【嘆きの聖女】慈しみの代償

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 34 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月09日〜08月18日

リプレイ公開日:2008年08月16日

●オープニング

●疑念
 前髪を揺らした湿気混じりの生暖かい風に誘われて、ポーツマス領主ウォルター・ヴェントリスは窓の外へと視線を遣った。いつの間にか、灰色がかった雲が空を覆っている。雨でも降るのだろう。
 息を吐き出して、彼は部下から渡された資料を机の上に放り投げた。
 それは、ポーツマスに居を構えた「聖女」と名乗る女性と、彼女を取り巻く信者達の報告書だった。
 以前、冒険者達が調べた事柄を元に観察を続けさせていたのだが、素人にはそろそろ限界のようだ。
「‥‥我々が聖女を怪しんでいると知られては、民の不満を煽る事になる」
 バンバイアの禍に遭い、疲弊しきったポーツマスの街。
 徐々に復興の兆しを見せてはいるものの、人々は辛く惨めな生活に喘ぎ、領主への不満と不信は募り続けている。今、民の心の拠り所となっている「聖女」への疑念が表沙汰になると、民の信頼はウォルターから離れかねない。
 それは、ポーツマスにとって好ましい事ではない。
 領主の座が惜しいわけではないが、自分が失脚した後の混乱を思えば、自重せざるを得ないのだ。
 ポーツマスを守るために。もう二度と後悔しないために。
 
●ポーツマスの聖女
 その日、ポーツマス領主から届いた依頼には、こう書かれてあった。
「ポーツマス領民の心の支えとなりつつある聖女と、聖女を取り巻く者を内密に調査して欲しい」
 前回の依頼と違うのは、調査対象となる取り巻きが限定されている点だ。
「トム・カムデン。最近、ポーツマスに戻って来た商人の1人、か」
 その男は、聖女に傾倒し、毎日のように聖女の館に通っているらしい。
『災厄』の折に、父親を亡くして跡を継いだ。だが、トム自身について分かっている事はあまりにも少ない。妻子はおらず、あまり人前に出る事が好きではない。商売に関しては、トムは指示を出すだけという噂だ。
 ポーツマスの街を仕切っている商人のダンカンは「ネズミ」とトムを忌み嫌っており、トムもダンカンを「ならず者」と評して嘲っているという。
「ネズミ、か」
 ネズミから受ける印象は様々だ。
「ならず者」ダンカンの言葉だけでは、トムの為人は判断出来ない。
 冒険者は、更に読み進めた。
「聖女の活動に理解を示し、多額の寄進をしているだけでなく、聖女に救いを求めた者達を積極的に雇用。彼らから感謝されている。なお、トムの外見、容貌については不明‥‥‥?」
 何だ、最後の一文は。
 苦笑して肩を竦めると、冒険者は仲間達を見回した。
「これを読む限りでは、聖女もトムもポーツマスの為に尽力している「いい人」だな。領主が、彼らを警戒している理由が分からないぐらいに」
 貧しい者達に寄進を強要するどころか、裕福で生活に余裕がある者以外からの金品は決して受け取らない。救いを求める者を優しく迎え入れ、必要な者には清潔な寝床と温かい食事、そして治療とを与えてくれる。
 しかし。
 本当に、聖女は民に無償の愛を注いでいるのだろうか?
 救いを求める者達の待遇の差、そして、聖女が「聖女」と呼ばれる由縁。聖女が真の「聖女」であるか否かの結論はまだ出ていないが、ポーツマスの人々の為に尽力するというのであれば、わざわざ吹聴する必要があったのか。
「ともかく、まずは聖女と取り巻きについて調べてからだな。今のままでは判断材料が少なすぎて話にならない」
 依頼書を軽く叩いて、机の上に放り投げる。
「彼らの周辺に潜り込めば、何らかの情報は得られるだろ。幸いにも」
 軽く片目を瞑って、冒険者は仲間達に笑いかけた。
「職を斡旋して貰えるようだからな」

