にお伺いでも立てるのか?」
「続きを良く読んでご覧なさいよ」
女冒険者に窘められて、冒険者はしかめっ面で続きを読み始める。
「ポーツマスの外れに、聖女と呼ばれる女がいる。側仕えの者達の話によると、かつて聖杯を探す導となった聖人の一人であるらしい。訪れる病人を癒し、断たれた指までも、元に戻す事が出来ると評判で、ポーツマスの人々の多くが彼女の信者となりつつある」
聖杯と聞いて、冒険者達の表情が改まった。
聖杯探索には、ギルドも深く関わっていた。当然、冒険者の中にも、その探索に携わった者もいる。
「しかし、一方で、金品を持つ者からの寄進を受けているとの報告もある。貧しい者達、困っている者達の援助の為だというが、冒険者が始めた街の人々への援助は、今も継続的に行われている。援助がおこなわれている様子もない‥‥か」
聖女と金。
聖女も生きていく為には金が必要だろう。水はワインに変わらないし、割けば割く程にパンが増えるわけでもない。食べ物も着る物も、金で購うのだ。なのに、「聖女」と「金」の言葉に胡散臭さを感じるのは、俗世にどっぷりと浸かっているからか。
「ポーツマス司教、アンドリュー・グレモンが聖女のもとへと使者を立てたが、「権力に阿る者は去れ」とすげなく追い返された。未だ、我々は聖女の真贋を見極め切れない。そこで、聖人、聖女を良く知るという冒険者ギルドに、この見極めを依頼したく‥‥だってさ。どうする?」
どうすると問われても、と女冒険者は考え込んだ。
彼らが知る聖人は、聖杯の伝承を継ぐ者達だ。「神に仕える者」ではない。だがしかし。
真実の聖女か、それとも聖女を騙る女か。
「とりあえず、その聖女様とやらに会ってみない事には何も始まらないわよね」
すべては、そこから‥‥。
●リプレイ本文
●聖女
差し出された「紅絹の装束」と10Gを、その女性は礼を述べつつも静かに押し返した。
「これは私からの気持ち‥‥困っている者を見捨てず、人々を救いたいという貴女の心に、そして、私が失くしてしまった安らぎを取り戻して頂いた事への感謝の気持ちです」
有無を言わせぬ強さを言葉のうちに込めて、アリスティド・ヌーベルリュンヌ(ea3104)は、彼女の目をまっすぐに見る。
見返す女性は、深く澄んだ瞳をしている。
嘘も偽りも内包しない、穏やかな眼差しだ。
「そうおっしゃって下さる貴方様のお気持ちは、とても嬉しく存じます。ですが、私は利を得る為にこのような事をしているのではありません」
「しかし」
アリスティドは食い下がった。
ここで引くわけにはいかない。もう少し、情報を引き出さねば。
「しかし、聖女アンジェ。人々を救う為には必要でしょう? 金も、物資も天から降ってくるわけではない」
「勿論でございます」
答えたのは、女性ではなかった。
部屋の隅に控えていた彼女の側付きの男‥‥マルクという名の小柄な青年だ。
「そのようなお品は、我らの行いに賛同して下さる方が用意してくださっております」
「ならば、私も‥‥」
いえ、とマルクは頭を振った。
「我々にご協力下さっているのは、我々の活動を深く理解し、心からご賛同頂いた方。そして、我々への寄進が負担にならない方。人々の為にと寄進を寄せて頂いても、それがその方の生活を圧迫するのでは、本末転倒ですから」
上目遣いに笑ってくるマルクの卑屈な表情に、アリスティドは僅かに眉を寄せた。
「‥‥なるほど。はした金は受け取らぬという事ですか」
「どうかお気を悪くなさらないで下さい。お気持ちは、とてもありがたいと思っているのです。ですが」
俯いた彼女の表情は、どこか悲しげだった。アリスティドの好意を無下にしてしまう事を、申し訳なく思っている様子だ。そこにも、やはり偽りの心は見えない。
だが、とアリスティドは内心舌打ちをした。