●今回の参加者

 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3104 アリスティド・ヌーベルリュンヌ(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 ec3466 ジョン・トールボット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●勝負
「っ!」
 風を巻き込んだ剣が、唸りをあげてシータ・ラーダシュトラ(eb3389)を掠めた。逃げ遅れた前髪が、一房、切り取られて宙を舞う。
 上半身を捩った体勢から、やや強引に身を沈め、床に手をついて足払いをかける。
 しかし、相手はシータの動きを予測していたのだろう。小さくステップを踏んで飛び退ったかと思うと、再び鋭い斬撃を繰り出して来た。
 足払いを仕掛けた勢いのまま、真横へと転がり、シータは即座に体を起こす。
 すかさず、シータ目掛けて剣が振り下ろされた。
「っの!」
 咄嗟に椅子を掴み、その刃を受け止めたシータは、次の瞬間、目を見開いた。
 小さくとも頑丈だった椅子が、真っ二つになってしまったのだ。
 何の役にも立たなくなった木ぎれを投げ捨て、身構える。だが、それは少し遅かったようだ。
 肩から熱い衝撃が走った。
 斬られたのだとシータが気付いたのは、壁際まで吹き飛ばされ、倒れ込んだ後の事だった。
「‥‥まだ、やるつもりか」
 痛みを堪えながら顔を上げる。
 鼻先に突きつけられた刃が鈍く光っていた。灯りを反射する刀身を濡らしているのは、シータの血。そして、刃の向こうに、冷たくシータを見下ろす碧い瞳がある。
「待て、もう勝負はついた!」
 野次馬を掻き分けながら、彼らの間に割って入ったのは、アリスティド・ヌーベルリュンヌ(ea3104)だ。剣を下げさせるように、柄を握る男の手を軽く押すと、アリスティドはシータに駆け寄った。
「これ以上は無意味だ。違うか?」
 真っ直ぐに見つめるアリスティドの視線を受け、無言で剣を鞘へと戻す。
「余計な口出しは身を滅ぼす。これで分かっただろう」
「‥‥なるほど。腕は確かなようだ」
 めちゃくちゃになった店内で、大立ち回りを見物しながら悠然と酒を飲んでいた男が呟いた。
「名は何と言ったか」
 静まりかえった酒場の中、男の声がやけに大きく響く。
「ミュールだ。ミュール・マードリック(ea9285)」
「気に入った」
 男は、来いと顎をしゃくって席を立つ。アリスティドに助け起こされたシータを一瞥して、ミュールはそれに従った。
 彼らの姿が消えると、再び酒場の中にざわめきが戻る。何事もなかったかのように、倒れた椅子やテーブルを起こし、エールを注文する。このような喧嘩は、ここでは日常茶飯事なのだ。
 客達が彼らへの興味を失った事を確認すると、アリスティドはシータの怪我の状態を確かめた。肩から胸元にかけて走る傷に眉を寄せると、懐から取り出した布を裂き、簡単な止血を施していく。
「これは‥‥聖女の館を訪ねた方が良さそうだな。少し我慢して貰おうか」
 声を大きくして呟きと、アリスティドはシータの体を抱え上げ、走り出した。客は、誰も彼らを見てはいない。乱暴に扉を開け、夜の街へと飛び出す。
「‥‥少しやり過ぎではないか?」
「平気。ボクはクシャトリヤだもの。これくらい‥‥イタタ‥‥」
 やれやれと、アリスティドは息を吐いた。

●交差する線
 ポーツマス領主の館の一室の扉を軽く叩いて、ジョン・トールボット(ec3466)は中にいた者達の注意をひいた。
「‥‥どちらも上手く潜り込んだようだ」
 その言葉に、御法川沙雪華(eb3387)が安堵の表情を見せる。危険な手段で潜り込む仲間の事を、ずっと気に掛けていたのだろう。ほっとした様子の沙雪華に、ジョンは暫し考えた後、口を開いた。
「シータは少々怪我をしたようだ。だが、心配はいらない。ミュールは、ダンカンに気に入られて酒盛りに付き合わされているらしい」
 まあ、と口元に手を当てて目を見開いた沙雪華を、ジョンは真っ直ぐに見た。
 シータの怪我を告げれば、沙雪華の心配が増すであろう事は予測がついていた。だが、隠していても、いつかはばれる事だ。偽る事は優しさではない。
「そう、ですか。シータさんの怪我はひどくないのですね」
 確認して、沙雪華は執務机に座る領主を振り返った。
「では、私も参ります」
 懐から取り出した短剣を、沙雪華はそっと机の上に乗せる。
「しばらくお預かり下さい」
 頭を下げて、くるりと踵を返す。迷いのない足取りで部屋を出る沙雪華を見送って、ジョンは黙り込んだままの領主に歩み寄った。
「‥‥ひとつ尋ねたい事がある」
「何か?」
 沙雪華の短剣を豪奢な箱に仕舞いながら顔を上げた領主ウォルターに、短く尋ねる。
「貴殿の後釜となり得る者は?」
 面食らったように何度か瞬きをして、ウォルターは考え込む素振りを見せた。
「そう‥‥だな。災厄の折に主立った者達のほとんどが絶えたから‥‥残っているのは私とフランシス。あとは生存が確認出来ていない者が数人」
「確認が、出来ていない?」
 頷いて、ウォルターは紙挟みから1枚の羊皮紙を取り出す。それは、彼が連なる家系図のようだった。
「これが、前の領主。彼の妻として入り込んだのが、かのおぞましき女。彼に子がおらず、連なる方々は亡くなったと確認されているが、彼の従兄にあたる方のお子だけは行方知らずだ。生きておられるならば、継承権は私より上だ」
「‥‥エドガー・アッカースン」
 記された名を繰り返し呟く。
「で、もう1つ。トム・カムデンについてだが」
「遅くなってごめんなさい!」
 ジョンがそう切り出した時、軽い足音と鈴の音が聞こえて来た。思う所があると、ウィンチェスターを経由して来たネフティス・ネト・アメン(ea2834)だ。彼女は、上がってしまった息を落ち着かせながら、ジョンの隣に立つ。
「話は聞いている。で、どうだった?」
「結論から言って、ウィンチェスターの聖女は不在でした」
 ジョンはウォルターと顔を見合わせる。ネティの言う「ウィンチェスターの聖女」とは、聖壁の伝承を伝えた聖人の1人で、この街に現れた聖女と同じ名を持つ娘だ。
「クレリックになる為にって、大きな修道院に修行に行ったらしいんだけど、最近、連絡がないって」
「その娘はこの女性か?」
 ジョンは、アリスティドから預かった羊皮紙をネティに差し出した。
 それは、「聖女」と面会を果たしたアリスティドが描いた似顔絵だ。
「‥‥似てるわ。似てるけど、雰囲気が違う気がする‥‥」
 羊皮紙を手に、ネティは戸惑ったように首を振る。彼女の知っている「アンジェ」は、元気が有り余って表情にも表れているような娘だった。こんな儚げな女性ではなかったはずだ。
「この人に、会える?」
 問われて、ジョンは言葉に詰まった。
 館から出て来ない聖女に会うのは難しい。面会をするにしても時間が掛かる。潜入したばかりの仲間達に繋いで貰うというのも無理だろう。そんなジョンの逡巡を悟ったのか、ネティはすぐに発言を撤回した。
「ううん、いいわ。今は、私に出来る事をするわね」
 だがしかし、彼女の未来視がはっきりとした映像を結ぶ事はなかったのである。