寄進を受ける対象を、聖女を熱烈に信奉する富裕な者に限定しているのは、良策だ。
真実、人々の為を思う彼女の選択が功を奏したのか。それとも、別の者が考えついたのだろうか。
当たり障りない言葉で彼女を慰めながら、アリスティドは考えを巡らせた。
●司教の館
久しぶりに会ったその男は、相変わらずのようだった。
「いつも、そのようなお姿ですね。‥‥‥‥お好きなのですか? 縛られるのが」
「そんなわけあるかーっ!!」
ぐるぐる巻きにされた男の傍らに膝をついて、御法川沙雪華(eb3387)は考え込むように首を傾げた。
本人は力一杯否定しているが、簀巻き率の高さを考えれば、あながち違うとも言い切れず‥‥。
「それがご趣味だとしても、偏見を持ったりは致しませんわ。趣味は、それぞれ個人の自由で」
「だから、違うと言うとるだろうがーっ!!」
余程、「趣味・縛られる事」と認定されるのが嫌なのか。それとも、縛られた状態でいるのに限界が来ているのか。常であれば、この男、女性相手にここまで叫んだりはしない。
美人に対しては、どこまでも似非紳士の皮を被る男、アンドリュー・グレモン。悲しいかな、このポーツマスの選任司教である。
「カムくん、ヒューさん、ナマステ!」
胸の前で手を合わせたシータ・ラーダシュトラ(eb3389)は、いつもの事と、司教の事はさくっと無視をして顔馴染みと早速情報交換を始めている。
騒がれて説教されるのもうっとおしいが、きっぱりスルーされるのも寂しいものだ。
簀巻きのまま、ごろんと転がって背中に哀愁を漂わせるアンドリューの髪を、沙雪華はそっと撫でた。
「本当にもう、困った方ですね」
髪を撫でる優しい手。
苦笑まじりの笑みは、それでも慈しみに溢れている。
「君は‥‥」
じわりと、アンドリューの目元に涙が浮かぶ。
「君という女性はァァァァーッ!」
ごろんごろんと勢いをつけて転がると、彼は沙雪華へと飛び掛った。腕が自由であれば、大きく広げたいところだが、今は贅沢を言えない。感激に瞳を潤ませ、聖なる母のごとき笑みを浮かべる沙雪華と抱き合う。
‥‥はずだった。
「まったく。油断も隙もありゃしない」
熱をもった拳を、ひらひらさせながら冷やしているのはシータだ。
「いい加減、大人になれよな、おっさん」
机に頬杖をついたまま、カムラッチは大きく息を吐き出した。彼の足の下には、一本の縄がしっかりと踏みつけられている。
「お恥ずかしい事で」
額を押さえ、溜息をついたヒューイット・ローディン。アレと血が繋がっている彼に、誰もが同情を禁じ得なかった。
沙雪華に辿り着く直前、情け容赦ない一撃を浴びて床へと沈み込んだ簀巻きの変質者は、繰り返すようだがポーツマスの選任司教である。今頃、彼を選んだ者が激しく後悔しているような気がしてならないと、シータは窓の外へと視線を逃がした。
「ところで」
黄昏れる仲間達とその原因を目の当たりにしても動揺ひとつ見せず、沙雪華はおもむろに本題へと入った。
「こちらに伺う前、ギルドで少々調べ物をしたのですが、これといった情報は得られませんでした。司教であるアンドリュー様は、かつて聖杯探索に加わった高位の聖職者である女性の噂をご存知ではありませんか?」
しん、と室内が静まり返った。
じたばたと、ひっくり返ったヲトメの天敵Gのように足掻いていた男も動きを止める。
「あの?」
怪訝そうな沙雪華に、シータは額の汗を拭う素振りを見せた。
「さすがだよね、あれが世界最強と言われるヤマトナデシコの真髄なんだ‥‥」
「なーなー、ヤマトナデシコって何だ?」
「東のジャパンに生息する、最強の女戦士の事だよ」
「嘘を教えないように」
こそこそと交わされる会話に、沙雪華は更に首を傾げた。自分が話題になっているような気がするが、微妙に自分の事では無い気もする。
そして、今はそれを追求している場合でもないのだ。
「アンドリュー様?」
はっと我に返ったアンドリューが慌てて首を振る。
「聞いた事はない。そんな女がいたのなら、とっくにものに‥‥‥ぐはあっ!?」
背中を思いっきり踏みつけられて、彼は潰れたGのごとく床に張り付いた。踏んでいるのは、きらきらと眩しい笑顔を不自然に振りまいている彼の甥だ。
「そういえば、街で聞いたんだけど、この街の聖女さんはアンジェって名前なんだって? もしかして、ウィンチェスターのアンジェさんなの?」
ウィンチェスターから共に連れて来られ、聖女と呼ばれていた娘の姿を思い出しつつ、ヒューは頭を振った。
「わかりません。我々は、聖女に会わせて頂けないものですから」
●噂と真実
マルティナ・フリートラント(eb9534)は、行き詰っていた。
街で聞く事が出来る「聖女」の噂に、目新しいものはなくなってきた。曰く、怪我を癒し、病を治してくれる有難い御方。誰にでも優しく、聖なる母のよう。
だが、マルティナが欲しいものは、そんな噂話ではない。
「さて、次は」
聖女の館へと列をなす人々を眺めやって、マルティナは小さく頷いた。
聖女に縋ろうとする者達に紛れ、実際にその慈悲に預かるというのはどうだろうか。金品の流れを追って忍び込んだ沙雪華とシータの話では、館は人々に開放されており、警戒が厳重なのは、常に誰かが側にいる聖女の周辺だけだったという。
「病を癒す力が本物か否か、見極めさせて頂きましょう」
そっと、列の最後尾に並ぶと、マルティナは人々に倣って地面に座り込んだ。膝に顔を埋めながら、周囲の声を拾う。
どれくらいそうしていただろうか。並ぶ者は増える一方で、減る気配もない。太陽の位置は刻々と空を動いていくのに、聖女の館へと続く列は動かない。時折、外回りの警備をする者が巡回してくる程度で、後は放置されたままだ。
マルティナは眉を寄せた。
並ぶ人々の中には重病人もいるかもしれないのに、この状態。
聖女様の慈悲は、館に入った者にしか注がれないとでも言うのだろうか。それでも一縷の希望に縋る者達が哀れだ。
暗澹たる気持ちを閉じ込めるように胸元を押さえたマルティナは、ふと顔を上げた。
彼女の並ぶ列の横を通り過ぎていく馬車。
その向う先は、聖女の館だ。
「ああいうお金持ちは、並ばずに聖女様にお会いする事が出来るんだよ」
前に並んでいた老婆が小声で教えてくれた。
「まあ。どうしてですか?」
肩を竦めて、老婆は笑う。
「そりゃあ、持ってるものがあたしらとは違うからさ」
「でも、聖女様は貧しい者、困っている者の為に‥‥」
マルティナの言葉に、周囲の者達がどっと笑い崩れた。
「そうだよ。でもね、お嬢ちゃん。病も死も、金持ちも貧乏人も関係なく平等に訪れるものだからねぇ」
「多く寄進してくれる奴らを、聖女様も無下には扱えないんだろうて」
口を開きかけて、マルティナは視線を巡らせた。
馬車が走り去っていった先から、警備の男達に腕を掴まれ、少女が引きずられて来る。
「なんであたしの父さんを、聖女様は治してくれなかったの!? ねえ、なんで父さんは!」
訳知り顔で、老婆が耳打ちする。
「あの子の親父はね、聖女様の館に行きながら助からなかったのさ」
「‥‥どうしてですか」
さて、と老婆は首を竦めた。
「聖女様の癒しに預かる資格がなかったんじゃないかという噂だけどねぇ」
泣きわめく少女の腕を掴んだ男と目が合う。小さく頷きを交わして、マルティナは老婆へと向き直った。
「お婆さん、教えて下さい。病に苦しむ人に、聖女様は何をして下さるのですか」
「何って‥‥清潔な寝床を与えられるだろ。それから食べ物だ。そして、聖女様が祈って下さるのさ。そうしたら、皆、気力が湧いてくるって言うよ」
老婆の言葉を口の中で繰り返し、マルティナは館を見つめた。