●聖女の館
 その女性は、静かに扉を閉めた。夜中に運び込まれた怪我人の手当てをしていたのだと、案内の娘がこっそりと耳打ちをしてくれた。
「聖女様、こちらは新しく入りました沙雪華です」
 頭を下げた沙雪華に、聖女は笑いかける。その笑みは力無く、顔色は青白いを通り越して真っ白だ。
「あの、聖女様‥‥大丈夫ですか?」
 思わず、そう問いかけた沙雪華に、側に付き従っていた男が間に割って入る。その男には見覚えがある。アリスティドが描いた似顔絵の中にあった、マルクという側付きだ。
 案内の娘も、慌てて沙雪華の袖を引いた。
「も、申し訳ありません。彼女には私から‥‥。沙雪華、聖女様はお疲れなのよ。急を要する人が多くて、2日ほどお眠りになっていないから‥‥」
「まあ‥‥」
「聖女様、もうじきカムデン殿がいらっしゃる時間です」
 マルクは聖女を促し、先に行かせると、マルクは沙雪華や案内の娘に蔑むような眼差しを向けて顎をしゃくる。
「中に怪我人と付き添いがいる。お前達と同様、ここで働きたいと言っている。後で担当と交替の日時を決めておけ」
「はい」
 深々と頭を下げた娘を一瞥すると、マルクは足早に聖女の後を追いかけた。
「何だか‥‥難しそうなお方ですね」
「けど、聖女様が一番信頼されている方よ。さ、他を案内してあげるわ」
 しかし、と沙雪華は扉を見た。マルクは、この中にいる人達の事を命じて行かなかったか。
 沙雪華の視線に、娘は「ああ」と扉をちらりと見遣った。
「手当てが終わったばかりだから、しばらくはそっとしておきましょう。落ち着いたら、他の人と同じ場所に移されるでしょうから、その時にね」
 こっちよ、と手招く娘の隣に並び、さりげなさを装って問う。
「それで、カムデンという方はどなたなのですか?」
「私もよく知らないけど、お金持ちみたいね。でも、いつも頭から布を被っていらっしゃるから、お顔を拝見した事はないのよ」

●街の灯を
「それで」
 夜明けまで酒を飲み交わしていた男が、唐突に切り出した。
「お前は何がしたいんだ」
 エールを口元にまで運ぶ手を止めて、ミュールは薄く笑う。
「最初に言ったはずだ。「聖女」の素性に興味がある、とな」
「そうだったか? だが、それならば何故、俺の所に来た。聖女を探るならば、他にもっと効率の良い所があるだろうが」
 酔いの回った顔をしながら、ダンカンの瞳は鋭い光を湛えたままだ。探るような視線を真正面から受けながら、ミュールは温くなったエールで唇を湿す。
「貴殿が一番、街の違和感に敏感だろうと思ったまでの事」
 ふん、と街の顔役は鼻で笑った。
 納得していないであろう事は明らかだが、かと言って門前払いにするつもりはないようだ。
「その違和感とやらを、お前に教えてやるとは限らんぞ?」
 エールを喉に流し込み、ミュールは席を立った。強かに飲んだ酒の影響など微塵も感じさせぬ足取りで扉へと向かうと、その把手を掴む。
「当面、この街に滞在する。何かあれば呼んでくれ」
 言い捨て、彼は賑やぎ、動き出した街の中へと消えて行った。